「平和構築」を専門にする国際政治学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda なお『BLOGOS』さんも時折は転載してくださっていますが、『BLOGOS』さんが拾い上げる一部記事のみだけです。ブログ記事が連続している場合でも『BLOGOS』では途中が掲載されていない場合などもありますので、ご注意ください。

2020年04月

  415日、西浦博・北海道大学教授の記事が、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞に、一斉に掲載された。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200414-00050041-yom-pol 

https://www.asahi.com/articles/ASN4H3J87N4HULBJ003.html 

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200415-00000033-mai-soci 

 内容は同一である。放っておけば日本で42万人の新型コロナによる死者が出る。今頑張れば一か月後に事態は収束する、というものである。

 西浦教授は政府クラスター対策班のメンバーとしてずっと霞が関にいるらしい。そして自らを「8割おじさん」と呼んで各種マスコミ対応をし、大量のツィッター発信などにも余念がない。https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-nishiura?fbclid=IwAR1S6jjzZi8kgryuguta2wiOLPeDm7R-8qrB0gIIRT-B9W2iX5iLr2PRE1g 

 大変に恐縮だが、「専門家」という肩書でここまで意識的な大衆動員運動に専心する方が現れたのは、非常に珍しい。使命感に燃えてやっていらっしゃるのだと思うが、研究者としての活動とは切り離されているのが、私としては大変に残念である。

 マスコミに出している情報は、全て架空の条件を揃えた抽象的なモデルの話で、日本の現状分析ではない。「このモデル通りに進むと日本は・・・」と話しているだけで、実際の日本の状況を分析したものが何もない。

 「専門家」の肩書で発言されるが、現実の分析は語らず、今やただ現実をモデル通りに進ませるための大衆運動を盛り上げる指導者になっているという印象である。

 今起こっていることは、大変に申し訳ないが、だいたい以下のようなものに見える。

専門家「おみくじ出します、どんなのがいいですか。」

マスコミ「とびっきり怖い大凶にしてください。」

専門家「はい、わかりました。それではこれです。42万人死ぬという結果になるデータで作った大凶グラフです。」

マスコミ「ひえー、それは怖い。日本にそれが起こるんですね?」

専門家「はい、起こります。私が試算に使ったデータの条件が日本に発生すれば。」

マスコミ「ちょっと怖すぎるなあ。怖すぎて一歩も家から出れなくなるので素晴らしいけど、外にいる人を糾弾するのに大変で落ち着かなくなるので、楽しくなってくる大吉もください。」

専門家「はい、わかりました。一カ月でコロナは収束するという結果になるデータで作った大吉グラフです。」

マスコミ「やった、それが日本で起こるんですね?」

専門家「はい、起こります。私が試算に使ったデータの条件が日本に発生すれば。」

マスコミ「どうすればいいんですか?」

専門家「いくつかの指標を使って、人の移動を8割減少させると収束する、という結果にしましたので、8割減少させてください。」

マスコミ「8割も?大変だなあ。先生が使ったデータを教えてください。JRの駅の使用率とか何とかですか?もしそれがわかったら家族との会話は減らさなくていいかとかがわかるので、ありがたいです。」

専門家「それは教えらえません。とにかく試算通りの結果が出るように、あらゆる分野で徹底的に8割減少を目指して最大限に努力してください。」

マスコミ「そう言われてもなあ。同僚に廊下ですれ違った時、無視したらカウントしなくていいです?家族との会話の8割減とか、時間測るの大変ですよ。」

専門家「とにかく試算通りの結果になるように、がむしゃらにあらゆる分野で徹底的に8割減少を目指して最大限に努力を続けてください。」

マスコミ「はあ。雲をつかむような話ですが。」

専門家「だったらとにかく家にいてください。ただし家から3週間一歩も出なかったのに感染した事例もありますから、試算通りの結果になるように、家にいても8割減少を目指して徹底的に最大限の努力をしてください。もし試算通りの結果が出せなかったときは、国民のせいです。自らの努力不足を恥じ、自らの至らなさを責めてください。」

マスコミ「わかりました、よく国民に言っておきます。」

専門家「あ、ただし最後の一人の感染者は残しておいてください。それはクラスター対策班が現れて対処して、終結宣言を大々的に発表する予定にしていますから。」

西浦教授について、私は323日に「今、日本において、西浦教授ほど重要な人物は他にいないのではないか。私が政治家なら、即座に巨額の研究資金を西浦教授に預けるために奔走する。」と書いた。http://agora-web.jp/archives/2045006.html 大変に申し訳ないが、49日には「私の期待は外れた」と書いた。http://agora-web.jp/archives/2045340.html 

