いま欧州に来ているため、イギリス政治の混乱を間近で感じる。この混乱はブレグジットに関する国民投票から発生したのだが、改めて思うのはむしろ、首相解散権の持つ機能だ。イギリスは、首相から解散権を奪うという実験を行った。そのため失敗しているのだ。
2011年議会任期固定法は、内閣不信任決議に対する解散権行使か、下院の3分の2以上の賛成による自主解散によってしか、議会が解散されないことを定めた。つまり首相から議会の解散権を事実上取り上げた。 2010年のイギリス下院選挙において、どの政党も過半数の議席を獲得することができず、「ハング・パーラメント」の事態が起こったとき、保守党が自由民主党に譲歩して連立政権をつくるために実施を約束した措置だ。
首相に解散権がない場合、首相は議会に妥協し続けるしかない。素朴な単純理論では、首相は議会の多数派の信任を得て首相になっているはずではある。しかし実際には、議会の多数派が、個別の政策では首相に反対するかもしれない。最悪の場合、今回のブレグジット騒動が劇的に示したように、首相に反対する点で大同団結する議会の多数派が、実際には政策的な統一性を全く持っていない場合すら起こりうる。その場合、どこにも政策を調整する原理が働かないままの状態が続く。政策の実効性を確保するために「議会を解散して民意を問う」という手段がとれないために、何も決められない状態が延々と続いてしまうのである。
ブレグジットに関する2016年国民投票は、2011年の議会任期固定法の一つの論理的帰結であった。2015年に行われた総選挙の際、デービッド・キャメロン首相は、EU離脱の是非を問う国民投票を行うことを公約してしまった。理由は単純で、保守党内部のEU離脱派の支持がなければ、保守党もバラバラで、政権維持ができなかったからである。
伝統的なイギリス政治の考え方に沿って言えば、国民投票ではなく、EU残留の是非を問い直す解散総選挙を行うべきであった。しかし解散権を奪われたキャメロン首相には、それができなかった。そこで首相が首相としての議会の信任を確保するためには、重要事項の決定を国民投票に回して誤魔化すしかなかったのである。
2011年議会任期固定法によって生じた国制(憲法)改革は、実際には残存する議会主権や議院内閣制の考え方と整合性のないものだった。そのため矛盾が顕在化したのが、2016年国民投票であり、それに引き続く収拾不能な混乱であった。
日本においても改憲論議の中で、立憲民主党が首相解散権の制約を提案している。首相解散権は、議院内閣制の枠組みの中で三権分立を図るために、近代議会政治の中で培われて発展してきたものだ。「アベ政治を許さない」勢力の支持固めの発想だけでなく、各国の様々な実例をふまえた慎重な検討をしてほしい。(そもそも本来は、野党第一党には政権交代を目指してもらうのが王道であり、あたかも第三党のように首相解散権を制約して議会の現有勢力の確保を優先する関心を持っているだけでいいのかも、問い直してほしい。)
日本国憲法は、その前文において、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動」するという文言から始まる。憲法学者系の方々は、やたらと「国民主権」「国民主権」「国民主権」と強調する。しかしそれは困った態度だ。
拙著『憲法学の病』でも指摘したが、日本国憲法の「一大原理」は、「国政は、国民の厳粛な信託(trust)によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者 がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」という、国民と政府との間の「信託」原理である。実体性のない「国民」の「主権」ばかりを強調して全ての議論を押し切ろうとする憲法学者によく見られる発想は、日本国憲法の原理ではない。実際の日本国憲法典は、議会を通じた政治の調整を求めており、今回のイギリスの国民投票以降の混乱を避けることを要請している。
GHQは、英米法の考え方にそって憲法草案を起草した。しかしアメリカ流の大統領制にもとづいた三権分立の導入を避けた。そのため、日本国憲法は、イギリス政治を模した制度設計を取り入れている。 「国会が国権の最高機関」で、首相が「議会の議決」で決められる制度をとりながらも、「三権分立」も確保されるのは、首相に「解散権」があればこそだ。解散権がなければ、三権分立は溶解し、議会の独裁に陥るのでなければ、「何も決められない政治」が引き起こされる。
イギリスは日本国憲法がモデルとしている国だ。そのイギリスが解散権を変更したことで、どれだけの混乱を経験する羽目になったかは、日本人はよく見ておくべきだ。
https://www.amazon.co.jp/憲法学の病-新潮新書-篠田-英朗/dp/4106108224/ref=sr_1_1?qid=1568277962&s=books&sr=1-1
