「平和構築」を専門にする国際関係学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda 

2025年03月

 ロシア・ウクライナ戦争をめぐりロシア領クルスク州に攻め込んだウクライナ軍が、大量の欧米支援の武器も放棄して敗走し、クルスクでの戦闘は終結を見せようとしている。トランプ米国大統領の停戦調停交渉が段階的な進展を見せてきている。

 そんな現実とは別に、「言葉狩り」と言わざるを得ないことで、日々SNSが盛り上がり、ニュースが作られている。戦場の惨状と、交渉の緊張とは、全く別のところで、観客たちが、わかりやすく興奮できる題材に飛びついている、という状況である。

トランプ大統領が、クルスク州でロシア軍に囲まれている(surrounded)数千人のウクライナ兵の命を助けてほしいとロシアのプーチン大統領に要請したところ、プーチン大統領が捕虜としての取り扱いをするという返答をした。

このやり取りには背景がある。プーチン大統領は、それ以前には、クルスク州で捕らえられたウクライナ兵は、「テロリスト」として処罰する、と発言していた。国際人道法を適用して戦時中の捕虜としての取り扱いをせず、しかも厳しい刑罰を科す、という意図を伝えた発言として注目された。

これに対しては「国際人道法を適用せよ」と要請するのが、法律的なアプローチであろう。それを停戦調停中のトランプ大統領が、「生命を奪わないでほしい」、というトランプ大統領らしい言い方で要請した。この言い方の是非については多々意見があるかもしれないが、結果としてプーチン大統領は、「国際人道法を適用する」と答えたのに等しい回答をした。

重要なのは、捕虜の保護という結果である、という観点から見るならば、意味のあるやり取りであったはずである。もしウクライナ兵が捕虜としての取り扱いを受けられなければ、停戦交渉の進展にも悪影響を与えることは必至であった。

このやりとりに端を発して、しかし実質内容とは無関係な場外乱闘のような構図での盛り上がりが、SNSやメディアで巻き起こった。日頃からウクライナ側に立った言説を展開している評論家やジャーナリスト層が、トランプ大統領の認識あるいは言葉に、一斉に反発したのである。「surrounded」というトランプ大統領が用いた言葉は、比較的漠然としたものであったと思われる。だが糾弾者たちの間では、これが示し合わせたように「encircled」という言葉に置き換えられた。そして、「完全包囲(encircled)されているウクライナ部隊はない、トランプはプーチンに騙されて間違った認識を披露している」という糾弾がなされる根拠とされていった。

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トランプ大統領を糾弾している方々は基本的に、日ごろから停戦反対の立場をとって、プーチン大統領とトランプ大統領がコミュニケーションをとっていることそのものを非難してきる方々である。どんなものでもいいので非難する材料があれば飛びついて非難する、という姿勢なので、あまり内容のある言葉狩り論争ではない。わざと一様に「surrounded」を「encircled」だと言い換えたうえで、「encircledされた部隊はない」といった、トランプ大統領とプーチン大統領の間のやりとりの実質的意味のある部分とは無関係なところでの言葉狩りをしてみせるのは、かなり操作的である。
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要するに、何か停戦交渉につながる題材で、プーチン大統領だけでなく、トランプ大統領も糾弾できる話題がほしい、内容は何でもいい、と渇望している方々が、相当数存在しているのだ。そこには立派な評論家やジャーナリストや学者の方々までも数多く含まれている。

 しばらく前から、日本において、これらの人々は「ウクライナ応援団」などと総称されたりしていた。だが今やウクライナの何を応援しているのか、定かではない。活動内容は、もっぱら他者の糾弾である。

 もちろん糾弾対象の筆頭はプーチン大統領だが、今やロシア人全般が糾弾対象である。さらには少しでも「ロシア寄り」とみなせるような発言や態度を見せた人物は全てが糾弾対象である。プーチン大統領と会うことはもちろん、話をするだけで、「プーチン寄り」とみなされて、一斉糾弾の対象とされる。

