「平和構築」を専門にする国際関係学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda 

2020年12月

 新型コロナの新規陽性者数が、ほぼ横ばいの状態が続いている。あるいは一進一退といってもいいだろう。増加圧力を押し戻す鈍化の傾向が11月半ばからは続いていることを私は観察してきたが、新規陽性者数の減少にまでも持ってくることができない足踏みのような状態が続いている。高止まりと言ってもいい状態でもあるわけなので、ほんの数パーセントの増加でも「過去最高」の数になったりするのがニュースになっている。実際には、一進一退である。

 この状態で苦闘しているのが、Google AI予測だ。1117日にデビューしたGoogle AI予測には、毎日修正が入っている。どういうわけか、いつも二日前のところを現在値にして予測の修正がなされるので、報道と照らし合わせると、直近二日間の予測が、「どう外れたか」がすぐに分かる仕組みになっている。

毎日の予測がぴったりとあたることはほとんどないので、厳しく言えば、常に外れ続けているわけである。むしろ大きなトレンドの予測だけを見せるために、週に一度程度くらいの頻度でだけ、修正を加えたらいいのではないかという気もするが、そうはなっていない。そこで毎日の更新の中で、面白い現象も起こった。

予測は、1117日に、図のような曲線を描いて、28日間で死者555人、新規陽性者51,605という数字で始まった。1117~129日の23日間の死者数は552人なので、当初の予測は過小気味であったかもしれないが、だいたいの大きなトレンドは捉えていたのかもしれない(現在の一日当たり死者数は7日間平均で35人程度)。1117~129日の23日間の新規陽性者数は47,769人である。これについても当初の予測は過小気味であったかもしれないが、ほぼ大きなトレンドを捉えたものであったのかもしれない(現在の一日当たり新規陽性者数は7日間平均で2,300人程度)。

 1

 

 ところが、実際の死者数と新規陽性者数の増加は、28日間の数字の近似にもかからわず、Google AIが予測した曲線にそって進んだわけではなかった。そのため日々の修正の中で、Google AIは何度か大幅な予測変更を行っている。私がそのことに目を止めたのは、124日だ。その日の予測は際立っており、かなり変則的であった。

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死者数は減少し始めると予測しているのに、新規陽性者数は大幅に上昇し続け、年末には一日17千人、日によっては2万人を超える日もあると予想したのだった。さらに目を見張ったのは、大阪の甚大な被害の予測であった。

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 大阪では、死者数は30人にとどまるが、新規陽性者数は127,000人という大きさになると予測されていた。これは東京のそれぞれ27人と36,166人と比べても、圧倒的な新規陽性者数の多さであった。

 Google AIは各都道府県ごとに予測を出すが、少しの評価の違いが、普通では説明不能にしか見えない変則的な差を生み出してしまうようだ。

 果たしてGoogle AI予測に、人間的な介入が働いたのだろうか。翌日の125日には大幅に修正された予測が映し出された。

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 死者数は、上昇し続ける曲線へと上方修正された。新規陽性者数は、なだらかな曲線に変わり、年末になってもせいぜい一日3,000人を超える程度の水準に上がるだけだと下方修正された。

 なぜたった一日でこのような大幅な修正が行われるのか。予測には説明や解説が付されていないので、全くわからない。

 しかし同じような現象は何度も起きているように見える。128日の予測は次のように、再び死者数が減少する一方で、新規陽性者数は増加し続けるというものだった。死者数は、前日の7日までは一貫して上昇し続けるという予測だったが、8日になって突然減り始めることになった。

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 ところが9日にはもう横ばいが続くという予測になってしまった。
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 ちなみに最新の12月10日の予測では、いつのまにか大阪の新規陽性者の予測は軽減され、東京のほうが2倍以上の新規陽性者を出すという予測に変わっている。ただし死者数は大阪のほうが多くなるらしい。

 7

 

