「平和構築」を専門にする国際関係学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda 

2024年08月

 インドのモディ首相が、823日、ウクライナを訪問した。ポーランド訪問にあわせたものだが、インドの首相のウクライナ訪問は初めてだという。

 モディ首相は、7月にはロシアを訪問していた。その光景を見たゼレンスキー大統領が、「世界最大の民主国家の指導者が、血塗られた犯罪者と抱擁する様子を見て、非常に失望した」とSNSに投稿し、物議を醸した。ゼレンスキー大統領の発言を不快に思ったインド政府は、駐インドのウクライナ大使を召喚した。

 ウクライナは、インドにロシアとの貿易関係を止めてほしいと願っている。しかし人口14億を抱え、軍事兵器調達において伝統的にロシアとの結びつきが強いインドは、それに対応するつもりがない。

 恐らく8月のポーランド訪問とあわせたウクライナ訪問は、7月の段階から計画されていた話であっただろう。両国ともに、感情的な行き違いを、両国関係の著しい悪化にまでつなげない配慮をした。そして今回のもモディ首相の訪問につなげたのだろう。インドは、ロシア・ウクライナ戦争に対して、中立的な立場をとっていることを強調している。ロシアを訪問したのであれば、ウクライナを訪問しなければ、格好がとれない。インドとしては、従来から説明している原則的な立場をとった。

 インドは、人口14億(ウクライナは現在33百万人ほど)、GDP世界ランクPPP3位/名目4位(ウクライナPPP36位、名目58位)、軍事費世界ランク4位(ウクライナ11位)の大国である。今回はモディ首相が、ゼレンスキー大統領の発言を不問に付すことを決めた、ということだろう。

 ウクライナ政府としては、インドに一歩踏み込んだウクライナ寄りの立場を取ってほしいところだっただろうが、もちろん無理だった。モディ首相は、ロシアとウクライナの早期の対話を求め、「解決への道は対話と外交を通じてのみ見つかる。時間を無駄にせずその方向に進むべきだ」と述べたと報道されている。従来からの立場である。両国は、あとは医療、農業、人文関係、文化といった分野での協力という実務的な内容を約した。ゼレンスキー大統領のSNS投稿で、インドとの関係悪化が懸念されていたところであった。両国ともに大人の対応をしたことは、評価されるべきだろう。

 記者会見において、同行していたジャイシャンカル外相に、モディ首相がプーチン大統領と抱擁したことに関する質問が、BBC記者から投げかけられた。ジャイシャンカル外相は、「それはあなた方の文化でなくても、われわれの文化だ、モディ首相はゼレンスキー大統領とも同じことをした」と答えた。

 ウクライナではロシアに関する文化、言語、宗教を排斥する動きが顕著になってきている。ウクライナを支援する欧米諸国も、キャンセル・カルチャーの本家本元だ。ロシアの悪魔化と排斥の動きが目立つ。徹底的にロシアを外交・政治・経済から追放し、ロシアとの接触を断ちまくることが、正義である、という確信にのっとっとった行動が、特に波紋を投げかけるのは、ロシアと付き合う者たちまで排斥しようとすることだ。ロシアとの関係を維持するベラルーシのみならず、ハンガリーも、キャンセル・カルチャーで排斥したい。どこまでも果てしなくロシアを排斥し、ロシアと接触した者を排斥しようとしている。

 この動きは一般の人々にも大きく波及している。「親露派」とみなすものを糾弾して排斥しようとする運動、隠れた「親露派」を暴き出して排斥者リストに載せていく運動が、世界的規模で進行中だが、これはウクライナ政府がやっていることというよりも、ウクライナ支持を表明している人々が、自分のウクライナを支持したいという感情を社会的に表現するための形態として、行っていることである。

 このようなキャンセル・カルチャーをどこまでも果たしなく続けていくと、ウクライナは戦争に勝てるのか。目指している目的を達成できるのか。不明である。誰も議論していない。ロシアに関するものを全て排斥する、という運動が、それ自体が正義として、自家撞着的に拡大している。

