「平和構築」を専門にする国際関係学者

篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文に関する情報や、時々の意見・解説を書いています。過去のブログ記事は、転載してくださっている『アゴラ』さんが、一覧をまとめてくださっています。http://agora-web.jp/archives/author/hideakishinoda 

2026年07月

 7月に入って、アメリカとイラン双方による軍事攻撃が再開され、死者を伴う応酬が続いた。現時点では、軍事攻撃は再び小休止の状態に入っているように見えるが、いつ再開されてもおかしくはない。断続的な武力行使を伴う泥沼の戦争の構図は、今後も続いていくと思われる。

 ホルムズ海峡の交通が再び阻害されたところに、イエメンのフーシー派とサウジアラビアの対立が顕在化し、紅海の交通も阻害されるような状況となってきた。ペルシャ湾の危機が紅海に飛び火するのではないかと懸念されてきた事態が、現実のものとなりつつある。

 イランでは、前最高指導者ハメネイ師がアメリカとイスラエルの攻撃によって暗殺された後、革命防衛隊の強硬派が勢力を強めたようだ。革命防衛隊は、ホルムズ海峡の管理において中心的な役割を担っている。海峡管理から経済的利益を引き出し、イラン国内における革命防衛隊の権力基盤の強化につなげたいという思惑もうかがえる。

 アメリカは7月中旬、イランの港湾に出入りする船舶を対象とする海上封鎖の再開を宣言した。封鎖活動はオマーン湾だけでなく、アラビア海、ホルムズ海峡、ペルシャ湾を含む広域で実施されている。ただし、実際にどれほどの船舶がイランへの寄港を断念しているのかは、必ずしも明らかではない。

 注目されるのは、イランとの貿易量が多い中国の動きである。中国籍船を公然とイランの港湾に出入りさせ、そのまま米軍の封鎖海域を堂々と通過させるような動きは、少なくとも公開情報からは確認できない。

 しかし、そもそも中国とイランとの取引は、イランを制裁対象としているアメリカの監視を可能な限りかいくぐりながら行われてきた。20264月、パキスタン政府は、第三国から到着したイラン向け貨物を、グワダル、カラチ、カシムの各港で荷揚げし、陸路でイランへ運ぶことを認める制度を導入した。その後、中国製品を含むコンテナ貨物の陸送が始まったと報じられている。

 グワダル港からイラン国境までは、おおむね100キロ程度にすぎない。この経路は原油の大量輸送には適していないが、工業製品、機械部品、医薬品などの輸送には利用できる。現時点では、アメリカが海上封鎖と並行して、パキスタンに対し、イラン向け貿易の中継地となることを全面的に停止するよう強く迫っている形跡は目立たない。

 中国とイランの間には、中央アジアを経由する鉄道輸送路も存在する。これも海上輸送を完全に代替できるものではないが、一定の意味は持ちうる。中国からイランに向かう貨物列車の運行頻度は、4月にアメリカが海上封鎖を開始して以降、週1本程度から、34日に1本、すなわちおおむね週2本へと増加したとも報じられている。

 これと関連して注目されるのが、カスピ海を経由するロシアとイランとの貿易関係である。イランとロシアの貿易は、ホルムズ海峡の混乱後、カスピ海航路と陸上の国際南北輸送回廊(INSTC)へと急速に振り替えられていると指摘されている。

 カスピ海を通航するイラン籍商船の正確な隻数は公表されていないが、おおむね5060隻規模のイラン船隊が存在し、その一部が恒常的にロシア航路へ投入されているとみられる。イランとロシアの貿易関係は近年、拡大を続けてきた。20255月に発効したイランとユーラシア経済連合との自由貿易協定も、その流れをさらに後押ししている。

今年に入ってホルムズ海峡が混乱するなか、カスピ海経由の輸送量はさらに増えているようだ。たとえば、20263月単月のカスピ海経由によるロシアからイラン向けの穀物輸出は約30万トンに達した。前年同月にはほとんど輸送実績がなかったことを考えれば、急激な増加である。

