「平和構築」を専門にする国際関係学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda 

2025年06月

石破首相がNATO首脳会議に自ら参加せず、岩屋外務大臣を出席させた。この判断について、国際政治学者の方々が、次々と批判的な意見が出ているのを、頻繁に目にする。中心になっているのは、SNSで日ごろから熱心な発信をされている方々で、主に欧州の安全保障を専門とする方々だ。トランプ大統領が就任してウクライナ支援を軽視するようになってからは、「日欧同盟」を進めて、ウクライナ支援を強化すべきだ、とも主張して、話題を呼んだ方々でもある。

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地域に特化した研究をする場合には、その地域に思いれが強くなるのはある程度は自然だが、ロシアのウクライナ全面侵攻以降、欧州重視が、「国際秩序を守るために」日本の進むべき道だ、という主張の発信を、SNSなどを通じて、国際政治学者の方々が熱心に行うようになった。

なぜNATOは、日本にとって、そこまで重要なのか。突出したNATO中心主義は、本当に日本の国益に合致するのか。十分な議論がなされているようには思えない。

だがSNS界隈では「ウクライナ応援団」系の方々を中心に、欧州を専門とする国際政治学者の方々にしたがって、だから石破首相はダメだ、と断定する流れが強いようだ。朝日新聞なども、理由は不明だが、そういうことなのだろう、という相乗りをしている。

 

 

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 しかし日本はNATOの加盟国ではない。首相には一人分の身しかない。毎年必ず首脳が参加しなければならない、とまで強く主張できるのか。

確かにNATO構成諸国は、日本の同盟国のアメリカをはじめとして、日ごろから友好的な関係をもっている諸国が多い。岸田首相は、NATOの場で、それらの諸国の首脳と意見交換をしたいと考えた。大々的なウクライナ支援とロシア制裁を導入した岸田首相だった。それはそれで理解できる判断であった。しかし、岸田首相以外にNATO首脳会議に参加した日本の首脳はいない。加盟国ではないので、そちらのほうが当然だ。加盟国でもないのに、なぜ毎年必ず首脳を送らなければならないのか。よくわからない。

今回の首脳会議に関して言えば、日本はのみならず、NATOがアジア太平洋地域のパートナーとみなす「IP4」を構成する日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの4カ国のうち、首脳級を派遣したのは、ニュージーランドだけだった。つまり、韓国とオーストラリアも、日本と同様に、首脳級を送らなかった。

欧州地域を専門とする国際政治学者の方々や朝日新聞等のメディアの意見では、外務大臣の派遣だけでは全く不足なので、その意味では、韓国もオーストラリアも同じように責められなければならない、ということになる。
 私個人は、韓国などと足並みをそろえた判断は、妥当であった、という気がしている。だが国際政治学者の方々は、それではダメで、他国はともかく、日本だけは率先してNATO加盟国であるかのように振る舞うべきなのだという。

なぜ、NATOが、日本にとってそこまで重要なのか。

NATOは、北米・欧州の安全保障を維持するための地域組織である。冷戦中の西側陣営の諸国が作った組織であるという点で、特に普遍的だとも言えない軍事同盟機構である。

日本にとって、良好な関係を維持することに損失があるとは思わないが、NATOの政治的立ち位置の過度な美化や、その能力の過剰な評価をするのであれば、別次元の話になる。アジアでただ一国で突出して、NATOの加盟国でもないのに、あたかも加盟国であるかのように振る舞うことに、どれほどの日本の国益に合致する意味があるのか。いずれにせよNATOが、日本にどれほどの貢献をする組織なのか。冷静な議論が必要だろう。

EUのフォンデアライエン委員長やカラス上級代表は、「ロシアは負けなければならない、そうでなければ中国が台湾に侵攻する」といったレトリックを好んで多用しているが、これはEUNATOが東アジア情勢の安定のために何かをしようとする話ではない。むしろ、アジア諸国に、欧州の安全保障に貢献させたい、という場面で言っているだけのことだ。
 32か国あるNATO加盟国の中で、アジア太平洋に関心を持つ余裕があるのは、海外領土を持つ旧宗主国系の諸国など一握りだけだ。それらの諸国ですら、日本がウクライナ支援をしている程度にまで、アジアのために何かをしてくれているのかは、怪しい。

