「平和構築」を専門にする国際関係学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda 

2025年08月

 先日、「『コロナ自粛警察』と『ウクライナ応援団』」という題名の記事を書いた。社会現象の面から見て、両者に類似点がある、という趣旨であった。 https://agora-web.jp/archives/250829154949.html
 私にとって残念なのは、最も妥当と思われる政策的立場が、「コロナ自粛警察」や「ウクライナ応援団」によってかき消されてしまったことだ。
 端的に言えば、「コロナ自粛警察」は、当初の日本の「三密の回避」を中心にした穏健なアプローチを駆逐しようとした。結果として、多大な混乱をもたらした。
 「ウクライナ応援団」は、従来の欧州安全保障の基本である「勢力の均衡」を中心にした穏健なアプローチを駆逐しようとした。結果として、多大な混乱をもたらした。
 もう少し説明していこう。
 「コロナ自粛警察」は、経済活動を維持することを最優先してコロナ対策を軽視する人々を敵視する余り、過剰な自粛を社会運動を通じて広めることが自己目的化させてしまった。結果として、「西浦モデル」を神格化し、現実を冷静に見ることを拒絶する態度を生んだ。
 これによって最大の犠牲になったのは、穏健で現実的なコロナ対策だった。私自身は、東北大学の押谷仁教授の功績を賞賛し、同教授の世界的に見て意義が大きかった発見に基づいて作られた「三密の回避」を中心にした当初の「日本モデル」の対策を妥当なものと考えていた。押谷教授の卓越した学術的業績の裏付けを持つ社会政策は、当時の日本が世界に誇るものだった。 https://agora-web.jp/archives/2047664.html
 これに挑戦したのが、英国留学中に学んだ数理モデルにこだわる西浦教授であった。実は、日本のコロナ対策は、穏健な押谷教授のアプローチに対して、過激な西浦教授のアプローチが併存している状態があった。当初は押谷教授の経験主義的で穏健なアプローチが主流だった。これに対して西浦教授は、自説に基づく過激な主張を、メディアを使って拡散させる手法を好み、半ばクーデターに近い行動もとった。 https://agora-web.jp/archives/2045340.html
  メディアは過激で劇画性が高い「西浦モデル」を取り上げることを、はっきり言えば商業主義の動機づけから、好んだ。結果として、メディアでは「西浦モデル」が「専門家の代表」と扱われるようになり、「西浦モデル」に合致しない意見は、「専門家の意見に反した暴論」と扱われるようになった。恐らくは「専門家」の全てが「西浦モデル」を支持したわけではなかったはずだが、社会的理解が不可欠なコロナ対策において、「西浦モデル」がメディアを制圧したのは大きかった。「三密の回避」は時代遅れとされるようになり、政策的にも、世論同行においても、混乱が広がった。
 そもそもの「三密の回避」では、「密閉・密集・密接」の三つの「密」を避ければいいので、過激なレベルでの人間の接触の徹底取り締まりは不要になる。その政策体系は、「クラスター発生の防止を最優先する」という明確な柱を持つ美しいものだった。
 たとえば満員電車では「密集」を避けられない。しかし全員が無言で、しかもマスク着用率も高ければ、「密接」が防げる。さらには徹底した空気循環を政策的措置で導入すれば、「密閉」を防げる。これらの措置によって集団感染「クラスター」発生確率を有意に下げることができれば、死亡者の増加につながる大量新規陽性者の発生を防げる。もともと満員電車には通勤・通学者が多いので、高齢者比率が低い、という重要な背景もある。 押谷教授は、クラスター発生のメカニズムを学術的に解明しただけでなく、クラスターこそが感染爆発の元凶であることを説明した。たとえば電車内で吊革に触ったら、消毒をしないと、接触感染リスクが高まる。しかし接触感染ではクラスターは生まれず、大量感染も発生しない。押谷教授の業績は、クラスター対策に政策資源を集中させることの効率性も示唆した点で、社会政策上の意味も大きかった。
 ところが徹底した「ゼロ・リスク」を求める「コロナ自粛警察」系の方々は、押谷教授のアプローチも妥協的なものとして拒絶の対象とした。そして当初は成功しているかのように見えた日本のコロナ対策が、結局は迷走していくことになった。
 「ウクライナ応援団」の方々の言説を見てみよう。
 「ウクライナ応援団」の方々の信念によれば、戦争はプーチン大統領が邪悪であるがゆえに発生する。したがってウクライナが敗北すれば、邪悪なプーチン大統領が欧州全域も侵略して支配し、さらには東アジアまで侵略して支配することは、必至である。このリスクを解消するには、「ウクライナは勝たなければならない」「この戦争は終わらないのでどこまでも強くウクライナを応援しなければならない」ということになる。
 「ゼロ・リスク」を求めて、プーチン大統領を除去するための永久戦争に向けた総力戦を行うことを主張するのでなければ、「虚栄と独善」にやられて「闇落ち」した「親露派」の「老害」だ。 https://agora-web.jp/archives/250816085004.html
 商業主義的な事情もあり、この「ウクライナ応援団」の方々の主張が、メディアを通じて、世論の動向を牛耳る「専門家の考え」になっている。
 しかし伝統的な欧州の安全保障は、「勢力の均衡」によって成立するのが、基本だ。ウクライナが自衛権を行使してロシアの侵略に対抗するのも、「均衡の回復」を目指すものであるべきなのが、伝統的な欧州の安全保障の見取り図である。
 英文書だけでなく、その他の日本語媒体でも、私が何度か取り上げてきたことだが、親露派扱いされたヘンリー・キッシンジャー氏などが語っていたのも、この意味での「均衡(balance)」であった。停戦に焦点をあてた研究で言えば、ザートマンの「成熟(ripeness)」が重要だ。 https://link.springer.com/book/10.1007/978-981-96-2295-5
 しかし「ウクライナは勝たなければならない」主義を掲げる「ウクライナ応援団」の方々に言わせれば、「均衡」や「成熟」を語ること自体が、許されないことである。そのような議論は、「虚栄と独善」にやられて「闇落ち」した「親露派」の「老害」として、社会的排斥の対象にしなければならない。
 こうした風潮が蔓延する中では、健全な学術研究にもとづいた政策的な議論ができないだけではない。全ての問題が、「この人物は、道徳的に正しい人物か、あるいは「『虚栄と独善』にやられて『闇落ち』した『親露派』の『老害』か」、という問いだけに還元されてしまうため、社会の発展そのものが停滞してしまう。
 残念ながら、今の日本はそういう状況にある。話題を変えても、なお社会現象としては同じような構図が繰り返されるのは、相当に構造的な事情が、日本社会に存在しているということだろう。

