「平和構築」を専門にする国際関係学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda 

2024年12月

 日本の人口減少が未曽有のスピードで進んでいる。総務省の言葉では、「我が国の総人口は、2004年をピークに、今後100年間で100年前(明治時代後半)の水準に戻っていく。この変化は、千年単位でみても類を見ない、極めて急激な減少。」https://www.soumu.go.jp/main_content/000273900.pdf

 現実は、予想を上回る早いペースでの人口減少を示している。たとえば2025年に50歳になる半世紀前の1975年生まれの日本人の人口は186万人である。それに対して、2024年の出生数は約68万人であった。一世代の人口が、ほぼ3分の1になっているのである。

 わずか10年前の2015年には、出生数は100万人以上であった。たったの10年で出生数が3割減っている。

 出生数を改善する、AIの導入で改善する、移民を入れるしかない、といったことが言われており、それはいずれも必要な政策検討領域だ。だが、現状を見て、人口減少に歯止めをかける方法をしっているとか、今まで前提にしていた社会機能をそのまま維持する方法がある、などと真面目に考えることができる人がいるとは思えない。減少ペースの鈍化は、あまりに急激な社会変化をせめて緩和させるために、目指さなければならない。だが、それも手掛かりがあるわけではなく、いずれにせよ減少ペースを「鈍化」させることができるかどうかだけの話だ。このような大規模な人口動態の動きを、小手先の政策で、短期間のうちに逆転させるなどということは、不可能だろう。

 すでに日本の債務残高は対GDP比で257%の水準にある(2022年)。この数字の深刻さの評価をめぐって、苛烈な議論があることは承知している。しかし一般会計歳出の4分の1が国債費で占められている現実は、少なくとも大規模な財政出動を伴う措置を取ることが非常に難しい状況を示してる。

 歳出の3分の1を占める社会保障費に対する信頼感は、失墜している。SNSで、高齢者批判、高齢者擁護の双方の立場から、攻撃的なやり取りが過熱している様子を見ることが多くなった。しかし端的に言えば、日本の社会保障制度は持続可能性がない破綻寸前の状態にある、誰にとっても絶望的な状況だ、ということだ。

 私自身は、専門を国際情勢の分析の分野においている。日本の存在の縮小は、国際関係全体にもそれなりの意味を持つが、もちろんまずは日本外交にとって、深刻な意味を持つ。今までのような外交では通用しない、ということだ。

 日本は日米同盟を外交の基軸に置いているが、アメリカの世界最大の軍事力を持つ国であるだけでなく、そもそもGDPが日本の7倍以上の規模を持つ超大国である。約4兆ドルの日本のGDPは、アメリカのカリフォルニア州一州のGDP規模と等しい。広大な太平洋を挟んでいるとはいえ、アメリカは日本の隣国である。日米同盟を基軸にした外交は、今後も柱にはなるだろう。

 しかしソ連の封じ込めの前線基地としてアメリカが日本の戦略的意義を見出していた冷戦時代のような事情はない。世界経済の17%のシェアを誇る経済力を持っていた時代の日本のような魅力はない。価値は下がる一方だ。アメリカに見放されないためにも、日本が自らの失策で安全保障環境の悪化を招くことなどがないように、周辺国その他との良好な関係の維持にも努めなければならない。

 そのためにはアメリカと離反しない範囲で、アメリカ以外の諸国から信頼される外交姿勢をとっていくことが、大切だ。ガザ危機をめぐる情勢など、アメリカが国際的な孤立も辞さずICCから逮捕状を発行されている人物の過激な政策を擁護しているような場合、日本外交の立ち位置も、非常に辛いものにはなる。しかし漠然と追随しているだけでは、結局はアメリカ人の信頼も得られない。突出する必要はないが、世界の諸問題に真剣な関心と懸念を持っていることを、機会を見ながら表現していくことは、大切であろう。

 クアッドの盟友となったインドのGDPが、日本のGDPを追い抜くのが、2025年であろうと言われる。ひとたび抜かれた後は、インドの経済規模は、日本の2倍、3倍、となっていくだろう。日本のGDPの方が大きかった時代に、どれだけの信頼関係を築けていたかが、問われていくようになる、ということだ。

 その他の諸国あるいは国際組織との外交関係についても、同じことが言える。余力のあるときに、どれだけ信頼関係を築いておけるかが、将来を見据えたときのカギだ。国際協力などでも、できれば長く記憶に残る支援をすることを心がけたい。長く残る建造物への資金提供もいいかもしれないが、関わった方々の記憶に残り続ける機会を提供する能力構築支援なども、重要になるだろう。

