「平和構築」を専門にする国際政治学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda なお『BLOGOS』さんも時折は転載してくださっていますが、『BLOGOS』さんが拾い上げる一部記事のみだけです。ブログ記事が連続している場合でも『BLOGOS』では途中が掲載されていない場合などもありますので、ご注意ください。

2020年07月

 7月に入ってからの新規陽性者数の増大の中で、4月頃には見られなかった幾つかの注目点が明らかになってきた。一つは、新規陽性者数の増大と死者(重症者)数との関係が、明らかに4月と7月で異なっていることである。

 これについてはウイルスの弱毒化や、抗体保持者の増加などの大胆な仮説が見られる。いずれもまだ仮説の域を出ておらず、私にはよくわからない。確かなのは、大幅な検査数の増大に伴って、新規陽性者数の増加が見られていることだ。

さらに重要なのは、高齢者と慢性疾患保持者の死亡率が非常に高いことが広く知られているため、これらの脆弱者層が保護される政策的配慮と努力がなされており、新規陽性者数における高齢者の割合は、非常に低くなっていることだ。

 私はこうした政策的努力の価値を強調したい立場だ。死者(重症者)数は、緩慢には増大はしてきている。少なくともウイルスが弱毒化して重症化しなくなったとまでは言えない。むしろ政策的・個人的努力の結果として、重症化しやすい層の人々の感染を抑制していることによって、死者(重症者)数が抑制されていると考えていいのではないか。

 私は「日本モデル」に関心を持ち、旧「専門家会議」・現「分科会」の政策姿勢を高く評価してきている。上記の新型コロナの特性をよく見据えたうえで、社会経済活動を不必要に停止させることなく、医療崩壊を防ぐということを指針にして、合理的な政策助言をしていると考えている。その「日本モデル」の視点に立つと、4月の時点の陽性者数より多いかどうかは、問題ではない。医療崩壊を起こす前に重症者の増加が止まるかが、ポイントである。

 こうした観点から、私は、7月に入って、「『日本モデル』vs.『西浦モデル2.0』の正念場」という題名の文章を書いてきている。最近の新規陽性者増加の中で、私が書いていることの意味が、よりはっきり見えてきたのではないかと思う。

 つまり、「日本モデル」と「西浦モデル」は、大きく異なっていることがはっきりしてきたはずだ。誤解していた人があまりに多かった。「西浦モデル」批判者の方々の中にも、「西浦モデル」擁護者の中にも、「西浦モデル」=旧「専門家会議」と取り違えている方がいた。おかげで数多くの不要な錯綜した議論が噴出した。

4月から5月にかけて、本来は専門家会議のメンバーではない西浦教授が、専門家会議の記者会見で断定的な発言を乱発した。マスコミもそれを見て西浦教授をあたかも専門家会議を影で代表している人物であるかのように扱い、もてはやした。だが実際には、西浦教授は、専門家会議のメンバーですらなかったし、日本政府の政策を代弁してもいなかった。

 本当の「日本モデル」のキーパーソンである押谷仁・東北大学教授が、西浦教授の「42万人死ぬ」に批判的であったことも、すでに証言が出ている。「42万人死ぬ」は、西浦教授の「日本モデル」に対する「クーデター」だった。https://news.yahoo.co.jp/articles/dd45db0673692764bfbd4c20d01944f5b13d14d3 

 現在はどうなっているか。尾身茂会長や押谷教授ら旧「専門家会議」メンバーが構成する「分科会」は、医療崩壊を起こすかどうか、が政策的分水嶺だという立場を崩さず、新規陽性者数の増大に際しても、冷静さを保っている。

 これに対して、「西浦モデル」は、本シリーズで取り上げているように、新規陽性者の増大は指数関数的拡大につながり、6割未満の「人と人の接触の削減」では状況は大幅には変わらないと予言している。https://youtu.be/aI8zvZAdSTM 

 両者は、鋭く対立しているのである。

 なぜそうなのか。新規陽性者を見て政策を作るのか、死者(重症者)を見て政策を作るのか、の鋭い対立を見てみよう。

「西浦モデル」の原型である「SIRモデル」は、「感受性保持者(Susceptible)」、「感染者(Infected)」、「免疫保持者(Recovered))の三つの概念を中心に構成される。「SIRモデル」が前提としている世界観は、致死率は常に一定であるということ、そして「人と人との接触」を大幅に減らすか、「集団免疫」が成立するかのいずれかがないと、感染拡大は止まらない、ということだ。

