「平和構築」を専門にする国際関係学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda 

2025年03月

 前回の「プーチン大統領の観測気球と停戦の行方」と題した記事で、プーチン大統領が国連暫定統治をウクライナに導入したらどうかというアイディアを披露した発言について取り上げた。https://agora-web.jp/archives/250329115837.html

プーチン大統領は、1999年のコソボに関するNATO軍事介入の後に国連が暫定統治を行った事例に詳しい。当時、すでにエリツィン政権大統領府高官だった。同年後半に首相代行になってから、後継大統領候補に指名され、翌年に大統領になった。その後、演説の中で、欧米諸国の対外政策を非難する際、繰り返しコソボについてふれてきている。2014年にクリミア併合を発表した際にも、基本的に無関係のコソボの話ばかりをしていた。私は拙著『国際紛争を読み解く五つの視座』(講談社、2015年)を執筆するところだったので、よく覚えている。

詳しいはずのプーチン大統領なので、国連暫定統治の話を持ってきたりすることは容易にできるだろう。だが、今の状況で、実際には適用されるはずがないことも、わかっているはずだと思われる。そのため私は自分の記事に「観測気球」という語を入れてみた。

この「観測気球」に即座に反応したのが、トランプ大統領だ。暫定統治を導入して選挙をしてからでないと一切の交渉に応じない、とプーチン大統領が言ったのだとしたら、これは停戦調停に多大な努力を払っているトランプ大統領としては顔をつぶされたことになり、看過できない。そこで「私は怒っている(angry and pissed off)」といった表現で、プーチン大統領をけん制した。

https://news.yahoo.co.jp/articles/51eaeaacceef2eb9bdcf2a0db928e01e93185a5b 

日本のメディアは、「トランプはプーチンに騙されている!」キャンペーンを展開していたので、今回の発言は「遂にトランプは自分が騙されていたことに気づいた!」といった流れで受け止められているようだ。だがもし次の電話会談の後に、また少し違う雰囲気の発言があれば、「またトランプがプーチンに騙され始めた!」といった報道をするのだろう。残念なことに、学者・評論家層も、こぞってメディア報道にのっかることばかりを考えているように見える。

英語メディアなどで確認してみると、トランプ大統領が一連の発言の全体の趣旨が、少し異なっていることがわかる。トランプ大統領は、「われわれは良い関係にある、もし彼が正しいことをすれば怒りはすぐに霧散する、今週中に電話する」と言って、話を結んでいる。

https://news.sky.com/story/no-one-will-be-fired-over-signal-chat-group-blunder-says-president-trump-13338576 

トランプ政権登場によって大きく変わったことの一つが、国連安保理決議が採択されるようになった点であることは、前回の記事で書いた。224日の早期停戦を要請する国連安保理決議を棄権したイギリスとフランスは、「有志合同軍」派遣の構想の推進を急ぎ、停戦後の平和活動で、国連が主な役割をとることをけん制しようとしている。

しかし米・露・中が合意した国連安保理決議が出れば、その権威は絶大だ。欧州以外の諸国から反発あるいは懸念の声が上がるとは思えない。ウクライナ単独支援にこだわる欧州(とカナダ+オーストラリア)がむしろ少数派に追い込まれていく構図が、さらに強まっていくだろう。

プーチン大統領は、この情勢をふまえて、国連カードの最大限の有効活用を狙っている。もちろん、現在、戦場で優位を保って支配地を広げているロシア側に、早期の停戦を焦る動機がなく、引き延ばしを図っていることは、確かだろう。だがロシアがトランプ大統領の停戦調停努力に大きな関心を寄せていることもまた確かと思われる。時間を稼いでロシア軍の進軍の様子を見守りながら、交渉の落としどころも探っている。

落としどころの最終的な具体的詳細は、交渉を通じた人間的な作業の後に決まってくることなので、完全に予測することは難しい。

ただし前回の記事で参照したウクライナを三地域に分ける仕組みは、米露間では、もうほとんど叩き台のようなものだろう。その線引きの具体案が、駆け引きを通じた折衝対象になると思われる。

