「平和構築」を専門にする国際政治学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文その他の情報や、時々の意見・解説を集めています。以前にホームページとして掲載していた情報ともリンクさせています。

 今年は、海外にいるので、8月6日に広島に行くことができなかった。私は広島大学に10年以上勤めたので、広島には思い入れがある。長い間、転任の誘いも全て断って、広島に居座ったのは、単純に広島が好きだったからだ。
 ところで広島出身の憲法学者として知られるのは、2015年に衆議院で安保法制は違憲だという意見を述べて有名になった長谷部恭男教授だ。長谷部教授は、長く東京大学法学部の憲法学講座を担当していた。戦後の東大法学部憲法学第一講座は、宮沢俊義、小林直樹、芦部信喜と長野県出身者によって占められていたが、戦後生まれの長谷部教授の世代になり、出身地が移った。
 1956年生まれの長谷部教授が過ごした昭和30年代・40年代の広島の風景は、町の歴史としては、私もよく知っている。長谷部教授が小学校を卒業するまでの時期は、高度経済成長時代の真っただ中で、「平和記念都市」としての広島の復興を主導した、「原爆市長」浜井信三の時代である。その一方、広島に押しかける反核運動家が党派的分裂と対立を繰り返し、広島大学を中心とした学生運動も激しく、町は騒がしかっただろう。長谷部少年が東京大学に入学して広島を離れた1975年は、「原爆スラム」の解消という復興政策の最終段階が成就していた一方で、ヤクザの広島抗争を描いた「仁義なき戦い」が全国的に大ヒットし、「お荷物球団」広島カープが初優勝した時期である。
 長谷部教授は、私的領域における価値の多元性を守ることが立憲主義だ、という立場で知られる。さらに踏み込んで、憲法に理想などはない、あるのは「調整問題の解決」だけだ、といった冷めた発言でも知られる。おそらく長谷部教授の思想は、広島で生まれ育ったことと無関係ではない。ただし、長谷部教授の態度は、広島で暮らし、広島を信じる人の態度とは、違う。長谷部教授は、ヒロシマ的な平和主義の人ではない。「仁義なき戦い」の世界を抜け出て、東京で「法律家共同体」を率いて、憲法の「調整問題の解決」を統制する人物である。
 私は、広島の復興の歴史を、多くの外国人に、国内で、現地で、語ってきた。アフガニスタン人、イラク人、スリランカ人、シエラレオネ人、リベリア人、スーダン人、パレスチナ人、ボスニア・ヘルツェゴビナ人・・・・などの多様な人々に対して、平和構築研修という枠組みの中で、語ってきた。研修教材も作った。http://www.peacebuilders.jp/n_151207.html広島が持つ国際的な意味について、広島で生まれ育った人に負けないくらいに考えてきている、という自負はある。
 だからこそ、あえて言いたい。輝かしい広島の復興の歴史は、平和という価値を信じる人々の苦闘の成果として達成されたものだ。それは、調整問題を解決する「法律家共同体」によって維持してもらったものではない。「仁義なき戦い」は、「法律家共同体」による「調整」によって終息したのではない。アメリカとの和解は、アメリカを侮蔑する「法律家共同体」によってでななく、アメリカとの和解を求める人々によって追求された。
 長谷部教授は、2004年の著作で、自衛隊は違憲ではないという「法的安定性」重視の議論を提示し、話題を集めた。特定秘密法案に賛成したことによって、憲法学の同僚を含む「リベラル層」から不評を買った。朝日新聞に「御用学者と言われていますが・・」と切り出されたインタビュ-を受けた時期もあった。https://news.yahoo.co.jp/byline/fujiiryo/20131221-00030876/
 しかし、2015年の「安保法制は違憲だ」という発言によって、巷で言われる「失地回復」が果たされた。発言後、長谷部教授は、2015年10月に全国憲法研究会代表に就任し、さらに2016年10月には日本公法学会理事長にも就任した。今や憲法学者が集う二つの学会の長を同時に務める。長谷部教授は、安保法制をめぐる喧噪後に、現役憲法学者の指導者としての社会的地位をいっそう強めたのである。「違憲」発言後に、同僚の憲法学者からの信望も回復し、憲法学者「共同体」で、長谷部教授の権威はさらに絶大なものとなった。長谷部教授が自信満々で「国民には、法律家共同体のコンセンサスを受け入れるか受け入れないか、二者択一してもらうしかないのです」と述べるのは、裏付けのない行動ではない。
 長谷部教授の独特の憲法観と、「法律家共同体」の「隊長」としての地位(長谷部・杉田『これが憲法だ!』4頁)は、微妙な関係にある。長谷部教授は、なぜ自衛隊は違憲だとは言えないかという理由として、絶対平和主義が特定の価値の押し付けで採用できないから、という説明を提示する。憲法学者「共同体」内部者向けの説明だ。
