「平和構築」を専門にする国際関係学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda 

2017年01月

トランプ米国新大統領について、繰り返し「孤立主義」という概念で描写する試みがなされている。だが過激な発言で知られるトランプ大統領が「孤立主義」というのは、どういうことだろうか。

TTP(環太平洋戦略的経済連携協定)からの脱退の政策が、国際協調主義からの撤退を意味すると解釈され、「孤立主義」と描写されたりするようだ。だがトランプ大統領は、英国や日本との間に二国間貿易協定を結ぶことを目指しているようであり、単なる「孤立主義」者には見えない。安全保障の言葉を借用すれば、「ハブ・アンド・スポークス」(アジア・オセアニアのように米国を中心とする二国間安全保障条約によって自転車の車輪のような形で安全保障体制が作られている仕組みを指す)の形態がとられるかもしれないということだ。

TPPは、自由貿易を推進する仕組みではあったのだろうけれども、域外から見ればブロック経済のようなものであった。中国を包囲する諸国の関税同盟としての政治的性格を持っていたことは否めない。トランプは、実際の経済的利益を自由貿易体制から求めるという方針だ。

トランプ大統領の政策を歴史的観点から検証する際に、「内向き」な「孤立主義」としての「モンロー主義」が参照されることもある。だが19世紀「モンロー・ドクトリン」の時代とは、アメリカが北米大陸において拡張に次ぐ拡張を遂げていた時代だ。メキシコに戦争を仕掛けてテキサスなどを獲得し、ネイティブ・インデイアンを虐殺し、強制移住させ、19世紀半ばまでに太平洋岸まで支配地域を拡張させた。その後も、南北戦争後の南部諸州の軍事占領をへて、ハワイなどの太平洋諸島を占領・併合し、米西戦争をへてフィリピンも植民地化した。モンロー・ドクトリン時代のアメリカは、ヨーロッパ列強との「錯綜関係回避(non-entanglement)」の原則を採用しつつ、「新世界」における米国の覇権を自明視していた。

ウッドロー・ウィルソンにとって第一次世界大戦後の「国際連盟」は、モンロー・ドクトリンの地理的適用範囲をヨーロッパにまで広げようとする試みであった。冷戦構造下の「トルーマン・ドクトリン」も、地理的範囲が拡大させた「モンロー・ドクトリン」の応用であったと言ってよい。(篠田英朗「重層的な国際秩序観における法と力:『モンロー・ドクトリン』の思想的伝統の再検討」、大沼保昭(編)『国際社会における法と力』(日本評論社、2008年)、231274頁。)

トランプ政権は、単に内向きになって孤立しようとする政権であるようには見えない。「アメリカ・ファースト」のスローガンとは、アメリカ国民が利益を享受できるように自由貿易体制を運営していきたいという意思表明のことだ。そして安全保障面に着目すれば、トランプ政権は、「対テロ戦争」を断固として戦い抜き、勝ち抜こうとする立場だ。「内向き」「孤立主義」といったマスコミ用語に惑わされてはいけない。

自衛隊も派遣されている南スーダンですが、なかなか現地の実情は伝わってきません。Sudd Instituteという現地でも信頼されている南スーダンにおけるシンクタンクの南スーダン人所長、自衛隊も派遣されている国連PKOUNMISS幹部、そこに日本における南スーダン地域研究の第一人者である人類学者の栗本英世先生が加わった豪華シンポジウムを122日に開催します。是非お越しください。http://www.peacebuilders.jp/event170122.html

ところで南スーダンのシンクタンクというと想像がつかないかもしれませんが、アメリカで学位を取った南スーダン人たちが、USAID(米国援助庁)の資金も得ながら、多角的な活動をしています。え?アメリカ寄り?という印象を与えますが、基本的には「中立」で、立派にシンクタンクとして機能していて、現地でも信頼を得ています。「中立」シンクタンクに公的資金が入ること自体は、アメリカ本国でも、日本でも、どこの国でも同じです。