 私は、感染傾向に、あたかも物理学の法則のようなものが働いているかのように見ようとする人々には、懐疑的な気持ちを持っている。感染は、人間的な営みで起こってくるものだ。人間的な動向の変化で、傾向は変わる。新規陽性者の推移に、宇宙の運動法則のようなものを見出そうとするのは無理ではないかと思っている。

 その意味では、Google AIのように、常に柔軟に予測を修正し、絶えず現実の動きから学び続けようとする姿勢は、評価されるべきものだ。

 しかし、それにも程度がある。毎日、毎日、あまりに激しく予測が動くと、一つの仮説的な予測としての意味も失われてくるのではないか。たった一日で消滅してしまう予測でしかないならば、いったい誰がその予測を指針にして政策を考えるだろうか?

 Google AI予測が、これからどういう発展を見せていくのか、興味を持たざるを得ない。

 先週末に、「新規陽性者数:本当に「指数関数的」拡大なのか?」という文章を書いた。http://agora-web.jp/archives/2049119.html 新著『新型コロナからいのちを守れ!』という題名の自著の出版の機会に、西浦博教授が「報道各社のインタビューに応じ『都市部で感染者が指数関数的に増加している』と述べ」たことを受けたものだった。https://www.tokyo-np.co.jp/article/70490/

 果たしてこれは正当化される発言だろうか。対談集『不安を煽る人たち』を出版したばかりの私としては、非常に気になるところである。https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%8D%E5%AE%89%E3%82%92%E7%85%BD%E3%82%8A%E3%81%9F%E3%81%84%E4%BA%BA%E3%81%9F%E3%81%A1-WAC-BUNKO-330-%E4%B8%8A%E5%BF%B5/dp/4898318304/ref=tmm_pap_swatch_0?_encoding=UTF8&qid=1607145806&sr=1-1 

私は、「第1波」の際には、「西浦モデルの検証」と題した文章をシリーズで13回書いた。「第2波」の際には、「日本モデル vs. 西浦モデル2.0の正念場」と題した文章をシリーズで8回書いた。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda その私としては、「第3波」に対する西浦教授の発言には、関心を持たざるを得ない。

先週末、私は、果たして西浦教授のように言えるか疑問だ、という趣旨のことを書いた。感染拡大のスピードは、1112日頃にピークを迎えてから鈍化傾向に入っている、と言わざるを得ないと感じていたからだ。全国、東京、大阪の指標のいずれも、新規陽性者の拡大は11月下旬になって横ばい状態であるように見えたからだ。

 全国
東京
大阪


 ちなみに11月下旬の連休の影響があれば、12月第1週前後に新規陽性者数に変化が見られることになる。確かに、この一週間では、実際に、鈍化傾向が鈍る様子、つまり少し増加率が高めに戻る様子が観察された。しかしそれは必ずしも大きな動きにはつながらず、再び鈍化傾向に戻り始めているように見える。

実は「第2波」の際にも、続いていた拡大スピードの鈍化が、7月下旬の連休の一週間後には少しだけ跳ね上がりを見せた時期があった。その連休の影響が見られた後の82週目頃から、新規陽性者数は顕著に減少を開始した。

このような動きを、「指数関数的拡大」、と呼ぶのは、いささか困難であるように思われる。もっとも指数関数的拡大の意味は、意外にも、可変的である。たとえばグラフの横軸の単位を1年とか10年にした場合、現時点でのデータでは何も判断できなくなる。あるいは「昨日から今日にかけての二日間だけについては指数関数的拡大が見られる」と言うとき、実質的な意味はほとんど何もないが、もし今日の新規陽性者数が、昨日の新規陽性者数の乗数であったら、必ずしも間違いではない。

押谷仁・東北大学教授は、4月に西浦教授が報道陣を集めて「42万人死ぬ」をやったときのことを述懐して、次のように述べている。

―――――――

尾身先生から、西浦さんが試算を公表する可能性があると聞いたのは前夜。当日朝電話したが西浦さんは出ず、僕は新橋のスクリーンであの推計値が発表されたのを見ました。試算の公表には反対でした。・・・ああいうモデルは被害想定を大きくしようと思えば、どこまでも大きく出せる。この感染症の実態にいまの数理モデルは合わないと思います。

