「平和構築」を専門にする国際関係学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda 

2023年11月

 ガザ危機をめぐる日本外交で、非常に気になるのは、冷戦時代からのステレオタイプの図式で進められていないか、ということである。日本の同盟国アメリカが他の先進国とともにイスラエルを支援するので、日本は反対できない。ただし日本は中東から石油を大量に輸入しているので、アラブ諸国の怒りを買う発言もできない。

 果たしてこの認識は、現代の世界情勢の認識として、正しいか。

 アメリカのイスラエル支持の姿勢は、単純明快なものではない。むしろ最初に強く支持を打ち出し過ぎたという反省のトーンが、バイデン政権高官の発言からは感じ取れる。バイデン大統領の支持率は目に見えて下落し、イスラエルのために再選の可能性を乏しくするミスをしてしまった、というのが実情である。

 欧州諸国にいたっては、もっと完全に割れている。イスラエル支持は、ドイツやその他の中欧諸国のホロコーストの歴史が生々しいナチスの第三帝国の領域でこそ顕著に見られるものの、その他の地域の視線は冷ややかだ。ベルギーより以西のラテン系の欧州諸国は、特にイスラエルに批判的なトーンがはっきりしてきている。イギリスでは、イスラエル支持を打ち出したスナク首相の姿勢に反対する大規模デモが連日のように発生しており、歴史的な支持率の低さに喘ぐ保守党もまた、イスラエル問題によって選挙で大敗北を喫する可能性を高めている。

 翻ってパレスチナに同情的な諸国の動向を見れば、それはアラブ諸国だけではない。少なくともイスラム圏全域において、明確な反イスラエルの世論の動きが確認できる。その中にはASEANの大国であるインドネシアとマレーシアが含まれる。そもそも両国は、パレスチナを国家承認し、イスラエルを国家承認していない。さらには国連総会での投票行動を見れば、植民地化された歴史を持つ諸国は、ことごとくパレスチナに同情的で、イスラエルの占領政策に厳しい目を向けている。

 これらの大多数の諸国が、全て貧しく無力な諸国である、ただ一部で石油が採掘されているだけだ、と断定できるか。もちろん、21世紀の世界情勢は、そのようなものではない。アメリカや欧州諸国のGDPの世界経済に占める低下し続けている。なんといってもイスラム圏諸国における人口増大の勢いはすさまじい。東南アジアからアフリカにかけて、イスラム圏諸国は、2030年で人口を倍増させるスピードで人口増加させている。人口増加は、アジアから今世紀半ばをピークに止まっていくとも予想されているが、中東はその後も増え続けるし、アフリカでは今世紀末までに人口が3~4倍になると予測されている国も少なくない。

セネガル
(2100年までに人口が3.5倍になると予測されている西アフリカのセネガル)

 これは大量の若者層を吸収する経済政策をとらなければ社会不安が訪れるという深刻な圧力を、各国の政府に課している。同時に、豊かさを達成した後に人口を減少させている(移民を受け入れてようやく人口維持している)旧来の先進国への強烈な移民圧力にもなっている。容易には解決策が見つからない構造的な問題だ。人口増加しているイスラム圏が、それによって単純に国力・影響力を高める、と断言することはできない。しかしだからと言って、急激な成長を遂げているイスラム圏諸国の実力を過小評価するのは、危険すぎる。人口増加しているイスラム圏諸国は、いずれも高い経済成長を見せている。人口の増加に応じて、国力も増加していくと仮定することが、まずは自然な想定である。

 日本は政治難民の受け入れには厳しいが、経済移民については実態として門戸を開く政策をとっている。人口動態から計算されざるを得ない政策だろう。東南アジア諸国だけではない。本年4月に南アジアのイスラム国(パレスチナを国家承認し、イスラエルを国家承認していない)であるバングラデシュのハシナ首相が来日した際には、日本側は労働力としてのバングラデシュ人の受け入れに魅力を感じている旨を表明している。

 外交にバランスが必要であることは、言うまでもない。しかしそのバランス感覚は、当然、具体的な問題に応じて、そして時代の流れに応じて、変化していくはずだ。そこを見誤るならば、曖昧どころか、錯綜した外交政策に陥っていくだけだろう。

