「平和構築」を専門にする国際政治学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda なお『BLOGOS』さんも時折は転載してくださっていますが、『BLOGOS』さんが拾い上げる一部記事のみだけです。ブログ記事が連続している場合でも『BLOGOS』では途中が掲載されていない場合などもありますので、ご注意ください。

経歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/shinoda/   
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過去のブログ記事(『アゴラ』) http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda

 日本では「森友祭り」が華やかなようだ。つくづく日本には、政策ではなく政局にしか関心がない人たちが多いのだな、と感じる。意識して記事をフォローしているわけではなくても、お馴染みの人たちがお馴染みのポジションで、興奮して政局見通しを披露するのに盛り上がっていることは、手に取るようにわかる。
 今のところはっきりしているのは、宇佐美典也氏が言うように、「本当の被害者は近畿局の現場のノンキャリである」ということだけなのではないか。http://agora-web.jp/archives/2031619.html 命を賭してまで告発することを重くとらえていた事情は、本当にお気の毒だ。今のところ問題がどこまで波及するのかわからないが、現場のノンキャリに負担を押し付ける形で、少なくとも財務省高官エリートのキャリア官僚がおかしな画策をしていた事実は、動くことがない。
 私個人の乏しい経験から考えても、「“官僚は真面目だし自分の判断で公文書を改ざんできるような度胸はない、従って政治家が関与したはずだ”という趣旨の発言をしている政治家や元官僚がいますが、これは間違っていると思います。むしろ逆で、自己保身と組織防衛が行動原理の官僚は、バレないと思えば何でもやります。」という岸博幸氏の言葉は、非常に納得するところが多い。 https://www.msn.com/ja-jp/news/national/森友問題「理財局の単独犯行」では説明がつかない3つの疑問/ar-BBKgTDl?ocid=sf#page=2 実際に巨大組織の中に属している方は本当に大変なのだろうと思う。
 とはいえ、こういう事態も政治の一部だ、ということだろう。しばらく前に「内閣支持率の低下は、改憲案への逆風か、改憲案が作った風か」という題名でブログ記事を書いたことがあるがhttp://agora-web.jp/archives/2027249.html 、自民党が改憲案をまとめるといった時期になると、「森友祭り」のような事態になったりするものなのだ。
 『現代ビジネス』さんで、3月下旬に武力行使の可能性が高まる山が来ることを見越して、北朝鮮の金正恩氏が布石を打ってきたと見るべきだろうと書かせていただいた。http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54815 
 日本国内では自民党の改憲案で3月下旬に山が来るはずだったが、それもまた新しい展開で発生しないのかもしれない。
 「森友祭り」を見て、あらためて日本では憲法改正が非常に難しいな、という思いを強くする。

定期的に出演させていただいているニコニコ動画『国際政治ch』で、ゲストに冨澤暉・元陸上幕僚長をお招きして、対談をした。http://ch.nicovideo.jp/morley
 
海外の軍人「プロ」同士の視線を気にすれば、「自衛隊」という名称を入れる改憲案には承服できない、といった意見など、約三時間、興味深いお話をたくさんしていただいた。
 
それにしても印象に残ったのは、冨澤さんに、最後に、「自分と同じ見解を持つ篠田という学者は珍しい」といったことを述べていただいたことだ。視聴者の中にも、同じようなコメントを出してくれている方がいらっしゃり、光栄ではあるが、複雑な思いにかられた。
 
なぜなら私自身は、自分自身の国際秩序論を、極めて普通の正論だとしか思っていないし、憲法解釈も単なる平凡な憲法典の読解だとしか思っていないからだ(むしろ私は憲法学の主流のほうが意図的に憲法典を曲解していると思っているし、司法試験受験者や公務員試験受験者が、試験委員のチェックばかりに忙しくて日本国憲法典それ自体を読む暇を持てていないと疑っている)。http://agora-web.jp/archives/2031329.html    blogos.com/article/280280/
 
