「平和構築」を専門にする国際政治学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda なお『BLOGOS』さんも時折は転載してくださっていますが、『BLOGOS』さんが拾い上げる一部記事のみだけです。ブログ記事が連続している場合でも『BLOGOS』では途中が掲載されていない場合などもありますので、ご注意ください。

経歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/shinoda/   
Facebook    https://www.facebook.com/hideaki.shinoda.73
過去のブログ記事(『アゴラ』) http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda

 525日に緊急事態宣言が解除されるまで、私は「検証」シリーズと題した文章を何度か書いていた。その後、小康を保っている情勢の間、私もこの件については文章を書く機会を持たなかった。しかし、最近になって、新規陽性者の拡大傾向が顕著になり、にわかに新型コロナ問題をめぐる議論も騒がしくなってきた。そこで久しぶりにあらためて日本における新型コロナの現状について書いてみたい。

 現在、東京の新規陽性者数の拡大が顕著である。この傾向はいつから始まったと言えるだろうか。底を打ったのは、2人の新規陽性者まで減った523日であった(7日移動平均値で見ると519日を中央値とする5.8人が最小)。その後は、増加傾向に復活している。

潜伏期間をだいたい2週間でとるのが通常なので、その考え方を適用すると、55日頃が最も感染が発生していなかった時期だったことになる。

結果的に言うと、47日緊急事態宣言は、最初の1カ月で最大の効果を示した。私自身も54日に決定された緊急事態宣言の「延長」は、「移行期間」を意味すると書いたことがある。http://agora-web.jp/archives/2045864.html すでに4月半ばから新規陽性者数の減少傾向は顕著だったので、最初に設定した1カ月を「延長」しても、実質的にはそれは解除後の体制を見据えた「移行」としての意味合いを持つことになるだろう、と私は考えたのである。

1カ月と言われて自粛に応じた人々が、ようやくその1カ月たったところで「やっぱり延長します」、と言われて、「ああ、そうですか」と全く同じ努力を続けることができると想定するのは、人間社会の常識に反する。その意味でも、「延長」は「段階的な移行」のことになる、と考えるのが妥当と思われた。

7月の時点から見て、実際に、「移行期間」突入後の5月初旬から、新規陽性者数の増加傾向の回復は始まっていた。「延長」期間の間に、自粛は緩和されていたのである。

なお7月になった現在の拡大傾向を見て、緊急事態宣言の解除が早かった、という評価を導き出す人もいる。だが私はそうは思わない。「延長」を繰り返しても、やはり増加率は戻ってきただろう。そう推察するのが、5月の動きを見れば、合理的であるように思える。確かに増加率の回復を遅延することはできたかもしれないが、遅延の程度の問題である。

「検証」シリーズの際に繰り返し繰り返し述べたが、緊急事態宣言の目的は「医療崩壊を防ぐ」であった。「新型コロナを完全駆逐する」のは、目的ではなかった。そんなことは達成するのが不可能なので、最初から目的化されていなかった。あくまでも「医療崩壊を防ぐ」を基準にして、5月の「延長」が決められた。

したがって7月になった現時点においても、拡大された医療能力を前提にして、緊急事態宣言の再発出時期を決めるのが、一貫性のある政策判断である。今、47日と同じ新規感染者数になったら緊急事態宣言を発するべきだと政府が考えていないのは、「医療崩壊を防ぐ」を基準にしているという点で、一貫性のある政策判断である。医療体制の充実によって、医療崩壊の決壊点は変わる。

ただし、このように言うことは、近い将来に「医療崩壊を防ぐ」ために、緊急事態宣言を再発出しなくていいことを保証しない。そういう事態は近い将来に到来するかもしれない。まだわからないので、今は様子を見ている段階だということだろう。

全体傾向を見るために、底を打ってからの2カ月弱の様子を、7日移動平均の推移でみてみよう。カッコ内は、その前の7日間と比べたときの増加率である。

 

517日~23日:       5.8人 (0.3倍)

524日~30日:     13.2人 (2.2倍)

531日~66日:  19.7人 (1.4倍)

67日~13日:  18.2人 (0.9倍)

614日~20日:   35.6人 (1.9倍)

621日~27日:   44.0人 (1.2倍)