 こうした動向を警戒しているのは、アメリカとイスラエルだけではない。ロシアと交戦状態にあるウクライナも、ロシアとイランの間の物流を警戒してきた。725日には、イラン所有・イラン船籍の一般貨物船が、ロシアのアストラハンを出港した後、ヴォルガ川河口付近でウクライナの攻撃を受け、船員1人が死亡し、複数の負傷者が出る事件が起こった。ロシアとイランは民間貨物を運ぶ商船だったと主張する一方、ウクライナは、イランに関連する軍事貨物の輸送に使われていた船舶を攻撃対象にしたと説明している。

 鉄道や道路による陸上輸送も、カスピ海を通じた輸送も、ホルムズ海峡を通過するタンカーによる海上輸送を完全に代替することはできない。カスピ海の水位低下やヴォルガ=カスピ運河の浅水化などの事情もあり、輸送能力には限界があるからだ。端的に言えば、これらの経路は大量の原油輸送には適していない。しかし、だからといって、その意味を無視してよいわけでもないだろう。

 特にわれわれ日本人は、日本が島国であるため、国際貿易といえば海上輸送が大前提になると思い込みがちである。しかし、地理的条件に十分な配慮を払い、大陸に位置する諸国の多様な動きを分析するためには、大陸でこそ起こりうる事象に意識的な注意を向けることが大切である。

 昨年12月に公刊された、青木健太・笠井亮平・中東調査会(編)『中東ユーラシアから世界を読む――連結する地域と秩序再編』(岩波書店、2025年)は、こうした問題意識を持ちながら、状況を概観するうえで有益な書物である。

 まず序章で、「中東ユーラシアにおける『地殻変動』の見取り図」を提示することの意味を説明する編者の青木氏は、「大国主導の連結性戦略」に着目する必要性を特に強調している(9頁)。中国の「一帯一路」はあまりにも有名だが、青木氏が自ら執筆した第6章で解説する、ロシアとイランを接合する「国際南北輸送回廊(INSTC)」なども、重要な意味を持っている。

本書のその他の章でも、中東調査会の地域研究者たちを中心として、アメリカ、イスラエル、中国、ロシア、イラン、サウジアラビア、トルコ、インドなどの動きに目配りがなされている。そして、「中東ユーラシア」という広域地域において、新たな交通回廊の形成を含む多様な動きが進行していることが紹介される。「中東ユーラシア」をめぐる複合的な動きを、要領よく概観するために、本書は非常に有益だ。

 日本では、アメリカの動向を追うことに終始するか、せいぜい東アジアと欧州の情勢に注意を向けるだけで、国際情勢の分析を終えてしまう傾向がある。しかし、そもそも日本にとってなじみ深い地域の諸国もまた、中東ユーラシアへと入り込み、自国に有利な国際環境を形成する努力を重ねている。まして、ユーラシア大陸に位置する諸国は、大陸内部でさまざまな動きを進め、新たな連携を模索している。

 少なくとも、こうした動向に注意を払いながら情勢を把握しておかなければ、われわれの国際情勢認識は、時代の流れから取り残された「ガラパゴス」的なものになっていってしまうだろう。

 日本語で読める『中東ユーラシアから世界を読む――連結する地域と秩序再編』のような良書を活用し、意識的に大陸側の動きも把握するよう心がけることは、現在の中東情勢を理解するためにも、今後の世界全体の変化を見守り続けるためにも、大切なことであるはずだ。

