「平和構築」を専門にする国際政治学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda なお『BLOGOS』さんも時折は転載してくださっていますが、『BLOGOS』さんが拾い上げる一部記事のみだけです。ブログ記事が連続している場合でも『BLOGOS』では途中が掲載されていない場合などもありますので、ご注意ください。

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 レーダー照射問題は、あるいは日韓関係それ自体は、「低空飛行」を理由にして、韓国国防部が日本に謝罪を要求するに至り、さらに新しい段階に入った。日本は、冷静かつ明晰に、自己の立場を明らかにしていくべきだ。
 
韓国内のメディアでは、海自のP1哨戒機の低空飛行が「神風」を連想させる、という論調が広まったという。https://www.jiji.com/jc/article?k=2018123100088&g=pol
 日本人が何らかの水準の高度以下の飛行をすると、神風を連想させる威嚇にあたるので、否定されなければならない、というわけである。
 
陳腐な議論であり、論ずるに値しない。だが、このような論調は、問題視すべき社会的風潮の象徴として、むしろ国際的に取り上げていってもいいのではないか。韓国政府の立場を覆すことはできないだろう。それだけに、国際的なアピールが大切になっている。
 
全てを「戦前の再来」「いつか来た道」論で乗り切ろうとする不毛な論争姿勢が、日韓両国において、一部の社会的勢力の間で顕著に見られる。ワンパターンの世界観にもとづく紋切り型の議論は、健全な対話を阻害する。否定されなければならないのは、そのような安易な議論の姿勢だ。
 
日本を否定すべきでなく、韓国を否定すべきでもない。ただし、硬直した歴史観を悪用して振りかざす暴力的な言説には、国内外を問わず、抗していかなければならない。
 
安倍首相は、年頭の所感で、「戦後日本外交の総決算を果断に進めていく」と述べた。レーダー照射問題は、「総決算」の一つの試金石になりそうだ。
 
韓国をいたずらに敵対視すべきではない。ただ、70年以上前に侵略戦争をしたことがあるのだから、何を言われても曖昧にして黙っておくことが得策だ、といった発想では、21世紀の世界で、日本は生き残っていけないだろう。
 
安倍首相だけの問題ではない。与野党を問わず、日本外交をどうしていくべきなのか、真剣に考えるべき時だ。

 レーダー照射問題が、日韓関係に影を落としている。ビデオ公開は正しい対応だ。うやむやにするべきではなく、日本の立場は明確にしておくべきだ。
 
もちろん韓国は、重要な隣国だ。しかしだからこそ、曖昧な態度をとるべきではない。ただし怒りを見せるべきではない。重要なのは、日本は批判を目的にしているのではなく、あくまでも危険行為の「再発防止」を求めている、と強調することだろう。
 
レーダー照射が韓国側の政治判断であった可能性は低い。しかしだからこそ曖昧にしてしまっては、再発の恐れを残すことになる。そんなことでは現場はたまらない。あくまでも韓国の政治対応を期待する態度を貫きながら、冷静に、「再発防止」のための徹底した検証を求めていくべきだ。
 
それにしても由々しきは、韓国のマスメディアが海上自衛隊が自らを「Japan Navy」と名乗ったことを問題視している、などという事態だ。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181230-00000006-jct-soci 困った話である。組織の固有名称ではなく、属性として「NAVY」という表現を使ったとしても、何も問題はない。軍事関係者の間で国際的なこういった表現を問題視する者はいないだろうと思う。
 
しかし、韓国内に、日本国内の憲法学者らの存在を利用して自衛隊の地位を貶めようとする動きがあるようだ。とんでもない話である。何を見ても、「戦前の復活」「いつか来た道」などの常套句を多用して、自分勝手な思い込みで相手をやり込めたつもりになる、あの紋切り型の論争術である。
 
このブログでも繰り返し繰り返し書いている。自衛隊は憲法上の戦力ではなく、国際法上の軍隊である。http://agora-web.jp/archives/2030765.html
 
政府はそのことを公式に表明している。http://agora-web.jp/archives/2030702.html 
 そこに矛盾を感じる人がいるとしたら、私の著作やブログを見てほしい。
 
政府の見解を否定して、憲法学者らの特定の社会的勢力の見方だけを絶対視するのも、まあ一つの立場だろう。だがそうするのであれば、安易な気持ちでやるべきではなく、その影響を鑑みてから、やってほしい。

 マティス米国国防長官が辞任を表明した。これでトランプ政権発足時の最後の重要閣僚がいなくなる。マティス長官は、数少ない良識派の役割を担っていた。トランプ大統領は、公職歴を持たず就任した大統領として、輝かしい経歴を持つ元職業軍人であるマティス長官だけは切りたくなかったのが本音だろう。トランプ大統領は辞任に不満で、「私は彼が手にしたことのないようなあらゆる権限を与えたのに」、とツィートした。
 
何がそこまでマティス長官を追い詰めたのか。単なる制度論の話ではない。もっと根源的な倫理的部分でのアメリカの外交姿勢の話のようだ。
 
公開された退任願いでは、同盟国との関係の重要性が説かれている。マティス長官にとって、NATO同盟諸国に対するトランプ大統領の慇懃無礼な振る舞いが不愉快なものだったことは想像に難くない。だが直近の要因は、シリアとアフガニスタンのようだ。
 
アメリカは限定的ながらもシリアに軍事プレゼンスを置いていたが、トランプ大統領は、その撤収を、エルドアン・トルコ大統領との電話会談の最中に命じたと伝えられている。見放されるのは、ISIS駆逐の先頭に立ったクルド人勢力である。
 
アフガニスタンからの米軍の大規模撤収も行われる見込みだという。トランプ政権になってから、駐アフガニスタンの米軍も増強されていた。もし完全な撤収が実施されるのであれば、国内外に激震が走る。多くの者が、マティス長官と同じように、自分も「それは間違いだ」と大統領に進言する、と思っているだろう。
 
日本では、憲法学者の教えに従って、平和主義とは反米主義のことだ、とされているので、アメリカのアフガニスタン撤収の巨大な意味は、理解されないのだろう。だが、巨大な影響が出る。アフガニスタンの米軍から間接的に恩恵を受けていた日本にも、影響は及ぶだろう。
 
911から約20年、ついに世界はアフガニスタンを、再び見放す。多くの関係者が、マティス長官と同じように、自分がその苦痛に満ちた役割を主導することを、拒絶するだろう。そしてマティス長官のように言うだろう。それだけは勘弁してほしい、自分にはできない、と。
 
トランプ大統領の経営者の視点から見れば、「長官の言う通りにアフガニスタンで増派した、しかし治安は悪化する一方だ、結果が出ていない、撤退だ」、と命じることに、合理性がある。それはよくわかる。
 
だが国家は企業ではない。軍事活動は商取引ではない。アフガニスタンからの米軍の撤退は、儲けが出なかった投資先から撤退することとは違う。
 いよいよ本格的にアメリカの介入主義の時代が終わるのかもしれない。
 
いずれにしても、マティス長官の辞任は、アメリカの外交政策が、あらためて新しい段階に入ったことを意味することになるだろう。

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