いずれにせよ、紛争当事者のトップ同士がお互いに会うのを拒絶しているような状況で、超大国アメリカが調停人となって間に入って、交渉が進められている。その結果、注目度の高さもあり、ロシア、ウクライナ、そしてアメリカの首脳が、あえて第三者向けのメディア対応やSNSなどの機会を通じて、交渉に影響を与える発言をあえて行う「劇場型」の交渉となっている。毎日ニュースで報道されているロシア・ウクライナ戦争の特殊な性質によるものだ。
 だがいかに「劇場型」で進んでいると言っても、交渉は交渉だ。その点も忘れず、冷静に事態の推移を見守って分析していく態度が必要だ。万が一、見ている日本が浮足立ってきて、地に足の付かない発言や行動に引き寄せられてしまったりすると、大きなリスクを抱えこんでいってしまうことになる。

 

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 ロシアのプーチン大統領は、ウクライナのゼレンスキー大統領が任期終了後も選挙を延期していることを、繰り返し揶揄している。そして、ゼレンスキー大統領には正当性がないので、本格的な和平合意はウクライナで選挙が行われた後の新指導部との間で取り交わすことになる、と発言してきている。

 これについて広範な感情的な反発がある。それはともかく、実はウクライナ側もロシアの現指導部との直接交渉を法律で禁止している事情がある。ロシアとウクライナは、相互に直接交渉を嫌っているわけである。

 そのためアメリカが仲裁者としてそれぞれと個別の交渉を繰り返している。なぜアメリカは個別交渉ばかりを繰り返すのか、といった声もあるが、ロシアとウクライナが直接交渉を拒絶しているから、というのが公式の答えになる。

 漠然と、最後の最後になったら、直接交渉が行われるのではないか、というイメージが持たれている場合があるが、必ずしもそれは絶対ではない。少なくとも、プーチン大統領とゼレンスキー大統領の直接交渉が発生する可能性は低い。このままアメリカが間に入った個別交渉の積み重ねの末に、一定の合意が果たされる可能性もあると思われる。

 この流れの中で、仲裁者アメリカと紛争当事者の二カ国のそれぞれの大統領が、メディア対応やSNSでの発信を通じて、交渉に影響を与える発言をする、という場面が多々見られてきている。三者三様のやり方で、様々な思惑を感じさせる発言をしてきている。

 プーチン大統領は327日の発言で、国連の暫定統治をウクライナに導入して選挙を実施したらどうか、という案を披露した。おなじみのゼレンスキー大統領には正当性がないという主張の延長線上の発言である。これにはウクライナや欧州各国の指導者のみならず、国連事務総長も、否定的な発言で反応した。すでに存在している主権国家の頭越しに国連が暫定統治を導入した事例はない。脱植民地化の過程で、国家内部の特定地域の地位確定のための暫定期間に、国連が一定の統治機能の肩代わりをしたことがあるのが基本だ。

一番最近の事例としては、1999年以降の数年の間に東ティモールとコソボで、国連が暫定統治活動を行ったが、これも分離独立を目指す地域の地位確定までの暫定期間に、国連が統治活動を肩代わりした事例だ。微妙な例としては、199293年のカンボジアにおける国連の暫定統治が想起される。国際的な正当性を欠いた実効支配政府が、長期にわたる内戦をへて、国家統一を果たすために、カンボジア人各派が共同で構成する主権評議会とは別に統治権限を行使する国連の暫定的な統治権威を受け入れた。ロシアは、東部4州を併合したという立場をとっているので、カンボジア型の暫定統治は、プーチン大統領が受け入れないだろう。

ウクライナの場合、いずれにせよ、安全保障理事会で少なくともイギリスとフランスが拒否権を発動しても拒絶をしてくると思われるので、実現の見込みはない。もっともそれは、ウクライナ全土を対象にして暫定統治を導入するモデルの場合の話だ。

プーチン大統領の発言の裏側には、トランプ政権が登場してから、ウクライナをめぐって国連安保理決議が採択される可能性が出てきたことをふまえた意図があると思われる。今年224日に、国連安保理は、ロシア・ウクライナ戦争の早期の停戦を要請する決議を採択した。欧州5カ国が棄権に回ったが、米・露・中を含む残り10カ国が賛成して、採択された。20222月のロシアのウクライナ全面侵攻以降、初めて国連安保理がこの戦争に関して採択することができた決議であった。