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 皇室典範が改正された。戦後3回目の皇室典範の改正だが、1949年は宮内府を宮内庁に改めるなど行政組織変更に伴う技術的改正だった。2017年改正は、明仁天皇の意をくんで退位を一代限りで可能にしたものだった。今回の改正が、国会の政策判断で行った初の皇室典範改正と言える。国会の多数派勢力が、天皇制のあり方の規定に踏み込んできた、ということである。
 今回の改正内容は、結婚後も女性皇族が皇室に残ることや、旧宮家出身の男系男子を養子縁組で皇族とすることを可能にするもので、一見すると、技術的なものであるように見えないことはない。しかし、女性皇族の夫と子は皇族とせず、養子に男子が生まれれば皇位継承資格を認める改正内容の趣旨は、男系男子による皇位継承を続けるための皇族数確保だ。
 これについて男尊女卑の改正であるという批判がなされている。それは正しい。
 さらに、より憲法論に即して言うと、大日本帝国憲法制定時に作られた皇室典範の「男系男子」の規定を強化することを目指していると言える。養子を含めて「世襲」を理解するという踏み込んだ制度を作り出して、「男系男子」制度を維持しようとするものだ。
 特徴的なのは、今回の皇室典範の改正にあたって、日本の天皇制は2600年に渡る男系男子の制度を持っている、といった言説が、小林鷹之・政調会長ら自民党有力議員を中心にした勢力から、出てきたことだ。
 その含意は、天皇制は、1947年に成立した日本国憲法を遥かに超えた伝統によって支えられている、というものだ。いわば、天皇制に、超憲法的な権威を持たせることを願う勢力が、今回の皇室典範改正の支持勢力だと言える。
 日本国憲法は「世襲」を定めつつ、「男系男子」についてはふれていない。代わりに男女平等を定めている。女性天皇を可能にする「男女平等」の「世襲」優先の皇室典範の改正のほうが、日本国憲法の制度にはそっている。
 しかし今回の改正は、真逆の方向への運動を推進する趣旨を持っている。「男系男子」という神話的な思想によって支えられるイデオロギー的な「天皇制」を、日本国憲法を超えた権威とみなす、という思想運動を推進する趣旨だ。
 かつて安倍晋三氏は、「戦後レジームからの脱却」というスローガンを掲げ、強い復古主義的思想を持つ人物として警戒されていた。ただし、(特に第二次政権時の)首相就任後は、穏健な現実主義的な面も併せ持ち、長期政権の運営にあたった。
 安倍首相を評価する勢力には、復古主義的な思想を評価する勢力と、政策の現実的な妥当性を評価する勢力が、混在していた。
 現在の高市政権を支える勢力は、最初の思想的な面を重視する傾向が強い。「戦後レジームからの脱却」路線の思想である。
 日本国憲法を超えた「伝統」の根拠として天皇制を定義し直すことは、「戦後レジームからの脱却」を目指す勢力にとって、大きな意味を持つこととみなされている。
 高市政権が、現実的な外交を目指しているかはいまだ不明で、成果はまだ見られない。他方において、「戦後レジームからの脱却」路線の思想運動の推進は、成果を出し、勢力を広げているところだと言える。
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 落合雄彦教授を編者として公刊された『ナイジェリア研究の視角―さまよう「アフリカの巨人」をいかに紡ぐか』は、アフリカの一国に焦点を当てた11名の研究者による11章から構成されている書物である。これは比較的珍しい。

 まずアフリカ一カ国に焦点を当てたというだけで、珍しくなる。10名以上の研究者が同じ国について論じているのは、さらに珍しい。実態として一カ国に焦点を当てた内容であっても、題名には一般性の高いテーマを掲げている場合がほとんどだが、本書についてはそれもしていない。

 注目すべきなのは、本書が、「ナイジェリア研究」が、どのようなものでありうるかを見せるために作られていることだろう。「アフリカの巨人」ナイジェリアの研究は、その重要性を考えると、日本では低調だと言わざるを得ない。国際的には盛んだが、日本ではそうではないことを、編者は憂慮する。

 「アフリカ研究という狭い学術分野に限っていえば、ナイジェリアのプレゼンスはやはり大きい。欧米諸国の大学や研究所に所属するアフリカ研究者のなかには、ナイジェリアをフィールドとしたり、その文化や社会に対して関心を抱いたりしている者が多い。その点、日本では事情が異なる。日本のアフリカ研究者のなかには・・・ナイジェリア研究者はかなり少ない。」(ii頁)

 もともと日本では、アフリカ研究者の数が限られている。その中でも、東アフリカ諸国や南アフリカを研究する者が比較的多い。同じ西アフリカでも、ガーナやセネガルの研究者のほうが、ナイジェリア研究者よりも多いという。

