「平和構築」を専門にする国際関係学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda 

2026年01月

127日、衆議院選挙が公示となり、28日の投票日に向けた選挙戦が開始された。ただ、争点が見えない。

解散を決断した高市首相は、自らに対する信任の選挙だ、と訴えている。実際のところ、争点が見えないだけに、首相に対する好き嫌いが、投票行動に影響を与える大きな要素にはなるのだろう。

争点が見えないのは、日本に深刻な問題が少ないからではない。むしろ一朝一夕には解決できない構造的な問題にあえいでいるのが日本の実情だ。閉塞感が強いだけに、政治家たちももはや地に足を付けた堅実な政策を訴えていくような姿勢を放棄しているように見える。

各党は選挙公約を公表している。しかし単に争点が見えないだけではなく、抽象度が高く、現実との接点が見えない。

自民党の公約で、私の専門に近い外交・安全保障分野に関するものを見てみよう。「我が国を守る責任。国際秩序を担う外交。」という標題の横で、高市首相がトランプ大統領と握手をしながら、にっこりとカメラ目線を見せている写真が掲載されている。https://www.jimin.jp/election/sen_shu51/political_promise/manifesto/03/

こちらを向いて笑顔を見せながら、トランプ大統領と握手をしている様子のイメージが、「我が国を守る責任。国際秩序を担う外交。」ということになっているらしい。「我が国を守る責任」や「国際秩序を担う外交」のイメージが、高市首相とアメリカの大統領の二人によって表現されるのは、確かに昨年来の高市政権のイメージそのままではある。

ただイメージだけでは、政策を文章で表現することは難しい。「国力の根幹である経済力と防衛力を高めることで外交力を強化し、『世界の中心に立つ日本外交』を取り戻します。同盟国・同志国との連携を強めつつ、わが国の防衛力を強化し、災害・テロ・サイバー攻撃など複合的な危機にも対応できる安全保障体制を実現します。」というのは、決意表明としては当然の事柄ばかりだが、実際の政策でどう表現されていくのかは、必ずしも判然としない。

「外交」分野については、次のように記載されている。

――――――――――――――――――――――――――

・日米同盟を基軸に、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を力強く推進し、ODAOSAを戦略的に活用しながら、基本的価値を共有する同志国・地域やグローバルサウス諸国等との連携強化に取り組みます。

・自由、民主主義、法の支配といった価値やルールに基づく国際秩序を堅持し、国際社会の平和と安定に積極的に貢献します。力による一方的な現状変更の試みや経済的威圧への対応を抜本強化します。

・中国とは開かれた対話を通じ、建設的かつ安定的な関係構築を目指します。挑発的な行為には冷静かつ毅然と対応します。台湾海峡の平和と安定は重要です。

・すべての拉致被害者の即時一括帰国実現に向け、あらゆる手段を尽くします。

―――――――――――――

これらの諸点は、やはり決意表明としては当然の事柄ばかりだ。だがやはり、具体的な外交政策にどう反映されていくのかは、よくわからない。

中国への言及が典型例だ。10月下旬以降の約3カ月の間の高市政権は、中国との間で「開かれた対話を通じ」た「建設的かつ安定的な関係構築を目指し」ているものには見えなかった。

高市首相が、「挑発的な行為に冷静かつ毅然と対応」や、「台湾海峡の平和と安定は重要」という認識も持っていることは、わかる。ただ、それらがどのような外交政策に反映されて、「開かれた対話を通じ」た「建設的かつ安定的な関係」へと発展していく可能性があるのかは、わからない。

「『自由で開かれたインド太平洋(FOIP)』を力強く推進」するという決意も、過去3カ月の間では、具体的な外交姿勢で表現されたとは言えない。「基本的価値を共有する同志国・地域やグローバルサウス諸国等との連携強化」も、過去3カ月間に何か具体的な取り組みがあったような印象が乏しい。

突っ込みを入れると、そもそも「基本的価値を共有する同志国・地域やグローバルサウス諸国等」のどちらにも含まれない国はあるのか?という疑念がありうる。「全ての諸国と仲良くやる」ということを言っているのだろうか。そうであれば、それはそれとして、もちろん悪いことは何もなく、結構な話ではある。ただ、具体的な外交政策として何が生まれてくるのかは、わからなくなる。

