「平和構築」を専門にする国際関係学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda 

2024年08月

 ウクライナに導入されたF16が一機、墜落したことが、確認された。航空兵力で劣るウクライナが、繰り返しNATO構成諸国に提供を要請していた戦闘機だ。数年にわたりゲームチャンジャーの象徴のように語られてきた。「F16が来たら・・・」は、ウクライナ関係者の間で希望の言葉として、流通していた。

 それだけにショックは大きい。ゼレンスキー大統領が、F16の実物の前に立ち、実戦投入の開始を誇らしげに語る屋外会見をしたのは、クルスク侵攻作戦開始の一日前の85日のことだった。ロシアが大規模なミサイル攻撃を仕掛けてきた826日に、それを迎撃するために出動して、墜落した。喪失は、ゼレンスキー大統領の会見からわずか3週間後のことだったわけである。

 非常に高価な戦闘機であるだけではない。パイロットは数年にわたる訓練の経験を積んで、初めて使いこなせるようになると言われるほど、貴重な存在だ。今回、殉職した操縦士「ムーンフィッシュ」オレクシー・メス中佐は、半年の訓練で、実戦参加を余儀なくされていたという。ゼレンスキー大統領は、数十機から数百機のF16の提供をNATO構成諸国に要請しているが、それだけの数のF16を乗りこなすパイロットがいないのが実情だ。提供されれば、一刻も早く実戦投入したい。だが拙速に投入すれば、F16そのものだけでなく、貴重なパイロット、そして各国の議会で度重なる紛糾をもたらしている財政資源の浪費につながる。

 したがって戦闘機供与の問題は、パイロット不足の問題であり、パイロット訓練の問題だと認識されてきた。時間との勝負になる集中的な訓練をへて、訓練終了後にいきなり過酷な環境での困難な任務に投入されるパイロットを、ウクライナ軍が準備できるのか、という問いは、実は極めて深刻な問いである。

 8月上旬にキーウを訪れた後、アメリカ議会のリンゼー・グラハム上院議員は、退役したF16パイロットがウクライナ軍に参加してほしい、と呼び掛けた。退役パイロットの動員を迅速にする法案も準備しているという。

https://www.aeroflap.com.br/ja/%E3%82%A6%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%80%81F16%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%91%E3%83%BC%E3%81%AE%E3%83%91%E3%82%A4%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%88%E6%8E%A2%E3%81%97%E3%82%92%E5%BC%B7%E5%8C%96/

 すでにアメリカ人やポーランド人が、クルスク侵攻作戦に参加している、といった目撃情報はある。だがF16本体とあわせて、アメリカ人が自国籍のパイロットも提供するとなれば、アメリカの戦争への関与の度合いは飛躍的に高まる。今回の事件のように、殉職する可能性、そしてその場合に公のニュースになる確率も高い。ウクライナ支援に熱心であるはずのバイデン政権関係者も、採用することができない案である。

 今回のF16喪失にあたっては、なお怪しい雰囲気がある。まず公表の様子が不審だ。事件の翌日の27日に、ゼレンスキー大統領は、F16がミサイルとドローンを撃破した、とだけ誇らしげに発表したが、墜落した事実についてはふれなかった。だがF16が喪失したらしい、という情報がSNSなどで広まり、中には飛行場でロシア軍に破壊されたようだといった信じがたい内容の情報も広がった後で、ウクライナ軍関係者が、メディア関係者に、墜落を認めた。日々SNSNATO構成諸国指導者にさらなる武器支援を訴え続けているゼレンスキー大統領は、公式にF16喪失についてふれていない。

 もしゼレンスキー大統領が、意図的にF16の喪失を隠す意図を持っていたとすれば、それはメシ中佐の殉職も隠す意図を持っていたことを意味する。そしてそれは、いわば政治圧力のために準備不足の状態で困難な環境で困難な任務にあたり、結果として殉職したパイロットに、公の名誉を与えない、ということを意味する。それはメシ中佐の同僚の軍人層には、受け入れがたいことだろう。

