「平和構築」を専門にする国際政治学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda なお『BLOGOS』さんも時折は転載してくださっていますが、『BLOGOS』さんが拾い上げる一部記事のみだけです。ブログ記事が連続している場合でも『BLOGOS』では途中が掲載されていない場合などもありますので、ご注意ください。

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 ニコニコ動画『国際政治チャンネル』の出演で土曜の夜に外出した。https://live2.nicovideo.jp/watch/lv329258319 帰宅の途についたのは23時台だった。「第三波」の渦中で夜遅くに都心を地下鉄で移動するのは初めてだったが、かなりの数の明らかに飲食店帰りの人々が電車に乗っている印象を受けた。

例年の師走よりは減っているのだろうが、諸外国の人々が見たら衝撃を受けるだろう。1212日土曜の東京の新規陽性者数は621人(7日移動平均481人)だったが、どうやってこれだけの数の人々が繁華街に出かけていて、なおそのような低水準の陽性者数に抑え込めているのか、と驚くのではないかと思う。

おそらく感染拡大傾向にあっても、師走の社交行事を完全にはキャンセルできないのではないか。人々がそれなりの年の瀬を迎えている中で、客観的に見て新規陽性者を減らすのは難しい時期になっていると感じざるを得ない。

 ただ全員がマスクをして、ほとんどの人が押し黙って電車に乗っている。それなりに最大限の感染防止は心がけているだろう。どこで社会経済生活の維持と感染予防策の折り合いをつけるかは、政策論の問題でもあるが、結局のところ、社会意識の反映でもある。

11月になってから、私はまたエクセル表に新規陽性者数を打ち込んで、平均値や増加比の計算式にのせる作業を行い始めた。すでに書いてきたように、11月中旬をピークにして、新規陽性者の増加は鈍化し始め、11月末から12月初旬は横ばいと言っていい状態に入っていと観察していた。

 ただし、ここ数日の新規陽性者を見ると、再び増加に転じている傾向が見られる印象を受ける。連休の影響で鈍化が増加に反転するような場合、すぐに鈍化傾向が戻ってくる。しかし師走の人出で増加圧力が生まれていると仮定すると、なかなか減少傾向にまで持っていくのは難しいのではないか。

 陽性者を減らせないのでなければ、医療崩壊を防ぐ何らかの手段を考えなければならない。医療崩壊を防げそうにないのであれば、陽性者を減らす手段を講じなければならない。

 政治判断が迫られるだろう。

 尾身分科会会長が「勝負の3週間」を宣言してから、2週間が過ぎた。極めて残念ながら、3週間がたって、少なくとも画期的な成果が出そうな気配はない。

 これは残念な事態だが、尾身会長の責任ではない。尾身先生や押谷先生を信奉し続けている私は、第二波では落ち着きを見せ続けていた彼らが、第三波では11月初旬からかなり強い調子で警告を発し続けていることに注意を払っている。第二波と同じように進まないとしても、それは、尾身会長らが警告したとおりに、乗り切ることがより困難だからだ。

 北半球の全域で大規模な感染拡大が起きている。大規模PCR検査の優等生とされた韓国でも感染拡大が起きている。一時期、韓国やニューヨークは大規模PCR検査で感染拡大を防いだ、といったその場の限りの主張が広範に見られたときがあった。その主張が誤りであったことは、現在の各地の状況が示している。感染拡大は日本だけに起きているわけではない。日本人の誰かの責任で起こっているわけでもない。幸い世界の状況から見て、相対的にはまだまだ日本の被害は少ないのである。落ち着いて建設的に次なる対応策を考えるときだ。

 私は一貫して、尾身分科会会長や分科会(旧専門家会議)のキーパーソンである押谷仁教授を称賛し続けている。現状を見ても、彼らの的確な活動がなければ、被害がもっとひどいものになっていたであろうことは間違いない。今の日本に、いや恐らく世界のどこに行っても、彼らに代わる人材はない。今後も、信頼すべき人々を信頼して、建設的に対応策を検討すべきである。

 物書きとしての私の失敗は、旧専門家会議の指導の下で動いていた日本の新型コロナ対策の取り組みを、「日本モデル」と呼んでしまったことだ。この言葉を最初に使い始めたのは私のようだ。しかし、この概念は、何としても日本政府を批判し、日本のパフォーマンスが高いということを否定し続けたい左派系を中心とする人々の反政府の闘争本能に火をつける効果を持ってしまった。