また、さらに突っ込みを入れると、なぜ「基本的価値を共有する同志国・地域」と「グローバルサウス諸国等」だけは、きっちりと区分けをしなければならないのだろうか。「グローバルサウス諸国」とは、「基本的価値観を共有」していない諸国のこと、という定義なのだろうか。果たして、そんな決めつけで、本当に仲良くなれるのだろうか。

日本にしてみても、「自由、民主主義、法の支配といった価値やルールに基づく国際秩序を堅持」するとして、それは「日米同盟の堅持」と抵触しない限りである。そのことは、アメリカのベネズエラ対応の後の日本政府の様子を例にとるまでもなく、その他のあらゆる案件における日本政府の態度から、明らかだ。そうなると、「同志国」と共有する「基本的価値観」とは、米国との同盟関係を最重要視する、という価値観のことなのだろうか。

「国際社会の平和と安定に積極的に貢献します。力による一方的な現状変更の試みや経済的威圧への対応を抜本強化します。」も、具体策は判然としない。

首相の信任投票として選挙が行われるのが実情だ。高市首相は、いわば決意表明だけをして、選挙に臨んでいる状態だ。結果のみならず、具体的な政策実行そのものが、選挙後に明らかになる話になっている。

誇張表現が常態のトランプ大統領が大統領選挙で初勝利を収めた2016年頃から、「ポスト・トゥルース(脱真実)」といった概念が、最近の政治文化の傾向の描写のために用いられるようになった。「ポスト・トゥルース」とは、客観的な事実よりも個人の感情や信念が世論形成に強い影響力を持つ状況を指す概念だ。

政治の世界で、特に一般大衆の投票行動を誘導しなければならない選挙の機会などにおいて、イメージ先行の世論操作が多々行われることは、民主主義国家の必然的な運命なのかもしれない。

ただ、冷戦終焉後の時代の民主主義国家において、イデオロギー的な体系すらない宣伝戦として選挙が行われるようになったのは、一つの大きな特徴的な出来事だ。

深刻な構造的な問題を抱える日本であるからこそ、閉塞感の中で、「ポスト・トゥルース」の状況が広がりやすい傾向は生まれるのかもしれない。

 


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日本の国債利回りが高騰、円が下落し続ける中、高市政権は、積極財政政策を前面に出しながら、解散に打って出た。

端的に言って、長期的見通しを欠いたその場限りの態度だと思わざるを得ない。

もっとも高市政権発足後の早期解散そのものは、予定通りだった、と言えるだろう。石破政権の不人気で失った議席を取り戻すことが、自民党が総裁・総理を代えた大きな理由だったからだ。選挙をしないのであれば、高市首相にした意味がない、政策の不手際がさらにいっそう明らかになる前に、解散してもらうのでなければ困る、というのが、自民党関係者の気持ちだろう。異例の短期の選挙戦を、イメージ戦略で乗り切ろうとする作戦は、自民党にしてみれば合理的ではある。

ただ選挙結果の見通しは、不透明だ。内閣支持率は高いが、自民党支持率は、それほどではない。とはいえ、他の政党も、納得感のある政策を打ち出せているわけではない。どこも似たようなものである。

結果として、政策論への熱意は乏しい。日本が置かれた状況は厳しいが、厳しいがゆえに、政策論が盛り上がらない。選挙そのものも、閉塞感の中で、進んでいくことになりそうだ。

長期的な視点に立って考えてみて、日本の未来は暗い。その雰囲気を振り払うような威勢の良い言葉が並ぶが、誰も本気で心の底から自らの政策を信じているようには見えない。

日本の苦境は、かなり深刻な構造的なものだ。未曽有の大人口減少・少子高齢化時代に、世界最悪水準の財政危機と恒常化した低経済成長で突入しているのだ。簡単な解決策などあるはずがない。問題は、政治家がそれを正面から論じる勇気を持っていないことだが、そのような勇気を持っていたら選挙に落ちて政治家ではなくなるかもしれないとすれば、政治家を責めるのはお門違いということにはなる。