 特定の法解釈を、その依拠する価値体系によってではなく、価値体系からの超越性によって肯定しようとする態度は、論理的に行き詰ることが約束されている。そのことを、長谷部教授は知らないのだろうか。否、知っているだろう。知っているからこそ、結局は「隊長」たる長谷部教授が最高権威を持つ「法律共同体」によって維持・調整される「法的安定性」を絶対的基準とするような主張を繰り返すのだろう。
 長谷部教授は、憲法が「社会契約」であることを否定する。憲法は「調整」のための慣習だ、という独特の見解を述べる。なぜそのような日本国憲法典からは読み解けないような大胆なことを、「隊長」長谷部教授だけは断言できるのか。長谷部教授こそが、至高の「法的安定性」を維持・調整する権威を排他的に担う「法律家共同体」の「隊長」だからである。
 長谷部教授は、あえて堂々と、「ここが国境です、というのは約束ごとで引いているだけで、実は自然の山とか海があるだけ」と述べる。その上で、(長谷部教授が選ぶ1960年代末から2014年までの特定の時期の)内閣法制局にしたがって「法的安定性」を保たなければならない、と主張するのである。
このような長谷部教授の姿勢への批判は、すでに多方面で存在する。http://agora-web.jp/archives/1662348.html たとえば長谷部教授の著書の書評において自衛権否定論者の山口響は、「長谷部流の理解」でいえば、「『集団的自衛権は憲法上禁止』というところに線を引きつづけることには、『さしたる合理的理由がない』」ということになってしまう」と懸念した。(拙著『集団的自衛権の思想史』序章)
 「法律家共同体」の中でも、元最高裁判所判事の藤田宙靖・東北大学名誉教授のように、繰り返し長谷部教授の違憲論の脆弱さを指摘している方もいる(『自治研究』2016年2月号、同2017年6月号)。
 しかし長谷部教授は、法的安定性のために(長谷部教授が選ぶ1960年代末から2014年までの特定の時期の)内閣法制局に従わなければならない、という薄っぺらな議論にまでレベルを下げてでも、徹底的に戦い抜く覚悟を定めている。藤田名誉教授によれば、「公私に亘って得た憲法学者・行政法学者その他法律関係者」は、藤田教授の指摘を、よく理解したという。公刊物を通じて「真っ向からの反論」をしてきたのは、長谷部教授だけだったという。そして長谷部教授が最後の砦として主張したのは、やはり「法的安定性」の至高性であったという(『自治研究』2017年6月号)。
 いったい長谷部教授は、そこまで「法的安定性」の絶対性を主張しながら、何を守ろうとしているのか。長谷部教授の場合、突然、安全保障論などを持ち出すことが多いのも、特徴である。
 長谷部教授によれば、集団的自衛権の容認は、「自衛隊の活動範囲についての法的安定性を大きく揺るがすものであるのみならず、日本の安全保障に貢献するか否かもきわめて疑わしい」(長谷部恭男「序論」『検証 安保法案 どこが憲法違反か』1頁)。つまり、長谷部教授は、安全保障に貢献しないから、集団的自衛権は違憲だということにしておくのが得策だ、と主張するわけである。「歯止めをかけておくことで、日本政府はいろんな場面で、いちいちコミットメントをする必要がなくなってくる・・・。憲法で自分の手を縛られていることで、逆に日本政府としては活動の自由度が広がっている」と主張する(長谷部・杉田敦『これが憲法だ!』85頁)。
 プラグマティスト(というよりもパターナリスト)としての長谷部教授の真骨頂ここにあり、と言うべき場面だが、悲しむべきは、現代の安全保障の専門家が長谷部教授の安全保障政策論に同調しないことである。国際政治学的に見れば、長谷部教授の安全保障観は、1960年代末に長谷部教授が広島を離れて東大に入学した冷戦時代の日本に特有の安全保障観でしかない。
 それでは長谷部教授は、自らの安全保障観を主張して、国際政治学者らと激論を交わすだろうか?全くしない。自らの安全保障観の正しさを一方的に主張し、だから集団的自衛権は違憲にしておくのが望ましいと示唆しながら、最後は「法律家共同体」絶対主義に話を持っていってしまうからである。
 長谷部教授の議論をよく整理して見てみると、「(長谷部教授が「隊長」を務める)法律家共同体」だけが最も望ましい安全保障政策を知っているので、「(長谷部教授が「隊長」を務める)法律家共同体」だけに憲法解釈を委ねるべきだ、という錯綜した議論になっている。
 長谷部教授によれば、「自国の安全が脅かされているとさしたる根拠もなく言い張る外国の後を飼い犬のようについて行って、とんでもない事態に巻き込まれないように、あらかじめ集団的自衛権を憲法で否定しておくというのは、合理的自己拘束として、十分にありうる選択肢である」(長谷部恭男『憲法の理性』21頁)。
