「平和構築」を専門にする国際政治学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文その他の情報や、時々の意見・解説を集めています。以前にホームページとして掲載していた情報ともリンクさせています。

2018年02月

1993年に殉職された高田晴行警視を含むカンボジアPKOに派遣された文民警察官の方々の経験を克明につづった本の書評を書かせていただいた。blogos.com/article/277437/ 日本における国際平和協力の業界は小さいので、それなりに話題にしていただいているようだ。ありがたい。
 
ところが「官僚主義の弊害」「検証しない国」といった表現にだけとらわれる方々が、政府内にも、運動家にも、いる。もちろん、問題の核心は、そこではない。
 
憲法9条の恣意的な解釈・運用が、この国にどれだけの機能不全をもたらしているのか。私の書評は、その端的な実例を扱っているにすぎない。
 
国民投票をすると無駄なお金がかかるという人がいる。ナンセンスだ。過去70年にわたって、政治イデオロギーに染まった憲法解釈・運用によって、どれだけの無駄が積み重ねられてきたのか。
 
PKOの現場だけではない。霞が関にも、永田町にも、犠牲者はいる。憲法学者が文句を言うだろうかと悩み、相談し、仕事をやり直したりしている方々が、日夜、相当な苦労をされている。それらの方々が費やした労力と時間を計算すれば、とても800億円では足りないだろう。
 
それなのに、今後もまだ、何十年もかけて無駄な費用をかけ、国力を疲弊させ続けるのか。現場で真摯に努力し続ける方々に、矛盾を押し付け続けたうえで、「政府の邪魔をする者だけが立憲主義者だ」、などと主張し続けるのか。
 
早く憲法解釈を確定させたほうがいい。しかも、問題の先送りだけに終わらないように、国際法と調和した憲法解釈を確立させたほうがいい。
 
そして安定した外交安全保障政策を維持しながら、焦眉の課題の諸問題に本腰を入れて取り組んでいくべきだ。
 
9条に関する憲法学通説を批判する国際政治学者を見つけては、「日陰者だ」三流蓑田胸喜だ」「ホロコースト否定論者だ」、などと誹謗中傷していくために労力を払うのではなく、憲法学者の方々には、是非とも「ヘイトスピーチの規制」などの本当の憲法問題の研究に専心していただきたい。

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「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。」(国連憲章2条4項)
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 私はこのブログで何度か憲法について書いてきているが、その内容は、至極、簡単なことである。国連憲章があり、日本国憲法がある。歴史的経緯からも、文言上の連動性からも、二つのつながりは明快だ、ということだ。
 ところが、そんなことを言うと、憲法学者の方などに、「ネトウヨ」だ、「三流蓑田胸喜」だ、「ホロコースト否定論者」だ、などと糾弾される。
 私は、憲法解釈を明確化する改憲に、賛成する。これ以上、不毛な議論で国力を疲弊させる余裕は、日本にはない。いちいち「憲法学者に批判されるかなあ」と躊躇しなければならない悪弊を続けるべきではない。
 私としては、国連憲章と合致している憲法の性格を失わないようにする改憲が望ましいと考える。むしろ日本は国連憲章を中心とする国際法を守る国だ、ということがはっきりわかるようにしてほしい。
 国際法を蔑視し、日本が世界最先端論だと主張するのが「護憲派」だというなら、日本憲法典は、「護憲派」ではない。「憲章肯定派」としての「護憲章派」だ。 
 日本国が批准している国連憲章を、日本人は「誠実に遵守」する必要がある(日本国憲法98条)。憲法全体の運用は、国際法を無視せず、調和する形で、意識的に行うべきだ。
 「戦力」や「交戦権」は、国際法規範で存在していない概念である。日本国憲法典は、それらを否認しているだけである。日本国憲法典は、「戦力」や「交戦権」を否定することによって、現代国際法を「誠実に遵守」することを、日本人に求めただけである。国際法に反抗することを、求めていたわけではない。
 改憲によってかえって「実力組織」とか「専守防衛」とか「個別的自衛権だけが自衛権」などの怪しいガラパゴス概念を乱発し、日本が国際社会で孤立する要因を積み上げていこうとするのは、感心しない。
 国際法を遵守する。なぜ、これだけでは、だめなのか。それこそが本当は日本国憲法が求めているものなのではないか。
 日本はこれから激しい人口減少=少子高齢化社会に突入する。国家財政も膨張しきっている。今こそ、日本国憲法の精神に立ち返り、正当な国際社会の一員として生きる道を模索し、効率的な安全保障政策を目指していくことが必要なのではないか。
 これ以上のガラパゴスはやめてほしい。なぜ、シンプルに、国連憲章を守る「護憲章派」で、あとは一つ一つの外交安全保障政策を議論していく、ということでは、だめなのか。