 外交関係の場面では、ハンガリーのオルバン首相や、モンゴルのフレルスフ大統領らが、「プーチンと会った」という理由で、激しく糾弾されてきている。欧州各国の国内社会でも「親露派狩り」の現象が顕著で、最近ではルーマニアで大統領選挙の最有力候補が「親露派的である」という理由で、立候補を禁止される事件が起こった。

 同じような事情は、日本でも顕著に発生している。著名な言論人や政治家、あるいは華々しい業績のある学者であっても、「十分にロシアを非難してウクライナを擁護していない」、という理由で、「親露派」の烙印を押されて非難の対象となってきた方々が、無数に存在している。

 「ウクライナ応援団」とは、実態としては、「親露派バスターズ(撲滅団)」である。

 留意すべきは、この「親露派バスターズ」が攻撃対象としているのは、単にロシア政府高官のような人物たちだけではない、ということである。日々のエネルギーの多くが、ロシアではない自分たちの社会の中の「隠れている親露派」の糾弾のために費やされている。実際には親露派と言えるような立場をとっているのか不明な人物についても、時には「隠れ親露派」の烙印を押し、積極的にあぶり出し、犬笛を吹いて注目を呼び寄せて糾弾対象にしていく、という事例を、いくつも作ってきている。「インフルエンサー」が、SNSで「〇〇は『闇落ち』した」といった宣言で犬笛を吹くと、一斉にフォロワーたちが扇動される、という具合である。

非常に厳しい状況である。まずこの「隠れ親露派狩り」は、終わりがない。国際社会では、ウクライナへの支持が目に見えて減ってきている。2022年の時点で141カ国が賛同した国連総会におけるロシア侵略非難決議は、今年の2月には93カ国の賛成票しか得ることができなかった。ゼレンスキー大統領は、昨年6月にスイスで開催した「平和サミット」の後、さらに「グローバル・サウス」諸国を取り込んで第2回をすぐに開催すると言っていたが、実施時期の見込みをどんどんと遅らせていった挙句、今はその話題を口にすることすらありえないような状況になってしまっている。

「隠れ親露派バスターズ」の活動の先鋭化が、より広範な支持の獲得につながるとは、到底思えない。むしろ一人、また一人と、ウクライナ支持者を引きはがしているような状態である。現在では、ウクライナの最大の支援者であったアメリカが、トランプ大統領という「隠れ親露派」の代表のような存在を得て、日々の糾弾・揶揄・侮蔑の対象となっている。

そんなことをして、いったいどのような利益が、ウクライナにもたらされると考えているのかは、不明だ。だがここまでくると、誰にも容易には「親露派バスターズ」活動を止めることはできない。裏切者とみなされて自分までも粛清の対象となることが怖いからである。ひたすら「隠れ親露派狩り」にいそしむ姿を仲間に見せ続けるしかない。

この事情が最も根深いのは、ウクライナ国内であろう。ただ国際的な注目度が高いために、外国人あるいは在外ウクライナ人が、ひっきりなしに盛り上げ役をやっているようなところがある。

「この戦争は終わらない」というこの界隈の従来からの主張にもかかわらず、あるいは停戦を口にする者に対する「親露派バスターズ」の活動にもかかわらず、戦争は停戦に近づいている。

しかしロシア・ウクライナ戦争の停戦後の平和構築の見込みは、非常に厳しいと感じる。日本はウクライナの支援に関与せざるを得ないが、甘い気持ちで関わると、痛い目にあうだろう。

 

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 昨年8月にウクライナ軍がロシア領クルスク州に攻め込んでから続いていたクルスクにおける攻防戦が、ウクライナ軍の敗走で、終結を迎えている。

 作戦を開始したウクライナに、合理性のない作戦であった。

ロシア側にも被害を出したことは間違いないが、ウクライナ軍も精鋭部隊を投入したうえで、甚大な損亡を被った。ロシア側の発表では7万人のウクライナ兵が殺傷されたという。もちろんこの数字の信憑性は、わからない。しかしここ数日だけをとっても、撤退中のウクライナ軍が攻撃されている様子などが確認できる。兵力・兵器の双方で、甚大な被害を出したことは、間違いない。

