「平和構築」を専門にする国際政治学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文その他の情報や、時々の意見・解説を集めています。以前にホームページとして掲載していた情報ともリンクさせています。

 インターネット媒体に画像や文章を出していると、不当な批判をコメントで受けることがある。匿名者の暴言を気にしても仕方がないので、意識して見るわけではない。それでも時には目に入る。2月に田原総一郎さんの司会で、井上達夫先生と私がゲスト出演したラジオ番組の様子が、You tubeで公開されている。そこに「篠田は勉強不足」という匿名者コメントが付されている。https://www.youtube.com/watch?v=71TG5YZJKdo
 ラジオ番組の中で、田原さんが「篠田さんが書いているドイツ思想」について質問された。それは唐突で、私の発言も途中で終わった感じだった。「憲法学における自衛権の概念構成におけるドイツ国法学の枠組みの残滓の影響」http://synodos.jp/politics/17985といったことが、聴取者に伝わるはずはなかった。
 だがだからといって、わざと私の本は何も読んでないと言った上で、「篠田とか言う奴は勉強不足」だと断じるのは、どうなのか。しかもその根拠は、「芦部先生はアメリカに留学したことがある」、である。・・・
 気にしていたらきりがない。国際政治学者としての私にはどうでもいい問題ではある。しかし、憲法記念日も近いので、このブログを書いている。実は、こうした風潮は、日本社会を深刻に停滞させている、根が深い問題ではないか、という気もしているからだ。
 芦部信喜の博士号学位論文は「憲法制定権力」であり、シェイエスやシュミットにこだわり、フランス革命やドイツ国法学にこだわった研究であった。彼の初期の論文は議会政の比較であった。最初の東大での担当講義はドイツ法学中心の「国法学」だった。本格的なアメリカ憲法訴訟論研究に移行する契機となったハーバード留学は、すでに30代後半になってからのことだ。
 芦部のアメリカ憲法訴訟への関心は、彼の学術的キャリアの後付けの部分の業績である。しかもその後づけが生まれたのは、留学期間中に起こった砂川事件最高裁判決などを契機にしてのことである。そこには、司法消極主義への疑問という、護憲派憲法学者としての事情があった。<これは「勉強不足の国際政治学者」が知っているはずがない重要秘密情報・・・ではない。ただ芦部の本を読みさえすれば分かる。(芦部信喜『憲法訴訟の理論』[有斐閣、1973年]14-15頁、を参照せよ)。>
 むしろ不思議なのは、憲法学の学徒の方々が、いっさいこうした芦部の思いなどには関心を持たず、研究考察もしないことだ。「勉強不足」以前に、知的敏感性の欠落なのではないか。
 公務員試験や司法試験に受かるために、権威ある憲法学者の基本書を丸暗記する。そして「あなたは勉強不足だ、なぜなら芦部先生と言っている事が違うからだ」、といったことを繰り返す。納得しない者がいれば、「反知性主義者だ」と糾弾する。それでいいのだろうか。
 そこで憲法学徒の方々に、公開質問状を投げかけてみたい。以下の文章は、芦部信喜『憲法』の最初のページの冒頭の一文である。これを読んだ上で、「篠田英朗は勉強不足で間違っており、この文章にはドイツ法学の影響はない、アメリカ憲法学の影響を受けたものだ、という結論を論証せよ」、という問いに、答えてみていただきたい。

「一定の限定された地域(領土)を基礎として、その地域に定住する人間が、強制力を持つ統治権のもとに法的に組織されるようになった社会を国家と呼ぶ。したがって、領土と人と権力は、古くから国家の三要素と言われてきた。」(芦部信喜『憲法』[岩波書店、1999年]、1頁)

 この芦部『憲法』の冒頭の最初のページの最初の記述で登場する「統治権」なる概念には、実定法上の根拠がない。つまり憲法典その他の国内法および国際法においても何も一切根拠がない。あわせて「国家の三要素」なる学校教科書にまで蔓延している概念も、実定法上の根拠がない。
 なぜこのような実定法上の根拠がない概念が、日本国憲法に関する基本書の冒頭に登場するのかと言えば、答えは、「古くから」東大法学部系の憲法学者の方々によって「言われてきた」から、である。