 ここで注意すべきは、アメリカを信用せず、集団的自衛権は危険なので違憲だという「選択肢」を選ぼう、と主張するのは、憲法を起草したアメリカ人でも、憲法典を広範に議論した1940年代・50年代に活躍した日本人でもない、ということだ。その後に現れた世代の憲法学者たちが、そう主張し始めた。
 長谷部教授は、2015年6月15日の日本記者クラブ会見で、憲法学者は安全保障政策の素人なのではないかという質問に対して、「私はオックスフォード大学の比較憲法ハンドブックの『戦争放棄』の項を執筆した。それでも素人か」、と主張したという。その場にいた、安全保障論を専門とする笹島雅彦跡見学園女子大学教授は、「驚がくした」と証言する(『国際安全保障』45巻1号)。
 「(長谷部教授が「隊長」を務める)法律家共同体」が、「(長谷部教授が選ぶ1960年代末から2014年までの特定の時期の)内閣法制局」の言説を根拠にして、「(長谷部教授が至高のものだと主張する)法的安定性」のために維持する、「集団的自衛権は違憲だ」という議論は、結局、長谷部教授の安全保障政策を実現するための方策のことでしかない。「とんでもない事態に巻き込まれないように、あらかじめ集団的自衛権を憲法で否定しておく」という長谷部教授の配慮に従って、それを実現するための憲法解釈が肯定されるにすぎない。その論拠不明な憲法解釈を何とか確立するために、長谷部教授が君臨する「法律家共同体」なるものの絶対性が付け足されるだけである。
 こうした背景があって、「法律の現実を形作っているのは法律家共同体のコンセンサスです。国民一般が法律の解釈をするわけにはいかないでしょう。素っ気ない言い方になりますが、国民には、法律家共同体のコンセンサスを受け入れるか受け入れないか、二者択一してもらうしかないのです」、と突き放す長谷部教授の態度が生まれる(拙著『ほんとうの憲法』「はじめに」冒頭で引用した朝日新聞記事)。
 長く平和な時代を過ごしてきた日本では、すでに社会的地位を確立した年長者たちがご都合主義的な生活保守主義を、「立憲主義」だとか、「憲法論だ」、とかいう装いで取り繕う「習慣」が広まった。憲法学者が、冷戦型の安全保障政策の永遠性を唱えるために、「法律家共同体」の絶対性を主張する根拠として「憲法」という概念を利用する、「憲法が涙する」状態が生まれてしまった。
 長谷部教授は述べる。「解釈というのは「芸」ですから、これはうまいとか下手とかはあるとは思いますが、「普通の日本語として理解したらこうだ」では、芸も何もない。」(長谷部・杉田『これが憲法だ!』73-74頁)
 法解釈集団としての「法律共同体」とは、つまり「芸人」の集団である。なるほどその「共同体」の内部で、「うまいとか下手とか」を話し合っていることもあるのだろう。
 だが問題は、長谷部教授が、「法律家共同体のコンセンサス」が絶対で、「法律家共同体」に属していない者は「芸人」としては相手にしない、と主張することである。つまり長谷部教授を頂点として存在する「法律家共同体」の一員になるのでなければ、まずもって「芸人」として認知されない。うまいとか下手とかを評価してもらうところまでいかない。「法律家共同体」という名の「芸人」を認定する協会に従うのでなければ、法解釈としては存在していないに等しいのである。
 拙著『集団的自衛権の思想史』https://www.amazon.co.jp/%E9%9B%86%E5%9B%A3%E7%9A%84%E8%87%AA%E8%A1%9B%E6%A8%A9%E3%81%AE%E6%80%9D%E6%83%B3%E5%8F%B2%E2%94%80%E2%94%80%E6%86%B2%E6%B3%95%E4%B9%9D%E6%9D%A1%E3%81%A8%E6%97%A5%E7%B1%B3%E5%AE%89%E4%BF%9D-%E9%A2%A8%E3%81%AE%E3%83%93%E3%83%96%E3%83%AA%E3%82%AA-%E7%AF%A0%E7%94%B0%E8%8B%B1%E6%9C%97/dp/4862581048/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1501963435&sr=1-2が読売・吉野作造賞を受賞した際、審査員の方々が、「憲法学者は篠田に反応する義務がある」、と言ってくれた。名誉なことだ。