 編者はその理由については説明しない。そこで私があえて推察するならば、インド洋に面してアジア側に向いている東アフリカに日本人の関心が向きがちであるという事情とともに、政治的な重要性よりも、文化人類学のフィールド研究との適合性などが重視されがちである事情が働いているのではないかと思われる。

 ナイジェリアは、2.37億人の人口を持つ。これは2位のエチオピアの1.35億人を大きく引き離して、アフリカで圧倒的な1位である。また、南アフリカとエジプトに次ぐアフリカ第3位の名目GDPを持つ。もっとも2023年まではアフリカで第1位であった。今でも購買力平価GDPであれば、1位のエジプトとほぼ同じ水準の2位である。(2023年、ティヌブ政権の大規模な為替制度改革の結果、通貨ナイラが大幅に切り下げられた。)天然資源はアフリカで3番目に豊富とされ、特に石油はアフリカでは1位で、生産量で世界13位、埋蔵量で世界11位とされる。このようにナイジェリアは、アフリカ有数の地域大国であり、西アフリカでは圧倒的な国力を持つ地域覇権国に近い位置づけを持つ。

ただし国内の治安は安定せず、近年は特に、ニジェールと長い国境線を共有する北部を中心に、複数のジハーディスト組織(イスラム国・アルカイダ系のテロ組織)が勢力を争っており、違法貿易のみならず、大量の誘拐を資金源としながら勢力争いを続け、治安を悪化させている。

テロ組織を研究する分析者にとって、ナイジェリア情勢は極めて重要な注目点だ。ただ、それは、日本の研究者にとっては、むしろナイジェリアを敬遠すべき理由となっているかもしれない。現在、外務省の危険情報では、ナイジェリアは全域にわたってレベル2(不要不急の渡航中止)以上である。北部はレベル4(退避勧告)、中部はレベル3(渡航中止勧告)だ。これは公的研究費を使ってナイジェリアに出張することが極めて困難であることを示している。

このように政治的重要性と、日本での研究蓄積に大きなギャップがあるのが、ナイジェリアだ。そのため落合教授は、あえて「ナイジェリア研究」そのものの実情を示す研究成果を出した。大きな空白を埋めるためだと言えるだろう。

結果として、多様な専門性を持つ研究者たちが、多彩な視点でナイジェリアを論じることになった。まずナイジェリアの「イボ社会における委任首長制」、ハウサ語の口承的特性を見せる「料理本」、ハウサ社会の「慣習的養取(養子縁組)リコ」、「ヨルバ語作家」、ヨルバ人男性の「冒険的実践」、「オグン州の農家世帯における世帯内ジェンダー関係」、「黎明期の新聞」など、ナイジェリア内の民族社会を基盤にした共同体の生活に切り込んでいく主に人文学系の研究者たちの成果が披露される。

社会科学系の研究者たちは、「農耕民と牧畜民の間の暴力的な紛争の激化」、「警察による市民への暴力」、「歴代軍事政権による文民支配回復の模索」を論じ、最後に編者の落合教授が、「ペンテコステ=カリスマ的キリスト教の史的概観」の研究成果を示して本書を締めくくる。

多様で豊かな研究成果群だ。一般読者が、本書によって体系性のある統一的なナイジェリア像を持つことは、簡単ではないだろう。ただし、それだけに、「ナイジェリア研究はもっと盛んになるべき」(iii頁)という編者の思いが、それぞれの章の発展可能性の中に、込められている。

「軍事政権」を扱った望月克哉教授の第10章が、おそらく欧米諸国における政治面に焦点を当てたナイジェリア研究には最も近い内容を持っている。西アフリカの地域覇権国ナイジェリアが、繰り返される軍事クーデターを克服して、民主化を果たして文民政権を維持していけるかは、欧米諸国の研究者たちにとって、大きな注目点であり続けてきた。しかし21世紀に入ってからは維持されてきている文民政権下で、治安は悪化している。経済成長率も、過去10年ほどは鈍化の傾向が見られ、貧困率の高い国民の間での不満は高まっている。民主主義国が、期待通りの経済・社会政策の成果を見せられないがゆえに、あえいでいるという21世紀の特徴的な傾向を示す代表例となってしまっている。

