「平和構築」を専門にする国際政治学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda なお『BLOGOS』さんも時折は転載してくださっていますが、『BLOGOS』さんが拾い上げる一部記事のみだけです。ブログ記事が連続している場合でも『BLOGOS』では途中が掲載されていない場合などもありますので、ご注意ください。

経歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/shinoda/   
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過去のブログ記事(『アゴラ』) http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda

 前々回の「検証⑨」を書いたのは、54日の安倍首相の「緊急事態宣言」の「延長」会見直後の2週間近く前だったが、すでに大幅な減少傾向は明白だったので、「『延長』は『移行』期間になるだろう、と書いた。http://agora-web.jp/archives/2045864.html 

実際に、14日には39県で宣言が解除された。残りの8都道府県でも減少は顕著なので、大阪府では「大阪モデル」にもとづいた「移行」が実施されている。

 あまりにも低水準になってくると統計的に有意な差を見つけにくいので、私自身、ここのところトレンドを追う動機づけを失い始めているくらいだ。

 私は45日に「『日本モデル』にそった緊急事態宣言をせよ」という文章を書き、http://agora-web.jp/archives/2045258.html 48日に「『日本モデル』の緊急事態宣言を成功させたい」という文章を書いて、「検証」の題名を入れた文章を書き始めた。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda

 その1回の410日の文章において、すでに私は、「最近の1週間の増加率は、鈍化している」と指摘したhttp://agora-web.jp/archives/2045379.html その後も一貫して私は4月に入ってからの新規感染者数の増加率の鈍化と、4月中旬以降の減少傾向を指摘し続けた。http://agora-web.jp/archives/2045554.html 

 しかし、その間も、一部の専門家たちは、日本の破綻を国内外のマスコミを通じて大声で叫び続けていた。特に、根拠不明な肩書である「WHO事務局長上級顧問」を振り回して産婦人科医でありながら日本ではすでに「感染爆発」が起こっているということを説明し続けていたのが、株式会社No Border代表の渋谷健司氏である。http://agora-web.jp/archives/2045743.html 今でも、渋谷氏は、54兆円かけて全国民PCR検査しよう国民運動を推進するなど、怪しい行動をとっている。ただし真面目な専門家で、この場に及んで54兆円国民運動を支持する人はいないだろう。http://agora-web.jp/archives/2045987.html (もちろん渋谷氏は、日本で感染爆発がすでに発生していたことを証明していない一方、間違いを認めてもいない。今後また新たな肩書を作って、新たな動きにでも出てくる可能性はある。引き続き警戒が必要だ。)

 しかし、「8割おじさん」こと西浦博教授は、ようやく最近になって、私と同じ説明をするようになった。現在、西浦教授は、増加のピークは3月下旬で峠を越しており、4月に入ってからは実効再生産数も減り続けた、という説明をしている。

 結局5月を過ぎてから私と同じ認識を表明するのであれば、なぜ私がすでに「増加率の鈍化が見られる」と書いていた4月10日頃に、西浦教授は、「42万人死ぬ!」といった記事を大手新聞社全てに掲載させ、国民を脅かし続けようとしていたのか?

 最近になって西浦教授が「間違い」を認めるようになったと言う人もいるが、私はそうは思わない。国際政治学者の私が410日の時点ですでに自信を持ってはっきりと「増加率の鈍化が見られる」と書けたのだから、私以上に数字を追いかけていたはずの西浦教授が、そのことに気づいていなかったはずはない。西浦教授は、全てを知りながら、ただ国民を脅かすという政治的意図を持って「42万人死ぬ!」をやっていた、と考えざるを得ない。徹底した国民の自粛行動を引き出して、収束効果の増加を果たした後、最後の一人をクラスター班で撲滅させる、という願望にもとづいた行動だろう。http://agora-web.jp/archives/2045340.html http://agora-web.jp/archives/2045481.html

要は、正義感にもとづいて、あるいは野心にもとづいて、国民を騙したのである。

嘘も方便、という言葉がある。正しい動機にもとづいて人を脅かすなら許される、という考えだ。

私はこれを意地悪で言っているのではない。渋谷健司氏は元東大教授の偉い人だ、偉い人なのだから、何を言っても許されるし、言ったことを後で言わなかったことにしても許される、だって元東大教授の偉い人だから、と言う人よりは、西浦教授を擁護する人のほうが、よほど健全な考えを持っていると思う。

しかし12千万人の生活が大きく影響されたのだ。「ま、結果オーライだ」、で済ませるべき話ではない。

現在、尾身茂氏という熟練した人物が「専門家」層を束ねてくれているので、「日本モデル」は堅実な成果を収めてきている。だが、もし何かのはずみで、渋谷健司氏のような人物が、尾身氏の地位についてしまったら、どうなるのか?