 「篠田英朗 国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月二回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。https://nicochannel.jp/shinodahideaki/  

 先日、「『コロナ自粛警察』と『ウクライナ応援団』」という題名の記事を書いた。社会現象の面から見て、両者に類似点がある、という趣旨であった。 https://agora-web.jp/archives/250829154949.html   私にとって残念なのは、最も妥当と思われる政策的立場が、「コロナ自粛警察」や「ウクライナ応援団」によってかき消されてしまったことだ。  端的に言えば、「コロナ自粛警察」は、当初の日本の「三密の回避」を中心にした穏健なアプローチを駆逐しようとした。結果として、多大な混乱をもたらした。  「ウクライナ応援団」は、従来の欧州安全保障の基本である「勢力の均衡」を中心にした穏健なアプローチを駆逐しようとした。結果として、多大な混乱をもたらした。  もう少し説明していこう。  「コロナ自粛警察」は、経済活動を維持することを最優先してコロナ対策を軽視する人々を敵視する余り、過剰な自粛を社会運動を通じて広めることが自己目的化させてしまった。結果として、「西浦モデル」を神格化し、現実を冷静に見ることを拒絶する態度を生んだ。  これによって最大の犠牲になったのは、穏健で現実的なコロナ対策だった。私自身は、東北大学の押谷仁教授の功績を賞賛し、同教授の世界的に見て意義が大きかった発見に基づいて作られた「三密の回避」を中心にした当初の「日本モデル」の対策を妥当なものと考えていた。押谷教授の卓越した学術的業績の裏付けを持つ社会政策は、当時の日本が世界に誇るものだった。 https://agora-web.jp/archives/2047664.html   これに挑戦したのが、英国留学中に学んだ数理モデルにこだわる西浦教授であった。実は、日本のコロナ対策は、穏健な押谷教授のアプローチに対して、過激な西浦教授のアプローチが併存している状態があった。当初は押谷教授の経験主義的で穏健なアプローチが主流だった。これに対して西浦教授は、自説に基づく過激な主張を、メディアを使って拡散させる手法を好み、半ばクーデターに近い行動もとった。 https://agora-web.jp/archives/2045340.html  メディアは過激で劇画性が高い「西浦モデル」を取り上げることを、はっきり言えば商業主義の動機づけから、好んだ。結果として、メディアでは「西浦モデル」が「専門家の代表」と扱われるようになり、「西浦モデル」に合致しない意見は、「専門家の意見に反した暴論」と扱われるようになった。恐らくは「専門家」の全てが「西浦モデル」を支持したわけではなかったはずだが、社会的理解が不可欠なコロナ対策において、「西浦モデル」がメディアを制圧したのは大きかった。「三密の回避」は時代遅れとされるようになり、政策的にも、世論同行においても、混乱が広がった。  そもそもの「三密の回避」では、「密閉・密集・密接」の三つの「密」を避ければいいので、過激なレベルでの人間の接触の徹底取り締まりは不要になる。その政策体系は、「クラスター発生の防止を最優先する」という明確な柱を持つ美しいものだった。  たとえば満員電車では「密集」を避けられない。しかし全員が無言で、しかもマスク着用率も高ければ、「密接」が防げる。さらには徹底した空気循環を政策的措置で導入すれば、「密閉」を防げる。これらの措置によって集団感染「クラスター」発生確率を有意に下げることができれば、死亡者の増加につながる大量新規陽性者の発生を防げる。