今回、ウクライナ軍が、大統領の態度にもかかわらず、F16の喪失を認めて、メシ中佐を称える言葉を付け加えたのは、ゼレンスキー大統領の態度を、受け入れられないものだとみなした結果である可能性がある。折しも、合理性に欠けたクルスク侵攻作戦で6,000人とも言われる兵員をロシアの地で殉職させ、ドネツクでロシアの急速な前進を招いている最中だ。ウクライナ軍の士気を保てるのか。今後のゼレンスキー大統領の行動が注目される。

さらに怪しいのは、墜落原因が、説明されていないことだ。パイロットの操作ミスによる墜落という示唆が流れた。ところが、ウクライナ議会の与党「国民奉仕者党」のベズグラヤ議員(国家安全保証・防衛・諜報委員会副議長)が、自軍のパトリオットミサイルで誤爆されたと指摘した。

軍隊は、言うまでもなく、異なる職務を持つ複数の人間が集まって動かしている複雑組織である。システムを運用するのは、簡単なことではない。まして突然の大規模なミサイル攻撃といった状況で、ミスなくシステム全体を運用するのは、日ごろから大規模演習を重ねていても、なお実戦ではミスの可能性が残るような事柄だろう。

16を、特に今回のようにミサイル迎撃のような防空作戦に、使用するのであれば、防空システム全体の中で運用する綿密な準備が、日ごろからなされていなければならない。パトリオットミサイルが自軍の戦闘機を破壊するといったことは、普通では起こることが想定されない事態だ。しかし実際には、戦場では、どれほど高度な仕組みを持った十分な訓練を施された軍隊であっても、友軍射撃を必ず行ってしまうことがあるのは、現実である。ましてパイロットの訓練ですら不足しているウクライナ軍の場合、防空システム全体の中でF16を運用する十分な準備をしておくのは難易度が高く、今回のような事件が起こる確率は、相対的に高かった可能性がある。

当たり前の話だが、人間がある道具を新たに導入する際、その道具を運用する直接の要員だけでなく、システムを運用している要員全員で、導入の意味について受け止める必要がある。そうでなければ、組織は、組織として動かない。パイロットだけを訓練して、組織的な変更を自動的に行ったことにする、というのは、極めて粗雑な発想である。

このことは、F16の運用だけに限ったことではない。ゼレンスキー大統領をはじめとするウクライナ政府関係者は、NATO構成諸国の指導者たちが臆病な心癖を正せば、そしてウクライナに制限のない武器提供をする判断さえすれば、ウクライナはロシアに完全勝利を収める、と言ったことを、連日のように力説している。https://agora-web.jp/archives/240829110310.html 

だが果たして、この種の事柄が、そのように単純に進むものだろうか。コロンビア大学の軍事史家Stephen Biddle教授は、仮に米国などがロシア領深く攻撃することができる武器使用の許可を出したとしても、それによって戦争の対局は大きくは変化しないだろう、という見通しを述べている。https://www.foreignaffairs.com/ukraine/false-promise-ukraines-deep-strikes-russia?utm_medium=social 

普通に常識的な考えだと思う。ウクライナの政治指導者層は、「ウクライナは勝たなければならない」の呪縛に苦しむあまり、現実から乖離し始めているように見える。

 https://x.com/ShinodaHideaki/status/1826169725069701262 

 ウクライナがクルスク侵攻という合理性が不明な作戦を始めてから、ロシア・ウクライナ戦争が、大きく動き始めた。東部戦線でロシアが急速な進軍を見せている。ウクライナ軍は防衛の形が取れてない危険な状態である。

 私はクルスク侵攻は、戦争を継続させる、ということ自体を目的にしただけの行動であり、本来のウクライナを防衛する、という目的にてらして、合理性を欠いている、と書いてきた。https://www.fsight.jp/articles/-/50837

 今やはっきりと、ロシア領のほぼ無人の一部領域の占領を死守するために、ドネツクなどにおける領土を、ウクライナがロシアに明け渡している状況が、明らかになってきている。