410日の会見で、WHO(世界保健機構)は、日本のクラスター班の発見で「患者の5人に1人からしか、他人には感染していないことが分かった」ことを称賛した。この日本のクラスター班の大発見、つまり感染者(発症者)全員が等しく感染を広げるのではなく、クラスター化した感染が感染拡大をもたらすという発見があって、日本は「三密の回避」という強力な国民意識変容のためのメッセージを得ることができた。西浦教授らの分析の巨大な功績なのである。

私個人の思いとしては、今からでも西浦教授に研究者としての活躍をしてほしい。

  埼玉県の大野元裕知事が、県内の新型コロナウイルス感染者数が5月の大型連休明けに1千人に達するというのが「専門家」の見通しであるのに対して、用意している病床数は計225床なので、自宅療養を含む患者対応について準備している、という説明を記者会見で行ったという。

医療崩壊を避けるためには、感染者数を抑制することと、医療体制を強化することの二つが必要だ。国家全体ではこうした具体的な数字に基づく議論があまりなされていないので、大野知事や大阪の吉村知事がやってきているような説明方法は注目に値する。地方自治体の努力でこうした目標設定がなされるのは、良いことだと思う。ただ、試算の根拠が示されていないので、3週間にどういう増加の推移があると見込んでいるのかがわからないのは、つまり「専門家」が緊急事態宣言の効果を今どのように見込んでいるのかがわからないのは、残念だ。

 すでに何度か書いているが、47日の安倍首相緊急事態宣言では、「医療崩壊を防ぐ」という目的と、収束の希望とを語っていた。西浦博教授のモデルにもとづく発言だ。西浦教授は、その後も繰り返し同じ見込みを社会発信し続けている。再生産数2.5というわざと現在の日本よりもかなり高い条件設定で「対策を講じない場合」は「死者は40万人」といったインパクトを狙った見出しと(それにしても「いつまでに」という期間を言わずに絶対数だけを述べることに何か意味があるのだろうか)、「接触8割減なら1か月で収束」というバラ色の未来を示す見出しとを、繰り返し発信し続けている。

 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200415-00000033-mai-soci 

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200414-00050041-yom-pol

恐縮だが、「対策を講じない場合」の計算根拠にしている再生産数2.5は、実際の日本の現状からするとかなり高い設定で、現実に根差した根拠がない。他方、「一カ月で収束」のほうは、あえて計算根拠が示さないまま、世界の実例から見ても類似例が見つからない奇跡的な見通しを示すやり方だ。社会科学者の私が見ても、あるいは社会科学者の私が見るからなのか、この「専門家」によるムチとニンジンの提示には、疑問、あるいはリスクを感じざるを得ない。

ひょっとしたら、患者を騙してでも、思うように患者を動かすことが正義だ、という考え方が、特に医学界には根強いのだろうか。しかし、国民全体という今回の(潜在的)患者は、それほど愚鈍でも従順でもない。しっかりインフォームド・コンセントをしておかないと、今は無我夢中で進んだとしても、56日に大きな試練を迎えることになる。「8割削減」を呼びかけるのはいいのだが、後で「騙したな」ということにならないように、為政者は注意をしておくべきだ。

 さて47日夜から開始された緊急事態宣言の効力を発してから、一週間がたった。新型コロナの潜伏期間は2週間とされているので、緊急事態宣言の効果が表れるのは2週間たったところだ、とよく言われる。ただし、それはほとんどの感染者が感染から14日後に発症をする、ということを意味しない。421日には宣言の効果がないが、422日になると見られる、ということではない。なぜなら、実際の発症者のほとんどは感染から56日程度で発症するとされているからだ。したがって今日あたりからの一週間で徐々に緊急事態宣言の効果が表れ始め、22日頃には大枠の様子が見えるようになってくるだろう、と考えるのが、自然である。

 その観点から、現時点での様子を覚えておくことは、重要だ。これが「緊急事態宣言が出される前」の状態としての基礎資料となる。これから一週間は、徐々に宣言の効果が出始めてくる時期、と考えるべきなので、その前の様子としては、414日あたりの様子が参考になるはずだ。

