「平和構築」を専門にする国際政治学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda なお『BLOGOS』さんも時折は転載してくださっていますが、『BLOGOS』さんが拾い上げる一部記事のみだけです。ブログ記事が連続している場合でも『BLOGOS』では途中が掲載されていない場合などもありますので、ご注意ください。

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 「感染者 110人の入国で3か月後に大規模流行専門家」という記事が、少し前にあった。https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200602/k10012455371000.html 特に大きな波風も立てずにやり過ごされてしまったのだが、この記事で相変わらず「日本のミスター専門家」という位置づけになっていたのが、西浦博・北海道大学教授であった。

 最も国民を脅かした者が、最もコロナ対策に貢献した者だ、という信念を持つ人々の間では、西浦教授はカリスマ教祖のように扱われている。しかし、「42万人死ぬ!」の効果は、続けては使えない。オオカミ少年のように扱われてしまうからだ。

 無論、国境を越えた人の移動の回復にリスクが伴うことは当然であり、相当な準備を施しておくことが必要である。私自身も繰り返してそのことを書いてきている。http://agora-web.jp/archives/2046078.html

 しかしそれにしても西浦教授の「入国」問題に関する「予言」は、意味がよくわからないものだった。その理由を三つ挙げてみよう。

 第一に、「大規模流行が起こる」というのが殺し文句になっているのだが、何をもって「大規模流行」とするのかが、まったく説明されていない。「42万人死ぬ!」のときに数字を使って脅かして、後で議論になったという経験を踏まえて、「大規模流行が起こる!」という抽象的な言い方だけにとどめる作戦のようだ。だがそれは、科学者らしからぬ態度ではないだろうか。

 西浦教授は、515日、小池都知事とともに東京都の動画に出演し、緊急事態宣言が解除されて元の生活に戻ったら、その2週間後から感染者数が激増し始め、一日200人の新規感染者数を超え、さらに指数関数的に激増し続けると、断言口調で、予言した。http://agora-web.jp/archives/2046174.html この「西浦モデル2.0」の「予言」は、6月も中旬になってきた今、現実によって検証されなければならない。西浦教授の「予言」によれば、人と人との接触の2~3割減くらいでは、結果はほとんど変わらない。この人と人との接触の削減は、かつての西浦教授の専門家会議記者会見での熱弁によれば、渋谷駅と難波駅の人の移動のデータによって測定される。6月になってからの駅での人の移動はせいぜい平時の2~3割減程度のレベルにまで戻ってきているので、全東京都都民に「さらにいっそう人と人との接触を減らしてください!」のアピールの根拠となった「西浦モデル2.0」の「予言」は、6月も中旬になってきた今、現実によって検証されなければならない。

 もっとも実は西浦教授は非常に意地悪な方で、あるいは舌足らずな方であるかもしれない。「西浦モデル2.0」の中に、誰も言っていなかった「海外からの入国の全面的な回復」といった意味を勝手に含みこませていたのだという可能性もあるのかもしれない。そうすると、「西浦モデル2.0」の解釈の幅は大きく変わってくる。515日の動画の目的は、今一度東京都民を震え上がらせて家から出れないようにすることだったので、わざとそのことにはふれなかった、という事情があったのかもしれない。

 しかしもしそうだとすれば、一日10人の感染者の入国措置による「大規模流行」とは、せいぜい3月末に見た新規感染者数の増加が再び見られるようになる、というだけの話で、つまり感染者の入国者を止める前の状態に戻すと、感染者の入国者を止める前の状態に戻る、という恐ろしく平凡な話であっただけに終わってしまう。

 いずれにせよ科学者であれば、「大規模流行が起こる」、といった抽象的で中身が全く不明瞭な言葉を使って、マスコミの露出度を高めることだけを狙った行動をとるのは、控えるべきだ。

 第二に、西浦教授は、相変わらず自分の計算式の条件を全く語らない。たとえば入国想定する10人の感染者が、入国後にどのような行動をとるか、どれくらいの期間日本に滞在するか、どれくらいの感染率がある地域から入ってくるか、等によって、試算結果が変わるはずであるのは、言うまでもない。何をもって平均値の根拠とするかによって、試算結果は全く異なるものになる。その根拠の妥当性を議論するのが、科学というものだろう。ところが西浦教授は、常に一貫して、計算根拠を明らかにしない。

