『現代ビジネス』さんに、「『日本モデル』は成功するのか」という拙稿を掲載していたいだいた。https://gendai.ismedia.jp/articles/-/71284?fbclid=IwAR0KBfHiCCVJ9Nerm5lpO7TJpkNzaoiiP2IpN5Wn-5ie5mAHggo_wddkXoE その趣旨は、「密閉・密集・密接の回避」を強調する戦略を意識化することと、最前線で努力する人々を支援することの重要性だった。医療関係者、保健所職員、学校教員、そして蔓延を防ぐ努力をしている国民が、最前線の「英雄」であり、日本の戦略の可否は、彼らにかかっている、ということを言いたかった。
ちなみに私はその前には、「私が政治家なら、即座に巨額の研究資金を(「感染症の理論疫学」を専門にする北海道大学の)西浦教授に預けるために奔走する」と書いたこともある。http://agora-web.jp/archives/2045006.html?fbclid=IwAR1xLTqn2mN0VT8rtEj7fPzJTV0Ixy2VfvWZOy-vT5Xrn6T1IKAMBetu58g
その後、現実では、日本の政治家たちが、和牛商品券や旅行特待券を国民に配るために奔走しているという報道を見た。
奇抜な発想すぎる。日本はユートピアなのか。
もっとも吉村洋文・大阪府知事は、「和牛券の前に、各自治体の病床確保策に財政支援してくれ」とツィートした。私の発想に近い。和牛の話は、単に現場感覚の有無というだけの話なのではないか。
「日本モデル」については、松川るい参議院議員が、「検査数の少なさが、日本のクラスター対策と重症者への適切な医療提供が死亡者数抑制につながっている日本の対コロナ戦略をもっと世界に発信すべき」と国会で議論している。意識化のためには、こうした議論が望ましい。
ただ、それなら日本政府は、本当にクラスター対策従事者と医療関係者に対して戦略的な支援を重点的に行っているのか?という質問が出てくるだろう。行っていないのであれば、言っているだけ、になってしまう。説得力がない。やがてクラスター対策班が疲弊し、重症死亡者が急増すれば、説明が前提にしている現実も崩壊する。
「日本モデル」の最大の論点は、検査数の少なさだ。これについて多い方がいい、少ない方がいい、といった議論がなされすぎて、本質が見えなくなっていると感じる。問題は、医療崩壊を起こさないような検査数の適正管理だ。医療側と検査側の能力向上との相対的な関係で、妥当な検査数は求められてくるはずだ。
さらに誤解を払しょくするために日本が強調するべきなのは、検査をクラスター対策の効率的運用のために戦略的に使っている、というものだ。検査体制に余力がないと、クラスター対策班が、感染ルートの識別のために集中的に検査を行いたいときに機動力を発揮できない。
「クラスター対策のための検査能力の確保が戦略的に必要だ」、という説明の方が、「検査数は少なくてもいい」という説明よりも、少なくとも海外向けには、理解されやすいと思う。
ところが、検査数の抑制的管理が、クラスター対策の戦略の一環として行われている、という説明は、実は日本国内でもまだあまり聞かない。それでは外国人に理解されるはずがない。もっと意識化を図らないと、戦略的運用の進化も果たせないのではないか?