 ガザにおける人道危機が悪化し続けている。危機を打開できない国際社会の情勢は深刻だ。日本政府は目立った対応策を打ち出す意欲もなく、事態の行方に狼狽し続けている。
 この危機に際して、日本国内の専門家層の役割は大切だ。ところが、根拠不明な扇動的な言説に政治的心情で群がる人々が、不毛な誹謗中傷を繰り返している。中東専門家の役割は大切だが、全く不当な政治的誹謗中傷にさらされて、仕事に集中できないような状況だ。  https://twitter.com/chutoislam/status/1726012098323558553
  大衆扇動に長けたYoutuberが、水道を止められたガザ市民が、生活のために海に向かっている姿を映した写真を使って、ガザ市民は海水浴を楽しんでいる、などと主張する。 https://twitter.com/rockfish31/status/1725874411700629915
  さらには、イスラエルはガザ南部を攻撃していない、とひたすら主張する。パラレルワールドのような話である。
ttps://twitter.com/rockfish31/status/1725872657386938457  https://twitter.com/p_sabbar/status/1725629244498485265
  恐ろしいのは、事実がなんであるかにかかわらず、Youtuberの間違いを指摘する者を見ると、「お前はハマス」「こいつもハマス」といった内容のSNS投稿をひたすら投稿し続けることである。
https://twitter.com/ShinodaHideaki/status/1725360235706024095
  さらには、批判者に対しては「博士号もないのに偉そうなことを言うな」といった謎の反応である。  https://twitter.com/fukuchin6666/status/1725634350312780110
  こうした雰囲気の中で、与党の政治家が、テレビでイスラエルのプロパガンダを妄信的に広げる発言を断定的に行っている。シファ病院の地下にハマスの司令部などは見つかっていない。ガザで数万人が殺されている軍事行動を正当化し、扇動しさえするような発言をしておきながら、しかしもちろん政治家の方は、責任をとるつもりがない。それどころか、今後は気を付けるといった反省すらしない。「何を言っても、自分は常に責任がない、だからこれから無責任な発言を続ける」という政治家の態度を、メディアも受け入れる。「面白いか否か」の基準しか持っていないからだろう。 ガザで何万人が殺されているかどうか、などということは、日本の政治家にとってもメディアにとっても、「盛り上がるかどうか」ということ以上には、何の意味もない情報でしかないのだろう。 https://twitter.com/ShinodaHideaki/status/1725943273859018803
 SNSで活発な誹謗中傷活動をしている者たちの多くが、特定政党の党員を堂々と主張し、それを根拠にした威嚇をする現象も起こっている。恥ずかしくないのかと思うが、それどころかさらに組織的活動を充実させて、気に入らない相手をどうやったら社会的に抹殺できるかどうかを相談する以外のことをやっていない。 https://twitter.com/junzymalcobicch/status/1725497550386680226
 イスラエルの苛烈な軍事行動は収まりそうもない。 https://twitter.com/ShinodaHideaki/status/1724070827098808326
 こうした世紀末的な状況に直面して、私のような年寄りなら、自分の残された人生を恥ずかしくなく生きることだけを考えるだけだ。
 だが若者は違うだろう。日本の若者の立場に立ちながら、なお絶望だけを感じるのではない未来を構想するには、どうしたらいいのか。厳しい状況だ。

 ガザ危機をめぐり、日本語でわかりにくいニュースが流れている。世界中でイスラエルの軍事行動に憤っている人々が、即時の「停戦(ceasefire)」を求めている。

 1027日に121票(反対14票)の圧倒的多数で採決された国連総会決議は、「人道的休戦(truce)」を要請していた。停戦が、紛争当事者間の正式な合意文書の取り交わしを要件とするものだとすると、その含意を和らげたものだろう。イスラエルの軍事行動の停止を求めている点では、「停戦」と「休戦」の間に、それほど大きな違いはないと言える。

 これに対して、アメリカは、「人道的一時中断(humanitarian pause)」の概念を振りかざして外交攻勢に出ている。日本やオーストラリアなど、国連総会決議を棄権したアメリカの同盟国が、これに追随する発言を繰り返している。「一時中断」は、ガザ市民のための人道援助を可能にするため、一時的にだけ軍事行動を止めてほしい、という要請である。「停戦」とは全く異なるので「一時中断」だけを求めている意図は、ブリンケン国務長官が、「停戦はハマスを利する」として停戦には反対する意向を明確に示していることから、明らかである。

 アメリカは、安全保障理事会で拒否権を発動して「人道的一時中断(humanitarian pause)」を謳ったブラジル提案の決議案を葬り去った。その際、アメリカは、その理由は、イスラエルの自衛権が明示されていなかったからだ、と説明した。自衛権明記の上で「一時中断」するのは良い、と考えているということになる。