628日~74日:  85.8人 (2.0倍)

 

緊急事態宣言が終了した後しばらくは、増加に転じたと言っても、緩やかな増加であったこと、そして6月末以降に増加率が顕著に高まっていると言わざるを得ない傾向があることが、見て取れる。

東京では「東京アラート」が「ステップ3」に移行して飲食店営業が0時まで可能とされたのが611日、ライブハウスと接待を伴うバー・スナックなどの飲食店などに対する休業要請が解除されたのが619日だった。現在の新規陽性者数の拡大は、「東京アラート」の解除に伴って発生してきた現象ではないかと推察することもできる。

感染を抑えるためにとっていた措置を解除すれば、抑制効果が減って、増加の傾向が強くなる。自然ななりゆきである。したがって、現在の新規陽性者数の拡大は、ある程度は予測されたことだと言える。
 もっともPCR検査数も陽性率も全然異なっており、「夜の街」の無症状若年者に対する積極的な検査措置が数字を引き上げていることも確かなようだ。直近の一週間の東京の陽性者数の増加を、3月下旬の劇的な増加を比べてみると、まだ増加率は低い。

問題は、今後の新規陽性者数の拡大が、解除の効果が出たと言える一定の範囲の規模で止まるのか、無限の拡大を引き起こす傾向に入るのか、である。

ゼロリスクを求めるのではなく、流行の先送りのための策を取り続ける「日本モデル」の展望も、その点にかかっている。

ここで重要なのは、「西浦モデル2.0」である。最近、「7月になって新規陽性者数が100人を超えた」ことをもって、「西浦教授の予測が当たった」云々といった言説が出回った。だがこれは必ずしも正確ではない。

515日に東京都広報ビデオに登場した際に西浦教授が示したモデルを思い出してみよう。https://youtu.be/aI8zvZAdSTM 緊急事態宣言が解除されて元の生活に戻ると、710日くらいの段階で、1200人くらいの水準に達し、しかもそのままの勢いで拡大し続けることになっていた。http://agora-web.jp/cms/wp-content/uploads/2020/05/845df3168da61458628203025bc9597a.png 

これは5月末日まで緊急事態宣言が続いた場合の試算だったので、1週間程度の前倒しをしてみると、74日の段階で1日あたりの新規陽性者数が200人になっていないと、計算があわない。西浦教授によれば、「夜の街」への対応等が2~3割程度では、ほとんど差が出ないはずであった。厳密に言えば、すでに「西浦モデル2.0」は、現実と食い違っている。

しかし、「東京アラート」の6月半ばまでの継続で、東京では感染拡大に遅延が起こったのだ、と仮定することもできるのかもしれない。したがって遅延した形で今後「西浦モデル2.0」に近い現象が起こる可能性は残っているとは言えるのかもしれない。

「西浦モデル2.0」は、「42万人死ぬ」で有名なオリジナル「西浦モデル1.0」を修正したものであった。「西浦モデル1.0」では、3月の欧州と同じスピードで感染拡大が起こると仮定した基本再生産数が用いられていた。これに対して「西浦モデル2.0」は、日本の3月下旬の感染拡大スピードを参考にしたものだ。したがって「2.0」の感染拡大のスピードは、「1.0」よりも緩和されたものになっている。

しかしそれでも両者に共通した「西浦モデル」の特徴は、「人と人との接触」の6割程度以上の削減がないと、感染拡大が止まらず、どこまでも果てしなく感染拡大が続いていく推定になっている点である。より現実的な言い方をすると、緊急事態宣言が再発出されるまで、感染拡大の勢いが衰えることはない。

「三密の回避」などの平時の国民行動を通じた予防策や、クラスター対策などを通じて、流行の先送りを模索し続ける「日本モデル」は、依然として「人と人との接触の6割以上削減」を求める「西浦モデル」によって否定される。

42万人死ぬ」の「西浦モデル1.0」については、私はかなり批判的な文章を何度か書かせていただいた。間違っているというよりも、過剰な自粛を引き出すために415日の時点で判明していた現実とは合致しない計算結果を意図的にマスコミに流した、と指摘した。「西浦モデル2.0」についても、同様に懐疑的なトーンの文章を書いたことがある。http://agora-web.jp/archives/2046174.html