もともと満員電車には通勤・通学者が多いので、高齢者比率が低い、という重要な背景もある。 押谷教授は、クラスター発生のメカニズムを学術的に解明しただけでなく、クラスターこそが感染爆発の元凶であることを説明した。たとえば電車内で吊革に触ったら、消毒をしないと、接触感染リスクが高まる。しかし接触感染ではクラスターは生まれず、大量感染も発生しない。押谷教授の業績は、クラスター対策に政策資源を集中させることの効率性も示唆した点で、社会政策上の意味も大きかった。 ところが徹底した「ゼロ・リスク」を求める「コロナ自粛警察」系の方々は、押谷教授のアプローチも妥協的なものとして拒絶の対象とした。そして当初は成功しているかのように見えた日本のコロナ対策が、結局は迷走していくことになった。 「ウクライナ応援団」の方々の言説を見てみよう。「ウクライナ応援団」の方々の信念によれば、戦争はプーチン大統領が邪悪であるがゆえに発生する。したがってウクライナが敗北すれば、邪悪なプーチン大統領が欧州全域も侵略して支配し、さらには東アジアまで侵略して支配することは、必至である。このリスクを解消するには、「ウクライナは勝たなければならない」「この戦争は終わらないのでどこまでも強くウクライナを応援しなければならない」ということになる。 「ゼロ・リスク」を求めて、プーチン大統領を除去するための永久戦争に向けた総力戦を行うことを主張するのでなければ、「虚栄と独善」にやられて「闇落ち」した「親露派」の「老害」だ。 https://agora-web.jp/archives/250816085004.html 商業主義的な事情もあり、「ウクライナ応援団」の方々が、メディアを通じて、世論の動向を牛耳っている。 しかし伝統的な欧州の安全保障は、「勢力の均衡」によって成立するのが、基本だ。ウクライナが自衛権を行使してロシアの侵略に対抗するのも、「均衡の回復」を目指すものであるべきなのが、伝統的な欧州の安全保障の見取り図である。 英文書だけでなく、その他の日本語媒体でも、私が何度か取り上げてきたことだが。親露派扱いされたヘンリー・キッシンジャー氏などが語っていたのも、この意味での「均衡(balance)」であった。停戦に焦点をあてた研究で言えば、ザートマンの「成熟(ripeness)」が重要だ。 https://link.springer.com/book/10.1007/978-981-96-2295-5 しかし「ウクライナは勝たなければならない」主義を掲げる「ウクライナ応援団」の方々に言わせれば、「均衡」や「成熟」を語ること自体が、許されないことである。そのような議論は、「虚栄と独善」にやられて「闇落ち」した「親露派」の「老害」の危険思想として、社会的排斥の対象にしなければならない。 こうした風潮が蔓延する中では、健全な学術研究にもとづいた政策的な議論ができないだけではない。全ての問題が、「この人物は、道徳的に正しい人物か、あるいは「『虚栄と独善』にやられて『闇落ち』した『親露派』の『老害』か」、という問いだけに還元されてしまうため、社会の発展そのものが停滞してしまう。 残念ながら、今の日本はそういう状況にある。話題を変えても、なお社会現象としては同じような構図が繰り返されるのは、相当に構造的な事情が、日本社会に存在しているということだろう。 「篠田英朗 国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月二回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。https://nicochannel.jp/shinodahideaki/  