 さて47日に安倍首相は、東京都では5日間で累積感染者が倍増している、と発言した。414日の感染者数は、5日前間で1.5倍になった数字である。これを対象とする曜日による差異をなくすために週単位で見てみよう。47日の東京都の累積感染者数は、1,194人であった。したがって一週間で1.94倍のペースである。ちなみに47日の数字と331日の数字を比べてみると、当時の増加率が2.29倍であったことがわかる。これを一週間ごとの新規感染者で比べてみると、48日~14日の週の新規感染者数はその前の週の1.67倍、41日~47日の週の新規感染者数はその前の週の1.92倍、324日~331日の週の新規感染者数はその前の週の5.07倍であった。

 すでにこれまでの「検証」で指摘しているように、東京では325日小池東京都知事「自粛要請」の効果に見る増加率の減少が確認できる。その前の時期は非常に高かった。現在の東京が「5日間で倍増」のペースで進んでいないのは、緊急事態宣言より前の措置の効果によるものである。

 全国的な傾向を見てみよう。414日の時点での全国の累積感染者数を8,060人とすると、これは一週間で1.74倍になった数字である(一週間の新規感染者数を比較すると1.46倍)。47日の時点では、一週間で2.02倍になったペースだった(一週間の新規感染者数は2.20倍)。ちなみに331日の時点では、一週間で1.86倍になるペースであった(一週間の新規感染者数は3.15倍)。東京を以外の地域の各週の新規感染者数は、414日までの週が1.38倍、その前が2.33倍、さらにその前が2.66倍だったので、一貫した増加率の鈍化が見られる。

 私は325日小池東京都知事に「自粛要請」で日本はいわば第1段階ロックアウトとしての部分的な人の移動の制限措置を取る段階に至ったと考えるべきだ、と言ってきている。現在の非常事態宣言状態は、いわば第2段階ロックアウトで、対象地域と対象業種を広げたものと考えるべきである。もし第1段階にもそれなりの効果が見られた。しかし逆に言うと、第2段階の導入は、いきなり一夜にして世界がひっくり返るような事態ではない。合理的な推論としては、第1段階より進んだ効果が見られるだろう。しかし、ウイルスが日本列島から消滅するような「一カ月で収束」を語れるようなものであるかどうかは疑わしいと感じざるを得ない。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200415-00000032-asahi-sctch

 欧州諸国は日本より強力なロックダウン措置をとり、一部識者の羨望を集めている。ロックダウン措置から一カ月がたってきて一部諸国では緩和措置が導入され始めている。外国渡航も限定的に認め始めたとされるオーストリアの事例を見てみよう。人口880万人程度で、14千人以上の感染者と324人の死者を出している国だ。https://www.worldometers.info/coronavirus/country/austria/ 一日の新規感染者は413日にようやく100人を割っただけで、414日時点で185人というところだ。人口比を考えると、東京都で300人近い数に相当する新規感染者である。ただ一日あたりの新規感染者数の増加がほぼ止まった、という理由で、ロックダウンが緩和化され始めるのである。

オーストリアでは、316日から制限措置をとってから1か月がたっている。社会機能及び人々の精神生活の維持のために、緩和が必要だし、可能ではある、という政治判断だろう。この判断にはリスクもあるわけだが、何よりも国民の理解を得て政策を進めていくことが大切だ。その都度、国民が「騙されていない」という意識を持つことが大切だ。もしオーストリア政府が316日に「415日までに感染は収束します」と約束していたら、「ちょっと計算を間違えたので部分緩和だけにしておきます」という言葉は、ひどく無責任なものに聞こえてしまうだろう。あるいは「上手くいかなかったのは国民が怠慢だったからだ」と国民に責め始めたら、国民は裏切られたと思って怒りの声をあげたり、「これ以上は無理だ」と焦燥感にかられたりするだろう。

西浦教授について、私は、323日に「今、日本において、西浦教授ほど重要な人物は他にいないのではないか。私が政治家なら、即座に巨額の研究資金を西浦教授に預けるために奔走する。」と書いた。http://agora-web.jp/archives/2045006.html 大変に申し訳ないが、49日には「私の期待は外れた」と書いた。http://agora-web.jp/archives/2045340.html 西浦教授は、今や時の人で連日マスコミに登場し、自らを「8割おじさん」と呼んでSNS発信にも余念がない社会活動家のような方になってしまった。おかげで熱烈なファンとあわせて、不当な誹謗中傷の対象にもなっている。