ただし「2.0」については、否定まではしなかった。なぜなら「西浦モデル2.0」は、「西浦モデル1.0」と比べれば、だいぶ穏健な内容だからだ。現時点においても、「2.0」は、「1.0」よりも現実に近いとは言える。

果たして現実は「西浦モデル2.0」に今後どんどんと近づいていくのだろうか。もしそうだとすれば、緊急事態宣言解除後の「日本モデル」の取り組みが、早期に挫折を余儀なくされるということだ。今後あらためて事態の推移を注視していきたい。

 今回の新型コロナをめぐる議論を見ていて痛感したことの一つが、日本にはびこる欧米偏重主義だ。科学者の間で「世界の中心は欧米」の考え方がはびこっているだけではない。一般人の間でも「新興国で感染拡大」のように、経済規模の進展度に応じて感染が順々に広がるのが世の中の必然であるかのような思い込みが根強い。

 「今の東京は2週間前のニューヨーク」論は記憶に新しいが、「アフリカはやがて感染拡大する、3カ月してヨーロッパのようになっていないとしてもそれはアフリカが後進的だからで、いつか必ずアフリカはヨーロッパのように感染拡大する」という根拠のない思い込みに辟易とする場合が多い。ひどい場合には「アフリカのデータは信用できないだろう」という偏見で一刀両断である。

 確かにアフリカに限らず、紛争中の国などでデータの収集に限界があるのは確かだろう。しかしそういう国にこそWHO等の国際機関が入って、少なくとも国家行政への指導を入れている。大陸全域のデータは、アフリカ連合(AU)のアフリカ疾病予防管理センター(Africa CDC)が監督している。「世界にアフリカは存在していないに等しい」という偏見を振りかざして、「日本の死者数が欧米より少ない理由は・・・」などの医学理論などを正当化しようとする姿勢は、医学界では当然なのかもしれないが、国際政治学者の私は大きな疑問を感じざるを得ない。

 527日の記事で世界各地域の比較を示してみたが、http://agora-web.jp/archives/2046302.html 3週間たったところで、あらためて示してみたい。各地域の人口比率を把握されていない方も多いと思うので、比較を目的にして、100万人当たりの感染者数、100万人あたりの死者数、そして死者数の感染者に対する割合=致死率を示してみた。感染者の数については検査能力によって左右されるのは事実だろう。その意味では、判明した陽性者の中から死者がどれくらい出たかを示す致死率は、最も重要なデータになると思う。(出典:worldometer https://www.worldometers.info/coronavirus/#countries )(各国の地域分類は国連公式地域分類に依拠)

 

(6月15)

地域

準地域

感染者数(/mil

死者数(/mil

致死率(%)

アフリカ

 

184.89

4.93

2.66

 

北アフリカ

297.43

12.50

4.20

 

東アフリカ

57.36

0.95

1.65

 

中部アフリカ

134.31

3.04

2.26

 

南部アフリカ

1,047.09

22.02

2.10

 

西アフリカ

134.31

2.64

1.96

米州

 

3,837.07

201.55

5.25

 

北米

6,150.57

341.97

5.56

 

カリビアン

783.18

21.09

2.69

 

中米

1,076.38

102.58

9.53

 

南米

3,294.55

139.56

4.24

アジア

 

355.73

8.82

2.48

 

中央アジア

401.99

2.59

0.65

 

東アジア

69.32

3.54

5.11

 

東南アジア

178.19

5.25

2.95

 

南アジア

410.99

11.86

2.89

 

西アジア

1,993.77

28.03

1.41

ヨーロッパ

 

2,824.89

233.14

8.25

 

東欧

2,410.86

42.63

1.77

 

北欧

2,845.24

345.06

12.13

 

南欧

3,913.74

421.49

10.77

 

西欧

2,583.41

289.33

11.20

オセアニア

 

218.83

3.03

1.39

 

なお世界平均の致死率は5.43%である。前回も指摘したが、日本に蔓延している偏見に反し、「欧米よりも・・・」論に意味がないのは、世界の中で突出して欧米の致死率が高いからである。あらためて強調するが、むしろ問うべきなのは、「なぜ欧米でここまで被害が広がったのか」である。