私が「日本モデル」という概念化を試みたのは、称賛すべき人たちを称賛するためにそのような概念化をしたかったからでもあり、また同時に、今後の改善につなげていくために日本の取り組みの長所と短所を整理したかったからでもある。私は冬になる前に法改正をして、取れる対策の強化・拡大を図るべきだと考えていた。公刊した対談集では、憲法改正を急いで緊急事態条項を入れるべきだ、とも主張している。https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%8D%E5%AE%89%E3%82%92%E7%85%BD%E3%82%8A%E3%81%9F%E3%81%84%E4%BA%BA%E3%81%9F%E3%81%A1-WAC-BUNKO-330-%E4%B8%8A%E5%BF%B5/dp/4898318304/ref=sr_1_1?dchild=1&qid=1607816560&s=books&sr=1-1

 しかし船橋洋一氏らの報告書では、「日本モデル」という概念を安倍首相が口にしたこと自体が、徹底した非難の対象になった。事前に精緻に作り上げた戦略もないのに「日本モデル」とか口にするな!といった言葉狩りである。私としては、政府関係者の皆さんにも申し訳ない気持ちになり,いたたまれない思いになった。おかしな事業評価手法 ~ 日本学術会議、そして民間臨調報告書 – アゴラ (agora-web.jp)

 非常によくないのは、いつの頃からか、「生命vs経済」の図式が定着してしまい、議論が二項対立の硬直状態に陥ってしまっていることだ。本来の日本の政策は、社会経済活動への悪影響を最小限にとどめながら、感染拡大を防いでいく「抑制管理」型だ。調整を図りつつ、時には強めの抑止をするために緊急事態宣言を導入したこともある。

 ところが「生命vs経済」の図式で、「専門家vs政治家」も全部あてはめようとするし、実態として「野党・マスコミvs政府」という図式も重なってくるので、建設的な議論が行えない不健康な構図だけが確立されてしまった。特に「日本モデルなどというものはない、あるのは生命vs経済あるいは専門家vs政治家だけだ!」運動の方々によって、こうした尾身会長らの努力もかき消され気味になってしまったのは、大変に残念である。

 船橋洋一氏らは、政治家や官僚へのインタビューを根拠にして「日本モデルなどはない!」という結論を急ぐが、本来であれば、尾身会長や押谷教授の考えを伝えるために、報告書を書いてほしかった。私が使い始めたときの「日本モデル」の概念は彼らのためにあったし、彼らの努力を助けるためにこの概念を使い始めた。

 しかし船橋洋一氏らの大々的で徹底した運動もあり、誤解を招くので、最近は私もあえて「日本モデル」という概念を使うのをやめている。結果として、尾身会長や押谷教授の取り組みを概念する手段を欠くことになってしまったのは、私としては大変に残念だ。

 いずれにせよ、今恐れるべきは、社会の分断である。振り回された「生命vs経済」の二項対立図式に、強引に「専門家vs政治家」なども押し込められてしまったうえに、反政府言論のネタを渇望している左派メディアや野党勢力が群がっている。このままでは日本もアメリカ社会を後追いして社会の二極分断の中で、効果的な政策を打ち出せないどころか、建設的な政策論さえ行えないような状況に陥るのではないか、と危惧せざるをえない。https://gendai.ismedia.jp/articles/-/78068 

 新型コロナよりも恐ろしいのが、社会の分断だ。ある意味で、日本が持っている唯一にして最大の武器が、それで失われる、という気がする。今後そこが問われてくるだろう。

 

日付

新規陽性者数

直近一週間の陽性者数

7日移動平均

前日からの増加比

直近一週間の増加比

11/1

606

4821

689

103%

121%

11/2

482

4902

700

102%

121%

11/3

868

5121

732

104%

121%

11/4

607

5004

715

98%

115%

11/5

1049

5249

750

105%

116%

11/6

1137

5617

802

107%

123%

11/7

1302

6051

864

108%

129%

11/8

938

6383

912

105%

132%

11/9

772

6673

953

105%

136%

11/10

1278

7083

1012

106%

138%

11/11

1535

8011

1144

113%

160%

11/12

1623

8585

1226

107%

164%

11/13

1704

9152

1307

107%

163%

11/14

1723

9573

1368

105%

158%

11/15

1423

10058

1437

105%

158%

11/16

948

10234

1462

102%

153%

11/17

1686

10642

1520

104%

150%

11/18

2179

11286

1612

106%

141%

11/19

2383

12046

1721

107%

140%

11/20

2418

12760

1823

106%

139%

11/21

2508

13545

1935

106%

141%

11/22

2150

14272

2039

105%

142%

11/23

1513

14837

2120

104%

145%

11/24

1217

14368

2053

97%

135%

11/25

1930

14119

2017

98%

125%

11/26

2499

14235

2033

100%

118%

11/27

 