私の専門に近いところで言えば、防衛費の倍増は、中身がないが、威勢の良い言葉だけを並べて選挙にだけは勝とうとする態度がもたらした、端的な事例である。

本来であれば、与党は、過去4年ほどの大幅な防衛費の増加で、いったいどのような成果がもたらされたと言えるのかを、説明しなければならないはずだ。しかし厳密な費用対効果の説明が聞かれることはない。相変わらず、さらなる防衛費の増加を声高に主張する掛け声ばかりだ。驚くべきことに、軍事評論家や国際政治学者の方々も、防衛費倍増の結果には何ら関心がないようだ。まるで自分たちの業界の利益がかかっているかのように、ひたすらさらなる防衛費の増額だけを求めているような状況だ。

https://x.com/ShinodaHideaki/status/2014701268011458871

やみくもに増税や国債に頼りながら防衛費を何倍も上げてみたところで、豊富な天然資源を保有するロシアと、GDP5倍以上ある中国を相手にした二正面作戦に日本が勝利する見込みなどはない。

https://agora-web.jp/archives/260110063116.html  

論理的に言えば、外交で補っていくしかないのだが、妥協的な態度は、選挙に勝ちたい政治家によって禁じられている。八方ふさがりだ。

選挙戦の最中にも、日本を取り巻く環境は悪化していきそうである。だが恐らくは、選挙の後に、さらにいっそう厳しい現実が待ち受けている。まずはそれをしっかりと見据えておく心持ちが、われわれが今一番必要としていることかもしれない。


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昨日、「日本のイスラエルとの安全保障協力は本当に賢い選択か」という題名の記事を書いた。

https://agora-web.jp/archives/260109215345.html

そこでも触れたが、現在、日本は、事実上、世界有数の複数の軍事大国と敵対関係を持つ「二正面作戦」の状態に陥っている。これに対して、特に高市政権と、政権の路線を強く支持する軍事評論家・国際政治学者の層が、この「二正面作戦」を勝ち抜く正面突破の路線を強く主張してきている。私自身は、この状態に懸念を持っている。

日本は、ロシアのウクライナ全面侵攻以降、欧米諸国と同調して、ロシアに対して制裁を科した。欧米諸国以外でも、一部の諸国が制裁に参加してはいるが、韓国やオーストラリアなど、他のアメリカの軍事同盟国が中心である。さらに日本は、ロシアと戦争をするウクライナの継戦努力を支援する目的で、2022年以降に1.8兆円以上の資金を投入している。来年度予算でも、1兆円近くの予算がウクライナ支援に計上されているようだ。これは大多数の欧州諸国を上回る関与であり、非欧米諸国としては際立っている。

ロシアは当然、強烈とまでは言えないものの、日本に対して敵対的な姿勢を取っている。日本を欧州諸国に次ぐ敵性国家とみなし、経済活動に関する各種の制約を導入し始めている。「ウクライナはロシアに勝たなければならない」という主張を持つ学者や評論家に対しては、入国禁止措置などをとっている。

もう一つの軍事大国は中国である。高市首相の「台湾有事」発言以降、中国が日本に敵対的な態度を取ってきていることは周知の通りである。そしてついに、半導体や電気自動車(EV)などに不可欠なレアアース(希土類)の全般的な対日輸出を停止する措置を取ってきた。これまで中国が講じてきた一連の措置とあわせて、日本経済が無傷で済むことはないだろう。

今、日本は、軍事衝突にまで至っていないだけで、ロシアと中国という、世界有数の軍事大国の隣国との間で、厳しい敵対関係に陥っているわけである。軍事安全保障政策のみならず、経済政策に至るまでの全般的な領域で、「二正面作戦」を前提にした対応を取らなければならない状況に陥っている。

この状況で高市首相が追求しているのは、アメリカにすがり、アメリカの介入を懇願するような対応である。就任直後に来日したトランプ大統領の横で飛び跳ねるなどのパフォーマンスで痛烈な印象を与えた高市首相だが、あらためて早期に訪米したいとの意向を繰り返し表明している。

高市首相は、ASEANサミット、APECサミット、G20サミットといった日程が定められている多国間会議には参加したが、それ以外の外国訪問はまだ行っていない。G20サミットの際には、会合に大幅に遅刻するなどの振る舞いがニュースとなった。外国要人と異様に接近してみたりする行動も話題を呼んだが、特に政策的に意図のある外交を行った形跡はない。

高市外交は、今のところ、いわばアメリカ一点集中主義である。

あえて言えば、アメリカの同盟国である欧州のNATO諸国やイスラエルについては、準同盟国的な位置づけとして心を許しているのかもしれない。しかし、それ以外の諸国への関心は、今のところ、ほぼまったく見られていない。