410日の会見で、WHOは、日本のクラスター班の発見で「患者の5人に1人からしか、他人には感染していないことが分かった」ことを称賛した。この日本のクラスター班の大発見、つまり感染者(発症者)全員が等しく感染を広げるのではなく、クラスター化した感染が大規模感染をもたらすという発見があって、日本は「三密の回避」という強力な国民意識変容のためのメッセージを得ることができた。西浦教授らの巨大な功績だ。
 この稀有な「専門家」を「8割おじさん」の広報係として奔走させ、あとは曖昧模糊としたことだけを呟いている政治家たちは、いったい何をしているのか。

いずれにせよ422日、56日と、政治判断を求められる時期が段階的に訪れてくる。日本国民も疲弊してきている。甘く見ると大変なことになる。

 安倍首相は、47日の非常事態宣言会見の際に、「東京都では感染者の累計が1,000人を超えました。足元では5日で2倍になるペースで感染者が増加を続けており、このペースで感染拡大が続けば、2週間後には1万人、1か月後には8万人を超えることとなります」、と発言した。

 前回書いたように、東京都の累積感染者数が1,000人を超えたのは、45日のことで、1,032人であった。http://agora-web.jp/archives/2045379.html?fbclid=IwAR2G-8odabRWow54joc7u7eQfwswVxQkdoJs55gxPGpUvWU0PZHGmWmZRWQ 412日は、ちょうどそこから1週間がたった日だ。累積感染者数は、2,068名となっている。

 47日からの5日間を見ると、約73%増で、「足元では5日で約1.73倍になるペース」である。ちなみに今週の新規感染者数は、先週の新規感染者数の1.72倍である。倍増は7日かかる。

 果たして「2週間後には1万人、1か月後には8万人を超えることとなります」、という予測は妥当だっただろうか。

 確かに、一つ前の週の330日~45日の一週間は、前の週から2.4倍の増加を見せていた。新規感染者数では、2.06倍だった。緊急事態宣言が発出される直前の週は、増加率が高かったわけである。しかし今週の感染者増加率は鈍化している。

 ちなみに323日~329日の週の増加率も非常に高い3.1倍で(週単位の新規感染者数は6.08倍)、その前の3月16 日~322 日の週の1.5倍の増加率(週単位の新規感染者数は1.84倍)から大きな変化を見せていた。この大きな増加の中で、小池東京都知事が、3月25日に外出自粛を求める会見を行った。

 Googleモビリティを見ても、325日小池都知事会見の後には、東京(及び近郊県)では、かなり目立った人の移動の減少があったことがわかる。http://agora-web.jp/archives/2045275.html?fbclid=IwAR3Wf-Gj_TuvLDk0pIIyn1XB4W2Ln5VF2OQkAxmRFtRnxaYw454BPp0SqQw 

日本全体の傾向も見ておこう。https://gis.jag-japan.com/covid19jp/?fbclid=IwAR2qWjCDnAI3mCV-B5m8pJzfUb9_R3WDdYlFytzJvAzmHg_orWR51JRiWEs )。

 日本全体では、46日~12日(現在の測定値)の週は1.85倍の増加(週単位の新規感染者数は1.67倍)、330日~45日の週は204倍の増加(週単位の新規感染者数は2.50倍)、323日~329日の週は1.71倍の増加(週単位の新規感染者数は2.78倍)、316日~322日の週は1.33倍の増加(週単位の新規感染者数は0.88倍)であった。ゆるやかな推移ではあるが、基本的には、東京とほぼ同じような傾向を示している。

224日に新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が出した「今後2週間が急速な拡大に進むかの瀬戸際」という見解を受けて、安倍首相が学校の一斉休校要請を打ち出したのが227日だった。その後の3月半ばまでの2週間は東京を含めて全国的に増加率が抑えられていた。ところが3月の後半は、東京が牽引する形で、全国的に増加率が上がった。そして、325日小池東京都知事会見の効果が出始めた今週に入って、鈍化がみられるようになった。

 ところで、最近、巷では、「今の東京は2週間前のニューヨークだ」という言説が洪水のようにあふれた。しかし現在の東京の累積感染者数は、(人口比も加味すると)ニューヨーク市の313日頃の水準である。「4週間前」だ。しかもその頃のニューヨーク市は、12日に倍増のペースを続けていたので、現在の東京都の増加率とは全く次元の異なる世界であった。