前回のブログでは、「芦田修正」についての記述が舌足らずだったかもしれない。「芦田修正」というと、憲法学では、92項に「前項の目的を達するため、」という文言を入れて自衛戦争の留保を狙った、姑息だが失敗した措置として知られている。
 
しかし私は、それはむしろ憲法学の自作自演の陰謀の産物なのではないか、と疑っている。
 
実は日本政府憲法改正小委員会(委員長:芦田均)によって修正されたのは、2項だけではない。1項の冒頭の文言「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、」も、同じように修正の結果、挿入された文言である。GHQ草案の段階では、そのような文言がなかった。

GHQ草案www.ndl.go.jp/constitution/e/shiryo/03/076/076_007l.html

www.ndl.go.jp/constitution/e/shiryo/03/076a_e/076a_e007l.html 

(現在の9条はGHQ草案では第8条)

2項の「前項の目的を達するため、」という文言は、1項の目的、つまり冒頭の「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、」を指していることは、明白である。1項にも、2項にも、「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、」という9条の目的を明示しようとしたのが、委員会の措置であった。ただ2度同じ文言を繰り返す必要はないため、2項では、「前項の目的を達するため、」という文言になった。
 
「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、」という文言は、前文で謳われている精神の確認である。
 
憲法前文で「公正」とされている箇所は、GHQ草案では「justice」とされていた箇所であり、つまり「正義」である。そして「justice」とは、アメリカ合衆国憲法の冒頭に登場する概念である。
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日本国民は、・・・平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、・・・国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

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「平和を愛する諸国民」は国連憲章に登場する文言で、国連加盟国を指す。原加盟国は、アメリカを筆頭とする第二次世界大戦戦勝国である。さらに遡れば、1941年にアメリカのルーズベルト大統領とイギリスのチャーチル首相によって発表された「大西洋憲章」に登場する文言である。ちなみに「恐怖と欠乏からの解放」という概念も、ルーズベルトによって大西洋憲章に挿入され、国連憲章にも引き継がれた概念である。その後に日本国憲法に挿入された。
 
「芦田修正」が明示したのは、国連憲章が代表する国際秩序の存在を大前提にして、9条が存在しているという点であった。
 
ちなみに2項との関係で言えば、大西洋憲章の次の文言は、全てを物語る。

「陸、海又ハ空ノ軍備カ自国国境外ヘノ侵略ノ脅威ヲ与エ又ハ与ウルコトアルヘキ国ニ依リ引続キ使用セラルルトキハ将来ノ平和ハ維持セラルルコトヲ得サルカ故ニ、両国ハ一層広汎ニシテ永久的ナル一般的安全保障制度ノ確立ニ至ル迄ハ斯ル国ノ武装解除ハ不可欠ノモノナリト信ス。」http://www.ndl.go.jp/constitution/etc/j07.html

92項の措置は、1941年大西洋憲章のときから予定されていたものだと言えるが、それはつまり大日本帝国軍の解体の国内法上の根拠を提示したものだ。したがって「侵略の脅威」が取り除かれた後に、「広汎にして永久的なる一般的安全保障制度」を定めた国連憲章における正当な自衛権の行使をするための手段の保持することを、禁止したものではない。

自民党の石破茂氏は、現在の政府の憲法92項解釈はわかりにくいので、削除が望ましいと主張している。興味深いことに、そこで石破氏は、『あたらしい憲法のはなし』(1947年文部省中学1年生用教科書)や「芦田修正」についてもふれる。blogos.com/article/275313/  

しばしば誤解されているが、石破氏は、誰よりも憲法学通説に忠実な方である。伝統的な憲法学の通説をすべて一度完全に受け入れている。そのうえで、だから92項を削除するしかない、との結論を付け加えるだけである。