 長く残る記憶を積み重ね、信頼感を得る。当たり前だが、簡単なことではない。大国意識を取り払い、奇抜な特効薬を求めて焦りを募らせることなく、地道な努力を続ける姿勢が求められる。

 

「篠田英朗 国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月二回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。https://nicochannel.jp/shinodahideaki/

 

 

 

 岩屋外相が中国訪問時に受けた取材で、次のように語ったことが、話題だ。

「中華文明というのはアジアの大文明。漢字や行政制度、宗教など、すべて中国から学び、日本の国はそこからできてきた。」https://sn-jp.com/archives/184219

 歴史認識として間違っているところはないと思われるが、もちろん「それだけではない」と言えば、その通りだろう。中国訪問時に、中国側から見た視点を強調して発言したものであることは確かだろう。

 いずれにせよ、国際政治情勢を考えるならば、何が正しいのか、ということをこえて、意味深いものがある。

 サミュエル・ハンチントンは、1990年代初頭に『文明の衝突』を著したとき、日本を一つの単独の文明の単位とした。当時のアメリカでは、冷戦終焉後世界の最大のアメリカにとっての脅威は日本だ、といった議論があった。1990年代半ばの世界経済における日本のGDPのシェアは17%を超えていた。世界人口がまだ50億人台だった当時、12千万人の日本の人口がまだ拡大を続けていた。一つの文明とみなすにふさわしい存在感があったということだろう。

 1995年でみたとき、日本のGDPは、中国のGDPの約7.5倍であった。その15年後に、両者の規模は逆転を起こす。そしてさらに15年ほどがたち、今や中国のGDPは日本の3.5倍だ。近隣国の間で、わずか30年ほどの間に、ここまで劇的な国力の逆転が見られたのは、極めて珍しい。この規模となると、ほとんど類例がないのではないか。この時代を生きた人々の意識構造が、なかなか現実に追いつかないのは、やむを得ないところもあるかもしれない。

 30年前、アメリカ人の多くが日本を脅威だと感じていたとすれば、もはやそのような気持ちは、アメリカ人の心にはほとんど存在していないだろう。中国の脅威を和らげてくれる西太平洋に浮かぶ同盟国であるはずだ。

 日米同盟堅持の観点からは、この意識変化は悪い事ではない。そのため日本の外交政策は、ある意味で冷戦時代よりもあからさまに日米同盟一本押しの仕組みになった。かつて冷戦時代には、建前と本音のような仕組みの中で、必要悪として日米同盟が理解されていた面があった。今日では、埋没し続ける自国の国力を補うために、中国などの脅威に対抗するために、日米同盟を肯定的に捉えようとする気運が高まったと言えるように思われる。

 だが、だからといって、日本が「西洋文明」の一部になったと本気で考える者は少ないだろう。地政学的事情をふまえた国際政治の論理から、日米同盟を重視し、それにともなった政治経済あるいは文化面の連携を深めている。しかしその連携が「文明」といった言葉で括られるような域にまで達したと感じている者は、少ないだろう。

 仮に日本が、ハンティントンが考えたように、一つの単独の文明を持つとすれば、その文明の存在感は、21世紀に入って、日々、減少している。

 経済の停滞が常態化する中、日本は、遂に人口激減の時代に突入した。中国など他のアジア諸国も人口減少時代を迎えるはずだが、先駆ける日本の人口減少のペースは、事前のあらゆる予想を覆す急激なものだ。

 人口減少に歯止めをかけるための政策は重要だ。だが成果が見られる政策実績が何一つない中で、しかも財政出動を必要とする目の前の問題に忙殺されている中で、国力の衰退が今後も長期的に続いていくことに、疑いの余地はない。

少なくとも今世紀を通じては、日本が20世紀末の存在感を取り戻すことができるような可能性はないだろう。それどころか、われわれが知っている一つの文明を持つ日本という国が維持されるのか、消滅してしまうのか、それこそが問われている。

 日米同盟を外交及び政治経済の柱に据え、なお一つの小さな文明圏として存在し続ける島国・日本の国のあり方は、どのようなものか。目立った国力の発展を見ることがなかった一年を、またもう一つ終えるときにあたり、真剣な思考の実験が必要になっている。

 