かつて西浦教授は、記者会見の場で、データ開示を求めるメディアに対して、忙しいのでできない、と答えたこともあった。SNSを通じた自らの主張の発信に熱を入れながら、そう答えていたことがあった。

 通常は、将来の予測モデルは、妥当と言える変数の範囲を定めて、現実的に予測される範囲で最悪の場合に・・・、といった言い方で、結果を示すものだ。しかし、西浦教授は、あたかも世界の真理を知っているかのように、常に断言調で、ただ一つの結果の可能性だけを告げる。

 西浦教授が付け加えるのは、「125百万人の国民の生活の全てにおける人と人の接触の8割の削減」といった絶対に測定不可能な抽象理念だけであり、その抽象理念に付属する数字だけである。「入国感染者10人の場合」というのも実は同じで、決まりきった行動しかしない「ミスター感染者」といったロボットが次々と入国してくるわけではない現実からすれば、極度に抽象化された話である。

 「42万人死ぬ!」の時には、415日の感染者増加率が明らかに鈍化していた時期になってもなお基本再生産数2.5という現実から乖離した条件に固執していたため、議論を呼んだ。そこで最近では基本再生産数を下方修正して計算しているようだが、「ミスター専門家」西浦教授がその時々の気分や決断で判断した計算式が、絶対に正しいなどという保証は、もちろんどこにもない。科学者として真摯に行動するのであれば、自らの計算の根拠やデータを、すべて公に明らかにして、公平な精査を仰ぐべきではないか。

 ちなみに基本再生産数2.5は欧州において記録されたことがあるというが、欧州の被害が世界的に見て高すぎるのである。数多くの日本の科学者は、「欧米が世界の中心です」、という価値観に染まっており、せいぜい「アジアに日本以外にも国があることは知っています」程度の世界観で生きている。しかし、西浦教授が研究滞在したイギリスのインペリアル・カレッジの有名教授でも、見込み違いの見解で批判されいるのが現実だ。「世界の中心は欧米だ、俺は世界の中心を知っている」という態度ではなく、目の前の現実を真摯に見据えて、自分の見解の根拠を常に公にさらしていく態度が、研究者としてのあるべき姿ではないだろうか。http://agora-web.jp/archives/2046302.html 

 第三に、西浦教授は、いつも根拠不明な踏み込んだ主張をしすぎる。入国感染者による「大規模感染」の件でも、「多数の感染者が入国すると検疫で食い止めるのは限界があるので、入国者そのものを制限する必要がある」と主張している。だが、検疫体制がどうなるかは、まだ将来にわたって整備される話であり、そもそも感染症数理モデルによって証明できる話ではない。それにもかかわらず、西浦教授は、単なる個人的な憶測だけを振り回して、断定的な結論を正当化するだけでなく、他人の糾弾までするのである。

 西浦教授は、「制限の緩和については政府が判断をしているが、感染リスクをどこまで踏まえているのか、透明性をもって明確に語られていない状態だ」と語り、「検疫や入国制限は省庁の管轄がそれぞれ異なり、縦割りの状態にある。政府が一体となって、感染者が入国するリスクを分析し、制限を掛けたり緩和したりする仕組みを急いで作らなければならない」とも述べる。https://blog.goo.ne.jp/jp280/e/a9edc9edd8117c8cfce624942338ce16 

 しかし不透明なのは、西浦教授のこうした断定的な発言の根拠のほうだ。政府はまだ入国について何も目立った判断をしていない。ただ西浦教授が「大規模感染起こる!」と脅かしているだけの状態である。それなのになぜ西浦教授ではなく、政府のほうが、「制限の緩和については政府が判断をしているが、透明性をもって明確に語られていない状態だ」などと言われなければならないのか。西浦教授は、政府批判に熱を入れる前に、まず科学者として真摯な態度で、自らの「制限の緩和モデル」の判断の根拠を、公の議論にさらしていくべきだ。

