「平和構築」を専門にする国際政治学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda なお『BLOGOS』さんも時折は転載してくださっていますが、『BLOGOS』さんが拾い上げる一部記事のみだけです。ブログ記事が連続している場合でも『BLOGOS』では途中が掲載されていない場合などもありますので、ご注意ください。

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パレスチナ自治区ガザの病院で17日に爆発があり数百人が死亡したことを受け、上川陽子外相は、「強い憤りを覚える」とする談話を発表した。そして「病院や一般市民への攻撃はいかなる理由でも正当化されない」と訴え、「これ以上一般市民の死傷者が出ないよう、全ての関係者が国際法を踏まえて行動すること」を求めた。

 日本の外相が、ようやくガザをめぐる状況に対して、「国際法」の遵守を求めた。これまで中東情勢をめぐって、岸田首相ら政府高官は、「お悔やみ申し上げ」たり、「エスカレーションを避け」ることを願ったりしているだけで、何らかの規範に従って事態を見る、という態度を示してこなかった。

本年5月には、岸田首相はG7広島サミットの主要テーマに「法の支配に基づく国際秩序の堅持」を掲げ、「法の支配に基づく国際秩序を守り抜く」という決意を繰り返し表明していた。あの頃の岸田首相は、内閣支持率も押し上げる気概があった。

しかし内閣支持率はすっかり変わり果ててしまい、守勢に回っている岸田首相は、中東情勢をめぐっても、「法の支配に基づく国際秩序を守り抜く」覚悟などはぐっと押し殺し、ただ「エスカレーションがないように」祈り続けているだけのような雰囲気である。

大丈夫か。

欧米諸国は孤立し始めており、日本の立ち位置も不安定になり始めている。国際情勢の日本にとって非常に深刻なものになっている。

各方面に気を遣っているということはわかるが、立ち位置に一貫性がないのは、日本という国家に対する他者の視線を曇らせる。もちろん中東情勢は複雑怪奇だ。だが、だからこそ、何らかの座標軸を確認することが大切だ。指針を持たないまま、ただバランス感覚だけで乗り切ろうとするのは、かえってリスクが大きい。

岸田首相そして上川外相に、今一度、「国際社会の法の支配」を中東に向けても語ってもらい、日本が何を信じているか、何を手掛かりに生き抜いていくか、を内外にはっきりと示してほしい。

 ハマスによるイスラエル領内での凄惨なテロ攻撃に対して、イスラエルが苛烈な報復攻撃を始めた。ハマス(あるいは「ハマス等テロリスト勢力」)のテロ攻撃は凄惨であるだけではない。ガザ地区住民の生活を犠牲にして、イスラエルの過剰反応を引き出すことを狙った行為だと言わざるを得ない点で、極めて残忍なものだったと言える。

ハマスの勢力は、ガザ地区内でも、海外からの支援の面でも、減退気味であった。暴発的な作戦を行い、イスラエルに過激な反応をさせることによって、あらためて存在感を高めることを狙った行為であったと言える。それに対し、イスラエル政府も、イスラエルとの連帯を表明した欧米諸国も、ハマスの計算通りに過剰反応しようとしているようだ。

イスラエルでは、悪評高い司法改革で、ネタニヤフ首相が支持を失っていたところだった。自らの保身のための起死回生の作戦とすることを狙っているかのような扇動的な態度で、ハマス撲滅のための軍事作戦を開始した。開始当初を見ると、その内容は、懸念だらけだ。

まずガザ地区全域で水・食料・電気・燃料等を止める住民封鎖をした。これは明白に戦争犯罪行為である。また住民に避難せよと警告しているとも言われるが不明瞭なものであり、実質的に無警告に近い状態になっていないか懸念がある。ハマス関連施設だけを攻撃しているというイスラエル軍のわずかな広報内容(後付けで公開)と矛盾して広範に被害が出る爆撃をしている懸念がある(その印象を与える動画がいち早く世界中に拡散されている)。数多くの民生施設が破壊されている。イスラエルのハマス関連施設の定義は広すぎて、ガザにあるもの全てが該当してしまうようなものだ。少なくとも国際的な基準にそったものではない。これから地上戦が開始されるというが、明白な戦争犯罪あるいは戦争犯罪の疑いが強い行為が助長されていかないか、大きな懸念がある。

