「平和構築」を専門にする国際関係学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda 

2025年02月

 トランプ大統領の就任から一カ月で、国際情勢は大きく変わった。その象徴が、ウクライナとロシア共和国の間の紛争の早期終結を要請する国連安全保障理事会決議2774だろう。https://docs.un.org/en/S/RES/2774(2025)

 短い文章の決議だが、ロシアの全面侵攻以降では初めて安保理が決議を採択できたことが大きい。紛争の早期終結が「国際の平和と安全に主要な責任を持つ」国連安保理の意思であることが表明された。この要請は、全ての国連加盟国に対して、適用される。「要請」について、安保理は、比較的珍しい「implore」という語を使った。強い表現である「request」などと比べて弱めなのは、国連加盟国が遵守しなければならない具体的な要請内容がないからだろう。しかしそれにしても、今後は戦争の継続を望むことは、国連安保理2774に反することになるわけで、その意味は小さくない。

 欧州5カ国が棄権に回った。その他の地域の諸国は全て賛成票を投じた。欧州が孤立した形であった。

同じ2月24日に採択された総会決議を見ると、ロシアの「侵略」を非難する決議に、欧州諸国に、日本や韓国などのそれなりの数のその他の諸国も賛成票を投じている。したがって「侵略」に反対する戦争の継続にこだわっているのは、もちろん厳密には欧州諸国だけではない。だが欧州ではほとんどの諸国が、「紛争の早期終結」に留保を付しながら、「侵略を非難」しているとすると、他の地域では、そのような傾向は見られない。総会決議は、93カ国の賛成票で採択されたが、実際には反対票が18カ国で、棄権・無投票が80カ国あった。賛成票を投じた諸国のほうが、数が少ない。

 2022年・23年に国連総会で同様にロシアの「侵略」を非難する決議が採択された際には、141カ国が賛成票を投じた。当時は、それも十分な数ではないようにみなされた。経済制裁の実効性を持たせるためにも、さらに「侵略」非難に同調する国を増やさなければならないように考えられた。2023年5月に開催されたG7広島サミットにおいて、岸田首相の日本政府が、「法の支配」と「グローバル・サウス」をテーマに掲げたのは、そのような考え方にそったものだった。端的に言えば、ロシアを「非難」してくれる諸国の数を増やすために、「法の支配」と「グローバル・サウス」を並べて語ろうとしたのである。

しかし2024年2月の段階で、すでに賛同国は減ることが自明とされた。そこで昨年は、「非難」決議案の提出そのものが見送られた。しかし今年は、安保理で「紛争の早期終結」を要請する決議が採択される見込みだった。ウクライナと欧州支援諸国としては、なんとしても総会で「侵略」を「非難」する決議を採択したかったはずである。結果は、賛成国を48カ国減らし、国連加盟国数の半分に届かない数での採択であった。採択にこぎつけて面目は保ったが、国際世論が大きく「紛争の早期終結」に向かって動いていることを印象付ける薄氷の採択となった。

欧州は、どこで失敗したのか。

国際世論の面でいえば、ダブル・スタンダードだろう。ウクライナのことになると他国に戦争や制裁に協力せよと説教するが、他の地域では決してそのようなことはしない。決定的だったのは、ガザ危機だ。占領地に苛烈な軍事行動をとって多数の一般市民の犠牲者を出しているイスラエルを、欧州諸国は支持し続けた。これでは、全く説得力がない。

このダブル・スタンダードの問題については、私自身は過去にすでに何度も書いてきている。https://gendai.media/articles/-/133855 

そこでここでは、むしろ現実の力の面で、欧州が疲弊してきていることについて、もう少し考えを進めてみたい。

欧州は、ロシアに対する経済制裁がブーメランとなって、エネルギー価格の高騰を招き、全般的な物価高に苦しむことになった。これが基幹的であるドイツの自動車産業などにも深刻な影響を与えてしまっている。その結果、欧州各地で、極右とされる政党が勢力を伸ばした。