 大日本帝国憲法は、第1条で「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と定め、第4条で「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」と定めていた。つまり「統治権」とは、大日本帝国憲法における天皇大権の鍵概念であった。
 明治憲法が「統治権」を重視した背景には、起草者である伊藤博文=井上毅が、大隈らイギリス派の政治家を失脚させてまで、ドイツ憲法学を参考に憲法を制定する方針を貫いたことがあった。彼らはプロイセン憲法やドイツ国法学における「Herrschaftsrechte」「Regierungsrechte」といった概念を参考にして、「統治権」を鍵概念とする大日本帝国憲法を起草した。官僚養成の使命を持つ東京帝国大学法学部が、ドイツ国法学の牙城となっていったのは、当然であった。
 「統治権」と領民・領土から成る「国家の三要素」という考え方は、明治憲法が参考とした1850年プロイセン憲法の規定であり、ドイツ国法学の概念構成だ。東京帝国大学法学部では、美濃部達吉が、ドイツ国法学の雄イエリネックの強い影響下で、「統治権」を含む「国家の三要素」に依拠した「国家法人説」を導入した。そして大正期・昭和初期の日本の憲法学界に君臨した。「国家法人説」とは、つまり国家が「統治権」を持つ、という学説のことであった。
 (なお伊藤=井上は、『憲法義解』を著し、「統治権」に日本の神話世界の「シラス(治ス)」論の彩りを添える追加作業も行った。神話的な天皇大権論に与しなかった美濃部が糾弾されたのが「天皇機関説事件」だ。そのとき美濃部は外国人学者受け売りの者、つまりドイツ国法学そのままの輸入業学者として蔑視された。)
 戦後は、美濃部の弟子の宮沢俊義や清宮四郎らを経由して、孫弟子にあたる芦部信喜に、ドイツ国法学の概念構成が引き継がれた(760ページにわたるイエリネックの『一般国家学』の翻訳書は若き芦部の業績の一つだ)。
 たとえば「統治権」という、日本国憲法典から見れば神秘的としか言いようがない謎めいた概念が、21世紀になってもなお憲法学者たちの基本書に残存している。そして全く何の注も説明もない定言命題として、公務員試験や司法試験の受験生の一問一答試験対策の暗記勉強対象となり続けることになった。
 芦部がごりごりのドイツ信奉者だ、と言いたいわけではない。しかし概念枠組みのところが影響されているので、むしろもっとたちが悪い。「統治権」は「国権」と同じだが「主権」とは違う、といった言説を並べながら、自説にもとづく「国民主権主義」を推し進める。ほとんど学界での権威を通じた立法行為になっている。
 芦部信喜が憲法学基本書の冒頭で書いている「統治権」「国家の三要素」とは何なのか?
 ドイツ国法学を紹介して憲法学界に君臨した美濃部達吉の権威、芦部信喜ら美濃部の直系の弟子たちの権威が支える、謎の和製ドイツ語概念である。
 なぜ「統治権」や「国家の三要素」は「真理」になっているのか?
 「あの偉い芦部先生も言っている、それ以上にどんな論証が必要だと言うんですか?勉強不足の国際政治学者は黙っていてください」、といった「知性主義」的な態度をとる方々が、日本には多数いるためである。
 以上をふまえて、あらためて憲法学徒の方々への公開質問を行いたい。上記の芦部『憲法』冒頭の引用文章を読んだ上で、「篠田英朗は勉強不足で間違っており、芦部の基本書の冒頭の文章にドイツ法学の影響はない、アメリカ憲法学の影響を受けたものだ、という結論を論証せよ」。

 一週間ほど前のブログで、朝鮮半島情勢について、「影響力を行使する政策決定者たちは、朝鮮半島全体の政治的管理の見通しに対する洞察から逆算された計算によって、具体的な行動を決していくはずだ」と書いた。私の専門は平和構築ということにしているが、つまり「紛争解決論」であり、シミュレーション思考は、事前の政策立案のみならず、事後の政策評価にあたっても、当然大切なものである。備忘録として、もう少し書いておきたい。
 東洋学園大学の櫻田淳教授が、4年前に書かれた記事が、体制変動後の朝鮮半島の行方を分かりやすくパターン化されているのを見つけた。http://www.sekainippo.com/newworld/vp/vi130225.html これらのどれがいつ来るのか、という問いは、予知しようとしてできるものではない。だが政策決定者には、整理されたビジョンが必要であり、これらのパターンを念頭に置いた上で、さらに直近の政策判断に関わることになる。