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岩屋外相の中国訪問をめぐり、10年間有効観光用マルチビザの導入や、歴史認識問題に関わる会談内容の発表をめぐる食い違いなどが、話題となった。今や中国のGDPは、日本のGDPの約3.5倍だ。人口は11.5倍である。長期にわたって国力を停滞させたまま、人口激減時代に突入した日本にとって、近隣の超大国との関係は、今まで以上に難しいものになっていく。

それにしても外交政策の特色が見えない石破内閣で外務大臣を務める岩屋外相の外交ビジョンはどのようなものなのだろうか。外相ご自身の発言などを意識して見てみた。

1227日に今年最後の記者会見を行った岩屋大臣は、「本年の振り返り」と表現しながら、あらためて「来年に向けての抱負」を語った。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/kaikenw_000001_00117.html

「ウクライナ侵略や中東情勢、東アジアの安全保障環境など、本年も引き続き、国際情勢は大変厳しい状況が続きました」という状況認識を表明しつつ、岩屋外相は、「日米同盟の深化と抑止力・対処力の強化、『自由で開かれたインド太平洋』実現のための同盟国・同志国との連携の強化、そして、グローバル・サウスとのきめ細かい連携の3点を柱として、外交活動を進めてきた」と総括した。

そして次のように述べた。「国際社会全体で『法の支配』への挑戦が課題となっている中で、先月のG7外相会合では、改めて、G7の結束の強化を確認をし、米国を始め、各国の外相との信頼関係を構築することができてきたと考えております。また、APECに引き続いて、ウクライナを訪問させていただきましたが、『日本はウクライナと共にある』という、変わらぬ姿勢を伝えてくることができました。そして、まさに今週、中国を訪問したところですが、近隣国である、中国、あるいは韓国との関係にも、しっかり取り組んでくることができたと思っております。世界の各地で、今なお戦禍が続き、国際社会の分断が深刻になる中で、我が国が戦後築いてきた信頼を土台に、来年も引き続き、『対話と協調の外交』を進めて、国際社会の平和と安定、繁栄に積極的に貢献してまいりたいと思います。」

いずれももっともな内容だが、「特色」と言えるようなものがあるかは、判然としない。皆と仲良くやっていきたい、ということはわかるが、日本が何を達成しようとしているのか、論理的な線は必ずしも見えてこない。

3点の柱」は、どのように「法の支配」や「ウクライナを訪問」と関わっているのだろうか。よくわからない。端的な言い方をすれば、アメリカやその同盟国が、引き続きウクライナ支援に熱心なので、日本も歩調を合わせている、といったところだろう。それが「日米同盟の深化と抑止力・対処力の強化」にもつながり、(G7諸国などの)「同盟国・同志国との連携の強化」にもつながるはずだ、ということのようである。

それでは欧米諸国と歩調を合わせて何かをするということ以外には、何を目指すのか。「グローバル・サウスとのきめ細かい連携」をするらしい。果たして「きめ細かい連携」とは何か。記者会見での発言を、文字通りそのまままとめてしまうと、外相就任からの3カ月で、「既に対面での会談は50回を超え、電話会談は35回、実施」した、ということが、「きめ細かい連携」ということが指している事柄であるらしい。

だが、何かないのだろうか。会談の数を積み増すことが自己目的化しているのではないかという誤解を与えないようにするために、それらを通じて目指しているものはこれです、という何かはないのだろうか。よくわからない。

そもそも外相発言をまとめると、G7諸国以外は全てまとめて「グローバル・サウス」であるらしい。中国も「グローバル・サウス」となる。新年早々に訪問する予定のインドネシアは「グローバル・サウスの雄」と呼んでいる。

この「グローバル・サウス」という概念は、2023年広島サミットのあたりから、日本外交で頻繁に用いられるようになった。どうやら「流行っている」という認識があるようだが、私はすでに繰り返し批判的な文章を書いている。

なぜ批判的かというと、ただでさえ曖昧な要素が多い日本外交の姿勢が、一層曖昧模糊としたものになる要因になるからだ。ただでさえ非欧米諸国の世界に対する知識・経験・人脈・関心が不足気味の日本社会の傾向を、いっそう悪化させてしまうような気がしてならないからだ。

「厳しい国際情勢」にどう対応するか?と聞かれて、「グローバル・サウスとのきめ細かい連携」で対応する、と答えるいうのは、破綻した話ではないが、具体的には何も言っていないに等しい。あまりに抽象度が高くて破綻しようがないので破綻しないだけである。