このNATO首脳会議では、加盟国の防衛費をGDPの5%までに引き上げることが決められた。トランプ大統領は上機嫌だったが、この問題を、安全保障の問題というよりは、アメリカの防衛産業の利益として捉えているからだろう。ほとんど中東諸国にアメリカへの投資を呼びかけるセミナーへの出席と同じ感覚であると思われる。アメリカの欧州の安全保障へのさらなる関与が議論されたわけではなく、ただ欧州諸国が大量の米国産の兵器を購入する方針が決まった。(もちろん理論的には欧州産の武器を購入してもいいし、取り決めでは増額分が武器購入にだけあてられるわけではないことにもなっているが、いずれにせよ米国の防衛産業にとっての特需であることには疑いの余地がない。)

日本は、岸田首相の時代に、防衛費を2倍にして、GDPの2%にまで引き上げる方針が決められた。現在、その目標に向かって、防衛費を増額中である。しかしアメリカからは、早くもGDPの3.5%にせよという要求が聞こえてきている。それを約束したら、その後は当然、NATOと同水準の5%だろう。アメリカは、儲け話の感覚で言ってきているわけなので、止まるところを知らない。

日本の軍事評論家・国際政治学者の間では、軍拡は善である、という風潮が強いようだ。ロシアのウクライナ全面侵攻以降に、「ウクライナ応援団」とも評される集団が、特定ファン層として生まれてきて、これを後押ししている世相もあるようだ。だがこれらの方々が、日本の財政問題とからめて、軍拡路線を説明するのを、見たことがない。軍事費の増額だけを、聖域として特別視して認めていくような余裕が、今の日本にあるのか、私は非常に疑問に思っている。特に、日本の場合、国内の防衛産業が非常に弱く、ドローンですら、イスラエルから購入するような有様だ。軍事費の増額による、経済成長効果への期待がない。現在進行中の防衛費増額を通じて、日本の防衛産業を強化する、という話も、まったく聞かない。対GDPでの防衛費の増額だけが、美談として、独り歩きしているような状況だ。 

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 日本の場合、対GDP5%にしてみたところ、中国の国防費にはまだ及ばない。中国の2025年の国防費は 1.78兆人民元(約2460億米ドル)で、これは中国のGDP1.3%程度だ。実際の中国の国防費はこれより多いという見方もあるようだが、それにしてもGDP2%もいかない。現在の中国の円換算で約34兆円の国防費と、日本の9.9兆円の国防費の差は、経済規模の差の反映である。中国のGDPは、日本のGDP4.65倍だ。しかも中国の経済成長率は5%なので、格差は広がり続けている。日本が軍拡競争を仕掛けても、まったく歯が立たない。

欧州諸国は「GDP5%でロシアに勝つ」と鼻息が荒い。その考えが正しいかどうかは別にして、その同じ考え方はアジアでは通用しない。
 北東アジアの安定には、安全保障政策の努力も必要だろうが、外交の役割が不可欠だ。果たしてそのときに必要となる外交措置が、本当にNATOの加盟国でもないのに加盟国であるかのように振る舞うことであるのかについては、冷静な議論が必要と思われる。

 

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イスラエル・イラン戦争が、停戦に至ったようだ。薄氷の停戦だが、双方に弾薬の枯渇の可能性が指摘されていた中で、当面の戦争継続を見合わせた。これに対してトランプ大統領が一定の役割を果たしたことは、間違いない。ただしそれがどのような役割であったのかについては、異なる見方が多々ある。

アメリカのイラン攻撃の当日に、「終わらないアメリカの国際法違反の軍事攻撃」という題名の記事を書いた。https://agora-web.jp/archives/250622115800.html

これはアメリカの攻撃が、単なる第三者的な核施設の除去という意味を持つだけでなく、イラン・イスラエル戦争の一環として、イスラエル側を支援する目的で行われたがゆえに、紛争当事者の行動としての意味がある、という点を指摘した文章だった。アメリカは、戦争を仕掛けたイスラエルのネタニヤフ首相の意向に引きずり込まれてしまう、ということを指摘したものだった。