2011年議会任期固定法は、内閣不信任決議に対する解散権行使か、下院の3分の2以上の賛成による自主解散によってしか、議会が解散されないことを定めた。つまり首相から議会の解散権を事実上取り上げた。 2010年のイギリス下院選挙において、どの政党も過半数の議席を獲得することができず、「ハング・パーラメント」の事態が起こったとき、保守党が自由民主党に譲歩して連立政権をつくるために実施を約束した措置だ。
首相に解散権がない場合、首相は議会に妥協し続けるしかない。素朴な単純理論では、首相は議会の多数派の信任を得て首相になっているはずではある。しかし実際には、議会の多数派が、個別の政策では首相に反対するかもしれない。最悪の場合、今回のブレグジット騒動が劇的に示したように、首相に反対する点で大同団結する議会の多数派が、実際には政策的な統一性を全く持っていない場合すら起こりうる。その場合、どこにも政策を調整する原理が働かないままの状態が続く。政策の実効性を確保するために「議会を解散して民意を問う」という手段がとれないために、何も決められない状態が延々と続いてしまうのである。
ブレグジットに関する2016年国民投票は、2011年の議会任期固定法の一つの論理的帰結であった。2015年に行われた総選挙の際、デービッド・キャメロン首相は、EU離脱の是非を問う国民投票を行うことを公約してしまった。理由は単純で、保守党内部のEU離脱派の支持がなければ、保守党もバラバラで、政権維持ができなかったからである。
伝統的なイギリス政治の考え方に沿って言えば、国民投票ではなく、EU残留の是非を問い直す解散総選挙を行うべきであった。しかし解散権を奪われたキャメロン首相には、それができなかった。そこで首相が首相としての議会の信任を確保するためには、重要事項の決定を国民投票に回して誤魔化すしかなかったのである。
2011年議会任期固定法によって生じた国制(憲法)改革は、実際には残存する議会主権や議院内閣制の考え方と整合性のないものだった。そのため矛盾が顕在化したのが、2016年国民投票であり、それに引き続く収拾不能な混乱であった。
日本においても改憲論議の中で、立憲民主党が首相解散権の制約を提案している。首相解散権は、議院内閣制の枠組みの中で三権分立を図るために、近代議会政治の中で培われて発展してきたものだ。「アベ政治を許さない」勢力の支持固めの発想だけでなく、各国の様々な実例をふまえた慎重な検討をしてほしい。(そもそも本来は、野党第一党には政権交代を目指してもらうのが王道であり、あたかも第三党のように首相解散権を制約して議会の現有勢力の確保を優先する関心を持っているだけでいいのかも、問い直してほしい。)
日本国憲法は、その前文において、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動」するという文言から始まる。憲法学者系の方々は、やたらと「国民主権」「国民主権」「国民主権」と強調する。しかしそれは困った態度だ。
拙著『憲法学の病』でも指摘したが、日本国憲法の「一大原理」は、「国政は、国民の厳粛な信託(trust)によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者 がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」という、国民と政府との間の「信託」原理である。実体性のない「国民」の「主権」ばかりを強調して全ての議論を押し切ろうとする憲法学者によく見られる発想は、日本国憲法の原理ではない。実際の日本国憲法典は、議会を通じた政治の調整を求めており、今回のイギリスの国民投票以降の混乱を避けることを要請している。
GHQは、英米法の考え方にそって憲法草案を起草した。しかしアメリカ流の大統領制にもとづいた三権分立の導入を避けた。そのため、日本国憲法は、イギリス政治を模した制度設計を取り入れている。 「国会が国権の最高機関」で、首相が「議会の議決」で決められる制度をとりながらも、「三権分立」も確保されるのは、首相に「解散権」があればこそだ。解散権がなければ、三権分立は溶解し、議会の独裁に陥るのでなければ、「何も決められない政治」が引き起こされる。
イギリスは日本国憲法がモデルとしている国だ。そのイギリスが解散権を変更したことで、どれだけの混乱を経験する羽目になったかは、日本人はよく見ておくべきだ。
https://www.amazon.co.jp/憲法学の病-新潮新書-篠田-英朗/dp/4106108224/ref=sr_1_1?qid=1568277962&s=books&sr=1-1
