「軍事権のカテゴリカルな消去」は、憲法学者・木村草太教授の誇るオリジナルな学説だ。着想は、石川健治・東京大学法学部教授の言説から得ているようだ。だが石川教授の論説は、思想的な概念を使いながら色々と評論しているだけだ。とても真面目な憲法学説を展開するものには見えない(石川健治「軍隊と憲法」水島朝穂『立憲的ダイナミズム』[2014年]所収、石川健治「前衛への衝迫と正統からの離脱」[1997年])。
しかし木村教授は、「軍事権のカテゴリカルな消去」を、壮大な一つの憲法理論として仕立て上げようとしているように見える。http://agora-web.jp/archives/2032177.html
木村教授は、日本国憲法には「軍」に関する規定がないことを、「軍事権のカテゴリカルな消去」と呼ぶ。そして、それは、集団的自衛権が違憲であることの理由だと言う。しかし木村教授によれば、憲法の「軍事権のカテゴリカルな消去」は、「行政権」である個別的自衛権ならば禁止しないのだという。
とても理解するのが難しい学説だと感じる。たとえば憲法に「軍の最高司令官は大統領だ」といった規定があると、その国が「行政権である個別的自衛権」と「軍事権である集団的自衛権」を同時に持っていることの証明になるらしい。日本国憲法には、そのような規定がないので、「軍事権」がない。ただし「行政権」については「軍事権」と違って憲法に記載があるので、「行政権」の一つであると言える個別的自衛権は日本国憲法が認めていることになるのだという。
それにしてもこの「軍事権」なる耳慣れない権限は、いったい何なのだろうか。木村教授によれば、「『軍事』は、相手の主権を無視してそれを制圧するために行われます」(48頁)。軍事権とは、「相手の主権を無視してそれを制圧する」権限のことである。
根拠も何も示されない。正直、日本の憲法学界の場合、小説と憲法学説の区別をどうやってつけているのか、不安にかられる。http://agora-web.jp/archives/2032384.html
木村教授によれば、この恐るべき「軍事権」なる権限を、日本以外の国々は持っているのだという。ところが日本国憲法が「軍事権のカテゴリカルな消去」を行っているので、世界で日本だけは持っていない。
実は、かつては日本も持っていた。なぜなら大日本帝国憲法が、以下のような「軍事」に関する規定を持っていたからである。
―――――――――
第11条天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス
第12条天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム
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しかし、大日本帝国憲法には存在していたが、日本国憲法には存在していない規定や概念など、他にもたくさんある。たとえば「統治権」である。大日本帝国憲法第4条は、「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ・・・」と定めていた。この「統治権」の概念は、日本国憲法にはない。ついでに言えば、「元首」の規定も日本国憲法にはない。とすれば「統治権のカテゴリカルな消去」や「元首のカテゴリカルな消去」を、日本国憲法は命じているのではないか?
100万部売っている憲法学の基本書の決定版である芦部信喜『憲法』は、最初のページで、次のように高らかに宣言している。
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一定の限定された地域(領土)を基礎として、その地域に定住する人間が、強制力をもつ統治権のもとに法的に組織されるようになった社会を国家と呼ぶ。」芦部『憲法』3頁。
―――――――
同じく東京大学法学部で長く憲法を講じた高橋和之教授は、次のように言う。
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国民が、近代市民革命により国王の統治権を奪取し、統治権の客体から主体へと転化するとき、国家が『一定の領土を基礎に統治権を備えた国民の団体』として観念されるようになる。・・・国家意思を形成し執行していく権力を統治権と呼ぶが、この統治権が誰に帰属し、どのように行使されるべきかを定めているのが憲法なのである。」高橋『立憲主義と日本国憲法』4、8頁。
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芦部教授や高橋教授の言説は、「統治権のカテゴリカルな消去」をしている日本国憲法に反しているので、違憲ではないか?
そもそも、いったい、いつ、日本「国民が、近代市民革命により国王の統治権を奪取」したのだろうか?日本国憲法典にはそんなことは書かれていない。憲法97条が「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」としているのは、基本的人権だ。統治権などという権限は関係がない。なぜ、そんな誰も知らない史実を、憲法学者だけは知っていると主張できるのか?
憲法学者は、「統治権」は「主権」だ、といった弁明をする。しかし、なぜ大日本帝国憲法の概念を用いた言い換えなどをしたいのか?それでは「カテゴリカルな消去」が骨抜きになってしまうではないか?よく考えてみてほしい。「統治権」には木村教授の言う「軍事権」が含まれていたのだ。そんな言い換えをしたら、「軍事権のカテゴリカルな消去」まで骨抜きになってしまうではないか。
仮に「統治権」は「カテゴリカルな消去」をされていないとすれば、なぜ「軍事権」なる最初から実定法で登場したことのない概念が「カテゴリカルな消去」をされた、と言えるのか?
さらに言えば、仮に大日本帝国憲法11条・12条が日本国憲法にはないことを強調したいとして、それは端的に、日本国憲法には「統帥権」概念がない、とでも言えば済む話なのではないか?