トランプ大統領の基本姿勢は、中東の泥沼に関与しない「MAGA」の思想にある。しかし宗教右派を支持基盤に持ち、19世紀アメリカの政治思想を特徴づける「明白な運命」の思想傾向を持つトランプ大統領にとって、聖地エルサレムを押さえるユダヤ教国家イスラエルの防衛は、特別な意味を持つ。イスラエルの話となると、途端に介入主義的な姿勢をとって、「ネオコン」に賞賛されるような政策を始めてしまう。https://agora-web.jp/archives/250621170957.html

結局トランプ大統領は、イランに懐柔姿勢をとり、停戦をイスラエルのネタニヤフ首相に受け入れさせる役割を果たした。イラン核施設攻撃後のアメリカの軍事基地への報復が、事前通告を伴った緩やかなものであった機会をとらえた。もともとイラン側は、戦争はイスラエルが開始したものであるので、イスラエルが止まれば自国も止まる、という立ち位置であった。そこでネタニヤフ首相の説得がカギとなった。

ネタニヤフ首相は、繰り返し「体制転換」を煽る発言を繰り返してきており、停戦には簡単に納得しないことが予想された。しかし体制転換が起こる兆しが見られない中、アイアンドームの弾薬が枯渇し始めているのではないかと指摘されるほど、かつてないレベルでイランのミサイル攻撃に脆弱性を見せて被害を出していたところで、停戦を受け入れることの合理性を判断せざるをえなかったと思われる。

もしネタニヤフ首相が停戦を受け入れていなかったら、トランプ大統領は非常に苦しかった。戦争を続けたくないのに、戦争を続けたいイスラエルを支援せざるを得ないからである。

この構図は、今後も継続していくと思われる。今回の停戦は、一時的なものであり、どこまで続くかはわからない。イスラエルは防空能力を再整備し、イランはミサイル備蓄量を補充しつつ、核兵器の開発に進むだろう。アメリカは、戦争に関与したくないが、イスラエルは支持する、という綱渡りを続けざるを得ない。

今回の停戦については、二つの全く異なる解釈方法がある。NATO同盟諸国は、トランプ大統領やイスラエルを支持する発言を繰り返している。そうしたNATO系の諸国の姿勢にあわせて、イランは勢力を失墜させた、イスラエルはイランを圧倒して完全勝利した、アメリカの国際秩序の擁護者としての威信が回復された、といった、トランプ大統領を称賛する方向での言説も多々見られる。

二つの物語

全く異なる解釈もある。イスラエルに奇襲攻撃を仕掛けられて戦争に対応することになり、超大国アメリカにバンカーバスターで空爆されても、なおイスラエルに苦戦をさせる対応を行い、核兵器開発能力も相当程度に温存しているとされるイランの善戦を指摘する方向性もある。イスラエルに加えて、アメリカの信頼度が失墜した、と見る向きもある。国際法規範を全く考慮せず、ただ軍事力を振り回すだけで、もはや二重基準の言い訳すらしない横暴ぶりが、世界中に印象付けられた。

これら二つの「物語」は、併存している。どちらが正しいということはなく、あるいは両方が正しいというよりも、見る者の立ち位置の違いによって、世界は全く違って見えてくるということだろう。

アメリカの軍事同盟国であれば、特にウクライナの防衛という課題を抱えている欧州諸国であれば、多少手荒であっても、アメリカに軍事力を行使して「敵」を駆逐してほしい、という願望が強い。それが自分たちの利益になるからである。イスラエルは「汚れ仕事」をしている、というドイツのメルツ首相の発言も、こうした方向性にあるものだ。

他方、アメリカとの関係が敵対的な諸国はもちろん、単に疎遠であるだけの諸国にとっても、イスラエルとアメリカは、端的に脅威だ。国際法を度外視し、気に入らない相手に容赦ない軍事攻撃を仕掛けてくる。両国の独善的な姿勢を認めることは、自国の利益にならず、支持したい気持ちはわかない。

この二つの物語は、他の国際問題をめぐっても発生している世界観の対立をそのまま反映しており、立場の違う諸国の利益の所在を反映したものでもあるので、極めて根深い構造的な事情を反映している。
https://shinodahideaki.theletter.jp/posts/2294ae70-519f-11f0-b697-4f10359b1eab?utm_medium=email&fbclid=IwY2xjawLImPVleHRuA2FlbQIxMQBicmlkETFJUDVVMk83dGdwc1BBazhuAR5ieXugco4qQU4J6jOl6ImwQiUBMoa1-3x-s-YCT7YOSwMZN6otRnAdGmRmUA_aem_bsh3UnRwD_hOuZ_xPXUSpg 