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政治のセンスの人なら、少し考えれば、合意なき離脱は、英国経済に壊滅的な影響を与えることがわかるから、二大政党制の与党の議員でさえ、除名覚悟で、イギリスの国民の為に、反対票を投じているのであって、だいじなことは、政治家が、自分の保身の為ではなく、本当に国民のためを考えて、正しい判断ができるかということだと思う。それが、民主政治なのである。
大事なことは、政治家が、無学な大衆は、わたしに従え、と独裁者を志向することではない。ブレグジット強硬派のしていることは、ナチスと同じ、大衆のナショナリズムに感情的に訴え、扇動しているに過ぎない、ように思われる。
さて日本でも内閣(首相)の解散権、69条の対抗措置としての解散に限るのか!?任意に解散できるのか(7条)議論があります。1952年までの占領下ではGHQの指導で、69条による解散に限るとして任意の解散権を認めませんでした。そこで吉田少数内閣は、内閣不信任案を可決させて解散権を行使したという実例もあります(1948年12月「馴れ合い解散」)。その後、サンフランシスコ講和条約成立で、GHQが消滅すると吉田首相は、英国流の憲法解釈で解散権を行使したという経緯です。
所謂Brexit、特にEUとの合意なき強制離脱の是非をめぐるこのところの英国の混乱を眺めていると、この「(近代)民主主義の先生」とも呼ばれた国家が、特にその根幹をなす議会が劣化したというか、危機的状況にあることを如実に物語っているようだ。
その最大の要因は国民投票で国民が図らずも「離脱」を選んだこと自体にあるのでも、スイスの地に赴くに際してわざわざ投稿休止を公言し(ἀγορεύω)ても、如何にも後生(ἐντεῦθεν)が重いというのか要領を得ない(σομφός)発言を繰り返すカ氏が強調するように大衆扇動(ἔκπληξις)の問題などではなく、畢竟首相の解散権を法で縛ったことに不可避な帰結(ἀναγκαῖοπρσς ἑπόμενον)なのだろう。
離脱自体は欧州単一市場へのメリットを充分には享受できなくなるから、当面経済的に苦しくなるとしても国民の紛れもない意思が示された選択であって、将来にわたって(τἀπὸ τοῦδε)経済的に停滞すると決まったわけではない。
経済政策だけではないBrexitの是非論議はいろいろ議論のあるところだろうが、経済政策について、国民投票で是非を問うのは結局、代議制民主主義の否定につながり、どう見ても為政者の役割放棄に等しく、責任ある態度とはいえまい。もっとも、民主制とは常にそういう危険性を孕んでいる制度だということを知るべきだが。
ドイツと違って、偽善的(εἰρωνικός)ながら真っ当な分別(ὁ ὀρθὸς λόγος)、つまり怜悧な(δεινός)政治的知恵には事欠かない、しかも成熟した民主的伝統を有する国柄を反映して長らく高等知識層(‘high Intelligenzija’)が国政を事実上動かしてきたのが英国だ。
その一人で、政策の立案・決定を行う人々は、私心にとらわれない公正無私な知的エリートであることが前提だという、所謂「ハーヴェイロードの前提」を確信していたとされるケインズの言ではないが、首相の解散権もその一つである「文明というものが、ごく少数の人たちの人格と意思とによって築かれた、そして巧みに納得させられ、狡猾に保たれた規則や因襲によってのみ維持される、薄っぺらで、当てにはならぬ外皮」(‘civilization was a thin and precarious crust erected by the personality and the will of a very few, and only maintained by rules and conventions skilfully put across and guilefully preserved’=“My Early Beliefs”; The collected writings of J. M. Keynes, vol. 10, p. 448)ということを熟考すべきなのだろう。
それにしても、1⇒【政治家が、自分の保身の為ではなく、本当に国民のためを考えて、正しい判断ができるかということ…が、民主政治】は、単なるカ氏の「信仰」なので相手にするまでもないが、続く【大事なことは、政治家が、無学な大衆は、わたしに従え、と独裁者を志向することではない。ブレグジット強硬派のしていることは、ナチスと同じ、大衆のナショナリズム…扇動】のような妄言は、自らの理解を超える問題を、須らく「ナチスと同じ」と断じるカ氏の偏狭性(σμικρολογία)だろう。
‘La petitesse de l’esprit fait l’opiniâtreté, et nous ne crpyons pas aisément ce qui est au-delà de ce que nous voyons.’