果たしてこれからナイジェリアはどのような国になっていくのか。これは西アフリカ全域に重たくのしかかる問いであり、アフリカ大陸全域にとっても大きな問いである。そしてそれだけに、国際社会の全体動向にも、大きな意味を持つ問いだ。

今後も多様な「ナイジェリア研究の視角」の発展に期待しつつ、ナイジェリア、そしてアフリカ全体への関心を怠らないようにしていきたい。

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 武内進一教授は、私の東京外国語大学での先輩同僚にあたる。それだけではなく、長くお付き合いをさせていただいている。私が若い頃、まだ広島大学に在籍していたときには、武内教授が在籍していたアジア経済研究所の研究グループに何度かお招きいただき、貴重なアフリカ研究者の方々との議論の機会をいただいた。共同研究の成果として論文を執筆する機会もいただいた。大変に貴重な経験であった。そのため、今でも、私の武内教授に対する恩義の気持ちは深い。もちろんそれは武内教授が、尊敬すべき第一級の研究者であるためでもある。

 その武内教授が、新進気鋭のアフリカ研究者を集めた研究グループを組織し、議論を重ねてから編者となって公刊したのが、3月に公刊された『アフリカの国家建設―自分たちの国をつくる』である。

 密度の高い編者による「はしがき」及び「序章」から始まる本書は、優れたアフリカ研究者の切磋琢磨の結晶として、全編を通じて知的緊張感がみなぎっている。。10章にわたる多様な執筆者による論文は、編者によって「領域統治」「社会契約」「国際関係」の3つの問題領域に分けられたうえで、「アフリカの国家建設」という共通の問題を、それぞれの視点から分析していく。

 各章が焦点を当てる国や地域は異なっている。だがそれだけではない。各章が採用する視点や、扱う問題領域も異なっている。領域統治の不均質性、制度基盤の財政的脆弱性、首長制と政治、牧畜民と土地問題、イスラーム主義、抗議運動と正当性、食糧安全保障、崩壊国家、外向の論理、難民問題と、各章が独自の問題提起の視点を持っている。単純に各国を紹介する本ではなく、各章が独自の問題設定と分析視点によって「国家建設」という共通テーマに迫っている。

 ところがそれでいて、本書全体として、一つの大きな流れを形成している。つまり「アフリカの国家建設」を改めて問い直す、という大きな視点だ。多様性と一貫性が、一つの美しい結晶体を形づくっている。

武内教授の長年アジア経済研究所で多様な研究会を主宰・運営してきた経験が、このような編著の構成力にも生かされているのではないか。複数の研究者を集めたうえで、多様性と一貫性の双方を同時に表現する研究成果を生み出していく手法が、卓越している。

 多様性は、集められた研究者各人の独自性と能力水準に支えられている。他方、一貫性は、編者の強く、そして明晰な、編者の強く明晰な問題意識に支えられている。

 「序章」において武内教授が描写するアフリカの「国家」の歴史は、ややもすると辺境の地とみなされがちなアフリカにこそ、国際社会の歴史の激流が凝縮されていることを、痛感させる密度の濃いものだ。

 かつて20世紀前半まで、世界は、欧州列強の帝国主義に支配されていた。奴隷貿易の悲惨な歴史をへて、最も苛烈な植民地支配に服していたアフリカは、ある意味で、かつての国際社会の矛盾を、最も劇的に体現していた地であった。したがって20世紀後半の脱植民地化のプロセスは、アフリカにおいて、そして現代にまでつらなる国際社会にとって、決定的に大きな意味を持つものであった。

 ただし、その結果は、簡単に総括できるものではない。大陸全域で急速な脱植民地化が進められたアフリカでは、脆弱かつ歪な国家が、多々生まれた。ネオ・パトリモニアル国家(新家産制国家)の現象や、構造調整政策の歪が、各地で目撃された。

 冷戦終焉後の時代において、アフリカは時代の急変の激流を、最も劇的に経験した場所の一つだった。多数の諸国が武力紛争の悲惨な状況に陥っていった。あるいは長期独裁政権へと走っていった国もある。