 もちろん、私は、世界最悪のニューヨークと東京が違うからといって、東京が安心できる状況にある、と言いたいわけではない。世界全体の累積感染者数はこの1週間で120万から180万人と50%増のペースで、週単位の新規感染者数でもスピードは鈍化してきている。現在、東京(日本)は、世界平均より速いスピードで増加している。

 さて西浦理論にもとづいた安倍首相の緊急事態宣言には、東京都が「2週間後には1万人、1か月後には8万人」の悲観的な予測が一つ、「人と人との接触機会を最低7割、極力8割削減することができれば、2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じさせることができます」という楽観的な見通しが一つあった。インフレ気味に厳しい現状認識と、すぐそこにあるかもしれない明るい未来提示の二つの要素があった。

 私は、この二つの要素の関係に、疑問を持っている。

安倍首相の緊急事態宣言会見の冒頭で示された目的説明である「医療崩壊を防ぐ」は、増加率をふまえた感染者数予測と、現在及び近い将来の医療能力とを比較することによって計算されてくるはずだ。本来であれば、その計算にもとづいて、人と人との移動の制限の範囲の妥当性もまた、政策的に見極められるはずである。

 しかし西浦理論にもとづく安倍会見は、「8割削減」で「2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じさせる」という野心的な目標も挿入した。西浦教授が示したグラフの影響も大きくり、巷では、「8割削減」は、コロナ危機の「収束」として語られている。https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57610560T00C20A4MM0000/?fbclid=IwAR0FLPQr3uOlBDUvGfYgBKCfvMH3ksABAtgE6HVkxxxEVQ4144d6lQ-auL4 

 わかりやすく言おう。「医療崩壊を防ぐ」は「長期戦」に即した目標である。「2週間後には減少に転じさせる」は早期の収束を目指した「短期戦」に即した目標である。

 現在、緊急事態宣言下の日本人は、「長期戦」の目標と「短期戦」の目標を同時に掲げて、がむしゃらに努力することを求められている。

果たしてこれは何を意味するのか。

今、日本は、「8割削減」を掲げて、「医療崩壊を防ぐ」ことを達成しようとしているのではないだろうか。これはこれで妥当である。(「8割削減」について、西浦モデルとは違うモデルを用いると、そうなる。)https://medium.com/@mmcat/モデリングから考える長期的なcovid-19戦略-fe4ed42f6698 

しかし、そのために、なぜか「長期戦」と「短期戦」が混同されるような説明がなされた。

この説明では、「短期戦」を終えたと思ったとき、「実は長期戦でした」と言われて国民の疲弊が高まる、というリスクがあるのではないだろうか?

この問いに答える手がかかりを考えるためには、さらに楽観論の部分についての検証も必要なのだが、それはまたの機会に譲る。

今回の検証では、東京都の感染者数が「1か月後に8万人」でなければ緊急事態宣言の効果があったと言える、というわけではなさそうであることについて、とりあえずの示唆をした。

 

    なお前回の「緊急事態宣言・西浦モデルの検証(410日)」について、日本の感染者数は検査数が少ないので信用できない、という指摘を受けた。しかし、私が行っているのは、緊急事態宣言の時点からの増加率の検証なので、感染者の絶対数の信ぴょう性は基本的にあまり関係がない。検査が一貫したやり方で行われていれば、傾向は判明するはずである。そもそも安倍首相の緊急事態宣言も、同じ統計を根拠にしている。ただし、もちろん検査対象が飽和状態になってくればくるほど、統計が意味を失うことはあるだろう。たとえば検査対象の陽性率が100%となってくるような場合には、増加の傾向を考えることは無意味になってくる。その点は、留意点として、付記しておく。

  安倍首相は、47日の非常事態宣言会見の際に、次のように述べた。すでに以前に指摘したように、西浦博教授の理論に依拠した発言である。

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 東京都では感染者の累計が1,000人を超えました。足元では5日で2倍になるペースで感染者が増加を続けており、このペースで感染拡大が続けば、2週間後には1万人、1か月後には8万人を超えることとなります。しかし、専門家の試算では、私たち全員が努力を重ね、人と人との接触機会を最低7割、極力8割削減することができれば、2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じさせることができます。

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 東京の感染者累計が1,000人を超えたのは、45日で、1,032人あった。331日には521人だったので、確かにほぼ倍増していた。ところで45日から5日して、東京の総感染者数は倍増しただろうか。連日の「最高数」の報道でやや異なる印象を受けている方もいらっしゃるかもしれないが、410日現在の累計感染者数は1,708人なので、5日間で7割弱の増加率にとどまった。