初期の欧州のウクライナ支援を主導したボリス・ジョンソン英国首相は、早々と退陣した。やはり急先鋒の一人だったドイツのベアボック外相を擁したショルツ内閣は、選挙での無残な大敗を喫して退陣した。代わりに勢力を広げたのは、極右政党と分類されるAfDだ。フランスではマクロン大統領が続投しているが、ルペン氏ら右派勢力の伸長にさらされており、薄氷を踏む国内政治運営を強いられている。もう一つの主要国であるイタリアのメローニ首相は、ウクライナ支援を掲げながら高い人気を誇っている例外的な存在だが、もともとは極右と言われていた人物で、トランプ大統領に最も親しい欧州の指導者でもある。ハンガリーのオルバン首相のようにEUの方針に公然と異を唱える指導者も現れてきた。EUのフォンデアライエン委員長やカラス外交安全保障上級代表は、選挙の洗礼を受けないため、従来の路線を守りながら職にとどまり続けると思われるが、選挙で議員が選出されるEU議会では右派政党が勢力を伸ばしており、各国の国内政治との乖離が露呈しないとも限らない。

 ロシアの全面侵攻から3年がたち、欧州全体が疲弊し、変化を余儀なくされている。ロシアに対する経済制裁と、ウクライナに対する武器支援で、「ウクライナは勝たなければならない」の方針を容易に実現できると考えた見込みが、甘かった。なぜこんなことになってしまったのかを念頭におきながら、カラス氏ら対ロシア急進派の発言を改めて見てみると、思うところがある。

 ロシアを罰する、ロシアを弱める、ロシアを懲らしめる、という動機づけが先行しすぎている。ロシアを痛めつけることができる可能性があるのなら、それはやってみるべき政策だ、という考えにとらわれすぎている。結果として、その政策が自分たちも弱体化させるのではないか?という疑問を過小評価してしまう傾向が顕著だ。あるいは仮に自分たちが弱まっても、ロシアを懲らしめることができるなら、あえて国民に我慢を強いてでも実行しなければならない、という考えにとらわれすぎている。

 たとえば、ロシアを懲らしめるはずの制裁としてのエネルギー輸入の停止は、ロシアに代替輸出先を探させただけで、欧州の一般市民を大きく苦しめている。欧州系の企業にとにかくロシアから撤退するように強いた挙句、残した資産をロシア人が活用したりしてまで地場企業で経済を維持しているのに、欧州企業は市場を失っている、といった現象が普通の出来事になってしまっている。

 アメリカのトランプ大統領は、「アメリカ・ファースト」の政策を「常識革命」と呼んでいる。欧州の状況と比べると、意味深い。国家は、自らの国力を充実させることを最優先に考えるべきだ。それは確かに「常識」である。

仮に国際秩序のために貢献することが長期的な啓蒙された国益にもかなうことがあるとしても、自国の国力を弱体化させる政策まで取り始めるのは、本末転倒である。自分が倒れてしまったら、敵を倒すことはもちろん、仲間を支援することすら、できなくなってしまう。

日本の「ウクライナ応援団」も、ロシアを悪魔化するあまり、とにかくロシアを貶め、ロシアとの関係を断ち、隠れ親露派と思われる人物も何とかしてあぶりだして攻撃するのを主要な活動内容とする集団となってしまった。

これは「常識」的ではない。世界の多くの諸国の人々も、達観し始めている。早くそのことに気づいたほうがいい。

 

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 2月24日のロシアのウクライナに対する全面侵攻から3年を迎える日にあわせて、国連で二つの決議が、安保理と総会で採択された。

 安保理決議2774は、3年間で初めてウクライナ情勢をめぐって採択された安保理決議だ。安保理が決議を出せなかった理由は、ロシアが持つ拒否権であった。つまり今回は、ロシアが拒否権を発動せず、10カ国の賛成多数で、採択された。5カ国の欧州の常任・非常任理事国が棄権をした。

 これについてメディアは、米欧の亀裂が露呈、あるいはアメリカがロシアにすり寄った、といった見出しで報じている。そのような言い方もできるかもしれないが、欧州が孤立している、という言い方もできるだろう。欧州以外の諸国は全て賛成した。安保理理事国総数15カ国の3分の1にあたる5カ国が反対したわけだが、全て欧州諸国であった。常任理事国であるイギリスとフランスに加えて、三カ国の枠を欧州が持っているのは、安保理の構成として、過剰配分気味であるだけだ。

 このアメリカが提出国となった安保理決議の内容は、「ロシア共和国・ウクライナ紛争」の終結を求めるものである。ロシアの「侵略」についてふれず、したがってロシアを非難しているわけでもない。戦争の終結を求める内容だ。現在、アメリカのトランプ政権が、積極的な停戦交渉に乗り出している。これをロシアが好感しており、中国も支持している。今回の安保理決議は、トランプ政権の停戦交渉努力を後押しする意味を持つことは言うまでもない。