ちなみに国内最高のジュバ大学にも、アメリカの資金援助と、アメリカ国内のシンクタンク運営経験を持つ政府関係者らが、意思決定ランクで入っています。そういう状況は決して紛争後国などでは珍しくないので、それほど驚かれたりはしません。アメリカ以外の国でも、資金援助と人的援助は、知識層レベルで多角的に入れています。

それにしても日本では、南スーダンの話題が出るとしたら、自衛隊や憲法がらみの話ばかりですね。戦略的理解の以前の状態と言えるでしょう。戦争ばかりしている野蛮な国に、安倍首相のせいで、自衛隊が送り込まれてしまっている、早く撤退すべきだ、という文脈で扱われるばかりです。

しかし南スーダンという国ができたのは、アメリカ主導で調整がなされた「包括的和平合意」が成立した2005年からの経緯でした。国際社会の斡旋の結果、今の現状ができているわけです。国連も和平調整のときから深く関与しています。すべて南スーダン人が自分たちだけでやってきたことの結果、今の南スーダンがある、というのはあたりません。

それではなぜ、アメリカはなぜスーダンの紛争を調停したのでしょうか?当時のジョージ・W・ブッシュ大統領は、2000年の大統領選挙で辛勝した際、南部州のキリスト教右派を大きな支持基盤としていました。その米国南部州のキリスト教右派が、「スーダンでは北部のイスラム教徒に南部のキリスト教徒たちが迫害されている、アメリカは介入して何とかするべきだ」と主張していたのでした。もともとスーダンのバシル大統領の政権は、オサマ・ビン・ラディンをかくまっていたこともあるイスラム原理主義政権ですから、「対テロ戦争」の勃発とともに、スーダンが持つ意味があらためて見直されたのは当然でした。アフリカにおけるイスラム原理主義勢力の拡大の防衛線として戦略的意味も持たされたというわけです。

さらにもともとの話をすれば、「スーダン」なる国家の単位ができたのは、イギリスの植民地政策の結果だとも言えます。アフリカ大陸の南北に延びる植民地の大陸縦貫政策を進めていたイギリスと、東西に延び植民地の大陸横貫政策を進めていたフランスが文字通り遭遇して軍事衝突に至ったのが1898年「ファショダ事件」でした。準備不足であったフランス軍は撤退し、「スーダン」におけるイギリスの統治体制が完成しました。この世界史の教科書にも出てくる有名な事件の舞台となった「ファショダ村」は、今の南スーダンに位置しています。現在、最も戦闘が激しい地域の一つである上ナイル州に位置しています。

ちなみに植民地統治を確立したはずのイギリスは、今の南スーダン地域の部族の抗争および反乱に手を焼きます。その過程で部族社会の研究をする人類学者を国家政策で現地に派遣したりしました。それが文化人類学の古典として知られる大著「ヌアー族」を著したオックスフォード大学のエドワード・エヴァン・エヴァンズ=プリチャードでした。「ヌアー」というのは、現在の南スーダンの反政府側勢力の元大統領マチャールの基盤として知られる「ヌエル」と同じです(Nuer)。文化人類学者の方々にとって、「ヌアー」は古典としての響きを持つ言葉です。https://ajsgssp.jimdo.com/app/download/12494794525/AJ%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A20150910%E7%AF%A0%E7%94%B0.pdf?t=1474324362

「ヌアー」または「ヌエル」の居住地帯であるナイル川上流の「白ナイル川」が流れる流域は、世界最大級の湿地が「The Sudd」が広がる地域です。この湿地の存在があるため、首都ジュバから上ナイル州に陸路はもちろん、水路でもアクセスするのは著しく困難で、特に雨季では基本的に不可能です。ヘリコプターが不足している国連PKOUNMISSが南スーダンの地方部に最低限の展開すらできないのは、全国的にインフラが整備されていないためでもありますが、「Sudd」の存在は決定的な自然障壁で、平凡な道路の建設のようなイメージで克服できるものではありません。「Sudd Institute」さんが名称に入れている「Sudd」とは、地理的に、歴史的に、政治的に、南スーダンを象徴する言葉になっているわけです。