さらに言えば、仮に「軍」という文字が日本国憲法に存在していないことを強調するとして、それはまさに「軍」の存在に関わる問題なのであって、「個別的自衛権は合憲だが、集団的自衛権は違憲」、などという話とは、全く関係がないのではないか?
しかし、木村教授の「軍事権」理論の恐ろしさは、これらの疑問だけにとどまらない。私には、むしろ木村教授の世界観こそが、恐ろしい。
木村教授の「軍事権」理論によれば、日本以外の国々は「軍事権」なる権限を持っている。つまり「相手の主権を無視してそれを制圧する」権限を持っている。日本に5万人の軍人を置くアメリカ合衆国も、日本にミサイルを放つ能力を持つ北朝鮮も持っている。日本だけが持っていない。
ただし戦前の日本は「軍事権」を持っていた。つまり「相手の主権を無視してそれを制圧する」ことができた。したがってもちろん満州を占領してもよかったし、中国を侵略してもよかったし、真珠湾を奇襲攻撃してもよかった。
木村教授の「軍事権」理論は、現代国際法規範を否定し、大日本帝国の行動を肯定する。木村教授によれば、このような観察の根拠は、日本国憲法にあるのだという。
恐ろしい話である。
日本国憲法さえ世界最先端の憲法であれば、あとは国際法が崩壊しようとも、大日本帝国の侵略行為を肯定しようとも、そんなことはどうでもいいのだ。
呆然とする。本当に日本国憲法は、そのようなことを言っているのか。木村教授の日本国憲法の理解は、私の日本国憲法の理解の、完全に真逆である。
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そして大日本憲法の特色として、憲法の規定は、故意に内閣の責任を不明瞭な規定で糊塗し、責任政府の樹立を妨げていた。・・それだけではない。いわゆる統帥権の名によって、政府はその権力を麻痺させられ、軍部のわずかな力だけで内閣は倒された。例えば、満州事変以降終戦に至るまでにおいて、日本政府はことごとく軍部の手によって倒れたといっても過言ではない。このため、政治、外交、経済の各部門に渡り、軍部の支配力が絶対の地位を占め、軍人でなければ人でないというような観念を表すようになった。もとより、明治憲法は必然的にこのような欠点をもったものではない。憲法が極めて弾力性を持ったことが、一つの特色であったと同時に、これを逆手に取り利用する便利な道具となったのである。
つまり、柔軟な解釈ができることが、逆に軍国主義者たちに利用されたのである。
芦田均さんたちが日本国憲法9条を、なぜ、どのような動機で修正されたか、という真実を無視して、自分たちの独善的な解釈をし、マスコミや教科書を使ってその説があたかも正当なものであるかのように印象付けた東大学派のように、「大日本帝国憲法」の成立時の伊藤博文の意図を無視して、東京帝国大学憲法学教授の上杉慎吉を中心とするグループが、大日本帝国憲法の独善的な解釈をしたことが日本の針路をあやまらせたのである。
軍隊=軍事権=軍国主義国家という単細胞思考がどこから生まれるのか。そんな単線思考は丸山真男ですらしていない。惨憺たる敗北に終わった戦前の軍の暴走は、当時の各権力機構(内閣、議会、軍、内閣の一部である枢密院)の複雑怪奇な主導権争いと深く関係しているのであって、それを許したのは大日本帝国憲法の不備だけではない。一言で言えば愚劣な戦争指導の結果であって、権力機構のパワーゲームが、経済学でいう各自の合理的選択の合成の結果が、最悪の帰結をもたらしたにすぎない。こうした歴史的事実を無視した議論はエネルギーの無駄だ。
「カテゴリカルな消去」といようなもってまわった表現自体どうかと思う。カテゴリーは、われら哲学学徒にはなじみが深い概念だが、ここでいうカテゴリーとはアリストテレスのいう最高類概念ではなく、カントの純粋悟性概念をイメージしているのだろう。しかし、篠田さんが再三指摘しているように、導入にあたって、木村氏は厳密な定義と必要性を論証していない。純粋悟性概念だから、それなくしては思考の枠組みが成立しない、よって日本国憲法の最高原理であり、「寄らば斬るぞ」とでも言うのであろうか。滑稽な独り芝居だ。
芦田均さんは、前文に、憲法の基礎として、再建されるべき日本国と日本国民がどのような人生観の下に、どのように行動すべきかを言い表したもので、法規というより、一つの宣言であり、又は宣誓文でもある、とされ、その証拠として、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う」と結んでいる、からとされている。
私が読んで感動するのも、この部分なのだけれど、誓っているのは、軍事権を削除することではない。そうではなくて、いずれの国家も自国のことのみに専念し て他国を無視してはならない、ということである、そして、それが自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうする各国の責務、と述べている。また、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することも確認している。
その考え方は、日本国憲法だけが世界の最先端の憲法であればいい、などというものとは、対極にある考え方だと私も思う。