 イスラエルの自衛権行使の合法性は、一つの論点ではあるだろう。「停戦」論者の中には、イスラエルの自衛権行使を認めない立場も含まれているかもしれない。しかし実際には、107日直後にかなり感情的なイスラエルとの連帯を表明してしまったので、イスラエルの軍事行動に批判的な態度を取りにくくなり、苦肉の策として、「一時中断」を述べ始めた、というのが本当のところではないだろうか。

 仮にイスラエルの自衛権行使(jus ad bellum)を認めたとしても、イスラエルの軍事行使の方法が国際人道法違反(jus in bello)に該当することがほぼ明白な状態であるために、諸国は軍事行動そのものの停止を求めている。

 理論的には、自衛権行使を認めながら、国際人道法違反を指摘して是正を求める立場もありうるだろう。私自身は、107日直後は、そのような立場に近い考えを持っていた。ほとんど期待ないしは要請、あるいは祈りに近い気持ちで、そう考えていた。

しかしイスラエルの軍事行動は、一貫して継続的に国際人道法違反の状態で行われている、とみなさざるをえない。個々の行動の是正を求めている場合ではなく、イスラエルの国際人道法を無視した態度を前提にしたうえで、そうした軍事行動の停止を求めざるを得ない段階に入っている。

それが国連総会決議の意味であり、「一時中断」に支持が集まらず、「停戦」を要請する声が強まる一方である理由だろう。

私自身も、紛争当事者に国際人道法を遵守する意図がない場合には、自衛権行使の合法性を強調して、あとは「人道法忘れないでね」と付け加える態度は、全く不十分だと今は考えている。

日本政府は、アメリカに追随する姿勢を崩していないが、問題の解決を目指した立場とはみなされず、多数の諸国の賛同を得ることは難しいだろう。仮に「一時中断」を主張する場合には、「せめてイスラエル政府はこれくらい・・・」といった前置きをして、「停戦」の主張に妥当性があることを理解している立場を示すような配慮が必要だろう。

いずれにせよ、その場限りの近視眼的な姿勢ではなく、「国際社会の法の支配」を推進する立場から、後世の評価に耐えうる姿勢は何か、という問いも考えてみてほしい。

 「自由民主主義の勝利」が謳われた冷戦終焉時に、アメリカの権威は絶大になった。自由主義陣営の盟主としての地位とともに、軍事力・経済力において、他の追随を許さない実力を持っていると思われた。インターネットによる産業構造の変革においても主導的な役割を果たし、蓄積された財政赤字も1990年代に改善し、21世紀初頭においてアメリカは絶頂期にあったと言える。

 隔世の感がある。

 2001年からの「グローバルな対テロ戦争」は、アメリカ軍を迷走させ、経済に足かせを作り、社会構造に苦悩に満ちた分断を生んだ。

 屈辱のカブール完全撤退を20218月に完遂させた後、222月にロシアがウクライナに全面侵攻を開始した。アフガニスタン共和国政府のガニ大統領がいち早く首都を脱出したことを聞いて、バイデン大統領は激怒したと言われる。それに対して、ウクライナのゼレンスキー大統領は、迫りくるロシアの首都攻撃に屈せず、徹底抗戦を誓った。バイデン大統領は、ウクライナへの全面支援を表明した。同盟諸国もそれに続いた。

 それから一年半以上がたった。今年の夏のウクライナ軍の反転攻勢は、来年秋の米国大統領選挙をにらんで、ぎりぎりのタイミングで開始されたものであった。苦戦や予測されたが、それ以上引き延ばすこともできなかった。

 二カ月ほど前、進軍の速度が遅いという声もある中、私は、事情を考えれば、ウクライナ軍は善戦していると言えるのではないか、と書いた。https://agora-web.jp/archives/230903122435.html ただ、その後、ウクライナ軍の進軍はむしろ一層停滞した。できれば、せめて冬になる前に要衝地のトクマクまで到達したかったが、それはほぼ不可能な情勢だろう。すでに秋の泥濘期に入っている。

 『TIME』誌に、勝利だけを目指して突き進むゼレンスキー大統領に対して、政権内で不安と不満が生まれていることを伝える記事が掲載され、大きな波紋を呼んでいる。https://twitter.com/ShinodaHideaki/status/1719029549688869156 特によくないのが、ゼレンスキー大統領が「西側に失望した」と語ったと報じられていることである。

あわせて 『Economist』誌にザルジニー・ウクライナ軍総司令官のインタビュー記事も公刊された。ザルジニー総司令官は、戦局が膠着常態に入ったことを認め、それは自身の責任でもあると考えている、と語った。カリスマ司令官の実直な言葉であるだけに、重たく響く。https://twitter.com/UKikaski/status/1720187158768554203 

