「平和構築」を専門にする国際関係学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda 

経歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/shinoda/ 
過去のブログ記事(『アゴラ』) http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda

国際政治学者の方々がメディアに登場して、「中国の認知戦」に対抗する体制を向上させなければならない、といった威勢の良い主張を続けている最中、自衛官の中国大使館侵入事件が起こった。かなり固い思想を持っている人物であるようだ。誰もこの人物を擁護はしないだろうが、反中国の世論が強い現在、高市政権としては中国に弱みを見せることを避けたい一心の力学も働いているようだ。

果たして、「中国の認知戦」に打ち勝つ、といった異論を封じ込める路線は、日本の国益を長期的に増進していくだろうか?

気になるのは「認知戦」が、中東の石油という社会機能の根幹に関わる問題にも及んでいることだ。イランは、交戦国であるイスラエルとアメリカの船舶以外は、ホルムズ海峡の通行を妨げない、としている。なお、この立場は戦時国際法の考え方にそっているところがある。

https://x.com/ShinodaHideaki/status/2036573854122852551 

これに対して日本の「専門家」たちが「いや、ホルムズ海峡は封鎖されている、イランは邪悪な国家だ、封鎖は国際法違反だ、イランの言うことを聞いてはならない」といった宣伝戦を行っている。

日本政府はひたすら「封鎖をとけ」とイランに要請しているというが、イランは最初から封鎖などしていない、という立場なので、これでは交渉どころか、会話にもならない。

自民党議員や「専門家」の方々は、とりつかれたかのように自衛隊のホルムズ海峡派遣を主張し、「9条だけでは日本を守れない」と相変わらずのサヨク攻撃に熱を入れているが、現在、ペルシャ湾には、米海軍ですら近づけない状態だ。自衛隊を送って何をするのか。全くの机上の空論、あるいは国内のサヨク攻撃をする理由を見つけたいだけの議論だと言わざるを得ない。

すでに多くの国籍の船舶がホルムズ海峡を通過している。同じアメリカの同盟国で隣国の韓国なども、交渉を進めているようだ。果たして日本政府は、どこまで「封鎖をしていないという貴国の言い分を否定し、封鎖をしていると主張する、だから封鎖を止めると言え」、という非生産的な、アメリカ向けパフォーマンス以上の意味のない、態度を取り続けるつもりだろうか。

2024年以降首脳会議が開催されていないクアッドの友人であるインドは、すでに自国籍のタンカーをホルムズ海峡を通過させている。いずれはインドなどに頼る必要もあるのではないかと思われるが、高市首相がインドに関心を見せている姿を見たことがない。

そもそもイランを非難し続けないと、アメリカから見離される、という恐怖から、いたずらにイランを邪悪化する「認知戦」に熱心になっているようだが、果たしてそれは国益を見据えた態度か。たとえば「FOIP」「クアッド」の生みの親と言える安倍首相であれば、こうした事情が発生することもふまえてのことだろう。イランと緊密なコンタクトも持っていた。以下は、安倍首相が会談したイラン高官のリストである。

1. ハサン・ロウハーニー(大統領)

会談時期:20149月:国連総会(ニューヨーク)で会談

20196月:安倍首相がテヘランを訪問し会談(日本の首相として約41年ぶりのイラン訪問)

 

2. アリー・ハーメネイー(最高指導者)

会談:20196月 テヘラン

日本の首相がイラン最高指導者と直接会談するのは極めて異例。

 

3. モハンマド・ジャヴァード・ザリーフ(外相)

会談:20195月 東京訪問、その前後にも複数回接触(外相会談・表敬など)

イラン核合意(JCPOA)交渉で知られる外交官。

安倍政権期の日本・イラン外交で最も頻繁に接触したイラン高官。

 

4. アリー・ラーリージャーニー(国会議長)