私は石破氏の改憲案には賛成だ。ただし、2項だけでなく、1項も削除していい、とも言っている。9条がなければ、国際法を守ればいい/守らなければいけない、ことが、はっきりするからだ。

石破氏は、物腰柔らかな勉強家だ。それに対して、私などは、いかにも品がない。憲法学の憲法解釈が偏向している、などと言っている。私に言わせれば、石破氏が議論の前提としている憲法解釈は、戦後憲法学の陰謀の産物でしかない。

たとえば、石破氏は、『あたらしい憲法のはなし』(1947年文部省中学1年生用教科書)を参照し、それが憲法「制定当初の意図」と描写する。ただし、より正しく言えば、そこに反映されているのは、教科書策定にかかわった新憲法推進運動を展開していた運動家たち、つまり東大法学部系の憲法学者たちの憲法制定の頃の「意図」であろう。www.yuhikaku.co.jp/static/shosai_mado/html/1711/01.html

1946年の新憲法案に対する採決においては、枢密院と貴族院で、元東大法学部憲法学教授の美濃部達吉と京都大学憲法学教授の佐々木惣一が反対票を投じた。その後も、大石義男・京都大学憲法学教授らは、新憲法は手続き違反で無効であるという立場をとった。

ただ、現役の東大法学部憲法学教授であった宮沢俊義が「八月革命」説をもって新憲法擁護の立場に立ち、東大法学部系の同僚たちによる大々的な政治運動にかかわり、新憲法に寄り添う戦後の憲法学の成立を準備した。宮沢は、文部省教科書と全く同じ題名の書物『あたらしい憲法のはなし』を、同じ1947年に、朝日新聞社から出版した人物でもある。

新憲法否定に流れていく可能性もあった憲法学会が、新憲法の擁護者となったのは、宮沢を中心とする勢力の立場が「学会通説」「学会多数性」「学会主流」になったからである。その過程で、『あたらしい憲法のはなし』も、一緒になって、「学会通説」を表すものとなった。

しかし、だからといって『はなし』が本当に日本国憲法典の一部であるわけではない。そこには戦前の大日本帝国憲法時代にドイツ法学に慣れ親しんでいた憲法学者らによる、新憲法の読み替えがあった。

宮沢らが苦心して日本国憲法への大転換を読み解こうとした過程で、ドイツ国法学的な発想が残存する解釈が定着した。国際法に準拠し、英米法的な発想で、憲法典を読み解こうとする意識は葬り去られた。本来は憲法典の条項のある一つの解釈でしかなかったものが、絶対的な「通説」となった。日本人は、実際の日本国憲法典を読むことをしなくなった。資格試験の際に憲法学者の基本書を読むのでなければ、『あたらしい憲法のはなし』の挿絵が挿入され続けている学校教科書を読んで、憲法を理解することになった。http://agora-web.jp/archives/2027165.html

端的に言おう。1946年当時、ドイツ国法学に慣れ親しんでいた日本の憲法学者たちは、アメリカ人が主導して進めた国際秩序の変更を知らず、アメリカ人が主導して作成された国連憲章の内容を全く意識していなかった。そして1946年以降も、日本国憲法におけるアメリカの影を葬り去ることに専心し、むしろアメリカを批判する道具として憲法を使うことに躍起になってきた。

その影響の一つが、日本の憲法学における「戦争」概念の19世紀的性格の残存である。日本の憲法学は、国際法上の概念である「自衛権」を、常に「自衛戦争」と言い換えてしまったうえで、だから「すべて憲法学者に仕切らせろ」、という態度をとり続けてきている。「交戦権」概念が現代国際法ではすでに死語になっていることを無視し、憲法の基本書のみに存在して現代国際法には存在しない、摩訶不思議な「(憲法学の基本書が定める)国際法上の交戦権」なる謎の概念を日本国内で普及させる運動を展開し続けてきた。本来の日本国憲法がまさに禁止しようとしていた、19世紀ドイツ国法学の発想を残存させる運動を、日本国憲法に反して、推進し続けたのが、憲法学者たちであった。<私の議論の長谷川幸洋氏による簡潔な整理:http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54332?page=2>

