「平和構築」を専門にする国際政治学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda なお『BLOGOS』さんも時折は転載してくださっていますが、『BLOGOS』さんが拾い上げる一部記事のみだけです。ブログ記事が連続している場合でも『BLOGOS』では途中が掲載されていない場合などもありますので、ご注意ください。

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 広島には仕事で頻繁に来る。ただ、今回は4月の広島平和記念資料館の本格的リニューアルオープン後に初めての訪問となったので、相手をしたカメルーン人の訪問団一行とともに資料館に時間を使うことができた。

 検討と工事の時間をすべて含めると、10年くらいはかけているのではないかというリニューアルである。ただし長い歴史を持つ資料館なので、リニューアル自体は、過去に何度か行われてきた。たとえば戦争責任が見直された1990年代には、入り口のまず冒頭部分に戦前の軍都・広島の歴史が展示された、などの世相を反映した変更がなされてきた。

今回のリニューアルの方針は、被爆者の方々一人一人の被害と生活の実相に迫っていくことだったようだ。成功していると思われる。

今回のリニューアルの内容決定時は、子どもたちに強い印象を与えていた、原爆投下直後の様子を形作っていた人形が撤去されることが、話題になった。訪問してわかったが、代わりに被爆者の方々が書いた絵などが、ふんだんに掲示されている。人形撤去の方針の代替措置と言えると思うが、より効果が高まった、と評価できると思う。

被爆の後遺症で小学校に通い始めながら1955年に白血病に亡くなった佐々木禎子さんの例は有名だ。平和記念公園に設置されて、多数の折り鶴を受け止めて続けている、「原爆の子の像」は、佐々木禎子さんがモデルだ。リニューアル後の資料館でも、しっかりと紹介されている。しかし今回のリニューアルでは、さらに多数の犠牲者の遺品や遺した言葉、さらには被爆者の戦後の生活の苦難などが紹介されている。被爆して仕事もできず苦しみ続けている方を抱え込んだ家族が負わなければならなかった大きな苦難なども、赤裸々に画像とともに紹介されている。

膨大な数の被爆者証言が、被爆時の記録だけでなく、戦後の生活の苦難も含めて集められている広島の事例は、大きな意味を持っている。私自身、駐日ルワンダ大使に広島を案内したことがあるが、ルワンダのキガリにある「ジェノサイド博物館」などでも、生存者の証言が極めて効果的に用いられており、広島の影響も感じさせる内容になっている。

私が持っている2017年までの資料では、広島が7年連続で訪問観光客数の最高値を更新し続けていることが示されている。2017年の訪問観光客数は、1,341万人である。この中で、修学旅行生の数は、毎年減り続けており、その総数はわずか319千人にすぎない。その約5倍の151万人の外国人観光客が広島を訪れており、外国人観光客数も史上最高値を6年連続で更新しており、全体の総数を底上げしている。

実は「トリップアドバイザー」などの外国人の旅行口コミサイトにおいて、広島の平和記念資料館は、宮島の厳島神社とともに、京都の施設と、「満足度が高い日本の観光地」のトップ争いを常に続けている。広島のポテンシャルはもっと高いと考えていいだろう。

悲惨な経験の記録が、人を引き寄せるのは、平和への願い、という未来に向けたメッセージがそこに明確に存在しているからだ。広島という街の存在が、極限状態からも立ち上がる人間の可能性を実証しているからだ。広島は、被爆者の証言、という特殊な平和運動の文化が、大々的に開花した特別な場所なのである。平和国家の日本の象徴として国際的にアピールする意味も大きい。

ところが、日本人の中には、修学旅行で行くところ、左翼が運動するところ、といった印象を持っている人が多い。残念である。

凄惨な殺人事件、悲惨な交通事故、などが起こるたびに、被害者や遺族の尊厳をどう保っていくか、が問題になる。マスコミが配慮を欠いた取材をしないことは、もちろん絶対要件だ。だが報道しなければいいだけなら、時間がたてば、やがてそうなっていくだろう。