この様子は、ハマスの狙ったものだと言わざるを得ない。

 近年に積み上げてきたイスラエルの外交努力は水泡に帰し、中東での孤立が高まることは必至だ。イスラエルとの連帯を表明している欧米諸国は、戦争犯罪の共犯扱いをされ、中東あるいはイスラム圏全域での評価を下げる。

 ロシア・ウクライナ戦争は、いよいよ欧米ブロックvsロシアの縄張り争いだとイスラム圏でみなされる度合いは高まり、解決に向けた多国間外交・国際世論喚起は、欧米諸国が協力に支援するウクライナに不利に働くだろう。そもそもロシアの全面侵攻に国際的な注目が吸い寄せられていた状態こそが、ハマスが打破したかった状態であったはずだ。欧米諸国は、その罠にはまった、と言わざるを得ない。

 日本の立ち位置は曖昧模糊としている。日本は、中東政策全般で、欧米諸国よりも中東諸国の意向に配慮した態度をとってきている。今回のハマスのテロ事件後も、非人道的な行為を非難しつつも、暴力のエスカレーションの回避を求める、といった曖昧な言い方に終始した。欧米諸国のように積極的にイスラエル支援を打ち出してイスラム圏との反目に巻き込まれるのを避けたいという意図の表れで、それは曖昧な範囲で、効果を持っているだろう。

 だが日本にとって、同盟国・友好国である欧米諸国の権威が失墜し続けるのは、望ましいことではない。もちろん日本にできることが限られている。それを当然として冒険的な態度に出ることは控えるとしても、ただ曖昧なだけでいいとも思えない。

 ロシアのウクライナ全面侵攻以来、岸田首相をはじめとする政権高官は、「国際社会の法の支配」の重要性を訴えてきている。イスラエル・パレスチナ問題に接しては、「国際社会の法の支配」を言うことを控える、というのは、全く望ましくない。あるいは欧米諸国の建設的な関与を引き出すためにも、実際のところカギとなるのは、「国際社会の法の支配」だ。

 蛮行に対抗して市民を保護するための「イスラエルの自衛権の行使」については、支持や理解を表明していい。他方、その自衛権の濫用を少しでも予防するため「国際人道法にのっとった武力行使」の重要性を愚直に訴えていきたい。またイスラエルの占領が国際法違反であることも、繰り返しあらためて確認してよい。

 混迷する中東情勢に、明確な座標軸がないように感じられるだろう。しかし前に進むための手がかりは、自らが標榜しているはずの「国際社会の法の支配」にこそある。

 「X」において国連憲章における「旧敵国条項」が少し話題になっているのを見た。

https://twitter.com/rockfish31/status/1707377464635510814 確かに「旧敵国条項」は、ほとんど陰謀論めいた話をする反米左派・反米右派が、大同団結して国際社会への不信感を国民に植え付けるために、脚色して数十年にわたって語り続けている話題である。しかし学術・実務の世界では、「死文化している」という結論が確定している。

 それにもかかわらず日本の国会議員が、「旧敵国条項」の現代の適用可能性を唱えるというのは、由々しき事態である。事の発端は、石破茂・衆議院議員のブログであったらしい。以下、引用する。

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 第二次世界大戦の戦勝国が当時の国際秩序を維持する目的で創設した「United Nations」(対枢軸国戦勝国連合機構)を、あたかも世界政府であるかのごとき響きを持つ「国際連合」と敢えて訳したところから、日本人の国連幻想は始まっています。

 国連憲章第53条と第107条に定められた「敵国条項」により、安保理の決議がなくとも武力行使の対象となる「旧敵国」には日本、ドイツ、イタリア、フィンランド、ブルガリア、ハンガリー等が挙げられるのですが、日本とドイツ以外は途中で枢軸国を脱退して連合国側につき、日独に宣戦布告をしているため「敵国」には該当しないとされ、旧ドイツはヒトラーの自決により成立したデーニッツ政権を連合国側が国家として認めなかったために法的には国家として消滅しており、現在のドイツとは国家としての連続性がなく、結局枢軸国国家として現在まで連続しているのは日本だけである、とする見方もあります(故・色摩力夫・元駐チリ大使)。