 折しも中東情勢が混迷を極め始めた。アメリカを始めとするウクライナ支援国の関心が大きくウクライナからそがれている。これはアメリカの議会でウクライナ支援懐疑派が発言力を高める効果をもたらし、さらには軍事的・財政的資源が先細りしていく可能性が出てきたことを意味するだけではない。米国の大統領選挙でバイデン大統領が再選される見込みが目立って減少し、トランプ氏のようなウクライナ支援懐疑派が勝利する可能性が高まったことまでも意味している。

 アメリカは中東情勢への対応で四苦八苦している。私に言わせれば、ミスをした。イスラエルに対する眼差しが一層厳しい欧州諸国の指導者たちも、ゼレンスキー大統領も、ミスをした。https://agora-web.jp/archives/231010210826.html 

21世紀になって米欧の威信が大きく低下し、しかも成果が出ないまま、軍事的・財政的に疲弊の度を強めていく傾向が顕著だった。アメリカとその同盟諸国は、ウクライナでその流れを堰き止めたいという期待をしていた。残念ながら、現状では、大きな流れに真っ向から抗して押し戻すのは、難しい、と言わざるを得ない。

 冷静になる必要がある。

 私は開戦時から、「軍事専門家はウクライナの敗北は不可避だと言い、歴史家はロシアの敗北は不可避だと言っているが、双方が正しいように見える」、と言ってきた。https://www.fsight.jp/articles/-/49037 少しニュアンスを変えると、これは、「ウクライナは負けないが、ロシアも負けない」、と言うのと、同じである。

 ロシアがウクライナを完全制圧するのは難しい。だが同時に、ウクライナがロシアを完全に駆逐することも難しい。

 仮にウクライナが奪われた領地の全てを取り戻しても、なお広大な国境線にそってロシアの再侵略を防がなければならないことは、取り戻せなかったときの場合と、同じである。

 国際社会の大多数はロシアの侵略を認めている。戦局の行方等の事情だけで、その事実が変わるわけではない。だが戦争の結果は、国際世論の結果で決まるわけではない。

 巷ではウクライナが望めばいつでも簡単に停戦がなされて戦争が終わるかのように語る者もいるが、状況の過度の単純化は禁物である。戦争を続けるのは難しく、戦争を終わらせるのもやはり難しい。

また、せっかくウクライナとの固い団結を示して平時ではありえない努力をした支援国が、結局はウクライナからの恨みの対象になるような事態は、何としても避けなければならない。

 勝利か敗北か、完全奪還か降伏停戦か、といった二者択一は、最初から存在していない。状況は常に厳しく、複雑だ。だが、全面侵攻から二回目の冬を迎えるにあたり、厳しさと複雑さは、さらにいっそう高まっている。

 

 ガザ情勢が悲惨さを極めている。閉鎖された空間に閉じ込められ、ライフラインが停止されている状況下の市民が住む町に、苛烈な軍事攻撃が継続されている事態の深刻さは、人類の歴史でも特筆すべきレベルだろう。

 来週117日・8日に日本がホストとなったG7外相会議が東京で開催される。これまでガザをめぐる危機には、目立たない態度を心がけてきたような日本だが、ホスト国としてG7をまとめ上げる立場にある。覚悟を定めて事態を直視してほしい。

 一般には、日本の「立ち位置」が話題となる。イスラエルとの連帯を重視するアメリカを安全保障上の同盟国として持つ日本は、常軌を逸したイスラエルの軍事行動を見ても、非難をすることを自重している。他方、中東諸国にエネルギーを依存しているため、パレスチナを軽視する態度は見せられない。板挟みになりながら、バランスをとっていることは、広く知られている。

 それで大丈夫か。G7外相会議ホスト国の役割はもちろん、今後の混迷を深める国際情勢を、日本は本当に乗り切っていけるのか。

 欧州諸国は、立場が分かれてきている。ガザに人道支援を入れることの必要性を訴えた国連総会決議に、フランスは賛成票を投じたが、その他のG7欧州諸国は、日本とともに棄権をした。アメリカは反対した。

G7の大半の諸国が棄権した理由は、アメリカが反対した理由と同じである。ハマスの非道な行為に対する非難が入っていない、イスラエルの自衛権が明記されていない、といったことであった。ただそれでも棄権と反対に投票行動が分かれたのは、アメリカが断固としてイスラエルと連帯する姿勢をとるのに対して、他の諸国はより中立的に振舞いたいからだ。

