「平和構築」を専門にする国際関係学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda 

2024年12月

シリア情勢が大きく動いている。シャーム解放機構としてしられるHTSHayat Tahrir al-Sham)が、わずか10日間ほどの間で北部アレッポを制圧し、続いて首都ダマスカスに向けて南進して交通の要衝であるハマーを掌握し、さらにホムスを攻略しようとしている。ホムスを制圧すると、ダマスカスから地中海に抜ける交通路が封じられることになる。アサド政権は、今までハマーやホムスを反政権勢力に明け渡したことがなかった。政権崩壊の可能性も出てきた大きな情勢変化である。二輪車に相乗りするなど民間車両を活用した機動性を駆使したHTSのスピードにアサド政権側が対応できていない流れだが、ほぼ全く戦闘が発生せず、政府軍が逃走している状況を見ると、政権側の士気が相当に低いことは容易に推察できる。

シリア東部ではクルド人勢力であるシリア民主軍(SDF)が支配地を広げている。アサド政権軍がやはり戦わずして逃亡するため、クルド人保護を掲げて、軍事的に前進している。これまでSDFはイスラム国掃討作戦の名目を理由にして、アサド政権とは棲み分けを行ってきた。しかしアサド政権の弱体化を見て、政府軍の排除に舵を切ったようである。HTSとは、アレッポを制圧した際には衝突を起こすかのようにも報道されていたが、結局はアサド政権軍を追い込むことに共通の利益を見出したようであり、全面衝突を避けている。この動きの背景に、クルド勢力を支援するアメリカ(シリア領の南東部にイスラム国掃討作戦の継続を名目にした軍事基地を持って駐留し続けている)と、アサド政権の弱体化を狙うイスラエルの意向が働いているとも推察されている。

この状況で、HTSの指導者であるジャウラニ氏が米CNNの独占インタビューに答え、他宗教・多民族が共存するシリアを実現するといったビジョンを語ったことが話題となった。

https://x.com/kawakami_yasu/status/1865073193377317102 

HTSはもともとアル・カイダ系のイスラム原理主義の勢力である。現在は、アル・カイダと関係を断っているという。だが、そもそも現在「アル・カイダ」自体が中心を持たない緩やかなテロ組織ネットワークでしかないものになっている。HTSの現在の組織的内実は不明瞭である。

HTSはトルコの支援を受けているとされる。HTS戦闘員の相当数がアラビア語以外の言語を話しているとも報道されており、(近隣各地から)トルコを通過してシリアに入ってきた人々であると推察されている。ただ今回のHTSの進撃について、トルコは直接的には関与していないという立場をとっている。トルコはもともと自由シリア軍(FSA)という別のシリア北部を拠点とする勢力の後ろ盾である。FSAHTSは、アサド政権に敵対する限りは共闘する関係にあるが、一枚岩ではない。トルコは現在、アサド政権に圧力をかけながらも、HTSがクルド系のSDFと棲み分けを行おうとしていることについて、不満を持っているとも伝えられている。

 HTSの大攻勢の直接的なきっかけは、レバノンを拠点とするヒズボラがイスラエルとの戦闘で弱体化したことだろう。さらに背後にいるイランとともに、ヒズボラはアサド政権を支える側の勢力であった。イスラエルとヒズボラの間の休戦が成立した直後にHTSの大攻勢が始まったが、機会をうかがっていたと言ってよいように見える。またイスラエルはアサド政権と対立してシリア領にも空爆を繰り返している。実態として、HTSと共闘しているのはイスラエルだと言えるだろう。もちろん、さらなる背景事情としては、ロシアがウクライナとの戦争に精力を注いでいるため、シリアのための余力が不足している、という事情もある。アメリカが、ロシアとイランとアサド政権と対立し、イスラエルとSDFを支援する立場から、HTSの大攻勢を好意的に見ている様子も見てとれる。イスラエルは、シリア領におけるアサド政権に対する空爆を続けながら、注目が低下したガザにおいて、さらなる破壊攻撃を激化させている。

 苛烈な抑圧と殺戮を続けてきたアサド政権と比べれば、何が取って代わるにしても、まだマシなものになる、といった見方もSNSでかなり見られる。ロシア・ウクライナ戦争の延長線上で、ロシアのメンツを潰してくれる者は全て善である、と言わんばかりの風潮すら見られる。だが、混乱した現在のシリア情勢を、雑駁な善悪二元論で理解しようとすることには、かなり無理がある。