冨澤さんが著作で論じていることも、国際社会の常識と言ってよいことばかりだ。「戦争を放棄をしているのは日本だけではない」、「PKOの武力行使は集団的自衛権と関係ない」、「集団的自衛権と集団安全保障の差異をほとんどの国民が認識していない」、などは、単に国際法の基本を勉強すれば、それで常識となる事柄ばかりだ。
 
だが国際社会の常識を常識として主張すると、日本社会では、珍しがられるらしい。私のように、うっかりと憲法典それ自体は国際社会の常識に反していない、などといったことまで口走ってしまうと、憲法学者や公務員試験合格者や司法試験合格者から、「日陰者」、「(三流)蓑田胸喜」、「ホロコースト否定論者」、「若い」、などの言葉を浴びせかけられる。
 
全ては、国際法の地位が、日本社会で不当に扱われていることに起因しているのではないか。
 
私は国際政治学者だが、国際法学会にも属している。素晴らしい業績を持ち、国際的に、学会で、国連委員会で、活躍されている国際法学者の方々が日本にも多いことを、よく知っている。政治運動には走らず、プロ意識が強いことが、かえって国際法学者の方々の日本社会での存在感を地味にしているとしたら、不当だ。
 
司法試験で国際法を必須にする、公務員試験で国際法を必須にする、国立大学法学部で国際法教員を優先確保する、などの措置がとられれば、日本社会は一気に変わるような気がする。が、もちろん簡単には発生しない。既得権益に根差した社会構造の問題だからだ。
 
相変わらず、司法試験合格者が、法律家の代表として、憲法の基本書にしか存在しない「国際法上の交戦権」なるものを振りかざし(実際には現代国際法に「交戦権」なるものは存在しない)http://ironna.jp/article/8337、国際法では国連憲章にもとづいて世界的に自衛権に関する議論が蓄積されているのに「自衛権は憲法に書かれていないので透明人間だ」http://agora-web.jp/archives/2029686.html、などといった主張を、熱心に社会に広めている。
 
もっとも伝統的に、日本の国際法において、国際人道法(戦時国際法=ユス・インベロ)はもちろん、自衛権(武力行使に関する法=ユス・アド・ベルム)についても、あまり華やかな議論がなされてこなかったという事情もあるかもしれない。しかし優れた専門家がいないわけではない。
 
人口激減・少子高齢化による国力の低下が懸念されている日本が、いつまでも「戦前の復活を阻止する」ことだけを目標に、「憲法優位説」だけを唱えているだけで、本当に上手くやっていけるのだろうか。

 

出張に向かう機内で映画『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』を観た。日本では公開前のようなので、ネタばれになるようなことは書けないが、その内容は、史実にそったものだ。
 
以前にこのブログで映画『ダンケルク』の感想を書いたことがあるが、ともに第二次世界大戦初期の様子を描いたものだ。『ダンケルク』が兵士側からの視点で描かれた映画であったとすれば、『チャーチル』は19405月に首相に就任したチャーチルを中心に政治状況を描いたものである。
 
19405月、イギリスでは、ミュンヘン会議の際の「融和政策」で有名なネヴィル・チェンバレンがまだ首相にとどまっていたが、デンマーク降伏とノルウェーでの連合軍の無惨な敗北で、辞任を余儀なくされた。そして510日、海軍相の地位にあったチャーチルが首相に就任することになったが、すでにドイツはオランダやベルギーへの侵攻を開始していた。ドイツの快進撃によって、約一か月後にはフランスも占領されることになる。 
 
映画では、チャーチルがすでに峠を越えた老齢の政治家であったことだけでなく、短気で酒に溺れた人物であったことが強調されている。保守党内での信望は皆無であった。やむを得ずチャーチルを首班とする戦時内閣を許したものの、保守党の主流派は、チャーチルを快く思っていなかった。彼らは、もはや戦争に勝つことは不可能であると考え、さらにイギリス占領の危機に怯え、ヒトラーとの和平を画策していた。
 