 『現代ビジネス』に、掲載していただいた拙稿では、国際人道法についてもふれました。「国際人道法を適用すると、交戦権を行使したことになる」!?といった日本的な議論も、批判しました。http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50645 ただ、ややテクニカルになるかなという気もしたので、国際人道法それ自体のつっこんだ説明まではしませんでした。しかし本当は、こういう機会にあえて国際人道法の重要性について書いたほうがよかったかもしれません。
 日本でも、大阪大学の真山全教授のような優れた国際人道法の権威もいらっしゃいます。しかし専門家の数は多くないのが実情です。武力紛争中の行為を規制する国際人道法は、憲法九条ロマン主義が支配的な日本社会では敬遠される事情もあったのでしょう。
 私がLSE (ロンドン政治経済学院)で博士課程の学生をやり始めたころ、国際法の看板教授はRosalyn Higginsでした。LSEでは博士課程の学生はどんな授業でも聴講していい仕組みだったので、親しかった友人が聴講して感銘を受けていました。そこで私も聴講し始めようかと思っていた矢先、Higgins教授は、国際司法裁判所(ICJ)の判事に転出してしまいました。ショックを受けた私は、代わってやってきたChristopher Greenwood教授の通年授業を、単位取得の必要がなかったにもかかわらず、かなり真面目に出席しました。「この人はどれくらいタカ派なのか?」と思いながら聞いていましたが、Greenwood教授は、武力行使に関する法と国際人道法に特に造詣が深い方でした。後に、Greenwood教授も、Higgins教授の後任として、ICJ判事となりました(現在も判事)。
 国際人道法に関心を持った私にとって、Adam Robertsオックスフォード大学教授は、憧れになりました。国際政治学者でありながら、国際人道法に精通した議論を多角的に展開する方だったからです。LSE出身の「英国学派」系の研究者の中でも際立って優れた方です。私は、一度、ラブレターのようなメールを出したうえで、訪ねていったことがあります。駆け出しの自分に対して驚くべき親切な対応で、尊敬の念が深まりました。
 日本に戻ってきた後に、藤田久一先生の『国際人道法』という本を知りました。イギリスで国際人道法を覚えてきた私は、藤田先生のような方が日本にもいたのだと知って、それなりの驚きを覚えました。学者になりたてのころ、「藤田先生の著作で勉強させていただいている者です!」と言って学会などで近づいて話をさせていただいたのを覚えています。表情からにじみ出る人格の深さを持ち合わせており、私のような者に、同じ学者という職業を持っていることに喜びを感じさせてくれるような、素晴らしい方でした(2012年ご逝去)。日本でもそういう人格的にも優れた卓越した研究者によって、国際人道法の研究は守られてきました。
 国際人道法の根本原則は、要約すると二つあると言われます。不必要な苦痛の回避(兵器の規制)と、軍人と文民の区別(攻撃対象の規制)です。
 しかしそれ以前に重要になるのは、国際人道法(武力紛争中の行為に関する法:jus in bello)を、武力行使に関する法(jus ad bellum)と、厳密に峻別する姿勢です。両者をちょっとでも混同するということは、国際法を知らない素人だ、ということです。二つを混同していないかどうかは、国際法を知っているかどうかを審査する入り口にある踏み絵だと言ってもいいでしょう。
 戦争をするかしないかに関する法は、武力行使に関する法(jus ad bellum)で、国際人道法とはかかわりません。武力行使は、現代国際法(国連憲章2条4項)において一般的に禁止されています。ただし例外が二つあり、国連安保理決議に基づく集団安全保障としての憲章7章の強制措置、そして憲章51条の個別的・集団的自衛権です。これらのjus ad bellumの法体系と、国際人道法(jus in bello)とは、国際法の体系において、全く別々のものとして存在しています。
 両者を峻別するのは、武力行使に関する規制と、紛争状態における行為の規制を、分けなければならないからです。ただしい理由で武力行使をしたのだから、何をやってもいいということではない、あるいは紛争中の行為を適正に行っても、武力行使の正当性を認めるわけではない、ということです。
 国連が、PKO要員に国際人道法の遵守を徹底する。それは確かに国連PKO活動の深化によって、PKO要員が武力紛争下に置かれる可能性が高まってきたことの反映でしょう。しかし、「国際人道法を適用するということは、国連が『交戦権』を行使するということだ!」、ということではありません。国連も一切そのような見解を示していません。ただ淡々と国際人道法の遵守を要員に求めるだけです。
 あえて言えば、国際人道法は、交戦状態、と描写できるような状態における人間の行為に対して適用されるわけですが、そこに交戦権の行使があるとかないとかといった形而上学的な話には関わりません。
 国際人道法を適用すると交戦権を行使したことになる、国連も日本国憲法九条二項の「国の交戦権」を行使している、といった話は、国際法体系を無視しているという意味で、暴論です。しかしそれだけではありません。国際人道法の発展に尽力に努力してきた無数の人々の努力、国際人道法を日本にも浸透させようとした藤田先生のような偉大な先人のご努力も踏みにじるようなものだという意味で、暴論です。