そもそも「大変厳しい国際情勢」に立ち向かっていくのに、「欧米諸国以外の国々は全て、みんなまとめて『グローバル・サウス』と括ってしまうのが、日本外交の基本姿勢です」、という話に陥るというのは、納得感がわかない。どちらかというとかなり大雑把な言い方で、「きめ細かさ」を感じることができる概念構成ではない。

会談の数を繰り返すのは悪いことではないし、それによって見えてくるものもあるだろう。しかし数を重ねることが自己目的化してしまったら、そこからは何も生まれない。きめ細かいか否かが重要論点ではない。

石破内閣の岩屋外交は、果たしてこれからどうなるのか。先行き見通しの不透明感が残る。

 

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昨年から拡大を始めたBRICSが、11日に新設の「パートナー国」のカテゴリーで迎え入れるのが、9カ国と決まったようだ。中国政府系機関から、情報が出てきている。ベラルーシ、ボリビア、キューバ、インドネシア、カザフスタン、マレーシア、タイ、ウガンダ、ウズベキスタン、の9カ国だという。だ。https://geopoliticaleconomy.com/2024/12/25/brics-expands-9-partner-countries-population-economy/

BRICSについて、今年のカザン首脳会議で協議されたBRICS拡大の問題だけでも、私は何度か論じてきた。https://agora-web.jp/archives/241023072614.html 

昨年の首脳会議では6カ国の新規加盟が決定された。2009BRICS創設時4カ国に、すぐに2011年に南アフリカが加わった後、12年間にわたって固定した5カ国の協議体であり続けていたBRICSにとって、一気に加盟国数の倍増となる拡大は、大きな方針転換であった。その背景に、G7に集結する米国の同盟国陣営と敵対する姿勢を、ロシアを中心に、BRICSが強めたことがある。

もちろん拡大に関しては、オリジナル5カ国の間に、温度差がある。拡大に最も熱心なのはロシアで、次が中国と思われる。欧米諸国との対立の度合いの反映だ。

ただし、拡大方針そのものに反対している国はない。拡大を果たしてもBRICSの名称を変更することはない、と明言されているように、オリジナル5カ国の特別な地位は確保される。これは何を意味するかというと、拡大の具体的対象国に対して、オリジナル5カ国のそれぞれが事実上の拒否権を発動できるということだ。

たとえばロシアはパキスタンの加盟を強く推奨したと言われているが、インドが、拒絶した。オリジナル5カ国は、それぞれ異なる地域の有力国だ。地域代表のような理解がある。特に自国の地域からの新規加盟国については、特別な審査権限を施すようになっている。二回にわたる拡大措置にもかかわらず、たとえば南アジアからは全く新規加盟国が出てこない。インドが難色を示しているためだろう。バングラデシュでは、最近のインドとの関係悪化をふまえて、BRICSではなく、ASEANに入れないのか、という意見が、多く見られるようになってきているようだ。

10月カザン首脳会議の際には、13カ国が新規パートナー国として選出された、と報道された。ロシアと中国の積極推進の意向と、インドの消極的な意向が、反映された選定結果であった。https://www.fsight.jp/articles/-/51003 

1月に正式にパートナー国となるのが9カ国だということは、4カ国が抜けた、ということである。今度は、どの国が、どのような経緯で、選出されたにもかかわらず抜けたのか、ということに注意を払わざるを得ない。

昨年のヨハネスブルク首脳会議の後には、選出された6カ国のうち、アルゼンチンがBRICSに消極的なミレイ大統領が当選して辞退となった。サウジアラビアは、曖昧な態度をとり、正式に辞退するとは宣言していないものの、BRICSの活動には参加していない。いずれもBRICSの拡大を警戒するアメリカの意向などに配慮していると思われる。

こうした経緯をふまえて、いきなり拡大対象国を新規加盟国とするのではなく、移行期間を設けて様子を見る、という意図から、上海協力機構(SCO)の仕組みにならって、パートナー国というカテゴリーが作られた。そのうえで、多数の加盟希望国の中から13カ国が選ばれた。そのうえで、あらためて4カ国が、10月以降の2カ月の間にふるいにかけられた形だ。

基本的には、対象となったパートナー国側の意向で、加入が見送られたと考えるべきだが、全ての事例が本当にそうなのかまでは、わからない。たとえば、アルジェリアとナイジェリアは、カザン首脳会議に代表団を送っていなかったようであるにもかかわらず、パートナー国候補だとされた。このアフリカの二カ国は、対象国側の意向が、そこまでではなかった、ということだったと推察される。