 しかしゼレンスキー大統領は、覚悟を定めているようである。戦線の膠着によって停戦の機運が高まったので、その停戦の機運に抵抗する行動をとった。その結果として、ウクライナに損失がもたらされている。しかし、戦争を続けるためには、それしか方法がなかったのだ、と言わんばかりの態度で、損失を甘受しようとする姿勢である。

 このウクライナの行動の非合理性の理由は、以下のように洞察せざるを得ない。

 第一に、「ウクライナは勝たなければならない」の呪縛に陥り、勝利なき終戦を迎えることを忌避することが、政治指導者の判断の中で、目的化されている。そのため、損失を出し続けても、とにかく停戦を先送りにして戦争を継続し続けることを優先して、目的にしてしまっている。

 第二に、米国及びその他のNATO構成諸国が、さらに大規模な軍事支援を行い、いよいよとなれば直接介入してくれれば、ロシアを打ち負かすことができる、とウクライナの政治指導者層は信じている。そのため戦局を有利に進めることよりも、まずとにかく米国及びその他のNATO構成諸国の強い関与・介入を誘い出すことを重視し、目的にしてしまっている。

 第三に、今までと同じ行動をとっていては、米国及びその他のNATO構成諸国は、決して関与を強めて介入してくれない。それどころか、援助疲れを言い始める人物が、各国の政権を奪っていかないとも限らない。拙速な行動であっても、時間を惜しみ、急いで冒険的な行動をとらなければならない。得られる利益が大きい行動ではなく、訴求力のある行動をとることを優先し、目的としてしまっている。

 これらはいずれも手段の目的化の兆候を示している。追い詰められたがゆえに悪循環に陥った末の危険な兆候である。

 頻繁に発信されるゼレンスキー大統領のSNS等を通じたメッセージの内容のほとんどが、欧米諸国の指導者にさらなる関与の強化を訴えるもので埋め尽くされてきている。ウクライナ軍のクルスク州侵攻が続いていることで、「一部のパートナーが抱くレッドラインという幻想は崩れた」といった主張を繰り返し行っている。

クレバ外相は、828日のポーランド外相との会談で、ウクライナが直面している最大の問題は「戦争のエスカレーションという概念がわれわれのパートナー間の意思決定プロセスにおいて優勢になっていること」で、「戦争では常に資金や武器、資源などが必要となるが、真の問題は常に頭の中にある」と述べた、と報道されている。ウクライナがロシアに勝てていないのは、支援国が臆病だからだ、という主張である。

ウクライナは国を守る目的で戦争をしている。いつか必ずロシアに完全勝利を収めたい、という願望は、目的達成のために意味のある願望だろう。しかし完全勝利でなければ、他のあらゆるものに何の意味もない、という思考に陥ってしまったら、危険である。

どんなに損失を重ね続けても、それは関係がない。勝ったか、勝ってないか、それ以外に重要なことは何もない、という思考に陥ってしまったら、現実の制約の中で最大限の目的の達成を図る、という考え方が、捨て去られてしまう。重要だと思いこんだ手段への固執が始まり、長期的な合理性を欠いた行動が始まってしまう。待ち受けているのは、危険な行動を繰り返す悪循環だ。

 https://x.com/ShinodaHideaki/status/1826169725069701262 

 昨日、「3年前の「アフガニスタンの屈辱」とは何なのか」と題した記事を書いた。https://agora-web.jp/archives/240827112649.html トランプ氏にとってアフガニスタンとは、次のような物語の名前のことである。自分は「取引」を通じてアフガニスタンから無傷の撤退を実現するはずだった、しかしバイデン氏が邪魔をしたため、撤退は惨事になってしまった。このアフガニスタンの物語は、少なくともトランプ氏の支持者の頭の中では、現在のウクライナへのアメリカの関与の不吉な未来の予感と重なり合っている。
 この物語は、日本ではあまり実感がないものかもしれない。むしろ一般には、ゼレンスキー大統領らウクライナ政府が好んで用いている物語にそって、ウクライナに関してアフガニスタンが参照されることが多いように思える。つまり、かつてソ連がアフガニスタンを侵略して疲弊して敗走したように、ロシアはウクライナを侵略したが疲弊して敗走する、という、ウクライナ政府が好む物語である。

