「平和構築」を専門にする国際政治学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文その他の情報や、時々の意見・解説を集めています。以前にホームページとして掲載していた情報ともリンクさせています。

  前回のブログ記事で、「正義(justice)」を媒介にした「日米同盟の絆」について論じた。この点の理解は、さらに「交戦権」という9条に現れる概念解釈にも影響することについて、ふれておきたい。

 芦部信喜は、前文の規定を、あたかも「非武装中立」を求めるものであるかのように解釈した。私は、その解釈には、根拠がない、と考えている。芦部の姿勢は、「戦後民主主義者」の使い古された「中立」概念のロマン主義的使用である。つまり戦後日本のイデオロギー対立を持ち込んで憲法典解釈を行うものである。歴史的でも、実定法的でもない。単に国内政争的である。

 「中立」の概念は、国連憲章以降の現代国際法では、大きな変容を受けた。ほぼ全ての国家数である193の加盟国が、共通の集団安全保障体制に加入しているわけである。ひとたび国連安保理が決議を出せば、加盟国に「中立」の余地はない。憲章にてらして合法であるか違法であるかが問われる。

 冷戦時代、西側陣営にも東側陣営にも属さない諸国のグループを非同盟諸国と呼んだ。現在でも下位レベルでは、中立政策はありうる。しかしそれも安保理が行動するまでの暫定的な期間においてのみだ。

 日本人はよく、第二次世界大戦中の連合国=United Nationsが、そのまま国際連合=United Nationsになったことをスキャンダラスな発見であるかのように語るが、何も衝撃的なことはない。国連と、その他の同盟体制を、根本的に違うものとして峻別しようとするのは、一部の日本人の思い込みと誤解によるものでしかない。集団的自衛の同盟であった連合国と、集団安全保障の国連は、連続している。両者とも、その本質は制度的同盟である。

 国連の基本構想は、モンロー・ドクトリンを地理的に拡大させたアメリカ合衆国によって作られた。「中立」概念の歴史的変遷にも、アメリカ合衆国は、大きな役割を果たした。

 アメリカは、19世紀を通じて西半球世界で介入行動を繰り返す覇権国であった。他方、ヨーロッパの勢力均衡には関わらない「錯綜関係回避」原則も持っていた。つまり「新世界」の内と外で、全く正反対の政策をとっていた。

アメリカは、建国以来、戦時におけるイギリスの海洋における「交戦権(rights of belligerency)」の行使に反対し、中立国の権利擁護を主張していた。イギリスは、大陸諸国の戦争に介入する際には、圧倒的な海軍力を背景にして、大陸諸国への物資供与を、中立国との間の通商も含めて禁止し、海上封鎖を実施するのであった。イギリスは、交戦国の権利としての「交戦権」にもとづいて、たとえ中立国の船舶であっても、臨検等を行うことができる、と主張した。これに対してアメリカは海洋における自由な通商活動を維持するために、「中立国」の権利を主張し、「交戦権」否認の立場をとった。

周知のように、第一次世界大戦の際には、ドイツが中立国であるアメリカの船舶に対する攻撃を繰り返した。「交戦権」思想によるものであった。アメリカは、これに対抗して、参戦した。戦後、ウッドロー・ウィルソン大統領は、国際連盟の設立を通じて、モンロー・ドクトリンの適用範囲の地理的拡大を狙った。ただし議会の反対にあって、挫折した。

ヨーロッパでの戦争に巻き込まれることを恐れたアメリカ議会は、戦争の気運が高まってきた1935年、「中立法」を導入した。合衆国政府が、いかなる交戦国に対しても支援をすることを禁じるものであった。交戦国への支援が、アメリカがヨーロッパでの戦争に巻き込まれる要因になると考えたのであった。しかし、1939年以降、中立法は、大きく改変された。実際に戦争が始まった後では、ナチス・ドイツと戦うイギリスを支援することが必要だと感じられるようになったからである。引き続き戦争参加は見送りながらも、アメリカの安全保障のためには、むしろイギリスの防衛が必要だという認識が、FD・ローズベルト大統領をはじめとする多くのアメリカ人の胸中に生まれていた。

