「平和構築」を専門にする国際政治学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda なお『BLOGOS』さんも時折は転載してくださっていますが、『BLOGOS』さんが拾い上げる一部記事のみだけです。ブログ記事が連続している場合でも『BLOGOS』では途中が掲載されていない場合などもありますので、ご注意ください。

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 1776年アメリカ13州の独立宣言には、次のような有名な文章がある。「われわれは、以下の事実を自明のことと信じる。すなわち、すべての人間は生まれながらにして平等で あり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられているという こと。」
 芦部信喜『憲法』は説明しないが、憲法13条はこのアメリカ独立宣言と酷似している。13条とは、次のようなものである。「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」なお11条では、「基本的人権は、侵すことのできない永久の権利」という表現もある。
 やはり芦部『憲法』は説明しないが、憲法前文とアメリカ独立宣言も酷似している。「自明の真理」を宣言した文章の後に、独立宣言では次のような文章が続く。「こうした権利を確保するために、人々の間に政府が樹立され、政府は統治される者の合意に基づいて正当な権力を得る。そして、いかなる形態の政府であれ、政府がこれらの目的に反するようになったときには、人民には政府を改造または廃止し、新たな政府を樹立し、人民の安全と幸福をもたらす可能性が最も高いと思われる原理をその基盤とし、人民の安全と幸福をもたらす可能性が最も高いと思われる形の権力を組織する権利を有する」。
 日本国憲法前文には、次のような文章がある。「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。」
 これが「人類普遍の原理」とされているのは、当然、アメリカ独立宣言と酷似していることを意識したからだろう。ちなみに日本国憲法における「国民」は、英語版の「people」の意訳であり、もともとはアメリカ独立宣言の主体である「people」と同じだ。同じ「people」が18世紀北米13州でも、20世紀日本でも、同じ種類の「不可侵の」権利を持っているので、「人類普遍の原理」とされるわけである。
 実は、日本国憲法で「原理」と呼ばれているのは、この「厳粛な信託」だけである。憲法典の「一大原理」は、「国政は、国民の厳粛な信託による」「人民の人民による人民のための政治」、という原則である。
 ところが憲法典に書かれている「一大原理」は、憲法学者の教科書と憲法学者の指導による学校教科書類によって、消されてしまうのが常である。日本の憲法の基本書から学校教科書にいたるまで、憲法には「三大原理」がある、と書かれているからである。生徒はそれを丸暗記するように求められる。
 しかし私は、「三大原理」には根拠がない、と思っている。日本国憲法にあるのは、「一大原理」である。そもそも人民が、自分たちの権利をよりよく守るために政府を設立する契約を結ぶ「信託」行為=社会契約論を、立憲主義の礎の「原理(principle)」として掲げないで、いったい何を立憲主義の原理とするというのだろうか。
 しかし憲法学者は、憲法典では原理ではない三つのものが「三大原理」だと主張し、憲法典で明示されている一つの原理が「一大原理」であるとは認めない。「三大原理」があるとされる場合、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義、である。「信託(trust)」は、消し去られる。
 なぜ消えてしまうのか。憲法学の基本書では、前文の「厳粛な信託」の「原理」を、「国民主権の規定である」、といった飛躍した表現でまとめてしまっている場合がほとんどだ。「信託」が消されてしまうのは、憲法学者が、それを「国民主権」の規定、などと安易に勝手に言い換えるからなのである。そしてこの主権者・国民は、絶対平和主義をどこまでも求め続けると決められている。