 敵国条項は国連総会において死文化が確認され、次期の憲章改正で削除されることになっていますが、それまでは条文として有効であり、ロシアが北方領土占拠の根拠としているように、いつこれが援用されるかわからない状況にあります。

 http://ishiba-shigeru.cocolog-nifty.com/blog/2023/09/post-d3bed3.html 

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 石破氏は読書家で知られているが、乱読に走らず、質の高い本を優先して読む心がけもしてほしい。まじめな国際法学者・実務家で「旧敵国条項は日本に対してだけはいつでも援用できる」などと考えている方はいない。そもそも「死文化が確認され」、「削除される」予定が国連総会で決議されている。それにもかかわらず、どうやって「いつこれが援用されるかわからない状況」にあると主張することができるのか。

 石破氏のブログの文章は、この後、「日本はこの国連軍に参加し、武力を行使することを正式には可能としてい」ないので「常任理事国入りを目指すことには、かなりの無理がある」、「国連憲章第51条に定められた集団的自衛権は・・・、日本人の多くが誤解しているような、『大国とともに世界のどこにでも行って武力を行使する権利』ではありません」、「理論的にはウクライナ救援のために集団的自衛権を行使する可能性はNATOにもあったわけです。にもかかわらず、かなり早い段階でアメリカはこれを否定しました。それがロシアの誤算を招いたとの説もあります」、「ウクライナ侵略の停戦の方法については、国連総会における『平和のための結集決議』(ESS)を活用すべき」(篠田注:すでに援用されている)、などの言葉が並ぶが、結局何を言いたいのか論旨が不明であるのみならず、それぞれの発言が前後の発言とどのように論理的に整合しているのかも全く不明な内容になっている。

 石破氏は、首相候補と目されて久しい。世論調査では常に有力首相候補として扱われている。そろそろ「何を言っているのかわからないが石破氏は博学の方のようだ」という階層にだけ語りかけるだけでなく、しっかりとした知識を持っている専門家層からの評価を得て固い基盤づくりをすることを目指してほしい。

 この問題は、実務的には、1995年の第50回国連総会で「時代遅れ(obsolete)」であり「いずれの国連加盟国にも向けられたものではない」ことが確認され、改正・削除が賛成155 反対0 棄権3で採択された時点で、結論が完成している(A/RES/50/52, 15 December 1995)。https://documents-dds-ny.un.org/doc/UNDOC/GEN/N95/257/54/PDF/N9525754.pdf?OpenElement 2005916日国連総会特別首脳会合採択の「成果文書」においても「『敵国』への言及の削除を決意する」と明記された。そもそも総会決議の前から、国際法学者の多数は、「死文化」している、と考えていた。総会決議は、その理解を正式に確認したものだ。

石破氏が日本語のブログで「いつでも援用できる」と主張してみたところで、どこにも響くところはない。

 国連憲章の文言解釈のレベルでも、「いつでも援用できる」という石破氏の主張には、無理がある。国連憲章第53条の2は、「敵国」の定義を次のように定めている。

「敵国という語は、第二次世界戦争中にこの憲章のいずれかの署名国の敵国であった国に適用される。(The term enemy state…applies to any state which during the Second World War has been an enemy of any signatory of the present Charter.)」

53条の2は、「第二次世界大戦中に連合国として戦っていた諸国の敵陣営にいた枢軸国を永遠に敵国と呼ぶ」と定義しているのではない。「この憲章のいずれかの署名国」にとっての「第二次世界大戦中の敵国」が、憲章が定める「敵国」だ、と言っている。憲章加盟国と敵国に同時になることはできない、と理解しなければ、日本ですら、国連憲章を署名・批准しているので、第二次世界大戦中の敵国であるアメリカやイギリスやソ連が憲章中の「敵国」である、と主張できることになってしまう。「敵国」は、国連憲章加盟国になった時点で、消滅する。そうでなければ憲章体制が矛盾を抱え込んで崩壊してしまう。

憲章第53条は、第二次世界大戦終結後も直ちに枢軸国に対して「主権平等」原則を適用しなかった過渡期に行われた措置を意識した規定である。そもそも枢軸国に対する占領管理体制が、今日であれば国連憲章第7章の強制措置を発動しなければ行うことができない措置であったため、憲章成立後は論理的整合性を保つための条項が必要だったわけである。また、1947年英仏条約や1948年西欧五国条約は、「ドイツの再侵略」に対抗する規定を持っていたし、ソ連も東欧諸国と同様の二国間条約を締結していた。それらの条約の法的裏付けが、憲章53条であった。しかしこれらの条約も、いずれも現在では消滅・失効している。