 このロシア・ウクライナ戦争にまつわるキャンセル・カルチャーで明白にウクライナが失敗したのが、サヘル諸国でのワグネル対応だ。ロシアを憎むあまり、ワグネルが掃討作戦の対象にしている反政府側を支援していることを、認めてしまった。これに当事国のマリだけでなく、ニジェール、ブルキナファソが反発し、安全保障理事会に議題提起を要請する、という事態にまで至っている。

 BBCの記者は、抱擁に関する質問をしたとき、文化のことを聞いたのではなかっただろう。欧米では悪魔とみなされて不可触の扱いとなっているプーチン大統領と抱擁することの政治的意味について、どう思っているのか、と聞きたかったのだろう。したがってジャイシャンカル外相が、「あなた方の文化ではなくても、われわれの文化だ」と主張したとき、念頭に置いていたのは、単なる抱擁の仕草のことだけではなかったと思われる。外相として余計な解説までは加えなかった。しかし欧米諸国に吹き荒れるキャンセル・カルチャーを揶揄する含意があった、と受け止めてよいだろうことは、含意としては明白だったと感じる。
 なおウクライナがインドとの関係悪化を露呈させなくてよくなったのは朗報であり、重要なことだが、インドがイスラム圏の国ではないことは、留意しておかなければならない。日本では「グローバル・サウス」概念の十把一絡げな怪しい使用法により、インドが「グローバル・サウスのリーダー」のように簡単に述べてしまう人物が多いが、間違いである。インドは、21世紀の超大国として、重要である。しかしインドとの関係維持は、イスラム圏諸国との関係改善には、必ずしもつながらない。ウクライナは、イスラム圏諸国との関係発展では、ロシアに後れを取っている。そこを改善したいのであれば、さらにいっそうの別の努力が必要である。
https://x.com/ShinodaHideaki/status/1826169725069701262

 ウクライナのクルスク侵攻作戦について議論が華やかだ。これまで「ウクライナは勝利しなければならない」と主張してきた日本の大多数の主流派の軍事専門家や国際政治学者の方々は、一斉にウクライナの行動を称賛した。他方、私自身は、作戦の効果について疑念を抱いている。https://www.fsight.jp/articles/-/50837

 「プーチン大統領を一泡吹かせてやったので痛快だ」というような心情と、「プーチン政権はこれで崩壊する」というような根拠不明な予測が、混在している印象がある。また、国境付近のわずかな面積とほとんど住民がいない避難後の過疎地帯をウクライナ軍が占拠している状態が「二週間以上も」続いている、という事実の観察から、これで広大な東部地域でのロシア軍の進展を止め、さらにはロシアと占領地の交換交渉もすることができるはずだ、という大胆な期待までが引き出せるかも、私は疑っている。

 それにしてもウクライナ「応援」派とアンチ・ウクライナ派のSNS上での戦いは、二年以上にわたって、かなり感情的な人格攻撃が飛び交うレベルになっており、非常に危険な話題になってきている。

 情勢分析については、冷静になりたい。

 クルスク情勢をめぐり、プーチン露大統領が101日までにクルスク州からウクライナ軍を駆逐するよう露軍に命じた、と報じられている。これは何を意味しているだろうか。

 第一に、ロシアは、数日単位でのウクライナ軍の駆逐を目指していない、ということだ。州都クルスクと、クルスク原子力発電所に向かうウクライナ軍の北進は止めた、という理解にもとづく方針だろう。ロシアにとって、分散したウクライナ軍の制圧は、もう少し時間をかけて行う目標となった。ウクライナ軍も、北進できなかった時点で撤退を決断することなく、国境線にそって東西にほぼ無人と思われる集落や山林部などへと拡張する判断をした。クルスク攻勢は、単なる電撃的な奇襲攻撃ではなく、一つの新しい戦線を作り出した、ということである。

 ロシアは、東部地域から主力部隊を移すことなく、クルスクでの戦線に対応する方針のようである。実際に、東部戦線で、引き続き戦局を有利に進めている。その前提で、クルスクに展開するウクライナ軍に対抗する兵力を整備する、ということである。ここまで来ると、ウクライナ軍も安全にウクライナ領に撤退することは容易ではない。