もし国連安保理が早期停戦を公式に促すのだとしたら、停戦に伴って何らの平和維持活動ミッションあるいはそれに準ずるミッションの派遣の要請が生まれたとき、それを可能にする決議が採択される可能性があるということだ。それをふまえてのことだろう。3月になってから、中国やインドから、ウクライナでの平和維持活動に参加する可能性を検討しているかのような報道が出てきた。

プーチン大統領の真意はもちろんわからないが、真剣に国連平和維持活動(PKO)ミッションの派遣の要請を考えているのだとしたら、今回の発言は、ある種の観測気球ということになるだろう。ウクライナ全土を、暫定的であれ、国連が統治するというのは、様々な意味で、起こりそうにない。しかしそれでも国連PKOミッションの展開がうわさされ始めているのは、第三者性のある組織が、停戦監視にあたるのでなければ、停戦の実効性が保てないからだ。第三者とは、OSCEでなければ、国連以外にはない。プーチン大統領は、おそらくこの国連PKOの展開を視野に入れ、その活動範囲と権限の最大限の拡大を狙っているのだろう。

もちろんロシアが併合したことにしている地域に国連PKOを入れることは、ロシアの側が許さないだろう。しかしウクライナ全土に国連PKOが展開し、それによってNATO構成諸国の軍事展開を阻止する根拠にできるのであれば、その方が望ましいと思っているのだろう。

ロシアとウクライナの戦線は、実際に交戦地域を見ても約1000キロ、ロシアとウクライナの間の国境線という意味では2,000キロ以上の距離がある。空前の規模の両軍の引き離しが必要になる。史上最長・最大の非武装中立地帯の設定も視野に入ってくる。その非武装中立地帯の監視にあたることができるのは、ほぼ国連しかない。

イギリスとフランスが中心になって進めている欧州軍あるいは有志連合軍の展開は、中理的に活動する国連PKOとは別のものになる。もし展開できるとすれば、ウクライナ西部だけだろう。それでもオデッサなどの要衝に展開したいとは思っているはずだ。

ロシアは欧州軍の展開を嫌っているので、国連PKOを望んでいる。万が一、併存する形で欧州軍の展開を受け入れるとしたら、限られた西部地域のみにおいてであろう。

以前の調査報道で、ロシアがウクライナ領土を三分割する案を持っていると伝えられたことがある。ロシアの視点で東からロシア併合地域、キーウを含む中央部、そして西部地域だ。https://babel.ua/en/news/112871-media-russia-will-try-to-convey-to-the-usa-a-plan-to-divide-ukraine-into-three-parts

現状ではこれは、ロシア占領地域、国連展開中立地域、欧州軍展開地域という区分けの考え方と対応することになる。

まだロシアがウクライナ三地域化案を提案するかわからず、ウクライナが合意するかもわからない。ただ、逆に言えば、ロシアとウクライナの双方が、この案に合意すれば、停戦に向けた地ならしは一気に進んでいくことになる。

 

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 興味深いゼレンスキー大統領のインタビューを見た。「プーチン大統領が恐れているのは何か」と問われ、ゼレンスキー大統領は、「ロシア社会の不安定化だ」、と答えた。さらに、「自身の権力を失うことだ」、と付け加えた。そのうえで、「彼もそのうち死ぬだろう。それは事実だ。その時、すべてが終わる」と述べ、そして「自分はプーチンより若い」と強調し、「プーチンよりも自分に賭けたほうがいい」と言って笑ったのである。https://x.com/Mylovanov/status/1905030605525688771

 非常に興味深い発言である。

 第一に、戦時中の大統領の孤独の描写が興味深い。国家の最高権力者として、数万人単位の死傷者を出している戦争の戦場に、次々と国家の有為な人材を動員して送り込む職務を遂行しなければならない。果たしてどこまで社会が成り立っていくのか。もし人々が自分に反旗を翻したらどうするのか。強烈な不安があるだろう。

 ゼレンスキー大統領の命令で、ロシア軍が攻撃してもいない場所でロシア領クルスク州にウクライナ軍が侵攻した。その結果、クルスク戦線だけでウクライナ側に7万人とも言われる戦死者が出たとされる。大統領の命令は、われわれが日常生活で経験しているようなものとは全く違う重たさを持っている。