学問を生業とする一部の権威主義者の群れに見られる度し難さは、篠田さんによってえぐり出された憲法学界にとどまらない。それは人間性に根差したかなり厄介な問題なので、つくづく救いようがないと思う。当方は以前、まともな日本近代哲学史の通史がないことを解消しようと、独自に資料をまとめる作業に没頭していた。その際、西田幾多郎を中心とする京都学派を軸に記述した(京都は東大哲学科を圧倒していた)。その過程で、元京大哲学科教授の藤澤令夫氏にお世話になり、閲読の労を賜った。ご承知の方もおられようが、藤澤先生は田中美知太郎氏の後継者である。世界的なプラトン研究者だが、保守派の改憲論者で保守論壇の主柱であった田中氏の弟子ということで、「随分いじめられた」と回顧されていた。中には、これが哲学者のすることかというほどの陰湿な攻撃にさらされたという。
学問と人格とは少なからぬ人々(権威主義者)にとって分裂気味である。学問は人格の陶冶は言うに及ばず、品性の向上にほとんど役立たない。哲学者であっても党派抗争は凄まじい。京都学派もその例に漏れず西田幾多郎、田邊元の流れを組む独創性志向派と、公職追放者が相次いだ戦後の京大哲学科を再建した田中氏ら西洋哲学の正統に根差した学問としての哲学を志向する新参組との暗闘が人事を絡めて長く続く。しかし、多数派が多数派なるがゆえに権威ならざる権威を独占する憲法学は哲学以上に異様だ。篠田さんの異議申し立てが憲法学者に毛嫌いされるのは、道場破りの新参者として、権威と秩序を忖度しない軽やかな不躾さにあるのだろうか。篠田さんを宮本武蔵にしておくのが悔しければ、尋常に勝負せよ、誇り高き憲法学者の皆さん。
だが、そんな荒唐無稽な空想はまともな先進国に通用しないだろうし、「いつまでも敗戦国気分なんだな」と彼らも本音では思うはずだ。まともな日本国民も将来は絶対に共感しない。どれだけ安全保障面で余計な足を引っ張って日本に危ない綱渡りをさせたのか、戦後の歴史を真面目に勉強すれば誰でもわかるはずだ。
多くの日本国民は「日本に正式軍隊を与えれば世界にむかってどんな悪さをするかわからない」などと異様な不信感を自国民自身に向かって焼き付けるように洗脳された「屈辱の時代」だといずれ認識するだろう。全く名誉でもなんでもない。
徒弟制度で護憲を受け継いだ憲法学者にとっては(どうせ学界で持論が優勢だから)憲法というプラモデルをいじるのはそれなりに知的遊戯として楽しいだろう。だが、それは「平和的営為」などという代物ではなく「高みの見物」という。
彼は、学説を時代と共に変えています。
はじめは、美濃部の使徒でした。
「天皇機関説」で美濃部が攻撃され、自分にも攻撃が及び、国体明徴声明で天皇機関説が否定されると、異議申し立てもせず、大学もやめず、あっさりと「神権主義」に変化し、大政翼賛会を擁護します。
終戦後は、「帝国憲法の立憲主義的要素」を一転して擁護、新憲法は必要なし、の立場でした。
けれど日本国憲法に移行されると、国民主権の「8月革命説」を提唱し、日本国憲法を賛美し、文部省に採用される「あたらしい憲法の話」に、カント的な意味での日本国憲法9条の「軍事権をカテゴリカルに消去する」ことの大事さを説き、芦田均さんを揶揄します。
これが、真に学問的な意味で、真理を追究して、納得して、彼の主張を変えたというのなら、「憲法学の神様」として評価するが、自分の学者としての保身のために変化させているようにしかみえない。芦田均さんの生き方とは対照的である。
高校時代、ソクラテスやガリレオ・ガリレイが、学者のあるべき姿、と教わった私には、とても「憲法学の神様」には思えないし、そういう「神様」に徒弟制度でお仕えしていたら、真理がなにかわからなくなり、「歪な学説」ができあがるのではないか、と思う。
論文タイトルの元になった、「<前衛への衝迫>と<正統からの離脱>という対称軸」という表現は、たぶん石川氏のオリジナルではなく、フランス哲学からの借り物だろう。どこかで聞いたことがあるフレーズだ。子供じみた衒学と言うべきで、「憲法学第一世代を唾棄する」と公言している象牙の塔の現当主に相応しい。昨年、BSフジの番組で安倍首相による自衛隊の九条加憲案について議論した際、石川氏が、百地章氏に反論する場面で見せた人を小馬鹿にしたような物言いに、尊大とか傲岸というのとは異なる幼児性を垣間見た。紳士的な態度を通した百地氏は大人。怒りを露わにしたが、率直さにかえって好感を覚えた井上達夫氏。同じ東大教授でも随分違う。
印象的だったのは、九条の真の価値と存在意義は平和主義ではなく、戦前は抑圧された自由の根拠だと言い放ったことだ。石川氏が敬愛するらしいヴィトゲンシュタインに、「哲学者はいかなる観念の共同体の市民でもない。そのことがまさに彼を哲学者にする」という断章がある。それに倣うなら石川氏も、多数説という名の愚鈍で凡庸で陳腐な退屈極まる仲間内のコンセンサスを超越する鬼気迫る論文でも書けばいい。学問の自由の守護神として。
https://www.nippyo.co.jp/shop/book/3074.html
https://ameblo.jp/genpin61/entry-11409623811.html