「二週間以上にわたってウクライナ軍はロシア領に展開できた」、という言説は、ウクライナ軍が北進を断念して、東西の国境地域に分散展開した時点で、あまり意味がなくなった。今後の推移を数カ月単位で見守っていかなければならない。

 第二に、それにもかかわらず、プーチン大統領は、あと1カ月余りでのクルスク州に展開するウクライナ軍の駆逐を目標とした。しかしウクライナ側は、クルスク攻勢に大きな意味を見出している。5週間程度のうちのウクライナ軍の駆逐は、ロシア軍関係者にとっては、必ずしも長い期間の設定ではないだろう。もっともプーチン大統領が、101日という目標を公にしているわけではなく、これを伝えた報道の信憑性や細部の事情は不明である。軍事的には、冬になる前に、といった考えもあるかもしれないが、11月になったら全てが止まる、というわけでもない。一つの時間的目標の目安である。

 第三に、時間的目標の背景には、したがって、政治的配慮があると想定することが可能である。ウクライナ側は、アメリカの大統領選挙を強く意識している。ロシア側もそうだし、なんといってもウクライナがアメリカの武器支援に大きく依存していることを知っている。ウクライナは、民主党ハリス候補に有利になるように、アメリカの大統領選挙の投票日まで華やかな軍事的成果を見せたい。これに対して、ロシアは当然それを潰したい。そのため11月のアメリカの大統領選挙よりも前に、確実に効果を投票日に及ぼすことができる10月までには、ウクライナ軍のクルスク攻勢を駆逐したい、と思うだろう。

 よりロシア側の視点に即して見てみたときの10月の大きな政治日程は、102224日にロシアのカザンで開催予定のBRICS首脳会議であろう。プーチン大統領が、BRICS首脳会議開催前に、クルスク戦線のめどをつけておきたい、と願うのは、自然である。

 10月のBRICS会議は、今後の国際情勢を分析するうえで、非常に重要な意味を持つものとなる。ロシアで開催される、今年になって正式加入した5カ国を含めた拡大BRICSの首脳会議として初めての開催になる、40カ国以上とも言われるBRICS加入申請中の諸国の取り扱いが注目される、といった事情もある。

 だが本丸中の本丸の課題は、BRICS共通決済体制の導入などを通じた、国際的なドル決済体制への挑戦を、軌道に乗せられるかどうか、である。中東の四つの主要国を同時にBRICSに加入させた決定も、原油取引におけるドルの覇権的地位に挑戦したい意図をBRICS諸国が持っているからだ。昨年からのガザ危機は、イランの存在感を高め、サウジアラビア、UAE、エジプトが、イスラエルから離れてアメリカに不信感を持つ土壌を作り出した。政治的機運は高まっている。

 2022年にロシアがウクライナに全面侵攻をした際、アメリカを中心とする欧米諸国は、空前の規模の経済制裁でロシア経済を痛めつけることによって、プーチン大統領の野心を挫く、と力説していた。これが大言壮語でしかなかったことが今日では自明になっており、欧米諸国は物価高に苦しみながら終わりのないウクライナ向け武器支援への対応を要請され、多数の諸国で右派勢力が台頭する混乱に苛まれている。

 ロシアに対する経済制裁の目玉は、SWIFT決済体制からロシアを追い出す、という金融制裁であった。だが、ドルを通じた決済ができなくなったロシアは、欧米諸国の期待通りには苦しまず、別の決済方法による迂回策を広げ続けてきた。

 アメリカのほうは、現在、対ロシアだけでなく、38もの世界中の「標的」に対して、金融制裁プログラムを、無期限で運用している。基軸通貨と言われるドルの運用管理を担っている超大国だけに可能となる政策だ。しかし、金融取引は信用決済である。一方的な金融制裁を乱発し続ければ、どこかで飽和点が来るはずである。

 ただドル決済体制が今後については、経済の専門家の間でも意見が分かれる。信用取引の話であるので、どうしても予測は難しい。

 もっとも、人民元がドルに完全に取って代わることはない、暗号資産は基軸通貨になりえない、BRICS共通決済体制が世界中に広がるはずはない、といった意見は、いささか的外れである。BRICS諸国は、「多元的」な国際秩序を標榜しており、ドル決済体制への挑戦は、ドルに完全に取って代わる何ものかの登場と、同じではない。