この「SIRモデル」を全面的に受け入れると「人と人との接触の8割削減」がなされないと「42万人死ぬ」ことになる。この考え方の背景にあるのは、「感染者数中心主義」とでも呼ぶべき視点である。徹底して、感染者数に着目する。死者数は、感染者数から、一定の割合で算出されるものでしかない。新型コロナに関して感染者総数に着目する視点が強調されてきているのは、「SIRモデル」に親しんだ科学者を多数擁する欧米諸国の主要メディアが、この「感染者数中心主義」の視点で報道を続けて、日本のメディアもその影響を受けているからだろう。

これに対して、感染者数ではなく、死者(重症者)数に着目する政策視点は、年齢層別の致死率の違いに注目する視点だとも言える。つまりそれは、高齢者層と基礎疾患保持者を新型コロナに脆弱な層として区分けしていく政策視点である。年齢層別に区分けされた政策は、一律的な「人と人との8割削減」とは異なるが、成功すれば、新規陽性者が増えても、死者(重症者)はそれほど増えない、という現象が起こってくることを期待する。

死者(重症者)数の推移を最も重要な指標とし、「医療崩壊を防ぐ」ことを指針にしながら、社会経済活動は自発的努力の範囲で律するアプローチが、日本政府が採用してきているものだ。それを旧「専門家会議」や現「分科会」が支えている。

何に着目するか、という世界観においても、「日本モデル」と「西浦モデル」は、鋭く対立しているのである。

したがって、ここまで書いてきたことからの必然的な帰結だが、追求する政策の内容が、「日本モデル」と「西浦モデル」では、大きく異なる。「西浦モデル」では、集団免疫が成立するまでは、ただひたすら「人と人との接触削減」を行い続けるしか、とりうる政策がない。

実は、西浦教授は、4月半ばにメディアを呼んで「42万人死亡」を発表した際、一応は年齢別の重症化率や致死率の違いを加味したというが、実際には2月の武漢の断片的なデータを採用していたと告白している。4月半ばでまだ、日本だけでなく世界各地の実態と大きく異なる概算方法を使用していたのである。https://news.yahoo.co.jp/articles/6101bc9482875a0c30106a914320ed003875b73f?page=1 また、西浦教授は、4月半ばでまだ、基礎疾患保持者の重症化率の高さの要素などは、全く考慮していなかったようである。

これに対して「日本モデル」であると、最も脆弱な層の隔離を行った後は、社会経済活動を続行する層の自己努力を通じた最大限の感染抑制が求められる。医療崩壊を防ぎながら死者数を抑制することだけが目的であれば、それで十分に合理的だからだ。そのうえで、社会経済を続行する層にも、「三密の回避」などの可能な限りの配慮を求めることによって、大規模感染拡大は抑制しようとする。

実際に追求される政策において、「日本モデル」と「西浦モデル」は、やはり鋭く対立するのである。

5月半ば以降に修正された「西浦モデル2.0」では、7月に、4月の感染拡大ペースが再現され、緊急事態宣言がないと、感染者数は指数関数的に拡大していくしかない。

毎日、毎日、「〇日連続で東京の感染者が〇〇〇人以上!」といった煽り報道を見ていると、7月の感染拡大は4月を上回る「指数関数的拡大」ペースで進んでいるように感じている人も多いかもしれない。

だが報道されている東京都の新規陽性者数を見るだけでも、増加率の鈍化を確認することができる。7日移動平均で週単位の大きなトレンドを見てみよう。

 

 

新規陽性者数(7日移動平均)

増加率(7日前との比較)

627

44.0

1.22

74

85.8

1.93

711

152.4

1.77

718

214.5

1.40

725

250.2

1.16

 

このように増加率を見れば、やはり7月上旬をピークにして、鈍化が続いているように見える。

また、国立感染症研究所が示している「発症日別」の届け出数の推移をみると、7月の発症者拡大は、4月のレベルに到達していない。しかも7月上旬をピークにして減少傾向に入った可能性すらある。https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov.html 4月の時点では、発症者を中心にPCR検査を施していたことを想起すると、この「発症日別」のデータは、重要である。 