ちなみにイギリスとフランスは、国連憲章の規定で、三大国と同様に拒否権を持つが、長期にわたって行使していない。両国が最後に拒否権を行使したのは、アメリカと共同で行った1989年までさかのぼる。単独での拒否権行使は、フランスが1976年、イギリスが1972年にまでさかのぼる。外交上の立ち位置だけでなく、総合的な国力の国際的な評価があり、両国は事実上安保理で拒否権を行使しない国になっている。両国は、今回の安保理決議の内容に不満があったと想定されるが、半世紀ぶりに欧州単独で拒否権を発動するような行為は慎んだ。三大国が意思を固めている状況で、あえて欧州諸国だけで拒否権を行使するようなことはできなかった、という描写もできる。

国連総会で採択された決議(A/ES-11/L.10)は、ロシアの「侵略」を非難する内容であった。ウクライナと欧州諸国が中心になって決議案を提出した。賛成93カ国、反対18カ国、棄権が65カ国であった。国連加盟国総数は193カ国なので、17カ国が投票そのものを回避したことになる。国連加盟国数の過半数に到達していないのに決議が採択されたのは、投票総数の過半数が賛成であれば採択されるためである。
25 Feb 2025 GA voting record

言うまでもなく、賛成票を投じた諸国の中心は、欧州諸国であった。それに2022年・23年の同趣旨のロシアの「侵略」を非難する決議に賛成した日本や韓国などのアメリカの同盟諸国や友好国が残った。しかし2022年・23年の決議が141カ国の賛成票を集めたのと比べると、48カ国が賛成票の陣営から離脱したことになる。アメリカがその中の一国であり、棄権も選択せず、反対にまで回った。

棄権と無投票をあわせた83カ国が、賛成も反対もしなかった。ロシアの「侵略」を認める投票行動を避ける一方、安保理決議で示された戦争終結への努力を支持する立場から、そのような中立的行動をとったのだと思われる。

反対したのは、ベラルーシ、ブルキナファソ、ブルンジ、中央アフリカ共和国、北朝鮮、赤道ギニア、エリトリア、ハイチ、ハンガリー、イスラエル、マリ、マーシャル諸島、ニカラグア、ニジェール、パラオ、ロシア、スーダン、アメリカ合衆国であった。

従来から総会決議に反対してきたのは、ロシアに加えて、ベラルーシ、北朝鮮、ニカラグアである。シリアは、アサド政権崩壊を受けて、棄権に回った。今回新たに反対陣営に加わったのは、まずはアフリカ諸国だ。ブルキナファソ、ブルンジ、中央アフリカ共和国、マリ、ニジェールは、いわゆる仏語圏諸国である。フランス軍を追い出してワグネルを入れている「サヘル諸国同盟」の三ヵ国がその典型だ。マリは、ウクライナの同国への介入に抗議する訴えを、安保理に提出したこともある。その他のアフリカの反対票を入れた諸国であるスーダン、赤道ギニア、エリトリアは、自国の外交的立ち位置の計算から、ロシア寄りの立場を強めている諸国だ。

今回注目されるのは、イスラエルが、アメリカに追随する意図であるのか、反対票を投じたことだ。常にイスラエルを擁護する投票行動をする太平洋島しょ国の中からマーシャル諸島とパラオが追随した。

やはりアメリカに追随したと思われるのが現在アメリカの財政支援でケニアを中心とした国際部隊を受け入れているハイチである。欧州の大勢と明確に異なる立場をとり続けているハンガリーも、反対票を投じた。

安保理決議と総会決議を合わせて見て整理できるのは、アメリカのロシア・ウクライナ戦争の停戦に向けた交渉努力は、国際社会の広範な支持を得ている、ということだろう。
 日本のメディアのバラエティ番組などに出てくる「識者」のトランプ嘲笑だけを見て、国際情勢を理解して気持ちに浸るのは、危険である。

 

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 トランプ大統領によるロシア・ウクライナ戦争の停戦調停が本格化しようとしてきている中、「ウクライナは勝たなければならない」主義の方々が、トランプ大統領は、1938年ミュンヘン会談の「宥和主義」の過ちを繰り返そうとしている、と主張している。