ドルの地位の命運は、分断が深刻化している現代国際社会において、最も深刻で甚大な構造的な変化をもたらす可能性のあるアジェンダである。そして、少なくともロシアは、10月のBRICS首脳会議を、一つの大きな山場と見ている。時間軸を意識しながら、ロシア・ウクライナ戦争を見る場合、こうした国際政治の構造的な動きも意識しておく必要がある。

 https://x.com/ShinodaHideaki/status/1826169725069701262 

 私は国際関係学の中でも平和構築という政策領域を専門にしている。隣接分野とあわせて「国際協力」とくくることができる分野だ。この分野は、現在、歴史的な岐路に立っている。

 たとえば、国連の平和維持活動(PKO)は、過去10年弱の間で、16あった派遣ミッション数が11になり、予算は3割減り、派遣要員数は4割以上減った。さらに、紛争地などで行う緊急人道援助のための予算が、冷戦終焉後ほぼ初めて、2023年度に、前年度の予算を下回った。注目が低い地域の国連の人道援助機関の人員が削減され、地方事務所の統廃合などが進んでいる。また、開発援助の予算は伸びているが、実は、開発途上国向けの援助額が減少している。開発途上国向けではない開発援助とは何か?というと、つまりウクライナのような国向けに資金が吸収されているのである。

伝統的な援助資金提供国の経済力の世界経済におけるシェアは低下の一方で、国際機関等に疎遠な新興のBRICS諸国はドルの基軸通貨体制に挑戦する体制固めを進めている。援助業界が影響を受けないはずはなく、先を見る目が求められている。

日本の位置づけはどうなっているか。最近の日本では、岸田首相が外国訪問をして援助の額面を表明するたびに、「ばらまきはやめろ」という声がSNSであふれたりする。自国の経済・財政状況が不安なドナー諸国の間の傾向を、日本も共有している。特に日本が、発想の転換が求められている国の代表例の一つになっている、と言うことも可能だろう。

 日本は分担金と呼ばれるGDP比に応じて支払う財政貢献と、拠出金と呼ばれる個々の専門的な国際機関に任意で支払う財政貢献の両面で、国際機関に大きな貢献をしてきている。ただし、現在は国連予算の8%を占める日本の国連分担金は、ピーク時の4割程度の水準だ。世界経済における日本のGDPの比率(現在は4%程度)が低下し続けているため、3年に一度の見直しのたびに激減する。今後も減少し続ける。これは国際機関に対する日本の影響力の必然的な低下を意味する。

 国際社会で安定的な存在感を確保しながら、自国の利益を追求する足場も固めるために、日本政府は国連などの国際機関における日本人職員の数を増やすように努力してきている。その成果から、国際機関における日本人職員数は史上最高の状態となっている。2022年末で961名である。https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100546506.pdf ただし今後も国際機関で日本人職員に活躍してもらうためには、低下の一途の国家としての日本の影響力に期待し続けるだけでは、無理だ。

 私は、2007年度から今年の3月までの17年間にわたって、外務省委託契約を受けて一般社団法人広島平和構築人材育成センター(HPC)代表として「平和構築・開発のためのグローバル人材育成事業」という事業の責任者を務めた。平和構築を中心とする国際協力の分野で日本人の人材を育成するという課題に対応するため、各種研修やキャリア構築支援を行う事業であった。私は「平和構築」という自分が専門とする領域への思い入れから事業運営に関わり始めたのだが、外務省は国際機関における日本人職員数を増やす、という目標の達成を至上命題にしていたので、非常にきつい業務であった。https://peacebuilderscenter.jp/ 

 結果として、統計対象とした15年間で、毎年10数名の日本人を採用していた中核コース参加者の約半数の113名が、国連職員として活躍している。https://x.com/HPC_PR/status/1777280015954330018

 ある一つの事業の修了生が、上記の国際機関日本人職員の全体数の中でかなりの割合を占めているということは、それなりに大きな事実である。ある国連職員に、奇跡的な成果だ、と言ってもらったこともある。

