「平和構築」を専門にする国際関係学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda 

経歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/shinoda/ 
過去のブログ記事(『アゴラ』) http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda

イスラエルが613日金曜日にイランに国際法違反の攻撃を仕掛けてから、激しい交戦が続いている。巷では、イランに核開発の可能性がないと完全に断言することはできるかわからない可能性が排除しきれない恐れがあるので、イスラエルを非難することができない、といった主張をする「専門家」がいるので、驚く。ロシア・ウクライナ戦争については「国際秩序を守るため」云々といったことを言う人物であったりするので、二重に驚きである。

大変な世の中になったものである。

ガザ危機が起こった際に、イスラエルの不当な糾弾を真に受けた宣伝活動をしている自衛隊出身の国会議員の佐藤正久氏について、ブログやSNSで取り上げたことがある。

 佐藤正久

その際に私は、日本とイスラエルの間には防衛協力があるので、軍事評論家・国際政治家層が、イスラエル寄りになっている、といったことを呟いたことがある。すると「JSF」と名乗る匿名軍事評論家から、糾弾された。篠田は間違っている、日本とイスラエルの間に軍事協力などない、と言ったことを主張していたようだ(言葉尻を捉えて他者を糾弾するタイプの方なので面倒なのだが、協力がないと主張したのか、協力は少ない、と主張したのか、そのあたりは記憶が定かではないことは書いておく。いずれにせよ攻撃的な勢いで篠田を糾弾していたように思う。他にもそういう機会があったので、この点だけよく覚えているわけではないが。)

フト思い出したので、この機会に、AIにまとめてもらった。

「防衛協力から装備取引、技術交流、民間企業の動きまで多岐にわたる日本の防衛省・自衛隊とイスラエルとの関係について」

防衛協力の枠組み

日イスラエル防衛協力協定(2022830日締結)

当時のイスラエル国防相ベニー・ガンツと日本の防衛相が、「防衛協力に関する覚書」を署名。防衛装備・技術分野での交流強化や共同訓練などが対象。日本はこれを「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の推進の一環として位置づけ。

・政府間レベルの対話

「日本・イスラエル外務・防衛当局間協議(PM協議)」を複数回開催。防衛省・自衛隊レベルでの安全保障・装備輸出入の調整や、情報共有などが進められている。

装備・技術面での関係

イスラエル製無人攻撃ドローン

防衛省はイスラエル製攻撃型ドローンを検討中で、川崎重工や住友商事など4社が代理店となって実証実験を実施。

・伊藤忠エルビットとの提携解消

2023年に伊藤忠航空とエルビット・システムズが提携の協定を署名。ただしこれは、20242月、南ア・ICJ暫定命令を受けて伊藤忠側から打ち切り。

・ファナックなどのロボット技術との関わり

FANUCといった日本の技術系企業が、「軍事的デュアル用途」でイスラエルにも輸出しているのではないかという指摘あり。BDS(ボイコット・イスラエル)運動の対象にもなっている。同社は軍用目的には取引しないと説明。

・民間企業の関与

技術・資本の交流

日本企業はイスラエルのハイテク・スタートアップ分野にも進出。JETROによると、2021年には約35社(2022年には50社以上)が現地に拠点を構え、国防技術も含むイノベーション交流が進んでいる 。

日本の防衛装備輸出規制

2014年以降、イスラエルへの防衛装備輸出規制は緩和。

 

国際情勢分析を『The Letter』を通じてニュースレター形式で配信しています。https://shinodahideaki.theletter.jp/ 「篠田英朗 国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月二回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。https://nicochannel.jp/shinodahideaki/  

グレタ・トゥーンベリさんが乗る船「フリーダム・フロティラ」マドリーン号が、地中海上でイスラエル軍の支配下に置かれ、グレタさんら乗組員たちは、イスラエル当局によって拘束された。