マスコミが無責任な行動をとる、皆がテレビを観ながらそれを非難する、やがて事件は忘れられていく、その繰り返しだ。

それでいいのか。

被害者や遺族の尊厳を尊重しつつ、なお社会を前に進めていくために、われわれに何ができるか。

そういったことを考えるために、広島を訪れる。そのような広島の意味が、世界中にもっと広がっていくことを期待する。

 川崎市登戸の殺傷事件に大きなショックを受けた。私は、高校まで、川崎市多摩区の学校に通っていた。登戸駅は数限りなく使ってきた。しかも、亡くなられた小山智史さんは、私が勤める東京外大の卒業生だ。他人事とは思えない。あまりに悲しい。

 事故現場に行って、献花し、ご冥福をお祈りした。他にも沢山の人が花を捧げ、合掌していた。https://www.facebook.com/photo.php?fbid=2289045054543577&set=pcb.2289048127876603&type=3&theater

 そこで感じたことがある。他のコメンテーターが言っていないようなので、声を大にして言いたい。亡くなられた小山智史さんは、「英雄」と呼ぶべき存在なのではないか。

小山さんは、たとえば911のときに、テロリストに抵抗し、4機目の攻撃を防いだユナイテッド航空93便の乗客たちのように、アメリカなどだったら、「英雄(hero)」と呼ばれるだろう人物なのではないか。https://www.afpbb.com/articles/-/2826130?pid=7750512

小山さんは、犯人から、まずまっ先に刺されたという。犯人は、子どもたちの列を狙っていたにもかかわらず、小山さんから襲った。犯人は、抵抗されると厄介な男性の保護者から狙ったのだ。

現場で死亡した小山さんには、4か所もの刺し傷があったという。複数回刺されたのは小山さんだけだったようだ。まず真っ先に背中から刺されたにもかかわらず、さらに3か所もの刺し傷があったのは、小山さんが、犯人を止めようとしたからではないか。「子供を必死に守っていたことがうかがえます」、という証言も報道されている。少なくとも小山さんの存在が、数秒間の間、盾となった。瞬間の違いであったかもしれない。それにしても、子どもたちが逃げ始めることができるように、小山さんが、犯人を引き寄せた時間帯があった。傷を負ったが、致命傷は避けられた16人の子どもたちにとって、その時間帯は、大きな意味があったかもしれない。犯人による19人に対する22回の攻撃のうち、最初の4回までが小山さんに対するものだった。攻撃の18%までを、小山さん一人が受け止めたのだ。

小山さんの娘さんは無傷で助かっているという。それを知って、小山さんは、天国で安堵していることだろう。霞が関に出勤する前に、世田谷の自宅から反対方向の川崎市まで来て通学に付き添って良かった、娘を守ることができた、そう天国で思っていることだろう。

栗林華子さんが犠牲になってしまったことは、小山さんにとっては痛恨の極みではあるだろう。しかし、もし小山さんがいなかったら、もっと恐ろしい事態になっていたはずだ。

小山さんのお嬢様に申し上げたい。

「お父様は英雄です。もしお父様があの場にいなったら、もっと犠牲者がたくさん出ていたと思います。お父様の英雄的な行動が、たくさんの命を救ったと思います。もしお父様が、スクールバスを一緒に待って並んでくれていなかったら、そして貴方を守り、多くの人々を逃がすために、素手で盾になって犯人に時間を使わせていなかったら、もっと沢山の命が失われていました。多くの人々が、貴方のお父様を決して忘れず、感謝し続けていきます。お父様を誇りに思い続けてください。貴方のお父様は素晴らしい英雄です。」

安倍首相は、子どもの通学路の安全確保を点検するように指示したという。それを受けた官僚たちが、一人で登下校しているケースがないかチェックした、などという報道もあった。

