「平和構築」を専門にする国際政治学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文その他の情報や、時々の意見・解説を集めています。以前にホームページとして掲載していた情報ともリンクさせています。

お陰様で『集団的自衛権の思想史』が重版されることになりました。その際、誤植が一点訂正されます。181頁の第1章注10の中の二行目「・・・国際社会では」が間違いです。正しい山本草二『国際法』からの引用文として、「・・・国内社会では」に訂正されます。初版を購入していただいた多くの方々には誤植不手際を深くお詫び申し上げるとともに、訂正が入ることをお知らせいたします。

 「立憲主義とは、主権者である国民が政府を制限することだ」というテーゼは、立憲主義の定義としては、錯綜した、ほとんど自己否定的な論理によって成り立っている。この「立憲主義=主権者による政府の制限」というテーゼは、いかに立憲主義の定義としての装いを取り繕うとも、つまりは「主権主義」の言い換えでしかない。常に主権者は制限する権力を行使する絶対者であり、主権者がその絶対権力を行使して政府を制限するときに立憲主義が生まれる、といった固定的な構図をあてはめる瞬間において、立憲主義は国民主権主義の派生物に貶められる。

主権者は、無謬であり、絶対的であるという推論を、ほとんど全ての議論の基盤としようとする立場が、日本の憲法学の立場だ。そのため、立憲主義の価値ですら、憲法超越的な権威を持つ主権者の行為によって基礎づけられていなければならないと信じるのである。東大法学部の伝統にそった日本の憲法学においては、立憲主義とは、「憲法制定権力」とも呼ばれる主権者の意思の創作物でしかない。立憲主義の基盤は主権者への信奉に見いだされるので、結局は「主権主義」が立憲主義に優越することになり、立憲主義は「主権主義」の言い換えでしかなくなる。

確かに、日本国憲法では前文で国民主権を謳っている。しかし、そこからどのような憲法体系を導き出すかは、解釈論的要素によって左右される。なんでもかんでも絶対国民主権主義を振りかざした主張を繰り返せばいいと言うわけではない。国民が自分自身を守るのが最も純粋な自衛権なので民衆蜂起だけが日本国憲法が許している自衛権だ、とか、国家が自分自身を守ることだけが本当の自衛権なので「個別的自衛権は合憲だが、集団的自衛権は違憲だ」、といったテーゼは、独特な「主権主義」への思い入れを知ることなくしては、決して理解しえない。憲法九条だけ見ていても、東大法学部系の日本の憲法学者による独特の集団的自衛権違憲論は全くわからない。

東大法学部系の憲法学は、英米思想の影響下で起草されたはずの日本国憲法を、あえて戦前の大日本帝国憲時代の東京帝国大学時代からのドイツ国法学の視点と用語で捉え続けた。あるいはフランス革命史への参照で日本国憲法を体系化しようとした。そこで一貫して維持されてきたのは、独特の「国民主権」(憲法制定権力)へのこだわりであった。

「八月革命」の概念を提示し、ポツダム宣言を「国民主権主義」の革命の成就と読み替えることによって戦後の憲法学を作り上げることを提唱した宮沢俊義は、「主権抹殺論」とも説明された同時代の法哲学者・尾高朝雄の立場を強く徹底的に繰り返し否定し続けた。なぜなら主権者はどこかに存在していなければならない(見つからなくても絶対にどこかにいなくてはならない)と主張したからである。宮沢の弟子筋は、今日に至るまで徹底して尾高朝雄は「主権の議論から逃げた」「敗北者」であるとの烙印を押し続けてきている。(拙著『集団的自衛権の思想史』第1章)

ではその主権者である「国民」とは、実際には誰のことなのか。宮沢自身は、「「国民」は、Jedermann、だれでもあるのであって、「国民主権原理の主眼は、主権が国民に属するというよりもむしろ、主権は君主というような特定の人間に属していないということにある」とも説明した(宮沢『憲法の原理』所収「国民主権と天皇制」)。

「主権者・国民」とは、誰でもあって必ずどこかに実在していなければならないが、決して具体的に誰それとは言うことができない神秘的な存在である。その神秘的な存在である「主権者・国民」が、政治やら政府やらを制限すると立憲主義となる、という極度に思弁的な発想は、国民主権主義だけでなく、立憲主義をも具体性のない抽象的な命題にしてしまわざるをえない。そして結局は立憲主義を、憲法学者による操作概念に貶めてしまうだろう。

制限のための制限が称賛され、制限という行為自体が目的化され、主権者たる国民が政府を制限しているから正当だ、といった議論が延々と展開される。制限行為の正当性を判断するのは憲法学者であるということも繰り返し主張される。

尾高の孫弟子にあたる井上達夫氏は、東大法学部系の憲法学者の「欺瞞性」を手厳しく批判しているが、リベラル派と呼ばれる人たちがリベラリズムの推進者に見えないのは、彼らが実際には特異な「国民主権主義者」でしかないからだ。

日本憲法学における「国民主権主義者」によれば、誰もが主権者として存在しているが主権者は特定の誰でもない。その誰でもなくて誰でもある主権者が政府を制限すると立憲主義が生まれるのだというが、そのような思弁的な発想の絶対性を声高に主張する立場は、個人の権利を究極的な規範原理とするリベラリズムとは、全く異なる。