 この主張は、どこまで妥当だろうか。

 われわれは絶えず歴史から教訓を導き出し、そこから学びを得ようとする。時代は変わっても、人間の社会に一定の共通性のあるパターンが起こりうることは確かだからだ。

 他方、人間の歴史に、全く同じ事柄など発生したことはない。歴史の教訓なるものは、常に歴史の解釈者側の関心によって生み出されるものでしかない。関心が過度に偏っている場合に、歴史的事実の軽視や歪曲も度外視されてくることもある。ある一つの歴史的事件から、全く異なる立場の人々が、全く異なる教訓を引き出してくることは、よくあることである。

 1938年ミュンヘン会談の「教訓」とは、領土拡張主義を追求する者に対しては、領土の割譲を通じた譲歩は、さらなる領土拡張を止める効果を持たない、というものだろう。この教訓は、極めて論理的な推論のことを示してもいるので、非常に説得力がある。

 ただし実際の「ウクライナは勝たなければならない」主義の方々の1938年ミュンヘン会談の解釈について言えば、いくつかの神話的な要素がある。

 第一に、当時のイギリス首相チェンバレンが、ヒトラーの危険性に気づかず、ヒトラーに騙されて「宥和政策」をとってしまった、というのは、史実に完全には合致していない。チェンバレン内閣は、第二次世界大戦勃発に先立ち、ミュンヘン会談後から、大軍拡路線に舵を切った。ヒトラーの危険性に気づいたからである。ミュンヘン会談の結論は、1938年の段階でドイツと戦争をしても、準備のないイギリスは不利だ、という現実主義的な判断によるものであった。

事実として、1939年にヒトラーがポーランドにまで侵攻するのを見て、宣戦布告をしたイギリスとフランスは、瞬く間に戦場でドイツに駆逐されてしまった。ドイツとの戦争は簡単なことではないというチェンバレンの考えは、間違っていなかった。ヒトラーを強く憎んで一切の交渉を断ってさえいれば、第二次世界大戦を防げた、と考えるのは、非現実的である。

 そもそも「ウクライナは勝たなければならない」主義の方々であっても、「アメリカは参戦すべきだ、欧州諸国とともに日本も戦争に参加するべきだ」と主張しているわけではない。ロシアとの戦争が、少なくとも簡単なものではないことを、知っているからである。それにもかかわらず、「ウクライナは勝たなければならない」とだけ主張することは、どういうことだろうか。1938年のチェンバレンに「チェコスロバキアはドイツと戦争をして勝たなければならない」と主張させることに等しいだろう。チェンバレンが、そのような主張をしなかったのは、「宥和政策」をとりたかったからではなく、そのような主張の非現実性を自明視していたからである。

 第二に、1938年のミュンヘン会談の最大の問題性は、交渉によってチェコスロバキアの領土割譲を正式に確定させようとしたことである。これは国際連盟規約に反する行為であった。現代であれば、国連憲章違反である。

 トランプ大統領は、停戦は語っているが、領土割譲を正式に宣言せよ、とウクライナに迫っているわけではない。停戦というのは、ある程度の領土の帰属に関する認識を曖昧にしながらも、まずは達成してみようとする試みのことだ。そうでなければ、北方領土問題を抱える日本がロシアと戦争をしていないのは、国連憲章違反だ、ということになってしまう。

 第三に、1938年の「宥和政策」が1939年のポーランド侵攻を招いた、と仮定しよう。それは「宥和政策」が、ヒトラーの心理に甘えを抱かせたからだ、という仮定によって成り立つ主張である。

 だが別の観点から言えば、実効性のある抑止策を導入できなかったがゆえに、さらなるヒトラーの侵攻を防ぐことができなかった。問題は、抑止策である、と言うこともできる。

 現在のロシア・ウクライナ戦争をめぐる停戦案では、欧州軍のウクライナ領への展開などの再侵攻を防ぐメカニズムが議論の対象になっている。こうした措置は、侵略を防ぐのは、「ウクライナは勝たなければならない」といった言葉による心理ゲームではなく、現実世界における抑止力の有無である、という考えにもとづくものだ。