 平和は目的だ。原理ではない。憲法は「信託」という「原理」にもとづいて設定されている。その原理の上で、憲法は平和という目的を求めているはずだ。しかし日本の憲法学者によれば、この順番は逆である。何が何でも絶対平和主義が憲法解釈の一大原則で、あらゆる条項をなるべく絶対平和主義に近くなるように読み解かなければならない、とまず主張する。厄介な「信託」などは、消し去る。代わりに絶対平和主義を意思するとされる主権者・国民の至高性を強調する。そして、平和、平和、と連呼することになっている主権者・国民が、憲法学者の指導にしたがって、政府を制限するとき、立憲主義が生まれる、という想像力豊かなアイディアを振り回す。
 憲法9条解釈を例にとってみよう。木村草太・首都大学東京教授は、憲法13条が9条の例外としての自衛権を根拠づけるのだと主張する。13条を根拠とする自衛権は、個別的自衛権だけを認め、集団的自衛権は認めない、と主張する。ここで独特なのは、まず9条が13条に先立って自衛権を放棄し、その後、13条が個別的自衛権だけを例外化する、という論理展開である。(https://mainichi.jp/articles/20160503/ddm/004/070/010000c)
 しかし、憲法を前文からきちんと読めば、事情が逆であることがわかる。13条の権利を持つ人民が、原理としての「信託」行為で、政府を樹立する。そして、平和を達成してよりよく13条を実現するために、国権の発動としての戦争の禁止を宣言する。これが憲法の論理構造であり、「信託」によって成り立つ立憲主義の論理構成だ。
 9条で戦争放棄を宣言している時点ですでに、国民は13条の幸福追求権を持っているはずだ。13条は後付けで9条に例外を加えるための規定ではない。むしろ13条の権利をより一層強く守るために、平和を求める政策が求められ、その手段として9条の規定が定められている、と解釈すべきである。どんな犠牲を払ってでも絶対平和主義を貫こう、などという態度は、本来は、反立憲主義的であり、反9条的である。
 9条で戦争がない国際社会を目指すのは、国民の権利をよりよく守る原理にしたがってのことである。9条で国際法上の概念である自衛権が放棄されないのは、13条を危うくする形で独善的に平和が求められているはずはないからである。国際社会は平和であるほうが、13条の権利の保障に役立つので、9条で規定されたやり方が導入される。国際法における自衛権は認めるほうが、13条の権利の保障に役立つので、9条のやり方が導入される。そのように、9条を解釈すべきである。
 たとえ他国の防衛にあたる行為であっても、13条に役立つのであれば、合憲的である。たとえ国際社会全体の平和を守るための行為であっても、13条に役立つのであれば、合憲的である。13条は、日本国民への攻撃があった場合だけに適用される、といった解釈は、国民=国家の有機的存在を実体的に捉えすぎたドイツ国法学的な考え方であり、憲法典上の根拠がない。
 たとえば朝鮮半島有事の場合には、日本が攻撃される前の段階であっても、日本政府が憲法13条の観点から国民の安全に役立つと思われる措置をとることを、止めるべきではない。韓国や米国と協力して、日本国民の安全確保にも役立つ行動をとる日本政府に、「日本が攻撃されていないのに邦人保護するのはおかしい」とか、「米国や韓国と協力せず、どこまでも個別的に行動しなければならない」とか、「朝鮮半島の安全は日本人の安全と全く関係がない」、などと非難を浴びせるとしたら、それは全く独善的な態度であり、反13条の態度だ。
 木村教授は、本来は国際法の概念である自衛権を、13条で基礎づけようとする。この試み自体が、実はかなり異様である。たとえば、国際法上の民族「自決権」や海洋での「無害通航権」などの権利のいかなるものも、憲法典で根拠づけようなどとはしない。しかしただ自衛権だけは、憲法が根拠を示さなければならず、国際法はそれに従わなければならない、というのである。なぜ自衛権だけは根拠が憲法になければならないのか。実定法上の理由はない。憲法学者の思い込み以外には、全く何も他に理由がない。
 全ては、はじめの一歩で9条の絶対平和主義を措定し、あとは例外があるかどうかをチェックするのが、正しい憲法解釈の筋道だと思い込んでいることが原因である。
 繰り返そう。憲法の「一大原理」は、「信託」である。国民の権利を守る措置をとる社会契約上の権限を、政府に委託しているのが、立憲主義の原理である。政府は、国際平和を希求する際も、自衛権を行使する際も、この立憲主義の原理にそって、行動する。「信託」にそっているかどうかが、政府の行動の合憲性の審査基準である。
 これに対して憲法学者は、まず抽象的な絶対平和主義を包括的に設定し、それにしたがって政府の行動を制限したうえで、ただ政府に許可してもいい例外として自衛権を設定するかどうかを憲法学者に検討させるべきだ、と主張する。私は、そのような思考方法は、全く立憲主義的なものとは言えない、と考えている。

