「平和構築」を専門にする国際政治学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda なお『BLOGOS』さんも時折は転載してくださっていますが、『BLOGOS』さんが拾い上げる一部記事のみだけです。ブログ記事が連続している場合でも『BLOGOS』では途中が掲載されていない場合などもありますので、ご注意ください。

2018年12月

 先日、ゴーン事件をめぐる東京地検の態度に、プレゼン力の欠如を感じるという内容のブログを書いた。http://agora-web.jp/archives/2035966.html
 
順天堂大学医学部が「コミュ力の高さ」を理由に女子受験生の一律減点をしていたという事件を見ても、日本社会が抱える問題の根の深さを感じる。
 
私自身は、家族や知人の入院・出産等をへた経験からは、欧米諸国の医者と日本の医者では、圧倒的に欧米諸国の医者のコミュニケ―ション能力が高いと感じている。そもそも根本的な態度のところで、決定的な差があると感じている。
 
医者のような人間を相手にした仕事で、人間とコミュニケーションをとる能力は、職業能力の中核を占めるはずだ。欧米社会では、そういう価値観が当然視されていると思う。日本では違うらしい。
 
日本の法律家の間でも、司法試験対策で憲法学の基本書を丸覚えしたペーパー答案を書く能力だけを競い合い、基本的なコミュニケーション能力、あるいはそもそも物事を丁寧に議論する態度を軽視したりする傾向が生まれていないか。
 
「篠田の言っていることは芦部信喜『憲法』と違っている、したがって篠田は間違っている」といった思考態度が蔓延していないか。
 
1210日発売の雑誌『VOICE』に元徴用工問題を論じた拙稿を掲載していただいた。編集側で、「教条的な国内法学者の異常さ」という題名をつけていただいた。
 
日本政府は韓国大法院判決を、「国際法違反だ」という立場をとっている。それはそれでいいと思うが、東大法学部の憲法学者の権威に訴えるペーパー答案作成技術のようなものだけで、この状況を乗り切れると思ったら、痛い目にあるだろう。国際社会に効果的に訴え、韓国とも上手に対峙していくコミュニケーション能力が必要だ。
 
受験で不利な立場に置かれた者たちにこそ、活躍の機会を与えなければ、今後ますます日本社会は立ち行かなくなっていく危機感を感じる。

 残念ながら、一般に、日本人はプレゼン力が弱い。小学校時代から詰め込み教育ばかりやっているからだとか、タコツボ社会だからだとか、権威主義的だからだ、とか、アティチュードの問題として、語られる。
 
カルロス・ゴーン氏逮捕は国際的な大事件になっている。日本は元徴用工事件で、司法と政治が絡む部分で隣国ともめている。だからこそ、国際的に通用するやり方でプレゼンをしていくことが求められる大事な時だ。
 
ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)など海外メディアが、ゴーン氏逮捕と長期勾留を「中国並み」と批判した。これについて、東京地検の久木元伸・次席検事が、「それぞれの国の歴史と文化があって制度がある。他国の制度が違うからといってすぐに批判するのはいかがなものか」、と「反論」したという。https://www.asahi.com/articles/ASLCY6G3XLCYUTIL049.html
 正直、最低の反応だと思う。
 
これは、ウイグルやチベットを弾圧している中国政府が、そっくりそのまま借用できる言葉ではないか。つまり海外メディアの正さを証明しているだけではないか。韓国政府が、元徴用工裁判を批判する日本人に対抗するために、引用したらどうするのか。
 
米国、英国、仏国・・・「欧米諸国」とくくられる諸国のそれぞれは、具体的な制度を見たら、すべて全然違っている。彼らが相互に信頼しあうときに参照するのは、「人権」とか「法の支配」とか「法の前の平等」とか「デュープロセス」とか「推定無罪」とか、普遍性を持つ原則だ。共通する価値観を確認して初めて、文化事情に応じた適用方法の違いを理解することができる。
 
だいたいこんな最低の対応を、「反論」と描写するメディアも、どうかしている。言葉の普通の意味で、この発言は、「反論」になっていない。これは単なる「開き直り」だ。
 
ゴーン事件の行方が混沌としてきている。時間がかかりそうだ。とりあえずは、日本人の評価を下げることを、国際的に目立つ形でやらないように、心がけてもらいたい。

↑このページのトップヘ