 合人的物的資源で劣るウクライナは、一人でも多くロシア兵を殺せばいい、という立場には立てないはずだった。ロシアの侵攻を排除するという目的にそって、よりいっそう戦略的に効率的な作戦が求められているはずだった。そのウクライナ側が、大規模な損害を恐れない作戦をとった。この作戦の帰結の責任は、ウクライナ政府指導部が負うべきである。

 もっともこれには「ウクライナが何を失敗しても、その責任はただプーチンにだけある」といったウクライナ応援団的な主張もありうるだろう。

 ウクライナに同情的な日本の軍事評論家層は、こぞって空想的なクルスク作戦の意味を吹聴し続けた。あまりの状況に、私はたまらず名指しの批判記事を書いたほどだった。

 https://gendai.media/articles/-/136831#goog_rewarded 

その結果、「親露派」としての糾弾を受けることになった。しかし、言うまでもなく本質的な問題は、篠田が「親露派」であるかどうかではなく、クルスク侵攻に合理性があったのかどうかであった。

 貴重なウクライナ軍兵士の人命が、外国の地であるロシア領で失われた。多くの兵士がロシア軍に投降して捕虜となった。

 さらには米欧が提供したウクライナ軍がもともと保有していなかった最新鋭の兵器が、破壊されるのでなければ、捕獲された。巨額の援助でウクライナ領の防衛のための兵器が、ロシア領侵攻で失われただけではない。混乱した撤退で置き去りにされた米欧の兵器群が、ロシア側の手に入ってしまった。その損失の意味は、過小評価できない。

 もともとクルスクは、1943年にドイツ軍がソ連に対して攻勢を仕掛けて失敗し、戦局を大きく不利にしてしまう契機を作ってしまった戦場だ。どうやらゼレンスキー大統領は、クルスクという名称のロシアの原子力潜水艦が、2000年に乗組員全員が死亡する事故を起こしたことを縁起担ぎとして、侵攻作戦を思いついたような形跡がある。しかしもちろんそれは単なる駄洒落のようなものだ。より重要なのは、第二次世界大戦中のクルスクの戦いの歴史で示されている地理的な重要性だ。

 クルスクは、モスクワとキーウを結ぶ平野部の線上に位置する。当時しきりに米欧諸国供与の兵器を用いてロシア領を攻撃したいと支援国に懇願していたゼレンスキー大統領は、モスクワ攻略まで夢見ていたのかもしれない。だが実際には、クルスクからキーウへの距離のほうが、モスクワへの距離よりも、圧倒的に短い。ロシア領であるかどうかは、関係がない。キーウのほうが近いのだ。それにもかかわらず、ここで大規模な戦線が開かれて、そのうえロシア有利で進んだら、ウクライナ側が圧倒的に不利である。本来であれば、ウクライナにとっては、境界線を決壊させて兵力を集中させるのではなく、強固な防衛線を築くことに、合理性があった。

 1943年にドイツ軍は、自らの実力を過信して、ソ連軍にクルスクでの正面衝突の戦いを挑み、撃破され、敗走した。その流れは、ソ連赤軍によるベルリン陥落まで、もはや変わることがなかった。

 今回は、アメリカの調停が入っている最中の時期であり、ロシア軍がキーウにまで攻め込むことはなさそうである。それにしてもクルスク攻防戦におけるロシアの圧勝は、調停に向けた戦況の確定で、決定的な意味を持つことになった。

ウクライナ軍は、クルスク侵攻から、東部戦線の戦況を著しく悪化させた。今やロシア軍は、ドネツク、ルハンスク、ザポリージャ、ヘルソンの行政区を、ほぼ占領下に置いている。もし残存地域を非武装中立地帯に設定できれば、あとは現状の固定と、ウクライナのNATO非加盟(中立化)の制度的取り決めがなされれば、戦場で前進し続けているロシアであっても、停戦に向けた交渉に合理性を見出せる可能性が出てくるだろう。