2530

14347

2049

100%

112%

11/28

2674

14493

2070

101%

106%

11/29

2041

14384

2054

99%

100%

11/30

1429

14300

2042

99%

96%

12/ 1

2019

15102

2157

105%

105%

12/ 2

2419

15591

2227

103%

110%

12/ 3

2507

15599

2228

100%

109%

12/ 4

2425

15514

2216

99%

108%

12/ 5

2508

15348

2192

98%

105%

12/ 6

2058

15365

2195

100%

106%

12/ 7

1502

15368

2195

100%

107%

12/ 8

 

2148

15497

2213

100%

102%

12/ 9

2802

15880

2268

102%

101%

12/10

2948

16321

2331

102%

104%

12/11

2781

16677

2382

102%

107

12/12

3024

17204

2457

103%

112

(小数点切り下げ、1212日新規感染者数は報道による暫定値)

タイトルなし1

新型コロナの「第三波」はまだ終わりが見えず、苦しい状況が続く。ここで最も警戒すべきは、「生命vs.経済」の図式にのっかった二項対立的な社会の分断だ。二極分化の構図は、全ての建設的な議論を無効化する落とし穴のように働いていくだろう。https://gendai.ismedia.jp/articles/-/78068  

そんな中、西浦博教授の新刊『新型コロナからいのちを守れ!』を読んだ。かなり威勢のいい題名で少し身構えるところがあったが、内容は落ち着きのあるもので、感銘を受けた。

冒頭の「はじめに」における「一、自らの研究者としての実力は確かであり、それを役立てられること」という宣言から始まるのは、やはり身構えざるを得ないようなものである。ただ、本文中では、自分が頑張らなければ日本における理論疫学/感染症数理モデルを専門にする後進に迷惑がかかる、という心情で身構えてしまっていることの説明が何度か吐露されており、それは本心なのだろうということは伝わる。

つい先日、西浦教授から直接ツィートをいただくという光栄があった(ちなみに私は西浦教授のフォロワーだが、西浦教授は私のフォロワーではない)。

https://twitter.com/nishiurah/status/1336155729057615872 

1125日の記事で西浦教授が「都市部では指数的関数的拡大」が見られると話しているのを見て、私が果たして本当に「指数関数的拡大と言えるのか」という疑問を提示したためだ。私は1127日のブログで疑問を提示しているので、西浦氏のツィートの内容は該当しないと、自分自身のツィートでつぶやいた。http://shinodahideaki.blog.jp/archives/36577164.html 

その際、少しRt1以下にならないという問題があるのはわかるが、それは「指数関数的拡大が起こっているか」という話とはまた別だろう、といったこともつぶやいたのを、おそらく西浦教授のファンのどなたかが西浦教授に通報したのだろう。

西浦教授は127日の私の記事の題名だけを見て反応されたのだろう。しかし127日記事は、27日ブログで書いたことの追記のようなものに過ぎない。私がそのことを述べると、西浦教授は冷静になってくれた。

https://twitter.com/nishiurah/status/1336159207037407233 

https://twitter.com/ShinodaHideaki/status/1336161286917218305 

大変な渦中を潜り抜けられたので物事に過敏になられているのは当然だろう。もちろん私が西浦教授について何度も書いてきている人物であることも関係しているかもしれない。

私が最初に西浦教授について書いたのは、323日だ。http://agora-web.jp/archives/2045006.html 私の西浦教授への期待は大きく、私は次のように書いた。

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今、日本において、西浦教授ほど重要な人物は他にいないのではないか。私が政治家なら、即座に巨額の研究資金を西浦教授に預けるために奔走する。間違っても来年度の研究費の申請書作りなどのような事柄に、西浦研究室のメンバーを従事させてはいけない。

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しかしその後、ツィッタ―での発信などに余念がなく、研究者というよりも社会運動家のようになってしまったように見える西浦教授の姿に、僭越ながら私は不満を覚えるようになる。http://agora-web.jp/archives/2045340.html

42万人死ぬ」の記者会見の後は、こうした行動は研究者としての西浦教授ではなく、社会運動家としての西浦教授の行動なのではないか、という疑念がいよいよぬぐえなくなった。http://agora-web.jp/archives/2045481.html 