これによって「中立国」アメリカは、「非交戦(non-belligerency)」状態の国だということになった。「非交戦国」とは、依然として交戦国ではない国のことである。しかし、もし交戦国の一方に武器供与を行うのであれば、もはや伝統的国際法における「中立国」ではない。「中立国」から「非交戦国」へのアメリカの立場を位置づけし直すドクトリンの転換は、伝統的国際法から現代国際法へ、アメリカが大きく舵を切ったことを意味した。

この傾向を後押しする決定打となったのは、真珠湾攻撃であった。もともと満州国建設をめぐる日本の主張を、国際連盟は認めなかった。国際社会が侵略行為を認定した以上、不正を承認しない義務が諸国に発生し、中立は不可能となっていた。さらに真珠湾では、「非交戦国」アメリカが、日本からの一方的な先制攻撃を受けた。これによって、侵略国がアメリカを攻撃することを防ぐために、アメリカは中立国としての自己規制にとらわれるべきではない、という理解が、アメリカ人の心の中で固まった。

アメリカは、第二次世界大戦によって、侵略国に「交戦権」を認めるべきではない、そして、「非交戦国」も「中立国」としての法的規制に縛られるべきではない、と議論するようになった。かつてアメリカは、「中立国」として、交戦国の「交戦権」を否認した。「非交戦国」となったアメリカもまた、やはり交戦国の「交戦権」を否認する。ただし「中立」を原則化するドクトリンは、捨て去った。こうしてアメリカは、伝統的国際法から現代国際法への転換を完成させた。一貫して否認されたのは、交戦国の「交戦権」であった。

第二次世界大戦後、トルーマン大統領が行ったのは、国連およびNATOその他の同盟機構を通じて、モンロー・ドクトリンの適用範囲の地理的拡大を確定させたことである。

日本国憲法92項で否認されている「交戦権」とは、イギリスやドイツによる中立国・アメリカの船舶への攻撃の正当化などを想起させる概念である。古くから、アメリカ合衆国は、これを否認している。アメリカの観点からすれば、「交戦権」とは、「非交戦国」に対する先制攻撃も正当化する「古い国際法」の廃れた理論である。アメリカ合衆国は、一貫してこれを否認している。エリート軍人であったマッカーサー元帥は、こうした歴史に誰よりも精通していて、憲法9条2項を起草したはずだ。

 「平和を愛する諸国民の正義(justiceと信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しよう」という前文における決意を、さらには92項における「交戦権」の否認を、非武装中立論の表明だと勘違いすることが間違いなのは、そのような解釈が理想主義的すぎるからではない。文言上の根拠がなく、歴史的背景からしても根拠がないからである。

アメリカについて語ることを毛嫌いして、「押しつけ憲法論」批判を逆手にとり、アメリカの影を排する独善的な解釈を独善的であるがゆえに正当だと主張する風潮が、日本の憲法学を支配してきた。

しかし、憲法典解釈は、「芦部先生が言っていること」にしたがって行うことを目標にするのではなく、憲法典が表明している目的と、その目的を裏付ける歴史的経緯とをふまえて、行っていくべきだ。

 「護憲派」vs「改憲派」といった国内政争に勝ち抜く事を至高な目的として手段を正当化し、憲法典を解釈しようとする態度こそが、憲法9条の解釈を錯綜したものにし続けてきた大きな要因である。

 前回のブログで、日本の憲法学が「正義(justice)」に関する議論を避けてきたことを書いた。そしてアメリカ合衆国憲法の前文が「われら合衆国の人民は、より完全な連邦を形成し、正義(justice)を確立し・・・」という文章で始まっていることにもふれた。それはどういうことだっただろうか。もう少し踏み込んだ言い方で、補足をしておきたい。