また、ボランティアの方々が行っていただいている実効再生産数の推定値の推移を見ても、東京では7月上旬をピークにして低下の傾向が見られる。そもそも7月の実効再生産数は、3月下旬の水準に達していない。https://rt-live-japan.com/ 

 「SIRモデル」を原型とした「西浦モデル2.0」の予言では、7月下旬には本格的に指数関数的拡大が起こっていることが顕著になっていなければならない。ところが、上述に示したデータは、全てそれとは違う状況を示している。

私は、4月にも「西浦モデル」を批判する文章を書いたことがあるが、それは410日の段階で私が「増加率は鈍化している」と書いていたのに、専門家の西浦教授がマスコミを集めて415日に「42万人死ぬ」をやったからだ。http://agora-web.jp/archives/2045379.html 

私は、西浦教授を「間違えた」と批判したことはない。ただ、大衆操作を図るために、意図的に嘘をマスコミに流した、と書いたことがあるだけだ。

ただし4月の時点では、「西浦モデル」が現実でどのような検証を受けたのかは、結局は曖昧にされた。そこであらためて「日本モデル」と「西浦モデル2.0」が対決をしているのが、7月の状況だろう。

「日本モデル」の試金石は、厳しいロックダウンを避けながら、「三密の回避」などの社会経済政策を続けながら導入できる政策によって、陽性者数を一定の範囲内に押さえ込んでおけるか、である。永遠に陽性者数が増え続ければ、もちろん、やがて持ちこたえられなくなる。重要なのは、果たして新規陽性者数の増大は医療崩壊を起こす前で止まるか、である。

逆に言えば、際限のない拡大を抑制できれば、「ハンマーとダンス」の「ダンス」を演出する、かつて西村大臣が説明したことのある日本の政策そのものとなる。

東京では7月になって100人以上の感染者が出て、感染予防努力の徹底が一層浸透した可能性が高い。その効果が出るとしたら、7月中旬以降である。陽性者数で見えてくるのは7月末以降だろう。いずれにせよ、指数関数的拡大を防ぎ、「ダンスの踊り方」の範囲にもってこれれば、「日本モデル」の構図である。

ただし私は予言屋ではない。国際政治学者の私が予言などするはずもない。しかし現状は見る。現状を見てわかることと、どなたかの予言が異なっていれば、やむをえずそれは指摘せざるを得ない。それだけだ。

少なくとも、現状では、指数関数的拡大が起こっているとは言えない。それがとりあえずの観察である。

 

                         *

 

これまで何度か、3~4月の欧州と米州の致死率が異常であって世界平均を示していなかったこと、世界全体で感染者に対する死者数の割合を示す致死率が下がる傾向にあることを示すために、データを見せてきた。付録として、あらためて下記に示す。

時間的流れで見ていただきたいのは、致死率が世界全体で低下していることだ。これについては弱毒化したのではないかといった仮説があるようだが、冒頭で触れたように、その妥当性は私にはわからない。ただ、私は、世界各国で致死率を下げる努力が払われていることが大きく影響していると思っている。つまり「感染者数中心主義」から、よりいっそう日本モデル的な「死者(重症者)数中心主義」へと政策的視点がシフトしているのが世界的な潮流となっていることが重要になっているのではないかと思っている。

https://www.worldometers.info/coronavirus/worldwide-graphs/ 

 

世界全体の一日あたり陽性者数の推移

 

 

 

世界全体の一日あたり死者数の推移

 

725日)

地域

準地域

感染者数(/mil

死者数(/mil

致死率(%)

アフリカ

 

610.91

12.87

2.11

 

北アフリカ

614.90

27.55

4.48

 

東アフリカ

153.45

2.48

1.62

 

中部アフリカ

255.84

5.15

2.01

 

南部アフリカ

6,326.84

94.67

1.50

 

西アフリカ

309.77

4.99

1.61

米州

 

8,447.47

330.76

3.92

 

北米

11,836.23

426.92

3.61

 

カリビアン

1,763.35

33.86

1.92

 

中米

3,055.04

262.96

8.61

 

南米

8,423.43

304.63

3.62

アジア

 

819.97

19.04

2.32

 

中央アジア

2,039.98

29.32

1.44

 