 もともと2023年末までに、ロシア・ウクライナ戦争は、膠着状態と言える段階に到達していた。しかし「ウクライナは勝たなければならない」の観念にかられたゼレンスキー大統領は、ロシア領攻撃を通じた戦局の打開という夢にとらわれるようになった。そこで自身と対立しがちとなったザルジニー総司令官を罷免し、戦局の膠着を打開するためのクルスク侵攻に踏み切った。結果として、確かに膠着状態の解消を果たしたが、それはウクライナに全く不利な形での解消であった。

 政治家の行動は、心情的な事情ではなく、客観的な結果にてらして、評価されなければならない。もちろん評論家層の言説も、やはり心情的な事情ではなく、客観的な結果にてらして、評価されなければならない。

 

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日本がロシア・ウクライナ戦争を見る時に、非常に興味深いはずの視点は、日露戦争との比較だ。日本は、ソ連だけではなく、ロシアと交戦をしたことがある稀有なヨーロッパ域外の国である。

日論戦争の終結は、ポーツマス条約によってなされた。これは学校授業の日本史のレベルでよく説明されているように、非常に困難なプロセスであった。しかし現在のロシア・ウクライナ戦争を見たときに、幾つかの重要な示唆がある。現在、ロシア・ウクライナ戦争で、アメリカの調停が注目を集めている。この点に注目しながら、日露戦争終結の歴史について考えてみてもいいだろう。

日本はイギリスと同盟関係を結んでロシアとの戦争を戦った。開戦から1年の間の戦況を有利に進めることができた日本は、しかし長期戦になれば不利になることをよく覚知していた。ロシア国内の厭戦ムード・反政府運動を高めるための工作も成功裏に進めていた。そこで日本は、タイミングよくアメリカの第三者調停を導入することに成功した。アメリカは日英両国と友好関係を持ち、ロシアの南下政策を警戒していたので、形式的には第三国として中立国だったが、日本にとって非常に望ましい調停者であった。

そのアメリカは、ポーツマスにおいて、日本の完全勝利とは言えない調停案をまとめるための圧力をかけてきた。日本の指導者層は、満足はしなかったが、アメリカの調停による戦争終結が果たされなければ、待っているのは惨事だけであるという認識から、苦渋の決断として、ポーツマス条約を受け入れた。

ところがそれは外交政治指導者層以外の人々には、受け入れられなかった。賠償金のないポーツマス条約の内容に怒った民衆が、日比谷焼き討ち事件に代表される激しい反発を示した。外交交渉にあたった小村寿太郎は、右派層からは国賊のように扱われた。これはその後の日本の政治文化及び政府内エリートが右傾化していく温床となった。

 軍部も、自分たちの戦場の勝利を、外交官が台無しにした、という怨恨の気持ちを持った。これはアメリカの関係を重視する論理を持つ海軍と比して、そうした風土を持たない陸軍において、いっそう強かった。日露戦争の果実としての満州における権益が、満州鉄道の開発などの形で進められたとき、陸軍は外務官僚の関与なく進める傾向を強く持つことになった。アメリカが満州鉄道の共同開発を提案したとき、外交的な論理では、ポーツマス条約の立役者であるアメリカとの関係を重視して歓迎する見方もありえた。しかし陸軍は反発し、結局、満州開発は、アメリカを排するどころか、陸軍独占権益の形で進められることになった。

 アメリカは日本の大陸進出に懸念を持つようになった。ロシア革命後のシベリア出兵における日本軍の行動も、アメリカから見れば、猜疑心を強めざるを得ないものであった。ソ連がスターリン時代の一国革命主義の時代に入ると、アメリカはますますソ連よりも大日本帝国を警戒するようになる。両大戦間期の軍縮交渉で、アメリカは日本の軍事力を厳しく制限することを試みるようになり、アメリカの圧力で日英同盟も終結した。日本国内では、陸軍を中心とする軍部が、アメリカに激しく反発するようになった。そして満州事変以降に、日本の中国大陸での拡張がさらに新しい段階になると、アメリカとの関係の破綻は決定的となった。