 ゼレンスキー大統領は、最近は、ほとんどクルスクについて語っていない。撤退が始まり、それがほぼ完遂した今も、ほとんど語っていない。侵攻作戦開始時には、毎日のようにクルスクについて語っていたにもかかわらず。どのような心理状態だろうか。

 もちろんゼレンスキー大統領は、プーチン大統領は不安を持っている、と断定しているだけである。自分にはあてはまらない、自分には何も不安はない、といわんばかりの態度をとっている。だが、今のウクライナで大統領職を務めていて、何も心理的負担を感じない人間などが存在しうるだろうか。いずれにせよ、ゼレンスキー大統領は、「大統領の心理」を、非常に気にしている。

米国のトランプ大統領が、ゼレンスキー大統領を「選挙のない独裁者」と呼んだとき、ゼレンスキー大統領は、猛烈に感情的な反応をした。「自分は圧倒的多数の国民の支持を得ている」、と主張した。したがって公式には、あるいは主観的には、自分は国民の支持を得ているが、プーチン大統領は持っていない、ということになっている、あるいはそう信じている。

 だが、見る人によっては、反対の印象を抱く場合もあるだろう。つまり、選挙で信任を得ているので、時々の世論調査の結果はあまり気にせず、代わりに「ゼレンスキー大統領は選挙をやっても本当に勝てるのか」とつぶやくプーチン大統領とトランプ大統領のほうが、むしろ余裕がある、と感じる人も、少なくないだろう。

ゼレンスキー大統領は、選挙を無期延期にしているだけに、日々、世論調査の結果を気にしなければならない。「自分はプーチンより人気がある」ということを、いささか素直すぎる表現で、自ら、主張し続けなければならない。独特の心理状態にあると思われる。

 第二に、国家間の戦争を、二人の大統領の決闘として捉えている度合いが非常に高い。最高権力者の存在が、国家にとって重要であることは間違いないだろう。だがゼレンスキー大統領は、四六時中、プーチン大統領について語っているような印象がある。いつもプーチン大統領がいかに邪悪な人間であるかということを、語り続けている。そして自分の存在を、その邪悪の象徴であるプーチン大統領の対極に位置する人物として、描写する。

 プーチン大統領は、ゼレンスキー大統領について、あまり言及しない。するとすれば、「キエフのネオナチ」のような侮蔑的表現で政府関係者を集合的に扱ったうえで、その首領がゼレンスキー大統領である、という位置づけをする。

 実際に、プーチン大統領は、政治経験の浅いゼレンスキー大統領を同格扱いしたくないという心理状態にあるのだろう。これに対してゼレンスキー大統領は、明らかにそのような扱いに苛立っている。そこでことさら対決の図式を描いて見せて、プーチン大統領を挑発してみせようとしている。

 第三に、このような決闘の図式を描いたうえで、ゼレンスキー大統領が「自分は若い」という理由で、欧州人は、プーチン大統領ではなく、自分自身に投資をするべきだ、といった話をして、欧州各国の支持を維持しようとしている。

 ゼレンスキー大統領が言う「若さ」は、たとえばわれわれが日本の政治状況などを見て思う「若さ」の論点とは、違うだろう。日本のような老齢政治が常態化している社会であれば、若い政治家が、若い視点で、若者の利益を優先させて、政治を行ったほうがいいだろう、といったことが話題になりうる。

 ゼレンスキー大統領が言う「若さ」の論点は、そのこととは違う。ゼレンスキー大統領は、プーチン大統領は自分より先に死ぬ、自分は長く生き残る、だから自分がプーチン大統領に勝つ、ということを言っている。これはまたかなり特異な視点に立った発言である。冗談のつもりなのかもしれないが、面白くもない冗談である。

果たしてゼレンスキー大統領は、いったい何年戦争を続け、何年自分が大統領の職に居続けるつもりなのだろうか。皮肉のようだが、そのような問いも感じないわけではない。

最後の最後になったら、大統領の若さが、ウクライナの最大の武器だ、ということになるのだという。年齢が上のほうが、先に死ぬので不利である。若い大統領のほうが長く生き残る、というのは、消耗戦を前提にしても、よくわからないチキンレースに戦争の状況をたとえた表現である。