「日本モデル」では、「自粛」に重きが置かれる。逸脱者が現れると、「自粛を、繰り返し強く要請する!!!」といった冗談のような話が、為政者の口から飛び出してくる。「自粛せよ、強く繰り返す要請する!!!」のほうが法的措置による移動の規制より望ましいのは、為政者が自分では何の責任もとりたくないことが理由であるのは、確かであるように思う。
それならせめて「自粛」した人を支援するべきだ。「自粛」なのだから、税金は投入しない、感謝もしないということになっているらしいが、法的規制による「自粛」は責任が発生するので避けたいが、繰り返し強く要請する「自粛」は法的責任が発生しないので使い勝手がいい、という為政者中心主義の目線は、長続きしないように思う。
日本は現場の人の努力によって支えられている。だがそれだけに依存しているのでは、長期戦は戦えない。補給物資が必要だ。和牛商品券は、現場の人を助けない。長期戦を戦うためには、戦略的な発想にもとづいた支援を現場に提供する政治家が必要だ。
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コメント一覧 (20)
(参考: 新憲法解釈現代語訳、芦田均)
Covid19noウィルスの拡散のスピードを緩め、病院の医療のキャパを拡大することが大事である。ウィルス検査はたくさんあるが、目標を定めてしなければならない。政治は危機モードにある。そして、ドイツ政府がイースター後に外出制限を緩めることを目標にしていることを明らかにした。この感染症は人人感染なので、この感染症を抑え込むためには、感染者の接触者を追跡することが重要である。スマートフォンを位置情報システムを使った調査が大事で、それなしで、行動の制限をゆるめることは、難しいだろう。ドイツには、現在10000の集中治療者用のベッドがあいている。木曜日現在5600のベッドがあいていて、24時間以内に5700のベッドがあく予定である。コッホ研究所のWieler所長によると、重症化するのは高齢者で、ドイツの死者の平均年齢は、81歳である、ということである。
Wieler所長によると次の3点がコロナ危機を克服するために大事だそうである。
1.撲滅:感染は早く認識されなければならない、-(クラスターの認識ということだろう)。
2.リスクグループの保護:これはみんなが参加できる
3.医療体制を高めること:例えば、人工呼吸器が多ければ多いほど、多くの人々が生き延びられるだろう。
このウィルスの拡散のスピードを緩められる方法というものは確立されていない。コロナウィルスと一緒に戦うことがみんなに求められている。Wieler所長はもう一度、国民に求めた、距離をとること、例えば祭りなどに人々があつまる危険性を指摘した。
その為にドイツでは他人との距離を1.5mとることを求め、パリの都市閉鎖が必要になるのである。EU諸国の場合、車でイタリア、例えばベルガモから国境を越えて多くの人が移動するから、感染を防ぐために都市閉鎖も必要となるが、東京の場合どうして必要なのだろう?必要なのは、検疫、外国から飛行機や船で戻ってくる人の検疫で、その人々の入国を潜伏期間中入国させない、日本におけるクラスターの一員である恐れのある人も同じ期間の隔離を促せば、感染の速度は、著しくゆるやかになるのではないのだろうか?
本当に世論に警告したいのなら、もっと多くの人に読まれる欄を選んだらどうですか?この欄を読まれている人は、残念ながらあなたと同等か、もっと常識の在る人ではないかと思います。するとあなたの論調は先刻承知の方々ですので、何度繰り返されてもあなたの影響力には限りがあります。あなたの自己満足でしかありません。影響力を持たない投書は意味がないでしょう!自制の出来ない人が、どうして他人を説得できるのでしょう?
先ほどNHKのニュースW9で、山中伸弥氏(医師・京大教授・ノーベル賞受賞者)が出演していて、コロナウイルスとの戦いは、長期戦(1年程度)になると主張していました(予想が外れればそれはそれで幸いだ!と)。
山中氏は自分自身も、最近の現状と情報から、最初と認識を変えた、と告白していました。社会インフラ(特に医療インフラ)は、空気みたいもので、普段はその有難味がわからないが、崩壊するとたいへんなことになる。また、その根拠を問われると、未知のウイルスなのでエビセンスはない、とのことでした。
篠田教授の本文が、本文後半で日本では「検査数が少ない」と書かれています(当たっている批判なのか!?)。Gは検査数の多寡は、死者数の少なさで結果を出している以上論点にならないと考えています。このことは、あの傍若無人な橋下徹氏(元府知事・市長)さえも、重症者を迅速に見つけて治療することの方が重要だ!!ということを、その経験則から述べていました。
私がCovid19問題について、コメント欄にしつこく書き続けたことは、社会インフラ(特に医療インフラ)は、崩壊するとたいへんなことになるから、感染の温床になりかねないクリニックや病院での大量のPCR検査、発熱外来はするべきではない、帰国者接触者外来、というきちんと感染者を隔離できる場所で、まず電話で予約を取り、予約の時間を決めて行われるべきだ、ということでした。そう主張するのは、高齢の私には現実の危機感があるからです。普通のクリニックや病院は、慢性の他の持病をもった人であふれていて、その人々は感染すると重篤化します。また、阪神の藤波選手の症例でもわかるように、感染者は、熱がある人に限りません、そして、感染病である以上、彼らが他人に感染させている可能性がある、それも発熱前に他人に感染させる可能性が高いのです。これは大事なことなのです。
それは、海外のサイエンス系雑誌などでも指摘されているBCGワクチンとコロナの関係である。日本の志賀潔がフランスのカルメットから受け継いだBCGの菌株はその後も日本のすぐれた研究者により受け継がれてWHOでも認定された。
つまりはこうだ。アジアやアフリカの感染莫大を防いでいるのは日本のBCGワクチンやそれに付随する啓蒙活動ではないか?