停戦は、一時的なものであり、対立の構図は、繰り返し噴出してくるだろう。

日本は、アメリカとの間に軍事同盟を持ち、欧州諸国とも良好な関係を持つ。しかし欧米以外の地域で、日本ほどにも欧米諸国に気遣いをしている国は、他にない。韓国ですら、NATO首脳会議に率先して欠席する判断をした。
 欧米諸国との関係維持は大切だが、世界は欧米諸国だけによって成り立っているわけではない。欧米諸国に付きしたがっているような国は、欧米以外の地域では、日本以外にはほぼ見られない。欧米諸国の影響力は、長期的には減退していくしかない。日本としては、その事情をよくふまえながら、慎重に行動していくことは、どうしても必要になるだろう。


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アメリカが、イランの核施設とされるフォルドゥ、ナタンズ、イスファハンへの爆撃を行った。バンカーバスターを使用したと報じられている。これに対してイランは、高濃縮ウランは事前に移送済であったと述べたうえで、アメリカの国際法違反行為を糾弾し、国連安全保障理事会などの各国際機関に訴えを行う旨を声明として発出した。

アメリカは核施設を完全に破壊したと主張しているが、実態はよくわからない。すでに昨日の記事で述べたように、イランの側は、核兵器開発はしていない、という立場なので、アメリカの爆撃後もイスラエルに対する攻撃を継続した。

トランプ大統領は演説で「イランの主要な核濃縮施設は完全に消し去った。イランはいま和平を結ばなければならない。そうしなければこの先の攻撃ははるかに大きなものに、そして容易なものになるだろう」と述べたが、もし本当に攻撃の目的がイランの核兵器開発の阻止で、その攻撃に「大成功」したのであれば、攻撃を継続する理由はなくなっているはずだ。

トランプ大統領の発言は、論理的に、矛盾していることになる。

「イランには和平か、あるいは過去8日間見てきたものを上回る悲劇が待っている。覚えておくべきだ。まだ多くの標的が残っている」と述べたトランプ大統領は、核兵器開発阻止という実態の伴わない虚偽の主張による攻撃を行ってしまった後、まだなお何らかの理由を見つけ出してイランを攻撃すると言っているわけである。実態としては、イランを威嚇して、イスラエルへの攻撃を諦めさせることが目的だ、と述べているのに等しい。

アメリカには、自国の自衛権に基づいてイランを攻撃する論理が示すことができない。イスラエルのイランへの攻撃が自衛権に基づくものであれば、集団的自衛権を根拠とすることができるが、イスラエルの攻撃そのものが国際法違反の侵略行為である。

仮に集団的自衛権が成り立つ場合でも、自衛権の行使が「必要性」と「均衡性」の原則にのっとってなされなければならないことは、個別的自衛権の場合と同じである。アメリカの民生核施設への威嚇的攻撃という行為が、自衛権を構成する「必要性」と「均衡性」の原則から逸脱していることは、明らかである。アメリカの軍事行動に、国際法上の合法性を見出すことができる余地はない。

現時点の問題は、この国際法違反の軍事行動を、アメリカは自らの意思で止めることができない状態に陥った、ということだ。イランはイスラエル攻撃を続けているが、それはイスラエルがイランを攻撃しているからである。イスラエルは、どこまでも深くアメリカを戦争に引きずり込みたいので、イランへの攻撃を止めることがない。合法性の体裁をとるための枠組みもない。アメリカの国際法違反の軍事攻撃は、自律的な論理で停止させることができる論理を見失っている。

日本の石破首相は22日、米国によるイランの核施設への攻撃を受け、首相公邸で記者団に「事態を早期に沈静化することが何よりも重要だ。同時にイランの核兵器開発は阻止されなければならない」と述べたという。あたかもイランの核兵器開発の証拠があったかのような発言だが、そのような証拠は存在していない。上述のように、トランプ大統領の発言は、国際法違反の軍事行動をしているイスラエルを守るために国際法違反の軍事行動をしていることをほぼ認めている。石破首相の発言は、現実から乖離している。