 ウクライナが、自国の社会文化から、ロシア的なものを排斥する方向に大きく傾いていることも、何度か書いた。ウクライナからロシア的なものを取り除く運動は、ソ連とロシアを同一視しつつ、その歴史からウクライナの痕跡を消し去る運動と、結びついている。https://agora-web.jp/archives/240825095850.html 

 ウクライナ政府関係者が好む「ソ連がアフガニスタンを侵略して疲弊して敗走したように、ロシアはウクライナを侵略して疲弊して敗走する」という物語は、現在進行中の文化政策の流れとも合致するわけである。

 だがこれは、何らかの妥当な洞察を含んだ物語だろうか。あらゆる軍事行動には敗北の可能性が内包されている、という一般論をこえて、何らかの意味があるだろうか。

 この問いに答えるには、以下の諸点に関して検討をしなければならない。ロシアにとって、ウクライナが、アフガニスタンと違っている点である。

 第一に、介入の仕組みが違う。ロシアは、新たに併合した自国領土を確保するために戦争を継続している、という立場をとっている。クリミア及びウクライナ東部地域の分離独立運動を助け、遂には自国の法律にのっとって、国内的には併合したと言ってしまう措置をとってしまった。これは単なる外国領での軍事介入とは、やはり異なる。ソ連が、アフガニスタンを併合しようとした経緯はない。

 第二に、関係の重要性の認識が違う。そもそもロシアが、クリミア及びウクライナ東部を併合するまでの立場をとったのも、ロシアにとって、ウクライナ、特にクリミア及び東部地域が、非常に重要だからだ。ソ連にとってのアフガニスタンの重要性とは、全く異なる。歴史的・文化的・人的つながりの度合いが違う、ということでもある。9年間のソ連のアフガニスタン侵攻で、15千人のソ連兵の犠牲が出たとされる。ロシアは、わずか過去2年半の間で、少なく見積もっても6万人は死者を出しているとされる。それなのに止まる気配がない。これは、ロシアがそれだけ大きな関与をするに値する重要性をウクライナに見出していることを意味する。

 第三に、事態の進展の様子が違う。ソ連のアフガニスタン侵攻は、アフガニスタン人の激しい反発を引き起こし、国土の全域で「ムジャヒディーン」と呼ばれた人々によるゲリラ戦の闘争を巻き起こした。ウクライナのキーウにある中央政権を、ソ連侵攻中のムジャヒディーンの北部同盟軍と重ね合わせることも不可能ではないかもしれないが、かなり無理がある。むしろロシアの占領地において、目に見えた反ロシア運動が起きていないことにこそ、注意を払わなければならない。占領地の人々の反発心の表明がなければ、その占領体制を覆すことは、難しい。

 逆に言えば、ウクライナ側から見れば、これらの条件を有利に転換させることができれば、状況は変わってくる。

第一に、ウクライナは、国際世論に、ロシアの占領・併合を違法かつ無効なものだと訴えている。これは20222月の全面侵攻後に141カ国の賛同を得る国連総会決議を勝ち取るなど、一定の外交的成果を出した。残念ながら、今年は国連総会決議が回避されているように、その後はウクライナに有利な国際世論が広がっているとは言えない。それどころかアフリカのサヘル諸国が、ウクライナのマリにおける反政府勢力への支援を糾弾する、といった事件まで起こっている。これはウクライナが軍事的勝利による奪還だけを目指しているためでもある。

第二に、ロシアにとってのクリミアと東備地域の併合の重要性の認知を下げなければいけない。ウクライナでは、この重要性の問題を、ロシア人とウクライナ人は歴史的に全く別の存在だ、という言説で、受け止めようとしているように見える。この傾向は、ウクライナ(キエフ公国)のほうが歴史が古い国だ、ウクライナ(キーウ)のほうが文化的に優れている(ウクライナの後ろ盾の西洋文明は卓越した文明だ)、ロシアは野蛮で邪悪な国だ、といったイデオロギー的言説に陥りがちであるようにも見える。残念ながら、これはロシアに、併合地域をロシアの領土として確保し続けるための対抗運動を続けることの重要性を、よりいっそう覚知させる結果をもたらしている。