 SNSでは、西浦教授が、クラスター対策班に入ってからの報酬の辞退を希望したということが、英雄的な美談として扱われている。https://twitter.com/ShinodaHideaki/status/1271295772412112896 西浦教授としては、妻の柏木知子氏が小樽検疫所勤務の厚労省医系技官であり、その上司の石川直子厚労省医系技官が専門家会議副座長を務める尾身茂氏が理事長を務める地域医療機能推進機構の理事であり、その人的関係が「厚労科研」の流れに関する議論の対象になったりすることもあるため、自重したという背景もあるのかもしれない。https://www.fsight.jp/articles/-/46916

 だが西浦教授が、毎日厚労省に通勤してデータを独占していたにもかかわらず、しかし「独立性」を主張して、正規のメンバーではない専門家会議の記者会見に現れて座長の発言と一致しない内容を断定的に述べたり、「クーデター」を起こして「42万人死ぬ!」を一斉にマスコミに流したり、政府の方針に真っ向から挑戦して「感染者ゼロ」を目指す国民運動を厚労省の中から主導していた事態は、果たして「報酬をもらわなかった」ということによって、全て綺麗さっぱりと清算される事柄なのか。

 独立した研究がしたいなら、大学で研究に専念し、一人の在野の研究者として発言をすればいい。

報酬さえもらわなければ、厚労省内部にべったりくっつきながら、その一方で一切責任をとることもなく国民を脅かす発言をし続けてもいいのか。それが真摯な研究者のあるべき理想の姿なのか。あらためて疑問が残る。

 緊急事態宣言はそもそも必要だったのか、という議論がなされている。これについて一言述べてみたい。

私自身は、「緊急事態宣言の検証」という題名の文章を13回書き、その他の文章も書く中で、47日に宣言が発出された直後から「増加率の鈍化」が起こっていたことを指摘していた。その後、4月中旬からは、新規感染者数は減少に転じたことも指摘し続けた。単純に数字を見ればわかることだった。しかし、それを無視した言説ばかりがあふれていることに苛立ったこともあった。https://twitter.com/ShinodaHideaki/status/1267465784235708416

 5月の「延長」決定後に、ようやく専門家層の発言も変わり始めた。そして緊急事態宣言終了後の529日「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」において、「新規感染の『感染時期』のピークについては、4 1 日頃であったと考えられており、4 1 日頃までには実効再生産数が 1 を下回ったことが確認されている」(15頁)と記されたことにより、「ピーク」が緊急事態宣言発出前に過ぎていたことが公式見解として確立された。file:///C:/Users/H.Shinoda/Documents/%E7%AF%A0%E7%94%B0Works/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0/%E7%8A%B6%E6%B3%81%E5%88%86%E6%9E%90%E6%8F%90%E8%A8%80.pdf 

 そこで「もしピークが47日より前だったとしたら、本当に緊急事態宣言を発する必要があったのか?」という問いが出てきた、というわけである。

 だがこれについては、529日の専門家会議記者会見で尾身茂・副座長が繰り返し説明していたことに尽きると思う。https://www.youtube.com/watch?v=dTyYkV_lYco&fbclid=IwAR1dqLHpLNShWyJAAxzsWG0h0R_rEgQ4FAsCwEFuuOht0dnixz6_0GdvxvI 

 結局、緊急事態宣言は、「医療崩壊を防ぐ」ために行われたのである。実は47日の緊急事態宣言発出にあたって安倍首相は、そのことを自らの会見の冒頭で強調した。なぜ誰もそのことを思い出さないのか、安倍首相の説明の仕方が悪かったのか、メディアが常に話題作りのことだけを考えて他人の話に耳を傾けないのが悪いのか、私にはわからない。しかし安倍首相は47日の記者会見で、緊急事態宣言の目的が「医療崩壊を防ぐ」である点を、はっきり述べていた。

「医療崩壊を防ぐ」を政策目標とする考え方とは、つまり感染者(重症者)と医療提供体制との相関関係を重要な政策判断ポイントとする考え方である。「医療崩壊を防ぐ」という目標に照らして政策を評価するということは、常に医療提供体制と照らし合わせて、感染のピーク時期や増加スピードを評価するということである。

そこで他国との比較における日本の感染状況の評価などは、「医療崩壊を防ぐ」という目標にてらせば、無関係である。重要なのは、日本(の各地域)の感染状況と日本(の各地域)の医療提供体制との関係だけである。

47日の時点で「医療提供体制も逼迫してきていた」(『状況分析・提言』2頁)ことが事実であれば、緊急事態宣言は首尾一貫したものとして正当化できる。なぜならいずれにせよ「医療崩壊」を防ぐためには追加的な感染者数の減少化措置が望ましかったと言えるからである。