http://ebi.5ch.net/test/read.cgi/shihou/988981113/
http://guccipost.co.jp/blog/jd/?p=708
日本の憲法学者の海外発信については、石川教授の師匠の樋口陽一教授が有名で、英語、ドイツ語、フランス語、ラテン語等の語学に大変堪能だったこともあり、それを生かして比較憲法学に取り組んだようで、国際憲法学会会長をされたこともあり、その功績が認めらてフランス政府からの勲章を授与され日本学士院会員にもなったようです。樋口教授の場合は、英語よりもフランス語での発信の方が多いようですが・・・
http://www.japan-acad.go.jp/japanese/members/2/higuchi_yoichi.html
https://jp.ambafrance.org/article4374
また、長谷部教授は、最近の英語での発信についての記事を書いていますが、国際憲法学会副会長をされていたことはあるようです。
http://www.hatorishoten-articles.com/hasebeyasuo/11
https://digital.law.washington.edu/dspace-law/bitstream/handle/1773.1/1660/26WILJ125.pdf
これに対し、長谷部教授や木村教授の場合は、従来の政府解釈の範囲(個別的自衛権)での自衛隊合憲説をとって伝統的憲法学通説の批判をしてきた点で石川教授の見解とは異なるようにも思います。しかし、長谷部教授や木村教授の場合も、学問上の師匠(木村教授の場合は、師匠の師匠)である芦部教授の名指し批判をあえて避けているとすれば、やはり、学者として問題があるように思います。
私はあのテレビで井上達夫教授の、今の9条のままだったら、戦力を統制できない、という主張をきいて、現実的に、そちらの方を心配した。
戦前の日本人は、ナチスに扇動されたドイツ人のように、「戦争をすることが、日本のためだ。」と信じて戦争に駆り出されたのであるが、それは、日本の政党政治家の不祥事ばかり報道するマスコミ報道によって、政党政治家ダメで、軍人しか信用できない、と国民が思う、ような世論誘導をする人がマスコミにいたから、そう思い込んでしまったのである。
旧制高校の学生だった義父は、日露戦争のことを詳しく知っていたら、米国の実力を知っていたら、あの戦争に賛成しなかったな、と言っていたから、多数派はそうだったのだろう。
要するに、「仮想現実」ー劇場と呼ばれるドラマ仕立てのおかしな世論誘導をするのではなくて、現実を報道する努力をすることが、マスコミの人々には求められているのではないのだろうか?判断は、健全な国民に任せて。
当方は左翼ではないので、それを「日本型ファシズムの正当化」などという一方的断罪より、西欧列強に抗して存続への活路を切り開こうと苦闘を重ねてきた近代日本の軌跡を、当時の冷厳な国際政治の闘争場裡に改めて置き直して再検討する方が、意味のある多角的議論に道を開くと思う。ただ問われるべきは、京都学派の俊英たちが戦争の意味と帰趨を見極めようとしながら果たさず、逆に現実に復讐されることになった原因、現実感覚の欠如を高邁な理念の追求で糊塗しようとしたナイーヴな理想主義にある。たとえそれが、狂信的な日本主義や神がかり的な右翼が猖獗を極めるなかで、それに対抗する正当な理論化の可能性を追求するほとんど唯一の試みだったとしても。それは現実への洞察不足という意味での<理想主義者の敗北>と映る。過ちを生む原因は知識人の政治参加における現実感覚の欠如と理論的考察の不徹底に尽きる。
京都学派が協力したのは、陸軍の無謀な戦争拡大を抑止することを意図した海軍の一部、反東條の米内光政系の将官グループで、彼らの共通認識は「アメリカと戦って勝てる見通しは海軍にはない」であった。察するに、九条を国際法の文脈で読み直そうとする篠田さんにあって、多数派憲法学者に決定的に欠落しているのは、「日本は間違っても米国とだけは戦争してはならない」という冷厳な事実を、憲法に読み込む現実感覚かもしれない。
実は、父が京大哲学科出身で、左翼思想の信奉者でした。カント、ヘーゲル、マルクス。本棚にはその関係の書籍がたくさんありましたが、震災でがれきになりました。西ドイツ留学を勧めてくれたのも父で、自分がドイツ哲学が大好きで、ドイツに行きたかったのに、自分が行くより、感性がみずみずしく、吸収力のある若いお前に、と卒業後の進路を迷っている私に勧め、留学資金を出してくれたのです。
ところが、父の期待に反して、東欧に実際に行ってみた私は、「マルクス主義はよくない。」という確信をもって、帰国しました。西独人、スイス人話してみて、9条をもつ日本国憲法が世界最先端の憲法、などとは思わなくなりました。
田原総一朗さんが旧ソ連をみて、マルクスレーニン主義は、よくない、とわかったが、それを主張すると、マスコミで干されるから、言えなかった、とあるテレビ番組で言われていましたが、そういう体制がまだ大手マスコミ界に残っているとしたら、それが、一番の問題なのではないのでしょうか?