第三に、ウクライナが戦争に勝ちたいのであれば、ロシア国内と占領地の反政府運動を支援したり、厭戦気分を盛り上げたりすることが重要だ。クルスク州の人口6千人の町スジャを占領して死守するために合理性に欠けた多大な犠牲を払う覚悟を定めることが、それであるとは思えない。かつて日露戦争中に日本が革命勢力を支援したように、むしろロシア国内あるいは占領地の内発的な運動を促進しなければならない。ウクライナ軍がスジャを占拠することによって、ロシア人がウクライナ軍に恐怖することだけでも、起こりそうにないが、さらには自国政府を倒して戦争を終わりにしたくなるようになるとは思えない。実際に、過去3週間、その様子は全くない。普通に考えれば、外国軍の占領を、ウクライナ人も、アフガニスタン人も、そしてロシア人も、憎むだけだ。
https://x.com/ShinodaHideaki/status/1826169725069701262 

 アメリカ軍が、アフガニスタンから完全撤退してから、この8月で3年目となる。アメリカの撤退が完了するよりも早く、アシュラフ・ガニ大統領の国外逃亡で、アフガニスタン共和国政府は瓦解した。大混乱の中で、カブール空港でイスラム国系の勢力による自爆テロが起こり、アメリカ軍の兵士13人を含む180人以上が死亡した。

 それから3年。826日、ワシントンDCにあるアーリントン墓地では、トランプ前大統領が、亡くなった兵士に花を捧げて追悼をした。その直後、SNSに「我が国の歴史上、最も恥ずかしい瞬間となったぶざまなアフガン撤退から3年。その後、ロシアはウクライナに侵攻し、イスラエルは攻撃を受け、アメリカは世界の笑いものになっている」と投稿した。バイデン大統領とともにハリス副大統領は、追悼式を欠席していた。

 その直後、元民主党でハワイ州選出の下院議員であったトゥルシー・ギャバード氏が、トランプ氏に投票を呼び掛ける演説を行った。ギャバート氏は、州兵としてイラクで従軍した経験も持つ人物だ。ギャバード氏は、「今朝アーリントン墓地にトランプ氏とともに行った」、と語り始めるスピーチで、「戦争を終わりにする」ためにトランプ氏を支持する、と表明した。

ロバート・F・ケネディJr氏は、大統領選挙から撤退してトランプ氏を支持することを発表したとき、検閲と健康の問題に加えて、「戦争を終わりにする」、という目的を共有して、トランプ氏を支持することを決めたと強調した。イラク従軍経験を持ちつつ、ウクライナへの支援の停止を訴えているバンス副大統領とあわせて、トランプ陣営は「強いアメリカ」を、兵士を悼むがゆえに、現在の「戦争を終わりにする」方向性を、強く打ち出している。

この様子を見たCNNは、トランプ大統領がアフガニスタン共和国政府の頭越しにタリバンと交渉してアメリカ軍を完全撤退させることを決めた人物であること、その交渉の過程でタリバン兵の5千人の釈放なども行ったこと、などを確認強調する番組を放映した。もちろんこれらはいずれも正しい。

ただ、トランプ氏も、撤退が間違いだった、という理由でバイデン氏とハリス氏を責めているわけではない。「屈辱」の撤退の責任が、バイデン政権にある、という理由で、非難している。つまり自分が大統領を務め続けていたら、米兵の犠牲を出すことのないより良い撤退をした、という含意である。

このトランプ氏の主張の信憑性は、「歴史のif」になってくる問題なので、にわかには判断できない。ただ20211月にトランプ氏から大統領職を引き継いだバイデン氏の姿勢が曖昧だったことは事実だ。撤退を決めた人物と、実際に撤退を遂行した人物が、全く異なっていただけでなく憎みあってさえいたことが、悲劇の一因であった、とは言えそうである。