よく言われるように、G7諸国の国際社会における影響力は低下し続けている。それは端的にG7諸国のGDPが世界経済に占める割合が低下していることなどの客観的事情によるところが大きい。ただ、今回のガザ危機のように、世界の大半の諸国が賛成している決議に対して、G7の盟主が反対し、その他の諸国の大半も棄権をしているということになると、国際世論の面でも、G7が少数派側に転落していることが明らかである。

日本が中立的な立場を捨て去ることなく、しかし受け身な姿勢から脱却することによって、劣勢のG7の存在感を高めることにも貢献できる道はないか。

世界の大半の諸国により強くアピールするためには、当たり前のことだけでなく、さらに前に一歩進んだ対応をする努力を見せていきたい。

軍事行動の停止を強く要請することが、イスラエルの自衛権行使の擁護にこだわるアメリカの賛同を得られないとすれば、アメリカも賛同するガザの市民に対する人道支援の充実策に関して、踏み込んで努力する姿勢を見せたい。

現在、日本を含めたG7諸国は、国連などの国際機関を通じたガザへの人道支援に〇〇ドル拠出する云々といった内容の声明を発し続けている。残念だが、これでは効果が乏しい。なぜなら今問題になっているのは、人道支援をガザに入れられないことだからだ。問題から目をそらして、巨額とも言い切れない額面のお金を少しずつ積み上げて小出しの声明を出すことに官僚機構の労力を浪費してしまうとしたら、愚策だ。

アメリカを通じてイスラエルに対して、自衛権行使を擁護する姿勢と引き換えに、人道支援をガザに入れることに対する理解を示すことを要請するべきだ。

ただし単に乏しい量の人道支援物資をトラックで運んで倉庫に置いても、管理を行き届かせたやり方で適正な配給をすることは、極めて難しい状況だ。すでに限定的に入った人道支援物資が略奪に遭う事例も発生しているようだが、現在の過酷な状況では、むしろ必然的な流れであろう。軍事部隊のような物理的防御能力と輸送移動能力を持った組織による人道支援活動の保護が、必要である。

G7諸国がガザに軍事部隊を展開させるシナリオは、非現実的かつ不適切だと言わざるを得ない。ガザの市民の間での信頼感が低い軍隊の介在は、事態をかえって混乱させる。

しかし逆に、南アフリカやトルコなどの近隣とは言えない地域にありながら関心を持って事態の推移を見守っている諸国の政府が、具体的な貢献をしたい意思を表明している。10月初めに国連安全保障理事会は、ケニアの治安部隊を主体にした「多国籍治安支援(MSS)」部隊がハイチに展開することを認める決議を採択した。MSSは、国連PKOとしてではなく、重要な民生施設を警護することを目的にした多国籍警察部隊として展開する。ガザにおいても、和平合意がすぐに成立するような状態ではないため、国連PKOの展開は想定されない。しかし人道支援活動の警護に特化した多国籍部隊の派遣に、国連安保理が権限付与することは、もう少し現実的なシナリオとして議論の対象になり得るのではないか。展開してくれる国さえあれば、あとはアメリカが安保理で拒否権発動しなければ、決議は成立するだろう。アメリカが拒否権を発動するかどうかは、イスラエル政府の態度によって影響されるだろうが、まずはアメリカがイスラエル政府を説得しようとするかどうかによる。

G7にとって重要なのは、国連PKOにおける堅実な実績があり、友好な関係にあり、しかもイスラム圏の諸国であるASEANのインドネシア、あるいはバングラデシュなどであろう。ガザに隣接するエジプトも、実は国連PKOなどの国際平和活動での経験が豊富な部類の国である。

これらの諸国と連携し、国際的な活動を支援する姿勢を、G7諸国は見せていくべきである。それはガザの市民のためであり、G7の存在感の維持のためでもある。

威信が低下しているG7諸国が、当たり前のことを確認するだけの声明を出し、しかも時代錯誤にも偉そうに説教くさい語り口で他者に責任を押し付けるような態度を見せながら、ただ主導権だけは握りつけたいといった姿勢を取り続けたら、その威信はさらに一層低下していくだけだ。憂慮する姿を素直に表現しつつ、謙虚に他の諸国と協力し、後方支援体制を充実させることに尽力したい姿勢を見せるべきだ。

G7の中で最も穏健な立場をとりながら、ホスト国となっている日本が、ただ自らを埋没させ続けるような態度をとるのではなく、自らの立ち位置を活かしきってG7を国際協調体制の中に入れ込んでいくための努力を惜しまない姿勢を見せるのであれば、それは日本外交にとっても大きな意味を持っていくことになるだろう。

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