の精神、国民に奉仕することが、政治家の役割、という伝統がイギリスにあるからだと思う。それが、ナチス時代のヒトラーに従うことが、国民の為だ、と考えたドイツ人とは違う。
ナチスドイツは、経済問題から、政権をとったのだひ、現在極右が旧東独を含めて欧州で力をもっているのは、難民問題を柱とする経済問題である。スイスは、国民のために全国民が入れるような核シェルターを装備していることを知り、永世中立国として生きることの大変さを改めて知ったスイス滞在である。
そうそう簡単な問題ではないが、有名な保守政治家のサッチャー元首相などは、EUに組み込まれてしまえば英国は衰退すると警告していたと記憶する。その背景にどういうロジックがあったか鮮明には覚えていないが、基本的には英国人の自由や精神の自立などを妨げるものとして理解できる。
篠田氏も留学されていたLSEのジョン・ヴァン・リーネンなど「EU離脱すれば英国の繁栄は終わるだろう」と予言する識者も多いが、国家はいかにあるべきかについて多くの問題を示唆して興味深い。金融センターとしての英国は今後どうなるのであろうか等。
そういえばLSEというと理論経済学の森嶋通夫は大真面目に日本の非武装中立を主張していた。それがもっともらしいと日本の左翼やマスコミが日本国民を洗脳していた時代があったのだ。
戦争体験はわかるし、「日本がソ連に勝てるわけはない。さっさと白旗あげたほうが得」ということだったろうがが、日本人の自称識者がこんなトラウマにやられた間抜けだらけで、とんでもないスキを見せていたからこそ、日本人はあまりに安全保障や国際的治安に鈍感となり、横田めぐみさんなどが北朝鮮に拉致されたと個人的には確信している。
また、日本のようにバカなマスコミがえらそうにふんぞり返ってないのが特によい。社会に煽動する連中がおらず、社会に落ち着きがある。東京と対照的なベルンは人気ないが個人的に好きだ。
ただし、スイスも難民が増えすぎたせいか、移民制限の政党が票を伸ばしている。スイスのあちこちの日本人会は排斥されないと思うが、移民の敷居は高くなっていくかもしれない。
冒頭は戦後のドイツを代表する哲学者ユルゲン・ハーバーマス(Jürgen Habermas)の『近代の哲学的ディスクルス 12の講義』(“Der philosophische Diskurs der Moderne; Zwölf Vorlesungen”, 1985, Suhrkamp Verlag, Frankfurt am Main)の一節だ(Suhrkamp taschenbuch Wissenschaft 749, S. 131.)。
邦訳があり、煩を厭わず紹介する。
「啓蒙的思考は啓蒙の伝統のなかでは、神話に対する対立命題であり、また神話に対抗する力であると考えられてきた。対立〈命題〉というのは次のような理由からである。つまりこの思考は、鎖のように続く世代の連続のなかで組み上げられている伝統のもつ権威的拘束力に対して、よりよい立論には、強制力をともなわない強制力がある(zwanglosen Zwang des besseren Arguments)ということを対峙させているからである。
さらに、対抗する〈力〉といったのは、この啓蒙の思考は、認識を個人として獲得し、そのうえで行為の動機へと転換することを通じて、集団的力の呪縛を破ろうとするものだからである。啓蒙は神話に反論し、それによって神話の暴力から逃れようとするのだ。」(引用続く)
迂遠な話で恐縮だが、言わんとする趣旨は、「よりよい立論には、強制力をともなわない強制力がある(zwanglosen Zwang des besseren Arguments)ということ」だ。
それぞれ、見解の相違、立場の違い、というものはある。しかし、それは個々人の思考の自由によって等しく「価値がある」(ἄξιος)、真面目な検討に値する(ἄξιος)という意味ではない。尊重される(τιμὴν ἔχω)には前提があって、立論それだけで価値(ἀξία)が生じるわけではなく、「よりよい」(βελτιων)立論であることが不可欠(ἀνάγκη)ということだ。
愚にもつかない「クズ投稿」を海外から繰り返すカ氏は、「誰がそれを判定するのか」と早速反論しそうだが、簡単だ。論旨そのものが、つまり表明(φθέγγεισθαι)された「事柄自身」(πρᾶγμα)とその推論の論理的首尾一貫性性(ἡ κατάστασις=sequitur)で、価値の有無と、その優劣(εὐσχημοσύνη καὶ ἀσχημοσύνη)は自ずと(αὐτόματος)明らかになるからだ。言論は機会以外は不平等だ。
篠田さんに異を唱えて、1⇒【解散権…よりも、大衆扇動の問題】とするのは自由だが、それなら明確な根拠を提示することだ。
できるものならば。
‘μήτε γράμματα μήτε νεῖν ἐπίστωνται’(Leges 689D)
しかし、スイスのような(加盟せずともEU市場の絶大な恩恵を受けられるような)特別な位置にいられるかどうかはよくわからないところである。
ドイツを荒廃の極致に追い込んだ30年戦争でも、カトリック、プロテスタント双方に大量に雇われて大暴れし、物資を売って大儲けした。