情けない。

なぜ集団でバスを待っていて列を作っていた子どもたちが襲われたのに、一人で登下校している子どもがいないかチェックして、「私は仕事をしました」などと言おうとしている官僚がいるのか。同じ官僚の仲間が、4か所もの刺し傷を受けながら、捨て身で子どもたちを守ろうとしたというのに。

欧米と比して、日本の子どもたちは脆弱な状態で登下校している。日本では集団登下校が推奨されている反面、保護者の送り迎えがほとんど行われていない。https://www.kiritachiakari.com/children-walking-to-school-with-parents-or-alone/ 

むしろカリタス学園は、素晴らしかった。最後に犯人を立ち去らせたのは、勇気あるバスの運転手の行動だった。また、小山さんと、もう一人の重傷を負った女性の方の二人の保護者で、攻撃の最初の23%を受け止めた。

保護者による子どもたちの送り迎えの体制を整え、奨励するべきだ。そして、できる限り子どもの保護者からの引き渡し及び保護者への受け渡しを、確証していくべきだ。「働き方改革」の議論の中にも入れ込んでいくべきだ。

そう言うと、「保護者が送り迎えできない子どもがいたら可哀そう」、「ローテ制になって一部の親だけに負担がかかるのではないか」、などと言う人が現れるのだろう。

しかし、それは悪平等を基準にした間違った考え方だ。

4か所も刺されて犯人の攻撃の最初の18%を受け止めてから遂に倒れた小山さんという一人の保護者が、ぎりぎりの状況の中でも救った命があったことを、よく想像してみるべきだ。

仮に保護者が迎えに来てくれない子どもがいるとしても、その他の子どもの保護者がいる方が、誰もいないより良い。

小山さんの英雄的行動を、無駄にしてはいけない。

 トランプ大統領が令和最初の国賓として来日中だ。「おもてなし」の度合いが話題になっているようだ。「属国論者」がこの機会を喜んでいるはずがないのは、想像するまでもない。

昨今は「日本は米国の属国だ」をテーマにした本が何冊も出ていて、プチブームのようになっている。米国を特別待遇することを感情的に許すことができない層の人々が、高齢者層であるかどうかは知らないが、日本に一定数いるのは確かなようだ。トランプ大統領の来日とは無関係に、とにかく日本はアメリカの属国、と主張する「属国論者」の方々である。

 だが日本にとってアメリカが特別な国であることは、誰でも知っている端的な事実だ。ほとんどの国民は、それを知っている。それが嫌なら、中国にお世辞を使って上海協力機構に入れてもらったり、欧州人にお世辞を使ってEUやNATOにでも入れてもらったりするなどの代替案を考えければならない。それらがいずれも現実離れした代替案でしかないことを、国民のほとんどは知っている。

 トランプ大統領は、日米の「特別な関係」を発信し、「歴史的時期に唯一の主賓」などと語ってくれている。アメリカ人の多くが、米中間の「新冷戦」の不可避性を語る緊張した時期に、そのように言っているのである。国力が停滞し、未曽有の人口減少時代に突入し始め、韓国との間の深刻な関係悪化を抱える日本に、アメリカの大統領がそう言っているのである。それが日本にとっていいことか、悪いことかと言えば、シンプルに、いいことだ、と考えざるを得ない。

ついでに日本への外国人観光客が増えるような見せ場を作って副次的な効果を狙うのも、理にかなっている。

 安倍首相は、トランプ大統領との長時間のゴルフについて「きつくなかったですか」と聞かれ、「アメリカの大統領からもうハーフやろうって言われたら断れないよ。別にそこまでゴルフが好きじゃない。日本のために必死でやったんだよ」と答えたという。https://www.fnn.jp/posts/00046112HDK

 シンプルすぎる発想だろうが、間違ってはいない。

 やはり物事は最後にはシンプルに考えるのが、とりあえずは一番強い。

野党側も、数が限られた特定の投票者層だけではなく、国民の大半に届くシンプルなメッセージを持っていくことを、もう少し考えてみるべきだろう。

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