「平和構築」を専門にする国際関係学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda 

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 トランプ大統領の訪中の様子が、大きなニュースになっている。中国に宥和的なトランプ大統領の態度と、同大統領を歓迎する中国の態度が、印象的だからだろう。

昨年に関税カードを切ってしまったトランプ大統領としては、中国との経済関係を深めて、実利を期待させるしか、中間選挙に向けた得点稼ぎが期待できない。経済成長率に陰りが見える中国としては、そのトランプ大統領をパートナーとしてアメリカと建設的な関係を作り直し、経済の安定的運営を目指したい。両者ともに、慎重な様子を崩さない範囲ではあるが、歩み寄りたい思惑が一致した。

日本の高市首相の支持者層は、大軍拡を進めて、中国と厳しく対峙していく意気込みだったが、アメリカにハシゴを外された形となった。

中国の大反発を受けた昨年の高市首相自身の国会での台湾有事発言も、従来から「曖昧戦略」をとっているアメリカが、より明確に中国と対峙していくだろうことを前提にしていたことが、大きな問題点であった。実際には、トランプ大統領のアメリカも、従来の「曖昧戦略」を捨てるつもりはない。高市首相の勇み足の部分があった。

そこで気になるのは、直前に報道されていた日本の防衛費のさらなる大幅増額のニュースである。https://www.jiji.com/jc/article?k=2026051300938&g=pol

過去4年ほどでGDP比1%から2%へと防衛費の倍増を果たしたばかりの日本だが、さらにGDP比35%への大幅増を目指していくのだという。その理由は、「トランプ大統領が要請しているから」という話になっている。

これはどういうことだろうか。アメリカは中国と融和的な関係を築いており、少なくとも緊張を高めたい様子ではない。
 これに対して、日本の仮想敵国の筆頭は、今や中国だ。安保三文書改訂の有識者会議の資料のみならず、あらゆる安全保障議論が、中国の脅威を強調するところから、議論を始めている。日本は日米同盟を通じてアメリカの軍事基地を国内に置き、アメリカと一心同体で軍事作戦を進めることを大前提にした防衛政策をとってきている。

アメリカは中国と融和ムードで、日本が中国と対峙するために大軍拡路線に走る、という構図になってきている。

確かにトランプ政権も、来年度予算での大幅な軍事費の増額を求めている。しかしその増額分のどれだけが、北東アジアに投資されるかは、わからない。いずれにせよトランプ政権は、アメリカの負担を減らすために、同盟国が一層の軍事費の増額を進めることを求めている。

そこで日本は防衛費の増額で、軍事的役割の増加を引き受けていかなければならない。欧州では欧州諸国がロシアとの対立を深めて、アメリカは引き気味である。同じように、北東アジアでアメリカが中国と融和ムードになっても、日本は中国との対立を深めていく。そして防衛費を大幅に増加させて、そしてアメリカの高額兵器を数多く購入するなどの措置をとっていかなければならない。

 果たして、この高市政権の政策は、本当に日本の国益に合致しているのだろうか。大局観を欠いたまま、日本は、非常に苦しい状況に陥り始めていないだろうか。

 トランプ大統領が中国訪問を終えようとしていたとき、日本では長期金利の代表的な指標である10年物国債の利回りが2.73%まで上昇した。1997年以来の29年ぶりの高い水準だ。大規模な為替介入にもかかわらず、円安が止まらないのも顕著な傾向だ。株式市場が低迷してくる傾向もある。中東の混乱に伴う資源不足と物価高の危機も、次第に目立ったものになり始めている。

 この経済状況に直面しながら、しかし日本の安全保障コミュニティは、頑として防衛費の大幅増を既定路線として譲らない構えだ。その表向きの理由は「中国の脅威」だが、実態は要するに「トランプ大統領に要請された」ということである。安保三文書改訂有識者会議の「議論」をへて、国家情報局の設置などの措置も、粛々と進められていくだろう。

 高い内閣支持率に支えられた高市政権の支持者層は、嫌中国で軍拡支持のタカ派の層だ。高市政権が続く限り、堅固な支持者層の期待に応えていく政策が続くだろう。

 しかしそのような国内事情は、空前の規模の防衛費増額・大軍拡路線が、政策として(選挙対策としてではなく)、本当に必要で、合理的な選択であることを、証明するわけではない。

 

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高市首相がベトナムとオーストラリアに外遊をした。これらのうち、ベトナムは「竹外交」で知られる全方位外交路線を掲げつつ、目を見張る経済成長でASEANの有力国に発展した沿岸国だ(ベトナムは、ASEAN域内でインドネシア、シンガポール、タイに次ぐ第4位のGDPを誇り、原加盟国ではフィリピンとマレーシアを凌駕する規模に急成長している)。