こうなることはわかっていたと、集団懲罰の文化が根強い日本の世論では、冷笑的な雰囲気も強いようだ。

だが私としては、大停滞社会・日本から、グレタさんを冷笑するような気持ちには、到底なれない。

私には、ガザの絶望的な状況に、著名な運動家としての自分の存在を最大限に活用して、せめてもの行動をとったグレタさんには、尊敬の気持ちしかない。

22歳といえば、大学を卒業する年齢だ。大学教員の端くれとして、勇気を持って巨大な矛盾に一石を投じたグレタさんの姿に、胸が痛む。

https://agora-web.jp/archives/250520200519.html

気になるのは、日本のメディアが、一斉に、「グレタさんら乗る船、拿捕される」と報じているころだ。

せめて「拿捕」と、「引用」であることを示すためにカギかっこを付けて報じるべきではないだろうか。

イスラエルがグレタさんらを拿捕できるかどうかについては、深刻な疑念があり、各方面でのそのことが指摘されている。深刻なレベルで議論の余地があることを、最初から封じ込める見出しは、客観的とは言えない。

拿捕とは、「政府船舶が商業船舶に対して乗組員を送り込む方法などによりその権力内に置くこと」だが、政府所有の船舶であれば自由自在に誰でも拿捕ができるわけではないことは、言うまでもない。そんなことが許されたら、日本の漁船が公海上で外国籍船に拘束されても、何も文句が言えないことになってしまう。

政府が、強制力を発揮して、指揮下にない私人を権力内に置くからには、当然、法的根拠が必要である。

領海であれば、国内法の刑法等を適用した拿捕が想定されるが、今回の「フリーダム・フロティラ」の場合には、イスラエル領海内の事件ではないため、この可能性はない。エジプト沖を通り、イスラエル領には近づくことなく、ガザに向かっていた。

したがって国際法上の根拠がなければ、イスラエル軍の行動は、違法な私人拘束である。法的根拠を持つ拿捕にはならない。

イスラエルは、武力紛争の存在を根拠にして、武力紛争中の海上封鎖に伴う「拿捕」を主張しているとみられる。しかしガザはイスラエル軍によって違法な占領状態にある場所なので、そもそも海上封鎖の要件が成立しない。違法な占領を根拠に、領海やら海上封鎖やらが合法になるはずがない。占領地に対する占領当局の責任はあるが、土地に対する占領が、恣意的な海上封鎖を、合法化する根拠になるはずはない。

武装した集団からの自衛行動が、占領地であっても違法性を阻却される可能性はあるだろう。しかし非武装で人道支援物資を運んでいた公海上の民間船舶に対する自衛権の行使は、ありえない。ましてイスラエル軍が、積極的に、拘束するための作戦行動をとっていたのであり、占領行政上の理由に伴う自衛権の行使の余地はない。

合法性を欠いた「拿捕」の説明を、あたかも明白に確立された事実であるかのように報道する日本のメディアの態度は、言葉の客観的な意味で、「偽情報」の流布にあたる。

日頃は、血眼になってSNSを徘徊して学者のXの言葉尻でも捉えて「おーい、みんな、隠れ親ロ派を見つけたぞ!」などと「犬笛」を吹いてネットリンチを呼び掛けたりすることに熱心な日本のジャーナリストたちが、イスラエル政府の行動となると、一斉に太平洋戦争中の大本営発表を聞くような従順な態度しか示さなくなってしまうのは、どういうことなのか。

せめてイスラエル政府発表の引用であることを示すカギかっこを付して、「拿捕」と表記すべきだろう。

イスラエル政府は、グレタさんの行動を「セレブのショー」と呼んでいる。占領及び軍事行動を批判する社会アピール運動だ、ということだろう。

イスラエルも、プロパガンダを行っている。イスラエル政府の軍事的強制力を行使したグレタさんらの拘束は、むき出しの実力行使で、占領統治とガザにおける軍事行動を既成事実化して、批判者を無力化するプロパガンダ行動である。

日本のメディアが、そのイスラエル政府のプロパガンダに協力している、ということについては、無自覚的であるべきではない。

 

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 イーロン・マスク氏とトランプ大統領の罵倒合戦が、大きな話題だ。週刊誌ネタのゴシップ記事のように扱われているが、事の発端は、米下院を通過した「One Big Beautiful Bill Act」(OBBBA)(一つの大きな美しい法案)」の評価である。

 OBBBAは、米議会予算局(CBO)の試算で、財政赤字を今後10年間で2兆4200億ドル膨らませる見込みだという。一年あたり2,420億ドルの計算になる。米国の現在の債務高は37兆ドルであることを考えると、これは決定的な空前の大減税とまでは言えない。千ページにわたるとされるOBBBAでは、労働者向けの的を絞った減税策に加えて、各種の歳出削減策も盛り込まれている。その一例が、マスク氏へのトランプ大統領の攻撃で注目されることになった、再生可能エネルギーへの税制優遇措置の撤廃である。