会談:20196月 テヘラン

イラン政治の実力者の一人で、国家安全保障政策にも影響力を持つ人物。


The Letter』で定期的に国際情勢分析レポートを配信しています。
https://shinodahideaki.theletter.jp/

「篠田英朗 国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月二回の頻度で国際情勢の分析を行っています。
https://nicochannel.jp/shinodahideaki/

 

 

 

 


高市首相が訪米した。SNSを見ると、国際政治学者の方々が言葉を尽くして高市首相を激賞している。テレビなどでも、学者や評論家が「素晴らしい成果だ」と最大限の賛辞を送っているという。

選挙の前にも、こうした現象が見られた。しかし、現実の評価を度外視し、パフォーマンスのレベルで外交の成否を論じることには大きなリスクがある、と私は感じる。

高市首相の訪米が成功だった理由は、「ホルムズ海峡に自衛隊を送れ」とトランプ大統領に怒鳴られるかと思ったが、怒られなかったからだ、という。自衛隊を送らないのに怒られなかったのだから、すごい成果だ、というわけである。

しかし、少し立ち止まって考えてみてほしい。現在、ホルムズ海峡に軍艦を送っている国は一つもない。送ると言っている国すらない。アメリカ自身ですら行っていない。イランの攻撃能力を考えれば、軍艦を送った程度でタンカーを守れるわけではない。そのような作戦は実施が極めて困難であるため、実際には誰も行っていないのである。

しかもイランは、「イスラエル・アメリカ・その同盟国」の国籍の船舶の通行を認めないとしつつ、その他の国籍の船舶の通行は認めている。そのため、中国、インド、トルコ(NATO加盟国ではあるが)などの国籍の船舶がホルムズ海峡を通過していることが確認されている。

もし現在、軍事行動を前提としてホルムズ海峡に軍艦を送り、イランとの交戦状態をこの海域に作り出せば、こうした非米国同盟国の船舶の通行まで妨げてしまうことになる。結果として、かえって海峡の交通量を減らしてしまう可能性が高い。

こうした客観的事情を無視して、「自衛隊をホルムズ海峡に送らないのにトランプ大統領に怒られなかったのはすごい」と評価するのは、トランプ大統領の恫喝型の「ディール」の術中にはまった見方だと言わざるを得ない。

実行が困難な要求を、まず弱い立場の相手に強い口調で突きつける。そしてそれを取り下げ、あたかも譲歩したかのように振る舞う。

これは、たとえば強盗が「100万円出せ」と言った後で、「まあ1万円で許してやってもいい」と言ってくれたので、ありがたく1万円を差し出す、というような話である。

他の国々は、このような見え透いたディールの枠組みには簡単には乗らない。しかし日本では、トランプ大統領が恫喝的な要求を取り下げてくれたという理由で、むしろ安堵してしまった。そしてアラスカの原油の共同開発・備蓄や先行投資など、アメリカへの資金投入の話を大きく約束してきた。

もちろん日米同盟は重要である。しかし同時に、アメリカだけを見ていればすべてがうまくいく、という時代ではないこともまた明らかである。

アメリカは国力を低下させるなかで、焦りから自ら管理できない戦争にのめり込み始めている。一方、日本もまた国力を低下させている。その焦りの中で、日本はアメリカ一辺倒の、視野の狭い外交の隘路に入り込みつつあるように見える。

日本は第二次世界大戦後、長くアメリカに従属してきたとも言われる。しかし、ここまで疑問なく「アメリカ一辺倒の外交で全てうまくいく」と政治家、官僚、学者、評論家、ジャーナリストが思い込んでいる時代が、果たして過去にあっただろうか。

私は、日本がこのような姿勢のままでこれからの時代を乗り切っていけるのだろうか、という疑問を強く抱いている。

 


 

The Letter』で定期的に国際情勢分析レポートを配信しています。
https://shinodahideaki.theletter.jp/

「篠田英朗 国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月二回の頻度で国際情勢の分析を行っています。
https://nicochannel.jp/shinodahideaki/