 コロナ禍の時代に一世を風靡した西浦博教授が、再び話題を呼んだ。https://agora-web.jp/archives/2046424.html

 「西浦モデル」については、コロナ禍の頃、私もブログ/『アゴラ』さんを通じて、随分と批判的な文章を書いた。https://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda/page/9

 当時は、重要性に引き寄せられて書いてみたのだが、常識論の観点から疑問を呈しただけのつもりだった。ただ「門外漢は黙れ」といった類のことも随分と言われた。当時は、「自粛警察」とも呼ばれる人たちが、西浦教授の批判者に対する誹謗中傷の社会運動を活発に行っていた。「自粛警察」の方々にとって、「西浦モデル」はある種の教典バイブルであり、西浦教授はカリスマ的な指導者と言っていい存在だった。

 驚くべきことに、後日「西浦モデル」の信ぴょう性が本格的に広く疑われるようになった後も、「西浦先生は社会に警鐘を鳴らしたのだから、やはり尊敬されるべきだ」と、擁護された。つまるところ、人々を恐怖のどん底に陥れ、「自粛警察」の活動に勢いを与えてくれたので、素晴らしかった、というわけである。道徳的に正しい目的が手段を正当化する、という主張だと言ってよい。しかもその道徳的に正しい目的とは、「最大限に他者に自粛をさせること」だった。

 過去を反省するのは、誰にとっても簡単なことではない。特に、日本のように同調圧力の強い社会では、反省に基づく事後的な検証は、行われにくい。すべてが人間関係あるいは社会権力の構図に還元され、うやむやにされることが多い。

コロナ対策は、日本社会を激しく疲弊させた。経済活動の停滞のみならず、平時ではありえない巨額の財政出動は日本の財政に甚大な負担を作り出した。あれは何だったのか。専門家層の科学的な分析とあわせて、社会現象の分析もまた、必要であろうと思われる。

最近は私は「ウクライナ応援団」系の方々の批判をすることが多いが、正直、社会現象として、かつてのコロナ禍の様子との類似性を感じている。

「専門家」と呼ばれる方々がマスメディアに登場して、深刻な表情で、まず恐怖を煽る。それから、自分の指示に従った対策をとれば、明るい未来につながる、という物語を提示する。

「ウクライナ応援団」系「専門家」の方々によれば、「ウクライナは勝たなければならない」「ロシアは負けなければならない」。なぜなら、そうでなければ、プーチンはウクライナ全土を支配するだけでは飽き足らず、欧州を支配し、遂には北東アジアでも侵略を開始することは間違いないからである。中国も便乗して台湾侵攻を開始するだろう。北朝鮮も攻撃作戦を開始するに違いない。

この悪夢を防ぐためには、ウクライナを支援することが不可欠になる。「この戦争は終わらないので、どこまでもウクライナを支援しなければならない」と主張する「専門家」は、あらゆる苦難を乗り越えてウクライナを強力かつ長期にわたって支援していけば、いつかウクライナが勝つ、と説く。自国の経済にも悪影響が出る措置であっても気にせずロシアに不利になると信じる政策をとっていれば、いつかロシア経済は崩壊する、と説く。