 換言すれば、現在協議されている停戦合意の内容は、抑止力の導入によって再侵攻を防ぐことを目指したものだ。
 ミュンヘン会談のような歴史的事例から、「宥和政策」であろうが「威嚇政策」であろうが、心理ゲームだけを繰り返していても、効果はない、現実の抑止策こそが、将来の侵略を防ぐ、という教訓を引き出すこともできるのである。
 トランプ大統領が非常に際立った性格を持つ人物であるがゆえに、自分の願望に反したトランプ大統領の行動を、全て支離滅裂なものとみなしてしまいたい、という衝動を抑えきれない方々が、多々いらっしゃる。しかし国家としてのアメリカは、すでに3年間も大規模な支援でウクライナを支援してきた。それにもかかわらずウクライナは、特にザルジニー総司令官罷免後のゼレンスキー大統領は、クルスク侵攻のような冒険を試みるだけで、ロシア軍に負け続けている。アメリカが、疲弊を感じて、新しい段階に進みたいと考えるに至ったとしても、それは驚くべき事態ではない。冷静に状況を分析していく態度が必要だ。

 

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 トランプ米国大統領が、ゼレンスキー・ウクライナ大統領を「まあまあ成功したコメディアン(a modestly successful comedian)」と描写する表現から始まるSNS投稿で、「選挙のない独裁者」と呼んだことが、大きな話題となっている。

https://x.com/realDonaldTrump/status/1892242622623699357 

 この投稿で、トランプ大統領は、アメリカがウクライナに提供した3,500億ドルの巨額さを訴えた。それは欧州が提供した資金よりも圧倒的に多額で、しかも大半が使途不明になっているとも指摘した。そのうえで戦争は、ゼレンスキー大統領とバイデン前大統領によって引き起こされたものだが、今やトランプ政権がそれを終わりにする、と主張した。

 一斉にトランプ大統領の人格を否定をする感情的な声が巻き起こった。欧米諸国でも同様の反応が見られるが、日本でも、軍事評論家や国際政治学者やジャーナリストの方々など、これまで「ウクライナ応援団」と言われてきた方々が、とにかくトランプ大統領はひどい、という感情を吐露し続けている。かなり煽情的な発言もSNSで舞っている。

 ゼレンスキー大統領そのひともまた、即座にトランプ大統領への反発を表明した。「世論調査では自分は人気がある」、と誇示したうえで、トランプ氏がプーチン大統領の陰謀に篭絡された、といったことを述べた。日本でも、これに呼応して、かなりの数の言論人層が、「アメリカの大統領がプーチン大統領に篭絡された」と繰り返している。

半年ほど前に、私は、「ウクライナ応援団はどこへ行くか」という文章を書いたことがあったが、どうやら「プーチンになったトランプが全てを滅茶苦茶にした」という地点にたどり着いたようである。https://agora-web.jp/archives/240911013609.html 

もはや、かなりの数の評論家・学者・メディアが、もはやアメリカ大統領の言説の分析を放棄しているような状態だ。これらの方々は、熱心に、「プーチン大統領の陰謀論に篭絡された」、といった物語を口々に叫び、扇動的に世論に訴えかけている。

 だがどこまでトランプ大統領の思考が破綻していると言えるかは、それほど単純な問題ではない。ウクライナ政府が、戒厳令下の強権を用いて、選挙を延期し続けているのは事実である。カール・シュミットの言葉を用いれば、戒厳状態は「既成法治国家的秩序における独裁」であり「委任独裁」と分類される。他国の大統領を「選挙のない独裁者」と呼ぶのが非礼であることは確かだが、概念構成が著しく破綻しているとまでは言えない。現実を、嫌味な言い方で描写した、ということだ。

 だがそれではなぜトランプ大統領は、そのような言葉づかいでゼレンスキー大統領を挑発しているのか? 

日本の大多数の評論家・学者・ジャーナリストによれば、「もちろんそれはトランプ氏の頭がおかしく、しかもプーチンの陰謀論に篭絡されたから」、ということらしい。 

果たしてトランプ氏の行動は本当にそこまで破綻しているのだろうか。

冷静に考えてみよう。

選挙戦中から一貫してトランプ大統領は、「戦争を終わらせる」と言っている。今、トランプ大統領を「陰謀論者」と呼んで非難している方々は、この立場それ自体を受け入れたくない方々である。なぜなら自分たちがこれまで、「ウクライナは勝たなければならない」、と主張してきたからである。

だが、「戦争を終わらせると言っていること自体が陰謀論に染まっている証拠だ」といった主張を証明できるだろうか。これはかなりの程度に、政策判断にあたっての価値判断の問題である。巨額の支援を続けているアメリカが、もうその負担から解放されたいと願うこと自体は、それほど「陰謀論」的なものだとは思えない。