 もっとやれることがあった、という気持ちが常にあったため、いつも苦笑いをしていたが、終わってみると、非常に大変だったが、よくやった。知識、経験、技能、性格、環境、などの諸要因から、国際機関で日本人がキャリアを構築していくために何が必要か、ということを常に考え、そのための支援方法を考え続けていた。常に成果を出し続けていかなければならないプレッシャーも大きかった。

 そのため事業運営を終えてみると、正直、安堵の気持ちの方が大きい。17年の間に何度も、もうやめよう、と思ったことがあったが、関係者の方々らに説得されて、続けていた。今回は、外務省の方針変更で、私の意図ではなく、事業関与が終わったので、余計に安堵している。

 他方において、激変する国際社会の中で、国際機関のキャリアをどう考えればいいのか。調べ続けたいことや、考え続けたいことが、多々ある。苦労に苦労を重ねて蓄積したノウハウやネットワークを役立てる場をゼロにしてしまうのも、惜しい気もした。

 そこでHPCとして独自の各種研修活動を立ち上げた。https://peacebuilderscenter.jp/

 「YOOR」というプラットフォームからのオファーをいただき、希望者に継続的に国際機関のキャリアについて語っていくオンラインサロンも立ち上げることにした。https://yoor.jp/door/ShinodaHideaki

 55歳になったところだが、定年退職の年齢までを数えても、まだしばらくある。激変する国際社会を、自分の専門や関心分野の観点から、見つめ続けていこうと思っている。

https://www.youtube.com/watch?v=W_c6Mhu1WQc (紹介動画)

 インドが主催する第3回「グローバル・サウスの声サミット」が開催された。オンラインで123カ国が参加したという。2023年に二回開催された同サミットは、第1回の際に125カ国の参加を得ていたので、ほぼ同程度の数の諸国の参加が維持されているようだ。

今回のサミットの参加国のリストはまだ公開されていないようなので、完璧な比較はできないが、インド政府報道内容等を見る限り、同じようなやり方で、同じような諸国が、同じように関与したようである。

政変のあったバングラデシュから暫定政府の長になったユヌス氏が参加するなどの個別的な話題もあったようだが、インドが主催で、オンラインでセッション単位の参加が可能という利便性の高い方式で120カ国以上の参加を維持するやり方など、決まったパターンが確立され、今後も踏襲されていくようである。

昨年のサミットはインドが議長国であったG20サミットに向けた諸国の関心事項の洗い出し共有という実務的な意味があった。今回は、9月の国連総会に向けて重要関心事項の洗い出し共有という実務的な意味が設定されていたようだ。

国連では、非同盟運動(Non-Aligned Movement: NAM)という120カ国が参加するグループが、1961年以来存在している。冷戦が激しくなり、国連が自由主義陣営と共産主義陣営の対立の場と化していく中、脱植民地化をへて独立した新興諸国は、どちらにも属さないまま、しかし複数の諸国で政策議題を提案していく仕組みを求めた。そのニーズに応えたのが、NAMであった。冷戦が終わってからも、国連総会における投票行動などで存在感を見せる有力な加盟国グループとして、確固たる存在感を持っている。

このNAMの主要国の一つがインドである。伝統的にそうだったが、現在の参加国の経済力や人口を考えると、NAMにおけるインドの存在は突出している、とすら言える。NAM参加国と「グローバル・サウスの声サミット」の参加国は、かなりの程度に重複している。安全保障理事会に継続的に席を持たないインドであるからこそ、NAMでの存在感もいかして、国連の場に「グローバル・サウスの声」123カ国の意見を持ち込む代表として行動することには、強い関心があるだろう。

ただしインド政府は、「サミット」で、慎重にNAMに言及することを避けている。後述するように、NAMに属していながら、「サミット」に招かれてない国があるからだろう。そこは正確に理解しておく必要はある。

気をつけなければならないのは、日本では、一方的な思い込みと偏見により、かなり根本的なところでの「グローバル・サウス」の誤解が広まっていることだ。勝手な思い込みと偏見で、インドがやっていることを理解したつもりになったり、否定したりしてみせるのは、百害あって一利なしだ。