この背景には、「二正面作戦」がもたらす「焦り」のような感情があると、他者からは見えてしまうだろう。苦しいからこそ、アメリカだけを見つめ、アメリカに頼ることだけに突破口を見出そうとしている。そして、アメリカさえ本気でロシアを撃退しようとしてくれたら、アメリカさえ真剣に日本を守って中国と対峙する決意を固めてくれたら、日本は後景に退いた上で、勝ち馬に乗ることだけを考えておけばよくなる、という発想である。

しかし、トランプ大統領の側は、そのような高市首相の態度を見抜いたかのように、中国の行動に対して高市首相を擁護するような発言はせず、そもそも安全保障上の関与を示唆するような発言は一切せず、日本はアメリカから巨額の貿易黒字を稼いできた、ということだけを言ってみたりしている。

日本は、5,500億ドル(約86兆円以上)に及ぶ巨額投資の約束に加えて、増税してまで達成しようとしているGDP2%の防衛費をつぎ込み、アメリカの高額兵器を購入せざるをえなくなっている。日本の側は、苦境にあることを完全に見透かされている状態だ。トランプ政権は、徹底的に日本の財政資源を収奪する行動を取り続けるだろう。

日本が、ロシアと中国との「二正面作戦」の重荷に耐えかねて、アメリカに貢ぎ続ける構図は、国際情勢に新しい展開が生まれるまで、止まることがないだろう。

果たして日本は、この「二正面作戦」状態で、アメリカからの財政資源提供圧力にさらされ続けながら、持続可能性のある国家運営をしていくことができるだろうか。私はかなり悲観的になり始めている。


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15日〜8日にかけて、日本の国会議員団がイスラエルを訪問した。団長は自民党の小野寺五典・安全保障調査会長であった。同行議員には自民党・維新の会など複数議員が含まれていた。訪問目的は、防衛・安全保障技術の視察と意見交換で、レーザー兵器、無人機(ドローン)、AI関連システムなど、イスラエルの先端防衛技術の実情を視察した。ネタニヤフ首相をはじめとする外務大臣らイスラエル政府要人との面会も行われた。

この訪問は、大きな波紋を呼んだ。SNSでは、批判的な意見が、溢れている。論点は大きく三つの領域で存在している。

第一が、戦争犯罪問題に対する立ち位置である。自民党の安保調査会長をはじめとする相当数の国会議員が、ICC(国際刑事裁判所)から訴追中のネタニヤフ首相と会談して握手し、にこやかに集合写真におさまった。ネタニヤフ首相からは、「これまでの日本の支援に感謝する」という言葉が出た。

もしこれが日本だったら、日本政府関係者はICCローマ規程の締約国としての国際法上の義務にしたがって、ネタニヤフ首相を逮捕して、移送しなければならない。日本政府高官は、所長が日本人の赤根智子氏であるICCを支えて国際社会の方支配を推進する、といったことを繰り返し述べてきている。

もちろんイスラエルには日本の領域主権が及ばないため、逮捕はできない。しかしだからといって、にこやかに握手して談笑するのは、常識感からすれば、一貫性のない態度だと言われても、仕方がないだろう。

イスラエルは、ナチス時代にユダヤ人移送局長官で、アウシュヴィッツ強制収容所へのユダヤ人大量移送に関わったアドルフ・アイヒマンを、逃亡していたアルゼンチンで密かに拘束してイスラエルに連行し、人道に対する罪や戦争犯罪の責任などで裁判にかけ、死刑判決を下し、絞首刑に処したことがある。アルゼンチン当局には一切告げずに行った作戦であった。

日本人の言い訳は、イスラエル側には伝わらないようなものである。

第二に、イスラエルからの武器購入だ。東京新聞は、19日に、「ガザ攻撃開始後にイスラエル製武器を日本政府が241億円分購入と判明」との記事を掲載した。https://www.tokyo-np.co.jp/article/460705 記事によれば、「パレスチナ自治区ガザでイスラエルの大規模攻撃が始まった202310月以降、日本政府がイスラエル製の武器・装備品を計241億円分、購入していたことが分かった。すべて随意契約で製造企業名は公表していない」という。

競争公示を通じた部分でも、これまでも国会で、1円でイスラエル企業が試験機の納品を受注し、その後に本格的な契約を通じた大型契約につなげるやり方などが問題視されてきている。https://www.jcp.or.jp/akahata/aik23/2024-03-13/2024031301_01_0.html

これらの兵器は、戦争犯罪行為と直接的に結びついている恐れがあり、「ジェノサイドで実験された兵器をあえて購入している」という指摘を受けても、あながち否定はできない。外交的な含意が大きい兵器購入について、国会での審議はもちろん、公的な告知のないままに進めていいのか、については、疑問の余地がありうるだろう。

