「平和構築」を専門にする国際関係学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda 

経歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/shinoda/ 
過去のブログ記事(『アゴラ』) http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda

 昨年の出生者数が、686,061人であったことが発表された。前年の727,288人から、実に41,227人もの減少数であった。

https://news.yahoo.co.jp/articles/046ac5fab58b3a8e144b614e3496f6d3315fefec

 年末にはこうなることがほぼ予測されていたので、私の今年最初のブログ記事は、この話だった。https://agora-web.jp/archives/241231075514.html

 そこでも書いたことなので、繰り返すことは避けておくが、少子化を止めることは基本的に不可能である。そろそろ親世代の人口が激減する時代に入ってくる。出生率を低下させながら、出産適齢人口が減少する時代に入っていくのだ。どこまで出生者数が低下していくのか、見通すことすら、ほぼ不可能と言っていい、底なしの低下が続いていく絶望的な状況だ。https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suikei16/dl/2016toukeihyou.pdf 

 頻繁にメディアで引用される、わずか二年前の国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口(令和5年推計)」での予測は、現実と大きく異なっている。二年前、同研究所は、出生者数の減少が突如として停止することを「予測」あるいは祈念していた。

 研究所出生者数グラフ

https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/001093650.pdf?utm_source=chatgpt.com 

 「ウクライナは勝たなければならない」ので、ウクライナに不利になるニュースは配信しない、ロシアの崩壊を語る者だけをメディア出演させる、といった社会的風潮と、全く同じ様子に見える。

 「子ども家庭庁」の評判が悪いが、当然だ。効果のないパフォーマンスに税金を使って、国民の生活水準を悪化させたうえで、財政赤字を拡大させて、未来への希望をさらにいっそう失わせていていくのは、愚の骨頂である。

 今の日本に欠けているのは、未来への希望だ。子どもなど産んでいいのか、という雰囲気が蔓延している。政府は必死に「子どもを産んだら人生が楽しくなる(子どもの人生がどんなものになるかなど心配せず、あなただけが楽しめればいいと発想を変えって、直近の自分の楽しみのために子どもを産んでください)」といったノリでの広報を続けるが、効果がない。自分が産む子どもの未来を悲観しているので、出生率が低下している。

 現在の日本の人口減少は、国家の消滅を危惧するレベルで進展している。われわれが考えなければならないのは、人類が経験したことがないようなレベルでの人口の大減少にさらされながら、どうやって社会を維持していくのか、である。それはひょっとしたら不可能なのではないか、という真剣な懸念を持ちながら、課題に取り組んでいく態度が必要だ。

 だが残念ながら、実際のシルバー民主主義の現実の中では、未来の現実をふまえた政策が実施される可能性は乏しい。

徹底して悲観的になるべき状況である。

 

国際情勢分析を『The Letter』を通じてニュースレター形式で配信しています。https://shinodahideaki.theletter.jp/ 「篠田英朗 国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月二回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。https://nicochannel.jp/shinodahideaki/  

 欧米のメディアの政治的偏向は、以前から問題視されていた。欧米に関する記事が多すぎて非欧米の記事が少なく、欧米中心主義的な見方で事態を断定したり論評したりする傾向のことだ。

 これが、最近は、いっそう深刻化しているように思われる。というのは、メディア側がかなり感情的に意固地になっているように見える場面が多々あるからだ。

 一つの理由は、ロシア・ウクライナ戦争が、欧米メディアに当事者意識を作り出したことだろう。「ウクライナは勝たなければならない」を自分事として取り扱い過ぎて、期待した通りに進んでいかない現実が受け入れられない。そこで、感情的に苛立っている人々の存在が目立つ。そこにトランプ大統領が登場した。世界の良心としてのメディアの役割を、アメリカの大統領が否定する場面が頻繁に起こる。それに感情的に反発する場面も目立つようになった。

 ここ数年で特に目を引くのは、学者・評論家層にも、感情的な事情による偏向が目立ってきていることだ。ロシア・ウクライナ戦争の勃発以前には、見られなかった現象だろう。

 ホワイトハウスでゼレンスキー大統領が、トランプ大統領とバンス副大統領との間で口論になったとき、「ロシア寄り」のトランプ大統領憎し、の声が巻き起こった。「アメリカを見捨てて、日・欧同盟を結んで、ロシアをやっつけよう」といった呼びかけを学者「専門家」層が行っているのが、話題となった。