ヴァチカンの警察部門(スイス衛兵)にその痕跡を残しているが、出稼ぎをするばかりで長らく農牧業以外は産業上はみるべきものがなく、19世紀後以降、観光産業に加え、現在のように国家財源の大きな支えとなっている伝統的な金融業、特に国際金融業務は、20世紀前半に欧州有数の金融センターとなったことで、一種の基幹産業になった。中心はドイツ語圏のチューリッヒ。以前は、ジェネーブ(スイス同盟参加は1815年以降)やバーゼル(元神聖ローマ帝国の帝国自由都市)だった。
このほか、時計など精密器械、工作機械、付加価値の高い食品加工で国際的地歩を獲得するのも随分後の話である。世界的即席コーヒー製造業者であるネスレ[Nestle]はわが国でも著名だが、Nestleはドイツ語由来。世界的に最も優れたギリシア語聖書の校訂者もドイツ人のErwin Nestle(父親のEberhardはルター派神学者で聖書文献学者)。
永世中立国になったのは1815年のウィーン会議以降で、周辺国、特にオーストリア・ハプスブルク家に対する共同防衛の必要から発生した政治的連邦国家で、言語(公用語)は多い順に独語、仏語、伊語、そして固有語であるレト=ロマンシュ語。26州からなる連邦共和制国家だ。
永世中立国というのは現在、スイスのほか、オーストリア、マルタ、ラオスぐらいだろうが、それぞれ歴史的経緯がある。金融取引については、特徴的だった匿名口座制度は資金洗浄防止のため廃止された。世界各地に租税回避地、所謂Tax havenが簇生し、その独占的地位が低下したことも関係するのかもしれない。
国際法上は、他国間の戦争に永久に関与しないという条約上の義務を負う、つまり他国に軍事基地を提供したり、軍事同盟や集団安全保障の当事国となることはできないから、自国防衛や交戦国による中立侵害を防ぐために軍備を有することも条約上認められ、常備軍は存在しないが、国民皆兵の徴兵制だ。
畜産以外、鉱物資源も乏しく、農業といっても牧草地の占める割合が大きいが、生産性は高い。現在も食材調達を海外に依存せざるを得ないように、食品価格は酷く高い。
宗教改革時にツヴィングリを輩出し、カルヴァンの宗教都市ジュネーヴを擁したものの、国家的統一性を欠く「国民」に、ルターに代表されるドイツのような狂信的攻撃性はない。知的な文明度は夷狄の地ではあるが極めて高い。フランス啓蒙思想の代表者ルソーはジュネーヴ出身だ。
もっとも、第一次大戦でスイスが仏独の間で国境を冒されずに、条約通り中立を維持できたのは、それが仏独の国益に合致したからだ。スイスも抜け目なく対応し、国際連盟機規約では要求された経済制裁の実行に参加しないことを表明したりもした。第二次大戦中は共産党を禁止し、ドイツを刺激する行動を控える慎重さで中立を維持した。
一筋縄ではいかない国で、「受容可能な」平和と繁栄を維持するということは単なる国際協調ではなく、偽善と欺瞞を要する所以だ。
Three Hearts in the Happy Ending Machine
これは80年代にアメリカでヒットを連発し、日本でも人気の高かったデュオ「ホール&オーツ」の片割れ「ダリル・ホール」のソロアルバムのタイトル名。
ダリル本人はアルバム名の意味を聞かれても軽く流しているが、
https://www.youtube.com/watch?v=83oQUq9eWRo&feature=youtu.be&t=316
私は三権分立の意味だと思う。
Checks and Balances Constitution Lesson for Kids - Schoolhouse Rock
https://www.youtube.com/watch?v=T_foQoCHQq8
マシーンの運営を託し、正しく運営しているかを監視するのが国民。
国民が権力を縛るのではなく、原理の機能が権力を縛る。
去年ホール&オーツが久しぶりに出したシングル
Daryl Hall & John Oates, Train - Philly Forget Me Not (Official Audio)
https://www.youtube.com/watch?v=FGMDKNSQC44
の歌詞に一部
All the kids on the corner
California never had that thing
フィラデルフィアは米国憲法誕生の地。
カリフォルニアは不法移民の聖域都市で話題に。
もう一つ、ついでに。
ホール&オーツの1984年のシングルAdult Educationのミュージックビデオ。
https://www.youtube.com/watch?v=XLYqTZKEpvs
これはポリコレ・カルト洗脳教育に怒ってるようにも見える。
これらを見れば、
Three Hearts in the Happy Ending Machine
に三権分立の意味が込められていても不思議ではないように思う。
20世紀初頭まで世界を支配する覇権的な地位にあった大英帝国を支えたエリート層の共通の心性、即ち知識階級(所謂イングランドの高等知識層[high ‘Intelligenzija’])の特権意識と優越思想は、グローバル化した21世紀初頭では一種のアナクロニズムとして聊か鼻白む思いを抱かせられるとしても、EU離脱を単なる経済的不利益だけで断念するような国家ではないことを思えば、早晩不可避なように思う。
第一次大戦後、サン=ジェルマン条約で域内の諸民族が独立して中欧の小国に転落したかつてのオーストリア=ハンガリー二重帝国の栄光を懐かしむ魂が構想した「汎欧州主義」(Paneuropäismus)に端を発する欧州統合の理想は、戦後それを掲げて永世中立国に転じ、国際機関が多数存在するオーストリアに限らず大陸の欧州人に珍しくない感覚で、海洋国家だった英国国民には本来は無縁な感覚なのかもしれない。