私は、現在のウクライナにとって、アメリカとの関係は死活的な重要性を持つので、アメリカとの関係の維持に高い優先順位を置くのは、当然であった、と考えている。ヨーロッパ諸国との円滑な関係の維持のためにも、アメリカとの良好な関係の維持が重要であった。戦時中の熱情から、戦争の継続それ自体を崇高な目的にして、アメリカとの関係を犠牲にしてもやむを得ないといった考え方には、危険が伴う、と考えてきた。

結果として、日本国内では、軍事評論家を中心とする「ウクライナ応援団」界隈の方々から「親露派」「老害」のレッテルを貼られて糾弾され、人格的攻撃も受けるようになった。

恐らく、取り巻きは「ウクライナ応援団」的な方々なのであろう。ゼレンスキー大統領は、オーバル・オフィスで、バンス副大統領に「親露派」のように振る舞うのはやめろと説教をするかのように行動して、トランプ大統領の改心も願うような行動に出た。その結果、「失礼だ」と一蹴される破綻を招き、アメリカの軍事支援・情報支援の停止に象徴されるアメリカとの関係の悪化を招いた。

事態がここまでに至っても、日本の学者・評論家・ジャーナリスト「ウクライナ応援団」層は、ひたすらゼレンスキー大統領を擁護し、トランプ大統領バッシングだけを繰り返している。メディアは、「ウクライナの世論調査ではゼレンスキー大統領を支持する答えが上昇した」という話ばかりを好んで扱い、アメリカの支援なしでも戦争を継続すべきだ、といった趣旨の論調を煽り続けている。

おそらくウクライナは、日露戦争当時の日本とは、違う道を歩んでいく。厳しい言い方になるが、ウクライナが戦争を継続して、活路を見出せる現実的可能性は乏しい。しかしそれでもなお戦争を継続したいと考える政治勢力は根強く、なんといっても政治支配者層が、そうした右派勢力を支持基盤にしているところがあり、簡単にはポーツマス条約のような判断をすることができない。私はゼレンスキー大統領が、現実に根差した政治判断をせざるをえなくなるだろうと考えているが、それは日露戦争当時の日本とは違った形で、国内に多くの混乱と禍根を残す曖昧なやり方で行われる恐れが強いとも考えている。

さらに言えば、国外の「ウクライナ応援団」が戦争継続を願っているので、これもあなどれない勢力である。ヨーロッパや日本における「ウクライナ応援団」の方々は、アメリカとの関係を清算して、ウクライナの戦争継続を応援し続けるべきだ、という趣旨の扇動的な言説を声高に叫び続けている。現代日本には陸軍は存在していない。しかし、代わってこの世論を主導しているのは、軍事評論家などの方々である。

ポーツマス条約を締結した日本も、結局は、数十年をへて、アメリカとイギリスとの戦争を不可避とみなすようになり、ソ連とも戦争をした。その意味では、ポーツマス条約は、完全な成功例ではなく、単に時代の流れを遅延させただけの事件だったのかもしれない。

日本もウクライナも、今後、いっそう軍事評論家が権勢を振るう時代になっていくのだろうか。大きな時代の流れである。

 

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トランプ大統領が推進するロシア・ウクライナ戦争の停戦交渉の圧力に対して、ヨーロッパは混乱気味だ。

228日のオーバル・オフィスにおける「口論」の後、ゼレンスキー大統領を擁護する姿勢を、ヨーロッパ諸国指導者が次々と打ち出した。傷心気味だったゼレンスキー大統領を支えるために、あらためて緊急会議を開いた。トランプ大統領やバンス副大統領のウクライナへの姿勢を批判するトーンの発言も隠そうとしていない。

カラスEU外交安全保障上級代表などは、「自由世界には(アメリカに代わる)指導者が必要だ」と発言するなど、トランプ政権への不信感を隠すことなく、タカ派路線を続ける勢いを見せている。フォンデアライエン委員長も、EU諸国の防衛費の大幅な増強を提案するなど、強気の姿勢を崩していない。

ところが、ヨーロッパ諸国の指導者層は、トランプ大統領の豹変を懇願している。選挙の洗礼を受ける必要がないEU指導部とは異なり、各国指導者は、選挙で国民の信任を得られる政策をとらなければならない。そのため、アメリカなしでは、戦争の継続はもちろん、戦後の関与のあり方も決断できない状態に陥っている。