 昨年のG7広島サミット準備段階から始まった、「中身は何だかよくわからないが、とにかく片っ端から、グローバル・サウスは大事だ、と唱えておく」、ことを良しとする日本政府の姿勢には、私は極めて批判的である。戦略的ではない。有力国に失礼ですらある。ところが政府に相乗りして、そのまま中身なく、「最近はグローバル・サウスなるものが大事だということになっているそうなので、とにかくグローバル・サウスは大事だ、と唱えておこう」式の日本のマスコミの風潮があることにも、辟易としている。

 ただし、私は特にインドに批判的なわけではない。インドがやっていることの意味は、むしろ誰よりも声高に唱えたいくらいだ。インドは、国際事情をよく知ったうえで、自国の外交政策の中で「グローバル・サウスの声サミット」を位置付けている。

私が批判的なのは、何も知らず、考える意図もないまま、「とにかく最近はグローバル・サウスが大事だと唱えたほうがいいと政府が言っているので、わが社でもグローバル・サウスは大事だと唱えることにした」という態度をとっているような日本人に対してである。

留意点を列挙しておこう。第一に、NAMを思想的源流とするインド主導のグローバル・サウスの流れには、ロシアはもちろん、中国も入っていない。共産国である(あった)中国は、NAMのオブザーバーの地位は持っているが、正式参加国ではない。サミットについて言えば、インド政府は、中国は招待していない、と明言している。

 日本では、グローバル・サウスを勝手に非欧米諸国の連合体のように理解してしまいがちなので、中国やロシアとの関係で、グローバル・サウスを理解しようとしがちだ。だが少なくともインドが主導するグローバル・サウスの理解は、それではない。

グローバル・サウスの盟主の地位を争って中国とインドが主導権争いをするのではないか、といった話もよく見るが、意味不明である。グローバル・サウスに、実体はない。それは組織体ではない。オンライン開催で会議を開いて意見共有を図る場だけを設定している「グローバル・サウスの声サミット」にしても、新しい国際組織の準備のようなものでは全くなく、インド政府にそのようなものを作る意図がある素振りも全くない。

個別的な地域や国に対して、中国とインドが、影響力の競争関係を持つことは、当然ある。バングラデシュ、スリランカ、モルディブなど南アジア諸国が典型例だが、より広範に、世界的規模での影響力の競争は始まっていると考えてよい。だがそれは「グローバル・サウスの盟主」といった架空の疑似組織体の長のような地位を想像して描写する状況とは、全く異なる。グローバル・サウスは、いわば思想的な結びつきであり、実体を持っていない。

第二に、インド主導の「グローバル・サウスの声サミット」のイニシアチブを、G7BRICSが対峙する構図に当てはめて理解しようとする傾向も、間違いだ。インドがやっているのは、BRICS強化の試みではない。

「グローバル・サウスの声サミット」参加国リストをよく見てみるべきだ。もともとのBRICS5カ国から参加しているのは、主催国のインドだけだ。ロシアや中国だけではない。ブラジルや南アフリカも、参加していない。
Voice of GS

Ministry of External Affairs, Government of Indiaウェブサイト:

https://www.mea.gov.in/voice-of-global-summit.htm )

(今年からBRICSに新規加盟した5カ国であれば、サウジアラビアを除く残りの4カ国が参加国だが、これはまた別に考えるべきであろう。)

南アフリカについては、アパルトヘイト体制を脱した後の1994年にNAMに加入していることを考えても、インド主催の「サミット」に参加していないのは、注目できる。インド主催の「サミット」は、対外的にはっきりとBRICSと切り分けられている、ということである。

あえて言えば東南アジアの雄と言ってよいインドネシアや、ラテンアメリカの有力国であるメキシコとアルゼンチン、そしてトルコや韓国も、欧米諸国とBRICS諸国及びオーストラリアとともに、「サミット」に参加していない。つまりG7だけでなく、G20の参加国は、「サミット」に招かれていない。

これは昨年の「サミット」が、G20首脳会議に、非参加国の声を届ける、という実務的な趣旨を持っていたことを考えると、わからない話ではない。参加国が2カ国減っているとはいえ、今年の「サミット」で少し事情が変わるような要素があったどうか、私はまだ確かめられていない(が、報道等を見る限りG20参加国が招かれた形跡はない)。