20202月末に当時のトランプ政権とタリバンとの間で「ドーハ合意」が結ばれて、アメリカの完全撤退が決まったとき、その期限は20214月末と定められていた。当時は誰しもが、あまりの早期の撤退のスケジュールに衝撃を受けた。アフガニスタン共和国政府の瓦解は時間の問題と思われ、おそらくは大統領選挙に勝つためにトランプ大統領が拙速な合意をタリバンと結んだのだろう、と考えた。私もそうだった。当時は、アフガニスタン共和国政府の瓦解は、あってはならない出来事、と誰もが信じていたのだ。

ただし、それはトランプ大統領が不真面目だった、ということを必ずしも意味していない。先月の共和党全国大会における大統領候補指名受諾演説において、トランプ氏は、おそらくは聴衆のほとんどが理解しないだろうタリバン指導者との会話を回顧したりしていた。日本では、学者層でも、アフガニスタンなどは過去の話で、今さら思い出したり語ったりすることなどないのが普通である。それを考えれば、当時のタリバンとの交渉への自分の想いをまだ強く記憶しているトランプ氏は、真剣である。https://agora-web.jp/archives/240719170600.html

はっきり言おう。トランプ氏は、仮にアフガニスタン共和国政府が瓦解する結果を招くとしても、これ以上のアメリカ軍のアフガニスタン駐留はありえない、と判断し、タリバンとの交渉をまとめてしまったのである。当時のガニ大統領の態度を考えれば、政府をまじえている限り、アメリカ軍は永遠に撤退できない、とトランプ氏が感じていたとしたら、そういうことだっただろうと思う。トランプ氏にしてみれば、だからこそ、自分が大統領職にとどまり、214月に計画された撤退を完成させたかった、と思っているのだろう。

バイデン氏が大統領に就任した211月、アフガニスタンからのアメリカ軍の完全撤退案は、宙に浮いた形になった。撤退はなくなるのではないか、という観測も流れた。ブリンケン国務長官をはじめとする閣僚たちは、撤退そのものを白紙に戻すべきだと意見を持っていたとされる。しかし最後はバイデン大統領が、トランプ大統領が決めたこと、と説明しながら撤退をする、という方針を決めた。ただ逡巡した迷いの期間が生まれたため、4月の撤退は不可能となり、8月末までずれこんだ。おそらくは現場では撤退計画の変更等の混乱もあったのではないかと思われる。

悲劇を生んだのは、5月からの軍事攻勢をすでに準備していたタリバンが、アメリカの撤退の延期に、反発したことだ。そのため、アメリカの撤退に協力することなく、タリバンは共和国政府を追いつめ始めた。アメリカの撤退が始まるのと、タリバンの大軍事攻勢が始まるのが同時になったことが、共和国政府のパニックに拍車をかけた。ほとんどの場合、共和国側の兵士は戦うことなく逃亡した。そしてこれによってアメリカの撤退計画にも大きな狂いが生じ、持ち帰ったり処分したりする予定だった兵器や装備品を置き去りにせざるを得なくなるような事態も生まれる悪循環に陥った。その混乱の帰結として、カブール空港での惨劇が起こった。

バイデン大統領は、「トランプ氏が決めたこと」という言い訳を、「自分は息子を交通事故で亡くしている」といった心情で補って、撤退の正当化に努めた。だが、撤退そのものの是非と、混乱した稚拙な撤退は不可避だったか、という二つの論点が錯綜する中、アメリカ国民のバイデン大統領に対する支持率は急落した。

この「アフガニスタンの屈辱」を見て、ロシアのプーチン大統領が何を考えていたかは、わからない。だが何か感じていただろう。ソ連軍がアフガニスタンに駐留していた時代にKGB職員だった経歴を持つプーチン氏が、アフガニスタン情勢に強い感情を持って見ていなかったことは、想像できない。