参考までに3週間前の数字も示しておこう。「アフリカはまだ感染拡大していないが、いつか必ずきっと被害を広げる、だってアフリカなんだから」論を裏付ける動きが見られないことは付記しておきたい。

 

(526)

地域

準地域

感染者数(/mil

死者数(/mil

致死率(%)

アフリカ

 

88.10

2.61

2.97

 

北アフリカ

158.51

7.36

4.64

 

東アフリカ

27.50

0.48

1.76

 

中部アフリカ

70.16

1.96

2.79

 

南部アフリカ

354.95

7.18

2.02

 

西アフリカ

75.62

1.60

2.12

米州

 

2,510.62

144.90

5.77

 

北米

4,861.26

288.51

5.93

 

カリビアン

486.61

16.30

3.35

 

中米

503.78

44.61

8.86

 

南米

1,524.66

75.83

4.97

アジア

 

213.27

6.04

2.83

 

中央アジア

238.31

1.61

0.68

 

東アジア

68.06

3.48

5.11

 

東南アジア

120.26

3.69

3.07

 

南アジア

200.74

6.98

3.48

 

西アジア

1,373.76

21.29

1.55

ヨーロッパ

 

2,563.15

225.41

8.79

 

東欧

1,622.84

26.95

1.66

 

北欧

3,327.95

413.17

12.42

 

南欧

3,738.60

407.66

10.90

 

西欧

2,641.58

278.81

10.55

オセアニア

 

214.51

3.02

1.41

 

 