ベトナムは、高市首相の就任後の外遊先の中では、最も攻めの姿勢が必要になる訪問先だったと言える。

なお日本はこれまでベトナムに対して沿岸警備支援などを提供し、南シナ海での海洋安全保障を強く意識した関与をしてきている。ただし対岸の島嶼国フィリピンと比して、ベトナムは中国やロシアとも良好な関係を保っていることで知られる。ベトナムにとっては、中国との貿易関係が圧倒的なシェアを占める。日本は韓国と比しても後れを取っている。

https://www.jetro.go.jp/world/asia/vn/gtir/

高市首相は、ベトナムでは共同声明を出さなかった。オーストラリアでは共同声明を出している。この点を誇大に強調しすぎるつもりはないが、いずれにせよ日本とベトナムの関係は、必ずしも特別だとまでは言えないということだ。

高市首相は、共同声明の代わりにベトナム国家大学ハノイ校で講演を行った。ちなみに日本語で講演を行ったのは、発展著しいベトナムのエリート校での講演としては、いささか物足りない感じはする。

ベトナム訪問にあたって高市首相が強調したのは、「パワーアジア(POWERR ASIA)」と銘打った「総額約100億ドル(約1・5兆円)のエネルギー調達を巡る金融支援枠組み」だ。中東に起因するエネルギー危機に対応するベトナムを含めた東南アジア諸国を、日本政府が出資する日本貿易保険(NEXI)の輸出保険や国際協力銀行(JBIC)の融資を活用して支援して、原油を調達するという。これによって日本側には、東南アジアで生産されている医療関連など物資の日本への安定供給が図られるのだという。

悪い話ではないように聞こえる反面、日本でもエネルギー危機が迫っている中で、他国を支援している余裕があるのか、という疑問もわく。政治的含意が気になるところだ。

ベトナムは、中東の危機を、ロシアからの原油調達で乗り切ろうとしている。「パワーアジア」は、この流れを意識しているようだ。なぜなら日本からの融資で、ベトナムなどの東南アジア諸国に、アメリカから原油を購入するように働きかけるつもりのようだからだ。https://www.meti.go.jp/press/2026/04/20260421004/20260421004-1.pdf

「パワーアジア」は、なぜか「POWERR ASIA」と意図的にスペルを「power」から変更している。「Partnership on Wide Energy and Resources Resilience Asia(アジア・エネルギー・資源供給力強靭化パートナーシップ)」を略したということのようだ。これには何となく落ち着かないものを感じる。アメリカがUSAIDで類似した名称のプログラムを実施したりしていたからだ。https://common.usembassy.gov/wp-content/uploads/sites/62/2022/04/USAID-Clean-Power-Asia-1.pdf

今回の「パワーアジア」は、日本は保険や融資を提供する仕組みで、無償支援ではない。そもそも東南アジア諸国は、もはや無償支援を必要とするようなレベルにはないので、それは当然である。だが、それにしても有限の資源を活用して支援をするわけだから、日本にとっても有益な結果が期待されなければならない。今回については、それは医療関連物資の調達に役立つ、ということが正当化理由になるらしい。しかしそれにしては1.5兆円の額は大きいのではないか。

結局は、東南アジア諸国のエネルギー調達に影響を与えたい、ということだろう。端的に言えば、中東危機に対応した新たな原油調達先を、アメリカに振り向けたい、ということだろう。

日本(高市政権)は、中東危機に際して、イランに厳しい態度をとり、米国重視の外交姿勢を鮮明にしている。その一方で、イランと良好な関係を持つロシアと中国に対して、敵対的と言わざるを得ない外交姿勢を取っている。ロシアに対する経済制裁を続けており、中国とも高市首相の台湾有事発言に起因する一連の対立がレアアースの問題にまで波及しながら続いている。

「パワーアジア」を通じた東南アジア諸国に対するアメリカからの原油買い付けの斡旋は、どうしてもその文脈で解釈せざるをえない構図を内包している。

アメリカの利益になることを、日本が協力することそれ自体が、悪いということはないだろう。もっとも日本にどこまでそのようなことをする余裕があるのか、という素朴な疑問がわかないわけではない。

ただ、東南アジア諸国は、中東危機に対して、日本ほどには、アメリカに好意的な視線を送っているわけではない。マレーシアやインドネシアなどのイスラム教国は特に厳しい視線をアメリカに送っている。露骨に親米誘導・反中包囲網形成の意図を感じさせるのは、必ずしも得策ではない面がある。

 「パワーアジア」の今後の展開には、そうした配慮から、注意を払っていかざるをえない印象がある。

 

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1週間前にメンバーが発表されていた安保3文書の年内改訂に向けた有識者会議「総合的な国力から安全保障を考える有識者会議」初会合が、427日に開催された。

https://agora-web.jp/archives/260421221116.html

高市首相は、「我が国の平和と独立を守り抜いていく為には、防衛力の抜本的強化を引き続き主体的に進めるとともに、外交力と防衛力を、経済力、技術力、情報力、人材力と有機的に連携させ、『日本の総合的な国力』を徹底的に強くしていかなくてはなりません」と強い意気込みを示している。この「有識者会議」をへて安保3文書を改訂することが、タカ派路線で安全保障政策を刷新することを重視する高市政権にとって、大きな意味を持っていることがうかがえる。