日本は、1941年大西洋憲章の時から自らを「平和愛好国家」と呼ぶことになった「連合国(United Nations)」の「敵国」であったが、その性格を変更するために国家行為で1945年「ポツダム宣言」を受諾して、国家の改変を行った。広汎に誤解されているが、「ポツダム宣言」受諾で「無条件降伏」をしたのはあくまで日本軍だけであり、日本国は「ポツダム宣言」の内容の履行に責任をもって対応することを約している主体である(十三 吾等ハ日本国政府ガ直ニ全日本軍隊ノ無条件降伏ヲ宣言シ且右行動ニ於ケル同政府ノ誠意ニ付適当且充分ナル保障ヲ提供センコトヲ同政府二対シ要求ス」)。

この「ポツダム宣言」履行義務にしたがって、日本国が、「日本国軍隊ハ完全ニ武装ヲ解除」する措置をとり、「日本国国民ノ自由ニ表明セル意思ニ従ヒ平和的傾向ヲ有シ且責任アル政府ガ樹立セラルル」ように、憲法改正などの一連の改革も行った。連合国は「日本国ノ戦争遂行能力ガ破碎セラレタルコトヲ確証」するために占領を行うが、これはいわば管理監督者の役割なので、「目的ガ達成セラレ且日本国国民ノ自由ニ表明セル意思ニ従ヒ平和的傾向ヲ有シ且責任アル政府ガ樹立セラルルニ於テハ連合国ノ占領軍ハ直ニ日本国ヨリ撤収セラルベシ」という仕組みになっていた。

「目的ガ達成セラレ」たことが確証された瞬間は、1951年「サンフランシスコ講和条約」という形で記録され、占領体制は終結した。この講和条約では、目的達成を確証した評価規準として「国連憲章」が参照されている。

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 日本国としては、国際連合への加盟を申請し且つあらゆる場合に国際連合憲章の原則を遵守し・・・、

 連合国は、前項に掲げた日本国の意思を歓迎する・・・

第五条

 (a) 日本国は、国際連合憲章第二条に掲げる義務、特に次の義務を受諾する。

  (i)その国際紛争を、平和的手段によつて国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決すること。

  (ii)その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使は、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎むこと。

  (iii)国際連合が憲章に従つてとるいかなる行動についても国際連合にあらゆる援助を与え、且つ、国際連合が防止行動又は強制行動をとるいかなる国に対しても援助の供与を慎むこと。

 (b) 連合国は、日本国との関係において国際連合憲章第二条の原則を指針とすべきことを確認する。

 (c) 連合国としては、日本国が主権国として国際連合憲章第五十一条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有すること及び日本国が集団的安全保障取極を自発的に締結することができることを承認する。

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日ソ国交正常化もへて、1956年に実際に日本は国連加盟を果たす。それはつまり、国連憲章を署名・批准し、他の加盟国から、憲章「の義務を履行する能力及び意思があると認められる他のすべての平和愛好国」(国連憲章第41項)の一つであることを正式に認めてもらった、ということである。わかりやすく言えば、日本は第二次世界大戦中に「連合国(United Nations)」の「敵国」だったが、連合国との間に定めた改変手続きを履行して生まれ変わり、「国連(United Nations)」側の仲間の「平和愛好国」になった、ということである。他の国連加盟国/旧連合国は、「日本は敵国だったが、生まれ変わって同じ平和愛好国になったので、憲章2条の『加盟国の主権平等の原則』を適用して『加盟国の地位から生ずる権利及び利益』を全て認めると約束した」、ということなのである。
 1995年総会決議で確認されたのは、したがって万が一にも国連加盟国になった日本はもはや「敵国」ではないので(旧敵国の消滅による)、「旧敵国条項は死文化した」という理解に、異議を唱える国は一つもない、という事実である。

それにもかかわらず、日本の衆議院議員・石破茂氏だけは、「日本に敵国条項をいつでも援用することができる」とブログで主張しているのである。

溜息しか出ない。

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