インドは、非欧米の有力国を集めた連合体を形成する意図は持っていない。むしろ非欧米の有力国を、取り除いている。「グローバル・サウスの声サミット」は、あくまでもインドの外交政策の一環として実施されている。

3に、NAM参加国であり、G20参加国でもないのに、招かれていない国がある。パキスタンである。インドが主催する限り、当然、パキスタンが招かれる可能性はない、ということだろう。とにかく「グローバル・サウスの声サミット」は、徹底してあくまでもインド外交の一環として行われているものなのだ。それ以上でも、それ以下でもない。

 昨日の記事では、クルスク作戦が、ロシア・ウクライナ戦争の新しい段階を示しているようであることを示唆した。https://agora-web.jp/archives/240816090321.html 

それは、停戦の機運が遠のいた、ということを意味する可能性が高いと思われる。

 巷では、ウクラナイは占領した領土を交換条件にできるので、ロシアとの停戦交渉を有利に進めることができる、といった主張が多々見られる。だが対象とる領土の面積、人口、重要性のいずれをとっても、ロシア支配地域とは全く比較の対象にならない。

 今のところウクライナ軍が制圧したのは、人口6,000人程度とされる国境から10キロの町スジャと、その周辺の農村に散在する「集落」だけである。占領した領土は、かなり象徴的なものでしかない。戦線は国境線にそって東西に伸びているが、ウクライナ軍がロシア本土に向けて北上することは、難しくなってきている。

 交換条件を成り立たたせる計算が著しく難しいくらいに小さい範囲の人口過疎の地域である。これでロシアが、停戦交渉に駆り立てられるはずはない。むしろ、プーチン大統領は、一切の交渉の可能性を拒絶する、と宣言した。それが実際に起こっていることである。

 なおスジャに欧州向け天然ガス輸出量の半分を占めるパイプラインがあるのは、重要な事実だ。だが、それは何を意味するのか。折しもノルトストリームを爆破したのがウクライナであったことが判明するスキャンダルが話題になっている最中である。天然ガスを止めて苦しむのは、欧州諸国だ。これによってハンガリーを脅かして、ウクライナ寄りの立場をとるように圧力をかける、などということをしたら、ハンガリーが半永久的にウクライナの敵になるだけではない。ウクライナへの欧州人の信任もさらに低下するだろう。自分の首を絞めるだけである。

 理論的に考えてみよう。紛争解決論の分野に、ウィリアム・ザートマンの「成熟(ripeness)理論」という見取り図がある。「相互に痛みを伴う膠着(mutually hurting stalemate: MHS)」状態の程度に応じて、紛争終結の「成熟度」を測定する、という視点である。ザートマンは、1990年代のアメリカのシンクタンクで、第三者紛争調停にあたる立場を最も具体的に想定して、「成熟理論」を展開した。

 私が大学教科書として執筆した『紛争解決って何だろう』(ちくまプリマ―、2021年)は、ロシアのウクライナ全面侵攻より前に公刊したものだが、一般論の観点からザートマンを紹介している。

https://www.amazon.co.jp/%E7%B4%9B%E4%BA%89%E8%A7%A3%E6%B1%BA%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%AA%E3%82%93%E3%81%A0%E3%82%8D%E3%81%86-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%9E%E3%83%BC%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E7%AF%A0%E7%94%B0-%E8%8B%B1%E6%9C%97/dp/4480683933

 ザートマンのメッセージを一言でまとめると、次のようになる。紛争調停者に必要なのは、タイミングを見極めること、である。口が上手いとか権威があるとかはあまり関係がない。

 タイミングが全てだ、という視点で、重要になるのは、時間軸を強く意識して、戦争を分析する、ということである。その際、調停を入れるタイミングの政策的見極めとして最も重要になるのが、相互疲弊の極限化の状況を見極めることである。疲弊の極限化が紛争当事者に認識されているかどうかも、副次的には問題になる。とはいえ、客観的な認定ができれば、それを当事者に伝えて覚知させることもできる。

