「平和構築」を専門にする国際関係学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda 

経歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/shinoda/ 
過去のブログ記事(『アゴラ』) http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda


アメリカ・イスラエルの攻撃に端を発するイラン危機が深刻化する中、日本では奇妙な現象が起きている。戦争の現実を冷静に分析するはずの学者や評論家が、むしろ戦争に興奮しているのである。威勢のいい言葉遣いにかかわらず、日本の閉塞的な状況を示しているように思われてならない。

 確かに、イラン危機は、大きな混乱をもたらしている。長期消耗戦の様相が深まる中、イランの友好国以外の船舶によるホルムズ海峡の通行が止まり、世界中でエネルギー危機の懸念が広がっている。一般市民に悲惨な被害をもたらす国際人道法違反の爆撃が繰り返されているが、イラン側は断固として長期消耗戦に持ち込む構えで、イスラエルへのミサイル攻撃を続けている。最高指導者の暗殺を通じたイランの体制転換という都合の良いシナリオを夢想していたトランプ大統領は、焦りを隠せず、事実から乖離した内容の発言を重ねている。それに振り回されて株式市場や原油価格が乱高下しているようだが、端的に言ってアメリカは戦争の行方を統御できていない。そもそも自分が何を目的として戦争をしているのかが、はっきりわかっていないようでは、戦争の終わり方をめぐる戦略など作れるはずがない。

 この混乱の中で、さらに眉を顰めざるを得ないのは、学者や評論家という肩書を持つ人々が、国内の人間関係の対立図式にそって現実を勝手に脚色して一方的に「マウントを取る」場面や、アメリカなど紛争当事者の一方に肩入れし過ぎて根拠不明で現実と整合しない情報を流布して特定のファン層だけを喜ばせているような場面が目立つことである。SNS時代の言論空間では、学者や評論家であっても例外ではなく、フォロワーを動員する「政治的インフルエンサー」として振る舞う圧力が強まっている。

 SNS時代になって旧時代の評論活動は不可能となり、学者や評論家といえば、刹那的な発言で人気者となっている人たち、のことになってしまったようである。SNSの登場によって、専門家の言論は「知識の提供」から「感情の動員」へと変質した。SNS空間では、分析の正確さよりも、支持者を興奮させる言説の方が拡散されやすいためだ。恐らくは近い未来に、学者とか評論家とかという言葉は、その意味内容を、大きく変質させているのだろう。

 イランの最高指導者ハメネイ師が暗殺されたとき、真面目な地域研究者であれば容易には突破口が見いだせない地獄が到来する懸念を持ったはずだ。しかし日本の一流評論家であれば、「アメリカがイランを支配することになった!」と高揚していた。

https://x.com/daitojimari/status/2027973845035213254

 

 トランプ大統領の非現実的な夢想通りには現実が進まないことが次第に明らかになって、株価が下がり、原油価格が上がり、トランプ大統領がSNSで実態の伴わない虚言を乱発して何とか「マーケットを鎮静化」させようとすると、それに呼応して、日本の国際政治学者らが、側面支援するようなSNS活動を行った。「イランのクルド人がすでにイランに侵攻した」、「イランがすでに停戦提案を行った」といった、根拠不明で、その後も全く検証されない現実から乖離した内容であった。

 https://x.com/ShinodaHideaki/status/2030478406098596273

https://x.com/ShinodaHideaki/status/2030849358997164357

 

しかし日本は今や「反中国」「反サヨク」「反ロシア」「親米」「保守」のようなレーベルで表現される「立ち位置」にそって、インフルエンサー学者・評論家とフォロワー信者が、日々、集団的に行動するための話題作りで、国内問題のみならず、戦争をめぐる国際問題なども消費されてしまっているようである。アメリカのイラン攻撃で、新たに「反イラン」が、「反サヨク」「反中国」「反ロシア」「親米」などと同義になった。そして学者・評論家・ジャーナリストらが、イランを徹底的に邪悪に描写し、さらには「イランよ、無条件降伏せよ」と主張して喝采を浴びる現象が起こった。

https://x.com/ShinodaHideaki/status/2030398851174252739

学者や評論家の価値はSNSでの「いいね」の数で決まる、といった観念が常識化する時代が本格的に訪れたときに、日本は「世界の真ん中で咲き誇る国」になっているだろうか。恐らくなっていないだろう。

世界のほとんどの国々は、日本の後を追っているわけではない。しっかりと国力を充実させる方法を考えることを、何よりも重要な最優先事項として、社会を運営している。

現実の問題として、日本の国力は低迷の一途をたどっている。イラン危機の後、その傾向が変わる気配はない。日本の国力が疲弊していく傾向は、さらに高まっているだろう。

現実は厳しい。だがだからといって、国力の停滞の現実から目をそらし続けるための刹那的な快楽の文化だけを発達せても、もちろん国力の疲弊は止まらないだろう。それどころかむしろ加速していくだろう。