イギリスとフランスのウクライナへの派兵の可能性が語られている。だが、今のところ二カ国に続く国は現れていない。

そもそも欧州軍の派遣は、あくまでも停戦が成立してからの話だ。英・仏・宇の「停戦案」は、トランプ政権に大きく歩み寄った内容だ。

バイデン政権時代の欧州諸国は、「ウクライナは勝たなければならない」の一点張りだった。「停戦案」を語ったり、ましてや提案したりするような姿勢を見せたことはなかった。ヨーロッパ諸国は、トランプ政権を批判する姿勢を見せながら、実際には何とかトランプ大統領におもねる機会をうかがっている。トランプ大統領から主導権を奪ったうえで、アメリカの大規模な関与だけを引き出す夢物語を捨てられない。だがそのようなご都合主義が上手く行きそうな兆しは、今のところまだ見られない。

ウクライナのゼレンスキー大統領こそが、精神不安定な状態にあると言わざるを得ない。オーバル・オフィスで声を荒げて口論を挑んでみたと思ったら、トランプ大統領との関係改善を懇願するような声明を出してみたりする。そして自分も和平合意を望んでいると発言してみながら、プーチン大統領との交渉には否定的だ。

過去3年にわたり、ヨーロッパの指導者たちは、「ウクライナは勝たなければならない」と発言し続けた。そのような発言を裏付けていたのは、「超大国アメリカがこっち側だ」、という感覚であった。ところが今やそのアメリカがウクライナへの武器支援・情報支援を差し止めたりしている。

ヨーロッパは、アメリカを見限って「ウクライナは勝たなければならない」主義をどこまでも貫いていくか、あるいは“しれっと”そんなことを言っていた過去をなかったことにして誤魔化しに入るか、選択を迫られている。

口では、アメリカなしでもヨーロッパだけでロシアに勝利を収めることができるかのようなことを語る者もいる。しかし過去3年間の巨額の軍事支援をもってしても、ウクライナ軍はロシア軍に勝てていない。それどころか、ゼレンスキー大統領は、クルスク州に侵攻するといった合理性のない作戦に資源を投入し、結果としてロシア軍の優勢を招いてしまっている。ロシアに対する経済制裁も掛け声倒れで実効性がないだけでなく、しかも欧州諸国に物価高のブーメランとなって跳ね返ってきている。この上さらに「ウクライナへの支援を倍増します、期限は設けず半永久的に続けます」、と言って、「仕方がないんだ、なぜなら『ウクライナは勝たなければいけない』んだから!」、という説明だけで、なお国内選挙に自分が勝利し続けることができる、と思っている指導者は、皆無だろう。

そもそもまずゼレンスキー大統領自身が、「ウクライナは勝たなければならない」主義を貫くことによって、自分は選挙に勝利できると考えているのか、疑わしい。

明らかに、ヨーロッパは苦境にある。このまま威勢のいい言葉を発し、全てはトランプ大統領が無能だから起こっていることだ、とさえ言っておけば、ダラダラと現状を維持できる、と思っている者はいないはずだ。だが打開策がない。全ては「ウクライナは勝たなければならない」主義を3年間もの長期にわたって続け過ぎたことが原因である。

地理的に遠いため深刻度が低いだけで、日本も同じ事情を抱えている。

巷では、トランプ政権の評判は悪く、ヨーロッパが良識派として扱われている。率直に言って、日本の学者・評論家・ジャーナリスト層のトランプ政権に対する侮蔑の度合いが激しすぎる。

 しかし「ウクライナは勝たなければならない」がどうなったのか説明責任を果たすことなく、ただただひたすらトランプ大統領が無能であることが問題であると述べ続けていれば、それで何とかなっていく、と本当に信じているのだろうか?