石破首相は、米軍の攻撃を支持するかどうかは「政府内できちんと議論する」として、明言を避けたという。

現状で、日本が影響力を行使できるような余地はない。それだけに今、日本政府が考えるべきは、泥沼の戦争に陥っている紛争当事者から、距離をとることだ。一回限りのことだと考えて、不要な付き合いの態度をとったら、日本もまた底なしの泥沼に陥っていきかねない。まずはそれを避けることを考えるべきだ。

 

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イスラエル・イラン戦争が泥沼の消耗戦の様相を呈している。航空兵力による攻撃の応酬は、本来であれば、管理しやすいところがある。しかし戦争を仕掛けた側のイスラエルが追求している目的が、達成困難なものだ。そのため終わりが見通せないまま、攻撃の応酬が続いている。
 ネタニヤフ首相は、「どうやってアメリカを引きずり込むか」にとりつかれた精神状態にあるように見えるが、アメリカを引き込んだところで、それが決定的な突破口になるのかはわからない。https://shinodahideaki.theletter.jp/posts/ba30b960-4ea7-11f0-82ac-a5d695e73329?utm_medium=email&utm_source=newsletter&utm_campaign=ba30b960-4ea7-11f0-82ac-a5d695e73329

もちろんアメリカの参戦は、戦争の規模と性格を変える大きな不確定要素にはなる。だが戦争を終結に導く決定的要因になるかは、わからない。

2023107日のハマスの攻撃に反応して苛烈なガザ軍事作戦を開始し、2年近くにもわたって継続している展望のないイスラエルの「泥沼」の戦争に、欧米諸国は、すでに政治的に相当に引きずり込まれてはいる。欧米諸国は、イスラエルのために、失う必要のなかった威信を失い続けている。https://gendai.media/articles/-/117602

イスラエルは、アメリカの軍事力に過剰な期待を抱いている。バンカーバスターの能力に期待し、その使用によってイランの核開発能力の完全破壊を期待している。しかしこれについてはイランもアメリカの軍事能力を知ったうえで施設開発をしていたはずなので、果たして本当に達成可能なのかは不明である。バンカーバスターを使用しても明白な成果が見られないときには、アメリカは威信の失墜のリスクがある。そして中東の米軍に対する攻撃のリスクを背負い、泥沼の戦争の直接当事者として引きずり込まれるリスクを背負う。

トランプ大統領は、戦争の泥沼に陥った「対テロ戦争」の時代の前任の大統領たちを批判して、二度にわたって大統領選挙で勝利を収めた。そして今、トランプ大統領の岩盤支持層の「MAGA(再びアメリカを偉大に)」派の人々の多くが、イランとの戦争に明確な反対を表明している。

513日のサウジアラビアにおける演説で、トランプ大統領は、前任の米国大統領たちを批判して、「介入主義者たちは、自分たちが理解もしていない複雑な社会に介入し、国家建設者たちは、何も作らず破壊だけをした。彼らは、他人が何をすればいいかを語ったが、自分たちですら何を言っているのか理解していなかった」、と述べて、拍手大喝采を得た。

そのトランプ大統領が、中東で最大の人口を持つイランに軍事介入するとなると、これはほとんど自己否定につながる。MAGAの否定につながる。

もっとも「新しい19世紀」の政策体系を持つトランプ大統領は、相互錯綜関係回避原則の新しいモンロー主義の性格を持っている一方で、ネイティブ・アメリカンを殲滅した時代の「明白な運命」論を信奉しているかのような傾向も持っている。宗教的な視点に立った二分法にもとづく世界観で、つまり神の恩寵にしたがって行動する自分たちと、自分たちではない神の恩寵にもとづいていない者たちを区分けにもとづいて、軍事行動を正当化する傾向だ。トランプ大統領は、イスラエルの事柄になると、途端に介入主義者になる。

もともとトランプ大統領の支持基盤は、思想政策の方向に共鳴する「MAGA」主義者と、転向してトランプ支持者になった共和党員の「ネオコン」を含む勢力によって、構成されている。民主党系の人々に立ち向かうときには、共通の敵を持つ同士として連携しうる。しかし中東における軍事行動の案件となれば、思想的な違いによる亀裂が入り、対立を見せるだろう。