 ところが、その後、バチカンでトランプ大統領とゼレンスキー大統領が、二人きりで15分話した画像が出回ると、ゼレンスキー大統領を絶賛する声が巻き上がっただけでなく、「これで潮目が変わった」といった解説を繰り返す学者・評論家層が出現した。欧米メディアが欧州の「匿名政治家」の話として、「アメリカは制裁に参加してくれる」という報道をすると、「識者」の方々から、「遂にバカなトランプでも事実がわかったらしい、これでいよいよロシアも崩壊だ」といった解説が出回り始めた。

ところが、512日を期限とした「30日間停戦」をロシアが拒絶した後も、なかなか約束された制裁は実施されなかった。それどころか、520日になってようやく「第17弾(!)」となる対ロシア制裁パッケージをEU理事会が発表した後も、アメリカの参加はなかった。独・仏・英首脳の「コカイン騒動」まで引き起こしたリラックスした格好でのリラックスした表情での電車移動キーウ出張時の「余裕しゃくしゃく」の発言では、ロシアが「30日間停戦」を拒絶するなら、停戦交渉も行わず、ただ制裁だけを行ってロシアを叩き潰すかのような話だったにもかかわらず。

ところが、停戦なければ交渉よりも制裁、の話は、思い出されることはなく、なぜ制裁なしで停戦交渉が行われるのかは全く論評されることなく、話題は次に、「ゼレンスキー大統領がプーチン大統領のイスタンブール交渉への参加を要求! いよいよ首脳会談か」に移った。ロシアは単に最初からこの「要求」を全く相手にしていなかっただけだったのだが、516日イスタンブール交渉の際には「プーチンは逃げた、臆病者だ」の大合唱が起こった。そして「ロシアの要求は絶対のめない!交渉拒絶で、戦争継続だ」の解説が見られた。

ところが、実際には、今のウクライナに余裕はない。いっこうに交渉そのものを拒絶するような声明は、ウクライナ政府からは出てこなかった。そこで次に関心の対象になったのは、「次はバチカンで停戦協議か」だった。想像たくましく膨らんだ法王調停なるものが話題になった。その根拠は、トランプ大統領が、519日のプーチン大統領との電話会談の後にSNSに書き込んだ「ローマ法王に代表されるバチカンも、交渉をホストするのに関心がある(The Vatican, as represented by the Pope, has stated that it would be very interested in hosting the negotiations.)と述べた」という一文だけだった。しかし、これは、「さあ、早く交渉を始めよう、多くの人々が期待している、バチカンも期待してくれている」といったことを、停戦機運を盛り上げるためにトランプ大統領が書き込んだだけの文章であったことは、文脈からは、明らかだった。トランプ大統領ですら、現実的可能性がある、などとは、一言も書いていなかった。盛りたいメディアが、飛びついて盛っただけだった。

ところが、ロシアがバチカンにおける交渉の可能性はないことを表明すると、なぜそのような話題になっていったのかの検証などはなく、全てはトランプ大統領の勘違いだった、という話に戻ることになった。今度は「複数の関係者の話」として、19日に行われた米露首脳会談直後にトランプ大統領が「私は、ウラジーミルは和平を望んでいないと思う」と述べたといったことを、いかにも大ニュースであるかのように取り上げている。これで「バカなトランプも遂にわかったか」の地点に戻ったということで、無限ループの完成のようである。

メディアも商業ベースで仕事をしており、「盛る」といった操作がなければ、やっていけないことは、当然だ。だが学者や評論家層までいっしょになって「盛る」活動だけに専心している様子は、控えめに言って、異様だと感じてしまう。ただし、もちろん、異様だ、というのは、私の主観的な印象であり、少なくともそうした「専門家」の方々が少数派、ということではないのは、よく知っている。

 

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 119日のトランプ政権発足の前日に成立していたガザをめぐるイスラエルとハマスの停戦合意は、当初から脆弱で一時的なものであると見られていたとおり、早い段階で崩壊した。3月下旬からはイスラエルの「オズと剣」作戦が開始され、ガザ全域で大規模な空爆と地上攻撃が行われるようになった。現在の危機的状況は、かねてからガザを占領して封鎖しているイスラエルが、人道支援について完全停止とする食料や医療物資の供給の遮断を行ったことだ。これによってガザ全域で、飢餓の危機が広がった。急性栄養失調に陥っている人々も相当数になっている。

この状況でイスラエルは、516日に、新たな軍事作戦として「ギデオンの戦車」を開始し、ガザ全域への軍事攻勢を強化している。公式には依然としてハマスの壊滅と人質の解放が目的だとされるが、すでにイスラエルのネタニヤフ首相は、ガザ地区の住民を「自らの安全のために移動させる」と発言し、ガザ住民の強制移動を示唆する発言を行っている。たとえば、202555日、ネタニヤフ首相はヘブライ語のビデオメッセージで、ガザ地区での新たな軍事作戦について「ガザのパレスチナ人住民は自らの安全のために移動させられる」と述べ、住民の移動を伴う作戦であることを明らかにしている。519日に、限定的な人道支援を再開したが、イスラエル政府の完全管理下における非常にわずかな量の食糧供給であり、人道的危機を取り除く目的の措置ではないと考えられている。