しかし、彼らは政治性の徹底という点で共産党に引け目を感じており、結局社会党左派系に希望ならざる希望を託していた。時の政権党に助言を通じて影響力を行使できるという意味での政治的影響力は問題にならないレベルだった。安保闘争は安保騒動にとどまった。しかし、その蹉跌というか敗北から現実政治に覚醒したのは、運動を主導した清水幾太郎らごく一部にとどまった。当時の論壇の憲法論議をみていると、例えば英米法に通暁した高柳賢三氏などは今日からみてもバランスのとれた議論を展開していたが論壇主流派から無視された。憲法学界は風通しの悪いムラ社会でもあるからだ。原子力村とかわらない。逆説的だが、当方は憲法学者はその稚拙な政治運動にもかかわらず非政治的だと思う。有能な政権側の政治家が相手にしていないからではない。彼らは真の政治的現実に向き合っていないからだ。九条改憲以外の危機意識は驚くほど低い。そこに篠田さんが報われぬ真の学問的貧困がある。
しかし、結局は、安全保障の問題は国の存立に関わる高度に政治的な問題なので、司法による法的統制には馴染まない問題で最終的には主権者である国民が判断する問題という結論になりそうです(フランスやドイツにおける統治行為論、アメリカ判例における政治問題の法理)。その意味では、英米法の故・高柳賢三東京大学名誉教授による「憲法9条政治的マニュフェスト論」や法哲学の井上達夫東大法学部教授による「憲法9条削除論」も面白い視点とは思います。
http://guccipost.co.jp/blog/jd/?p=771
https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/8283/g_housei_p041.pdf
http://blogos.com/article/130049/
篠田さんによる九条解釈によって、自衛権は個別的であれ集団的であれ国連憲章を批准している以上、日本国憲法も許容lしていること(日本の国連加盟が憲法施行後であっても、前文の国際的平和主義の趣旨に合致)は明らかで、自衛権の種別の違いを自衛隊の合憲・違憲論議に遡及させることは、論理的に無理ということ。 端的に言えば、自衛隊合憲違憲論と集団的自衛権合憲違憲論とは論理的には別の地平にあるということだ。
そうでないと、自衛隊は本来、国内でも国外でも軍隊であって、九条二項の戦力ではないという、篠田さんの至極真っ当な立論が分からなくなる。条文解釈の無条件の国内的類推を排除すれば、自衛隊は日蔭者の軍事組織ではなくなり、集団的自衛権も日米安保も足かせではなくなる。先の大戦での惨憺たる敗北が、この至極当然な論理的帰結に国民が向き合うことを妨げているとすれば、。憲法学者の罪は重い。
もともと1946年米国のGHQから提示された草案は、
1. 日本国民は国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2. (前項の目的に達するため)陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
であった。そこに、「授権規範」をもつ芦田さんたちは、憲法委員会での議論の末、二か所の修正をされた。2項に付け加えられた前項の目的に達するため、が1のGHQから提案された部分しかないと仮定した場合、侵略戦争、ということになる。侵略戦争のためには陸海空軍その他の戦力を保持しない、そして、芦田均さんが、他国の侵略に対して制裁を加えるのは、国際法(不戦条約、国連憲章)によって適用外、である、という趣旨で挿入された、と主張されている以上、個別、集団的自衛権、自衛隊、国際平和維持活動は合憲である、と我々日本国民は、そう解釈すべきなのではないのだろうか?1項の追加は、その挿入をすることで、日本国民が他の列強に先駆けて、正義と秩序を基調とする平和な世界を創造する熱意の表現なのだから。
文学作品でも、音楽作品でも、誠実にその作品を理解するためには、まず、作家、あるいは、作曲家がどのように考えて、なにを表現しようとしたのか、と原典まで遡る。自由気ままな解釈を学問とは言わない。憲法学の解釈、というのは、本来そういうものなのではないのだろうか?