原理主義的な立場を離れ、いったんトランプ大統領の政策目標を受け入れてみよう。アメリカが戦争の停止を望むこと自体は破綻した考えだとまでは言えない、と想定してみよう。その場合でも、果たして、トランプ大統領の態度は、支離滅裂な陰謀論だと言えるだろうか。

 トランプ大統領は、「私はウクライナを愛しているが、ゼレンスキーはひどい仕事をした」とも書いていた。ウクライナを愛するがゆえに戦争を止めようとしているが、その障害になっているのがゼレンスキー大統領だ、という主張である。

 この認識も、必ずしも明白に間違っているとまでは言えない。なぜならゼレンスキー大統領は、極めて頑な戦争継続にこだわる立場をとっており、明らかにトランプ大統領の停戦斡旋の障害になっているからである。

 そこでトランプ大統領としては、強烈な圧力でゼレンスキー大統領に停戦を受け入れさせるのでなければ、ゼレンスキー大統領ではない人物と停戦交渉をする可能性を考えるしかない。

 前者の圧力の方向の試みとして、トランプ大統領は、ウクライナへの援助を止めた。そして、これまでのウクライナ支援への見返りとして、ウクライナ領内のレアアースをアメリカに譲渡せよ、といった要求を行った。これに対してゼレンスキー大統領は、当初は、投資なら歓迎だといった話のすり替えをしていたが、やがてそのような誤魔化しがきかないことがわかったため、拒絶をする宣言をした。

 今回のSNSは、その直後に、ルビオ国務長官率いるアメリカの代表団と、ラブロフ外相率いるロシアの代表団が、サウジアラビアで会談をしたところで、発せられたものだ。その意図は明確だろう。アメリカの停戦努力に協力しないのであれば、アメリカはゼレンスキー大統領以外の人物と交渉したい、ということだ。

 トランプ大統領もロシアのプーチン大統領も、選挙を済ませたばかりで、任期をだいぶ残している。これに対して、ゼレンスキー大統領は、本来は大統領に任期を切らしたところだ。そこでウクライナが選挙を実施してくれれば、アメリカの支援なしで領土を失い続けるしかない戦争を続けるか、停戦に応じるか、をめぐる国民の判断がなされることになる。

ところがゼレンスキー大統領は、戒厳令を理由にして選挙を延期し続ける立場を変えるつもりがない。これでは戦争が続く限り、ゼレンスキー大統領の交代はなく、ゼレンスキー大統領の交代がないために、永遠に戦争が続くことになる。選挙がなければ、ウクライナ国民はたとえアメリカの支援がなくても戦争を継続することを望み続けている、という前提から抜け出る機会を見出すことができない。

そこでトランプ大統領は、ゼレンスキー大統領が選挙をしていない、という点に焦点をあてた挑発をしてきたのだと思われる。選挙が行われていない事実を強調して、まずはゼレンスキー大統領への圧力を高めるためである。加えて、選挙を通じて、アメリカの支援なき戦争継続か、停戦か、を論点にした国民の意思の表明の機会を作り、ポスト・ゼレンスキー時代のウクライナを構想するためである。

恐らくほとんどの日本の評論家・学者・ジャーナリストは、「ゼレンスキー大統領は絶大な人気を誇っているので、選挙で負けるはずはない」と思い込んでいるだろう。その根拠は、戦時中の「大統領を信頼するかどうか」といった曖昧な問いのキーウ国際社会学研究所(親西欧的でオレンジ革命等において役割を担ったとされるキーウ・モヒーラ・アカデミー国立大学[NaUKMA]とValeriy Khmelko教授やVolodymyr Paniotto教授などを通じたつながりを持つ)の世論調査の結果である。だがそのような曖昧な世論調査の結果で、様々な政治勢力がしのぎを削る選挙の結果を占うことには、限界がある。
 恐らくトランプ大統領は、ゼレンスキー大統領の勢力以外の政治勢力が、選挙で勝つ可能性が高いと考えているのだろう。そこで「私はウクライナを愛しているが、ゼレンスキーはひどい仕事をした」という立場から、ゼレンスキー大統領を挑発して、選挙実施に踏み切らせようとしている。あるいは戦争を継続してもアメリカの支援はないことを知らせて、選挙が実施されないまま戦争継続努力に動員されているウクライナ国民の不満あるいは不安をかきたてようとしている。