 もっとも、東京の場合には週末に検査を実施しない医療機関が多いため、週の初めの感染者の数が低く集計される。そこで7日単位で見てみるとどうなるだろうか。43日は773人だったので、410日までの一週間で2.2倍の増加である。これに対してその一週間前の327日は299人であったので、そこからの一週間で2.58倍の増加だった。やはり最近の一週間の増加率は、鈍化している。

ちなみに129人だった320日からの一週間の増加率は2.3倍、77人だった313日からの増加率は1.6倍、58人だった36日からの増加率は1.3倍だった。

それより以前の東京の感染者数は数が小さすぎて統計的な意味を失ってくるので、2月下旬からの日本全体の推移を見てみよう。

https://twitter.com/jburnmurdoch/status/1248354297177419776/photo/1

John Burn-Murdoch/Financial Timesのデータ)

症例百件目以降の日数と累積感染者数を示す「片対数スケール」のグラフである。増加率の様子がわかるものである。

日本(Japan)の場合には、累積感染者数が100人をこえた223日が起点となっている。日本の場合には、基調として一週間で倍増のペースだったが、20日目の315日あたりから増加スピードの鈍化が見られる。

224日に新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が出した「今後2週間が急速な拡大に進むかの瀬戸際」という見解を受けて、安倍首相が32日からの学校の一斉休校要請を打ち出したのが227日だった。その時期から、ほぼぴったり、潜伏期間である2週間がたった315日頃から、増加率の鈍化が始まっていたわけである。ただし日本全体でも、現在、この傾向は、一週間で倍増のペースに急速に戻している。

すでにみたように東京に限ってみても、3月中旬の増加率は低く、「気が緩んだ3連休」の結果が出てきた4月に入るところで感染者数の増加が見られる。東京に限って言えば、325日小池都知事記者会見の効果が見られるかもしれない時期になってきたところで、増加率の悪化は食い止められ始めている。

ウイルスの蔓延の傾向は、「一日何人増加」だけ見ていては、わからない。むしろ感染者が100人しかいない時の1100人増加と、感染者がすでに1,000人いる時の11,000人増加が、増加率の観点からは、同じである。毎日毎日ゼロからやり直すわけにはいかないのである。市中の感染者数は常に増えているので、ある週の新規感染者数が、前の週の新規感染者数を下回る、というのは、よほどのことがないと起こってこない。欧米諸国は、血みどろの努力を数週間続けて、なかなかその段階に至れない。

いずれにせよ安倍首相が「足元では5日で2倍になるペースで感染者が増加を続けており」という認識表明は、実は専門家の助言を受けたとは思えないほど、大雑把なものだった。「このペースで感染拡大が続けば、2週間後には1万人、1か月後には8万人を超えることとなります」という安倍首相の東京都の状況見込みは、今後どうなっていくのだろうか。

さて、「西浦モデル」の特徴は、「放っておけば急激な拡大」を予告する反面、人の移動を「8割減少」させれば感染者数も急激に減少する、と予言していることである。これを受けて安倍首相は、「2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じさせることができます」とまで言った。

これはかなり大胆な発言だった。実際、その後にもっとも論争を巻き起こしたのは、この点だった。

より厳しい措置をとっている欧州諸国を見ても、なかなか新規感染者数の減少すら果たせていない。安倍首相の発言は、現実に挑戦する大胆な発言であった。

安倍首相の発言は、西浦博教授のモデルに基づいている。https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57610560T00C20A4MM0000/?fbclid=IwAR3U7Zh8naAM0xSijpQ1bfMGFO_pgYhPjniOT34Qod-SgVVfmvj3iRG5NGU

 しかし前回も書いたように、佐藤彰洋・横浜市立大教授(データサイエンス)は、「東京都の場合、公共交通機関の乗車時間と面会する人数を各個人が98%減らす必要」があるという記事を毎日新聞に出した。福岡なら、99.8%の削減が必要である。http://agora-web.jp/archives/2045340.html?fbclid=IwAR3AYOqopqSK7PGSLP22c8vMuUg-raJNmI9av3KLCQn6Z8Z5tg2L3qq3XFA

 別のロンドン在住の日本人研究者の方も、「8割削減」の極めて限定的な効果を試算している。

https://medium.com/@mmcat/モデリングから考える長期的なcovid-19戦略-fe4ed42f6698

私にはこの方の試算や、そもそもの考え方のほうが現実的であるように感じる。

 安倍首相の会見の大枠は、医療関係者への謝意と称賛で始まり、緊急事態宣言の目的を「医療崩壊を防ぐ」点に置くものだった。私は社会科学者として、この目標設定を明確かつ妥当なものだと感じている。