第三に、そもそもの日本とイスラエルの間の二国間安全保障協力の展開の問題がある。今回の訪問団は、イスラエル政府の最高意思決定レベルの要人と、政策的な意味での安全保障協力のあり方について協議を進めたと言えるだろう。今後、日本とイスラエルの関係が、準同盟関係に入っていくような状況も視野に入れた動きと言える。

実際のところ、特にドローンなどの情報集約性の高い兵器をイスラエルに依存することは、自衛隊の作戦体系にイスラエルの情報システムを浸透させること意味する。イスラエルは、世界有数の諜報国家だ。最悪の場合には、イスラエル側に、自衛隊の情報が漏れていく恐れもないとは言えない。信頼のおける国からでないと、ドローンなどの兵器を取り入れることはできないはずだ。日本とイスラエルは、そのような信頼関係で結ばれている、ということだ。

これについては、専門家層で、前のめりの擁護論が打ち出されている。https://x.com/Yuichi_Hosoya/status/2009280420718817769

イスラエルは、日本の同盟国であるアメリカと同盟関係にある国だ。その意味では、システム上の連動性を持つ対象として候補になりうることは確かだろう。恐らくは日本とイスラエルの関係発展は、アメリカにとっても望ましい。しかし果たして本当にイスラエルは、そのように日本にとって信頼に足る国か。

世界の大多数の諸国は、イスラエルに悪感情を持っている。ハマスとの停戦合意の違反行為に該当するイスラエルの軍事行動も続いている。イスラエルとの防衛面での協力を進めることが持つ、外交的含意を考慮してもなお、イスラエルを準同盟国扱いしていくことに、日本の国益上の意味が大きいと言えるか。疑問あるいは少なくとも議論の余地があると思われる。

本来であれば、日本の防衛費の大幅拡充は、日本の防衛産業の育成を通じた日本経済への貢献の意味も持たせることが、理想であった。実際には、高額兵器・最新AI兵器などは、アメリカやイスラエルに依存しながら、購入計画を進めていく様子が、明らかになっている。システム構築を前提にした兵器体系は、一度イスラエルから取り入れてしまえば、その後もイスラエルに依存する形で維持し続けていかざるをえないのが、当然のこととなる。

その点も含めて、日本政府・国家議員のイスラエル詣でに、長期的な国益から見た時の意義があると言えるか。

日本政府関係者や、防衛専門家・国際政治学者層は、特にロシアのウクライナ全面侵攻後、欧米諸国との関係を深めながら防衛費の大幅増額を達成していく路線を強く推進してきた。その一方で、中国を仮想敵国とみなす風潮を強く助長してきた。

現在、日本は、ロシアに制裁を科し、ウクライナに多額の財政支援をしているが、それは非欧州地域ではかなり稀有なレベルでのことになっている。その一方で中国との対立関係も深めている。世界でロシアと中国と同時に対立関係を深めている稀有な国が、日本だ。

しかし聞こえてくる主張は、ロシアにも中国にも勝ち切るしかない、というようなものであり、そこでなりふり構わずイスラエルとの関係も深めたい、ということになるようだ。

残念ながら、北東アジア諸国だけでなく、東南アジア諸国との外交関係の深化や、インドとの関係発展、さらにはその他のインド太平洋地域の諸国との外交関係の発展に、目立った努力がなされている様子が乏しい。やっていない、という意味ではないが、本当に熱心に外交努力を払い、その成果が見えてきていると言えるか、疑問の余地がある。

果たしてこのような「日本はロシアにも中国にも勝たなければならない」路線に、持続可能性があるのか。日本が置かれた国際環境と、疲弊していることが隠しようもない国力に、見合った態度と言えるか。私個人は、かなり真剣に疑っている。

 

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アメリカのベネズエラ侵攻は、衝撃的な事件ではあるが、トランプ大統領が昨年末から、やる、やる、と言っていたことなので、その点では予測された通りであった。

アメリカという超大国が、明白な国際法違反の武力行使をするのか、と言えば、そういうことだ。確かにトランプ大統領のようなあからさまな性格は珍しい。しかし、国際政治学者の方々が、アメリカが「リベラル国際秩序」なるものの擁護者になった主張する第二次世界大戦後だけを見ても、グアテマラ(1954年)、ドミニカ共和国(1965年)、チリ(1973年)、パナマ(1989年)、ハイチ(1994年)と、中南米におけるアメリカの軍事介入を通じた政権転覆の例は、多々ある。未遂事件などはさらに多々あり、キューバ危機のきっかけは、1961年の政権転覆劇の失敗だった。