  前回のブログ記事で、「正義(justice)」を媒介にした「日米同盟の絆」について論じた。この点の理解は、さらに「交戦権」という9条に現れる概念解釈にも影響することについて、ふれておきたい。

 芦部信喜は、前文の規定を、あたかも「非武装中立」を求めるものであるかのように解釈した。私は、その解釈には、根拠がない、と考えている。芦部の姿勢は、「戦後民主主義者」の使い古された「中立」概念のロマン主義的使用である。つまり戦後日本のイデオロギー対立を持ち込んで憲法典解釈を行うものである。歴史的でも、実定法的でもない。単に国内政争的である。

 「中立」の概念は、国連憲章以降の現代国際法では、大きな変容を受けた。ほぼ全ての国家数である193の加盟国が、共通の集団安全保障体制に加入しているわけである。ひとたび国連安保理が決議を出せば、加盟国に「中立」の余地はない。憲章にてらして合法であるか違法であるかが問われる。

 冷戦時代、西側陣営にも東側陣営にも属さない諸国のグループを非同盟諸国と呼んだ。現在でも下位レベルでは、中立政策はありうる。しかしそれも安保理が行動するまでの暫定的な期間においてのみだ。

 日本人はよく、第二次世界大戦中の連合国=United Nationsが、そのまま国際連合=United Nationsになったことをスキャンダラスな発見であるかのように語るが、何も衝撃的なことはない。国連と、その他の同盟体制を、根本的に違うものとして峻別しようとするのは、一部の日本人の思い込みと誤解によるものでしかない。集団的自衛の同盟であった連合国と、集団安全保障の国連は、連続している。両者とも、その本質は制度的同盟である。

 国連の基本構想は、モンロー・ドクトリンを地理的に拡大させたアメリカ合衆国によって作られた。「中立」概念の歴史的変遷にも、アメリカ合衆国は、大きな役割を果たした。

 アメリカは、19世紀を通じて西半球世界で介入行動を繰り返す覇権国であった。他方、ヨーロッパの勢力均衡には関わらない「錯綜関係回避」原則も持っていた。つまり「新世界」の内と外で、全く正反対の政策をとっていた。

アメリカは、建国以来、戦時におけるイギリスの海洋における「交戦権(rights of belligerency)」の行使に反対し、中立国の権利擁護を主張していた。イギリスは、大陸諸国の戦争に介入する際には、圧倒的な海軍力を背景にして、大陸諸国への物資供与を、中立国との間の通商も含めて禁止し、海上封鎖を実施するのであった。イギリスは、交戦国の権利としての「交戦権」にもとづいて、たとえ中立国の船舶であっても、臨検等を行うことができる、と主張した。これに対してアメリカは海洋における自由な通商活動を維持するために、「中立国」の権利を主張し、「交戦権」否認の立場をとった。

周知のように、第一次世界大戦の際には、ドイツが中立国であるアメリカの船舶に対する攻撃を繰り返した。「交戦権」思想によるものであった。アメリカは、これに対抗して、参戦した。戦後、ウッドロー・ウィルソン大統領は、国際連盟の設立を通じて、モンロー・ドクトリンの適用範囲の地理的拡大を狙った。ただし議会の反対にあって、挫折した。

ヨーロッパでの戦争に巻き込まれることを恐れたアメリカ議会は、戦争の気運が高まってきた1935年、「中立法」を導入した。合衆国政府が、いかなる交戦国に対しても支援をすることを禁じるものであった。交戦国への支援が、アメリカがヨーロッパでの戦争に巻き込まれる要因になると考えたのであった。しかし、1939年以降、中立法は、大きく改変された。実際に戦争が始まった後では、ナチス・ドイツと戦うイギリスを支援することが必要だと感じられるようになったからである。引き続き戦争参加は見送りながらも、アメリカの安全保障のためには、むしろイギリスの防衛が必要だという認識が、FD・ローズベルト大統領をはじめとする多くのアメリカ人の胸中に生まれていた。