東アジア

78.07

3.60

4.61

 

東南アジア

357.53

10.22

2.86

 

南アジア

1,135.25

29.45

2.59

 

西アジア

3,678.39

54.87

1.49

ヨーロッパ

 

3,517.17

256.10

7.28

 

東欧

3,679.29

72.33

1.97

 

北欧

3,057.60

378.64

12.38

 

南欧

4,458.55

441.67

9.91

 

西欧

2,882.08

296.54

10.29

オセアニア

 

382.74

4.09

1.07

 

 (713日)

地域

準地域

感染者数(/mil

死者数(/mil

致死率(%)

アフリカ

 

49.29

9.98

2.22

 

北アフリカ

528.92

23.84

4.51

 

東アフリカ

105.79

1.66

1.57

 

中部アフリカ

227.06

4.80

2.12

 

南部アフリカ

4,137.98

60.83

1.47

 

西アフリカ

258.19

4.39

1.70

米州

 

6,764.70

285.78

4.22

 

北米

9,550.96

397.51

4.16

 

カリビアン

1,380.66

30.01

2.17

 

中米

2,357.63

213.31

9.05

 

南米

6,723.29

244.40

3.64

アジア

 

647.46

15.31

2.36

 

中央アジア

1,332.47

9.36

0.70

 

東アジア

73.13

3.41

4.66

 

東南アジア

289.22

8.19

2.83

 

南アジア

847.86

23.26

2.74

 

西アジア

3,209.06

47.29

1.47

ヨーロッパ

 

3,284.84

250.44

7.62

 

東欧

3,310.19

63.70

1.92

 

北欧

2,964.91

371.34

12.52

 

南欧

4,212.91

438.02

10.40

 

西欧

2,761.78

294.99

10.68

オセアニア

 

284.83

3.18

1.12

  

 東京の新規陽性者拡大の傾向は、先行きが見えない状態が続いている。一日当たりの新規陽性者数は、4月上旬の水準に近いが、無症状者の積極検査によって判明している陽性者も相当数含まれていることから、評価が難しい。実際、顕著な新規陽性者が増加が始まってから一カ月以上たっているが、死者・重症患者は増加する傾向が見られない。この傾向は全国を見ても同じで、7月になってからの死者数は8名程度で、ここ数日も死者数0が続いている。この現象をどう理解するかは、非常に大きな課題であろう。

 実は致死率の低下は、全世界的な傾向である。Worldometersで毎日の陽性者数と死者数の推移をグラフで比べるだけで、一目瞭然だ。前者は右肩上がりで伸び続けているが、後者は伸び止まっている。つまり一日当たりの新規陽性者が増え続けているのに、一日あたりの死者数は、増えていないのだ。これはなぜだろうか。

https://www.worldometers.info/coronavirus/worldwide-graphs/

 何らかの抗体ができているのではないか、ウイルスの性質が変わったのではないか、といった大胆な仮説を示唆する方もいるようだが、裏付けになるものがなく、私は何も言えない。

 各国で高齢者や慢性疾患者の死亡率が高いことがよく知られているため、政策的または自然な弱者の防衛策がとられるようになったのではないか、と推察することもできるはずだ。

 アメリカは、6月中旬から新規陽性者数が再増加し続けているのに、新規死亡者が同じようには増加していない典型的な国である(微増は見られるが)。Black Lives Matter運動の盛り上がりで多くの人々が密接な対人接触を持ってしまったときでも、死亡率が高いと思われる階層の人々は、さすがに自重していたのではないか。

 なお、今やヨーロッパ(の主要国)は、新規陽性者数も増やすことがなく、ロックダウン解除を果たしている優等生だ。ロックダウン解除してもナイトクラブだけは閉鎖し続けたり、公共機関や屋内会合ではマスク着用を義務付けたりするなどの積極的な社会政策がとられている。日本がヨーロッパを見習うなら、今だ。数カ月前、「ヨーロッパの厳格なロックダウンを日本も模倣せよ」と叫んでいた人たちが、今になって地道にヨーロッパ各国の取り組みを学ぼうとする関心を失っているのは、私には理解できない。

 以前に世界各地域の致死率などを見た文章を書いたことがある。その6月15日時点の数字と、4週間後の711日の数字を比べてみよう。

615日)