首相の解散権を法で事実上縛ったこともあって、EU「離脱」という一旦は出てしまった民意の取り扱いに手を焼き身動きができない状態に政府も議会も追い込まれた末の現在の混乱は、それはそれで脱皮のために必要なプロセスなのだろう。
五億人の単一市場というEUの魅力に後ろ髪を引かれるエリートなど既得権益層は英国にも少なくないだろうが、国民投票によって「離脱」の意向を示した、「残留」によって職を奪われる可能性が増すことやその他の不利益が、得られるメリットよりも多いと直観的に判断した民衆の感覚が、特段経済学的に不合理な行動とも言い切れない側面がBrexitにはある。将来的な課題である政治統合に至っては、文字通り「呉越同舟」の楼閣であるでEUに薔薇色の未来などない。
ブリュッセルで欧州を牛耳るエリート官僚が思い描く「未来予想図」など、かつての官僚国家(Beamtenstaat)=後進国ドイツを先導した「官尊民卑」の21世紀版で、それに唯々諾々として従うような卑屈な伝統や国民性は、英国国民はもとより、一見して事理明白な(φανερός)損得を弁えない(ἀσύνετέω)かのようにみえる憐れむべき(ἐλεεινός)議員たちにもないのだろう。
英国の豊かさと経験、特有の民主的合意形成の伝統は、ケインズが説く英国精神に特有の散文的健全さ(‘prosaic soundness’)という意味での平衡感覚(συμμετρία)を伴った大人の感覚で、英仏にはないものだ。
二千数百年来の古ぼけた本ばかり読んでいる人間の目には、驚くほどのことは何もない。見た目は精緻で壮大でも、こけおどしのようなドイツ的註釈書を覗いても、それを痛感する。ドイツの本は用紙も出来も悪い、「田舎者」(ἄγροικος)のようだ。革装幀は酷く脆い。
少々のことで、大騒ぎすることはない。
ついでに、11の2行目、⇒【独語でSchweiz[Schweizerische Eidgienossenschaft]】は、【独語でSchweiz[Schweizerische Eidgenossenschaft]】の綴り違い。
薔薇の指さす(ῥοδοδάκτυλος)「曙」(φᾶνή)に原稿を書いていると、もっともきょう9月16日は、雨模様で日の出の光は差していないが、少々注意力散漫になるようだ。
プラトンの最後の対話篇『法律』に登場する、人々が寝静まっている未明に国家の重要事項をすべて決定する「夜明け前の会議」(νυκτερινὸς σύλλογος=Leges, 908A, 951D~952C, 961A~Cほか)に参画する選ばれし少数者なら、そうしたことはあるまいが。
16末尾の、⇒【ドイツの本は用紙も出来も悪い、「田舎者」(ἄγροικος)のようだ。革装幀は酷く脆い】は、昨日15日に届いた本に対する、謂わば八当たり気味の感想で、1689~96年に刊行された大冊(フォリオ版=縦42センチ)の『アウグスティヌス全集』(Augustinus; Hipponensis episcopi operum.,…opera et studio Monachorum Ordinis S. Benedicti congregatione S. Mauri., Parisiis: Ecudebat Franciscus Muguet, 1689~1696, 10 vols, in 7.)が用紙、革装幀ともびくともしないのに、高々100年前、1912~27年のベロッホ(K. J. Beloch)の大著『ギリシア史』(Griechische Geschichte, 2 Aufl., Strassburg, 1912~27, 4Bde. in 8.)の革装幀が、革が乾燥して脆くなったことで壊れかけていることへの憤慨だ。
出版された当時は立派なものだったのだろうが、年月の経過とともに明らかになる卓越性(ἀρετή)というものがある。この点でもフランスに限らず、とりわけ英国はドイツを遥かに凌駕している。謂わば、(文化的)国力を反映していることを痛感する。
本に限らず人も議論も同じで、真に価値ある(ἄξιος)ものは、歴史の風雪、試練(ὁ ἀγών)に耐え得るものでなくてはならない。
それを歴史上最初に明確な形で指摘してみせたのが、「万学の祖」にして、中世以降は哲学者(φιλόσοφος)の代名詞、「知者たちのマエストロ」(maestro di color che sanno)と称されるアリストテレスで、古代アテーナイが発祥である民主制(δημοκρατία)の原理的な否定者であることもよく知られた事実だ。
今回の論題(τόπος)であるEU離脱をめぐる英国、特に英国議会の混乱と首相の解散権を法で縛ったことについて、その名を冠して英国哲学協会を‘Aristotelian Society’としているのを含め、古今無双の哲学者ならどう考えるのか、想像してみると面白い。
