「平和構築」を専門にする国際政治学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda 

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 イスラエルのネタニヤフ首相が、アメリカに到着した。トランプ氏暗殺未遂事件及び共和党大統領候補指名確定、そしてバイデン大統領の大統領選からの撤退とハリス副大統領の大統領候補者としての事実上の決定、という動きの中での訪米だ。議会演説の様子がどうなるかも不確定要素があるが、ハリス副大統領がネタニヤフ首相にどう対応するかは、トランプ大統領がどう対応するか以上に、大きな意味がある。

 ハリス副大統領はマイノリティ票の掘り起こしを期待されており、ガザ危機をめぐってパレスチナに同情的とされる発言をしたことがニュースになったこともある。アラブ系米国人が最も多いと言われるミシガン州は、典型的なスゥイング州の一つだ。劣勢の民主党側からすれば、ミシガンを落としたら、その瞬間終わり、と言えるほどの意味がある。ハリス副大統領が大統領候補になったことによって、ミシガン州において劣勢を跳ね返せるかどうか、これからの大統領選挙の行方を占う最重要点の一つであるはずだ。

 ネタニヤフ首相は、当然、ハリス副大統領との親密さをアピールして、「万が一」の可能性を封じ込めるだろう。そこに乗っかったら、ハリス氏によるミシガンのアラブ人票掘り起こしの可能性などは霧消する。ただしイスラエルの首相に冷淡な態度を示す、といったことは、アメリカ政治では、タブー中のタブーだ。外交経験が豊富とは言えないハリス氏に、いきなり大きな試練が訪れた、と言ってよい。

 トランプ氏のほうは、親イスラエル寄りの立場が確定している。ネタニヤフ氏の訪米を実現したのは、共和党のジョンソン下院議長らだ。フロリダの私邸でネタニヤフ氏と会う予定だという。かなり予定調和的なものになるだろう。

 ガザ内の人道的惨禍は悲惨を極める一方だが、ハマス殲滅を掲げるイスラエルの軍事作戦は終わりを知らず続いている。イスラエルは、レバノンのヒズボラとの交戦に続いて、イエメン(フーシー派)との交戦も始めた。戦争は地理的広がりの面でも、徐々に拡大している。

 イギリスで労働党政権が成立し、保守党政権時代に維持し続けていたUNRWAへの資金提供停止の解除を決めた。UNRWAについては、イスラエルがテロ攻撃に関与していたという糾弾を行ったため、欧米系の主要ドナーが資金提供を停止する事件が発生した。しかしその後の調査では、イスラエルの糾弾を裏付ける証拠が見つからず、UNRWAの代替不可能な重要性も鑑みて、ほとんどの諸国が資金提供を再開した。頑なに停止し続けているのは、今やアメリカくらいになった。しかしアメリカは、国連での投票行動でも示されているように、最後の一カ国になっても、イスラエルと共同歩調をとるだろう。

 それを信頼して、イスラエル国会(クネセト)は、遂にUNRWAをテロリスト組織とみなす法案を暫定承認した。何が真実か、証拠はあるのか、といったことは、もはや主要な議題ではなくなっている。イスラエルは、UNRWAを潰しにかかってきており、それによってガザを人道援助も届かない空間にしようと企図している。アメリカはそれを支援している。
 イスラエルは、国際司法裁判所(ICJ)から、占領政策を止めなければならないという勧告的意見を受けた。先に、ジェノサイド条約に基づく軍事作戦停止の仮保全措置命令も受けている。なおネタニヤフ首相の訪米中にも、国際刑事裁判所(ICC)が、逮捕状を正式発行する可能性がある。

これらについて、イスラエルは、アメリカとともに、全て、無視することを公言している。イスラエル/アメリカと、国際社会の法の支配は、両立しない。この明白な事実から、目を背けることは、不可能だ。

 日本は、同盟国・友好国にならってUNRWAへの資金提供を一度停止した。しかし欧州諸国の多くが再開し始めたところで、資金提供を再開した。岸田首相が、ヨルダン川西岸のパレスチナ被占領地域の入植者個人4名に資産凍結の制裁を加えるニュースも流れたが、これはアメリカ政府の措置をさらに小規模にして模倣したものでしかなく、実質効果を伴わず政治的な効果がないように計算した、アメリカやっているなら、それくらい日本もやっておいてもいいだろう「制裁」でしかない。