この評価は5月になって行われた「延長」に対しては、より微妙なものになる。なぜなら感染者数の減少がすでに顕著に進展し、医療提供体制も持ち直し始めていたからである。

その状況を見た吉村府知事が、「医療崩壊を防ぐ」ことが確認できれば自粛を解除すると定めた「大阪モデル」が注目され、歓迎されることになった。結果として、「大阪モデル」がけん引する形で、「日本モデル」の「医療崩壊を防ぐ」ための緊急事態宣言は早期に終了していった。

現在は、緊急事態宣言の再発出の恐れがないか、といったことが、感染者数の日々の増減に応じてささやかれてもいる。しかし再発出は、「医療崩壊を防ぐ」という目的にそって行われるのでなければ、論理一貫性がない。たとえば大阪ではICU病床数の拡充といった医療提供体制の充実を図っているということなので、こうした地域では将来の「医療崩壊を防ぐ」の敷居は上がることになる。http://agora-web.jp/archives/2045885.html 日々の新規感染者が前日より多いとか少ないとかだけで、緊急事態宣言を決定すべきではないのである。

「第一波」「第二波」といった言葉が独り歩きしている場合もあるが、現実の社会状況を見て「第二波」を言うのでなければ、机上の空論である。

なお529日の専門家会議記者会見では、相変わらず本旨に沿ったやり取りが少なく、質疑応答の大半が「議事録を公開しないのか」といった質問をめぐるやり取りにあてられていた。おなじみのような光景とはいえ、残念であった。座長・副座長が、「とにかく『状況分析・提言』を読んでほしい」とどんなに訴えても、なお「専門家会議として議事録を出すように政府に訴えないのか」といったことだけを言い続ける記者たちがいた。

こんな記者たちに議事録を見せると、記者たちが『状況分析・提言』をますます読まなくなることは間違いないだろう。そして「何か政府批判になる種はないかな?」といった関心だけに引き寄せて議事録を渉猟し、混乱した話を盛り上げようとするに違いない。議事録は、残すべきだが、公開しなくていい。

 緊急事態宣言が終了し、「日本モデル」が何だったのか?という議論が盛んになっているようだ。私はかねてより、専門家会議尾身茂副座長が繰り返しているように、「クラスター対策、医療体制、国民の行動変容」の三つの領域に特徴がある、と指摘している。https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72367

 これら三つの領域の活動が横断的に重なって成立しているのが「三密の回避」だ。保健所が積み上げたデータを、専門家層がクラスター分析につなげ、効果的な国民の行動変容を導き出した。https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72367

 専門家会議委員/クラスター対策班の押谷仁・東北大学教授は、この「日本モデル」の司令塔だろう。雑誌『外交』最新号に掲載されたインタビューは「日本モデル」の最適なガイドになっている。http://www.gaiko-web.jp/test/wp-content/uploads/2020/05/04_Vol.61_P6-11_Infectiousdiseasemeasures.pdf

 529日に公表された専門家会議の「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」に「補論」として収録された「我が国のクラスター対策について」は、押谷教授の監修と推察されるが、非常によくできている。https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000635389.pdf#search='%E6%96%B0%E5%9E%8B%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87%E5%AF%BE%E7%AD%96%E3%81%AE%E7%8A%B6%E6%B3%81%E5%88%86%E6%9E%90%E3%83%BB%E6%8F%90%E8%A8%80%E3%80%8D%EF%BC%88%E4%BB%A4%E5%92%8C+2+%E5%B9%B4+5+%E6%9C%88+29+%E6%97%A5%EF%BC%89'

そこでツィッターで外務省の広報費か何かで、せめてこの『補論』だけでも英訳できないものか、とつぶやいたところ、公衆衛生の修士号を持つ英語・日本語堪能だという匿名の方が、訳したものをメールで送ってくれる、という出来事があった。素晴らしいご厚意に感謝!!

私も微調整した翻訳版は、以下のとおりである。今後、海外(在住)の方で、日本のCOVID-19対策にご関心をお持ちの方がいらっしゃったら、使ってほしい。

http://shinodahideaki.blog.jp/archives/35262207.html

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