あわせて、日本も防衛費を拡大させ続け、欧州諸国などとの軍事連携を強めれば、中国も抑止され、北朝鮮も抑止されるだろう。

もしこの物語に異論を唱えるような者がいれば、その者は定義上、「専門家」ではない。それどころか、「虚栄と独善」にやられて「闇落ち」した「親露派」の「老害」だ。https://agora-web.jp/archives/250816085004.html

私が「西浦モデル」と「ウクライナ応援団の物語」に類似性を感じるのは、現実よりも「モデル/物語」を優先させる態度だ。

「コロナ自粛警察」の方々は、瞬間風速のある日の新規陽性者数を、恣意的なやり方で「西浦モデル」にあてはめて、現実離れした主張につなげた。現実の新規陽性者数の推移が「西浦モデル」に従っていなくても、正しいのは「モデル」のほうだと考えて、現実を無視した。新規陽性者数の増加が鈍化傾向に入っていることが顕著な段階になってもなお、「これから何万人も死ぬ、自粛が必要だ」と叫び続けた。

「ウクライナ応援団」の方々は、恣意的なやり方で「勝利の物語」にあてはめて、現実から乖離した主張をすることが多い。2023年以降ロシアが前進し続けている事実にはふれず、「F16が(・・・HIMARSが・・・ATACMSが・・・)がゲームチェンジャーになる」、「クルスク侵攻で遂にロシアが苦境に陥る」といった主張を続ける。

https://gendai.media/articles/-/136831 

トランプ大統領の言葉の端々の拡大解釈などを駆使して、「欧州の統一メッセージがトランプに突き刺さった」、といったニュースの解説を続ける。

現実の観察を通じた傾向分析ではなく、瞬間的な事例を「物語」にあてはめる解釈だ。その「物語」が後に現実との乖離を見せても、「われわれはプーチンに屈しないための活動をしただけだ」と言えば全て免責される仕組みである。

https://agora-web.jp/archives/250823140503.html 

もしこの「ウクライナ応援団」系専門家の支配が、コロナ禍の「自粛警察」と同じような展開を辿るとしたら、狂騒の後、何が残るだろうか。

失望して進路を見失った社会の停滞と、「宴」の後の巨額の財政赤字だろう。ただし、何があっても、反省や事後検証がなされることはないだろう。

 

「篠田英朗 国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月二回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。https://nicochannel.jp/shinodahideaki/  

 815日にトランプ大統領はプーチン大統領と首脳会談を開いた後、818日にゼレンスキー大統領と首脳会談を持った。欧州諸国の指導者7名があわせてワシントンDCを訪れた様子は、特別なものではあった。ただ、私が繰り返し述べてきているように、紛争調停者が紛争当事者のそれぞれと個別会合を持つこと自体は、全く奇異ではない。それにもかかわらず国際政治学者らの解説をうのみにした日本のメディアは、「トランプがロシアとだけ会談して破綻」、「欧州がロシア傾斜を阻止」などと謎の脚色をして、いちいち日本のお茶の間の視聴者向けのドラマを演出した。現実から乖離した解説の様子は、ほとんどパラレルワールドと言ってよかった。

 世界各国で、8月18日の様子は、欧州がトランプ大統領の前に屈服した瞬間として映った。会談の様子が報道されるや否や、欧州人らの間から一斉に「欧州の自律性は消滅した」といった声が上がった。

 https://x.com/ShinodaHideaki/status/1957818480352166369 

 ところが、日本のメディアでは、国際政治学者らが「欧州の統一メッセージがトランプに突き刺さった」などといった修辞的な表現の解説を行って、あたかも欧州がトランプ大統領の態度を変えた事件であったかのような主張を行った。

https://news.yahoo.co.jp/articles/76a45913db7a561044f993273d06e0f5726c4974?source=sns&dv=pc&mid=other&date=20250820&ctg=wor&bt=tw_up 