 日本の中東外交は、アメリカ/イスラエルを非難したくないが、原油輸入の90%を依存するアラブ圏との緊張も望まない、というバランス外交の立場が伝統だ。そのためガザ情勢をめぐっても、一貫して欧米諸国に追随しながら、なるべく穏便に目立たないようにする態度に終始している。
 ところがアメリカが完全に孤立する場面が、あまりにも過激だ。日本は、その際には穏健な欧州諸国と共同歩調をとるような判断をする、というやり方で、何とかバランスを制御しようとしてきている。

 しかしこのコウモリ外交が、緊張が極度に高まっているガザ危機において、ずっと持続可能なのかどうかについては、私個人は、かなり疑っている。

中国からは、ハマスとファタハを含むパレスチナ諸勢力を和解合意させる仲介を、中国政府が果たした、というニュースが飛び込んできている。中東の和平は、もはやアメリカ主導だけでは動いていかないことは、間違いない。日本が、どんなに強くそう祈り続けても、ダメだ。

日本が強い関心を持つアメリカの大統領選挙と、中東情勢が目立って結びつくネタニヤフ首相の訪米は、大きな注目を払うべきポイントになっていくだろう。

 バイデン大統領が、大統領選から撤退することを決め、副大統領のカマラ・ハリス氏が、民主党の大統領候補となることが確実となった。

 集めてしまった選挙資金の活用等の事情から、今バイデン氏が撤退するのであれば、ハリス氏以外の候補では現実的選択肢にならない。しかし、それはそれとして、一つ思い至ることがある。

 米国民主党の大統領は法律家ばかりだ、ということだ。

 ハリス氏はロースクールを出てサンフランシスコ検事局に勤め始めてから、上院議員になる直前のカリフォルニア州司法長官のポストまで、30年近く司法畑でキャリアを伸ばした。

 バイデン大統領もロースクール卒の弁護士だ。オバマ大統領もロースクール卒の弁護士だ。クリントン大統領もロースクール卒の弁護士だ。ついでに補足すると、2000年の大統領選挙で敗退した民主党候補アル・ゴア氏は、ロースクールを中退して上院議員だった父の地盤を活かして下院議員になった人物であった。2004年の大統領選挙で敗退した民主党候補ジョン・ケリー氏は、軍役の後、ロースクールに入り直して検察官から弁護士になった法律家だった。2016年の大統領選挙で敗退したヒラリー・クリントン氏が、夫と同様に、ロースクール卒の弁護士であることは言うまでもない。

 このようにして見ると、米国民主党の候補者は、徹底して、法律家である。せいぜい政治家としてのキャリアで、州知事をへたか、上院議員をへたか、といった違いがあるだけだ(もちろんそれはそれで重要な違いではあるが)。

 この事実は、アメリカにおいて、法律家が政治家輩出の有力な登竜門であることを意味しているだけかもしれない。下院議員の30%、上院議員の51%が、法律の学位を持っているという。その割合は民主党が強い北東部の州選出の議員ではさらに高い。https://crsreports.congress.gov/product/pdf/R/R47470#:~:text=CQ.com%20provides%20data%20on,degrees%20and%20have%20practiced%20law.

だがアメリカの大統領は、厳格な三権分立体制の下での行政府の長であるので、本来は法律家であるべき要素は相対的には低いはずだ。大統領任命の行政府のスタッフも同様だ。そこは議院内閣制で立法府の議員と重ねて内閣の構成員が形成される場合とは違う。

 率直に言って、民主党の大統領候補がことごとく法律家であるという事実は、民主党が「ポリコレ」政党になっているという印象を補強する。良く言えば、原則的である。悪く言えば、綺麗ごとを並べ立てるが結果に責任をとらない。