『現代ビジネス』さんに、「自衛隊PKO派遣の議論がいつもモヤモヤしたものになる理由:日本の憲法学の「陥穽」」という題名で、拙稿を掲載していただきました。http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50645 

駆け付け警護をめぐる「それなりの議論」は、安保法制が成立した頃の「集団的自衛権」を中心としたときの議論と比べれば、盛り上がりには欠けていました。「駆け付け警護」が一層よくわからない概念であったという事情に加えて、「南スーダン」や「国連PKO」が、人々の関心を掻き立てるテーマではなかったからでしょう。

出版社の方と話しても、「PKOでは売れない」、と言われることが普通です。そのような日本社会の風潮の結果、情報量が少なくなり、かなりいい加減な議論がまかり通ってしまいがちになるようです。ネットを通じてPKOについて誤解を解く言論活動をすることができるのは、大変にありがたいことです。

それにしても、「自衛隊PKO派遣の議論がいつもモヤモヤしたものになる理由」とは、何でしょうか。日本における国際法の理解の低さ、特に武力行使に関する法と国際人道法の理解の低さは、大きな論点です。しかし拙稿が主張したのは、国際法に対する理解の低さの裏側にある問題の深刻さです。つまり憲法九条のロマン主義的解釈です。

日本では、日本国憲法九条が、世界でも類例がなく、世界に先駆けて戦争放棄をした画期的な条項だ、というロマン主義的理解が、蔓延しています。これは歴史を無視した、あるいは国際法を無視した理解です。なぜなら国際法では、日本国憲法よりも先に、戦争を違法化しているからです。現代国際法において最高の権威を持つ1945年国連憲章が、武力行使の一般的違法化を定めました。国連加盟国は193カ国にのぼっており、世界のほぼすべての国々が憲章を批准していることになります。

いや、そんなはずはない、憲法九条は、邪悪で戦争まみれな国際社会と一線を画する理想主義的な条項であるはずだ・・・、と日本人は思いがちです。国際社会では、戦争を違法化しているとしても、実態として紛争は防ぎきれていないじゃないか、と言う人もいるかもしれません。しかしただその程度のことを言うだけであれば、日本国憲法もまた戦争放棄し、戦力不保持を宣言しつつ、実態として、日米同盟を堅持し、自衛隊を維持する体制と両立してきているわけですから、それほど原理的な差があるとは言えないと思います。ひとたび紛争に巻き込まれそうになったら、絶対平和主義を掲げ、全面降伏してでも紛争に関わることを忌避する、といった憲法九条解釈のコンセンサスはないと思います。