地域

準地域

感染者数(/mil

死者数(/mil

致死率(%)

アフリカ

 

184.89

4.93

2.66

 

北アフリカ

297.43

12.5

4.2

 

東アフリカ

57.36

0.95

1.65

 

中部アフリカ

134.31

3.04

2.26

 

南部アフリカ

1,047.09

22.02

2.1

 

西アフリカ

134.31

2.64

1.96

米州

 

3,837.07

201.55

5.25

 

北米

6,150.57

341.97

5.56

 

カリビアン

783.18

21.09

2.69

 

中米

1,076.38

102.58

9.53

 

南米

3,294.55

139.56

4.24

アジア

 

355.73

8.82

2.48

 

中央アジア

401.99

2.59

0.65

 

東アジア

69.32

3.54

5.11

 

東南アジア

178.19

5.25

2.95

 

南アジア

410.99

11.86

2.89

 

西アジア

1,993.77

28.03

1.41

ヨーロッパ

 

2,824.89

233.14

8.25

 

東欧

2,410.86

42.63

1.77

 

北欧

2,845.24

345.06

12.13

 

南欧

3,913.74

421.49

10.77

 

西欧

2,583.41

289.33

11.2

オセアニア

 

218.83

3.03

1.39

 

711日)

地域

準地域

感染者数(/mil

死者数(/mil

致死率(%)

アフリカ

 

449.29

9.98

2.22

 

北アフリカ

528.92

23.84

4.51

 

東アフリカ

105.79

1.66

1.57

 

中部アフリカ

227.06

4.80

2.12

 

南部アフリカ

4,137.98

60.83

1.47

 

西アフリカ

258.19

4.39

1.70

米州

 

6,764.70

285.78

4.22

 

北米

9,550.96

397.51

4.16

 

カリビアン

1,380.66

30.01

2.17

 

中米

2,357.63

213.31

9.05

 

南米

6,723.29

244.40

3.64

アジア

 

647.46

15.31

2.36

 

中央アジア

1,332.47

9.36

0.70

 

東アジア

73.13

3.41

4.66

 

東南アジア

289.22

8.19

2.83

 

南アジア

847.86

23.26

2.74

 

西アジア

3,209.06

47.29

1.47

ヨーロッパ

 

3,284.84

250.44

7.62

 

東欧

3,310.19

63.70

1.92

 

北欧

2,964.91

371.34

12.52

 

南欧

4,212.91

438.02

10.40

 

西欧

2,761.78

294.99

10.68

オセアニア

 

284.83

3.18

1.12

 

 この4週間で、ヨーロッパの陽性者は1.16倍、死者数は1.07倍になったが、世界全体では陽性者は162倍、死者数は1.31倍だ。これに対して致死率(死者数÷陽性者数)は、世界平均では08倍にまで下がったが、ヨーロッパでは0.92倍にとどまった。つまりヨーロッパは依然として致死率が非常に高く、世界平均よりも低下率も鈍いが、新規感染者数を世界平均よりも大きく抑制することによって、死者数の抑制にも成功しているのである。政策的努力が大きいと言えるだろう。見習うべき点が多々あるはずだ。

 なお従来から日本では、死者数の抑え込みを重視してきている。そのために医療崩壊を起こさないことを至上命題にもしてきた。たとえば615日から711日の間に、日本の陽性者総数は1.21倍になったが、死者数は1.05倍でしか増加しなかった。1カ月の死者数は54人だった。致死率は、5.35%から4.65%に下がった。

日本も死者数の抑制は維持している。最近の新規陽性者数の増加が、積極検査の結果としての無発症若者層がかなりの比率を占めていたことが関係していると考えるのは、的外れではないのである。

さて、私は、7月上旬に「日本モデルvs西浦モデル2.0」という文章を書いた。https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73825  http://agora-web.jp/archives/2046970.html 従来の「西浦モデル」では基本再生産数が世界共通値と想定する2.5で、死者数も一定の割合で増えることになっていたため「42万人死亡」という数字も出てきた。「西浦モデル2.0」と私が呼んでいる5月に東京都広報ビデオで示されたモデルでは、3月下旬から見られた程度の新規感染者数の増加が7月にも繰り返されることになっていた。いずれにせよ、「西浦モデル」の要点は、緊急事態宣言=ロックダウンがないので、増加は止まることがなく伸び続けることだ。