 この点は、実業家から突然政治家になったトランプ前大統領とは、明確な対比をなす。副大統領候補のヴァンス氏も弁護士資格を持つが、上院議員に当選する前に、実業家としてキャリアを成功させている点が、一連の民主党候補群と異なっている点である。ちなみに前の共和党選出の大統領であったジョージ・W・ブッシュ氏も、実業家出身だった。

 こうした経緯から、民主党候補の方が、一般に学者・評論家層に受けがいい。他方、経済問題を重視する者は、共和党候補に親和的だ。

 一般に分断したアメリカと言われるが、それはあくまで「右」と「左」のイデオロギー対立を軸にして位置づけを評価しようとしたときの見方だ。北東部中産階級は民主党の基盤で、労働者と富裕層が共和党の基盤だとも言える。21世紀の格差社会の一つの現実だ。

 トランプ氏とゼレンスキー大統領が電話で会話をしたことが、ニュースになった。

気になるのは、日本では時事通信が、「ゼレンスキー氏は『公正で真に永続的な平和』の実現に向けて協議するため、トランプ氏と会談することで合意したと発表した」と報じたことだ。https://news.yahoo.co.jp/articles/abc995cff744ab33871b2bb0780b800671ec3733 

 大丈夫か。

 ゼレンスキー大統領は、現在のバイデン政権の厚意で巨額の支援を受けとっている国の戦時大統領だ。もし大統領選挙の前に、野党の大統領候補と会談などしたら、大事件だ。ハンガリーのオルバン首相が、NATO首脳会議でバイデン大統領と同席した直後に旧知のトランプ氏と会うためにフロリダに行くよりも、さらに大きな意味がある。普通では考えられない。

 時事通信は、このような特ダネをどうやって入手したのか。意外にも、ゼレンスキー大統領が「自身のSNSで明らかにした」と報じている。

 特ダネどころか、世界で何百万人もの人が見ているXのポストだ。私も見た。そこには「会談をすることで合意した」とは書かれていない。

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We agreed with President Trump to discuss at a personal meeting what steps can make peace fair and truly lasting.

(私たちはトランプ大統領と、どのようなステップが平和を公正で永続的なものにするか、実際に会った時に、話し合うことで合意した。)https://x.com/ZelenskyyUa/status/1814424885164421439

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 話し合うことで合意したのは、「discuss」という動詞の目的語になっている箇所だが、それは「what steps」だ。対面の会合「a personal meeting」は、「discuss」の目的語を構成していない。ゼレンスキー大統領がポストしたのは、あくまでも、「what steps(どんな手段がいいか)」を、今度会った時に話そう、という意味の文章だ。

 ところが時事通信は、「会合を持つことに合意した」というふうに意味を変えて報道してしまっている。

 もちろん何かの折に会うことでもあれば話をするかもしれないので、そういう機会がすぐにあるなら、あるかもしれない。私自身は、両名の予定繰りを、知らない。

だが職場の廊下で必ず会う、何かの組織の定例会合で必ず会う、という関係には、まだなっていない。基本は、あくまでも「会ったときに」の話だ。

そもそも電話で両名が会話をしたのは、ゼレンスキー大統領が、トランプ氏に対して、暗殺未遂事件後をお見舞いし、正式に大統領候補になったことに祝意を表したからだ。それだけに過ぎない。

 もちろん、選挙までまだ4カ月あると言っても、トランプ氏の当選の確率は非常に高くなっている。その意味では、遅かれ早かれ、両者が対面で話をする機会は訪れるだろう。私としても、時事通信の記事を大げさに事実と違うかのように扱いたいわけではない。

 しかし日本のSNSでは、衝撃が走り、一般市民のみならず学者層までもが加わって、「それでも私はウクライナを応援し続ける」「それでも私はロシアを非難し続ける」のような決意表明・立場表明が相次いでいたりもする。どうしてこんなことになってしまっているのか。おかしな状況である。

 ロシア・ウクライナ戦争は、注目度が高く、結果として、固定ファン層・固定アンチ層が生まれてしまっていたりする。やっかいなのは、学者層まで、そこに入り込んでしまっていたりすることだ。

とはいえ、大多数の学者層がそうなっている、ということではない。感情的なやり取りを意識しすぎることなく、冷静に状況を見つめていきたい。

 

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