身も蓋もない話だが、正直な話だろう。一般人は多かれ少なかれそう考える傾向がある。それは格別非難されることでもない。否定しようのない感情だからだ。問題はその先にある。「きれいごとだけをならべて、他人の善意や良心ばかりを当てにする世上の道徳論は、自分が何の良心も善意ももっていないことの証拠」(田中美知太郎)だからだ。戦後の平和構築に貢献しようとカンボジアに赴いた26歳の篠田さんの動機は、それとは違う使命感に根差していると察する。
戦争を否定し平和を願うことは、政治や法、道徳の目指す動機や前提にはなっても、原理にはなり得ない。動機や前提にはなっても、原理にはなり得ない、ということがなかなか理解されないで難渋する。平和は目的である。しかし、平和を実現するには願いだけでは困難だということだ。戦争を生む真の原因を見極め、あらゆる正当な手段を尽くす文明としての成熟が問われる。この点、日本国憲法はあまり役に立たない。内弁慶の多数派の憲法論など問題にもならない。平和構築は冷戦後の今、われわれがまじめに取り組むべき文明的な課題だと思う。
なんども強調するように、前文を読むと、これからの日本人は国際協調の元、国際平和を確立する国民になるんだ、という意志、熱意が、ひしひしと伝わってくる。9条の1項についても、芦田さんは、この文言を挿入することで、平和な世界を創造する日本国民の熱意を表現したい、と思われた。
今の、日米首脳の北朝鮮に対する態度も、W.ペリー、キッシンジャーさんら米国4賢人と芦田均さんの「人類の文明を滅亡させる核兵器の脅威をなくしたい」という日米両国の意志が表れているのであって、ノーベル賞ねらいとか、レガシーづくりとは、異質なものだと思う。
問題は、解釈なのである。その解釈を作り出す人なのである。戦争中は人々を戦争に煽る主張をして、戦後は軍国主義が悪い、言論統制が悪い、あるいは、日本の政治のシステムが悪い、と自らを反省することもなく、すべて他者に責任を押し付ける人々の作り出す歪な解釈。
それを正したい、と思って、篠田教授は一生懸命頑張っておられるのだ、と思っています。「9条の涙、ぬぐってあげるのはあなたです。」という井上達夫教授の明言は、本当だな、とつくづく思います。
いかにpkoが施設整備から停戦監視など多様であれ、常に死の可能性はあるでしょう。というより、危険が伴っても敢えて派遣するからこそ、信頼されるし意義があると思います。となると、pko五原則は日本がいかに実態を知らないゴマカシと言えるかもしれません。政治的な都合はともかく、単純な論法としては確かに命の危険はある、自衛隊の隊員が他国で血を流して殉難する可能は排除できない、排除出来ないからこそボランティアではなくpkoがいかないといけないし、高潔な行為だ…となると思います。
しかし、日本人は日本人が海外で公務で死ぬことに耐えられるか、それだけの気概をもてるか…?篠田先生は、当初は国際協調をうたったはずの日本国憲法がいかに内向きに捻じ曲がったかを訴えて認識を変えようとなさってるのも知れませんが、他方私自身も、日本人の死を伴いながらも他国平和に貢献できるか、否定肯定に関わらず覚悟が試されます。
このように、ただ憲法で戦争放棄と恒久平和を宣言するだけでは、国家間の多様な利害が錯綜する国際社会で平和を維持することが困難なことは自明です。日本だけ平和であればいいという一国平和主義も、米国との同盟という乳母日傘の保護下にあればこそ成立する一種の楽園思想で、世界に胸を張れるものではありません。日本だけ、憲法のおかげで戦争の脅威から隔絶されたサンクチュアリ(聖域)というのは錯覚でなければ思い上がりで、憲法前文が掲げる「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたい」というのは、到底無理だと思います。
だからこそ、日本国憲法の理想を平和構築への現実の力とする知恵と努力、日本も主体的に関与しなくてはいけないという自覚が必要なのだと思います。篠田さんが憲法の国際法的理解の必要性を力説するのは故なきことではないのです。われわれは、それを孤立無援のヘラクレスの力業にしてはならないのです。
ところが、翌年文部省が採用した教科書、「あたらしい憲法の話」の中で東大憲法学宮澤教授が、9条の条文を非武装と解釈し、賛美しました。
「これから先日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。・・日本は正しいことをほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらいつよいものはありません。」と書いたので、大人も子供も、学校の先生も、日本国憲法9条こそ、日本を平和にしておいてくれる神聖な条文、と思い込んだのです。
現実は、中ソに支援された北朝鮮軍がしかけ、釜山の近くまで侵攻した朝鮮戦争は、米国軍の圧倒的な優位の結果、38度線まで後退し、休戦協定が結ばれます。また、韓国やフィリピンに米軍が駐留し、日本も、米国と安全保障条約を結んでいて、米国軍が沖縄、日本国内に駐留し、自衛隊もあって、それが抑止力になっているから、この70年間日本の平和が守られたのです。反対に、ベトナムから米国軍が撤退した後、つまり米国軍の抑止力のなくなったカンボジアやミャンマーでは、紛争が起こり、悲惨な状態にもなった。つまり、日本の左翼思想家、東大系の憲法学者の主張していることは、安全保障上、でたらめである、ことが明らかなのである。