 財政赤字の削減をするのであれば、増税をするのが簡明な政策だろう。だが経済成長が止まってしまっては意味をなさないことは、言うまでもない。別途、私が『The Letter』で書いたように、OBBBAの評価は、それほど簡単ではないように思われる。https://shinodahideaki.theletter.jp/posts/0af96970-42d8-11f0-85d1-e73da20f6f4d?utm_medium=email&utm_source=newsletter&utm_campaign=0af96970-42d8-11f0-85d1-e73da20f6f4d

 マスク氏が政権を去ること自体は、鳴り物入りで異例の権限を持った大物コンサルタントが契約を終えた後、政府との関与を止めることになった、ということ以上には、実際にはそれほど大きな意味はない。ただ、マスク氏の態度は、市場の動きにも、一定の心理的影響は与えるのかもしれない。米国国債市場に、暴落の危機が近づいているという指摘もある。その点から見ると、マスク氏の劇的なトランプ政権の経済政策批判は、影響があるのかもしれない。

より直近で、最も本質的な問題は、連邦政府債務上限額の問題だ。現在のアメリカ連邦政府の法定債務上限は、36.1兆ドルである。これは、20236月に成立した「財政責任法(Fiscal Responsibility Act of 2023)」により、202511日まで債務上限が一時的に停止された後、累積された債務に基づいて再設定されたものである。これに対して、20253月時点で、アメリカの連邦債務総額は、約36.56兆ドルに達したという。

現在の債務上限のままでは、20258月頃に政府の資金が枯渇する、と財務省は警告している。債務上限を引き上げなければ、連邦政府の活動が停止するだけでなく、債務不履行に陥る可能性がある。そこで、7月中旬までに議会が債務上限の引き上げまたは再度の停止措置を講じなければならない状況にある。

仮にOBBBAが経済成長を促進して税収も増やすというトランプ大統領のバラ色の青写真が実現する場合でも、それが7月までに実現することはない。OBBBAは、最も楽観的な見通しの場合でも、当面は債務上限の引き上げでしのぐことが大前提になる。

現在議論されている債務上限の引き上げ幅は、4兆ドルだ、これにより、債務上限は最大で40.1兆ドルに達する可能性が生まれることになる。大きな山になるだろう。

20世紀アメリカの対立図式では、民主党が労働寄りの政策を主張し、共和党は富裕層寄りの主張をすることになっていた。だがトランプ政権は、白人労働者階級を一つの強力な支持基盤としており、実際に、OBBBAにもチップの非課税化などの労働者向けの施策が盛り込まれている。現実に、民主党の支持基盤が北部州の高所得者層であり、共和党が南部の低所得者層を支持基盤にしている構図は、トランプ政権でいっそう劇的に鮮明になっている。OBBBAをめぐる対立図式に、20世紀の左右のイデオロギー対立をあてはめすぎると、的外れになるだろう。

OBBBAの争点は、経済成長を維持したまま、財政赤字を改善する方法はあるのか、という点に尽きる。

そして、現在のアメリカ政治は、トランプ大統領の支持者とその批判者の対立をめぐって展開していることにも、注意が必要だ。

OBBBAが成功すれば、トランプ政権の支持率は上昇し、トランプ系の政権が続いていく見込みが高まってくる。失敗すれば、大混乱だ。各論で議論をふっかけている諸勢力も、大局的な見取り図にそった対案を持っているわけではない。そもそも現状の危機的な財政赤字の状況を見れば、そんな画期的な解決策などあるはずがない。アメリカの政治は、さらにいっそう混沌としたものになっていくだろう。

率直に言って、OBBBAが成功するかどうか、私には、わからない。懐疑的な経済学者も多いと思われるが、それらの経済学者が特効薬的な代替案を持っているわけでもない。
 ただし、失敗に終わったとき、アメリカがトランプ大統領以外の指導者を据えて、別の方法で諸問題を解決して進んでいく見込みがあるわけでもない。トランプ大統領の政策にリスクがあるが、別の指導者になればリスクがなくなるわけでもない。
 状況が厳しく、切迫しているのである。SNS上の喧嘩だけに注意を奪われている場合ではない。最悪のシナリオも可能性として視野に入れつつ、注意深く事態の進展を見守っていく必要がある。

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