今回のコロナ危機では、あらためて政治と「専門家」の関係が問い直された。「長期戦」が予測されるからこそ、「全てが終わったら」と言わず、現在進行形で、冷静な検討を加え始めていく必要があるように思われる。

 テレビのワイドショーのPCR信仰に国民が洗脳されていると見た方々が、54兆円かけてもPCR検査を全国民に施せば安心が得られる、という「国民運動」を起こそうとしている。この動きの危険性については何度か指摘した。http://agora-web.jp/archives/2045987.html  http://agora-web.jp/archives/2046051.html 

 こうした考え方による「平和ボケ」と言ってもいい現実感覚の喪失が、たとえば「政府は新型コロナウイルス感染症の収束をにらみ、抗体検査やPCR検査によって非感染が確認されたビジネス渡航者に「陰性証明書」を発行し、中国などへの渡航を容認する方向で検討に入った」、といった雰囲気を生んでいるのだろう。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200515-00000170-jij-pol

 いくら出国する際に陰性である可能性が高いとしても(ただし何日も前の検査ではそれも怪しい)、帰国してきた際の陰性が証明できなければ、日本のリスクは高まる一方ではないか!

 すでに『現代ビジネス』でも書いたが、非常に重要なので、何度も書きたい。https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72524

 空港での検疫体制の充実こそが、今後の新型コロナの蔓延の抑え込みと社会生活活動の回復にとって、死活的に重要な国益である。

 54億円全国民検査は重要ではない。出国する前に検査をしてあげることも重要ではない。帰国する者・入国する者が陽性でないかどうかを識別する体制を持続可能なものに高めることこそが、死活的な国益である。

 現在の日本の劇的な新規感染者数の減少は、国民の多大な努力によって成し遂げられたものだ。しかし3月中旬の海外入国者の停止が、減少を可能とする大きな土台であったことも、間違いない。逆に言えば、3月下旬に見られた急激な新規感染者数の増加は、相当程度に海外からの帰国者によって作り出されたものであることが、すでにわかっているはずだ。
 こういうと「二週間の自宅隔離をお願いするかもしれません」と言った反応をするのかもしれない。だがそんな誰が守るのか定かではないその場限りのお願いが対策になるのであれば、今までだって渡航制限などかける必要がなかった。

 実は現在は、限定的な形で入国してくる者の数が少ないため、対象者全員にPCR検査を行っている。だが、そのため対象者は4月の帰国者が多かった時期は数日を空港の段ボールベッドで過ごし、当時は話題になった。このやり方では、入国者が増えた際に、全く持続可能ではないことが明らかである。
 やむをえなければ、待機宿泊施設の大幅拡充も仕方がないのかもしれないが、そうだとすればそこに資源投入することも「空港におけるPCR検査体制の充実」の不可欠の一部となる。
 あるいは従来のCTスキャンをはじめとする複数の簡易検査方式を全員強制とし、二段階・三段階方式で陽性者を入国時に識別する検疫体制の確立が代替案になるのであれば、それを研究するべきだろう。その場合でも施設面への影響は少なくないと思われるので、信頼できる相手国とは搭乗時における検査の証明をもって入国許可とする相互協定を結んだり、航空機内での検査と待機を可能にしたりする措置などが必要になるのではないか。
 いずれにせよ、空港での検査体制の確立がなければ、緊急事態宣言下の国民の努力も水の泡である。水際対策を効果的に行うために、財政・施設・人員を戦略的に配分し、集中的に精緻なやり方で検査体制を充実させていくことこそが死活的な国益である。

 私は国際政治学者としてかなり頻繁に海外出張をする生活をしていた。世界中の航空会社が苦境に喘いでいる現状は、私にとっても辛い。しかし全世界で460万人以上の感染者がいる現実から目をそらし、「日本国内の新規感染者数が減った」「このビジネスマンは一週間前の検査で陰性を出した」といった理由で機械的に平時の人の移動を復活させるのは、「平和ボケ」以外のなにものでもない。冒険的な方法で人の移動を回復させることは、航空会社にとっても決定的な致命傷をつくりかねないリスクを抱えることを意味する。

航空券に「検査税」を上乗せしてでも、空港における義務的な厳重検疫体制の充実を図り、それをもって航空路を使った人の移動の回復の条件とするべきだ。

PCR信仰者たちの机上の空論に惑わされ、かえって危険な「平和ボケ」に陥ることを警戒してほしい。ポスト緊急事態宣言の時代においてこそ、いよいよ本格的に、徹底して戦略的に資源投入して合理的な政策をとることが求められてくる、ということを肝に銘じてほしい。

 緊急事態宣言が39県で解除されることになった。国際的にも目を見張る新規感染者数の減少を果たしたからだ。通常であれば、これまでの「日本モデル」の成果が確認されてしかるべきところである。

 ところが、別の動きが、注目を集めてしまっている。新たに「経済学者」として諮問委員会に加わることになった小林慶一郎氏が、初回の諮問委員会で、「検査体制を拡充するよう主張した」ことを明らかにしたからである。なぜ「経済学者」が、自分の役割とは無関係な、テレビのワイドショーのレベルの話の実現に強い意欲を見せるのか?