メンバーの発言は非公開だということだが、議題は資料化されてウェブサイト上にあがっている。https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/boueiryoku_kaigi/sogoteki_dai1/index.html

実質内容は、内閣官房国家安全保障局(NSC)提出資料「我が国を取り巻く安全保障環境の変化と『総合的な国力』の重要性」(以下「NSC資料))から垣間見ることができる。霞が関特有のPDF形式のスライド一枚一枚に情報が詰め込まれている14スライドからなる資料だ。

国際秩序が流動化して安全保障環境が厳しくなったため、「経済力・技術力・外交力・防衛力・情報力・人材力」の「6つの要素を有機的に連携させたものとする必要」があるという認識から、「NSC資料」は議論を始める。この「6つの要素の有機的な連携」は、具体的には「経済安保の重要性の増大、サイバー攻撃や認知戦の対応、AIの飛躍的な進歩等」を意味するのだという。

そしてまず指摘されるのが、中国の脅威だ。中国は経済の低迷と少子化に苦しみながらも、「総合国力と国際的影響力の強化」に努めていると指摘される。そこで「中国の軍事力強化と活動の拡大・活発化」が、「一方的な活動のエスカレーション」を引き起こしながら、進んでいる。特に海上・航空・ミサイル戦力の増強が活発だ、と指摘される。

加えて、「NSC資料」は、ロシアは極東でも軍事強化を進めていると述べつつ、「中露の軍事連携が強化」されている点を特筆する。さらに北朝鮮が、中国とロシアとの連携を深めながら、「核・ミサイル開発を継続」させつつ、通常兵力の増強も行い、さらには「悪意あるサイバー関連活動」も展開していると指摘する。特にロシアとの連携を通じて、北朝鮮の軍事力は急速な「底上げ」がなされていると述べられる。

次に提示される「ウクライナの教訓」と題された項目では、「新しい戦い方、非対称な戦い方、長期戦への備えとしての継戦能力の確保」の必要性が強調される。

そこで実際に安保3文書改訂で目指される具体的な項目と思われる重要領域が、三つ示される。第一が、「経済安全保障の重要性」である。注目すべきことに、この「経済安全保障」の項目で強調されるのは、希少資源の確保などの具体的な論点ではない。むしろ「国家安全保障の前提として、国民の理解、国民生活・産業活動の維持の重要性」が強調される。「経済安全保障」の冒頭で、「国民の理解」が強調されるのは、なぜだろうか。

高市首相が、首相に就任する前の20231月に『文芸春秋』に寄稿した論考に「経済安全保障に国民の理解を」と題されたものがある。どうやら、安全保障の必要性の観点から、経済活動を特殊なやり方で運営していかなければならない場面があるので、それについて反発をしないでほしい、という要請が、「国民の理解」の論点であるらしい。今回の「NSC資料」の趣旨でも、「長期戦への備えとしての継戦能力の確保」などの措置を取る際に、経済活動に安全保障の観点からの介入を行うこともありうるので、それについて「国民の理解」が与えられるように、平素から準備をしておく必要がある、ということのようだ。

第二が、「サイバー攻撃の巧妙化・深刻化」である。ここで「国家背景とみられるサイバー攻撃」を行った主体の実例として、ロシア、中国、北朝鮮が、名指しで参照されている。

 20260428a

第三が、「影響工作・認知戦」だ。「生成AI等の新技術、ウクライナの教訓、SNS上での外国からの影響工作と思われる偽情報の流布や事実に基づかない言説の流布等を踏まえれば、影響工作・認知戦は安全保障上の課題」だという認識から、「平素の段階から外国からの影響工作に強靱な情報空間を創出する必要があり、政府横断的な対応が必要」だという主張が導き出される。ここでもロシアが名指しで「認知戦」を行っている国家主体として参照されている。

 20260428b
 

このように「NSC文書」は、「厳しい安全保障環境」の認識では、ミサイルの問題等を特筆する。その一方で、今回の安保3文書改訂にあたって具体的な議題となりそうな領域として特筆するのは、経済安全保障、サイバー攻撃対策、影響工作・認知戦対策、という非伝統的な安全保障分野の事項である。

すでに私が422日の記事で述べたように、この方向性を予期させるのが、「有識者会議」のメンバーの構成であった。関係省庁のトップを務めた経験のある重鎮の元高級官僚や防衛関連企業のトップに、大手メディアのトップと発信力のある大学教員が加わった布陣は、経済安全保障、サイバー攻撃対策、そして影響工作・認知戦対策を強化する路線を、強く意識したものであったと言える。

なお「有識者会議」座長には、順当に、元外務次官・駐米大使の佐々江賢一郎氏が就任することとなった。現在、内閣官房の国家安全保障局長は、元北米局長の市川恵一氏である。外務省「対米派」が屋台骨となり、防衛省系のメンバーと、対外関係系のメンバーが、中国・ロシア・北朝鮮を仮想敵として、、経済安全保障、サイバー攻撃対策、そして影響工作・認知戦対策に力点を置いて、安保3文書を改訂していく、ということになりそうである。

 

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