「平和構築」を専門にする国際政治学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda なお『BLOGOS』さんも時折は転載してくださっていますが、『BLOGOS』さんが拾い上げる一部記事のみだけです。ブログ記事が連続している場合でも『BLOGOS』では途中が掲載されていない場合などもありますので、ご注意ください。

2019年01月

 米朝首脳会談が2月末に開催されるかもしれないという。その時期は、日韓関係にとっても一つの山になりそうだ。というのは、韓国が、3・1独立運動100周年を、3月1日に迎えるからだ。すでにムンジェイン(文在寅)大統領は、昨年の早い段階で、北朝鮮と協力して、祝賀行事を行う計画を発表している。http://korea.net/NewsFocus/policies/view?articleId=161004
 現在、日韓関係が最悪の状態にある。その背景に、元徴用工の問題やレーダー照射問題で、日本の軍国主義の復活をほのめかすような言説を韓国政府が繰り返していることがある。そこに、3・1独立運動100周年を盛り上げる、という「物語」構築の気運が働いていることは、否定できないのではないか。ムンジェイン政権にとって大きな意味を持つ日になるはずだ。
 日本も準備が必要である。
 韓国の憲法は、その前文で次のように謳っている。「悠久な歴史と伝統に輝く我々大韓国民は、3・1運動で建立された大韓民国臨時政府の法統と、不義に抗拒した4・19民主理念を継承し、祖国の民主改革と平和的統一の使命に立脚して・・・」
 韓国には1919年3月1日から正統な政府があった、日本の植民地支配は歴史的にも否定されなければならない、という歴史観が、韓国憲法の権威を背景にして、元徴用工判決問題などにも大きく影響している。https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58305 この「3・1運動」が、あと1か月強で100周年を迎えるのである。
 3・1運動100周年記念日で盛り上がるだろう反日の気運に対して、日本は何を心がけ、準備しておくべきだろうか。
1. 国際社会に対して、日本が大人の対応をしていることを印象付ける対応を心がける
2. 韓国の反日気運を刺激せず、「物語」にからめとられて利用されないようにする
3. 現実の問題に連動する事実関係等については、明晰化する工夫をする
 韓国が3.・1運動100周年で盛り上がっているときに、それを批判的に捉える論評をしてみたり、韓国を説得しようと試みたりするのは、無益だ。大人の対応をしていることを国際社会にアピールすることに専心するべきだ。たとえば、3・1独立運動に象徴される韓国民の民族愛を尊重し、弾圧された人々がいた不幸な歴史に哀しみの念を表明する態度をとることを基調とすべきだ。
 しかしそれも日韓併合体制があったからなので、その法的効果自体は確立された事実として自明視する態度をとる必要がある。
 不幸な歴史を乗り越えて共に前に歩むためには、現代国際法を遵守して友好関係を深めていくことが大切だ、という主張を出さなければならない。
 日本の統治時代に韓国の利益になるような投資がたくさん行われた、と強調されることも多い。水掛け論にならないようにはしなければならない。ただし、あえて隠さなければいけないということではない。
 たとえば日本の憲法学を例にとってみよう。日本の憲法学者が、戦前からの伝統を深く意識するのは、美濃部達吉「天皇機関説事件」の殉教者のイメージを身に着け続けたいためだけではない。東京大学法学部の石川健治教授は、京城帝国大学(現在のソウル大学)に集結し、最先端のドイツ法学の水準で議論をしていた、清宮四郎(石川教授の師である樋口陽一の師)、尾高朝雄、祖川武夫ら、「京城学派」の法学者について造詣が深い。3月1日にソウルに行って、「輝かしい京城帝国大学の栄光」というテーマで講演でもしていただいたらどうだろうか(刺激的すぎるか・・・)。

 レーダー照射問題は、あるいは日韓関係それ自体は、「低空飛行」を理由にして、韓国国防部が日本に謝罪を要求するに至り、さらに新しい段階に入った。日本は、冷静かつ明晰に、自己の立場を明らかにしていくべきだ。
 
韓国内のメディアでは、海自のP1哨戒機の低空飛行が「神風」を連想させる、という論調が広まったという。https://www.jiji.com/jc/article?k=2018123100088&g=pol
 日本人が何らかの水準の高度以下の飛行をすると、神風を連想させる威嚇にあたるので、否定されなければならない、というわけである。
 
陳腐な議論であり、論ずるに値しない。だが、このような論調は、問題視すべき社会的風潮の象徴として、むしろ国際的に取り上げていってもいいのではないか。韓国政府の立場を覆すことはできないだろう。それだけに、国際的なアピールが大切になっている。
 
全てを「戦前の再来」「いつか来た道」論で乗り切ろうとする不毛な論争姿勢が、日韓両国において、一部の社会的勢力の間で顕著に見られる。ワンパターンの世界観にもとづく紋切り型の議論は、健全な対話を阻害する。否定されなければならないのは、そのような安易な議論の姿勢だ。
 
日本を否定すべきでなく、韓国を否定すべきでもない。ただし、硬直した歴史観を悪用して振りかざす暴力的な言説には、国内外を問わず、抗していかなければならない。
 
安倍首相は、年頭の所感で、「戦後日本外交の総決算を果断に進めていく」と述べた。レーダー照射問題は、「総決算」の一つの試金石になりそうだ。
 
韓国をいたずらに敵対視すべきではない。ただ、70年以上前に侵略戦争をしたことがあるのだから、何を言われても曖昧にして黙っておくことが得策だ、といった発想では、21世紀の世界で、日本は生き残っていけないだろう。
 
安倍首相だけの問題ではない。与野党を問わず、日本外交をどうしていくべきなのか、真剣に考えるべき時だ。

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