「トランプ政権、日本拠点の米海軍の強襲揚陸艦と海兵隊部隊を中東派遣」というニュースが出ている。アメリカのウォール・ストリート・ジャーナルなどのメディアが出所だ。アメリカの主要メディアは、米国政府の戦争プロパガンダの一部として使われていると言わざるを得ない信ぴょう性不明なリーク情報の記事を載せるときがある。特にウォール・ストリート・ジャーナルは、かなり戦争を扇動する方向性での記事が目立っている。信ぴょう性の程度はわからない。

だがホルムズ海峡の通行が阻害されて、世界経済に甚大な影響が出始めている。アメリカとして、無関係を装うわけにもいかない。ホルムズ海峡を無害化するためには、イラン側の領域を占領・確保する必要になる、といった主張もなされている。これに加えて、イランの原油輸出に打撃を与えるために、ペルシャ湾に浮かぶカーグ島(Kharg Island)――イランの原油輸出の中枢機能を持つ――の占領あるいは集中攻撃の可能性がささやかれている。

アメリカがこうした軍事作戦を遂行するために、長崎県佐世保市の米軍基地に配備する強襲揚陸艦や、沖縄県に駐留する海兵隊部隊を派遣する必要、あるいはその有意性が出てくる。

トランプ政権、日本拠点の米海軍の強襲揚陸艦と海兵隊部隊を中東派遣 米メディア(日テレNEWS NNN) - Yahoo!ニュース

この問題に関して理解しておく点がいくつかある。

第一に、法的問題である。

日本から行なわれる戦闘作戦行動のための基地としての日本国内の施設・区域の使用される場合、それは日米安全保障条約に基づく事前協議の対象になる。日本政府が同意する場合には、米軍の対イラン軍事作戦に同意したことになり、形式的には集団的自衛権発動と言われても仕方のない状態になる。すなわち、日本が戦争に加担することになる。

理論的には、派遣される海兵隊部隊が一度沖縄での所属を離れて、配置転換のような形で中東に派遣される場合、日本政府としては「中東での作戦行動の内容には関知しない」という態度をとることも可能だろう。トランプ大統領でなければ、アメリカ側がそうした配慮をする可能性があったかもしれない。しかしトランプ大統領がそのような配慮をする可能性は低いだろう。むしろ高市首相の訪米時に、この点を誇大に表明して見せる可能性すらあるだろう。

第二に、北東アジアにおける米軍の位置づけの問題がある。

沖縄駐留米軍は2万5千人規模とされるが、海兵隊部隊はその主力で、1万8千人を配置していると言われる。これは米海兵隊の一大拠点であり、海外基地では世界最大規模である。中東への派遣規模は2千人程度とされ、その全てが沖縄から派遣される見込みなのかは、わからない。仮に2千人が沖縄から派遣あるいは配置転換された場合には、海兵隊員数で計算すると9分の1の戦力減少となる。

そもそも沖縄に海外基地として最大数の海兵隊が配置されているのは、台湾、朝鮮半島、さらには南シナ海の島嶼部など、水陸両用作戦を担う海兵隊の必要性が高い地域が密集しているためである。

中東での戦争が非常に短期で終わる場合には、海兵隊のプレゼンスは、すぐに元に戻るだろう。だがそのような楽観的な見込みが成り立つ状況であれば、そもそも沖縄の海兵隊を出動させる必要自体が生じなかった、と言えるかもしれない。

沖縄の海兵隊員数は削減する方針で、主にグアムへ移転する予定だとされる。その他、ハワイやオーストラリアへの配置転換で、沖縄駐留は半分の9,000人になる見込みだ。

だが中東での戦争への派遣は、こうした配置転換とは意味が異なってくるだろう。沖縄に駐留する海兵隊が、北東アジアを留守にしつつ、他の地域での戦争に従事するために沖縄の基地を使うという前例になる可能性がある。