なぜ国際法ですでに1945年に否定されたことを、日本国憲法はあえてあらためて否定したのでしょうか。しかしこの問いは、時代錯誤的です。日本国憲法制定当時、「旧枢軸国」の占領下の日本は、独立国ではなく、国連加盟国ではなかったのです。その「旧敵国」日本に対して、旧連合軍(United Nations)諸国が、憲法典を通じて、国連(United Nations)憲章の規定を守らせようとしたとしたのは、全く奇異なことではありません。

憲法九条は、前文で謳われている「国際協調主義」の産物です。・・・「八月革命」を起こした「主権者」である「国民」が、邪悪で戦争まみれの国際社会からの決別を誓って、世界初めての理念を、日本独自の理想の旗として掲げたのが九条だ・・・、といった奇妙な自己催眠をかけることになったのは、東大法学部系の戦後憲法学の壮大な「物語」叙述によってです。憲法典から自動的にそのような「物語」を読み取ることは、必ずしも必然的ではありません。そのような「物語」が「通説」となった事情は、理想と現実の対峙とかそんなものではなく、むしろ単なる日本国内の権力的な背景によって説明されるべきものでしょう。

 細々と備忘録の代わりのように使い始めたこのブログですが、このたび「言論プラットフォーム:アゴラ」で転載していただけることになりました。驚くと同時に大変に光栄に感じております。もちろん内容が稚拙であったり不適切であったりする場合には、あえて転載されることはありません。私にとってもチャレンジです。
 さてそういう経緯もあり、「アゴラ」掲載の記事をあらためて見てみました。ネット掲載記事は、自由で闊達な雰囲気があるのが、いいところですね。制限字数とかも緩やかですから、ありがたいのと同時に、自由な自己を律する姿勢がより強く求められるというところも、当然あるかと思います。
 自己を律する姿勢、ということで気になるのが、「立憲主義」ですね。今年は日本国憲法施行70周年にあたります。池田信夫さんが新年の記事として「憲法の何を改正するのか」を「アゴラ」で掲載されています。そこで朝日新聞の元旦の社説についてふれておられます。主流メディアを批判的に論評する記事を自由に素早く出せるのは、ネット言論の最大の利点でしょう。池田さんの批判的論説は、実際の文章を見ていただくとして、http://agora-web.jp/archives/2023616-2.html 実際、私も最近の一部言論人・機関の「立憲主義」キャンペーンには、懸念を抱いています。
 私は若い時に大佛次郎論壇賞を受賞したことがあり、もちろん選んでいただいたのは審査員の先生方であり、私を候補作として推してくださった方々なのですが、主催者は朝日新聞社ですから、お世話になったという素朴な気持ちがあります。とても親切な方や、真摯な方が、たくさん社内にいるのは知っています。ですから朝日新聞社全体を云々することは、私はあまりやりたくありません。しかし最近の「立憲主義」キャンペーンは、難しいです。拙著『集団的自衛権の思想史』を執筆することにしたのも、このまま偏った「立憲主義」が通説になってしまうと、言論どころか、研究活動さえ圧迫されてしまうという危機意識を持ったからでした。
 池田さんも以前に指摘したように、頂点に達したのは、「国民は憲法を守る義務はない」という議論を、「立憲主義」と呼ぶ記事だったでしょう。http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51976502.html  これはヤバいです。国民は憲法に縛られない(ただし憲法学者の基本書からは逸脱してはならない?)、それが立憲主義だ、と唱えるのが日本においてだけ通説になってしまったら、国際的議論に参加できない究極「ガラパゴス」で、ヤバすぎます。
 政府が憲法に反して権力を濫用したらその政府を制限することを試みる、これは立憲主義的でしょう。しかしそのことを言うために、国民は憲法を超越している、それが立憲主義だ、と主張するというのは、自殺行為です。憲法を制定した人民が、自分たち自身にも制約を課す、なぜなら信じている根本価値規範があるから、そういう考え方が立憲主義のはずです。憲法制定権力さえ覆せない根本的価値規範=個人の尊厳を信じるからこそ、政府も制限するでしょうし、憲法制定者もまた自らを律しなければならないのです。それが「主義」としての立憲主義の神髄です。それが立憲主義の思想であるはずです。国民が絶対主権者だ、というのは、立憲主義でも何でもありません、ただの絶対主権主義(のせいぜい拡張版)です。
 元旦の朝日新聞の社説は、「個人の尊重」を立憲主義の神髄と掲げている点で、昨年5月3日の根本論説主幹の記事よりも妥当なものになっています。総意の成果なのでしょうか、仕上がりは格段に上等だと思います。しかし、よく見てみると、非常に原理的な問題がまだひそんでいることがわかります。以下、朝日新聞の社説の引用です。