近刊『ほんとうの憲法』https://www.amazon.co.jp/%E3%81%BB%E3%82%93%E3%81%A8%E3%81%86%E3%81%AE%E6%86%B2%E6%B3%95-%E6%88%A6%E5%BE%8C%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%86%B2%E6%B3%95%E5%AD%A6%E6%89%B9%E5%88%A4-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E7%AF%A0%E7%94%B0-%E8%8B%B1%E6%9C%97/dp/448006978X/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1501963435&sr=1-1 をめぐっても、多くの方々が「憲法学者はさすがに完無視とかできないでしょう」と言ってくれる。大変に光栄である。中には、笹島教授のように、長谷部教授に連絡を取って、「篠田の本を読んでいないのか」、と聞いてくれた方までいらっしゃる。多大なご親切・ご厚意に、私としては深く感謝している。
 だがそれでも、長谷部教授が、私ごときに反応することはない、と私は思っている。なぜなら、第一義的に、私が「法律家共同体」に属していないからだ。
 率直に言って、私のほうでも、「私はただの非公認のエセ芸人で、法解釈論はできませんが、政治漫談のお相手くらいは務めさせていただければ十分でございます」、と言うほどの心の準備があるわけではない。「どうしても法律家共同体に入れていただきたいんです、お願いします」、と土下座して頼み込みたいわけでもない。不可能なことを目標に設定して人生を浪費するつもりはない。
 しかしそれでも、私は、今後も機会があれば、「長谷部教授の法律家共同体」の問題性を論じ続けていくだろう。
 長谷部教授に反応してもらいたいからではない。「法律家共同体」に入れてもらいたいからでもない。ただ、そうした作業が日本社会にとって必要だ、と思うから、そうするのである。

  自民党の船田元衆議院議員とは、2015年6月4日の衆議院憲法審査会で、「集団的自衛権は違憲だ」と証言する長谷部恭男・早大教授(元東大教授)を自民党推薦の参考人と招致してしまったときの与党筆頭理事である。勉強不足を指摘された船田氏の評判は地に落ちた。当時、船田氏は、自民党の憲法改正推進本部本部長だったが、数カ月後、激怒したと伝えられた安倍首相によって交代させられた。
 私は、船田氏がどうして憲法問題に関心があるのか、理由を知らない。どれくらい憲法問題を勉強しているのかも知らない。失礼ながら、長谷部事件の後の発言等を見る限り、非常に浅い憲法学の理解しか持ち合せていないのではないか、という憶測は持っている。
 船田氏は、今も自民党の憲法改正推進本部長代行の役職を持っているはずだが、私が参考人として憲法改正推進本部でお話をさせていただいたときにはいらっしゃらなかった。残念である。
 船田氏は、安倍内閣の支持率が急落し始めるや否や、憲法改正のとりまとめは難しい、といった発言をし始めた。まあ、色々な感情や思惑と時局判断で動くのは政治家だけではない。しかし、憲法理解に関する発言については、社会を混乱させる要因になるので、一言申し上げておきたい。
 ニュースによれば、最近、船田氏は、憲法改正推進本部本部長代行として、「党内での一番の相違点は、9条2項を残すか、なくすかという点。 自衛隊は国際的にみて戦力だと言われているし、それにきちんと答えて軍隊として位置付け、自国を守ることを完璧にしたい(だから2項は廃止する)という人が、自民党内にはかなりいる」と述べたという。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170731-00000045-reut-bus_all
 私は、この発言は、間違いではないか、と考える。
 9条2項の「戦力」は英語で「war potential」という。GHQ草案から、現在の通常の日本国憲法英語版に至るまで、一貫して憲法上の「戦力」は、「war potential」である。それでは「war potential」とは何か。日本国憲法に特有の特殊概念である。国際法などに「war potential」という法概念はない。
 拙著『ほんとうの憲法』でも指摘しているがhttps://www.amazon.co.jp/%E3%81%BB%E3%82%93%E3%81%A8%E3%81%86%E3%81%AE%E6%86%B2%E6%B3%95-%E6%88%A6%E5%BE%8C%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%86%B2%E6%B3%95%E5%AD%A6%E6%89%B9%E5%88%A4-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E7%AF%A0%E7%94%B0-%E8%8B%B1%E6%9C%97/dp/448006978X/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1501626599&sr=1-1、9条2項の悲劇/喜劇は、日本国憲法にしか存在しない概念をめぐって、「これは日本にあるか、ないか」と70年間にわたって問い続けていることだ。哲学青年の自問自答の悩みのようになっている。そのどこにも存在していない概念の意味を探ろうとする限り、悩みは解決されないことが必然だ。