しかし従来の「日本モデル」は、ロックダウンなどをせず、日常生活における「三密の回避」などの予防行動で、新規陽性者の抑制を図るものだ。撲滅は目指さないが、クラスターの発生は防いでいこうとする穏健なアプローチである。陽性者の数のみならず、死者数も世界共通のスピードで増え続けていくことはない、という考え方が、「日本モデル」の背景にある。感染症数理モデルだけに還元されない考え方だ。

これについて非常に重要なニュースがあった。77日にWHOが新型コロナの「エアロゾル感染」の可能性について、公に認めたのである。https://www.nikkei.com/article/DGXMZO61272980Y0A700C2I00000/ エアロゾル感染とは、通常よりも小さい飛沫が、エアロゾルと呼ばれる微粒子になって、長い間空気中を浮遊し、遠くまで移動する間に、感染を引き起こす現象のことである。WHOの感染予防の技術責任者は、エアロゾルを介した感染の可能性を示唆したうえで、「換気の悪い場所などでの感染の可能性は否定できない」と話したという。WHOは以前には新型コロナの主な感染経路は飛沫と接触だとして、対人距離の確保などの徹底を求めてきた。エアロゾルからの感染を認めることは、WHOが推奨する対策の変更も意味する。

だが実は日本の「三密の回避」は、エアロゾル感染こそがクラスターを作り出す元凶だという洞察から生み出された予防策であった。エアロゾル感染は、換気の悪い室内環境で発生する。そこで欧米流の「ソーシャルディスタンス」一辺倒ではなく、「密閉」という換気の悪い閉鎖空間を避ける行動を、「密集」「密接」とともに避けるように呼び掛けるために、「三密の回避」が強調されてきた。日本の「三密の回避」の呼びかけは、世界に誇るべき「日本モデル」の象徴である。

クラスター予防を重視して「三密の回避」を強調する「日本モデル」は、全ての感染者が一律に不変的なスピードで感染を拡大させていくことを想定せず、2割とされる小さい割合の感染者が、しかし大規模な感染拡大を引き起こすクラスターを作ってしまうことを想定する。そして後者の防止を重視する。

ところが日本でも欧米偏重主義の方々が、「三密の回避など甘い」といった言説を流布し、「人と人との接触の8割削減」や、「2メートルのソーシャルディスタンス」などを中心にした対策をとることを唱えてきている。困った風潮である。

先日、私自身が出席したある会合では、各人の距離を2メートルとった、ということに満足してしまって、密閉された空間である会議室であるにもかかわらず、発言者がマスクをとって熱心に語り続けるようなものであった。失礼ながら、私はそういう時には、途中で容赦なく中座することにしている。そういう低意識の人たちの会合には最後までお付き合いできない。しかしこの程度の意識しかない人々が開催している会合は、今の日本で無数に行われてしまっているのだろう。

「三密の回避」は、「8割削減」や「ソーシャルディスタンス」によって、意味を誤解され始めてしまっている。とにかく2メートル離れることと、「三密の回避」は、同じではない。なぜ日本の満員電車でクラスターの報告がないかといえば、「密集」について改善できないとしても、マスク・無言・咳エチケットで「密接」を回避しつつ、窓を常に開けて換気を確保して「密閉」を避けているからだ。

その全く逆なのが、おそらく「三密の回避」を意識しない人たちが行っている無数の換気の悪い部屋での会合である。話題になっている「劇場クラスター」もエアロゾル感染の要素が相当にあったのではないか。だから聴衆全員が濃厚接触者の扱いになったのだろう。

日本の「三密の回避」の素晴らしさが、欧米偏重主義者のソーシャルディスタンス一辺倒で減退させられてしまっている。そんなことでは「三密の回避」を象徴とする行動変容で、社会生活を維持しながら感染拡大予防する「日本モデル」の戦略が危うくなる。