 憲法9条の目的は、「正義と秩序を基調とする国際平和」だが、それはGHQ起草の前文と結びついている。前文では、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しよう」という決意が表明されている。つまり日本国民は、「平和を愛する諸国民の正義(justiceと信義に信頼」をして、自らの安全と生存を保持することを決め、9条を定めた。

 実は前文のこの部分は、非常に評判が悪い。他人の善意を信頼して非武装を掲げるという、非現実的なまでにお人好しの考え方に依拠した夢想的な規定だ、とみなされてきたからである。その背景には、9条を非武装中立主義の規定とみなす、日本の憲法学があった。

 「平和を愛する諸国民」とほぼ同じ、「平和を愛する諸国家」、という表現が国連憲章に見られる。したがって「平和を愛する諸国民の正義」を信頼する憲法前文が、国連=連合国を信頼していることは、明白だ。だが、国連の集団安全保障は思うように機能していない。国連は日本を守ってくれない。したがって、憲法は非現実的だ(・・・けれども理想主義で頑張ろう・・・)、と語られてきた。

 だが本当にそうだろうか。たとえば、国連憲章は、集団安全保障が機能しない場合には、51条にもとづいて個別的・集団的自衛権を行使できることを定めている。これにもとづいて世界中で発展したのが、集団的自衛権にもとづく安全保障の制度である。一部の血気盛んな憲法学者は、同盟ネットワークが、集団安全保障を破壊する、と論じる。しかし実際には、普遍的であるがゆえに実現が難しい集団安全保障を、地域的・部分的に実現して補足するのが、集団的自衛の安全保障ネットワークだ。

NATOや日米安全保障条約は、いわば地域的な集団安全保障の体制である。日本の憲法学者はこれを否定する。しかし国連憲章は否定していない。日本国憲法も、否定していない。地域的な集団安全保障、つまり根拠規定が集団的自衛権にあるような安全保障は、普遍的な集団安全保障と、連続性をもって結びついている。憲法から見れば、「平和を愛する諸国民の正義と信義に信頼して、自国の安全と生存を保持しよう」とする点では、全く変わりがない。

しかも「正義の確立」は、アメリカ人民が、合衆国憲法を制定した「目的」の一つとして、特筆しているものだ。日本国憲法が「信頼」する「平和を愛する諸国民」の筆頭国が、アメリカ合衆国である。合衆国憲法が確立する「正義」を、日本国憲法が「信頼」する、という論理構成が、そこに厳然と存在している。

これは何ら特異な解釈ではないはずだ。憲法制定当時、日本を占領していたのは、アメリカ合衆国である。憲法草案を起草したのは、アメリカ人たちである。そもそも憲法制定に至る太平洋戦争の終結は、300万余の日本人、10万余のアメリカ人の犠牲によって、もたらされたものである。いったい誰が、アメリカの「正義」を「信頼」することなくして、日本が自国の安全を確保できる、と夢想できただろうか。

合衆国憲法が、「正義を確立」する。日本国憲法が、「諸国の正義を信頼」し、自国の安全を保持する。これはアメリカ合衆国が主導して作成された国連憲章の論理構成であり、やはりアメリカ合衆国が主導し、日本の政策当局者が同意した、日米安全保障条約の論理構成でもある。

日本は、アメリカ合衆国などの諸国の「正義」を信頼して、自国の安全を確保していく。憲法は、アメリカによる占領統治下でそのように宣言し、実際に日本はその後70年間、アメリカ合衆国の「正義」を信頼して、自国の安全を確保してきた。これは今や解釈の問題ですらない。世代を超えて継承されてきた一つの現実である。

拙著『集団的自衛権の思想史』では、憲法9条を「表」、日米安保を「裏」とする「戦後日本の国体」を論じた。憲法9条が「顕教」、日米安保が「密教」である。拙著では、両者の「表裏一体」の関係を強調した。

「顕教」の論理は、もちろん憲法典そのものの中に表現されている。「密教」は、別の次元に存在しているとも言えるが、決して憲法と矛盾していない。むしろ整合している。その整合性を確保するのが、前文と9条における「正義」への「信頼」である。秘密裏に、暗黙の整合性が、この「正義」という語に隠されて、憲法典に挿入されている。