 現在、北朝鮮をめぐって、アメリカにどのようなオプションがあるか。枠組みとなる所与の制約は、以下のようなものだろう。①アメリカとしては北朝鮮による米国本土(核)攻撃能力の保持は絶対に認めない。②このままでは北朝鮮は数年内にそのような攻撃能力を獲得する。③軍事施設を狙ったピンポイント攻撃は可能だが、北朝鮮による韓国(や日本)に対する全面攻撃による報復という甚大な被害を伴うリスクを回避することは不可能である。④北朝鮮指導部は「体制保証」を求めているが、交渉を通じた合理的対応と将来にわたる政策的一貫性を現在の金正恩体制に期待することは難しい。⑤北朝鮮に最大の影響力を行使できるのは中国だが、最近では中国の影響力行使度合いにも限界が見られる。
 アメリカが簡単に打開策を見いだせるわけではない。しかし日本や韓国と比して多くの政策判断の幅を持っている事は確かだ。
 最も強硬なオプションは、言うまでもなく、軍事力を使った北朝鮮への攻撃による脅威の除去である(国際法上の根拠は薄弱になるが、北朝鮮による威嚇行為と安保理決議違反行動が参照されるだろう)。もちろん成功/失敗の場合の中長期的な国際的な対応体制の構築は大前提となってくる。ここで大きなポイントとなるのは、関連施設の破壊だけでは政治的効果が限定的でかえってリスク要素が非常に高まるので、北朝鮮指導部を除去する即効性のある軍事作戦をとるか/とれるかどうかである。いずれにせよリスクが高い政策なので、米国本土および周辺国への核攻撃能力の開発の脅威との比較較量が慎重に行われることになる。
 その他、様々なオプションがあるが、最も外交に重きを置いた非軍事的なオプションによる解決は、どのようなものだろうか?
 中国の圧力を介して、北朝鮮に核開発を放棄させ、体制保証にふさわしい安定的な政治体制を作らせることである。中国だけに外交が期待されるわけではないが、中国以外の諸国の政治的影響力はあまりに限定的だ。しかし今までのやり方では、中国も簡単には影響力を行使できない。そこでアメリカとしては、中国にギアを入れ替えてもらうために、相当に野心的なビジョンを提示することが必要となるかもしれない。
 ここで大きなポイントとなる問いは、中国が体制転換までに視野に入れるくらいに本気で北朝鮮に圧力をかけるなどということが起こり得るか、である。不安定な北朝鮮体制、そしてアメリカによる軍事手段行使の可能性が、中国への圧力として期待される。だがそれだけでは足りないかもしれない。中国に思い切った行動に踏み切らせるための誘因が必要であるかもしれない。
 何が中国にとってメリットになるのか?アメリカが提示できるのは、まずは将来にわたる北朝鮮に対する中国の影響圏の容認である。だが、それはすでに織り込み済みだろう。厳しい交渉に持ち込むのであれば、もっと強い誘因が必要だ。
 おそらくはアメリカが提示できる強い政治的誘因とは、将来の在韓米軍撤退も含めた、朝鮮半島全体に対する中国の影響力の拡大に対する容認政策の約束であろう。
 北朝鮮の情勢突破が、中国の表裏両方での最大級の努力によって達成されるのであれば、アメリカにとってそのようなオプションは、合理的な判断の考察対象として設定しうるものであるかもしれない。
 私も、すでにそのような打診がなされているとまでは考えない。トランプ政権といえども、そのようなオプションを打診するまでには、まだまだ相当な道のりをへなければならないだろう。だがそれは、一つの合理的なオプションとして存在している。日本人であれば、そのことを念頭に置いておかなければならない。

 米国の北朝鮮に対する武力行使の可能性が高まっているという報道が急速に日本国内で広まり、今や森友問題に見切りをつけたメディアが一斉に飛びついている感がある。
 過去の経験則から今月にあらたな核実験やミサイル実験の可能性が高く、また米国本土攻撃能力を保持することが秒読み段階に入ってきたこともふまえてトランプ政権がレベルの高い対応措置を検討しており、「武力行使の可能性が高まっている」こと自体は間違いないだろう。ではどれくらいの確率で、どのような形態の武力行使がなされるのか、については、無数のパターンがあるとしか言いようがなく、事態の推移を注視するしかない。私も一人の市民としては、刻一刻と変わる情勢変化に気をもまないわけではない。
 他方、学者としての私が思いをはせるのは、そういったことではない。東アジア地域情勢を専門とするわけではない私も、平和構築の観点から、北朝鮮問題についてはそれなりの関心を長く持ち続けてきた。したがって平時から朝鮮半島問題の地域における重要性、日本にとっての重要性は、強調しているつもりだ。