 日本政府は、安易な世論の流れに迎合しすぎず、国際法原則を意識し、人道主義の観点から、シリア情勢を見ていく姿勢を堅持しておくべきだろう。

 

「篠田英朗 国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月二回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。https://nicochannel.jp/shinodahideaki/

アメリカのブリンケン国務長官がウクライナ政府に対して、「より若い人々を戦闘に投入することが不可欠だ。現在、1825歳の人々は戦闘に参加していない」と述べ、軍への動員年齢を引き下げて兵力を増強すべきだと述べた。これに対して「ウクライナのリトビン大統領広報顧問は1128日、『欧米諸国が供与を約束した武器の到着が遅れている中で動員年齢を引き下げても無意味だ。彼らに装備させる武器がない』とSNSに投稿し、動員年齢引き下げに否定的な考えを示した」と報道されている。

https://www.sankei.com/article/20241205-IAWELMLCK5MI3DPKR6ILSKGE6U/ 

人口の大減少に見舞われ、戦後も人口回復は非常に困難だと思われるウクライナは、若年層の兵役化は、避けたい。しかしすでにアメリカの大統領選挙の最中、次期副大統領のJ・D・バンス氏が、この点を批判的に取り上げ、「ウクライナ軍は年寄り過ぎる」と述べ、ウクライナ政府は停戦を受け入れるべきだ、という主張の論拠にしていた。ちなみにバンス氏自らは、高卒で従軍して、イラクで勤務した経験がある。

ウクライナ苦戦の原因は、人か、武器か。

この口論の背景には、ロシアが支配地を広げ続けている戦況の責任を、誰が負うか、という責任転嫁の構図がある。

巨額の武器支援を提供しているアメリカは、人員不足が苦戦の原因だと主張する。ウクライナは、アメリカをはじめとする支援国の武器支援が不十分なので苦戦している、と主張している。

戦況分析の議論のように見えるが、それぞれが自己の立場を守り、相手に責任を転嫁しようとしている図式になっていることは一目瞭然である。トランプ氏の当選を受け、バイデン政権が、今までのウクライナ支援の責任の整理を始めている、という言い方もできるだろう。

ゼレンスキー大統領は、アメリカの大統領選挙の時期までは「勝利計画」を頻繁に参照し、支援国が「勝利計画」にそって行動してくれれば、ウクライナは勝利する、といった物語を吹聴していた。トランプ氏の当選が確定し、バイデン政権が、ロシア領内に向けた長距離砲の使用許可を出してから、ゼレンスキー大統領は「勝利計画」に言及しなくなってしまった。

ゼレンスキー大統領は、「勝利計画」で、長距離砲の使用許可こそが勝利のカギだ、と主張していた。ロシア領内を攻撃さえできれば、ウクライナは勝利する、ウクライナが勝利できないのは支援国が武器の使用制限をかけているからだ、と主張していた。

バイデン政権側は、長距離砲の使用強化はロシアを刺激するだけで、そもそもウクライナに有利な戦局をもたらす要素ではない、という立場をとっていた。トランプ氏の当選後は、ウクライナ政府の主張を受け入れる形で、長距離砲の使用制限を解除してみせた。

https://x.com/ShinodaHideaki/status/1858951965004226897

結果は、長距離砲の使用制限の解除は、戦局に大きな影響を与えていない。そこでアメリカは、「武器ではなく人」が苦戦の原因だ(ウクライナが苦戦しているのは巨額支援を提供したバイデン政権の責任ではなくウクライナ政府の及び腰の動員政策のせいだ)といったことを言い始めたわけである。

これに対してウクライナ政府は「勝利計画」の見立てが崩れたわけだが、なお「支援国の支援が不十分で遅いのでウクライナは苦戦している」という主張を徹底している。苦戦の原因は、支援国にあり、ウクライナ政府に責任はない、という立場である。

おそらく今後、この言い争いの構図は、激化していくだろう。ゼレンスキー大統領は、自らの失敗を認めてしまったら、政権維持が難しくなる厳しい状況に置かれている。「上手くいかないのは全てアメリカなどの支援国のせいである」の立場を貫くしかない。

クルスク侵攻作戦を見て歓喜して激賞した日本の専門家の方々も、やむをえずこのままゼレンスキー大統領の方を持ち続けるしかないだろう。「悪いのはアメリカ、ゼレンスキー大統領は失敗していない」という立場を貫き続け、過去の自らの言説を清算することもないだろう。
 閉塞感の強い状況である。

 

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