西浦教授に対しては「最悪の被害想定を述べただけだ」という擁護論が根強いが、それは415日の時点で記者会見を開いて披露した見解の正当化理由としては、不十分だ。新規感染者数がすでに鈍化し始めていた段階でなおそのような発言で人々の不安をかきたてること努力をすることは、マラソンの途中で、急に50メートル徒競走の全速力を子どもに命じているようなやり方で、全く長期戦向きではない。私はそう考えた。それでその後もこだわり続けることになった。http://agora-web.jp/archives/2045808.html  http://agora-web.jp/archives/2047913.html 

今回の著作では、私こそが真の専門家、といった肩ひじを張ったトーンの文章だけでなく、西浦教授の率直な思いも語られているのが興味深かった。「42万人死ぬ」事件の述懐について引用させていただきたい。

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押谷先生とは、この件では事前に打ち合わせができていませんでした(発表の当日朝に電話しようとしてくださっていたとご本人からうかがっています)。この後、第一波の間にこの話についてもっとも気を揉んでくださったのが押谷先生なのですが、先生は体調を崩されてあまり出てこられない時でもありました。それで、後々に押谷先生からは、「これは首相が言うべきことなんだ」「調整が整わないんだったら言ってはいかんのだ」といったふうに諭されました。僕が世間から批判されるのを誰よりも心配してくださったから、ここで相当に私を叱ってくださったのですよね。

一方で、激昂されたのは、「励ましが足らない」ということです。ここで何人死ぬというようなメッセージは脅し・恫喝に近いニュアンスのようにさえ受け取られるリスクがある。専門家で今後の対策を思慮深く考えるならば、「いま自粛すればゼロが一つ二つ取れていく」という話をもっと強調すべきだった、と僕も反省させられました。

実際のところ、僕だけではなくて押谷先生はこの件について「西浦さんが困難な立場に置かれたじゃないか!」と前述の科学コミュニケーションのチームに対しても強く苦情のように話されてきました。それ以降、押谷先生は何度も「俺たちはデータ分析に徹するべきだ」「リスク管理に立ち入りすぎたらいけない」「緊急オペレーションセンターには広報部署は要らないんだよ」と主張されました。表舞台でもほとんど話さなくなり、実際に押谷先生は事後検証の新聞やテレビのインタビューなどもほとんど受けられなくなったのです。

武藤先生にもずっと後になって間接的にチクッと言われたんですけど、僕はピュアにやりすぎている、と。僕自身ももっと賢くならないといけないんだなと教えられました。
 (『新型コロナからいのちを守れ!』[中央公論新社]186-187頁

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非常に興味深いやりとりだ。私はこれらの方々に全く面識がないのだが、関心をもって発言を追っているうちに抱くようになった人物像そのままである。

西浦教授に「ピュアな」正義心があふれていることに疑いの余地はないだろう。そのために強固なファンがついているし、同時に批判者もついた。

押谷教授は、その正義心にも、厳しい言葉を発したという。押谷教授の徹底したストイックな姿は、研究者の鏡だ。私は学者の端くれとして、こうした鬼気迫る学者の発言には、心を震わせられるものを感じる。私のようなうだつの上がらない平凡な学者にとっては、圧倒的な魅力だ。研究者の鏡と呼ぶべき人物が、研究者として社会に多大な貢献をしている事実に、ただ素直に感動を覚える。

私は西浦ファンの間では西浦教授の批判者として知られているようだが、私個人の気持ちとしては、私は、要するに、尾身会長と押谷教授のファンである。そのことは繰り返し表明しているし、お二人を何度も「国民の英雄」と呼んで称賛してきている。

西浦教授の行動に批判的なことを書いてきたのも、西浦教授の正義心が「真の専門家の科学的な行為」になってしまい、押谷先生のようなスタイルが埋没してしまうことを、非常に不満に感じたからだ。要するに、私は尾身先生や押谷先生を、微力ながら守りたいだけなのである。

そのため私は、今回の著作で、西浦教授が繰り返し尾身会長や押谷教授を称賛しているのを読んで、深い安どの気持ちを覚えた。

西浦教授には、分科会から外れたところで、さらにいっそうの研究で貢献し、外から尾身会長や押谷教授を助けていっていただければと、切に願う。

 新型コロナの新規陽性者数が、ほぼ横ばいの状態が続いている。あるいは一進一退といってもいいだろう。増加圧力を押し戻す鈍化の傾向が11月半ばからは続いていることを私は観察してきたが、新規陽性者数の減少にまでも持ってくることができない足踏みのような状態が続いている。高止まりと言ってもいい状態でもあるわけなので、ほんの数パーセントの増加でも「過去最高」の数になったりするのがニュースになっている。実際には、一進一退である。