トランプ大統領自身は、この状況の中で、迷いを見せて逡巡している。そしてどの時点で、どのような判断を下すかは、非常に予測しにくい状況となっている。

イスラエル・イラン戦争は、場外戦の「MAGA」対「ネオコン」の対立で、アメリカのトランプ政権を揺るがす事態の可能性も作り出している。

 

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Gカナダ・カナナスキス・サミットで発出された、イラン・イスラエルをめぐる共同声明が、批判を招いている。イスラエルの自国を守る権利を肯定して、その行動を支持すると、あえて宣言してみせたからだ。

イスラエルのイランへの一方的な攻撃開始は、明白に国連憲章第24項の武力行使禁止原則に違反している。それにあえて支持を示した、ということは、日頃は法の支配だ人権だと「説教」がうるさいと評判のG7諸国が、「われわれは堂々と恥ずかしげもなく二重基準を掲げます」と世界に宣言したようなものなのだ。

巷では、厳密な国際法用語である「自衛権」(right of self-defense)を避けて「自国を守る権利」(right to defend itself)としたうえで、その語句には「肯定」(affirm)という語だけをかけただけで、「支持」(support)したのは「イスラエルの安全保障」だ、といったことを意味ありげに強調する方もいらっしゃるが、意味不明である。

そのような語句のわずかなずらしで、簡単に国際法規範を守らなくてもよくなる超越的な規範を作り出すことができるということになったら、事実上、いつでも国際法を守らなくて良いことになる。破綻した議論である。

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ここではG7諸国がイスラエルに振り回される歴史的背景や、米国におけるユダヤ・ロビイストの存在など、深いが周知の事実と言える事柄には、ふれない。ただ指摘してきおきたいのは、G7諸国が、あえてこのような声明を出してみせる「勘違い」の態度だ。

黙っておいてもよかったものを、あえて「われわれは二重基準の偽善者です」という宣言を世界に示した。なぜそんなことをしてしまったのかというと、それをせめてイスラエルには伝えて、イスラエルへの影響力を確保しておきたかったからだろう。ひょっとしたら中東全域への影響力を確保しておきたい、などという勘違いの願望を持っていた国もあったかどうか。

だがアメリカを除き、そのような影響力を行使できる国は、G7には一つもない、と言ってよい。アメリカは例外だが、逆にG7として行動する理由もないので、トランプ大統領は、サミット二日目の予定を切り上げてアメリカに帰国して、中東情勢対応にあたり始めた。

1975年にG7のグループが作られたとき、七カ国のGDPの総計は、世界経済において約63%を占めていた。現在は40%前後である。

 G7share

 

 購買力平価GDPでは、すでにBRICS五カ国のGDP総額は、G7七カ国のGDP総額よりも大きい。

 G7 BRICS

https://www.statista.com/statistics/1412425/gdp-ppp-share-world-gdp-g7-brics/

 また、20世紀末頃から、アメリカ一国のGDPが、その他の六カ国のGDPの合算額よりも大きくなり、その差は広がる一方である。

 G6 USA GDP

もちろんこの傾向の大きな理由の一つが、日本経済の停滞だ。とはいえ、欧州諸国の経済成長も、華やかなものではない。

日本ではG7を、いまだに「先進国」会議などといった言い方で呼ぶ悪習がメディアに残存している。しかし今年でなければ数年のうちに、中国に続いて、インドが、日本とドイツのGDPを上回り、アメリカ以外の全てのG7諸国のGDPを追い抜かすことが確実視されている。PWC等の予測によれば、2050年までに、購買力平価GDPで、インドネシア、ブラジル、メキシコが、日本よりも上位に来る。欧州諸国は、さらに多くの諸国に追い抜かされる。

恥を忍んで、G7の結束なるものを尊重して、二重基準の偽善者であることを世界に宣言することに加担するのも、全ては国益にかなうと思えばこそ、だろう。もちろんせっかくの歴史あるクラブなので、活かしきったほうがいいことは、言うまでもない。だがあらゆる犠牲を度外視してまで、G7の結束の誇示なるものに至上の価値を置く前時代的な態度は、かえって国益に反する。

国際法違反の宣言などを出してみたところで、特に誰かにありがたがられるわけではなく、得るものがない。出さない方がましなものは、出さないほうがいい。

欧州諸国に働きかけて、宣言の発出を見合わせる、といった外交努力はできなかったのか。

 

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