このようなトランプ大統領の態度を、「ゼレンスキー大統領こそがウクライナそのものだ」と信じる層の方々は、絶対に認めない。だがトランプ大統領にとっては、政策目標の達成にあたって、合理的な必要性が認められる手段である。

現在の論点は、トランプ大統領は、悪魔プーチンの陰謀に篭絡された、といった類のことではない。

現在の論点は、トランプ大統領のウクライナ内政の読みが正しいか、間違っているか、である。https://agora-web.jp/archives/250214095025.html 


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 バンス米国副大統領が、ミュンヘン安全保障会議で行った演説が、大きな話題だ。ロシアを敵視して、同盟諸国の結束を称え合うのが、ここ数年の通例であった。ところがバンス副大統領は、欧州諸国の民主主義のあり方に疑義を呈した。そして防衛政策の是非を論じる前に、欧州諸国で民主主義の価値観が失われていないかを確認するべきだと訴えたのだ。
 バンス演説は、欧州諸国に非協力的なトランプ政権の姿勢の象徴として受け止められた。そしてトランプ政権が、標準的な安全保障政策に反し、ウクライナを見捨ててロシア「宥和」政策を進めてようとしていることの証左と解釈された。
 確かにミュンヘンでゼレンスキー大統領と会談したバンス副大統領は、あらためて停戦を促進していくトランプ政権の立場を強調した。
 トランプ大統領がロシアのプーチン大統領に電話をして停戦に向けた協議をすることで合意したことに、ウクライナのゼレンスキー大統領は強い不満を表明している。これまで「ウクライナは勝たなければならない」という立場を貫いてきた欧州の政治家たちにとっても、不満だ。そこでバンス副大統領の演説を、「欧州に対する侮辱」と受け止めた。そして欧州の政治家たちが、次々と感情的な反発を表明した。
 バンス副大統領は、ミュンヘンを訪問したにもかかわらず、ドイツのショルツ首相との会談を行わなかった。すぐに交代する、という考えによるものだったという。2月下旬に予定されている選挙で、連立政権を組んでいる社会民主党や緑の党は、極右とされるAfDの後塵を拝して、第三勢力に沈むと予測されている。
 こうした点を考えると、バンス副大統領に、欧州の既存の政権担当者が感情的な反応をしたのも無理はない。だがそれはバンス副大統領も、計算済だろう。そこで「トランプ政権がAfDを助ける内政干渉をしている」といった赤裸々な反応も出ているのである。
 バンス副大統領が繰り返し参照したのは、ルーマニアの大統領選挙が無効になった事例だ。選挙で首位になったジョルジェスク氏が、親ロシア的な勢力の運動と結託していた、という理由で、選挙がやり直しになった。今や欧州では、ロシア寄りの言説に味方してもらっているかどうかが、大統領選挙の結果を無効にする理由になりうる。これは言論の自由を原則とする民主主義国のあり方としておかしいのではないか、という趣旨の主張を、バンス副大統領は行った。
https://singjupost.com/full-transcript-vp-jd-vance-remarks-at-the-munich-security-conference/?singlepage=1  
 実際のところ、親ロシア勢力に支援されているかどうかは、政権担当の資質審査になりうる重大事項だ、というのが、既存の欧州の政治家たちの間の雰囲気だ。しかし、その雰囲気の閉塞感が、生活の現実における物価高などと重なり合って、極右と描写される新興の政党の得票数を伸ばす結果をもたらしているのも、現実である。
 つまりバンス副大統領の演説が、既存の政治家層にとって看過できないものだったのは、新興の政治勢力に勢いを与え、自分たちの政治基盤を掘り崩す効果を持ちかねないものであったからだ。
 すでにそうした右派系の新興の政治勢力は、ハンガリーやスロバキアで、現実に政権を担当している。オランダでは第1党がそれに該当するし、その他の諸国でも軒並み存在感を高めている。欧州最大の人口と経済規模を持つドイツで、AfDが躍進すれば、この流れにさらに大きな弾みがつくことは間違いない。
 もっともその流れは、既存の政治エリートと新興政治勢力の間の摩擦を生み、混乱を伴うものになるだろう。バンス副大統領の演説の本質は、この状況がもたらす事態をにらんだものだったと言える。

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