民主制は、原理らしい原理を欠く政治制度で、それをプラトンなら「法律遵法的な政体の中では最も劣悪で、法律軽視的な政体の中では最も優秀な政体」(Politicus, 303A~B)とくさしたろうが、似たようなことをかつて宣ったチャーチル元首相(‘Indeed, it has been said that democracy is the worst form of government except all those other forms that have been tried from time to time.’[House of Commons, November 11, 1947.])を擁する英国、しかもジョンソン首相には、その大宰相に関する著書もあるという。
民主制の運営には一種の知恵、つまり「高貴な嘘」(noble lie)が必要だとの認識や懐疑ぐらいあるのだろう。
1264年のヘンリー三世時に創設の庶民院以来、800年近い歴史がある「議会の母」英国議会の知恵に期待したいものだ。
だから、声を大にして平等を叫ばなくてはならない事情もある。英国のように議会は二院制で、上院として貴族院(定数なし、現在776議席=首相が貴族等、社会的貴顕者を推薦し、女王が任命)を残しているのも、そうしたことの表れだ。上流階級は外国人に対しては比較的開放的だが、中産階級以下の同胞に対してはかなり閉鎖的だと、現地事情に詳しい友人から聞いたことがある。
つまり、外国籍の人間は、社会のメンバーシップの枠外にあるから、鷹揚に構えているのだろう。
他方、明治維新とともに旧公卿・大名や維新の勲功者、高級官僚や実業界の成功者その他の貴顕者を「皇室の藩屏」として叙階して華族とした日本の場合、敗戦後、新憲法の施行とともにわずか78年(1869~1947=1011家存在)の生命を終えたことで、特権的な上流階級の存在感は希薄だ。
その短い歴史は、下克上が宿命の武家政権が中世以降のこの国の実質的な支配者だったことも底流にはあろうが、そもそも日清、日露戦争後、軍人や財界人を組み込んで膨張を続けたことで日本の近代化の有力な推進役になったものの、それが多彩な出自の均一性を欠く集団に様変わりしたゆえ、貴族制度としての基盤が元々脆弱だった事情がある。
だから、結婚後は皇籍を離れるとはいえ、秋篠宮家の長女の宙ぶらりん状態の「婚約者」のような存在も可能となり、上皇の長女清子内親王(紀宮)の配偶者が東京都の一職員でも差し支えないのだろう。もっとも、黒田姓の配偶者は九家存在した旧華族黒田家の末裔ではなくとも、縁戚ではあるのだが。
英国の場合は全く事情が異なる。貴族制度は今なお余命を保っている。
篠田さんの見解に異論はないので気楽に書いているが、独仏のようにそれぞれの歴史的事情で異なる形ながら革命を経験し、現在は共和制の国家と、1215年のマグナ・カルタ(Magna Charta)以来、貴族や高位聖職者の代弁者でもある議会と国王が競合的共存関係にあり、1264年に発足した今日の下院の原型である庶民院以来の伝統を重ねた英国的合意形成は異なる。
一度は深刻な対立から内乱となり国王を処刑する清教徒革命を経験し、クロムウェルら議会派が共和政(Commonwealth)を樹立したものの、結局は民権の暴走の軍事独裁から王政復古に転じ、1689年に国王の権利の大幅な制限を盛り込んだ権利章典(Bill of Rights)を発布して、絶対王政の消滅を意味する「英国型革命」=名誉革命に至る歴史を辿ると、それが同じ革命(νεωτερισμός=Revolution)を称しながら、1789年のフランス革命や結局は失敗に終わった1848年のドイツ三月革命とは異なることが分かる。
英国の立憲君主制の標語である「君臨すれど統治せず」は、1714年にステュアート朝が絶え、ドイツのハノーヴァー選帝侯を国王に迎えてジョージ一世とした際に、新国王が英語を解さなかったことが原因とされるが、議会と国王との関係の必然的な帰結だろう。
英国的な合意形成は、今回のEU離脱をめぐる混乱をみていても議会諸勢力の駆け引きもあって容易に展開を見通せないが、首相の解散権一つとっても、政治とはお題目とは異なり、微妙なバランスとその運用に知恵と経験を要するものだし、独仏と違って何ごとも極端を嫌う英国の国民性(散文的健全性=‘prosaic soundness’)と相まって、目下の「狂騒曲」も、それはそれで次のステップへの必要なプロセスなのだろう。
「大衆人(el hombre-masa)は環境に無理強いされないかぎり、けっして自分以外のものに頼ることはないだろう。そして今日では、環境が彼に強いることがないので、大衆人はその本性に従って他に頼ることをやめ、自分が己の生の主人であると考えている。それに反して選ばれた人間、つまりすぐれた人間は自分から進んで彼を越えるものに、彼よりもすぐれた規範に奉仕しようとする内面的必然性をそなえている」(‘Nunca el hombre-masa hubiera apelado. a nada fuera de él si la circunstancia no le hubiese forzado violentamente a ello. Como ahora la circunstancia no le obliga, el eterno hombre-masa, consecuente con su índole, deja de apelar y se sinnte soberano de su vida. En cambio, el hombre selecto e excelente está constituído por una íntima nececidad de apelar de sí mismo a una norma más alla de él, superior a él, a cuyo servicio libremente se pone.’=以下、引用は『大衆の叛逆』[桑名一博訳=一部表記を変えた]: José Ortega Y Gasset; ‘‘La leberión de las masas.’’, Obras Completas, 1983, Vol. 4, p. 181)としたうえで、