 小林氏は、「一日500万件の大量のPCR検査を行い、濃厚接触者を追跡し、陽性者を確実に隔離すること」の実現に意欲を示している。https://www.canon-igs.org/column/macroeconomics/20200501_6389.html 

 小林氏自身、この計画を、「非現実的な夢物語」と描写する。しかし、言う。「医療界以外の『人、もの、カネ』を総動員して半年ほどの時間をかければ」、「国内だけでなく、検査システムを拡充して新型コロナ感染症の封じ込めに現時点で成功している諸外国との協力(技術提携や検査のアウトソーシングなど)」すれば、相当に可能になるのではないか、などと言っている。

 どういうことなのか?イギリスの渋谷健司氏に巨大契約「アウトソーシング」でも計画しているのだろうか? 実際、小林氏は、あの渋谷健司氏と名前を並べて、54兆円全国民PCR検査を推進している人物である。http://agora-web.jp/archives/2045987.html

 国民を完全に安心させる検査の実施など、世界のどの国も実現できていない。過去の歴史にさかのぼって、そのような感染症検査体制が実現した事例などない。「経済学者」が「やれ」と言えば簡単に実現できるような話ではない。このような空想的な検査の効果は、本当に「夢物語」でしかない。

 そもそも安倍首相も、尾身諮問委員会会長も、514日の会見で、ワクチン開発まで続く「長期戦」に備えた行動をとらなければならないことを、丁寧に説明したばかりである。

 ところが小林氏は、これらの政府・本当の専門家の方針を、真っ向から否定し、「検査すれば安心になるんだから、首相や会長が言っている「長期戦」なんて話は、検査で終わりにしよう」、といったことを、「経済学者」の肩書で、主張しているわけである。

 WHO(世界保健機関)の緊急事態対応を統括者のマイケル・ライアン氏は、新型コロナウイルスは「決して消滅しない可能性がある」とした上で「新型コロナは長期的な問題に発展する」可能性を語った。https://jp.reuters.com/article/health-coronavirus-who-briefing-idJPKBN22P32G その直後に、小林氏は「検査すれば安心になるんだから、WHOが言っている「長期的な問題」なんて話は、検査で終わりにしよう」、といったことを、「経済学者」の肩書で、主張しているわけである。

小林氏は言う。「10万人の雇用を作って検査、看護(できれば介護も)体制の拡充をはかる。そうすれば100兆円の損害を2兆円で済ませることができる。」https://blogos.com/article/457365/ 

 やれやれ、「42万人死ぬ」の次は、「100兆円の損害が出ている」なのか? 新しい空中戦の始まりのようだ。

雇用拡大のために検査関係の職員を増やすという発想も、何やら新手の巨大プロジェクトを推進する開発事業者のようである。

検査は、戦略的に行うべきだ。もちろん必要な人々に十分に検査を施すことは大切だろう。しかし、ただやたらと数だけ増やせばいいというものではない。たとえば、人の移動を回復させるための空港等における検査体制の充実などが、政策的には重要であるはずだ。https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72524

 ところが小林氏は、まず「100兆円の損失が出る」と脅かす。そして、WHOや首相や尾身諮問委員会会長の「長期戦」への備えの呼びかけを真っ向から否定し、数兆円を投入して検査職員を大量に作って雇用を拡大させ、さらに外国にアウトソーシングするお金も使って、安心を得よう、などと呼びかけ、「国民運動」を提唱する。

 小林氏は、筋金入りの増税派として知られ、頻繁に「消費税30%」以上にする必要性を語っている。https://www.nippon.com/ja/in-depth/a03002/ その大増税派の小林氏が、コロナ危機を契機にして、数(十)兆円の巨大事業の導入を、政府資金で行うことを主張しているのである。この様子を見て、ネットで多くの人々が、新型コロナの「諮問委員会」を通じて、小林氏が増税の実現を企むのではないか、と騒然としているのも無理はない。https://tr.twipple.jp/p/9c/2ac65d.html 

 これまで日本の新型コロナ対策は、熟慮ある尾身茂・専門家会議副座長・諮問委員会会長の指導を基本として、成果を挙げてきた。

 その尾身会長が、経済学者の参加を望んだのは、医療面での対策の経済効果を政府に専門的に助言してもらうためだ。効果の怪しい巨額事業の導入を主張し、増税をめぐる論争を諮問委員会に持ち込んでもらうためではない。

新しい委員は、自説を主張する場として諮問委員会を使うのではなく、尾身会長を助けるために諮問委員会に入るべきだ。

 「経済学者」として諮問委員会に入った人物は、医学専門家の助言の経済的意味を政府に助言することに専心してほしい。関係のない政策的願望を実現するために諮問委員会の場を利用しようとするのは控えるべきだ。

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