 21世紀初頭に、アフリカは、中国の劇的な経済成長の恩恵をよりよく享受した地域となり、飛躍的な経済成長を見せた。ただし近年では、人口増加による成長を続けながら、豊かさは獲得しきれない経済的な停滞にあえぎつつ、さらに複合的な問題群に苦しんでいる。

 「『他者』が創った国家の原型を引き継いだこの間の国家建設を観察すれば、六五年間の変化は巨大である」(31頁)。

 こうした経緯を、引き締まった文章で描写していく武内教授の「序章」は、側面から見た国際社会の歴史像そのものだ。アフリカを見ることによってこそ、国際社会全体の歴史を見ることができる、という実感を得る。

 それをふまえると、武内教授執筆の「終章」及び「あとがき」は、深い人間的な思いに満ちている。「終章」において、武内教授は、次のように述べる。

 「アフリカの不透明な経済制度や権威主義体制を擁護したいわけではない。私たちは、そうした現状を単に経済や政治の制度構築の失敗ととらえるよりも、アフリカの人びとがどのような国家のありかたを選択したのか、選択の背景にいかなる歴史的あるいは国際政治経済上の制約があったのかを、まず理解したい。」(304頁)

 「さまざまな制約のなかで人びとが創り上げてきたアフリカの国家は、依然として多くの課題を抱えている。・・・しかし、国家は人びとに悪を成すために創られたのではない。国家は人びとを保護するために創られた制度である。・・・アフリカのように人びとが厳しい暮らしを強いられているところこそ、まっとうな国家が必要である。アフリカの国家建設は、そのような方向への長期的な変容のプロセスなのだと信じる。」(316頁)

 このように「終章」を結んだ武内教授は、さらに「あとがき」を次のような文章で始める。

 「ずいぶん長いあいだ、アフリカの国家について考えてきたような気がする。」(323頁)

 「アフリカの紛争、土地管理といったテーマを研究したが、根底にはいつも国家に対する関心があった。しかし、研究テーマとして国家を正面から取り上げることはなかった。あまりに重いテーマで、気が引けたのである。少年老い易く学成り難し。気がつけば、自分の研究者人生も終盤に入った。そこで、蛮勇をふるって、関心を同じくするアフリカ研究者にお声がけし、アフリカ国家について考える研究プロジェクトを組織することにした。」(324頁)

 ちなみに、私自身も研究者として歩みを重ねてきた。これまで単著として、日本語で15冊、英語で3冊を公刊した。中国語、韓国語、台湾語に翻訳してもらったものもある。編集した邦語・英語の書籍も多々あり、邦語・英語論文は百数十件、一般向けに書いた文章は数百件ある。それでも書き足りない。研究し足りない。自分の研究者人生の終わりがもう見えてきていることに、焦りも感じている。

 「少年老い易く学成り難し」。今までの人生で、何度も見た言葉だ。しかし、武内教授のように真摯な研究生活を送ってこられた先人から、この言葉が発せられているのを見ると、身が引き締まる。

 研究者冥利に尽きる、と研究者が感じるのは、優れた本に出会った時である。ああ、自分も、こんな本を書く研究者になりたい。そう強く感じて、生きていく。それが研究者というものだ。

 本書は、そのような気持ちを素直に呼び起こしてくれる、澄み切った知性と品格を備えた一冊である。

 

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 今年3月、アフリカ研究を代表する研究者である遠藤貢教授の単著と、武内進一教授及び落合雄彦教授が編集した単行本が、公刊された。割合珍しいことなのではないかと思う。紹介が少し遅れてしまったが、、この機会に、3冊についてふれる文章を書いておきたい。

 まず、遠藤貢教授の著作から紹介したい。遠藤教授は、日本を代表するアフリカ研究者の一人である。東京大学では、本郷の法学部にアフリカ政治の専門家がいない。そこで駒場(大学院総合文化研究科)の遠藤貢教授が、東京大学におけるアフリカ政治研究の中心的存在となってきた。業界では、遠藤教授が多数の大学院生を抱えながら、熱意ある指導を怠らず、研究も進めていることが、よく知られている。