ところがなぜか、会見の途中で、その目的とどう論理的に結びつくのかは必ずしも判然としない「西浦モデル」にもとづく、厳しい現状認識と、楽観的な収束への道筋まで示されてしまった。

 池田信夫氏は、安倍会見のこの部分を「ギャンブル」と呼んだ。http://agora-web.jp/archives/2045327.html いずれにせよ緊急事態宣言の大きな試金石の部分だろう。

 ここ最近、医学の専門家の方々が、社会運動家してきているのが目立つ。社会的使命を感じて行動されているということなのだろうが、非常に特異な状況になってきていると感じる。

 時の人と言ってもいい「クラスター対策班」の西浦博・北海道大学教授については、私はしばらく前に、こう書いたことがある。

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 今、日本において、西浦教授ほど重要な人物は他にいないのではないか。私が政治家なら、即座に巨額の研究資金を西浦教授に預けるために奔走する。http://agora-web.jp/archives/2045006.html 

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 私がこう書いたのは、全国の保健所の方々が持っている情報などを集積・分析して進める研究には、相当な労力が必要だ、と思ったからだ。しかし私の期待は外れた。

西浦教授は、もっぱらメディアやSNSを通じた発信や政治家への影響力行使に関心があるようだ。個人ツィッターでの濃厚なやりとりだけでなく、新規に開設した「新型コロナクラスター対策専門家」というアカウントでは、非常事態宣言を通じて人の移動を8割減らそう、という運動系の話が中心になっている。

安倍首相は、47日の非常事態宣言会見の際に、次のように述べた。

 ――――――――――――

 東京都では感染者の累計が1,000人を超えました。足元では5日で2倍になるペースで感染者が増加を続けており、このペースで感染拡大が続けば、2週間後には1万人、1か月後には8万人を超えることとなります。しかし、専門家の試算では、私たち全員が努力を重ね、人と人との接触機会を最低7割、極力8割削減することができれば、2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じさせることができます。

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 これは西浦教授の理論を信じて安倍首相が非常事態宣言を発令したことを意味している。「西浦理論」と言えるのは、これが43日の日本経済新聞に出た西谷教授のモデルの話だからである。https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57610560T00C20A4MM0000/?fbclid=IwAR3U7Zh8naAM0xSijpQ1bfMGFO_pgYhPjniOT34Qod-SgVVfmvj3iRG5NGU 

 日本経済新聞に掲載されたグラフは、西浦教授が提供したもので、架空の条件にもとづいた抽象的な試算モデルだ。東京の未来を試算したグラフではない。それを日本経済新聞があえて東京の未来の予言としてしか読めないような記事に入れこんだ。ただし、この記事が西浦教授の意図で掲載されたものであったことは、「新型コロナクラスター対策専門家」ツイッターで西浦教授がこのグラフの解説を行ったことによって明らかになった。

 日本経済新聞の記事の問題性については、私も一度書いたことがあるし、http://agora-web.jp/archives/2045258.html 池田信夫氏も複数回にわたって書いている。http://agora-web.jp/archives/2045256.html  http://agora-web.jp/archives/2045327.html 

 一言で言えば、東京の今後について書かれた記事に掲載されたグラフは、東京の今後についてのグラフではなかった、ということである。

 早く緊急事態宣言を出させる圧力が正義だという風潮の中で、とにかく地獄のシナリオと克服のシナリオを国民や首相に見せることが正義だという思惑があったかのように感じざるを得ない、不思議な記事だった。

  自民党の二階幹事長が「8割削減なんてできるわけない」と発言したことがニュースになった。これは西浦教授⇒安倍首相のルートで首相会見に入ってしまった内容について、自民党が不満を感じていることを示唆しているように見える。https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20200408-00000057-jnn-pol&fbclid=IwAR2LhEt65yTZmxdjiJ6jQgQeBqiWNZK8wmi2KzcV07P0hdhPdVGbUxw83_U 

確かに、そもそも首相会見の冒頭の「医療崩壊を防ぐために緊急事態宣言をする」という説明だけなら、「人と人との接触機会を8割削減」は不要だった。人工呼吸器の数と、「人と人との接触機会を8割削減」は、論理的に結びついていない。