「正義」という語は、日本国憲法を合衆国憲法とてらしあわせることによって判明してくる「密教」の論理を内包した、「秘密のコード」である。そして70年間にわたる日米の「同盟の絆」が、表の理念ともしっかり結びついていることを示す「秘密のコード」である。

終戦直後の憲法学徒たちは、「justice」を「公正」と訳し(外務省仮訳時まで「正義」だった「justice」を故意に「公正」としたのは当時の内閣法制局の役人だ)、戦後憲法学で芦部信喜らがさらに「中立の立場からの平和外交」などと意図的に曲解した解釈を施して、日本国憲法の「正義」の「コード」を覆い隠す運動を展開してきた。

しかしアメリカ人によって起草された「日米合作」の「秘密のコード」が内包されているテキストとして日本国憲法を見るとき、むしろ憲法が全く逆のことを見ていたことが判明してくる。「表」側の憲法が、「裏」側の「密教」の「同盟の絆」を予定していたことに、気づかされることになる。

日本国憲法は、戦後平和構築の論理にしたがって、いわば「二重の社会契約」を達成するものであった。一つは、人民と政府の間の統治契約である。歪な権力構造が軍国主義を招いたという反省から、民主主義的抑制が政府に働くように調整した。もう一つは、日本と(アメリカが代表する)国際社会との間の国際契約である。歪な国際情勢の認識が帝国主義的拡張を招いたという反省から、国際的な規範的枠組みの中で日本が行動する国際協調主義を掲げた。

私は、戦後の日本で行われた平和構築の政策の体系を見れば、日本国憲法に「国際契約」の論理が内包されるようになったことは、当然だと思っている。憲法起草に携わったアメリカ人たちが、自国が国際社会を代表して「国際契約」をまとめ上げていると考えていたことは、自明だと思っている。日本国憲法前文に「諸国の正義を信頼して自国の安全を保持する」という論理を挿入したアメリカ人たちが、自分たちの国アメリカ合衆国の憲法が前文の冒頭で「正義の確立」を掲げていることを、つまりアメリカ合衆国こそが日本に信頼されるべき「諸国の正義」を代表する国だと考えていたことは、自明だと思っている。あとは日本人が、それを「信頼」するかどうかである。

かつて1951年の日本の主権回復時に「単独講和」と「全面講和」が争われて以来、ある意味で「諸国の正義への信頼」をめぐる論争が激しく長く続いた。憲法学では、その論争の余韻は、いまだ根強いようだ。「押しつけ憲法論」沈静化のために、憲法学はアメリカの影響をタブー視し続けている。だが意図は何であれ、憲法学の憲法解釈は、素直な憲法の読み方ではない。

今日のほとんどの日本人の間では、日米同盟体制の運用の方法をめぐる議論はありえても、同盟を「信頼」すべきか否かの議論はないように思う。「正義への信頼」こそが、日本国憲法の命である。従属ではない。相手が信義則に反する行為をとるならば、指摘すればいい。しかしそれも「信頼」があればこその話だ。

自民党憲法改正案をはじめとして、前文を書き換えて、9条を改正しようとする運動は、根強い。だが実はそれは、かえって憲法学の憲法典解釈に騙された結果である。9条を「目的」に沿って解釈し、前文で謳われている仕組みに沿って理解するべきだ。そうすれば、日本国憲法が70年にわたる日本の安全保障体制の現実を説明するテキストであることを、思い知ることになる。

日米同盟を妥当な政策と考えている者は、日本国憲法における「諸国の正義と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しよう」という「絆」の規定を、取り除くべきではない。前文で謳われている「正義」への「信頼」を取り除くのは、おそらく日米同盟を日本の国家政策の基軸から取り除く抜本的な改変のときだけだ。