リベラリズムを信奉するのであれば、国民主権を信じていても、決してそれを絶対視せず、なお個人の権利の至高性を正面に据えて、「立憲主義」を論じるはずである。制限が必要なのは、あくまでも守るべき個人の権利を守るためであって、主権者による制限するという行為それ自体が絶対的であったり素晴らしかったりするからではないはずだ。制限のための制限を自己目的化し、制限それ自体を立憲主義の本質と呼ぶことは、私にとってはほとんど立憲主義という語の濫用でしかない。


 拙著『集団的自衛権の思想史』の「あとがき」で次のように書いた。

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2015年の安保法制反対デモの中に、「War IsOver, If YouWant It」というスローガンがあるのを、何度も見かけた。ジョン・レノンとオノ・ヨーコが1960年代末からベトナム反戦運動で使いだしたメッセージであり、1971年の「Happy Christmas」の中のフレーズでもある。「戦争は終わっている(あなたがそれを望めば)」というメッセージは、その瞬間に進行中の戦争があることを念頭に置いたうえで、その事実に対する共感と責任を、その時代に生きたアメリカ人たちに、求めたものだ。ジョン・レノンは、その瞬間の同時代の世界の現実に対する想像力を求めた。

 安保法制反対デモで、このメッセージを使うことに、いったいどういう意味があるのだろうか。日本がすでに戦争に関与していると言いたいわけではなさそうだ。始まるかもしれないと想像する戦争がすでに終わっていることを想像してほしい、というのは、いささか思弁的に過ぎる話であるように思えてならない。ジョン・レノンのメッセージが、「アベ政治を許さない」といったことだったとしたら、そこにわれわれは何を感じるべきなのか。2015

年の日本では想像力が進展しすぎているのか、想像力の欠落した半世紀前へのノスタルジアだけがあるのか。
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それにしても思弁的なやり方で脅威を作り出した上で、その脅威への抵抗を呼びかけるという構成は、憲法学それ自体に見られたものではなかったか。拙著では「第1章」で次のようにも書いた。

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実は日本の憲法学界では、戦前の大日本帝国憲法の時代から今日に至るまで、「国家の三要素」なるものの存在を通説として保持し、その一つを「統治権」とすることが、ほぼ常識として確立されてしまっている[1]。ところが、この「三要素」について憲法典を含めて法律上の根拠はない。憲法学者が自分たちで作り上げ、美濃部達吉以来、東大法学第一憲法学講座の教授陣の面々が守りぬいてきた理論だ、ということ以上のものではない。

実定法として国家の成立要件を定めた根拠として参照されるのは、国際法の分野では1933年「モンテビデオ条約」である。そこには三つではなく、四つの要件が定められている。住民、領土、政府、そして他国と関係を持つ能力だ。ところが日本では、高校の教科書などから、堂々とモンテビデオ条約を脚注で参照しながら、「国家の三要素」が説明されていたりする。勝手に「政府」と「他国と関係を持つ能力」を合体させたうえで「主権」と言い換えて、四つを三つに作り替えてしまうのである。憲法学者が書いた憲法学の教科書に記載されている「統治権」なる概念は、さらにいっそう謎の権利である。日本国憲法には、「統治権」はおろか、「統治」という概念も登場しない。「統治権」なる概念の実在を信じる憲法学者は、大日本帝国憲法下の戦前からの憲法学の伝統を踏襲しているにすぎないのである。なぜそのような態度が普通になっているのだろうか。

高橋和之・東大名誉教授執筆の基本書『憲法』第一章は、絶対王政によって国家が確立されて「領域的支配権」が確立されて、「領土、国民、統治権(主権)」の三要素を持つ国家が生み出されるようになったのだ、と断言する。これらの要素が憲法典に記述がないのは、「憲法の前提ではあるが、憲法の中で確認するには必ずしも適さない」からだと注釈が施されている。根拠となる文献類は提示されない[2]。「国家の三要素」とは、いわば憲法学者だけが知る「社会学的意味での国家」の「歴史的成立」の物語の産物であり[3]、憲法学者だけが知る「憲法の条規を超えた『不文の憲法原理』」なのである。



[1] 美濃部達吉『憲法撮要』(有斐閣、1923年)、1018頁。「国民は、属人的に、ある国の統治権に服する人間だということもできる」。宮沢俊義『憲法』(第五版)(1956年)、96頁。芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法』第六版(岩波書店、2015年)、3頁。

[2] 野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法I』第5版(有斐閣、2012年)、35頁。

[3] 高橋和之『立憲主義と日本国憲法』(有斐閣、2005年)、34頁。高橋教授は「三要素」を備えた「国家の成立により、国際社会は、相互に独立の『主権国家』から成るものと理解されるようになる」と断言し、憲法・国際法にも先立つ原初的存在としての「社会学的な意味での国家」の概念を、立憲主義に関する著作の冒頭で提示する。根拠となる文検討の指示はなく、原初的な「社会学的な意味での国家」の成立の措定は、いわば高橋教授による立憲主義理解のための「命題」のようなものとなっている。

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