――――――――――

 押谷教授は、過大な試算を強調することの危険性について、指摘する。

――――――――――――

あまりに現実とかけ離れた数字を出すと、そんなに死亡者が出るなら細々とした対策など意味がないのではないかと、人々が逆に対策をあきらめる方向に動く危険性があるのです。https://www.dailyshincho.jp/article/2020/07090602/

―――――――――――――

私は繰り返し押谷教授を「国民の英雄」と呼び、その貢献を称賛し続けている。私は、押谷教授の考え方が正しいと思う。煽るだけ煽り、怖がらせるだけ怖がらせることが「専門家」の役割である、とは言えない。少なくとも長期戦である新型コロナへの対策として適切とは思えない。

被害がコントロール不能なレベルに達しているという認識が広がりすぎると、人々は地道な努力を放棄し、「全ては政府の責任だ!テレビのワイドショーにしたがえ!さぼってないで早くウイルスを撲滅しろ!」という「煽り」言説に留飲を下げることしかしなくなってしまう。国民の行動変容が絶対不可欠な感染症対策を長期にわたって続けていくことは、不可能になる。

日本は現在でもまだ、強制力を伴う感染症対策を可能にする法整備を充実させていない。国民の現実的な状況認識が極めて重要だ。国民意識がついてこなければ、対策の効果は出ない。

政府が「何か」をしてウイルスを撲滅するべきだとする左派勢力と、対策は不要だという右派勢力に社会が分裂してしまえば、4月のような緊急事態宣言に踏み切っても同じ効果は出ないだろう。

西浦教授には、印象論で語っているかのように聞こえてしまう描写や予測を控え、もっと専門家らしく客観的な現状の分析をすることを心掛けてほしい。たとえば、「指数関数的拡大」が起こっていると主張するのであれば、それはいかなる意味でそうなのか、きちんと説明するべきだ。

日付

新規陽性者数

直近一週間の陽性者数

7日移動平均

前日からの増加比

直近一週間の増加比

11/1

606

4821

689

103%

121%

11/2

482

4902

700

102%

121%

11/3

868

5121

732

104%

121%

11/4

607

5004

715

98%

115%

11/5

1049

5249

750

105%

116%

11/6

1137

5617

802

107%

123%

11/7

1302

6051

864

108%

129%

11/8

938

6383

912

105%

132%

11/9

772

6673

953

105%

136%

11/10

1278

7083

1012

106%

138%

11/11

1535

8011

1144

113%

160%

11/12

1623

8585

1226

107%

164%

11/13

1704

9152

1307

107%

163%

11/14

1723

9573

1368

105%

158%

11/15

1423

10058

1437

105%

158%

11/16

948

10234

1462

102%

153%

11/17

1686

10642

1520

104%

150%

11/18

2179

11286

1612

106%

141%

11/19

2383

12046

1721

107%

140%

11/20

2418

12760

1823

106%

139%

11/21

2508

13545

1935

106%

141%

11/22

2150

14272

2039

105%

142%

11/23

1513

14837

2120

104%

145%

11/24

1217

14368

2053

97%

135%

11/25

1930

14119

2017

98%

125%

11/26

2499

14235

2033

100%

118%

11/27

 

2530

14347

2049

100%

112%

11/28

2674

14493

2070

101%

106%

11/29

2041

14384

2054

99%

100%

11/30

1429

14300

2042

99%

96%

12/ 1

2019

15102

2157

105%

105%

12/ 2

2419

15591

2227

103%

110%

12/ 3

2507

15599

2228

100%

109%

12/ 4

2425

15514

2216

99%

108%

12/ 5

2508

15348

2192

98%

105%

12/ 6

2058

15365

2195

100

106%

(小数点切り下げ、125・6日新規感染者数は報道による暫定値)

グラフ

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