「中学の公民の教科書でも近年、この言葉を取り上げるのが普通のことになった。 公の権力を制限し、その乱用を防ぎ、国民の自由や基本的人権を守るという考え方――。教科書は、おおむねこのように立憲主義を説明する。」
「公権力は、人々の「私」の領域、思想や良心に踏み込んではならない・・・。」

 ここで特徴的なのは、制限されるのが「公の権力」だけである点ではありません。「個人の尊重」で基本的人権として守られるのが、「人々の「私」の領域」と規定されてしまっていることは、大きな特徴です。ここに絶対国民主権主義=国民憲法超越主義の考え方と表裏一体の深刻な問題がひそんでいるわけです。これでは、いかに制限されようとも、「公」は権力者に独占されています。国民一人一人には「私」しか守られていません。国民は「私」の集合体で、そのようなものとしてただ「公」を独占している政府を「制限」するときだけ「公」に現れますが、それもほとんど「公」を独占している政府のわき役としてだけなのです。
 政府を制限すること以外に、国民に「公」の役割はないのでしょうか?国民一人一人に守られているのは「私」の領域だけなのでしょうか?このような一方的な「公」と「私」の関係では、国民はチクチクと「制限」する行為に趣味のような楽しみを覚える以外には、「公」に幻滅して背を向けてしまう以外にすることがなくなってしまうのではないでしょうか?
 このような「公」・「私」の概念は、日本国憲法典に書かれていません。朝日新聞というか、一部の有力で権威ある憲法学者の方々が、ご自身の思想的信念に基づいて憲法解釈にあたって導入している概念でしょう。解釈と言うものは、自由である限り、素晴らしいものです。しかし権威主義を乱用して一つの解釈を絶対的真理であるかのように語り始めるとき、危機が訪れます。まして憲法典に書かれていない概念を振りかざすのであれば、特にそうでしょう。
 日本国憲法13条は、国民の権利に、「公共の福祉に反しない限り」、という留保を受けています。「公」が政府に独占されている限り、いかに「私」を振り回して政府を「制限」することを英雄視しようとも、最終的には「公」対「私」の分が悪い戦いの構図から逃れられません。非常に危険な思想であり、危険な憲法解釈だと言わざるを得ません。
 国民も「公」を形成すべきです。国民も「公共の福祉」に貢献すべきです。「制限」する趣味だけに活動を限定するのではなく、「公共の福祉」の領域を豊かにするために、国民も活躍するべきです。
 たとえばネット言論も、「公共の福祉」に著しく反していれば、制限されるべきでしょう。しかし「公共の福祉」を豊かにするネット言論は称賛されるべきです。どのようなメディアであれ、「公共の福祉」を豊かにする活動をしているという自負を持つ者が、矜持を感じるべきです。
 公共の福祉に貢献しているかどうかではなく、政府を制限しているかどうかによって称賛されるべきだと考える思想は、立憲主義的ではないと思います。
 国民は、憲法学の基本書ではなく、憲法典それ自体が表現している価値規範を信じて、生きていくべきだと思います。

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