 まさにパラレルワールドであったと言ってよい。

https://x.com/ShinodaHideaki/status/1957575330488848755 

 「ウクライナ応援団」系の日本の国際政治学者の方々らは、過去数年にわたって「ウクライナは勝たなければならない」、「ロシアは負けなければならない」、「ロシア経済の崩壊は近い」、「この戦争は終わらないのでさらに大々的にウクライナを支援し続けるしかない」と繰り返し主張してきた。昨年末にトランプ氏が大統領選挙で勝利した後は、「トランプはポンぺオ氏ら良識派を登用せざるを得ないので、そうなればトランプ氏も説得されるだろう」などともっともらしく解説していた。トランプ大統領の就任後、ポンペオ氏の登用などという「パラレルワールド」が起こりえなかったことを覚知した後は、ひたすらトランプ氏とその側近たちの悪口を繰り返しながら、「トランプを見限って、日本と欧州で同盟を結んで、ウクライナを支援し続けよう」といったことを大真面目に主張したりして、話題を集めた。そして「トランプはプーチンに騙されている」という物語と、「良識的な欧州がトランプを説得している」という物語の構図に、現実をあてはめる作業を行ってきた。818日にも、そのような「物語」のあてはめが行われ、「欧州の統一メッセージがトランプに突き刺さった」という解説が、良識派の国際政治学者の標準理解とされ、メディアを通じて、日本の世論に対する刷り込みが行われた。

 この「物語」が、すでに818日以前から現実とは乖離していることは、何度か私が説明してきた通りである。

https://agora-web.jp/archives/250814072601.html 

 818日は、欧州人側の衝撃が大きく、その様子があらためて日本にも伝わってきた。これによって欧州人たち自身のほうは、日本の国際政治学者が説明するようには、8月18日を理解していないことがわかってきている。実際には、さらにもっと大きな現実の全体的な流れが、テレビなどを通じた国際政治学者の解説とは乖離している。

https://x.com/ShinodaHideaki/status/1958651237198655927

 ロシアのウクライナ全面侵攻以降、政府もメディアも、政府が期待する説明を先回りして主張する「ウクライナ応援団」系の軍事評論家や国際政治学者を繰り返し登用し、彼らを正しい国際情勢の解説者として紹介し続けることによって、お茶の間の視聴者の関心を喚起する姿勢をとってきた。

資本主義社会のことだろう。視聴率等も稼げるという計算も成立していたのだろう。このまま何もかも国際政治学者の方々の説明通りに上手く進んでくれれば、すんなりと大規模な防衛費の増額を含めた予算の安定的な進展などの円滑な社会運営もできるはずだ。

3年半にわたる戦争で、学者・評論家のみならず、メディアや、政府官僚機構の人事なども、「ウクライナ応援団」の解説を標準理解とする、という方針で、進められてきた。学者間の確執などは幼稚な問題であるように見えるだろう。

https://x.com/zH7OmVUx8o87634/status/1955464734238749116 

だが官僚や政治家の去就は、政府内の人間にとってみれば、深刻な問題である。たとえば外務省のロシア・スクールの人事慣行などは、過去3年半の政治変動で、大きく変化した。今更もとには戻せない。

祈るような気持ちで「ウクライナは勝たなければならない」と叫んでいた時代が終わってしまったとすれば、それでもなんとか何も起こっていなかったことにするソフトランディングができないか、と多くの人々が願っていることだろう。

しかし現実は厳しい。だからこそまずは現実を冷静に見つめ直してみることが初めの一歩だと思われるが、それこそが最もやりたくないことだ。問題の先送りが、ダラダラと続いていくことだろう。

今や日本のウクライナ支援政策は迷走し始めている。仕方がないので、欧米諸国にやれと言われたことを黙々とこなし、それをもって「国際的な責務を果たした」といった使い古された説明をしていくしかないだろう。ただ残念ながら、財政危機にあえぐ現代日本にとっては、それすらも簡単なことではないと思われる。

 

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 アラスカで米ロ首脳会談が開催された。メディアの論評を見ると、会議前には「ウクライナ抜きで和平を進めるな」の大合唱だった。会議後には「和平が達成できず、成果なき会談だった」と力説している。

 アメリカはウクライナの最大支援国ではあるが、戦争の直接当事者とまでは言えない。トランプ大統領は、調停役を担おうとしている。第三者調停者が、紛争当事者のそれぞれと個別協議をするなどということは、極めて普通の出来事である。また、その個別会合だけで戦争が終わるわけではないことは、折り込み済だ。それはもちろん、一度の会議で戦争が終わらなかったら、調停は失敗したもの同然だ、という前提がないからでもある。調停のプロセスは続いていく。