218月の「アフガニスタンの屈辱」の後、ロシア軍は19万とされた大軍をウクライナとの国境を接する地域に配備し始める。アメリカ政府は、その年の末までには、侵攻が近い、という警告を発し始めた。渦中のバイデン大統領は、アメリカは軍事介入しない、ということを強く表明したうえで、侵略が始まったらかつてない規模の経済制裁でロシアを苦しめる、と説明した。

これらはいずれも実行に移された。しかしいずれも説明された結果をもたらさなかった。経済制裁は効果を発しなかった。アメリカはウクライナに部隊派遣をしていないが、巨額の終わりの見えない軍事支援の提供国となり、事実上の紛争当事国と言っていい存在になっている。

そして今、ゼレンスキー大統領は、毎日毎日、国民向けのメッセージの機会のほとんどを、アメリカへの繰り返しの延々とした要請に使っている。ウクライナがロシアに勝てないという問題を抱えているのは、全てアメリカが軍事支援を出し渋り、ロシア本土への提供兵器の使用に制限をかけているからだ、という態度である。アメリカがケチで優柔不断なので、ウクライナが苦しんでいる、という含意である。あるいはアメリカが直接軍事介入してくれるのであれば、それに越したことはない、という言葉遣いも目立つようになっている。

トランプ氏、バンス氏、ギャバート氏、RFK Jr.氏らは、ゼレンスキー大統領を見るたびにアフガニスタンを思い出す気持ちになっているだろう。あるいはイラクを、1960年代の南ベトムを思い出す気持ちになっているだろう。そしてアメリカは、一刻も早くウクライナから撤退すべきだ、という立場を、強く確認している。

3年前の「アフガニスタンの屈辱」とは何なのか。それは現在のウクライナ情勢と、どのように関わっているのか。あるいは関わるべきではないのか。大きな問いである。

https://x.com/ShinodaHideaki/status/1826169725069701262

 ウクライナのゼレンスキー大統領が、独立記念日の824日に、ロシア正教会と歴史的な結びつきを持つウクライナ正教会(UOC)の活動を禁止するための法律に署名をした。「9カ月以内にロシアとのつながりを絶たなければ」という猶予があるようだが、UOCが関係を完全に断絶すること(を証明するの)は難しいとみなされている。

UOCは、ロシアのウクライナ侵略を支持しているモスクワ総主教庁と結びついていた。ロシアのプロパガンダを広めているという理由で、取り締まり対象になり、UOCの聖職者50人近くがすでに起訴され、26人が量刑を言い渡されているという。

国家保安上の理由で、聖職者を逮捕して処罰することだけでも、それなりに大きな意味があるだろう。今回は教会組織そのものを解散させることになるので、さらに大きな決定である。

従来から、キーウのウクライナ政府は「ネオナチ」の「バンデラ主義者」で、文化的・宗教的に偏狭で迫害主義的である、とロシアは主張してきた。今回の措置は、その主張を裏付けるものだと、ロシア政府、あるいはウクライナに批判的な言論人たちは、宣伝している。

しかしウクライナ政府から見れば、宗教活動を隠れ蓑にして、国家の転覆を目指すロシアの全面侵攻を支援する活動をすることは許されない。UOCの存続は、信教の自由を認めてもなお認めることができない、国家保安上の脅威だと認識された。

ウクライナでは、独立以来、正教会の諸派が乱立する状態にあった。しかし201812月に、ウクライナ最大教派であったウクライナ正教会・キエフ総主教庁と、少数教派であったウクライナ独立正教会が統合し、新たな「ウクライナ正教会」を作り出した。統合に参画しなかった対立教派がUOCだ。2018年に設立された統合ウクライナ正教会は、ロシアからのウクライナの独立を確立する宗派としての意味を持った。そしてロシアとの結びつきを強く持つUOCと対立した。

宗教の話は、複雑かつ繊細だ。国際関係学の学者などが云々するような事柄でもないようにも思える。しかしウクライナにおける正教会の位置づけは、実際には非常に政治的な問題であり、国際的な問題である。