 先行きの見通しが非常に暗い。

 

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 ゼレスキー大統領との口論事件の後、バンス副大統領叩きが、流行しているようだ。もともとトランプ大統領が気に入っていない方々であったわけだが、バンス副大統領は、さらに輪をかけて悪い奴だ、しかも小物だ、という侮蔑の言葉を頻繁に見かける。

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 日本人は一般に彼のような歯切れのよいタイプは嫌いなようである。批判も、ほとんどがイメージ先行での人格批判の侮蔑ばかりである。特に「ウクライナ応援団」界隈では、「トランプ大統領がいつか豹変してくれるのではないか」という期待があるので、横にいるバンス副大統領の存在が邪魔で仕方がないらしい。

 バンス副大統領が、トランプ氏によって副大統領候補に選ばれた昨年7月、私は、彼の著作を読んだりして少し調べてみて、これは大変な実力者である、という趣旨の文章を書いた。

https://agora-web.jp/archives/240716091406.html 

「ウクライナ応援団」の方々にとってみれば、篠田の知的資質の欠落を証明するのに十分なスキャンダル記事だ、ということになるのだろう。

 だが私は印象を変えていない。バンス副大統領の現在の存在感の大きさを考えると、むしろ私が正しかった可能性がある、とすら思っている。

歴代の副大統領と比して、バンス副大統領の発言力の大きさが際立っている。もちろんそれはトランプ大統領の深い信任を得ているからなのだが、発言内容の影響力の大きさは、バンス副大統領が常に鋭い発言をしていることによるところが大きい。

批判者の方々は、ほとんどの場合、バンス大統領の人格の批判ばかりをしている。発言内容を取り上げて吟味したうえで批判をしている事例を見たことがない。

米国内でバンス副大統領は、現時点で際立って人気が高いわけではないが、不人気でもない。副大統領に就任してから、好感度を上げている。https://projects.fivethirtyeight.com/polls/favorability/jd-vance/ トランプ政権内で比較的人気のあるほうだ。https://news.gallup.com/poll/656111/few-major-political-figures-rated-positively-balance.aspx 

民主党側に有力な大統領候補がいないことを考えると、バンス副大統領は、現時点で、次期米国大統領の有力候補だ。日本が今後まじめな外交政策を追求していくのであれば、バンス副大統領の実力は、認めたほうがいい。

ゼレンスキー大統領との「口論」の後、バンス副大統領は、SNSにトランプ政権の停戦調停を進める姿勢を説明する投稿をした。https://x.com/JDVance/status/1892569791140946073

バンス大統領の主張の要点は、次のようなものだろう。現在、ロシア軍が、戦況で優位にあり、国力の総合的優位を考えても、これ以上の戦争の継続は、少なくともウクライナの利益にならない。停戦が利益である。

わかりやすくするために追記すると、以下のような感じだろう。

「・・・しかしウクライナは勝たなければならない、現実が厳しいならアメリカが第三次世界大戦を恐れず直接介入するくらいのことをやってロシアを放逐してくれないか?アメリカは世界の指導者だろう、それくらいのことは文句を言わずにやれよ!」、と言ったことをアメリカに言われても、困る。われわれにも力の限界がある。アメリカの国益を大切にしながら、事態の収拾を図りたい・・・。

正直、バンス副大統領の主張は、少なくとも破綻したものだとは思えない。恐らく批判者たちも、そのことに気づいているので、徹底してバンス副大統領の人格批判だけを行うのだろう。あとはせいぜい「お前はプーチンの催眠術にかけられている!」といった類のカウンター陰謀論の陰謀論2.0である。

正直、ゼレンスキー大統領も「お前は戦争を知らない」といった言い方をして、イラク従軍経験を持つバンス副大統領に上から目線の態度をとり、会合の破綻を招いてしまった。これは誰にとっても楽しいことではなかった。

感情論の優越性が堂々と主張され、冷静な議論は封印されるか、あるいは冷戦な議論をしようと試みること自体が道義的に間違ったこととして糾弾の対象になる風潮がある。

「ウクライナ応援団」が存在しない世界人口の圧倒的な大多数が住む非欧米地域の地域の人々は、われわれのことを冷ややかに見つめている。彼らには彼らの深刻な問題が多々ある。

状況は厳しく、未来は暗い。

 

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