 6月11日の大阪府の専門家会議に招かれたオブザーバーたちの発言が話題を呼んでいる。「コロナ収束に自粛は関係なかった」といった見出しで取り上げられているからだ。 https://news.yahoo.co.jp/articles/1a9df6b807e91ef984441413aca7dee82f620766  
 私はこれまで吉村府知事の「大阪モデル」の方向性を絶賛し続けてきている。そのため「自粛が必要だったか否か」を検討しているかのように扱って様子を矮小化する無責任で悪意あるマスコミによって、吉村府知事の行動の意味が誤解されてしまうことを懸念する。そのことについて少し書いてみたい。
  自粛の意味は、政策論で判断すべきであり、その効果の度合いだけで評価するものではない。緊急事態宣言は、「医療崩壊を防ぐ」ために実施された。マスコミが真面目に報道していないだけで、4月7日宣言発出記者会見の冒頭から安倍首相もそのことを明言していた。したがって緊急事態宣言の意味は、4月上旬時点における「医療崩壊を防ぐ」目的設定の妥当性と、その目的のためにとられた手段との相関関係において評価されなければならない。http://agora-web.jp/archives/2046391.html
  4月10日に国際政治学者の私が「増加率の鈍化が見られる」と書いていたのに、4月15日に「42万人死ぬ!」を三大主要紙を通じて広報するといった「西浦モデル」は、明らかに過剰であったが、目的の切迫性を鑑みて、我が身を捨てて運動家として行動した、という意図があったということなのだろう。
 6月11日の大阪府専門家会議における発言が大きく取り上げられた大阪大学核物理研究センター長の中野貴志教授が唱える「K値」の考え方の基本は、7日移動平均でトレンドを見よう、ということだと思うが、それは私が緊急事態宣言中の「検証」シリーズでやっていたことだ。普通に数字を見ていた人は皆、4月上旬から私と同じように考えていた、ということである。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda
 大阪府は、医療施設における重篤患者の収容能力を高めて、「医療崩壊」点を上方移動させようとしている。正しい行動である。「医療崩壊を防ぐ」は政策論の話なので、医療能力の量的向上によって、決壊地点が変わるのである。 もちろん重篤患者の発生を抑制することも、「医療崩壊」を防ぐための大きな手立てである。しかし初期段階にとった緊急全面自粛措置を繰り返しとらなければならないとしたら、それはあまりにも芸がない。「医療崩壊を防ぐ」ために要領を踏まえた対策が講じられるべきだ。それが吉村大阪府知事がやろうとしていることだろう。
 吉村府知事は、特に奇異なことをしようとしているわけではない。この「大阪モデル」路線は、むしろ2月からの「日本モデル」路線の基本に回帰する方向性である。
 「西浦モデル」が「日本モデル」に対する「クーデター」だった。しかしそれは過去の事件である。私が以前に書いたように、5月になってからの「大阪モデル」の提唱が、「日本モデル」の崩壊を防いだのである。
 なぜ「西浦モデル」は「クーデター」なのか?それは「感染者数をゼロにする」という達成不可能な目標のために、国民を脅かすだけ脅かし、自粛するだけ自粛させて、終わりなき自滅行動に駆り立てるものだからである。
 それとは逆に、「日本モデル」の参謀役である押谷仁・東北大学教授は、厚労省がクラスター対策班を招集するよりも早い2月上旬の段階ですでに、「我々は現時点でこのウイルスを封じ込める手段を持っていないということが最大の問題である」と述べ、その理由も明快に論理的に説明していた。そして、「封じ込めが現実的な目的として考えられない以上、対策の目的はいかにして被害を抑えるかということにシフトさせざるを得ない」と洞察していた。https://www.med.tohoku.ac.jp/feature/pages/topics_214.html
 このいわば「押谷モデル」の延長線上に、2月25日に発出された「新型コロナウイルス感染症対策本部」の最初の「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」において、次のような目的が設定されたのである。
――――――――――――――
・感染拡大防止策で、まずは流行の早期終息を目指しつつ、患者の増加のスピードを可能な限り抑制し、流行の規模を抑える。
・重症者の発生を最小限に食い止めるべく万全を尽くす。
・社会・経済へのインパクトを最小限にとどめる。https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/th_siryou/kihonhousin.pdf  ――――――――――――――
 「封じ込め」は不可能だが、「医療崩壊を防ぐ」措置をとりながらも、「社会・経済へのインパクトを最小限にとどめる」措置をとっていくのが、「日本モデル」の基本的流れだ。「三密の回避」などのクラスター発生予防のための行動変容呼びかけなどに大きな特徴を持つ「日本モデル」は、2月初旬からの「押谷モデル」の洞察に基盤を持っている。
 「欧米が世界の中心であり、欧米を模倣しないのは、日本特殊論だ」といった根拠のない偏見に毒された人たちにとっては、「三密の回避」などは、中途半端で曖昧なユルユル政策のことでしかなく、日本人がダメであることの証左でしかなかった。 しかし「日本はすでに感染爆発を起こしている」といった主張を繰り返していた産婦人科医の渋谷健司氏のような人物が、その主張の根拠を示す義務から未だに逃げ続けているというのが、この3カ月で実際に起こった現実である。
 6月11日の専門家会議で、宮沢孝幸・京都大学ウイルス・再生医科学研究所准教授は、「夜の町や飲み会、カラオケで騒ぐと唾液が飛んで感染するため、その行為をやめさせるのが一番有効」、「満員電車でも、1人ひとりが黙っていたり、マスクをしていればまったく問題ない。接触機会よりも感染機会を減らすべき」と述べた。これは新奇な発言というよりも、むしろ「常識」論であると言うべきだろう。われわれが「欧米を模倣しなければ日本特殊論だ」とか、「インペリアル・カレッジに行ったことがある者だけが世界の真理を知っている」といった恫喝に屈することなく、自分自身で普通に推論を働かせれば、わかることだ。
 これからも「日本モデル」では、基本方針にしたがい、理性的な推論を働かせて、必要な政策をとっていくことが望ましい。万が一にも、怪しい肩書を振りかざす人物たちに惑わされてはいけない。
 日本の幸運は、尾身茂・専門家会議副座長や、クラスター対策班の押谷教授ら、WHOやJICAでの公衆衛生の政策実施の実務経験を持つ人物が、政策決定の要所を固めていたことだった。そして吉村大阪府知事が5月になってから全国をけん引するリーダーシップを発揮したことだった。
 この「日本モデル」=「大阪モデル」路線の重要性を、いい加減にマスコミの人たちにも気づいてもらいたい。
 そして、無責任な発言に終始した人々に対しては、「俺は偉大な専門家だ、どんなに間違ったことを言っても許されるし、いつでも発言内容を変えても咎められない」といった居直りをさせず、厳しく自分自身を見つめ直すように、問い詰めてほしい。

↑このページのトップヘ