冷戦終焉後、「自由民主主義の勝利」を通じた「グローバル化」の推進者として、アメリカは自己規定をするようになった。それによってアメリカとその「裏庭」である中南米との関係は、希薄なものになった。

しかしトランプ政権は、昨年12月に公刊された『国家安全保障戦略(NSS)』において、この「グローバル化」の流れに乗った政策は、間違いだった、と総括している。なぜならアメリカが他の地域に気を取られている間に、中国などが、中南米で経済権益を確保し、影響力を強めてしまったからだ。

そこで『NSS』は、「モンロー・ドクトリン」の復活を宣言する。「モンロー・ドクトリンのトランプ・コロラリー(補論)」である。

NSS』 は、アメリカは西半球世界において卓越性を取り戻し、移民を封じ込めながら、経済権益は確保し、(中国などの)域外勢力の影響力を排除する、と宣言している。ベネズエラは、原油埋蔵量世界一でありながら、中国、さらにはロシアと経済的・政治的結びつきを強めた反米国だ。今回の軍事作戦は、『NSS』で宣言した政策姿勢を、実際に実行したものとしての性格が強い。

このあたりの話は、『The Letter』という配信システムで数回にわたって書いた(末尾URL参照)。モンロー・ドクトリンとトランプ政権の話は、『アゴラ』では、2017年の第一期トランプ政権誕生時の連載執筆開始時期から、ふれてきている。昨年7月に公刊した拙著でも、「トランプの新しい19世紀」の話は、詳しく体系的に論じた。

https://www.amazon.co.jp/%E5%9C%B0%E6%94%BF%E5%AD%A6%E7%90%86%E8%AB%96%E3%81%A7%E8%AA%AD%E3%82%80%E5%A4%9A%E6%A5%B5%E5%8C%96%E3%81%99%E3%82%8B%E4%B8%96%E7%95%8C%EF%BC%9A%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%97%E3%81%A8BRICS%E3%81%AE%E6%8C%91%E6%88%A6-%E7%AF%A0%E7%94%B0%E8%8B%B1%E6%9C%97/dp/4910364854

モンロー・ドクトリンについては、日本の学校教科書で「孤立主義」と教えられていて、杓子定規にそれだけを覚えている方が非常に多い。日本記者クラブで、トランプ政権とモンロー・ドクトリン(及びその他の19世紀アメリカの思想「アメリカン・システム」「大陸主義」「明白な運命論」)について報告させていただいたときも、そのような反応があった。https://www.youtube.com/watch?v=V47hHUGkJNw

しかしモンロー・ドクトリンを「孤立主義」と描写するのは、間違いである。第一次世界大戦後に、国際連盟の設立をアメリカのウッドロー・ウィルソン大統領が主導しながら、結局は議会の反対でアメリカが連盟に参加しないことになった後、ヨーロッパ人たちがアメリカを揶揄したときに、そのような概念構成をした。しかしそれは域外のヨーロッパ人の偏見による蔑視の呼び名である。

19世紀を通じて、そして1941年の真珠湾攻撃の時点に至るまで、アメリカ人に信奉されていた本来のモンロー・ドクトリンとは、神の恩寵を受けた共和主義政体が形成する「新世界」の独立を、汚れた欧州の「旧世界」の悪影響から遮断するための「錯綜関係回避」原則にもとづいた外交原則であった。

確かに、西半球世界と欧州との関係では、「錯綜関係」、つまり勢力均衡の権力闘争の国際政治に巻き込まれることを避ける外交原則として働く。しかし、ひとたび中南米諸国に外的脅威が訪れれば、そして内的混乱が訪れれば、地域の盟主としてのアメリカ合衆国が、介入的行動をとることは、折り込み済である。

1945年の国連憲章に「集団的自衛権」の条項を挿入させたのは、アメリカ及び中南米諸国であったが、それは国連憲章よりも先に、地域の集団安全保障の仕組みを作っていたからだ。それは後のNATOと同じように、あるいはそれ以上に色濃く、アメリカが盟主となって運営される集団的自衛権=地域的集団安全保障の仕組みであった。