 国際法に存在しない概念について、それを持たないことを宣言するのであれば、法的効果としては、「二度と国際法を逸脱した概念を振りかざして国際秩序を乱すことはしない」、という趣旨が確認するのが基本だ。
 「戦争」=「War」が国際法で禁止されていることは、はっきりしている。国際法で留保されているのは、憲法学者の言う「自衛戦争」ではない。実力行使の手段も伴った「自衛権」である。
 船田氏は、「自衛隊は、国際的に、War Potentialだと言われている」、と主張する。いったい「war potential」だという概念を振りかざして自衛隊を定義しようとする「国際的」な試みがあるとすれば、どこにあるというのか、船田氏は明示すべきだ。
 船田氏が言っているのは、本当は、「自衛隊は戦力だと多くの(国内のガラパゴス)憲法学者が言っている」ということなのではないか。もしそうなら、そのように言うべきだ。その場の勢いで根拠なく「国際的に」などと言うべきではない。
 船田氏の言葉のいい加減さは、続く発言で象徴される。「それにきちんと答えて軍隊として位置付け」るべきだ、と船田氏は言う。しかし、「自衛隊が軍隊ではない」、とは単なる俗説である。実は日本政府も答弁等で「自衛隊が軍隊ではない」と言ったことはない。自衛隊はPKO活動等の国際的な業務では「Military」として扱われる。それは秘密ではない。
 自衛隊は、軍隊だが、憲法上の「戦力」ではないのである。何ら新規な見方ではない。一貫性のある考え方は、次のようなものだ。
 自衛隊は自衛権の行使にあたって必要な実力を行使する機関である。実力には軍事的(military)手段が含まれるので、自衛隊は軍隊である。ただし国際法で禁じられている「戦争(war)」を遂行するための機関ではなく、憲法上の「戦力(war potential)」にも該当しない。
 船田氏は、徹底的に国内ガラパゴス憲法学者の権威を盲目的に信じ、ガラパゴス憲法学の見解がガラパゴス的であることをあえて否定しようと試み、根拠を示さずそれを「国際的」な見解だ、などと言い替えたりすることにも躊躇しない。
 もしそのような態度を取り続けるのであれば、せめて自衛隊が「War Potential」だと論じている「国際的」な議論を紹介してもらいたい。
 日本国内の憲法学者の通説が、ただそのままで自動的に「国際的な」ものだ、といった見解は、私は認めない。

前回のブログで、自衛権を正当防衛のように理解する「国内的類推」の陥穽についてふれた。 http://agora-web.jp/archives/2027289.html そこで思い出すのは、石川 健治・東京大学法学研究科教授である。石川教授は、最も年次が上の現役の東大の憲法学担当教員であり、2014年安保法制の閣議決定以降、メディアに頻繁に登場する、「立憲デモクラシーの会」(石川教授の師匠である樋口陽一・東京大学名誉教授が代表)の指導者でもある。
 その石川教授は、集団的自衛権は違憲だと主張しながら、国連憲章を否定する議論を披露した。石川教授は、国連憲章を「戦争中の『連合国』の末裔」だと断じただけではない。集団的自衛権を定めた憲章51条を、「同盟政策の末裔であり、本来の(個別的)自衛権とは論理構造を全く異にする異物です」と強調した(「集団的自衛権というホトトギスの卵」『世界』2015年8月その他)。
 そして、「同盟政策を否定する日本国憲法9条の解釈にもちこもうとしたとき、再び集団的自衛権の異物性があらわになった。・・・それが国際法の常識に反するという見方もあるようですが、むしろ国際法上の自衛権概念の方が異物を抱えているのであって、それが日本国憲法に照らして炙りだされた、というだけ」(「憲法インタビュー安全保障法制の問題点を聞く」『Ichiben Bulletin』2015年11月1日)、と主張し、憲法9条を審査基準にして、国連憲章を清廉化する作業が必要であると述べた。
 国連憲章は邪なものであり、特に51条は邪だという。それでは国際法学者や国際政治学者も、邪な者たちだろう。否、それどころか、憲章を信じている世界中の諸国、外交官、学者、数十億人もの人たちは、邪な者たちとならざるをえない。邪ではないのは、国連憲章を否定して護憲主義を掲げる日本の憲法学者に付き従う少数の者たちだけだ。「ガラパゴス」「抵抗の憲法学」の本領発揮の瞬間だ。