「日本モデル」が機能しなくなれば、緊急事態宣言=「8割削減」に帰結するしかない。「西浦モデル2.0」の勝利ということだ。

しかし今からでも遅くない。日本人こそ「三密の回避」が訴えていることを今一度あらためて深く捉え直していく態度を持っていくべきではないか。

 525日に緊急事態宣言が解除されるまで、私は「検証」シリーズと題した文章を何度か書いていた。その後、小康を保っている情勢の間、私もこの件については文章を書く機会を持たなかった。しかし、最近になって、新規陽性者の拡大傾向が顕著になり、にわかに新型コロナ問題をめぐる議論も騒がしくなってきた。そこで久しぶりにあらためて日本における新型コロナの現状について書いてみたい。

 現在、東京の新規陽性者数の拡大が顕著である。この傾向はいつから始まったと言えるだろうか。底を打ったのは、2人の新規陽性者まで減った523日であった(7日移動平均値で見ると519日を中央値とする5.8人が最小)。その後は、増加傾向に復活している。

潜伏期間をだいたい2週間でとるのが通常なので、その考え方を適用すると、55日頃が最も感染が発生していなかった時期だったことになる。

結果的に言うと、47日緊急事態宣言は、最初の1カ月で最大の効果を示した。私自身も54日に決定された緊急事態宣言の「延長」は、「移行期間」を意味すると書いたことがある。http://agora-web.jp/archives/2045864.html すでに4月半ばから新規陽性者数の減少傾向は顕著だったので、最初に設定した1カ月を「延長」しても、実質的にはそれは解除後の体制を見据えた「移行」としての意味合いを持つことになるだろう、と私は考えたのである。

1カ月と言われて自粛に応じた人々が、ようやくその1カ月たったところで「やっぱり延長します」、と言われて、「ああ、そうですか」と全く同じ努力を続けることができると想定するのは、人間社会の常識に反する。その意味でも、「延長」は「段階的な移行」のことになる、と考えるのが妥当と思われた。

7月の時点から見て、実際に、「移行期間」突入後の5月初旬から、新規陽性者数の増加傾向の回復は始まっていた。「延長」期間の間に、自粛は緩和されていたのである。

なお7月になった現在の拡大傾向を見て、緊急事態宣言の解除が早かった、という評価を導き出す人もいる。だが私はそうは思わない。「延長」を繰り返しても、やはり増加率は戻ってきただろう。そう推察するのが、5月の動きを見れば、合理的であるように思える。確かに増加率の回復を遅延することはできたかもしれないが、遅延の程度の問題である。

「検証」シリーズの際に繰り返し繰り返し述べたが、緊急事態宣言の目的は「医療崩壊を防ぐ」であった。「新型コロナを完全駆逐する」のは、目的ではなかった。そんなことは達成するのが不可能なので、最初から目的化されていなかった。あくまでも「医療崩壊を防ぐ」を基準にして、5月の「延長」が決められた。

したがって7月になった現時点においても、拡大された医療能力を前提にして、緊急事態宣言の再発出時期を決めるのが、一貫性のある政策判断である。今、47日と同じ新規感染者数になったら緊急事態宣言を発するべきだと政府が考えていないのは、「医療崩壊を防ぐ」を基準にしているという点で、一貫性のある政策判断である。医療体制の充実によって、医療崩壊の決壊点は変わる。

ただし、このように言うことは、近い将来に「医療崩壊を防ぐ」ために、緊急事態宣言を再発出しなくていいことを保証しない。そういう事態は近い将来に到来するかもしれない。まだわからないので、今は様子を見ている段階だということだろう。

全体傾向を見るために、底を打ってからの2カ月弱の様子を、7日移動平均の推移でみてみよう。カッコ内は、その前の7日間と比べたときの増加率である。

 

517日~23日:       5.8人 (0.3倍)

524日~30日:     13.2人 (2.2倍)

531日~66日:  19.7人 (1.4倍)

67日~13日:  18.2人 (0.9倍)

614日~20日:   35.6人 (1.9倍)

621日~27日:   44.0人 (1.2倍)

628日~74日:  85.8人 (2.0倍)

 

緊急事態宣言が終了した後しばらくは、増加に転じたと言っても、緩やかな増加であったこと、そして6月末以降に増加率が顕著に高まっていると言わざるを得ない傾向があることが、見て取れる。

東京では「東京アラート」が「ステップ3」に移行して飲食店営業が0時まで可能とされたのが611日、ライブハウスと接待を伴うバー・スナックなどの飲食店などに対する休業要請が解除されたのが619日だった。現在の新規陽性者数の拡大は、「東京アラート」の解除に伴って発生してきた現象ではないかと推察することもできる。