イギリス、フランス、カナダなどがイスラエルの軍事行動に対して懸念を表明し、即時の停戦と人道支援の再開を求める声明を出した。日本も名前を連ねた。しかしネタニヤフ首相は即座に、これらの諸国をむしろ非難し、作戦を継続する意向を表明した。ガザは、1967年からイスラエルの占領下にあり、2023107日のハマスの攻撃以前から、完全封鎖の状態にある。時々、誤解されている場合があるが、政策の選択肢として軍の完全駐留をしたり、封鎖だけにとどめたりしていただけで、占領していたことに変わりはない。すでにUNRWAという国連組織を敵視して活動禁止する措置をとっているイスラエルは、国連その他の外部組織による援助活動も、もはや認めていない。一部アメリカの組織が、イスラエル軍の管理下で、例外的にガザに入っているようだが、あまり意味のある事柄ではないだろう。トランプ大統領が、ガザの住民の大移住計画を披露したことを、ネタニヤフ首相は繰り返し参照しているので、それをふまえたリップサービスのようなものであると思われる。

封鎖された区域で、軍事攻撃が続いているまま、人道支援の停止が進められているわけで、住民にとっての人道惨禍のレベルは尋常ではない。2310月以来、53,000人以上のパレスチナ人が死亡し、人口のほぼ全てが避難を余儀なくされたうえで、飢餓の危機にさらされていると考えられている。

私は、紛争分析から平和構築の政策の研究を専門にしている学者である。ガザも訪問したことがある。そのときに私が講演した大学は、2310月の段階で木っ端みじんに破壊された。戦場取材をするのは私の役目ではないが、私は、ウクライナやソマリアのような戦争が続いている国の都市部や、紛争終結直後の地域などには、数限りなく訪問している。紛争の理論のみならず、歴史的事例なども、努めて勉強するように心がけている。およそ600万人が犠牲になったとされる20世紀欧州のユダヤ人のホロコーストから、数百万人単位の犠牲が出たとされる北米大陸のネイティブ・アメリカンの掃討政策など、戦争にまつわる悲惨な歴史的事例を勉強するだけでなく、まだ多数の遺体が散乱するルワンダの虐殺現場などには訪問したことはある。外国人が先住民に対して持ち込んだ悲惨な事件の事例としては、大航海時代のヨーロッパ人の来訪以降に、南北アメリカ大陸が経験した先住民の人口減少がある。数千万人の単位の犠牲を出した事例であると考えられている。大西洋奴隷貿易で奴隷として連れ去られたアフリカ人の数は、少なくとも一千万人以上と考えられている。アフリカ西岸の各地で、奴隷貿易の遺跡などを見ると、本当に胸が詰まる。

これらのいずれの事例と比較しても、現在のガザの悲惨さは、同じように人類史に残るレベルだと思う。殺害された人の数だけであれば、もちろんもっと多くの犠牲者が出た事例はある。現時点でも、世界各地で、戦争の惨禍で悲惨な犠牲となっている人々は何万人もいる。

しかし200万人以上の市民が、封鎖されて逃げ場のない場所で、軍事攻撃にさらされながら、食糧もなく飢餓状態に置かれているというのは、極めて異常な人道的惨禍のレベルである。

2310月以来、ガザのための啓発活動にあたってきた方々は、全世界で疲弊しきっている。私自身も、519日のイスラエルの新たな軍事作戦以降に目にする画像や動画などで、あらためて精神的に参った状態に陥った。

日頃から紛争研究などをやっており、ロシア・ウクライナ戦争などでは実は2022年の段階から停戦の方向性などを論じていたが、ガザ危機については永久戦争になりそうだと書いていた私ですら、今は相当に厳しい。

日本には、欧米諸国と、非欧米諸国が、共同でガザ危機を憂慮するプラットフォームを構築してほしいなどとも書いていたが、今となってはそれも全て虚しい。

この状態までくると、もはや社会科学者は何の役にも立たず、宗教か哲学にすがるしかない。無力感が甚だしい。長生きなどするものではない。早くあの世に行きたい気持ちにかられている。人間は、徹底的な無力感の中でも、どうやって死ぬまでは生き続けていくのだろうか。それだけを問い直している。
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