私に言わせれば、石破氏も、その他の多くの日本人も、騙されているのである。憲法を語っているつもりになっていて、実は、憲法学の基本書を語っているにすぎないのである。

石破氏は、いわゆる「芦部修正」にも言及する。そして「芦部修正」を採用するのは無理だ、と主張する。典型的な憲法学の基本書の主張である。

しかし私に言わせれば、そもそも「芦田修正」なるもの自体が、憲法学者の陰謀なのである。

「芦田修正」とは、通常、1946年に日本政府憲法改正小委員会(委員長:芦田均)が、92項の冒頭に「前項の目的を達するため」という文言を挿入する修正を行ったことを指す。憲法学「通説」は、芦田委員長が、9条が否定している「自衛戦争」を復活させる可能性を残すために、姑息にもつまらない文言を挿入する陰謀を働かせた、とする。憲法学「通説」は、そのうえで、「芦田」の陰謀は、文理上、破綻しているので、その姑息な試みは失敗している、と結論づける。

しかし私に言わせれば、この姑息な陰謀としての「芦田修正」説は、「憲法学会通説」を維持するための自作自演の芝居である。陰謀は、芦田均ではなく、憲法学会多数派のほうにある。

憲法改正小委員会が行ったのは、9条という特異な条項を憲法に挿入するにあたって、その背景を明確にしておきたい、ということだった。その背景とは、つまりすでに憲法の前文に書かれていた憲法の趣旨である。芦田にとって、「前項の目的」とは、「憲法の前文」と言い換えて全く問題ないことだった。前文の制定趣旨があって、その趣旨を反映した9条という特異な条項が生まれた。そのことを、芦田は明確化させたかったにすぎない。

憲法学会「通説」が否定しているのは、芦田の姑息な陰謀などではない。実は、憲法学会「通説」は、日本国憲法の「前文」を否定しているのである。

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日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

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「平和を愛する諸国民」とは日本国憲法起草の半年前に成立していた国連憲章に登場する言葉であり、つまり国連加盟国を指す。原加盟国の筆頭は、第二次世界大戦の戦勝国の筆頭である、アメリカ合衆国である。国際協調主義の精神にのっとり、アメリカが中心となっている国際秩序を受け入れ、その国際秩序の中で、名誉ある地位を占めたい、と宣言しているのが、日本国憲法「前文」である。したがって憲法9条は、国連憲章24項の「武力行使の一般的禁止」の原則及びその運用方法を受け入れ、さらに貢献していくために、憲法に挿入された条項である。それが、憲法改正小委員会が明確にしたかったことだ。

日本国憲法は、国際秩序に反旗を翻し、(個別的)自衛権を濫用して世界を戦争の惨禍に陥らせた経験を反映し、二度と国連憲章に反した19世紀国際法的な発想を振り回すことはしない、ということを誓っている。宣戦布告さえすれば正当に戦争を遂行できる「基本権」を主権国家は持っている、などといった今日では日本の憲法学会にしか生き残っていないような骨董品のような「交戦権」概念を、放棄しよう、と9条は誓っていたのである。

国連憲章24項で一般的に否定されている「戦争」を遂行するための「戦力(war potential)」を保持しないという2項の規定は、国際秩序を無視して暴走した大日本帝国軍の解体を正当化し、完遂させようとしていたマッカーサーの政策を裏付けるための国内法規定だ。国際法で禁止されている戦争を行うための大日本帝国軍のようなものは二度と持たない、というのが92項の趣旨であり、国連憲章で定められている自衛権を行使することも放棄する、などという乱雑な趣旨を、92項は持っていない。

1950年代に作られた内閣憲法調査会の会長を務めた高柳賢三は、すでに1963年の著作で、憲法学会通説が「芦田修正」と呼んでいること、つまり92項は自衛権を否定していないという論理は、むしろGHQの中では共有されていた、と指摘した。それを否定する論理が生まれたのは、東京帝国大学法学部出身で戦中に内閣法制局長官を務めながら、吉田茂内閣の憲法担当国務大臣として国会で憲法改正に関する答弁を担当した金森徳次郎によってであった(高柳賢三『天皇・憲法第9条』[有紀書房、1963年])。

英米法が専門であった高柳は、金森説を「通説」とした憲法学会の態度について、次のように述べた。

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私は日本国憲法ができる時に、勅選議員として貴族院で憲法討議に参加したが、新憲法の草案を見て、これは英米法的な憲法だなと思った。そのときからこの法を大陸法的な頭の日本法律家が妥当な解釈をするまでには相当混乱が起こるだろうという感じをもっていた。この予感は間違いでないことが段々分かってきた。例えば戦争放棄の第9条の解釈でこれが現れた。