ゼレンスキー大統領は過去3年間で風貌が激変した、と言われる。感情的な表現を繰り返したり、奇妙なしぐさが止まらなくなったりするときもよくある。われわれが感じることがないレベルの精神的負担を、全面侵攻開始時から数えても、3年以上にわたって耐え続けている。果たして変わったのは風貌だけか。心理状態も大きく変わっているのではないか、と推察するのは、むしろ自然である。

現在、アメリカのトランプ政権が停戦調停を熱心に行い始めており、これもゼレンスキー大統領にとっては、大きな心理的負担だろう。支持者たちは、「トランプに負けるな!ウクライナは最後の一人になるまで戦い続けるぞ」といったことを安易に言いがちである。もちろんその気持ちも一つの真実だろう。だがそのように言う者も、本当に実際に4千万人の人口が完全に殲滅されても構わない、と言いたいわけではないだろう。

ゼレンスキー大統領の心理状態は、もうかなり前から、ロシア・ウクライナ戦争の帰趨を左右する大きな要素になってきている。トランプ大統領も、プーチン大統領も、そのことを見透かして、様々な牽制を仕掛けてきている。この問題は、今後、どう展開していくのか。大きな注目点である。

 

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 数日前に「ウウクライナ「自称」平和維持軍の曖昧さと危険性」という題名の記事を書いた。https://agora-web.jp/archives/250321115627.html その後に、関連するいくつかのニュースがあった。いずれも以前の記事で私が指摘した懸念の要素を反映したものだった。

 旗振り役の一つであったはずのフランスが、構想していた「欧州軍」あるいは「有志連合軍」を、国連平和維持活動で「代替」させてもいいのではないか、という示唆をしたという報道が流れた。https://www.ukrinform.jp/rubric-defense/3973202-makuron-fo-da-tong-lingha-guo-lian-ping-he-wei-chi-junwo-ou-zhou-bu-duinoukuraina-pai-qianno-dai-titoshite-jian-taobao-dao.html それを意識したのだろう。ゼレンスキー大統領が、国連ミッションは、外国軍の代替にならない、という発言をした。https://jp.reuters.com/world/ukraine/CHKMZ6BL7JJ4LAGHP4A4JQDPG4-2025-03-21/ 

これは「欧州軍」と「国連平和維持活動」が別々のものであること、それぞれがそれぞれの機能に応じた役割を期待されていること、などが整理されて共有理解になっていないことによって発生した混乱である。

イギリスでは、派手に「欧州軍」構想を打ち上げたスターマー首相が、すでに計画策定の段階に入った、などと主張した。ところが計画策定の役割を与えられたイギリス軍幹部層から、「『平和維持軍』ではなく『保証軍』として説明されるべきだ」という声が上がっていると報道された。https://news.yahoo.co.jp/articles/d403929941a13079c2964d242cbc4cc23a6c0ebc?source=sns&dv=pc&mid=other&date=20250321&ctg=wor&bt=tw_up 

さらに、英紙『テレグラフ』が、イギリスの軍人層がスターマー首相の平和維持軍構想を「政治劇」と一蹴した、その他の関係者の間でも拙速なやり方に不満と批判が出ている、と報じた。https://www.telegraph.co.uk/politics/2025/03/23/starmer-ukraine-peacekeeping-plan-political-theatre/

提案者で旗振り役であるはずのイギリスがこの有り様では、追随する国は、欧州の内部でも、相当に限られてくるのではないか。

これに関連して、ドイツの『ディ・ヴェルト』紙が、外交関係者の発言をもとに、ブリュッセル駐在の中国の外交官が欧州連合(EU)の主要機関に対して、中国がウクライナへの平和維持軍に参加する可能性をEUではどのように受け止めるかと質問していたと報じた。ところがこの報道を中国政府が否定する、という報道も流れた。https://www.ukrinform.jp/rubric-polytics/3974194-zhong-guoukurainaheno-ping-he-wei-chi-junheno-can-jia-ke-neng-xingni-guansuru-bao-daowo-fou-ding.html

率直に言って、中国が、イギリスが主導する「有志連合軍」に参加する、などということは、よほどの天変地異がないと、起こりそうにない。最初のドイツでの報道が驚愕の内容であり、おそらくは記者が何らかの事実誤認をした可能性が高い記事であったと思われる。