これによって「中立国」アメリカは、「非交戦(non-belligerency)」状態の国だということになった。「非交戦国」とは、依然として交戦国ではない国のことである。しかし、もし交戦国の一方に武器供与を行うのであれば、もはや伝統的国際法における「中立国」ではない。「中立国」から「非交戦国」へのアメリカの立場を位置づけし直すドクトリンの転換は、伝統的国際法から現代国際法へ、アメリカが大きく舵を切ったことを意味した。

この傾向を後押しする決定打となったのは、真珠湾攻撃であった。もともと満州国建設をめぐる日本の主張を、国際連盟は認めなかった。国際社会が侵略行為を認定した以上、不正を承認しない義務が諸国に発生し、中立は不可能となっていた。さらに真珠湾では、「非交戦国」アメリカが、日本からの一方的な先制攻撃を受けた。これによって、侵略国がアメリカを攻撃することを防ぐために、アメリカは中立国としての自己規制にとらわれるべきではない、という理解が、アメリカ人の心の中で固まった。

アメリカは、第二次世界大戦によって、侵略国に「交戦権」を認めるべきではない、そして、「非交戦国」も「中立国」としての法的規制に縛られるべきではない、と議論するようになった。かつてアメリカは、「中立国」として、交戦国の「交戦権」を否認した。「非交戦国」となったアメリカもまた、やはり交戦国の「交戦権」を否認する。ただし「中立」を原則化するドクトリンは、捨て去った。こうしてアメリカは、伝統的国際法から現代国際法への転換を完成させた。一貫して否認されたのは、交戦国の「交戦権」であった。

第二次世界大戦後、トルーマン大統領が行ったのは、国連およびNATOその他の同盟機構を通じて、モンロー・ドクトリンの適用範囲の地理的拡大を確定させたことである。

日本国憲法92項で否認されている「交戦権」とは、イギリスやドイツによる中立国・アメリカの船舶への攻撃の正当化などを想起させる概念である。古くから、アメリカ合衆国は、これを否認している。アメリカの観点からすれば、「交戦権」とは、「非交戦国」に対する先制攻撃も正当化する「古い国際法」の廃れた理論である。アメリカ合衆国は、一貫してこれを否認している。エリート軍人であったマッカーサー元帥は、こうした歴史に誰よりも精通していて、憲法9条2項を起草したはずだ。

 「平和を愛する諸国民の正義(justiceと信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しよう」という前文における決意を、さらには92項における「交戦権」の否認を、非武装中立論の表明だと勘違いすることが間違いなのは、そのような解釈が理想主義的すぎるからではない。文言上の根拠がなく、歴史的背景からしても根拠がないからである。

アメリカについて語ることを毛嫌いして、「押しつけ憲法論」批判を逆手にとり、アメリカの影を排する独善的な解釈を独善的であるがゆえに正当だと主張する風潮が、日本の憲法学を支配してきた。

しかし、憲法典解釈は、「芦部先生が言っていること」にしたがって行うことを目標にするのではなく、憲法典が表明している目的と、その目的を裏付ける歴史的経緯とをふまえて、行っていくべきだ。

 「護憲派」vs「改憲派」といった国内政争に勝ち抜く事を至高な目的として手段を正当化し、憲法典を解釈しようとする態度こそが、憲法9条の解釈を錯綜したものにし続けてきた大きな要因である。

 前回のブログで、日本の憲法学が「正義(justice)」に関する議論を避けてきたことを書いた。そしてアメリカ合衆国憲法の前文が「われら合衆国の人民は、より完全な連邦を形成し、正義(justice)を確立し・・・」という文章で始まっていることにもふれた。それはどういうことだっただろうか。もう少し踏み込んだ言い方で、補足をしておきたい。