 このような石川教授の議論を支えているのは、どのような理論だろうか。「国内的類推(domestic analogy)」と呼ぶべきものである。
 個別的自衛権が真正なもので、集団的自衛権はそうではない、という発想は、国内の刑法における正当防衛などを「真正」とみなし、それを審査基準にして国際法の「真正」さの程度を見極めてやろう、という偏見の産物だろう。事実、石川教授の論考を丁寧に読むと、国際法が「国家の基本権保護義務論」の世界であると決めつけている記述などを発見することができる。「国際法が等閑視した『私人』」の間の「人権保護」は、「憲法の国際化」でなければ行えないかのように論じている(「『国際憲法』再論」『ジュリスト』2009年10月15日)。確かに、国内刑法であれば、「集団的正当防衛」の規定はない。だが、国内刑法とは違っていると、それは国際法においても「異物」になってしまうのだろうか。
 すでに20世紀半ばに、田岡良一・京都大学教授(国際法)が、東大で国際法を講じていた立作太郎らに行った古典的な批判が思い出される。まして21世紀の今日では、国際人権法・国際人道法や安全保障関連の国際法規範の飛躍的な発展が果たされている。しかし「国内的類推」の発想を振りかざし、憲章51条は「異物」だと主張し、大胆にも国連憲章を軽蔑する運動を展開しようとしたのが、石川教授である。
 石川教授のこのような態度を裏付けているのは、何なのだろうか。石川教授には、単著が、『自由と特権の距離──カール・シュミット「制度体保障」論・再考』一つだけしかない。この唯一の単著は、憲法20条その他の問題に関わるとしても、基本的には、一風変わったシュミット論である。憲法学者の場合、博士論文を書いていない方がほとんどで、石川教授もそうである。つまり長文の日本国憲法論の業績がない。したがって石川教授の日本国憲法観は、実は、よくわからない。
 そこで石川教授の憲法学を理解するためには、石川教授はシュミット(20世紀前半ドイツの法政治思想家の巨匠)に造詣が深い人物だ(加えて戦前の日本の憲法学者の学説史に詳しい人物だ)という点を踏まえた上で、雑誌・共著寄稿文などを読み解くことが、必須である。
 たとえば石川教授は、テレビ等のメディアで、2014-15年の安保法制導入時の安倍政権の行動を、「法の破砕」としての「クーデタ」だと呼び、有名になった。「法の破砕(Rechtsbruch)」とは、いかにももったいぶった表現だが、もともとはケルゼンやシュミットと格闘した20世紀前半の法学者たちが多用した語だ。戦前の京城(現在のソウル)帝国大学の法哲学者であった尾高朝雄や清宮四郎が、典型例である。
 「法の破砕」は、ワイマール憲法48条の大統領緊急命令、後にナチスの1933年全権委任法に関して、用いられた。特にナチス政府が憲法に違反する立法を行う権限を得たのは、まさに「法の破砕」の事態であった。それは、緩やかには慣習の進展などによっても発生する。最も劇的な場合、革命となる。石川教授によれば、日本国憲法の存立基盤を提供する宮沢俊義の「八月革命」説は、「『法の破砕』としての革命」を意識したものだった(石川「八月革命・七〇年後」『法律時報』、2015年6月)。「抵抗の憲法学」が、伝統的に日本国憲法の誕生の「法理」と呼んできたものも、「法の破砕」であった。
 石川教授は、1925年の普通選挙法の導入が、京城帝国大学にいた清宮四郎にとって「法の破砕」であったことを紹介する。1919年衆議院議員選挙法の10年不更生規定に違反すると考えられたからであった。もっとも普通選挙法は「クーデタ」ではないようだ。
 安倍政権批判につなげるために、石川教授は、国家の自己制限も法規範性があるので、「政府解釈の変更は違法であり」「法の破砕」であり「クーデタ」だというところまで議論を展開させていた。政府答弁が法規範性を持つ自己制限に該当する、と断定するだけではない。石川教授は、日本政府は「今後とも集団的自衛権の行使を禁ず」と定めたことがある(!)、とも主張する。そしてそれは「上位段階の規範」となり、「後法優位の原則」すら働かない状態が起こったのだ(!)、とも主張する。だから安倍政権の「法の破砕」は「クーデタ」なのだ、というのである。石川教授によれば、この議論は、100年近く前の清宮四郎(樋口陽一の師匠)やフェリックス・ショムローによって証明されるという(石川「窮極の旅」石川健治(編)『学問/政治/憲法』所収)。
 「クーデタ」とは、非合法な手段で国家機構に攻撃を加え、権力を奪う行為を指す。安倍首相は、いったいどの国家機構に攻撃を加えたのか?内閣法制局及びそれを支える法律家集団である。内閣法制局の官僚や東大法学部の法学者が握っていた国家権力を、安倍首相がクーデタで奪った。許してはならない。というわけである。果たして今日の憲法学者は皆、本当に学術的に、このような石川教授の主張についていく覚悟を定めているのだろうか?