ただ、日本人の死を伴いながら、他国平和に貢献するべきか、となると、難しい問題だ、と思う。
この論理からすると、憲法学者の多くが違憲と断定する平和安全法制による限定的集団的自衛権についても、最高裁で違憲判断が出ないまま、現状の政府解釈が積み重ねられていけば法的安定性を獲得し、それが「生きている憲法、すなわち、現実に行なわれている実定憲法」になるのではないかと思います。
http://akizukieiji.blog.jp/archives/1541422.html
https://blogs.yahoo.co.jp/kenpougyouseihouminpou/34851401.html?__ysp=5a6u5rKi5L%2BK576pICDoh6rooZvpmoog5oay5rOV6Kyb6Kmx
安倍9条改憲案は、現在の一般的な解釈を明文化する案で、法的な意味内容は現在の一般的な解釈と変わらない筈ですが、解釈の明確化のための改憲さえ認めない人達とは、頑迷か、あるいは解釈の混乱そのものに利益を見出だしている異様な人達としか思えません。
このアメリカ製原案は命令の翌2月4日から9日間、チャールズ・ケーディス民生局次長を責任者とする25人、その大半が進歩的政治思想の持ち主、いわゆるニューディーラーの夜を徹する密室作業を経て完成する。その後、日本政府に手交して公表させる形を経て憲法改正作業は正式にスタートする。
日本国憲法が、普遍的道徳と進歩を信奉するニューディーラーの理想の実現として誕生し、極めて民主的、近代主義的性格を盛り込んでいることは、善し悪しを措いて明らかだ。そして、それが当時の政府はもとより、日本の憲法学者の見識と構想力では容易に生み出せないレベルでの急進的な民主的改革を迫るものであった。
憲法原案の手交後、衆院憲法改正特別委員長の芦田均は民政局と接触し、九条一項に「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」を挿入し、二項に「前項の目的を達するために」を加えることで、自衛権確保の道を残そうと動く。この時、ケーディスは芦田の意図を察したうえで、自らの責任で了解したとされる。この独断承認は民政局内部で異論があり、同席した同僚が局長のホイットニー准将に注進したという。それが、連合国極東委員会による憲法66条2項「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」、という規定の挿入要求につながる(続く)。
他方でケーディスは、憲法の効力は本来、日本国民に由来するもので、普遍的道徳に由来するものではないと、他の同僚たちとは異なる抑制的な態度を貫いている。有能な法律家であったケーディスは、占領者は「占領地の現行法を尊重」するというハーグ陸戦法規を意識しており、どんな善意に基づくものであっても占領者が権力を背景に被占領国の最高法規である憲法を制定することが不当な越権行為であること熟知していた(米国が有無を言わさぬ軍事的威力を示して手交したのは原案であって、改正手続きは日本側が行うという体裁は保たれているが・・・)。
憲法改正原案の出自が米国だという意味で、占領軍の強制力によって押しつけられた憲法を、平和構築への妨げとなりかねない不可侵の指針としてではなく、有効な手段として活用するには、篠田さんが提起してやまないように、憲法を制定過程に想定された本来の国際法の文脈も加味しながら過不足なく解釈することが、法律論議を越えた政策論議としての本来の安全保障政策をまじめに検討するうえで必要になっている。北朝鮮の脅威や中国の覇権拡大と、情勢が緊迫する中で、そのことを痛感する。
それとも、「ジュリスト憲法判例百選の執筆者でない者からの批判は検討に値しない。」と無視するのだろうか。
私は固唾を呑んで見守っている。
その憲法改正委員会の委員長に就任されたのが芦田均さんである。
その芦田均さんの昭和21年6月25日の日記によると、
「私が憲法改正案委員会の委員長に就任することは私個人に対する嫉妬から多少の反対もあつたらしい。然し自由党から出すとなると差当り世間の納得する人間はゐない。そこで大野伴睦君(幹事長)の言葉を籍りて云へば“君に据つて貰ハなければ格好がつかない”ことになつたのである。
私ハこの地位が実質的には左程重大とハ思ハない。だが議会三分の二の数を以て可決される為めにハ修正案の取扱にも細心の注意をしなけれバならぬ。
かかる意味から吉田内閣の一閣僚たることよりも寧ろ委員長たることを栄誉なりと考へた。愈委員長に当選した六月廿九日の午后から心気明朗にして″志気方自得″といふ心特になつた。」という経緯で、一生懸命職責を全うされて出来上がったのが、現在の日本国憲法なのである。もちろん、国際法の理解、国連憲章による個別的自衛権、集団的自衛権もわかった上で、この条文を作っておられるのであって、憲法学者に芦田均さんが異常に揶揄されたのは、宮澤俊義さんの嫉妬、怨念がその根底にあるのでは、と思った。
自衛隊は本来、国内でも国外でも軍隊であって九条二項の戦力ではなく、前文および確定された国際法遵守の見地からして、自国または国際の平和と安全確保のため、国連憲章51条が例外的に認めた個別的または集団的自衛権という固有の権利を有し、それが二項が禁じた交戦権には当たらないから、その行使はいずれも合憲だという篠田さんの至極真っ当な解釈は、芦田修正を持ち出すまでもない。