感染を抑えるためにとっていた措置を解除すれば、抑制効果が減って、増加の傾向が強くなる。自然ななりゆきである。したがって、現在の新規陽性者数の拡大は、ある程度は予測されたことだと言える。
 もっともPCR検査数も陽性率も全然異なっており、「夜の街」の無症状若年者に対する積極的な検査措置が数字を引き上げていることも確かなようだ。直近の一週間の東京の陽性者数の増加を、3月下旬の劇的な増加を比べてみると、まだ増加率は低い。

問題は、今後の新規陽性者数の拡大が、解除の効果が出たと言える一定の範囲の規模で止まるのか、無限の拡大を引き起こす傾向に入るのか、である。

ゼロリスクを求めるのではなく、流行の先送りのための策を取り続ける「日本モデル」の展望も、その点にかかっている。

ここで重要なのは、「西浦モデル2.0」である。最近、「7月になって新規陽性者数が100人を超えた」ことをもって、「西浦教授の予測が当たった」云々といった言説が出回った。だがこれは必ずしも正確ではない。

515日に東京都広報ビデオに登場した際に西浦教授が示したモデルを思い出してみよう。https://youtu.be/aI8zvZAdSTM 緊急事態宣言が解除されて元の生活に戻ると、710日くらいの段階で、1200人くらいの水準に達し、しかもそのままの勢いで拡大し続けることになっていた。http://agora-web.jp/cms/wp-content/uploads/2020/05/845df3168da61458628203025bc9597a.png 

これは5月末日まで緊急事態宣言が続いた場合の試算だったので、1週間程度の前倒しをしてみると、74日の段階で1日あたりの新規陽性者数が200人になっていないと、計算があわない。西浦教授によれば、「夜の街」への対応等が2~3割程度では、ほとんど差が出ないはずであった。厳密に言えば、すでに「西浦モデル2.0」は、現実と食い違っている。

しかし、「東京アラート」の6月半ばまでの継続で、東京では感染拡大に遅延が起こったのだ、と仮定することもできるのかもしれない。したがって遅延した形で今後「西浦モデル2.0」に近い現象が起こる可能性は残っているとは言えるのかもしれない。

「西浦モデル2.0」は、「42万人死ぬ」で有名なオリジナル「西浦モデル1.0」を修正したものであった。「西浦モデル1.0」では、3月の欧州と同じスピードで感染拡大が起こると仮定した基本再生産数が用いられていた。これに対して「西浦モデル2.0」は、日本の3月下旬の感染拡大スピードを参考にしたものだ。したがって「2.0」の感染拡大のスピードは、「1.0」よりも緩和されたものになっている。

しかしそれでも両者に共通した「西浦モデル」の特徴は、「人と人との接触」の6割程度以上の削減がないと、感染拡大が止まらず、どこまでも果てしなく感染拡大が続いていく推定になっている点である。より現実的な言い方をすると、緊急事態宣言が再発出されるまで、感染拡大の勢いが衰えることはない。

「三密の回避」などの平時の国民行動を通じた予防策や、クラスター対策などを通じて、流行の先送りを模索し続ける「日本モデル」は、依然として「人と人との接触の6割以上削減」を求める「西浦モデル」によって否定される。

42万人死ぬ」の「西浦モデル1.0」については、私はかなり批判的な文章を何度か書かせていただいた。間違っているというよりも、過剰な自粛を引き出すために415日の時点で判明していた現実とは合致しない計算結果を意図的にマスコミに流した、と指摘した。「西浦モデル2.0」についても、同様に懐疑的なトーンの文章を書いたことがある。http://agora-web.jp/archives/2046174.html

ただし「2.0」については、否定まではしなかった。なぜなら「西浦モデル2.0」は、「西浦モデル1.0」と比べれば、だいぶ穏健な内容だからだ。現時点においても、「2.0」は、「1.0」よりも現実に近いとは言える。

果たして現実は「西浦モデル2.0」に今後どんどんと近づいていくのだろうか。もしそうだとすれば、緊急事態宣言解除後の「日本モデル」の取り組みが、早期に挫折を余儀なくされるということだ。今後あらためて事態の推移を注視していきたい。

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