 この状態で苦闘しているのが、Google AI予測だ。1117日にデビューしたGoogle AI予測には、毎日修正が入っている。どういうわけか、いつも二日前のところを現在値にして予測の修正がなされるので、報道と照らし合わせると、直近二日間の予測が、「どう外れたか」がすぐに分かる仕組みになっている。

毎日の予測がぴったりとあたることはほとんどないので、厳しく言えば、常に外れ続けているわけである。むしろ大きなトレンドの予測だけを見せるために、週に一度程度くらいの頻度でだけ、修正を加えたらいいのではないかという気もするが、そうはなっていない。そこで毎日の更新の中で、面白い現象も起こった。

予測は、1117日に、図のような曲線を描いて、28日間で死者555人、新規陽性者51,605という数字で始まった。1117~129日の23日間の死者数は552人なので、当初の予測は過小気味であったかもしれないが、だいたいの大きなトレンドは捉えていたのかもしれない(現在の一日当たり死者数は7日間平均で35人程度)。1117~129日の23日間の新規陽性者数は47,769人である。これについても当初の予測は過小気味であったかもしれないが、ほぼ大きなトレンドを捉えたものであったのかもしれない(現在の一日当たり新規陽性者数は7日間平均で2,300人程度)。

 1

 

 ところが、実際の死者数と新規陽性者数の増加は、28日間の数字の近似にもかからわず、Google AIが予測した曲線にそって進んだわけではなかった。そのため日々の修正の中で、Google AIは何度か大幅な予測変更を行っている。私がそのことに目を止めたのは、124日だ。その日の予測は際立っており、かなり変則的であった。

 2

 

死者数は減少し始めると予測しているのに、新規陽性者数は大幅に上昇し続け、年末には一日17千人、日によっては2万人を超える日もあると予想したのだった。さらに目を見張ったのは、大阪の甚大な被害の予測であった。

 3

 

 大阪では、死者数は30人にとどまるが、新規陽性者数は127,000人という大きさになると予測されていた。これは東京のそれぞれ27人と36,166人と比べても、圧倒的な新規陽性者数の多さであった。

 Google AIは各都道府県ごとに予測を出すが、少しの評価の違いが、普通では説明不能にしか見えない変則的な差を生み出してしまうようだ。

 果たしてGoogle AI予測に、人間的な介入が働いたのだろうか。翌日の125日には大幅に修正された予測が映し出された。

 4

 死者数は、上昇し続ける曲線へと上方修正された。新規陽性者数は、なだらかな曲線に変わり、年末になってもせいぜい一日3,000人を超える程度の水準に上がるだけだと下方修正された。

 なぜたった一日でこのような大幅な修正が行われるのか。予測には説明や解説が付されていないので、全くわからない。

 しかし同じような現象は何度も起きているように見える。128日の予測は次のように、再び死者数が減少する一方で、新規陽性者数は増加し続けるというものだった。死者数は、前日の7日までは一貫して上昇し続けるという予測だったが、8日になって突然減り始めることになった。

 5

 ところが9日にはもう横ばいが続くという予測になってしまった。
6

 ちなみに最新の12月10日の予測では、いつのまにか大阪の新規陽性者の予測は軽減され、東京のほうが2倍以上の新規陽性者を出すという予測に変わっている。ただし死者数は大阪のほうが多くなるらしい。

 7

 

 私は、感染傾向に、あたかも物理学の法則のようなものが働いているかのように見ようとする人々には、懐疑的な気持ちを持っている。感染は、人間的な営みで起こってくるものだ。人間的な動向の変化で、傾向は変わる。新規陽性者の推移に、宇宙の運動法則のようなものを見出そうとするのは無理ではないかと思っている。

 その意味では、Google AIのように、常に柔軟に予測を修正し、絶えず現実の動きから学び続けようとする姿勢は、評価されるべきものだ。

 しかし、それにも程度がある。毎日、毎日、あまりに激しく予測が動くと、一つの仮説的な予測としての意味も失われてくるのではないか。たった一日で消滅してしまう予測でしかないならば、いったい誰がその予測を指針にして政策を考えるだろうか?

 Google AI予測が、これからどういう発展を見せていくのか、興味を持たざるを得ない。

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