 石川教授は、集団的自衛権は、安倍政権が生んだ「ホトトギスの卵」だ、と繰り返した。1949年の文部省教科書『民主主義』で、ウグイスの巣にホトトギスの卵を混ぜられた逸話が掲載されていたことを、石川教授は好んで紹介した。ウグイスの母親は全ての卵を温めてしまうが、先に孵化するのはホトトギスの卵である。そしてホトトギスによって、ウグイスの卵は駆逐されてしまうという(『世界』前掲論文その他)。
 この逸話において、ホトトギスの卵はナチスであり、ウグイスの卵は善良なる市民である。文部省教科書『民主主義』(1949年)は、「民主主義の巣」の「愚かなうぐいすの母親」と「独裁主義のほととぎす」の逸話を、ナチス台頭時のドイツの歴史の説明で使っていた。
 しかし安倍政権はホトトギスの卵だ、と叫ぶ石川教授の論拠は、依然として論拠が不明瞭である。「だって最初にいたウグイスの卵のほうが駆逐されてしまうんだよ」、といった感情論だけが先行している。
 そもそもなぜナチスの歴史なのか。戦前の日本では、大正デモクラシー期に政党政治が開花し、運営された。加藤高明(憲政会)内閣による普通選挙法の制定に、清宮四郎が「法の破砕」を見出した時期だ。美濃部達吉は、やがて政党政治を公然と批判し、見切りをつけるようになった。その美濃部を失脚させたのは、「教育勅語」を国民に復唱させていた文部省も加担した大衆扇動運動だ。安倍ホトトギスは、日本の歴史で、どこにいるのか。
 石川教授が自明視するのは、いずれにせよ、自分が、先に巣を独占していたウグイスのグループに属している、ということだ。そして他のウグイスたちに、次のように呼びかける。「安倍を許していたら、俺たちのほうが巣から追い出されちゃうぞ、早く奴らを駆逐しよう」と。石川教授の警鐘が正しければ、自分たちが駆逐されないように、ウグイスは、孵化する前にホトトギスの卵を、逆に駆逐しなければならない。実際に、石川教授らは、集団的自衛権の問題を超えて、倒閣運動を数年にわたって組織し続けている。
 石川教授が属する「法律家共同体」の「ウグイス」たちは、「巣」を独占している。その既得権益を脅かすのは、安倍首相だけではない。国際政治学者はもちろん、世界の諸国や国連憲章が代表とする国際法規範群でもある。
 結果として、日本の法律家共同体がガラパゴスと揶揄されることになっても、意に介さない。目標は、「ホトトギス」を駆逐し、「巣」を守ることなのだ。
 石川教授は、安倍首相の改憲論に反対した立憲デモクラシーの会の記者会見の中で、次のように述べた。
 「軍事組織を持つことの正統性が常に問われ続けるということとの関係で、大幅な軍拡予算を組むことが難しくなっている、という側面です。予算編成を通じて、国の財政権の行使に実際上とりわけ大きな役割を果たしてきたのは、大蔵省、財務省だと思いますけれども、なぜそういう財務官庁が軍拡予算についてブレーキになることができたのかというと、彼らによる財政権の統制に憲法上の根拠があるからであるわけで、それが9条とりわけその2項ということになるはずなんですね。・・・これらの、現在、現実に機能している統治権のコントロールが、今回の改憲提案のような形で自衛隊を憲法上正統化してしまうと、一挙に消えてしまうということになるはずです。この「一挙に消えてしまう」という点において、これは最も危険な提案になっている、ということを申し上げておきたいと思います。」(2017年5月22日)
 石川教授は、必ずしも自衛隊は違憲だとは言わない。しかし違憲であるかのような状態においておくことによって「統治権のコントロール」が果たされるので、改憲してはいけないのだという。そして9条があるので、財務省が財政コントロールをかけることができる、という独自の理論を披露することにも躊躇しない。