  数日前のブログで、9条は「目的」宣明機能を持った条項であり、その目的とは「正義と秩序を基調とする国際平和」であると書いた。それでは「正義と秩序を基調とする国際平和」とは、どんな平和だろう?
 過去70年間、日本人は、憲法の平和主義を語り、9条の平和主義を語り続けてきた。しかし憲法が目指す平和が、「正義と秩序を基調とする国際平和」であることには、誰も注意を払ってこなかった。平和、平和、平和、と繰り返すだけで、「正義」や「国際」に注意を払おうという試みは、70年間、行われてこなかったのではないか。
 憲法前文においても「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という文章がある。芦部信喜は、この前文の一句について、「国際的に中立の立場からの平和外交」に関する文章だという解説を施しているが(『憲法』[新版・補訂版]56頁)、どうしてそうなるのか、全くよくわからない。
 前文における「公正」は、英文では「justice」である(justice and faith of the peace-loving peoples of the world)。9条における「正義」も「justice」となる(Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order)。
  (ちなみに9条1項冒頭の目的宣明は、2項冒頭の有名な「芦田修正」と同様に、日本の国会議員からなる帝国憲法改正小委員会で挿入されたものだ。だがいずれにせよ、その趣旨は、GHQ草案の時点から存在していた前文の文章と連動している。)
 「Justice」というのは、正しい状態や行為を指す言葉で、中立的な外交を指す言葉とは、思えない。9条に「正義」を入れるのであれば、前文もまた、「平和を愛する諸国民の正義と信念を信頼して」となるべきだったはずだ。
  「押しつけ憲法論を振りかざす日米安保容認の改憲論者を許すな!」と叫び続けてきた憲法学者たちは、アメリカ政治思想に根差した日本国憲法を、素直に読もうとしてこなかった。
 「Justice」という言葉は、アメリカ合衆国憲法の前文に登場する。「正義(justice)の確立」は、アメリカ人民が合衆国憲法を制定した「目的」の一つとして、あげているものだ。共通防衛で国内の平穏を保障して自由を守りながら、「正義の確立」を目指す、と合衆国憲法は宣言している。
 アメリカが正義の確立を目指していることを十分に知りながら、あるいは知っているからこそ意図的に、正義について語るのを回避しようとするのは、少なくとも憲法典に即した態度ではない。
 正義を無視しても平和であればいい、一国主義であっても平和であればいい、といった態度は、日本国憲法が排除することを宣言している非立憲的な態度である。
 本来、日本国憲法の平和は、常に「正義」に裏付けられた平和であり、その「正義」は「国際」的に認められているはずの「正義」である。日本国憲法の「平和」を、「正義」と「国際」から切り離して解釈するのは、本来の趣旨からすれば、間違いである。
 さらに言えば、英語の「justice」が、「司法」も意味する語であることは、言うまでもない。たとえば「正義と秩序(justice and order)」という言い方をした際、狭義で「法と秩序(law and order)」ともかかわる含意もあるように受け止めるのが、当然だろう。前文において「平和を愛する諸国民の正義(justice)と信念を信頼」する場合、国際的な法秩序を信頼する、という含意があることは、当然だ。ちなみに「平和を愛する諸国(peace-loving states)」という概念は、国連憲章においても(潜在的)加盟国を指す際に使われている。
  9条においてもやはり、「正義と秩序を基調とする国際平和」とは、国際的な法秩序にのっとった平和、と解するべきである。重要な点である。強調したい。9条の目的は、国際法に従った平和の達成である。戦争放棄や戦力不保持は、目的達成のための手段であり、その逆ではない。 手段から目的に至る道筋には、国際法が案内人として立つ。
 戦争放棄や戦力不保持を独善的に定義して振りかざしたうえで、国際法にしたがった平和の妥当性を審査しようとするのは、反憲法的態度であり、反立憲的である。
  一部の憲法学者による、「憲法優位説により国際法を拒絶できる」、「憲法の平和主義で国際法を正すべきだ」、といった態度は、日本国憲法の本旨に反した非立憲的なものだと言わざるを得ない。

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