第三に、日本の立ち位置の問題がある。

第一の点として指摘した基地使用の事前協議が適用される場合、日本の中東における戦争に対する立場が明確化されることになる。

基地使用の問題は、繊細な政治的意味を持つ。スペインが国内の米軍基地を中東の作戦行動に使用することを許可しなかったため、トランプ大統領の逆鱗にふれて「貿易断絶」の威嚇を受けたというニュースが報じられている通りである。

日本政府は、これまで中東での戦争について、評価を避け続けている。何とか態度決定を回避したまま、秘密裏に米軍に基地使用をしてもらいたい、と考えているかもしれない。しかし、トランプ政権にそのような姑息な態度が通用するかは、かなり疑わしい。

アメリカとの二国間関係を重視する高市政権が、アメリカの要請を断る可能性は低いと思われるが、それは歴代政権がこれまで行ってこなかった大きな判断になる。

スペインの事例を見るまでもなく、基地使用の許可は、実態として戦争への加担を意味し、日本が事実上の戦争当事者になることを意味する。このことが、日本の今後の中東外交あるいはその他の外交政策に、全く影響を与えない、と考えることは容易ではない。

沖縄は、アメリカがベトナム戦争の泥沼に陥っている最中の1972年に返還された。沖縄返還の実現を「首相退陣の花道にする」と宣言した当時の佐藤栄作首相は、関係者を騒然とさせた。外務省関係者らは、平時でさえ難しい沖縄返還を、アメリカがベトナム戦争に認めるはずがない、と考えていた。そこで佐藤首相は、外務省を迂回して、京都産業大学教授の若泉敬氏を「密使」に指名し、アメリカのキッシンジャー大統領補佐官との協議にあたらせた。

こうして成立したのが有名な沖縄返還時の「密約」だ。外務省は現在も「密約は存在しない」という立場をとっているが、文書は当時の首相・佐藤栄作の私邸から見つかった。もう一通はホワイトハウスにあると想定される。

沖縄返還時の「密約」は二つ。一つが核持ち込み、もう一つが基地自由使用である。「密約」なのは、日本は米軍のフリーハンドを認めながら、公式には認めないという構図になっていた。わかりやすく言えば、自由にやってもらうが、ただそれを日本政府には知らせないでおいてもらう、という合意が「密約」部分である。

ベトナム戦争中、爆撃機は連日のように沖縄から飛び立っていた。当時、国際法学者の間では、「沖縄が返還された後に日本が米軍のベトナム戦争従事を認めれば、日本は集団的自衛権を発動した状態に入る」という見解が存在していた。

だからこそ、日本政府は、沖縄の米軍の行動を、「知らない」、という立場を押し通したのである。沖縄返還から5カ月後の197210月、田中角栄内閣のもとで、「集団的自衛権は違憲」とする内閣法制局見解が示された。「違憲である以上、実際に行っているはずがない」という論理で判断表明の機会を避けるという、極めて狡猾な立ち回りだった。(このあたりの経緯については拙著『集団的自衛権の思想史』に詳しく書いた。)https://amazon.co.jp/%E9%9B%86%E5%9B%A3%E7%9A%84%E8%87%AA%E8%A1%9B%E6%A8%A9%E3%81%AE%E6%80%9D%E6%83%B3%E5%8F%B2%E2%94%80%E2%94%80%E6%86%B2%E6%B3%95%E4%B9%9D%E6%9D%A1%E3%81%A8%E6%97%A5%E7%B1%B3%E5%AE%89%E4%BF%9D-%E9%A2%A8%E3%81%AE%E3%83%93%E3%83%96%E3%83%AA%E3%82%AA-%E7%AF%A0%E7%94%B0%E8%8B%B1%E6%9C%97/dp/4862581048

今回、トランプ大統領は、こうした日本側の立ち回りの経緯を尊重しないだろう人物であることが、大きな要素となる。

 


 

The Letter』で定期的に国際情勢分析レポートを配信しています。
https://shinodahideaki.theletter.jp/

「篠田英朗 国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月二回の頻度で国際情勢の分析を行っています。
https://nicochannel.jp/shinodahideaki/

↑このページのトップヘ