その頃、大陸に派遣した30万のイギリス軍は、ダンケルクに退避しただけで、ドイツ軍に包囲され、全滅の危機にさらされていた。映画『ダンケルク』が描いたように、チャーチルが850隻ともされる民間船舶を動員して、奇跡の救出劇をほぼ成功させた。これによってイギリスだけは、ヒトラーの支配下に入ることなく、ヨーロッパの最後の砦として持ちこたえ続けることになった。そのことが、第二次世界大戦、あるいは世界史の進展に、巨大な意味を持った。
 
ダンケルクの攻防が行われているとき、ムソリーニのイタリアが独英間の和平を調停しようとしてきたのは、すでにヨーロッパ大陸のほぼ全域を制圧していたヒトラーが、実はイギリスの侵攻については迷いを持っていたことを物語る。
 
しかし結果的には、ダンケルクの作戦の「成功」によって、チャーチルは政治的権威を強め、閣内の和平派を取り除き、戦争継続でイギリスの世論をまとめていくことにも成功する。ソ連侵攻を決断するまで、むしろ和平の道を模索したのは、ヒトラーのほうであった。19405月にイギリスの首相がチェンバレンからチャーチルに代わっていなければ、イギリスはヒトラーとの停戦に入り、ナチスによるヨーロッパ大陸支配は確定されていたかもしれない。
 
チャーチルは、ダンケルクからの撤退作戦の成功後に議会で行った有名な演説を、「新世界(=アメリカ)」への期待によって結んだ。イギリス人がヨーロッパのほぼ全域を支配したドイツに対して戦争を続けようと決意した背景には、アメリカの存在があった。チャーチルは著作を何冊も持つ軍事史家であったが、ヨーロッパ大陸の動向に対する洞察だけではなく、大西洋をはさんだ米英の特別な同盟に関しても、歴史的な見地から深い洞察を持っていた。チェンバレンとチャーチルの立場を分けたのは、アメリカの存在に対する洞察であったと言うことも、的外れではない。
 
それにしても映画を観た後に思うのは、政治家の仕事というのは、運命に弄ばれるものだ、ということだ。チャーチルは、世界史に残る巨大な仕事を成し遂げた政治家であるが、首相に就任して間もない頃までは、偏屈で信望のない老人のようであった。時代の環境が、チャーチルを求めた。チャーチルが英雄になることを求めて、英雄になったわけではない。
 
ただし、時代の要請に、チャーチルは的確に反応できた。それは彼が、党派政治に関心を持たず信念を持ち続けていたために、イギリスにとって貴重な「危機に際して使うことができる一つの選択肢」であり続けていたからだ。
 
第二次世界大戦の危機がなければ、チャーチルは、海軍大臣としての失敗のエピソード以外には目立つこともなく、平凡な政治家として生涯を終えたのだろう。政治家であれば、それはそれで国民の安寧にとって望ましいことだと考えるべきである。
 
政治家は公僕であるから、自身の出世や、自身の能力の誇示などが、行動原則であってはならない。必要なときに、世論に訴えかけるだけでなく、他の政治家にも訴えかける理念を持ち続けていなければならない。すべては、国民が求めたとき、一つの有効な選択肢として自分自身の存在を提供するためである。
 
日本では憲法改正の議論ですら、自民党内の政争の話として処理し、3月に誰が勝つ、負ける、といったレベルの話に、全てを還元してしまおうとする人ばかりだ。これでは政治家が可哀そうだ。せめて学者くらいは、より長期的な視点で、政治家を見てあげたい。
 
政治家は、受験生でもなければ、官僚でもない。型にはまった競争を通じた小手先の技術を見せ合うことしかできない人物であってはならない。そんな人物ばかりが政治家を務めているような国は、国家としての総合力が弱い国だ。
 
自分自身に機会がないときであっても、常に自分自身を一つの選択肢として提供する覚悟と準備を怠っていない者こそが、望ましい政治家というものだ。結果として、首相になるか、ならないか、歴史に名を残すか、無名で終わるかは、誰にもわからない。それらは、すべて政治家自身が操作しようとしてはいけないことである。

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