ウクライナは、独立以来、東部住民を中心にしたロシアに親和的な国民層と、ロシアからの独立を重視する国民層とのせめぎあいを前提にして、国家運営がなされてきた。大統領も、親ロシア派と親欧米派で持ち回りのようになっていた。この均衡が崩れたのが、2014年のマイダン革命のときであった。過敏な反応を示したロシアによるクリミア併合と、東部分離独立運動を理由にしてロシア軍も介入したドンバス戦争の衝撃を通じて、ウライナの中央政府は、急速に親EU・親米の路線で固まっていく。その政治のうねりの中で、2018年の統合ウクライナ正教会の発足と、それに伴うUOCの疎外が起こった。そうだとすれば、2022年ロシアの全面侵攻以降に、UOCをさらに阻害していく傾向が強まったのは、不可避的であった。

他方において、この問題は、果たしてウクライナは、どこまでロシア的なものを排除し、どのように純粋にウクライナ的なものを規定して、国家アイデンティティを確立していくのか、という深い問題と結びついている。つまりウクライナにとっても最も望ましい「政教分離」原則の適用の仕方はどのようなものか、という難しい問題と結びついている。

問題を整理するために、日本国憲法を参照してみよう。日本国憲法は、第20条で、「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」と定める。日本では、国家と宗教の関係が血みどろの戦争と結びついた歴史があまりないため、理解が形式的になりがちである。そのため、憲法20条を丸ごと「政教分離原則」と理解する人も少なくない。

しかし厳密には、「信教の自由」と「政教分離」は、別の事柄である。「政教分離(Separation of Church and State)」の「教」は、「信教」ではなく、「教会」を指している。「政教分離」原則が、欧州で生まれて発展した概念である以上、この概念規定を基準にするのは自然なことである。信教の自由は、普遍的な原則である。その一方で、国家と教会の分離の仕方には、各国の実情に応じた違いがある。

国家が教会に関する事柄を制度化したら、それだけで信教の自由の侵害になるわけではない。血みどろの根深い宗教戦争の歴史をもつ欧州諸国はいずれも、信教の自由を原則としながら、個別的な事情に応じた政教分離原則の適用を模索してきた。重要なのは、その国家にとって、最も望ましい政教分離のあり方は、どのようなものか、ということである。

今回のウクライナの措置は、理論上は「信教の自由」という自由主義の根本原則の一つに自動的に関わるものだとまでは言えない。ただし、「国家と教会の関係」に一定の枠組みをはめたものではあるだろう。国家がロシアと結びつきのある教会を禁止する行為によって、結果として、「ロシアと関係を持たない」教会だけを、国家が認定する教会とする措置になっている。そこが論点である。

たとえば、ウクライナは現在、クリミアを含めたロシア占領全地域の奪還を目指している。奪還が果たされれば、ウクライナの法律を適用していくことになる。つまり占領地を解放するたびに、ロシアによる占領に協力した者を逮捕し、そしてUOCを解散させていく、ということだ。

独立記念日にあわせた演説で、ゼレンスキー大統領は次のように述べた。

「包括的な独立を守り抜くには、その1つ1つを達成せねばならない。経済的独立も、エネルギー面の独立も、ウクライナの人々の精神面の独立もだ。ウクライナの正教会は、今日、モスクワの悪魔からの解放へと一歩進んだ。それは、ウクライナを裏切ったことで、独立したウクライナの勲章を身に付けることは今後二度とない者たちに関しての正義の実現でもある。」

今回の措置を理由に、一方的にウクライナ政府を偏狭なネオナチだと糾弾することは、できない。しかし一切全くイデオロギー的要素がない、と考えることも、正しくないように思われる。ウクライナ政府は、いわばウクライナとは、ロシア的なものとは完全に切り離された何ものかだ、と宣言している。今回の措置は、ロシア・ウクライナ戦争が、高度に思想的あるいはイデオロギー的な戦争になっていることを証左する事件だと考えるべきであるように思われる。
https://x.com/ShinodaHideaki/status/1826169725069701262

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