 ロシア・ウクライナ戦争では、2022年末くらいから戦況が膠着し始めた。アメリカの大統領選挙の日程もにらみながら、ウクライナが勝負をかけた「反転攻勢」をかけたのは、23年夏前であった。しかしこれは目立った成果をあげることなく、事実上の終了となり、冬を迎えた。その後は、さらに膠着が続いた。それは、ザートマンが言う停戦の「成熟」が近づいていることを、関係者が感じ始めた段階であったはずだ。

プーチン大統領は、ロシア側の強い要求を内容としつつ、いずれにせよ停戦合意に意欲的であることを表明した。アメリカ大統領選挙でトランプ大統領の勝利の可能性が高かった時期、ゼレンスキー大統領の発言にも変化が見られ、次回の「平和サミット」にロシアを招きたい、といったことを積極的に強調するようになった。

 しかし本当は、ゼレンスキー大統領のウクライナ政府は、基本的には戦争継続を望んでいる。アメリカの議会の空転や、大統領選挙におけるトランプ前大統領優位の見込みをふまえて、態度をわずかに柔軟にさせたにすぎない。

 ここで重要なのは、最大の支援国であるアメリカのバイデン政権関係者も、同じように考えているだろう、ということである。本来であれば、23年の段階で、ウクライナに「反転攻勢」を成功させてもらい、巨額のウクライナ支援を行ってきたバイデン大統領の成果として示してもらい、バイデン大統領の再選に貢献してほしかった。

 結果として、それはかなわなかった。しかしハリス副大統領が新たに大統領候補となった。世論調査の結果も良好である。あと3か月短期決戦でトランプ前大統領に勝つことができる可能性も出てきた。そうなるとバイデン政権の民主党関係者は、3カ月程度続くだけの短期的な効果しかない作戦でも何でもいいので、ウクライナ軍に目立った華々しい象徴的な戦果をあげてほしい、という欲求を強く持つことになる。

 今回のクルスク攻勢について、バイデン政権関係者は事前に知らされていなかった、と言っている。ただしゼレンスキー政権関係者は、支援国と協議した、と説明している。事実の詳細はともかくとして、両者の、少なくとも党派的な、利益の一致点は見えている。

 ただし、ロシア・ウクライナ戦争の時間軸から見た展開で言えば、クルスク攻勢は、ロシア・ウクライナ戦争の新しい段階を意味する。ウクライナ側が意図的に、キーウから400キロ強(モスクワまでは600キロ以上ある)の地点に、新しい集中的な戦線を開いた。これによって東部戦線から部隊を引き離してクルスク方面に転用させる「牽制抑留」を強いているのだという。 https://www.fsight.jp/articles/-/50823

 だが、もしそうだとすると、ウクライナは、首都キーウから600キロ以上離れた地域で展開している戦線を、キーウから400キロの地点にあえて引き寄せる試みを行っていることになる。確かにクルクス地域は、東部戦線の地域よりもモスクワにも近いのかもしれないが、圧倒的にキーウの方が近い。「ロシア領に入った」という象徴的な意味を度外視すれば、いったいウクライナは何を守ろうとしているのか、ウクライナの行動に合理性があるのか、疑問が残る。

 いずれにせよ、クルクス攻勢は、ザートマンの「成熟理論」が成立するのを、妨げた。新たな戦線による戦争の新しい段階の発生によって、「MHS」の計算式が狂った。

 これによってどちらの当事者が戦争の行方に関して有利になるのかは、まだわからない。わかっているのは、戦争の継続を望んでいる者が、その戦争継続の目的を達成した、ということである。

仮に自国の側が損失を増大させる不利益があるリスクが伴っている行動であっても、当事者が決死の覚悟で戦争継続を望むのであれば、もちろん「MHS」による「成熟」の成立は妨げられる。

第三者がその非合理性を説くならば、当事者は戦争継続に賭ける判断を躊躇するかもしれない。しかし最大の支援国が、むしろ戦争継続それ自体を目的にした冒険的行動を推奨するのであれば、当事者はそちらのほうに誘われていくだろう。

今、ロシア・ウクライナ戦争で起こっているのは、そのような状態であるように見える。

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