逆に言えば、中国が否定したのは、あくまでも「同国による戦後のウクライナへの平和維持軍への参加について協議しているとする報道」だ。中国政府は、何があってもウクライナにおける国際平和活動に参加するつもりはない、と言っているわけではない。もし国連安全保障理事会でこの件が議題化されたら、中国が関心を持って積極的に議論を推進する可能性はない、と言ったわけでもない。

中国が、イギリスが主導する「有志連合軍」への参加を検討しているかのような荒唐無稽なドイツ紙の報道は現実離れした虚偽だ、と言っているにすぎない。

この件は、むしろ逆に中国が、イギリスが主導しようとして混乱を見せてしまっている「有志連合軍」などとは全く違う枠組みで、つまり最も有力には国連安全保障理事会決議を伴った国連ミッションで、参加して貢献することに十二分な関心を持っているかもしれないことを示唆している。

日本の自衛隊がウクライナで活動できないか、という話題を、ちらほらと目にするようになった。伝統的には、障壁は国内法制度である、と考えられる。確かに、それは正しい。自衛隊の海外活動をめぐる法制度は、特に国際平和活動への参加の面において、まだまだ非常に曖昧模糊としており、弱い。

だがウクライナの場合には、さらに複雑かつ繊細な政治的性質の問題がある。自衛隊は、南スーダンであれば国連PKO、イラクであればアメリカ軍の圧倒的な存在を大前提にして、海外での部隊派遣の活動を進めた。しかしウクライナにそのような存在はない。現在話題となっているイギリスの構想は、控えめに言って曖昧模糊としており、正確に言えば混乱したものでしかない。

もしウクライナでの貢献を考えるのであれば、世論迎合的な感情論で押し切ろうとする考えを捨て、徹底的に緻密に政治分析を行い、しかもその結果を作戦行動に反映させることができる体制を整えることを、何よりも重視していかなければならない。

 

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 トランプ米国大統領の停戦調停努力が進む中、蚊帳の外に置かれた形の欧州諸国が危機意識を強めている。そこで出てきた反応の一つが、「欧州軍」なるものの「平和維持軍」構想だ。

 イギリスとフランスが、いわば存在感をかけてメディアにアピールしているので、特にトランプ大統領を毛嫌いするメディアで、頻繁に重大ニュースであるかのように取り上げられている。

 しかし中身が曖昧模糊としている。語り合っている方々の間で、理解の統一が図られているのか、かなり怪しい。参加国も、イギリスとフランス以外には、明らかになっていない。「会議に来てくれ」と言われれば、もちろん多くの欧州諸国が会議に参加するだろうが、それと実際に兵力を提供することとは、次元が違う話になるのは、言うまでもない。

 ところが曖昧模糊としているのをいいことに、日本で気が早い方々が、「参加すべきだ」という論陣を張っている。https://news.yahoo.co.jp/articles/899c268e632323c1cc4348ba397fca27aa9f264f?page=3 今この件が特徴的なのは、日本の自衛隊制服組及び自衛官OBを中心とする軍事評論家層などが、かなり強い心情的なコミットメントを見せていることだ。2017年に南スーダンから撤収してから、国連PKOがアフリカその他の地域に広範に展開していることを知っていても、国際平和活動の参加に関心の高まりが起こったことはなかった。ところが今、ロシアに対抗するウクライナへの派兵に関心が表明されているのは、日本社会あるいは関係組織の組織文化を物語る様子として、印象深い。

 しかしメディアで見られる記事のように、https://www.sankei.com/article/20250223-Y26SRKCWRFLVLHVM2QUWXGJBWE/ 論旨として、35年前の1991年「湾岸戦争シンドローム」を参照する、というのは、いただけない。古すぎるし、まるで無関係な事例である。いくら日本が少子高齢化で平均年齢が異様に高い国だからといって、これでは真面目な政策論にならない。

