「平和構築」を専門にする国際政治学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda なお『BLOGOS』さんも時折は転載してくださっていますが、『BLOGOS』さんが拾い上げる一部記事のみだけです。ブログ記事が連続している場合でも『BLOGOS』では途中が掲載されていない場合などもありますので、ご注意ください。

2021年06月

国会でウイグル問題に関する対中非難の国会決議が見送られた。全野党が賛同する中、自民党の執行部が承認をしなかったという。

 人権問題などにかかわっても、(高齢者の投票行動が結果を左右する)選挙の際には利点はない、という実利的な考え方が背景にあるようだ。もっともさらに言えば、日本社会の組織的・世代的な政治文化の違いの問題なども背景にあると言える。

 https://news.yahoo.co.jp/articles/be9a258f374c10d0d36584e46bafa55016f4e468

https://news.yahoo.co.jp/articles/8a490b42c8ea271b6dab2e99ef32c9de93daeee9

 有本香氏は、ミャンマー国軍非難決議が採択されたことを引き合いに出し、対中国だから及び腰になっていると指摘する。正しい指摘だが、ミャンマーについても、逢沢一郎衆院議員、中川正春衆院議員、石橋通宏衆院議員らの精力的な働きによって、ようやく雰囲気が変わったところもある。https://agora-web.jp/archives/2051856.html

 外務省が主導した場合、国際的なミャンマー国軍非難の共同声明の機会において、日本はことごとく参加を忌避してきた。だが日米共同声明やG7首脳声明や、国会決議の政治主導の流れが作られて、618日の国連総会におけるミャンマー国軍非難決議への日本の賛成票が生まれたと言える。

 日本は、ロヒンギャ問題などをはじめとして、ミャンマーに関する国連決議では、徹底して棄権する態度をとってきた。そのため、ミャンマーに関心を持つ人々は、今回の日本政府の賛成票を、画期的な動きと歓迎している。119カ国が賛成し、反対票はベラルーシのみだった。中国やロシアなど36カ国の間に入って、日本が棄権していたら、いよいよ日本の国際的地位が危ぶまれたところだった。

 高度経済成長期に育ち、バブル経済を懐かしむ世代の人々は、アジアの大国・日本が、他のアジア諸国(の独裁者たち)に事なかれ主義の態度をとることを「日本独自の外交」などといった表現で脚色してきた。1989年天安門事件後に、日本が主導して中国共産党指導者を許す国際的気運を作ったことは、彼らにとっては栄光の自慢話である。

 1947年生まれで典型的な団塊世代に属する寺島実郎氏は、「G7は対中包囲網みたいな形で捉えがちなんですけども、日本の立ち位置をしっかり考えなきゃいけない」と述べ、「日本はアジアの国なんです。G7の一番しっぽにくっついてるんじゃなくて、アジアの国としてG7に参加してる」との見解を主張したという。https://news.yahoo.co.jp/articles/2cca42860adf533913b5d80f5826223d3897190a

 こういったふわっとしたアジア主義・反欧米主義は、広く日本社会に存在するものだろう。だがやはり世代が高くなればなるほど、大東亜共栄圏的なものへの郷愁と反発が、左右のイデオロギー陣営の双方にそれぞれ別個に強く存在する度合いが高くなる。そのためこのふわっとしたイデオロギーが、思想傾向や政治判断に深く浸み込み、合理的な判断を阻む傾向も強くなる。

 「G7」を「先進国首脳会議」と勝手に意訳する謎の風習が、かつて日本に存在していた。それは、「日本が一等国の仲間入りをした」、「日本はアジアの代表として先進国クラブに参加している」、といった団塊世代特有の感情論などに配慮した非国際的なG7であった。

 だがオイルショック後の危機に対応する国際協調体制を作るために開始されたG7は、名誉クラブのようなものではない。同じ価値観を共有し、同じ問題に共同で対応しようとする有志諸国の政治フォーラムなのだ。そのメンバーが、「俺はアジアの代表だ、だから欧米諸国の連中とは価値観は共有できないし、問題意識も異なる、アジアでは独裁政権が人権侵害していたって誰も気にしないんだ、欧米人はちょっとくらいはアジア人のことを勉強しろ」、と主張する態度を英雄視するのだとしたら、それは単に日本の外交政策が混乱していることだけを意味する。
 中国のGDPは日本の約3倍だ。日本がアジアの代表だという感覚には、もはや全く根拠がない。中身のない感情論を振り回すだけでも、なお皆が日本を尊重してくれていた時代は、もう終わっている。そのことに高齢者の方々は、早く気づいてほしい。

先月、「日本外交を「指揮する」渡邊親子の破壊力」という題名の記事を書いた。https://agora-web.jp/archives/2051634.html 日本ミャンマー協会事務総長・渡邉祐介氏(渡邉秀央会長の子息)による、「欧米諸国は愚かだ、ミャンマー国軍と提携して中国に対抗しよう」、という英字紙投稿文に触発されて書いたものだ。

その後の68日、ミャンマー研究者やミャンマーで活動する市民社会組織などが、日本ミャンマー協会の会員企業と役員の国会議員に、企業の人権理念を問う公開質問状を出した。https://note.com/jma_letter/n/n49e554fb18df 