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高柳が会長を務めた内閣憲法調査会は、1955年保守合同で改憲の機運が高まったときに設置されたものである。結局、高柳の強いリーダーシップで、改憲の必要はない、という結論が導き出される。英米法が専門の学者であった高柳は、「前文」で謳われている趣旨に沿って9条を解釈すれば、何も問題がない、GHQ関係者もそのような意図を持っていたことが調査で確証された、と判断し、改憲の必要はない、という結論を導き出したのである。

ところが憲法学会「通説」にそっていくと、「戦前の復活」を狙っていた憲法調査会の連中が、憲法学者らが主導した憲法擁護の「国民の声」に圧倒されて、遂に改憲を提案することができないところまで追い詰められた、といったストーリーになってしまう。

私に言わせれば、これはほとんど陰謀である。

高柳賢三は、1963年に、次のように述べた。

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(憲法)学会の通説について顧みると、ドイツ法学から十二分に学んだ法典実証主義の影響が第九条の解釈についても濃厚にあらわれていた。つまり刑法典や商法典の解釈方法とおなじ手法で、日本国憲法を解釈するという傾向がつよかったが、それが第九条の解釈にもあらわれていることが印象的であった。アメリカではジョン・マーシャルの古い警戒の言葉、すなわち、われわれの解釈せんとしているのは憲法であることを忘れてはならぬということが憲法解釈の金言として尊重されている。・・・マ(ッカーサー)元帥が一面日本は自衛のためにはいかなる措置をもとりうるとして九条の成文の規定を抹殺するかの如き態度をとりながら、他面これを不朽の記念塔として大切に保存すべきであろうとする“複線的解釈”は日本の法律家には了解に苦しむものがある。

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こうした事情から、今日でも、石破茂氏らは、9条の「複線的解釈」に苦しむ。そして、「削除」しかない、という結論に達する。

石破氏は、「いわゆる芦田修正」への反証として、次のように述べる。

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①もし第1項を「自衛のための武力の行使はできる」と解するならば、そのための戦力を保持できることは自明のことであり、第二項をわざわざ置く意味は全くなく、むしろ「前項の目的を達するため陸海空軍その他の戦力を保持する」と書く方が自然なのではないか

②同時に憲法に自衛のための組織に関する統制の規定や、自衛権行使にあたっての規定を置くのが当然ではないか

③「前項の目的を達するため」は「国の交戦権はこれを認めない」という部分にはかかっておらず、この部分は芦田修正にかかわらず生きているのではないか

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  について言えば、1946年初頭の日本では、まだ大日本帝国軍の解体も完成しておらず、今日の言葉で言う「DDR(武装解除・動員解除・社会再統合)」は、むしろ達成すべき一つの困難な政策課題であったことを想起しなければならない。近衛師団の残存勢力であった禁衛府と皇宮衛士総隊の解散指令をGHQが発したのが、ようやく463月である。今日の日本人は「必要最小限」の概念に毒されてしまっているため、「多少の量なら温存して良かったなら、憲法でそう言ってくれればよかったのに」といった発想にとらわれがちである。しかし「解体」の基準になるべきなのは、「量」ではなく、「質」だったのである。大日本帝国軍を受け継いでいる19世紀的な「戦争」組織は全面的な「解体」「放棄」対象であるのに対して、現代国際法に沿って自衛権を行使するための組織なら導入してもいい、と言うことに、何も矛盾はない。それどころか、それこそが国際法にそった考え方であり、世界の諸国の普通の考え方である。「質」でなく、「量」を基準にする発想は、ほんとうの日本国憲法の仕組みではなく、憲法学の陰謀的な発想の所産である。

  自衛組織や自衛権行使の規定が憲法典にないことは、何ら不思議なことではない。そもそも日本国憲法が目指していたのは、現代国際法を基盤にした国際秩序にしたがって国家を運営することだったのだから、国際法で規定されていることは、単に国際法を守ればそれで済む。また、国内組織に関する事柄は、通常法で規定するのが当然だ。憲法に組織法の規定がなくても、何も不思議なことはない。