 そもそもウクライナ政府の要請にしたがって派遣される諸国の兵力は、通常われわれが用いる「平和維持活動」ではない。有名な国連文書『平和への課題』の定義では、「平和維持」とは、「関係する全ての当事者の同意に基づいて, 通常は国連軍事要員と(又は)警察要員を含み, しばしば文民も含むような現場での国連の展開」である。日本の外務省を参照すれば、平和維持の定義は次のようなものだと示されている。「伝統的には、国連が紛争当事者の間に立って、停戦や軍の撤退の監視等を行うことにより事態の沈静化や紛争の再発防止を図り、紛争当事者による対話を通じた紛争解決を支援することを目的とした活動」https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/peace_b/genba/pko.html 国連平和維持局が2008年に公刊して現在でも権威的に参照される『United Nations Peacekeeping Operations: Principles and Guidelines(いわゆる『Capstone Doctrine)は、平和維持活動の三原則として、紛争当事者の同意、不偏不党性(impartiality)、任務(mandate)遂行以外の武力の不行使、をあげている。

 イギリスのスターマー首相が語っている「平和維持軍」には、「国連」も「紛争当事者の同意」も「不偏不党性/中立性(neutrality)」も安保理が授権する「任務」も何もない。ただフワッと「平和のために活動する」のような決意表明があるだけだろう。サンダーバード軍のようなものでも何であれ、皆「平和維持軍だ」という発想のようだ。

 これは従来の国際的な「平和維持」概念の使用から大きく逸脱している。事実として、スターマー首相が、実務家級の検討を命じたところ、まずもって概念構成のところに苦情が出てきたようだ。

「防衛・外交筋は、派遣されるかもしれない部隊について、『平和維持軍』ではなく『保証軍』として説明されるべきだとしている。」と報道されているが、全くその通りである。「https://news.yahoo.co.jp/articles/d403929941a13079c2964d242cbc4cc23a6c0ebc?source=sns&dv=pc&mid=other&date=20250321&ctg=wor&bt=tw_up 

 目的設定のところから曖昧模糊あるいは単なる混乱が見られる活動について、政治家から「そこをとにかくうまい具合にやれる計画だけ作れ」と命令されても、担当者には困惑しかないだろう。

 率直に言って、イギリスとフランスの勇み足で、メディア向けニュースが先行しすぎている。他の欧州諸国もついてきているようには見えない。

 もちろんロシアの再侵攻を防ぐ抑止策は必要である。イギリスとフランスの貢献を、意味ある形で位置付けられるのであれば、それは意義深いだろう。だが今スターマー首相とマクロン大統領が語っていることは、混乱、あるいは控えめに言って曖昧模糊としたものでしかない。

 「欧州軍」が「国連平和維持活動」によって代替されるかもしれない、とマクロン大統領が語った、という報道もある。https://www.ukrinform.jp/rubric-defense/3973202-makuron-fo-da-tong-lingha-guo-lian-ping-he-wei-chi-junwo-ou-zhou-bu-duinoukuraina-pai-qianno-dai-titoshite-jian-taobao-dao.html しかし両者は全く別のものだろう。代替関係にはならない。併存はありうるだろう。

 ロシアの再侵攻を防ぐ抑止を目的とする「保証軍」の展開は、「集団的自衛権」を根拠にした活動をふまえたものであるはずだ。それ以外の枠組みはない。これはいわば日米安全保障条約を根拠にして日本に駐留する「在日米軍」に近い存在になるはずだ。イギリスとフランスは、必死にこれを「平和維持軍」と取り繕おうとしている。しかし無理だ。

国連平和維持活動は、国連安全保障理事会決議を根拠にして展開するものだ。ロシアが中国の平和維持活動への参加は歓迎だと言ったり、インドも関心があるようだといったりしたことが指摘される場合、想定されているのは、こちらの本物の「平和維持活動」のことである。なおトルコも関与に関心を持っているとされるが、現在OSCEの事務総長がトルコの元外相であることから、OSCEの枠組みを用いることを当然考えているだろう。OSCE展開の場合にも、国連安保理決議が採択されて、国連平和維持活動の代替あるいは連動した活動として位置づけられる可能性はある。

少子高齢化が著しい日本が、「欧州が世界の中心であり、イギリスとフランスが世界の指導者だ」などと時代錯誤的なこと考えてしまうのは、勝手ではある。しかし世界の現実は、ついてこない。

万が一にも、思い込みや誤解、あるいはウクライナ同情・ロシア糾弾・トランプ侮蔑の感情論で凝り固まっている国内世論に乗っかった形で政策論を進めてしまったら、大変なことになるだろう。

 

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