 トランプ大統領が大統領選挙戦中に「自分なら24時間で戦争を終わりにする」というレトリックを使ったことを執拗に取り上げて、「だからトランプはもう失敗した」と断定したい方々もたくさんいる。しかし冷静に見て、終始一貫して停戦を目指しているトランプ大統領の姿勢によって、ロシア・ウクライナ戦争の停戦の機運は、2025年になってから高まってきている。ウクライナのクルスク侵攻が始まり、「ウクライナ応援団」系の軍事評論家や国際政治学者の専門家の方々が歓喜していた一年前とは、大きな違いがある。
 今年初めのトランプ大統領就任直後こそ、「ウクライナ応援団」系の専門家の方々が、「日欧同盟」を進めて、アメリカ抜きで、「ウクライナは勝たなければならない」を維持すべきだと主張していたことが、話題となった。しかし現実には、欧州諸国もまた、トランプ大統領の停戦努力を歓迎し、支持することを表明している。そのうえで停戦合意の内容の積み上げに関与したい、という路線に、方針転換している。

 専門家の方々の苛立ちは募り、米ロ首脳会談の前にも、感情が表出される場面が見られた。

https://x.com/tetsuo_kotani/status/1955403248099299799 

 専門家の方々の憤りがタイムラインに「おすすめで」入ってくる。

 https://x.com/MichitoTsuruoka/status/1955459748276605335 

 これまで「ウクライナ応援団」系の専門家の方々は、ウクライナ人は最後の一人になるまで戦い続けるので、「この戦争は終わらない」と主張したうえで、ウクライナへの支援を、さらに強化し、どこまでも継続していく覚悟を定めるべきだ、と主張してきた。

https://mainichi.jp/articles/20240510/dde/007/030/030000c 

 その主張に同調しないような者がいれば、その者は「闇落ち」した「親露派」の「老害」と扱われることになった。

https://youtu.be/-Hs7gXGKO5g

 この主張にしたがえば、今起こっているのは、現実を誤認したトランプ大統領が、終わらない戦争を終わらせようとする愚行に及んでいる、という事態だろう。そしてウクライナ支援を渋るという誤りも犯している、ということになる。

 だが「この戦争は終わらない」論が正しければ、トランプ大統領が何をしようと戦争は終わらないわけなので、トランプ大統領がプーチン大統領と会おうが何をしようが、大局的な流れには影響しないはずである。

 ところが誤算なのは、今や欧州指導者のみならず、ゼレンスキー大統領まで、停戦そのものには反対しない、という立場を取り始めてしまっていることだろう。背景には、ギャラップ社の調査で約7割のウクライナ国民が即時停戦を望んでいるというウクライナ国内の厭戦世論がある。戦場では、昨年からロシア軍の前進が顕著だ。ザルジニー総司令官を罷免して断行したクルスク侵攻も、7万人以上と呼ばれる犠牲者を出し、欧米諸国供給の最新兵器を大量に鹵獲させてしまったうえで、ロシア軍のさらなるウクライナ領側への浸透を招いただけの結果に終わった。国際情勢もウクライナに厳しい。各国の支援疲れが顕著だ。戒厳令で選挙を無期延期しながら汚職対策機関の独立性を剥奪したゼレンスキー大統領の政権運営に対する疑問も高まっている。「あと〇〇カ月でロシア経済は崩壊」の予言も、ほとんどオオカミ少年の警告のように扱われるようになってしまった。

https://agora-web.jp/archives/250808091210.html

 まずは現実を見据えることが必要だ。当然のことだが、それには権力者層の人々に計り知れない苦痛が伴う。日本の防衛費の大幅増加の方針はもちろん、政権内の政治家や官僚の調整された人事傾向や出世ルート、主要メディアの経営、そして学者間の確執や力関係にも影響するだろう。

 おそらく停滞感あふれる日本社会の権力者層は、その負荷を受け止める準備がない。ソフトランディングには困難が伴う。日本外交の迷走が続いていくことを、覚悟しなければならない。

 

「篠田英朗 国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月二回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。https://nicochannel.jp/shinodahideaki/  

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