 憲法9条の目的は、「正義と秩序を基調とする国際平和」だが、それはGHQ起草の前文と結びついている。前文では、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しよう」という決意が表明されている。つまり日本国民は、「平和を愛する諸国民の正義(justiceと信義に信頼」をして、自らの安全と生存を保持することを決め、9条を定めた。

 実は前文のこの部分は、非常に評判が悪い。他人の善意を信頼して非武装を掲げるという、非現実的なまでにお人好しの考え方に依拠した夢想的な規定だ、とみなされてきたからである。その背景には、9条を非武装中立主義の規定とみなす、日本の憲法学があった。

 「平和を愛する諸国民」とほぼ同じ、「平和を愛する諸国家」、という表現が国連憲章に見られる。したがって「平和を愛する諸国民の正義」を信頼する憲法前文が、国連=連合国を信頼していることは、明白だ。だが、国連の集団安全保障は思うように機能していない。国連は日本を守ってくれない。したがって、憲法は非現実的だ(・・・けれども理想主義で頑張ろう・・・)、と語られてきた。

 だが本当にそうだろうか。たとえば、国連憲章は、集団安全保障が機能しない場合には、51条にもとづいて個別的・集団的自衛権を行使できることを定めている。これにもとづいて世界中で発展したのが、集団的自衛権にもとづく安全保障の制度である。一部の血気盛んな憲法学者は、同盟ネットワークが、集団安全保障を破壊する、と論じる。しかし実際には、普遍的であるがゆえに実現が難しい集団安全保障を、地域的・部分的に実現して補足するのが、集団的自衛の安全保障ネットワークだ。

NATOや日米安全保障条約は、いわば地域的な集団安全保障の体制である。日本の憲法学者はこれを否定する。しかし国連憲章は否定していない。日本国憲法も、否定していない。地域的な集団安全保障、つまり根拠規定が集団的自衛権にあるような安全保障は、普遍的な集団安全保障と、連続性をもって結びついている。憲法から見れば、「平和を愛する諸国民の正義と信義に信頼して、自国の安全と生存を保持しよう」とする点では、全く変わりがない。

しかも「正義の確立」は、アメリカ人民が、合衆国憲法を制定した「目的」の一つとして、特筆しているものだ。日本国憲法が「信頼」する「平和を愛する諸国民」の筆頭国が、アメリカ合衆国である。合衆国憲法が確立する「正義」を、日本国憲法が「信頼」する、という論理構成が、そこに厳然と存在している。

これは何ら特異な解釈ではないはずだ。憲法制定当時、日本を占領していたのは、アメリカ合衆国である。憲法草案を起草したのは、アメリカ人たちである。そもそも憲法制定に至る太平洋戦争の終結は、300万余の日本人、10万余のアメリカ人の犠牲によって、もたらされたものである。いったい誰が、アメリカの「正義」を「信頼」することなくして、日本が自国の安全を確保できる、と夢想できただろうか。

合衆国憲法が、「正義を確立」する。日本国憲法が、「諸国の正義を信頼」し、自国の安全を保持する。これはアメリカ合衆国が主導して作成された国連憲章の論理構成であり、やはりアメリカ合衆国が主導し、日本の政策当局者が同意した、日米安全保障条約の論理構成でもある。

日本は、アメリカ合衆国などの諸国の「正義」を信頼して、自国の安全を確保していく。憲法は、アメリカによる占領統治下でそのように宣言し、実際に日本はその後70年間、アメリカ合衆国の「正義」を信頼して、自国の安全を確保してきた。これは今や解釈の問題ですらない。世代を超えて継承されてきた一つの現実である。

拙著『集団的自衛権の思想史』では、憲法9条を「表」、日米安保を「裏」とする「戦後日本の国体」を論じた。憲法9条が「顕教」、日米安保が「密教」である。拙著では、両者の「表裏一体」の関係を強調した。