8割削減」は、西浦教授のルートが首相に結びついて挿入されたものに見える。だから、当然、自民党は不満だろう。

西浦教授は、自らを「専門家」と呼んでいるが、今や完全に永田町の重要政治アクターになっている。

大きな政治論点になっている、西浦/日経/安倍理論の中身について整理しよう。

    東京では、感染者数が千人を超えた45日の2週間後の419日に感染者数が1万人になる。非常事態宣言の効果は2週間現れないので、この予測は絶対である。<計算上、410日金曜に少なくとも2千人を超え、415日水曜には少なくとも4千人を超えて、419日までに1万人を超える。一か月後に8万人になるかどうかは緊急事態宣言後の情勢次第だが、東京において4102千人、4154千人、4191万人は、絶対である。1億2千万人に影響を与えた問題である。恐らく西浦教授が学者生命を賭けて絶対視している予測だろう。>

    非常事態宣言の「10日後~2週間後」、感染者数は、劇的に減少し始める。つまり418日~22日頃、累積感染者数は6分の1程度になる。

    そこから20日経過した58日~512日頃には、コロナ危機はほぼ収束する。

 上記のうち、①は絶対に発生する事柄である。②・③には条件がある。「人と人との接触を8割削減する」ことである。

 もっとも日本人同士の接触が一カ月ほど「8割削減」されると、日本列島においてコロナウイルスが撲滅される、ということが、本当に科学的に証明されているのかどうか、私は知らない。西浦教授がそれを学術的に証明する論文を書いたのかどうかも、私は知らない。
 むしろ欧米諸国の様子を見ると、交通利用者を8割減らすと「10日後~2週間後」に劇的に減少が始まる、などということは言える実例は皆無であるように見える。

佐藤彰洋・横浜市立大教授(データサイエンス)は、「

東京都の場合、公共交通機関の乗車時間と面会する人数を各個人が98%減らす必要」があるという記事を毎日新聞に出した。

https://mainichi.jp/articles/20200407/k00/00m/040/269000c


 しかしいずれにせよ、「西浦理論」の「8割削減」を目標にして、一カ月の緊急事態宣言が運用されることが明言された。12千万人の日本国民に、この「西浦理論」だけにもとづく課題が与えられた。

私は「医療崩壊を防ぐ」という目標は、社会的意義と内容が明確で、良い目標だと考えている。しかし「8割減少」は、架空の条件下の抽象モデルの話を、具体的な日本の現実に強引に当てはめようとするだけの考え方で、果たして現実的な意味があるのか定かではないと思っている。

 私はむしろ、「8割削減」というのは、架空のモデルに即した極度に抽象化された目標なのではないか、と疑っている。真面目に現実にあてはめようとしても、測定不可能な政治スローガンとしてしか働かないのではないか、と疑っている。ある人は渋谷の街の歩行者の数を見て「8割」を測定しようとするし、別の人は自分が一日に会った人の数で測定するし、また別の人は他人と話した時間の長さで測定するかもしれない。そもそも「三密の回避」を重視する立場からすれば、「人と人との接触」の感染リスクは、接触の様態によって大きく変わる。「8割削減」を機械的な数値で一律測定するなどという「質」を無視した考え方と、「三密の回避」には、根本的な矛盾すらある。

 仮に実現不可能であるだけでなく測定不可能なスローガンであるとしても、「まあ後で一人でも感染者が減れば、それでいいじゃないか、国民はなるべく焦らせるべきだ」、という意見もあるのかもしれない。

 しかし、非常事態宣言によって経済は停滞し、財政赤字は膨張し、失業者が増大し、数多くの人々が経済的苦境を経験する。政治家なら、「まあ、一人でも感染者が減ればそれでいいじゃないか」、という態度はとれない。巨大な「責任」を背負うのだ。政治家に影響を与えた「専門家」も、当然、「責任」を負うと考えるべきだろう。

 われわれ社会科学者は、通常、自分の発言には社会的責任がある、と考える。明言したことが事実と異なれば、社会的責任を負う。あるいは、わからないことをわからないと言い、推測であれば推測でしかないことがわかるように言う責任を負っている、と考える。

 「専門家」の予測にも当然責任がある。まして自ら積極的にマスコミ・SNS・政治家に働きかけたというような経緯があったのならば、なおさらだ。

このことは、事態の推移を見守りながら、今後時間をかけてしっかりと検証していく必要がある事柄だと考える。

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