  「交戦権」(rights of belligerency)否認の意味は、「二度と国際法を無視し、19世紀的ドイツ国法学的な国家の基本権思想などを振り回して、国際秩序を蹂躙することは致しません」、ということである。自己反省にもとづく寂しい内容の規定だが、歴史的経緯を考えれば仕方がなく、その点は「前文」ではっきり謳われているとおりである。アメリカ合衆国は、19世紀にモンロードクトリンの「相互錯綜回避」原則をヨーロッパ諸国に主張していた時代から、「交戦権否認」のドクトリンを持っていた。大日本帝国が「交戦権否認」ドクトリンに挑戦し、主権国家の戦争をする権利のようなものを振りかざしたので、「交戦権否認」を国内法規定にも入れ込ませた。「芦田修正」云々を言うことは、憲法学「通説」の陰謀に引っかかって、日本国憲法の全体的な趣旨や、歴史的背景を、意図的に見失おうとすることに他ならないのである。

*篠田英朗『ほんとうの憲法:戦後日本憲法学批判』(ちくま新書、2017年)、参照。

私が一年半ほど前からブログを書いているのは、『集団的自衛権の思想史』という本を書いてみて、少しは普通の日本人の方向けの話ができるかな、と思ったからである。ようやく幾分かの反応をいただいているが、その内容を見ると、複雑な思いにかられざるをえない。
 
現在、『平和構築人材育成事業』研修をやっているので、連日にわたり朝から夕方まで、世界中から集まってきている25名の研修員たちと、南スーダンやらマリやらの話を題材にした英語で議論をしている。ほとんどが海外から呼んでいる国連職員など30名弱の方々をファシリテーターとして数週間にわたって運営する研修で、多様なシミュレーションの筋書きなども私が責任を持っているため、けっこう夜中まで頭を悩ませたりしている。http://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/ipc/page3_002350.html
 それでも少し合間を見て、息抜きにブログの様子などを見ることは見る。そうすると、自分がいかに日本社会から乖離したところに暮らしているかを感じて、複雑な思いになってしまう。世界の現実から、日本はあまりに乖離している。もっとも、それでも日本という社会はなんとか成立はしてはいる。人口を減少させ、国力を停滞させながらも、なんとか日本社会は維持されてはいる。
 
だが本当にこのままでいいのか。このままでも、本当に日本の未来は、大丈夫なのか。
 
前回のブログの後、弁護士の早川忠孝氏が、私の文章についていろいろと反応していただいていたのに、ようやく気付いた。正直、早川氏は、私の著作はおろか、ブログレベルの文章についても真面目には読んでいないようなので、早川氏が書いていることについては、最早あまり関心がわかない。だが、印象に残ったのは、次の表現である。「それにしても、篠田さんはお若い。面白いことを言われる方ではある。」http://agora-web.jp/archives/2030772.html 
 
実は私は49歳なので、「若い」と言われるのは冗談にもならない。少子高齢化社会の日本の現実をふまえたブラック・ジョークではあるかもしれないが、真面目な描写ではない。だがそれにもかかわらず「篠田は若い」と言ってみることに、いったい何の意味があるのか。
 
「戦前の復活」「ナチスの再来」「軍国主義へのいつか来た道」・・・・半世紀以上にわたって使い古されてきた陳腐な表現でしか他人を批判できないのは、ちょっと問題ではないか、と憲法学者らを批判しているのが、私である。その私に対して、憲法学者の方々は、あえて「三流蓑田胸喜」「ホロコースト否定論者」といった正面突破の言葉を投げかける。
 
私は「面倒なことは存在していないことにしよう」という価値観を振り回すのは、大人の姿勢でも何でもない、既得権益の維持だけを狙った単なる思考停止ではないか、と主張している。その私に対して、「若いな」という正面突破の言葉で否定してみせようという人がいる。正直、暗澹たる気持ちになる。
 
若いとか、年寄りとか、そんなことは関係がない。護憲派とか、改憲派とか、そんなことは関係がない。リベラルとか、保守とか、そんなことは関係がない。親米派とか、反米派とか、そんなことは本質的な問題ではない。
 
自分が生きている社会を、もう少しだけでもいいので、良いものにしたい。そのために、相手の人格を尊重し、意見を受け止め、真摯な気持ちで対応しながら、頭を悩ませて、自分の意見を顧みながらも、他者の意見についても検討する。そういう素直で普通の生き方が、なぜ現代日本では、簡単にはできないのだろうか。

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