貴族の特質をなす「すぐれた」(κρεῖσσων)人間性、つまり卓越性(ἀρετή)の表徴(σημεῖον)について、「つまりすぐれた人間とは、自分自身に多くを課す者のことであり、凡俗な人間とは、自分自身に何も課さず、現在あるがままのもので満足し、自分自身に陶酔している者である」とする。
さらに、「一般的に考えられているのとは反対に、本質的に奉仕に生きている者は選ばれた被造物であって、大衆ではない。すぐれた人間は、自分の生を何か超越的なものに奉仕させないと生きた気がしないのだ」(‘Contra lo que suele creerse, es la criatura de selección, y no la masa, quien vive en esencial servidumbre. No le sabe su vida si no la hace consistir en servicio a algo trascendente.’, ibid., p. 181~182.)とも。
そこで語られた「高貴な生」(la vida noble)の本質について、「高貴さの本質を示すものは、自己に課す多くの要求や義務であって、権利ではない。まさに貴族には責任がある。Noblesse obligeのだ。『恣意で生きるは凡俗なり、高貴なる者は秩序と法に憧れる』〔ゲーテ〕。貴族の特権は、本来は譲渡、つまり恩恵によって与えられたのではなく、戦いとったものである(son conquistas)」(‘La nobleza se define por la exigencia, por las obligaciones, no por los derechos. Noblesse oblige. 《Vivir a gusto es de plebeyo: el noble aspira a ordenación y a ley》(Goehte). Los privilegios de la nobleza no son originariamente concesiones o favores, simo, por el contrario, son conquistas.’, ibid., p. 182.)として、特権の維持は原則として、いかなる場合でもそれを再び勝ち取る能力があることを前提としているとする。
それに対して、「『人間及び市民として』の権利のような一般的権利は、受動的財産であり、単なる受益や余禄であって、あらゆる人間に与えられている運命の寛大な賜物である。それは普通に呼吸して頭を正常に保つ努力を除けば、ほかの何らかの努力に報いられたものではない。従って私は、無人称的な権利は人が自然にもっているものであり、個人的な権利は努力して維持するものであると言いたい」と言い切る。
如上の議論から、オルテガが問題にしているのは、現実の「貴族」(階級)ではなく、彼らが意識的にか否かにかかわらず体現している「貴族性」であることが分かる。
そうした認識からであろう、「大衆人」の「大衆人」たる所以である「自分自身に陶酔している者」(está encantado consigo)への註記として、次のように書きつける。
「なんらかの問題を前にして、自分の頭に簡単に浮かんだことで満足する者は、知的にみて大衆である。その反対に、苦もなく自分の頭のなかに見いだせるものは尊重せず、未だに自分よりも上にあり、そこに達するには新たな背伸びを要することだけを自らに相応しいものとして受け入れる者は、高貴な人間である。」
(‘Es intelectualmente masa el que ante un problema cualquiera se contenta con pensar lo que buenamente encuentra en su cabeza. Es, en cambio, egregio el que desestima lo que halla sin previo esfuerzo en su mente. y sólo acepta como digno de él lo que aun está por encima de él y exige un nuevo estirón para alcanzarlo.’, ibid., p. 182.)
オルテガの一見迂遠な議論から、EUからの離脱をめぐって、「EU依存」以外にはあり得ない仏独と、離脱をめぐって混乱し呻吟する英国との違いを同時に考えた時、そこにあるのは、単なる政治的経済的利害の問題だけではないのかもしれない。
英国にあって仏独にはないもの、仏独の「限界」がそれを指し示しているように思う。国民投票がもたらした「大衆の叛逆」がそれを突きつけている。[完]
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