アメリカと他の中南米諸国との間の力の隔絶が大きく、同時にアメリカにとっては自国が属する地域の事柄で国益がかかっているとみなされる場合が多いがゆえに、アメリカは、外敵勢力が中南米諸国で影響力を強めた時だけでなく(たとえば1962年キューバ・ミサイル危機)、中南米諸国が地域情勢に悪影響を与える内的混乱を見せたときにも(上述の一連の軍事介入)、軍事介入をためらわない。反米的な政権の除去も、同じだ。これは19世紀から続く伝統だ。

 しかし、ということは、20世紀に確立された現代国際法とは、特に1945年以降の国連憲章体制とは、矛盾する。今回のベネズエラ攻撃は、国連憲章24項の武力行使の一般的禁止の原則の明白な違反である。その他、主権(21項)、国内管轄権不干渉(27項)の違反でもあり、現代国際法秩序の重要原則から、完全に逸脱した行動であった。

しかしモンロー・ドクトリンの復権を期すトランプ大統領には、「圏域」思想を重んじる「大陸系」地政学の伝統にそった考え方が根深い。それは、現代国際法秩序を軽視する、ということでもある。(「大陸系」地政学理論の伝統と「英米系」地政学理論の伝統の相違そして確執については、上述の書に加えて、拙著『戦争の地政学』をご覧いただきたい。)https://www.amazon.co.jp/%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%81%AE%E5%9C%B0%E6%94%BF%E5%AD%A6-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E7%AF%A0%E7%94%B0-%E8%8B%B1%E6%9C%97/dp/4065312833  

トランプ大統領の国際法違反を日本政府は非難しないのか、二重基準ではないのか、という指摘が、渦巻いている。全く正当な指摘だ。だが、あえて指摘すれば、これは今回の事件だけの話ではない。もっと大きな世界観のところで、トランプ大統領の「モンロー・ドクトリン」を標榜する「圏域」(通俗的には「勢力圏」と言い換えても良い)重視の姿勢は、現代国際法秩序と矛盾しているところがある。

直近では、民族自決の原則が標準化している現代世界において、今回のベネズエラ侵攻のような軍事介入が、奏功するのか、という問いもある。

トランプ大統領は、自国の意のままになる政権への移行が確証されるまでは、アメリカは何度でも軍事行動を起こす、と言っている。だがそのようなやり方で、2600万人の人口を持つベネズエラを安定的に統治できる政権を樹立できるかは、怪しい。

アメリカは、軍事占領統治する準備まではしていない。現在のベネズエラの人口規模は、2001年当時のアフガニスタンや、2003年当時のイラクよりも、大きい。完全な占領統治には30万人といった規模の兵力の投入が必要になるはずだが、それは今のアメリカには無理だろう。もしベネズエラの政権が反攻したら、空爆や、特殊部隊による拘束作戦を繰り返したりするだけだ。その過程で、万が一、一人でも殉職者が出たら、トランプ政権の命運にかかわる。ベネズエラとアメリカは、非対称関係にあるので、今回の軍事侵攻でも40人ほどの犠牲者が出たとされるが、ベネズエラはまだ反抗可能だろう。しかしアメリカは、一人でも犠牲者が出たら、アメリカ国内での反発が高まり、トランプ政権は苦境に陥る。

中南米諸国側から見た時のモンロー・ドクトリンの伝統とは、アメリカの帝国主義に対する根深い反感だ。中南米諸国は、繰り返しアメリカに軍事介入され、そして反米感情を高める。この伝統は、マドゥロ氏のような時の独裁者が、どれくらい民衆から支持されているか否かという事情をこえて、超歴史的に存在する。

日本は、ベネズエラ情勢に関して、何も言っていない空虚な内容の声明だけを出した。これが日本にとっては、とりうるぎりぎりの方策だろう。アメリカの行動が、いかに明白な国際法違反行為であるとしても、中南米政策をめぐりアメリカと対決をすることなど、日本にはできない。

しかしあまりにもアメリカに従属的になったら、アメリカとその同盟国以外の諸国からは、完全に信頼を失う。あるいはアメリカ国内やその同盟諸国内でも、日本を軽蔑する機運が広がるだろう。それは日本の長期的な国益に反する。

綱渡りが迫られる厄介な時代になったものだが、それが現実だ。逃げることはできない。高市首相が、そして綱渡り外交に秀でたタイプの首相ではないように見えるのは、大きな懸念点である。

 

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