アルジェリアは、一昨年までは、BRICS加入に非常に熱心であった。ところが昨年のヨハネスブルク首脳会議の際に、同じ北アフリカのエジプトの加入が認められたにも関わらず、自国が認められなかったことに激怒したと伝えられていた。機嫌を直してもらうためにパートナー国としての加入をあらためて打診したBRICS側に対して、アルジェリアは冷淡なままだったということだと推察される。

ナイジェリアは、アフリカ最大のGDPを誇る大国だ。BRICS側のほうがナイジェリアの取り込みに熱心だった。しかし欧州との関係も深いナイジェリア側が自重したようにも見える。

これで欧州に近いアフリカ大陸の西側からは、まだBRICS加盟国が生まれていないことになった。昨年のBRICSの拡大の主眼が中東諸国であり、そこに東アフリカのエチオピアが加わっただけであったこともあり、ロシアが大きな関心を抱くユーラシア大陸から中東を貫いてアフリカに抜けるBRICSの拡大は、アフリカ大陸の西岸までは到達しなかったことになる。

ベトナムの立ち位置は微妙だ。カザン首脳会議に、ファム・ミン・チン首相が代表団を率いて乗り込み、BRICS首脳会議の諸活動のみならず、合わせて30名との個別会合も精力的にこなしていた。トー・ラム氏が、国家主席と共産党書記長に就任したのは、8月のことだ。大きなベトナム内政上の変化が10月以降に起こっていたとも言い難い。どのあたりでブレーキがかかったのか、注目される。

結果として、ASEAN域内の大国であるインドネシア、マレーシア、タイが、ASEAN代表のようにBRICSに加わることになった。この展開は、中国が最も歓迎する点だろう。ASEANでは、創設メンバーの5カ国が有力国だが、それらの諸国のうちの3カ国が同時にBRICSに加わることになった意味は大きい。ベトナムも、基本的には、時期をずらして、この流れに乗っていくことになるのではないかと思われる。

最大の注目点は、トルコだ。カザン首脳会議に、エルドアン大統領自身が乗り込み、トルコはBRICS加盟への大きな関心を見せた。EUへの加盟がほぼ絶望視されているだけに、BRICSへの加盟は、トルコにとって大きな外交的意味がある。トルコについては、12月上旬のシリア情勢の急変が、BRICS諸国との関係に何らかの変化をもたらしていないかが、注意すべき点となる。https://agora-web.jp/archives/241214073840.html

もしシリア情勢の変化が、トルコのBRICS加盟に影響を与えている可能性があるとすれば、これは今後の国際情勢を見る際に、非常に重要になる点だろう。

 

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シリア暫定政府が、国軍創設のために、シリア国内の諸派の武装解除を宣言した。これを日本のメディアが、旧反体制派の全てを集めて合意をとった、かのように報じた。だが、いささか誤解が生じているようだ。これについて当然の留意点がある。

第一に、アサド政権崩壊にあたっていち早くダマスカスに入って暫定政権を樹立したHTSの「ジャウラニ指導者」(アフマド・シャラア氏)は、武装解除のみならず、憲法停止・新憲法制定などの絶大な権力をふるっているが、単に非合法な手段で「最高指導者」と言われているだけではなく、実は暫定政権にも役職を持っていない。政府外の超越的存在である。これが何を意味するのかは、まだ判然としないが、「最高指導者」として全土の武装解除を求めている人物が政府に役職を持っていないことには、留意しておく必要がある。

第二に、ダマスカスでシャラア氏の協議対象になっているのは、協力関係にある限られた層の人々でしかない。仮にHTSと行動を共にした「旧反体制派」だったと言えるとしても、シリア全土の諸集団を代表しているとは、とても言えない。

第三に、武装解除を、政治プロセスの協議に先行させて行うやり方は、通常は避けなければならないものだ。正当な政府と認めていないどころか、ほとんど関係もない集団に、「武装解除しろ」と言われて、黙って武装解除するのは、よほど力が弱くて威嚇に屈せざるをえない集団だけだろう。武装解除の前提になる条件を決める話し合いの政治プロセスがなければ、暫定政府は、他者を威嚇して武器を捨てるように命じているだけにすぎない。

おそらくシャラア氏には、外国人又は外国事情に精通した助言者が取り巻きにいる。「アル・カイダ」としての過去を捨てるために、ネクタイ・スーツ姿をアピールしてみているだけでなく、言葉遣いなどでも、国際メディア受けを狙っている。