 その遠藤教授が、中公新書から「アフリカ」という題名の本を今年3月に公刊した。南部アフリカからソマリアまでの地域に、具体的な焦点をあてながら研究を進めてきた遠藤教授が、一里塚として刊行された書であるようにも思われる。

 まず経済成長とそれを支える人口増加の大陸としてアフリカを示す第1章から始まり、アフリカ諸国の政治体制の問題性(第2章)、旧宗主国をはじめとする外部世界との関係(第3章)を論じた後、「アフリカの角」(第4章)、南部アフリカ(第5章)と大陸内の二つの準地域に焦点をあて、「日本とアフリカ」(第6章)へと議論を進める。

 遠藤教授がこれまで研究対象としてきた南部アフリカとアフリカの角の地域に対して、特徴的な章構成になっている。とはいえ、アフリカ全体を見渡す総覧的な内容を提示している。この本で初めて本格的なアフリカの政治情勢にふれるような読者層には、中東諸国とも複雑に結びついたアフリカの角の地域情勢は、やや難易度が高いものだと感じられるかもしれない。だが実際のところ、東アフリカと中東は隣接しており、歴史的にも相互に影響をもたらしあう関係にある。結びつきが深いのは、端的に現実である。淡々とした筆致でアフリカを描き出す遠藤教授の姿勢から、地域情勢を見る際の常識感を養いたい。

 アフリカと日本の関わりを論じた第6章を見ると、あらためてそこに限られた発展の可能性しか見えないことを感じざるを得ない。世界最大の人口増加地域がアフリカであるのに対して、こちらは急激な人口減少と少子高齢化にあえいでいる。構造的な事情があるだけに、事情は深刻だ。

 私自身は、紛争分析・平和構築を専門的な研究領域としているため、アフリカには何度も足を運んできている。近年は現地に招聘される機会も増え、たとえば過去1年間だけで、7回ほどアフリカに行った。研究の観点から人が行かないところに足を運ぶ場合も多い。たとえば東アフリカでは、エリトリアを除くすべての国を訪れたことがある。その多くは複数回訪れており、ソマリアの首都モガデシュも3回、ソマリランドの首都ハルゲイサにも行ったことがある。

 ただそれだけに、自分が若かった時と比べて、日本とアフリカの関係が発展したような感覚は持てていない。日本にとってアフリカは開発援助の主要対象だった時期もあるが、日本の援助疲れの中でアフリカへの注目も低下した。国連PKOに自衛隊を送るならばアフリカとの関わりも生まれてくるが、2017年に南スーダンから撤収してから、自衛隊の国連PKOへの部隊派遣は行われていない。少なくともしばらくは派遣の可能性はないだろう。永田町と霞が関のみならず、国際政治学者らの間でも、欧米偏重の傾向は、むしろ近年のほうが高まってきているくらいだ。中国の脅威の高まりなどが理由として挙げられるだろうが、いずれにせよ日本の側の余裕の欠如によるものだ。

 アフリカは統治のあり方から、貧困問題、さらには気候変動に至るまで、多種多様な深刻な問題を抱える。しかし本書が紹介するように、2050年に24.6億人で世界人口の約4人に1人が、2100年には38.1億人で世界人口の約3人に1人がアフリカ人となる。アフリカを抜きにして世界情勢を語り続けるのは、困難だ。

 1962年生まれの遠藤教授に続くアフリカ研究者には、負担が大きい。優れた研究を行っている研究者がいることはもちろんその通りだが、研究費のみならず、研究者、特に政治系のアフリカ研究者の数が、不足気味だ。

 本書を手にして、遠藤教授の世代のアフリカ研究者層の豊かさを感じ取りながら、これからの地域研究の行く末を、日本の国力の将来とともに考え直してみる。遠藤教授らの世代が築き上げてきたアフリカ研究の厚みをあらためて実感するとともに、日本の地域研究の将来、ひいては日本の国力そのものの将来について考えさせられる一冊である。

 

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