逆に欧米はもうその発想は古いとBCGの義務付けは廃止されてきたので感染が拡大し、重症者が増えている。(必ずしも欧米型発想がよいわけでないいとBCGを継承しつづける人々が日本にいたということ)
ただし、日本の70歳以上の高齢者はBCGを受けてないので今後重症化する方が増えるかもしれない。
実は、こういう方は、まだまだ日本のネットでは不足しているのではないかと感じる。しかも、海外のメディアなどを例に指摘できる人は少ない。
このテーマは、日本の未来を考えるうえでもっとも重要であると思われる。なぜなら、無能なマスコミがどうでもよい問題ばかりを垂れ流すことにより、本質的で重大な問題について思考する時間とお金が日本国民から膨大に奪われてしまうからである。
ただし、私から見ると、おそらくカロリーネ さんは、テレビ朝日の報道ワイドショー(玉川某など)の変てこなPCR絶賛は「無知と軽率」からくるものではないかと想像されていると思われる節があるが、その点は私は全く違う見方をしている。
私は、彼らは「それが日本社会を混乱させ、政権基盤をゆるがせることが出来る」ということを知り尽くして「計算づく」でやっているのだと確信している。ただし、そういった一種の「陰謀論」は真顔で訴えれば(特にネットでは)変人扱いされるということもわかる。
しかし、彼らは確信犯である。さらに言えば、彼らは「自分たちが確信犯だ」と自覚していない確信犯である。(そこは中核派など本格的なアナーキストとは異なる)。
そんなことは特に若い世代にはよくわかっている。今のネット中心の若い世代だけでなく、むかしの庶民もわかっていた。日米安保闘争の時代にも庶民には日米安保の重要性が本能的にわかっていた。(朝鮮戦争などの影響も大きかっただろう)
しかし、あの時代、大学では99%が日米安保反対だった。残りの1%も職を賭して主張するか、沈黙を守っただろう。この99%が、その後、それを正当化するために学問を「悪用」した(「戦争に巻き込まれる」とか屁理屈はどうにでもつくから)。極論をいえば、それが学問の目的になった。
これは学問の「システム」に作用した「日本モデル」が最悪に作用した典型例である。波風を立てないようにと摩擦を避けることで、さらに悪貨が良貨を駆逐したのであった。
早い話が、経済学部などは9割以上はマルクス主義経済学で、彼らはほぼ全員が日米安保に反対した。
BCGのことがでてきたので、最近のスポーツセンターでの会話を思い出しました。肺炎予防のための、高齢者65歳以上の肺炎球菌予防接種のことである。https://www.haien-yobou.jp/?utm_source=YahooSS&utm_medium=cpc&utm_campaign=res1&yclid=YSS.1000074079.EAIaIQobChMI28T3hta76AIVE66WCh0-AghKEAAYASAAEgKff_D_BwE 私もなにげなくかかりつけ内科医で肺炎球菌用の予防接種を受けたが、HPによると、肺炎の98%は65歳以上の高齢者だそうである。そして、インフルエンザウィルスから起こる肺炎を予防する、ともある。それなら、コロナウィルスから起こる肺炎も予防する可能性もあり、そのために、現在のところ、諸外国と比べて、日本のコロナウィルスでの死亡者数は少ないのではないのではないだろうか。
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