国会では、同じ68日に衆議院で、そして611日には参議院で、ミャンマー国軍を非難する決議が採択された。613日、G7首脳の共同声明でも、一段落がミャンマー問題にあてられ、国軍の利益につながる開発援助や武器供与をしないことなどが宣言された。https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2021/06/13/carbis-bay-g7-summit-communique/ 日本の唯一の同盟国であり、日本が推進する「自由で開かれたインド太平洋」の熱心な信奉者ともなったアメリカのバイデン大統領は、「われわれは中国だけでなく、世界中の専制国家と競争している」と述べ、民主主義勢力が団結して対抗する必要性を訴えた。

しかし、日本とミャンマー国軍の「特別な関係」を取り仕切る日本ミャンマー協会の渡邉事務総長によれば、これらの動きは「愚か」なものでしかない。ミャンマーにおける中国の影響力に対抗するためには、大日本帝国軍人によって創設されたミャンマー国軍と連携するしかないという。

こうした動きの中で、外務省はどうなっているだろうか。茂木外相は、ミャンマー国軍に対応するには、「北風と太陽」の両方が必要だ、と国会で説明した。国会決議の際の茂木外相の元気のない演説は、SNS上で話題となった。

ミャンマー問題では、外務省OBで菅首相の外交アドバイザーを務めている宮家邦彦氏が、クーデター直後から制裁反対論を早くから唱えていた。宮家氏は、アウンサンスーチーにも問題があるといった論点ずらしの主張や、アメリカもやがて日本のやり方を模倣するだろうと言った予測まで披露していた。https://news.yahoo.co.jp/articles/585e45d9e1a8909568c2869213196089aa15fbee その他,河東哲夫氏ら外務省OBの方々が、次々と人権外交を批判する文章を発表している。https://www.newsweekjapan.jp/kawato/2021/04/post-75.php

日本ミャンマー協会に財政支援を行って支える日本財団は、会長の笹川陽平氏が2013年からミャンマー国民和解担当日本政府代表として活動しており、ミャンマー国内でも活発に事業活動を行っている。ミンアウンフライン国軍最高司令官をはじめとするミャンマー関係者に太い「パイプ」を持つとされる。笹川氏は、ミャンマーでのクーデターの翌日の22日の自身のブログで、「アメリカがミャンマーの経済制裁に走れば、同盟国の日本は苦しい立場に追い込まれる。ここは何としてもアメリカを説得する日本の外交努力が喫緊の課題となってきた」、と書いた。https://blog.canpan.info/sasakawa/index-19.html

その笹川氏のブログを見ると、2月5日にはさっそく「秋葉剛男 外務省事務次官」が訪問してきていることが記録されている。秋葉氏は、420日にも訪問面談している。これらの機会に同伴者がいたかは不明だが、秋葉事務次官の訪問後、「小林賢一 外務省アジア大洋州局南部アジア部長」(ミャンマー担当地域局長級)が4回、「植野篤志 外務省国際協力局長」(ODA担当局長)が3回、笹川会長と頻繁に訪問面談していることがわかる。最近の笹川会長への訪問面談者リストには、「国軍寄りだ」と批判されている「提言」を外務省に提出した6名のシニア国連・外務省実務家の中の3名の名前も見られる(大島賢三・元日本国国連大使、明石康及び長谷川祐弘・元国連事務総長特別代表)。なお笹川会長は「ミャンマーとのオンライン会議」を頻繁に開催しているので、在ミャンマー大使館との協議も行われていると考えるべきだろう。さらに言えば、笹川会長は、もちろんミャンマー協会主催の「懇親会」(226日)に出席しているだけでなく、渡邊祐介事務総長とも面談している(419日)。

かなりのことが笹川氏の周辺で発生していると考えざるを得ないが、笹川氏は「日本政府代表」とはいえ、民間人でもあるので、公式の場で自己の考えや行動を説明しない。これでは少なくとも日本外交の動きが不明瞭になるのは当然だろう。

ミャンマー国軍は、514日に拘束したジャーナリストの北角祐樹氏を解放する際、「(笹川陽平)ミャンマー国民和解担当日本政府代表の要請」で解放を行う、と説明した。ただし、その同じ514日に、日本政府が、ヤンゴンへの食糧援助を支援するために400万ドルの寄付を行う(WFP経由)と発表したことは、波紋を呼んだ。なぜ同じ日に、ヤンゴンなのか、という印象を与えざるを得なかったからだ。https://president.jp/articles/-/46504?page=6 

7共同声明は、ミャンマーの喫緊の課題が人道支援であることを確認している。国軍への「太陽」としての支援ではない。ミャンマーの人々全てに向けた支援のことだ。日本政府は、北角氏解放の日へのヤンゴン向け支援だけでなく、追加的な他の地域への人道支援を行う道義的責任を負っている。

ミャンマー国軍は、「(民主派勢力が)学校などを襲撃している、治安作戦が必要だ」といったプロパガンダ作戦としか思えない発言を繰り返しながら、地方部への人道支援を邪魔し、援助物資を破壊したりしている。

笹川氏を訪問し、十分に協議してからでもいい。日本政府は、WFP(世界食糧計画)等が行うミャンマー全国への人道支援を、国軍に遠慮することなく、大々的に支援していくべきだ。それこそが、日本の長期的な国益にも合致する。

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