刹那的な興奮は、国力を強くしない。むしろそれを静かに蝕んでいく。

 


 

The Letter』で定期的に国際情勢分析レポートを配信しています。
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「篠田英朗 国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月二回の頻度で国際情勢の分析を行っています。
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アメリカとイスラエルが仕掛けたイランとの戦争は、熾烈な長期消耗戦に向かっている。最高指導者ハメネイ師殺害作戦を、私は「技術に溺れた賭け」と評した。現時点では、アメリカとイスラエルは極度に楽観的な見込みで行った「賭け(gamble)」に負けている。

戦略的目標を定められないアメリカは、念願のアメリカとの共同作戦に高揚するイスラエルに引きずられ、イランを消滅させる意気込みであるかのような全面戦争に陥ろうとしている。

イランは、最高指導者が暗殺されたことによって、最高レベルの軍事作戦に入っている。長期消耗戦を辞さない、という態度だ。イランは防空能力を欠いている。だが、それを見越した地中に隠してある弾薬と移動式発射装置で、柔軟に設定できる任意の地下からミサイル攻撃を行うことができる。しかも大量の安価なドローンを駆使しながらだ。

発射台を破壊し尽くせなければ、先に弾薬を消耗しきって苦しくなるのは、イスラエルとアメリカだ。トランプ大統領は、イラク国内のクルド勢力にイラン攻撃を要請したり、イランへの地上軍の派遣を辞さないことをほのめかしたりと、策がないところを見せている。周辺国・勢力の中に、アメリカのためにイランと戦おうという具体的な動きはなく、また厳しい地形の広大な領土を60万の兵力で守るイラクに対する地上軍の派遣は自殺的な行為だ。つまり自国の能力範囲内で計算できる作戦を遂行できる見込みがないことを、トランプ大統領は露呈し続けている。

そんな中、異様な光景が出回った。ホワイトハウスの執務室で、トランプ大統領が全米から集まった牧師たちと、目を閉じて祈りをささげているシーンだ。https://x.com/MargoMartin47/status/2029662638506979757

トランプ大統領の横に立って、左手をあげながら、大統領に右手を置いている女性は、ホワイトハウス信仰担当部署のシニア・アドバイザーのポーラ・ホワイト氏と思われる。https://www.sankei.com/article/20250207-HL7ENFT37VHAJOGQSMINRLV3JM/

テレビ伝道師で、日本から見るとカルトとしか思えないスタイルが特徴的な人物だ。https://x.com/MyLordBebo/status/2029849426089464138

トランプ大統領が宗教に敬虔な人物に見えないため、日本人は宗教の政治に対する影響を過小評価しがちだろう。だが、日本人の感覚では、米国の宗教者が宗教に敬虔な人物に見えないくらいなので、偏見は禁物だ。

トランプ政権のイラク攻撃を擁護して、マイク・ジョンソン下院議長は、イラン人は「誤った宗教」を持っている、と発言した。また、リンジー・グラハム上院予算委員長は、「これは宗教戦争であり、我々は中東の千年先の行方を決定するだろう」と述べた。いずれも共和党保守タカ派の政治家たちの発言だが、アメリカでは保守層の思想の中に、「明白な運命」論の伝統がある。領土拡張やネイティブ・インディアンの殲滅などは、「神の恩寵」にしたがった「明白な運命」として正当化される、という思想だ。

もともとイスラエルは、イランをせん滅することに宗教的な意義を感じているだろう。単独ではなしえないとも思っていたはずだが、アメリカと共同軍事作戦を遂行できる今は、大きな機会だ、と感じているはずだ。

そのイスラエルに引きずり込まれたアメリカは、目標なき軍事作戦を、「宗教戦争」の思想で正当化しようとしている。合理性の欠如が、宗教的な意義に置き換えられる。

言うまでもなく、このような態度は、イラン人のみならず、全世界のイスラムの人々の反米意識を燃えたぎらせる。イランをせん滅するための爆撃を遂行しながら、ホワイトハウスでキリスト教牧師を集めて勝利を目指す祈りを行うアメリカの大統領の姿は、イスラム圏の人々に対する挑発行為だと言える。