「顕教」の論理は、もちろん憲法典そのものの中に表現されている。「密教」は、別の次元に存在しているとも言えるが、決して憲法と矛盾していない。むしろ整合している。その整合性を確保するのが、前文と9条における「正義」への「信頼」である。秘密裏に、暗黙の整合性が、この「正義」という語に隠されて、憲法典に挿入されている。

「正義」という語は、日本国憲法を合衆国憲法とてらしあわせることによって判明してくる「密教」の論理を内包した、「秘密のコード」である。そして70年間にわたる日米の「同盟の絆」が、表の理念ともしっかり結びついていることを示す「秘密のコード」である。

終戦直後の憲法学徒たちは、「justice」を「公正」と訳し(外務省仮訳時まで「正義」だった「justice」を故意に「公正」としたのは当時の内閣法制局の役人だ)、戦後憲法学で芦部信喜らがさらに「中立の立場からの平和外交」などと意図的に曲解した解釈を施して、日本国憲法の「正義」の「コード」を覆い隠す運動を展開してきた。

しかしアメリカ人によって起草された「日米合作」の「秘密のコード」が内包されているテキストとして日本国憲法を見るとき、むしろ憲法が全く逆のことを見ていたことが判明してくる。「表」側の憲法が、「裏」側の「密教」の「同盟の絆」を予定していたことに、気づかされることになる。

日本国憲法は、戦後平和構築の論理にしたがって、いわば「二重の社会契約」を達成するものであった。一つは、人民と政府の間の統治契約である。歪な権力構造が軍国主義を招いたという反省から、民主主義的抑制が政府に働くように調整した。もう一つは、日本と(アメリカが代表する)国際社会との間の国際契約である。歪な国際情勢の認識が帝国主義的拡張を招いたという反省から、国際的な規範的枠組みの中で日本が行動する国際協調主義を掲げた。

私は、戦後の日本で行われた平和構築の政策の体系を見れば、日本国憲法に「国際契約」の論理が内包されるようになったことは、当然だと思っている。憲法起草に携わったアメリカ人たちが、自国が国際社会を代表して「国際契約」をまとめ上げていると考えていたことは、自明だと思っている。日本国憲法前文に「諸国の正義を信頼して自国の安全を保持する」という論理を挿入したアメリカ人たちが、自分たちの国アメリカ合衆国の憲法が前文の冒頭で「正義の確立」を掲げていることを、つまりアメリカ合衆国こそが日本に信頼されるべき「諸国の正義」を代表する国だと考えていたことは、自明だと思っている。あとは日本人が、それを「信頼」するかどうかである。

かつて1951年の日本の主権回復時に「単独講和」と「全面講和」が争われて以来、ある意味で「諸国の正義への信頼」をめぐる論争が激しく長く続いた。憲法学では、その論争の余韻は、いまだ根強いようだ。「押しつけ憲法論」沈静化のために、憲法学はアメリカの影響をタブー視し続けている。だが意図は何であれ、憲法学の憲法解釈は、素直な憲法の読み方ではない。

今日のほとんどの日本人の間では、日米同盟体制の運用の方法をめぐる議論はありえても、同盟を「信頼」すべきか否かの議論はないように思う。「正義への信頼」こそが、日本国憲法の命である。従属ではない。相手が信義則に反する行為をとるならば、指摘すればいい。しかしそれも「信頼」があればこその話だ。

自民党憲法改正案をはじめとして、前文を書き換えて、9条を改正しようとする運動は、根強い。だが実はそれは、かえって憲法学の憲法典解釈に騙された結果である。9条を「目的」に沿って解釈し、前文で謳われている仕組みに沿って理解するべきだ。そうすれば、日本国憲法が70年にわたる日本の安全保障体制の現実を説明するテキストであることを、思い知ることになる。

日米同盟を妥当な政策と考えている者は、日本国憲法における「諸国の正義と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しよう」という「絆」の規定を、取り除くべきではない。前文で謳われている「正義」への「信頼」を取り除くのは、おそらく日米同盟を日本の国家政策の基軸から取り除く抜本的な改変のときだけだ。

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