ヴィトゲンシュタインの顰にならえば、「哲学者はいかなる観念の共同体の市民でもない。そのことがまさに彼を哲学者にする」(‘The Philosopher is not a citizen of any community of Ideas,That is what makes him into a Philosopher.(’from L.Wittgenstein‘Zettel’,1981.)というが、哲学に限らず、学問の基本は聖域やタブーなしの徹底した自由討議にある。「法律家共同体のコンセンサス」による法的安定性の最大限の尊重などという憲法論議の多数説支配は唾棄すべき集団的思考であって、学問の名に値しないし、現実の平和構築に何ら役に立たない。課題は仲間内の単なるコンセンサスではない本来の学問的思考を良識、つまり現実的知恵につなげる回路だ。憲法学者にはそれがない。だから、学会アウトサイダーの篠田さんとの論争を忌避している。
https://synodos.jp/politics/14844
https://thepage.jp/detail/20150712-00000001-wordleaf
https://diamond.jp/articles/dol-creditcard/79962
http://takatanaoki.com/2015/06/
http://takatanaoki.com/2013/07/
私も、芦田均さんが委員長である、憲法改正委員会、の日本国憲法制定時の修正の経緯、趣旨を知らなかった時は、皆と同じように、9条は、国際平和の為に世界に先駆けて、日本はすべての戦力を放棄することを、憲法で宣言した、と思っていた。けれども、これは、「学校の教科書」という媒体を使った宮澤俊義東大教授によって作り上げられた、「8月革命」とおなじ「壮大な虚構」なのである。
1945年2月ヤルタ会談で大国の拒否権が決定された後、自国の安全保障に危惧をもつラテンアメリカ諸国、アラブ諸国の要求で、4月のサンフランシスコ会議で、集団的自衛権は国連憲章51条に盛り込まれた。ということは、芦田均さんが委員長になられた1946年6月29日時点で、外交官であり、国際法の大家の芦田氏は当然、51条の存在も、個別・集団的自衛権のこともご存じだから、自衛権である戦力は、そのうちに入らない、という意味で2項に文言を付け加えられたのである。
たしかに、匿名子さんの言われたように、普通に読むと誤解を与えるので、改憲をしたほうがいいと思うが、制定時は、そういう趣旨で日本国憲法9条が作られた、ということだけは認識しておくべきだと思う。そうしないと「日本国憲法9条の涙」もぬぐえないし、「芦田均さんの努力」も、報われない。
カロリーネさんは芦田修正にこだわっておられますが(というより芦田均氏に対する思い入れの深さを痛感します)、当方は別の方面から篠田説の先駆者をご紹介したいと思います。
砂川事件最高裁判決の翌1960年1月の論壇誌(『自由』)で高柳賢三が示した次の議論です。即ち「日本国憲法は日本の改造を目標としたイデオロギー的、プログラム的色彩のつよい憲法である。その目標は自由主義的かつ福祉国家的な法秩序の建設にある。この点で基本組織法的色彩の強い明治憲法と著しくその性格を異にする」。それに対して「アカデミックな法律学者による憲法解釈は、明治憲法の解説におけると同じように、分析的に、法実証主義的に、憲法を固定的なあるものとし、平面的な規範体系として描写し、よりプラグマチック態度……動的なプロセスとして描写」していないと疑問を呈している(「世界的に見た日本国憲法の性格」)。この批判は篠田さんの批判同様に根本的です。九条に権力統制と自由の保障を担保する統治機構の三層構造論を読み込む石川健治氏など、そうしたアカデミシャンの新世代でしょう。研究室での議論なら「どうぞご自由に」という程度ですが、それが「専門知として言えることと言えないこと」峻別する職能的責任を負っていると意気込むほどのことかと首を傾げる、哲学者顔負けの観念論です。逆に、高柳氏のバランスのとれた解釈は的確で示唆に富んでいます。
「日本国憲法は日本の改造を目標としたイデオロギー的、プログラム的色彩のつよい憲法である。その目標は自由主義的かつ福祉国家的な法秩序の建設にある。この点で基本組織法的色彩の強い明治憲法と著しくその性格を異にする」。それに対して「アカデミックな法律学者による憲法解説は、明治憲法の解説におけると同じように、分析的に、法実証主義的に、憲法を固定的なあるものとし、平面的な規範体系として描写し、よりプラグマチックな態度で、従って憲法を、動的なプロセスとして描写」していないと疑問を呈している(高柳賢三「世界的にみた日本国憲法の性格」。1960年1月『自由』)
合衆国憲法の全文を、修正条項まで含めて確認しましたが、議会にも大統領にも、海兵隊、空軍、沿岸警備隊に関する権限が付与されていません。陸海軍に関する事項のみです。
木村説の通りなら、合衆国大統領は海兵隊、空軍及び沿岸警備隊に対する軍事権を有しておらず、それ故、これらの軍種を個別的自衛権以外の行使に使用することは合衆国憲法違反となるはずです。
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