 憲法学者(と司法試験・公務員試験受験者)だけが知る「統治権」という謎のガラパゴス概念については、拙著『ほんとうの憲法』参照していただきたい。https://www.amazon.co.jp/%E3%81%BB%E3%82%93%E3%81%A8%E3%81%86%E3%81%AE%E6%86%B2%E6%B3%95-%E6%88%A6%E5%BE%8C%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%86%B2%E6%B3%95%E5%AD%A6%E6%89%B9%E5%88%A4-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E7%AF%A0%E7%94%B0-%E8%8B%B1%E6%9C%97/dp/448006978X/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1501353283&sr=1-1 いずれにせよ驚くべきことに、石川教授の頭の中では、財務省は「統治権」をコントロールする機関であるらしい。「統治権」は、もともと実定法上の根拠がないガラパゴス憲法学の「道具」でしかないので、使用方法は自由自在、憲法学者のお好みのまま、である。だが、ここまでくると論理的一貫性を見るのは、簡単ではない。
 安倍や国際法はホトトギス、憲法学や財務省はウグイス・・・綺麗な議論のように見えるが、論理的・実証的な説明は、施されていない。学術的議論の構図が、権力関係・人間関係そのままなのが、ホトトギスを駆逐してウグイスを守るためのガラパゴス憲法学の特徴である。
 石川教授は、いったい何を信じているのだろうか。立憲デモクラシーの会の設立に、師匠である樋口陽一が立ち上がったとき、石川教授はそのスポークスパーソンの役回りを買って出た。しかし「立憲デモクラシー」とは何なのか。その声明文は「アベ政治を許さない」一色で、何が学術的規範の基準なのか、全くわからない。
 2007年にひらかれたある座談会で、若き石川教授は次のように発言していた。
 「立憲主義の用語自体、いまの若い研究者からすると、まさに樋口陽一の世界になっているわけです。これは樋口先生が、当時はチャレンジングな概念として意識的に構成してもち込んだはずだったのですが、しかし、結果的にはそれが非常に支配的になってしまい、近代立憲主義なる言説の磁場に、いわば自明のごとく包まれてやっている。私などは、どちらかと言うと、そういった磁場から距離を置いたり、解放されたいと考えてあれこれやっているのですが、一般には、どうも近代立憲主義という言説に包み込まれる。そうすると、戦後憲法学イコール近代立憲主義イコール樋口陽一イコール長谷部恭男というイメージで、つい戦後憲法学を見てしまうということが若い世代にはあるようなのです。」(「戦後憲法学を語る」『法学教室』2007年5月)
 立憲デモクラシーの会は、「統治権のコントロール」を唱え、「国民主権」を擁護する主張を繰り返すが、若き石川教授は、10年前、次のように発言していた。「主権論をもち込みながら立憲主義を実現しようとすると、戦前で言えば美濃部達吉であり、戦後であれば樋口陽一のように、ある意味で不自然な議論をしなければいけなくなる」。(同上)
 ガラパゴス「立憲主義」の「不自然な議論」を整理し、われわれの知的理解を深める著作を公刊したりすることへの関心を、石川教授は、もはや失ってしまったのだろうか。
 師匠のために、倒閣運動の戦士として生きていく覚悟を定めたのだろうか。
 もちろん、「ウグイス」が「ホトトギス」を駆逐するのに、立憲主義をめぐる議論の精緻化やら何やら、そんな面倒な議論は不要だ。ただ、大同団結して、「巣」を守る、それだけを目標にしていればいい。
 憲法学者という肩書で政治運動をしているということは、どういうことなのか。「巣」を守りたい、潜在的な脅威を除去する、君はどっちだ?「ウグイス」なら「友」だ、「ホトトギス」なら「敵」だぞ・・・。
 ガラパゴス憲法学のシュミット主義は、倒閣運動のために人間を振り分けるための道具なのか。

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