そのため「武装解除」と聞いて、「おお、これは国連がPKOミッションを通じて行うDDR(武装解除・動員解除・社会再統合)のことだな」、と杓子定規に反応してしまっている方がいる。「アサド憎し」の強い立場を取っている評論家層が、アサドを倒した者は誰であれ素晴らしい人物だ、という態度を取る仕草を取り続けていうことも、影響しているだろう。

しかし上述の状況にある政治プロセスに先行する独裁権力の強権を前提にした「武装解除」は「DDR」では、むしろタブーである。また、「DDR」の概念は、「武装解除」を「動員解除」のみならず「社会再統合」とあわせて行うことを明確にするために、用いられる。シリアの暫定政権が、そのような政策的方向性を打ち出している様子は見られない。

シリアの状況は、せいぜい16世紀末の日本で豊臣秀吉が行った「刀狩」のイメージに近いだろう。優越的な武力を背景にして、他の勢力の武装解除を行う、ということは、武装解除に従わない者は敵だと認定して攻撃する、ということを意味する。

国際社会標準の「DDR」は、現代では、たとえば「IDDRS Framework(統合DDR基準枠組み)」などに体系化されている。https://www.unddr.org/ 「シリアでやるのがDDRだ!国連のDDRなど知らない!」と言っているかのように受け止められかねない態度をとるのは、無責任である。

HTSは現在、支援者を広げるために外国勢力に働きかけている。トルコの影響下にあるのが基本であるため、その流れに沿ったアラブ諸国との関係構築が、最重要課題だ。具体的には、トルコと良好な関係にあるカタールだ。トルコのフィダン外相に続き、カタールのムハンマド首相兼外相が、シャラア氏とダマスカスで会談し、投資案件まで協議したと報じられている。

そのトルコが、シリアで最重要の戦略的課題と明言しているのが、シリア北部のクルド勢力の封じ込めである。もちろんそれは、理論的には、クルド人自治区に潜んでいるクルド労働者党(PKK)の流れをくむ「クルド人民防衛隊(YPG)」が解散でもすれば済む話であろう。だが名目的な宣言だけでトルコ政府が満足する可能性は乏しい。消滅の物理的確証を得るのでなければ、トルコと接する国境部分の完全なトルコ管理などの措置がほしいだろう。
 しかしクルド勢力が黙ってそのような要求を受け入れる可能性も乏しい。すでにトルコの意をくんだSNA(シリア国民軍)とクルドのSDF(シリア防衛軍)は、支配地の争奪をめぐる武力衝突を繰り返している。トルコが支援するSNAは押し気味だが、SDFはシリア領内に軍事基地を置いて2000人を配置しているアメリカ軍の支援を受けてきているし、イスラエルも自国の国益の観点からクルド人勢力の残存に強い関心を示す態度を隠していない。

この状況で、「俺は天下(ダマスカス)を取った」と主張する、イドリブという北部国境地帯の小さい県で行政をしていたにすぎないHTS勢力が、「武装解除せよ」と全土に命令しても、即座に全シリア人が納得して武装解除に応じるとは思えない。

もちろん、このように言うことは、「武装解除」を視野に入れて、各集団が政治協議を始めていく可能性を、否定することを意味しない。IDFも、ダマスカスの暫定政府に攻撃的な姿勢を取っているわけではない。だが、いずれにせよ、政治プロセスの見込みは極めて不透明だ。

暫定政権に対するデモや、アラウィ派の人々の暫定政府に反旗を翻すような動きなども、散発的に起こってはきている。あるいは暫定政権関係者が、イランが政情不安を煽ろうとしている、といった話をする場合もあることが報道されている。

この状況で、アメリカや欧州諸国は、制裁解除をアメにして、シャラア氏の歓心を得ようとしているようだ。だがこれらの諸国も、シリアを安定させるための政治調停の見込みを具体的に持っているわけではない。ロシアをシリアから追い出したい一心で、シャラア氏に近づいているだけのようにも見える。結果として、シリア人は全員武装解除しなければならないが、アメリカやイスラエルは基地を持ったまま、シリア領を軍事占領すら許される、ということになるのであれば、それは奇妙な状態である。

日本は、上述の諸国ほどにシリアに関与していない。他国への影響を考えたときの日本の立ち位置も微妙だ。今のところ、シリアの安定化を願う態度を表明しながら、事態の進展を静観する構えを取っているが、これは妥当だろう。国連機関を通じた人道支援などには協力を惜しむ必要はないが、政治的複雑さに突っ込んでいくような態度を取るのは、リスクが大きいと言わざるを得ない。

 

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