ユダヤ・キリスト教とイスラム教の宗教戦争に置き換えられた戦争は、容易には収束しない。恐ろしい事態になり始めている。

この事態を見ながら、多くの日本人が非常に楽観的な態度を取り続けているのは、驚くべきことだ。日本とイランは親しい関係を続けていた。しかし、高市政権は、アメリカ・イスラエルは非難せず、イランだけを非難する、対米追従主義の姿勢を鮮明にしている。恐るべき宗教戦争に対して、火遊びをしている自覚があるのか、懸念される。

 


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 アメリカとイスラエルが新たなイラン攻撃に踏み切った。この事象をどう見るべきかについては、別途『The Letter』の方に書いておいた。

https://shinodahideaki.theletter.jp/posts/074b8ecd-0ac2-4387-a15c-ce427e6f15ff?utm_medium=email&utm_source=newsletter&utm_campaign=074b8ecd-0ac2-4387-a15c-ce427e6f15ff

 ここでは、日本がこの事態にどのように向き合うべきかについての雑感を記しておきたい。

 今回のアメリカとイスラエルの攻撃は明白な国際法違反であり、もはや議論の余地はない。もちろん、アメリカが国連安全保障理事会で拒否権を持っている以上、この攻撃に対する制裁が国際的に導入される可能性はない。

 この状況において日本政府は、ほとんど何も言っていないに等しい声明でお茶を濁している。国際法違反であることを認識しながら、米国の同盟国として非難できないという立場を言外に示したものだろう。
 現在の高市政権は、右派・反中・軍事的タカ派の層を強力な支持基盤としており、それをテコに衆議院選挙で圧勝した以上、今さら国際法を前面に掲げて政策姿勢を修正することは現実には極めて困難である。
 外交面でも、中国との関係を大きく悪化させ、ロシアに対しても敵対的姿勢をとり、二正面対応を辞さない大軍拡路線が既定路線となっているが、これも支持層との関係から修正は難しい。
 その結果、高市政権にとってアメリカとの親密な関係がすべての生命線となっている。トランプ大統領は、自らの高市首相への称賛が自民党の大勝につながったとの見解を示している。訪米時には、5,500億ドルの対米投資の早期実行に加え、米国製高額兵器の大規模購入計画を迫られる可能性が高く、対米関係における日本の立場は極めて弱い。中東における米国の行動を非難できないという判断が働くのは、客観的に見れば理解できる。
 率直に言えば、高市政権は衆議院選挙での地滑り的勝利によって、かえって身動きが取れない状態に置かれている。
 この状況をどう評価するか自体が大きな問題だが、個別事案ごとに日本政府の態度を論評するたびにこの点に立ち戻ることには、あまり意味がない。高市政権には柔軟性を発揮する余地が乏しいという前提に立って現実を見る必要がある。
 第一に、日本社会がこれまで声高に掲げてきた「国際社会における法の支配」や「ルールに基づく国際秩序」という言葉の空虚さは決定的に高まっている。欧米諸国との会話で用いるのはやむを得ないとしても、非欧米諸国との外交関係においてこれらの概念を多用することは、かえって外交の一貫性への信頼を損なう。
 現在問題となっているのは、より根源的な国連憲章体制の存続、すなわち武力行使禁止原則といった国際法の基礎規範の維持である。「ルールに基づく国際秩序」という概念が、中国に対抗するための対米協調の文脈で用いられてきたという事情だけで国際社会に広く受け入れられる見込みはない。日本外交にとっては、使用頻度を抑える方が望ましい。
 第二に、米国の同盟国として振る舞わなければならないという配慮が、現実分析を曇らせていないかについての厳しい自己点検が必要である。ハメネイ師の暗殺という刹那的な戦術レベルの成功と、イランの体制転換の可能性、さらには中東におけるイスラエル中心の安定秩序の構築といった長期的戦略の問題は、全く異なる次元にある。今回の軍事行動には長期的な戦略的見通しが乏しく、目標設定も不明確である。
 日本に関して言えば、選挙で左派に勝ったといった内向きの政治的対立に熱中していると、国際情勢の大局を見失う危険がある。
 第三に、日本の国益計算を怠ってはならない。選挙で勝ちたいという感情、反中・反ロ感情、対米依存の心理に流され、日本の国力が低下している現実を直視せず、厳密な費用対効果の分析を回避していないか。ウクライナ支援、中国との対立、中東の混乱が日本にもたらす国益を、党派的感情を超えて検証する必要がある。
 しかし現状では、学者や評論家までもが感情的で非現実的な主張に傾き、真剣な国益計算の議論がほとんど見られない。このままでは、日本の国力が自然に回復するような都合のよい事態は起こり得ない。
 もっとも、このように書きながら、私自身は日本の将来に対して日増しに悲観的になっている。そう考えると、最終的には個人のキャリア形成の問題がいっそう重要になってくるのだろう。
 


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