 私は、北朝鮮問題の本質は、朝鮮半島の地政学的性格にあると考えている。明治時代であれば、多くの人に、当然の指摘だ、と言われるだろう。現代でもそう言われるかは、よくわからない。
 第二次世界大戦の結果、ヨーロッパの枢軸国ドイツは分断統治されることになり、ドイツ統一には冷戦の終焉を待たなければならなかった(ドイツ統一は冷戦の終焉を決定づけた)。しかし日本では、日本は植民地や島嶼部を失っただけで済まされた。そのいわば必然的な結果として、日本にはアメリカのジュニア・パートナーとして生きていく道が与えられた。ただし1945年の大日本帝国が全く分断されなかったわけではない。日本が1910年に併合していた朝鮮半島を見るならば、大日本帝国が歪な仕方で分断されたことがわかる。
 日本プロパーが分断される代わりに、朝鮮半島が分割統治された。なぜそのような不公平な事態が朝鮮半島に訪れたのか。山のような数の学者が山のような研究を遂行しても、語りつくすことは簡単ではない。ただ、最も簡明な一つの事実を指摘すれば、日本は島国であったが、朝鮮半島は大陸に付属する橋頭保だった、ということだ。日本は「全面講和」がありえず、「単独講和」で甘んじたが、朝鮮半島の場合には「単独講和」もありえず、「分割統治」しかなかった。
 分割統治の不条理あるいは不合理を解消するために、1950年という早い段階で朝鮮戦争が発生した。しかし大国が総出で関与し、押したり引いたりした結果、38度線で分断する分割統治以上の安定策はない、というコンセンサスへの出戻りが結論付けられた。このコンセンサスは、ソ連の崩壊、中国の超大国化、南北の経済格差、といった様々な情勢変化にさらされながら、特筆すべきことに、いまだに維持されている。
 現実の諸条件は、あるいは分割統治体制を揺るがせているかもしれない。北朝鮮の経済危機、恐怖政治、膨大な数の脱北者は、分割統治体制に、いつか必ず終わりが来ることを示すのに十分なものに見える。少なくとも冷戦が終わった頃くらいの四半世紀にわたって、われわれはいつその時が来ても決して根本的には驚かないようにする心構えを持ってきた。
 しかしその時がいつ来るのかは、まだ誰にもわかっていない。自分の判断でその時を作り出したいとまで考える者はいない。トランプ大統領ですら、そうだろう。
 北朝鮮の核開発問題とは、突き詰めれば、維持が簡単ではない国家を維持するための方策の問題である。非常に歪な方策だが、しかし機能している方策だ。本質的な問題は、そこに、維持されることが自明ではない国家がある、という事実だ。
 トランプ政権は「体制転換」を視野に入れた「斬首作戦」もオプションに入れていると伝えられているが、それが具体的に何を意味しうるのかは、もちろん明確ではない。というのは、そこにも無数のパターンがありうるからだ。
 「斬首作戦」よりも「体制転換」は大きな政策視点になるが、それよりもさらに大きな政策課題は「38度線」の問題であり、「中朝国境」の問題であり、そしてつまり朝鮮半島全体の政治体制の問題である。
 明日の行方、来週の行方も、実はすべて、朝鮮半島全体の政治的管理の見通しに対する洞察から逆算された計算によって、決まっていくはずだ。
 1950年に朝鮮戦争が勃発した際、日本はまだ占領状態にあり、独立主権国家としての判断や関与をする必要がなかった。日本人の頭の中に、あらたな朝鮮半島の危機への日本の対応は、1950年のときのようになるのではないかという漠然としたイメージがあるように感じる。しかしそれは違う。
 軍事攻撃、テロ攻撃、難民到来、経済危機、といった直近の脅威を列挙し、それらに対応していくだけで、日本にとっては十分に頭の痛い問題であることは確かだ。
 だが本当に本質的な問題は、国際政治の大きな流れの中で、朝鮮半島がどう動いていくのかを見極めることだ。朝鮮半島の政治情勢を洞察した上で、日本の関与の態度を決していく政策判断が、何よりも重大だということだ。
 結局は、直近の事態の推移を見守る際も、影響力を行使する政策決定者たちは、朝鮮半島全体の政治的管理の見通しに対する洞察から逆算された計算によって、具体的な行動を決していくはずだ。日本の政策も、それをふまえて、検討されていかなければならない。

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